ドンブルーアーカイブ   作:鰻の蒲焼

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そのじゅういち

 

 

 

 

 

 

 ──個別撃破があっちの狙いなら、こっちは初めから『個』として纏まって戦えばいい。

 

 

 鬼方カヨコはふとした拍子に、先生のそんな提案を思い出していた。

 相手が持つ武装/能力のなかで、最も厄介なものといえば、重力操作と未来予測の二つ。

 そのうちの一つである重力操作は、現在の戦場──無数の瓦礫が宙を浮き、足場の確保もままならない戦場を作り出す役割を担っている。

 そのうちの一つである未来予測は恐らく、唯一ヒトツ鬼を元に戻すことができるドンモモタロウの攻撃を、確実に回避する為に使われる。

 ヒトツ鬼を元に戻す手段を持たない生徒達は、気を配りこそすれど、眼中に入れるほど重要な存在ではない──そのための、重力操作による戦場の攪乱。

 空中に浮いた瓦礫という、普通に生きていればおよそ縁の無い足場に混乱している生徒を個別に撃破していき、未来予測の対象をドンモモタロウ一人に絞ることで、確固たる勝利を手に入れる。

 それが相手の狙いならば。

 

 ──ドンロボタロウは空を飛べるんだ。だから、アル達を乗り込ませる。

 

 飛行することで、足場の不利を無くし。

 全員が共に行動することで、各個撃破を防ぎ。

 攻撃手段を増やすことで、未来予測の範囲秒数を上回り攻撃を届かせる可能性を高めることができる──

 

(納得は……できる。一応だけど)

 

 元々カヨコは、先生の戦略眼や戦闘指揮に対して、絶対の信頼を置いている。

 だから、如何に妙ちきりんな作戦といえども、先生がそう決めたのであれば、間違いなく勝利へと至る道筋に繋がっているのだろう。

 いるのだろうが。

 

「───わっはっはっ! わあーーーーーーーはっはっはっ!! こっちだこっちだアッ!」

 

 ───それはそれとして、空飛ぶ鎧武者の背にしがみつく今の自分の姿を顔見知りには絶対見られたくないと、心の底から思った。

 

 そんなカヨコの煩悶を置き去りに、バーニアから噴射される炎を尾のように引きながら、ドンロボタロウは飛翔する。

 絡みついてくる重力の手を振り解き、次々と襲いくる快警鬼からの攻撃を巧みに捌きながら、いびつな雲が漂う空を征く。

 解き放たれたように自由自在に駆け飛ぶ様は、さながら一条の流星のよう。

 

「甘い甘い! 一体どこを狙っているッ! 真面目にやれぇっ!!」

「真面目にやられたらアウトだとおじさん思うんだけど〜」

 

 ならば、一向に撃ち落とされないのも納得がいく。

 およそ十四万キロの速度で流れゆく星を、天から引きずり落とすことなど、誰にもできやしないのだから。

 

「─────!!」

 

 だが、それはあくまでも普遍の道理。

 只人の領域を超えた己には関わりないと高らかに主張するように、宙に留まった快警鬼は攻撃の手を烈火のごとく強めていく。

 右手に召喚された、ブレードブーメラン。

 左手へと携えた、VSチェンジャー。

 刃と銃、互いに互いへ背を向けながらも殺傷能力の高さという共通点だけは一致している二つから雨あられとばかりに撃ち出される、光弾とブーメラン───

 瞬く間に空間を埋め尽くした弾幕を見て、しかしドンロボタロウは不敵に笑う。

 

「あ~~~……」

 

 兜の下で男が笑みを浮かべた気配を感じ、小鳥遊ホシノは逡巡の吐息をこぼしてから、諦めたように笑った。

 短くも深い付き合いだ。あの攻撃を見た桃井タロウという男が、一体なにを考えたのか、手に取るようにわかる。

 そして、止めたところで到底聞き入れないことも。

 だが。

 

 ──それでこそ、だよねえ。

 

 少女の裡に湧き上がったのは、呆れだけではなく、燃えるような待望。

 ホシノは首だけを振り向かせると、暴れ狂う逆風に耐えている便利屋一行に向かって、これから観光地の名所を紹介しようとしているバスガイドのような柔らかな口調で告げた。

 

「えー、皆さま。おじさんから、大変残念なお知らせがありまして」

「お、お知らせってなに?」

 

 不信感丸出しで尋ねてきた陸八魔アルに対して、ホシノは実にいい笑顔で返した。

 

「当機はこれから墜落しますので、しっかり掴まっていてくださ~い」

「つい?」

「落ちまーす」

「なによ落ちるって─────ぇええええぇええええええぇええええ!!!???」

 

 瞬間、少女達の視界が激しく揺れ動き、目に映る全てが高速で上昇を開始した。

 それが、ドンロボタロウによる急降下が生み出した現象だと理解したところで、何かができるわけでは無かった。

 貪欲に蓄えられた位置エネルギーが減少し、莫大な運動エネルギーへと澱みなく変換される。

 赤く輝く流星は、紅蓮に燃える隕石となって、一直線に快警鬼の元へと向かっていく。

 即ち───快警鬼が放った攻撃へと。

 

「待って待って待ってえええええええぇええええぇぇぇええええ!!!!!」

「きゃあ────────────────────────────っ!!」

「無茶、苦茶な─────────────────────────!!」

「つ───う───ぅうう……───────────────────!」

 

 陸八魔アルは叫び、浅黄ムツキは悦び、鬼方カヨコは戦慄し、伊草ハルカは目を瞑る。

 そして小鳥遊ホシノは、ドンロボタロウの肩から身を乗り出して、晴れやかに声を上げた。

 

「さあさあそれゆけぼくらのドンロボタロウーっ!!」

 

 その声に応えるように、ドンロボタロウはザングラソードを、力強く引き抜いた。

 やがて、接敵。

 急激な加速によって得られた相対速度を存分に活用し、ドンロボタロウは無数の斬撃/銃撃が織り成す絶殺の山峰に、幾つかの間隙を見出すと、加速と減速を使い分けて次々と踏破していく。

 焦りを見せた快警鬼は、さらに攻勢を強めるが──

 既に。

 迎撃が間に合わない距離にて。

 

「遅ォいッ!」

 

 一筋の刃が、虹色の燐光を纏って輝いた。

 その時点で、快警鬼に許された行動は──

 

 ──『ビクトリーストライカー!』

 ──『1・1・1!』

 ──『ミラクル・マスカレイズ!』 

 

「────!」

 

 ──『サイレンストライカー!』

 ──『超・警察チェンジ!』

 

 広げられた快警鬼の五指から、重力場が発生する。

 些か早過ぎるタイミングで発現したように見えるそれは──予測した未来で、あり得ない加速を経たドンロボタロウの斬撃に備えたものであった。

 もっとも、加速の役割を果たしたのはバーニアではない。

 ドンロボタロウの進行方向とは、真逆に向けて構えられた、小鳥遊ホシノの愛銃──Eye of Horus。

 ホシノのショットガンは、一日たりとも整備を欠かされたことがない。

 よって、何時如何なる状況下であろうとも万全の性能を発揮するのは道理であり──ドンロボタロウは、勢いよく蹴り飛ばされたかのように速度を増した。

 

「そらぁぁぁぁッ!!」

 

 裂帛の気合いとともに、渾身の一斬が振り下ろされる。

 重力、慣性力、推進力。

 今この瞬間、世界から汲み取れる全ての力を注ぎ込んだザングラソードの刃は、サイレンストライカーが生み出した重力場に深く食い込み──

 

「ひび割れたっ!」

「ま──だ──ま──だァ────ッ!」

 

 アルの歓喜をあっけなく受け流し、ドンロボタロウはバーニアの噴射をさらに強めた。

 眩い可視の光を纏った剣と、不可視の歪みによって生み出された盾が鍔迫り合い、衝撃波が広々と撒き散らされる。

 拮抗は、ほんの一瞬。

 だが快警鬼は、その一瞬にこそ己の活路を見出した。

 

「縲後♀縺ョ繧悟ソォ逶励か繧ゥ繧ゥ繧ェ繧ェ繧ェ!!!」

 

 左手に握り締めていたVSチェンジャーを放り捨てて、両掌を重力場に添える。

 出力を限界まで振り絞られた重力操作が、破られかけたバリアを、加速度的に治癒していく。

 巻き戻しボタンを押されたかのようにたちまち消えていくヒビを見て、少女達の相貌に諦観と焦燥──そして微かな絶望が奔った。

 一瞬、だが確実に、無敵を誇るはずのザングラソードが押しのけられる。

 しかし、ドンロボタロウの太刀筋は微塵も揺らがず。

 だから先生は、その一瞬にこそ生徒達の活路を見出した。

 

『今だよ、ハルカ』

「は、はいっ! 先生!」

 

 まるで散歩にでも誘うように柔らかく語りかけてきた先生に、伊草ハルカはコンマの遅れもなく応えてみせる。

 ハルカは先程のホシノを真似るように、身体ごと背後へと振り向けた。なにもない虚空を見据えているのにもかかわらず、瞳には危うい熱が宿っている。

 そして。

 

「全部──全部全部全部全部っ! ブッ壊します!!」

 

 溢れ出る熱情に任せて叫ぶと、おもむろに構えたショットガン──ブローアウェイから、扇状に広がる銃撃を撃ち放った。

 小鳥遊ホシノが撃つものよりも、より広範囲かつ無差別に破壊を撒き散らすことを目的としている銃撃は、それゆえに反動も絶大である。

 ましてや、それが九連続。

 その衝撃を、あるがままに味方に付けることができたとしたら───

 

「はぁぁああッ!」

 

 如何に堅牢な城塞であろうとも、突破できぬ道理はない。

 ドンロボタロウの一撃は、今度こそ重力場を木っ端微塵に砕き散らした。

 刀身はそのまま、正中線を唐竹に断ち切る軌道を辿って、快警鬼の脳天へと滑り込んでいく。

 しかし、快警鬼は通常のヒトツ鬼ではない。二体のヒトツ鬼が合成された改造ヒトツ鬼──フタツ鬼である。一度、一つの攻撃だけでは、元に戻すことができない。

 ドンロボタロウも、そのことはとっくに承知している。

 よって──

 

──『パァーリィタァーイム!

   ドン、モモタロウォ~ッ!!』

 

 稲妻のごとき速度で、もう一つの武装たるドンブラスターが、虚空より抜き放たれた。

 軽快なリズムを刻む待機音は、既に銃の天面スイッチが押されている証拠である。

 

「狂瀾、怒桃───」

 

 ドンロボタロウは、宙に散らばる重力場の欠片のなかで最も大きなものに目をつけると、それを土台にしてスクラッチを回転させた。

 

「うへ、当たっても謝んないからね──!」

 

 同時に、先生の指示を受け取ったホシノが、一発の弾丸を放つ。

 だが、狙った標的は快警鬼ではなく──

 

──『アーバタロ斬!

        アバタロ斬!』

 

 ザングラソードの鍔にある、桃の印を刻まれたディスク───!

 

「ザングラブラスト───快桃乱麻ァッ!!」

 

 ザングラソードのトリガーとドンブラスターの引鉄が、ほぼ同時のタイミングで引かれる。

 そして咆哮にも似た宣誓とともに、ヒトツ鬼を元に戻すための斬撃と銃撃が、一挙して異形の身体へ叩き込まれた。

 

「─────!」

 

 心臓の真っ只中に嵐が芽吹いたかのような、凄まじい衝撃が快警鬼の全身を駆け巡る。

 質量を持たないはずの光にまるで押し退けられたように、快警鬼は宙に浮いた瓦礫を蹴散らしながら、地表を目指して吹き飛んでいく。

 快警鬼が、もはや手を伸ばしても届かない点と化してから、ドローン越しに戦いの趨勢を見極めていた先生が唇を開いた。

 

『──ザングラソード・快桃乱麻と狂瀾怒桃・ブラストパーティーの合体技──まさか、もう一度この目で見れるとは思わなかったよ。それほどの強敵なんだね、彼は』

「先生ってほんとにそーいうの好きだよね〜……なんで?」

『ロマンだからね!』

「ロマンだからかあ」

 

 その場にいなくとも、少年のように目を輝かせていることが分かるような返事だった。

 とはいえ、今は先生の趣味嗜好を気にかけている場合ではない。

 

「さあーて鬼さんは……今の豆で、大人しくお外に出て行ってくれたかな?」

 

 冗談めかした口調はそのままに、ホシノはドンロボタロウの肩から下方を覗いた。

 無数の瓦礫を視線で掻きわけた先にある、地表に近い位置の空中──そこに一つの雲がある。

 濁りきった鼠色に彩られたその雲は、減速を経た快警鬼が最後に叩きつけられた瓦礫によって、生み出されたものだ。

 雲は不気味なほど静かに、空にとどまり続けている。

 

「や……やったのよ、ね?」

 

 漂う不穏さを嫌ってか、アルはおもむろに呟くと、ドンロボタロウのサングラスを恐る恐るといった風に見上げた。

 手応えは、確かにあった──ドンロボタロウは、未だに残る衝撃を確かめるように柄を握り締めながら、そう思う。

 一撃が通じないのであれば、さらにその上にもう一撃を重ねるという作戦は、間違いなく成功した。

 だが。

 だが──

 

「──まだだ」

「菫コ驕斐?、蜻ス縺後¢縺ァ繝偵ヨ繝?ャシ繧?▲縺ヲ繧薙□───!」

 

 全く唐突に、雲のなかから二振りの光刃が飛び出してきた。

 嚙み砕くように左右から迫るそれらを、ドンロボタロウはその場から動かずにザングラソードで弾き返す。

 それとほぼ同時のタイミングで、快警鬼が粉塵を振り払いながら、姿を現した。

 

 

 〇

 

 

「ウソでしょ……!」

 

 アルの目が大きく見開かれ、瞳孔が縦に薄く引き伸ばされる。

 余波だけでも、ドンロボタロウの攻撃が群を抜いた威力を誇っていることは、充分に知れた。そのため流石に無傷ではいられなかったのか、全身には細かな傷が刻み込まれている。

 だが、その姿形は相も変わらず異形を保ち続けており、ヒトツ鬼を戻す効力を持ったドンロボタロウの攻撃が、ある意味では全く通じていないことを明らかにしていた。

 それはまるで、何度でも蘇るホラー映画殺人鬼のようで──

 

「……」

 

 ごくり、と少女の白い喉が上下する。

 生まれて初めて目にするかもしれない『怪物』に、アルは心の底からの恐怖を覚えた。

 

「それで、どうするの? おにーさん」

「───望むところ。第二ラウンドだッ!」

 

 どこか試すようなムツキの問いかけに、ドンロボタロウは戦意も新たにそう叫ぶ。

 一方の快警鬼は応じるように唸り声を吐き散らすと、戻ってきたブレードブーメランを掴み取るや否や、間を置かず乱暴に振り回した。

 長大な刃から次に繰り出されたのは斬撃ではなかった。

 

『これは……!』

 

 ドローンを通じて送信された情報に、先生が驚愕の声を漏らす。

 画面の半分を埋め尽くさんばかりに表示されたそれの正体は、標的に数多くの傷を刻み込むために小型、量産化された───ブーメランの大群だった。

 速度で追いつけぬのであれば、数によって押し潰す。

 どこか蝗害を連想させる刃の群れは、空中を悍ましくさざめきながら犯しつつ、一心不乱にドンロボタロウへと向かっていく。

 

「───!」

 

 二桁ならともかく三桁を超える数ともなれば、幾らドンロボタロウといえども凌ぎ切るより先に飲み込まれてしまうだろう。

 ならば少しでも数を減らそうと、ホシノとハルカは快警鬼の攻撃を視界に入れたままバーニアを噴射させるドンロボタロウの両肩を射座にして、広範囲に銃弾をばら撒いた。

 だが、刃の群れがその体積を減らしたのは、ほんの一瞬だけ。

 先程とは比較にならない規模の刃達は、雨あられと降り注いだ銃弾を喰らい尽くすと、その体積をさらに膨れ上がらせた。

 

「──あれっ、もしかして当たるとすっごくヤバいんじゃないかしらっ!?」

「くふふふふっ! もしかしなくてもだよ!」

 

 アルの嘆きをあっけらかんと笑い飛ばしながら、ムツキは続けてバッグの中から取り出した手榴弾を十数個、空中にばら撒く。

 自由落下する手榴弾から、既にピンは抜き取られており、故に安全レバーは淀みなく解放された。

 ハンマーが滞りなく動作し、雷管が爆発。

 やがて延期薬が点火され、燃焼を開始する。

 信管、起爆薬、炸薬が立て続けに爆発を起こし───

 

「おっきな花火、見せてよねえっ!!」

 

 少女の叫びに応えるように、見事な爆発が爛漫と咲き誇る。

 肌がひりつくような熱気が、ドンロボタロウを瞬く間に追い越し、遅れて轟音と爆炎が膨れ上がった。

 撒き散らされた鋼鉄の破片が光刃を容赦なく打ち砕き、それでも取り逃がされたものを、続く衝撃波が一層する。

 二段構えの殲滅に、刃の蝗の群れはいとも容易く薙ぎ払われた。

 

「────」

 

 だが、快警鬼はそれを承知していたかのように、続けて第二、第三の刃濤を放つ。

 今度の軌道は、直線的に追うのではなく、ドンロボタロウを上下から挟み込むようなものだった。

 左右からではなく上下から挟み込む攻撃は、生じる風圧に乗じた回避を敵に許さない。

 

「──あちゃあ……」

「あ、あの、あれって……」

「そだねー。このままだと結構不味いかも、これ」

 

 遠目に映るそれを見て、ホシノとハルカは視線を交わし合い、瞬時に敵の意図を察知した。

 戦闘時にタンクを務める生徒に課せられた役割とは、敵から来る攻撃を一手に引き受けることである。

 だが、そのために最も考慮しなければならないのは、相手の行動がどのような目的を持って行われたものなのかを、正確に把握することだ。

 それを把握することで、同時に自分がどう動けば被害を最小限に抑えられるのかを、掴むことができるためである。

 少数精鋭として活動してきた期間が長いためか、ホシノとハルカのその能力は他の生徒よりも長けている。

 だからこそ、このままでは『詰み』の状態に一歩追い詰められてしまうことを迅速に理解できた。

 こちらは弾薬に限りがあるが、あちらは恐らく無尽蔵。

 元の姿に戻すことができなければ、ジリ貧に陥れられることは目に見えている。

 ドンロボタロウという破格の戦力こそあれど、基本的に戦いというものは数が多いほうが圧倒的に有利である。

 そしてそれは人数だけではなく、物資の量にも同じことが言える。

 以上の要素を踏まえると──長期戦は非常に、好ましくない。

 

「うーん……」

 

 ホシノは数秒間だけ逡巡してから、ハルカに対して笑いかけた。

 

「じゃあ、おじさんが一つ引き付けるからさ。平社員ちゃんはこっちのことよろしく頼むね〜」

「は、はい……! ご武運を……っ」

「うむ。くるしゅーない」

 

 ホシノは大義そうに頷くと、ドンロボタロウの兜をぺしぺしと叩いた。

 ごうごうと唸る風に負けじと声を張り上げて、ドンロボタロウの意識を自らに引き付ける。

 

「タロウ! タロウっ! タ───ロ───ウ! 

 おじさんの声、聞こえてる!? もうちょい叩いた方がいいっ!?」

「叩くな! そして何だっ!」 

 

 返ってきた怒号に、ホシノはひと言だけ告げた。

 

「───プラン変更っ!」

「───良いだろうッ!」

 

 意思疎通には、それだけで事足りた。

 答えなど聞くまでもないと告げるように、ドンロボタロウの背中を蹴りつけてから、ホシノは近くを浮いている大きな瓦礫に飛び移る。

 

「よっ──とぉ!」

 

 そして危なげなく着地した後、少女は己の姿勢を安定させ──ることはしなかった。

 むしろ、不安定さに身を委ねるように、砂埃をまといながら、瓦礫の表面を伝って下へと降りていく。

 初めは小走り程度の歩幅だったが、世界から容赦なく圧し掛かってくる重力と加速度に背中を押されることで、すぐさま滑り落ちていっているかのような有様となる。

 だがホシノはブレーキをかけることもなく、むしろ地面を強く蹴りつけて、自らの意思で加速してゆく。

 小鳥遊ホシノという一個人が、輪郭も朧げな一陣の颶風へと変貌を遂げるのに、数秒もかからなかった。

 

「な───あ───!」

 

 突拍子もない行動を見て驚愕に包まれる便利屋一行とは裏腹に、ドンロボタロウは全てを承知したかのように素早く反転すると、ホシノに続くように速度を上げて降下していった。

 この高さ、あの速さ。

 いくら頑健なキヴォトス人といえども、どう考えても自殺行為なその光景に、アルは目を大きく見開いてドンロボタロウの脇腹部分をばしばしと叩いた。

 

「な──何やってるのよ! あれっ! 助けにいかなくてもいいの!? というかプランってなにっ!?」

「プランとは──」

 

 ドンロボタロウから手短に説明を受けたアルは、目を瞬かせた後に、周りの面子を見た。

 声こそ無かったが、こんな言葉が自然と聞こえてくるような、そんな目つきをしていた。

 

 ──それ、ほんとに私がやるの?

 

 鬼方カヨコは面倒くさそうに肩を竦めてから、小さく頷いた。

 伊草ハルカはしばらく躊躇った末に、控えめに頷いた。

 浅黄ムツキは期待に胸を膨らませながら、しっかりと頷いた。

 

「いやできるわけな──ぁぁあああああああっ!?」

 

 アルが抗議を叩きつける前に、ドンロボタロウはバーニアの炎を太くする。

 如何にホシノが上手く加速度を味方に付けていようとも、鎧と生徒四人分という体重に、バーニアの後押しまであるドンロボタロウの方が地表に先んずるのは、至極当然の理である。

 それはつまり、別の言い方をすれば──ドンロボタロウの方がより早く、真下から迫りくる快警鬼の攻撃を受けることになる。

 ドップラー効果で遠ざかっていくアルの悲鳴を聞きながら、ホシノは空に向けて、ショットガンを撃ち放った。

 反響音と硝煙の臭気が渦巻くなかで大きく息を吸い込み、快警鬼に対してあらん限りの挑発を投げかける。

 

「おーい! おじさんはこっちだよーっ! それとも怖くて目にも入れたくないーっ!?」

「──」

 

 途端、槍の先端を思わせる鋭い怒気と殺意が、下からホシノの身体を突き刺した。

 次いで轟、と風が唸り、ドンロボタロウを追っていた刃濤のうちの一つが、滑り落ちるホシノに方向転換してくる。

 

「──よしよし、いい子だね」

 

 自身が狙った通りに快警鬼が動いてくれたことに、ホシノは満足げな笑みを浮かべる。そして耳につけた通信機から、先生に向けて語りかけた。

 

「それじゃ、先生。ナビゲートよろしくね~」

『分かった──……ホシノならきっと大丈夫だと思うけど、気を付けて』

「うへ~、先生は相変わらず心配性だなあ。

 まぁ、程々にやるよ。程々に。ほら、おじさん、めんどくさいのは嫌いだからさ」

 

 ホシノは気だるげに台詞を並べつつ、緩みを隠し切れずにいる自らの頬を強く叩いた。

 気付けはそれだけで充分だった。

 僅かな熱と痛みに誘われるようにして、少女の視界が二重三重に揺れ動き、法則など欠片もない瓦礫の海原を正確に航海するための道筋が映し出された。

 

「……なるほどお」

 

 シッテムの箱による、周辺戦域と敵対勢力の詳細な把握──その賜物だった。

 勝利を呼び込むために欠かせないと理解している。けれど、ヘイローに干渉される感覚は、いつまで経っても慣れることができない。

 あの──薄く柔らかな羽根で背筋をそっとなぞられたような、くすぐったくむず痒い感覚。

 けれど、嫌ではないと思ってしまうのは、操る者が先生だからだろうか。

 

「……あー、やだやだ。こんなの、おじさんのキャラじゃないのにさあ……」

 

 一発も叩いていない筈なのに、頬が再び熱くなる。

 もしかして自分は情けないことに、あのバカがつくほど正直な桃井タロウに毒されてしまったのかもしれない。

 でなければ。

 こんなこっぱずかしい考えを、嘘偽りなく自分の気持ちであると──こうも簡単に受け入れることができるわけない。

 羞恥心を振り払うように、ホシノは最初の着陸地点となっている瓦礫へと飛び移り始めた。

 

『……ホシノ? 大丈夫? バイタルがなんだか凄いことになってるけど』

「あー……うん。タロウを思う存分ボコボコに出来たらなあ……って考えたらつい」

『そ、そっかあ……程々にね……』

『やってみろ。おれが勝つに決まっている!』

「ナチュラルに通信に入り込まないで欲しいなぁもお!!」

 

 

 〇

 

 

 ドンロボタロウと便利屋一行。

 小鳥遊ホシノ。

 二手に別れた敵達に、刃の波を一つずつ振り分けた快警鬼は、度重なる能力の行使によって損傷した機能の回復に努めていた。

 最も、これで仕留められるとは思っていない。

 赤い鎧武者の機動力は一向に衰える気配が無く、桃髪の少女は瓦礫の海に何らかの規則性を見出して、自由自在に動き回り始めている。

 しかし──最後に勝ちを収めるのは自分だろうという確固たる自信が、快警鬼にはあった。

 それは未来予測や重力操作といった能力を所持することから来るものでもあり、合成ヒトツ鬼──フタツ鬼という常軌を逸した存在と化したことから来るものでもある。

 しかし、何よりも彼の自信を支えていたのは、胸に焼きついた一つの欲望。

 

 ───会わなければ。

 

 ───わたしは、わたしの大切な■に、会わなければ。

 

 顔も、名前も、大まかな背丈でさえも思い返すことができない。

 追いかければ追いかけるほど朧げになっていくその誰かに、快警鬼はどうしようもなく焦がれていて──どうしようもなく恐ろしかった。

 一度でも会ってしまえば、きっと何もかもが終わってしまうと、理解していたから。

 故に、彼を宿主としているヒトツ鬼達は必死に抵抗する。

 欲望から生まれた存在が、その成就を否定する。

 それは最早、ヒトツ鬼としても歪み、捻じれ、曲がった存在──いや、ひょっとするとヒトツ鬼とさえ呼べないかもしれない。

 そうやって、ほどけないほど固く結ばれてしまった悪縁は──断ち切る以外に道は無い。

 

「──だから、ここで打ち止めだよ~」

「──宴もそろそろ、終い時だっ!」

 

 快警鬼を左右から挟むように、二人の規格外が瓦礫の上に降り立った。

 快盗鬼側には、キヴォトスにおいて最高の神秘を保有すると謳われた小鳥遊ホシノ。

 警察鬼側には、キヴォトスの如何なる法則をも蹴っ飛ばして笑い飛ばすドンロボタロウ。

 両者ともに刃の波を無傷で切り抜け、その手には一振り/一丁の得物が、力強い意志をともなって握り締められている。

 

「──」

「……」

「──」

 

 その場にいる誰もが、なんの予感も無く、瞬間的に理解した。

 これより始まる戦闘が、どちらかの勝敗を定める、決定的なものになると。

 ドンロボタロウがゆっくりと、抜刀術を繰り出すように、ザングラソードを腰に据える。

 小鳥遊ホシノが、Eye of horusのリロードを手早く済ませて、肩に下げていたバッグを防護盾に展開する。

 快警鬼が、かかる負荷の一切を無視して、未来予測を開始する。

 そして。

 

「さぁ、行くぜ────ッ!」

 

 ドンロボタロウの強烈な踏み込みが、足場となっていた瓦礫を打ち砕き。

 展開した盾を背負ったホシノが、振り向き様にショットガンから強力な射撃を放ち。

 それらを予測した快警鬼が、範囲を絞ることによって密度を高めた重力場を、ドンロボタロウとホシノの進行方向に展開した。

 ドンロボタロウの刃とホシノの盾は、標的たる快警鬼を捉えることなく、中空で動きを止めてしまう。

 

「やっ……かいだなあっ!」

 

 ホシノは苦々しそうに口走りつつ、何度も引鉄を引いては、超強力な散弾を連発する。

 だが、かつてのドンロボタロウのように勢いを借りてなお、重力場は破れない。

 範囲を狭め、出力を限界まで高めた重力場は、鋼鉄の要塞を思わせる硬度へと変貌していた。

 重力場と拮抗する刃と盾が、空間を削り取っているような凄絶な騒音を散らす。

 その中央に座する快警鬼は、大きく広げた己の両腕が軋む音を聞きながらも、既に勝利を確信していた。

 この際、腕がどうなっても構わない。耐え続けた末に攻撃を反射して、それでこの戦いの幕を閉じさせる。数の不利など、初めからあってないようなものだった。

 快警鬼はそれまで良いように翻弄されていた自分に、いっそ怒りさえ覚えかけて──

 

 ──数?

 

 そこで、はたと気付く。

 

 ──どこだ?

 

 ドンロボタロウの背中にしがみついていたはずの便利屋68の姿が。

 

 ──やつらは、どこだ?

 

 何処にもいなくなっていることに。

 

「───ぁ───ぁあ────ああああっは、あはははははははははっ!!!!」

 

 その時だった。

 遥か頭上から、悲鳴と絶叫が入り混じった破れかぶれの高笑いが木霊してきた。

 咄嗟に仰ぎ見た快警鬼の視界に映り込んだのは───

 

「もう! ここまで来たらヤケクソよっ!! 総員私に続きなさ────────いっ!!」

「きゃはははは! アルちゃんさいっこーーーっ!!」

「……はあ」

「せっ、先生……! もっと、もっともっと早く落ちていった方がよろしいでしょうか……!?」

『いや──今がベストなタイミングだよ』

 

 涙を天に零しながら高速で落下してくる陸八魔アル。

 腹を抱えながら空中で笑い転げている浅黄ムツキ。

 ポケットに両手を突っ込んだまま平然としている鬼方カヨコ。

 並行して落ちてくるドローンへ喋りかけている伊草ハルカ。

 そして。

 陸八魔アルの掌に携えられた、ドンブラスター。

 そのギアテーブルに、セットされているギアは───

 

 

 ──『パトレンジャー!』

 

 

 〇

 

 

 それは、先生が快警鬼の対策を考え付いた頃。

 

「──ねえ、ちょっと」

「なんだ、鬼方カヨコ」

「名前覚えてるんだ……まあ、どうでもいいけど。それよりも、これ」

 

 ドンロボタロウの背中に乗り込む直前、カヨコはポケットに入れてあるギアの存在にふと気づき、ドンロボタロウへと素っ気なく差し出した。

 

「……こいつをどこで?」

「説明したでしょ? 依頼中に襲撃してきた連中がいたって。そいつらが、落としていったもの。

 多分あの依頼人と、なにか関係があると思うんだけど──話すのが遅れたのは、ごめん。謝る」

「謝罪は不要だ。そして、よくやった! 精々四十二点といったところか」

「……アンタさ。その点数付ける癖、抑えた方がいいよ。人に好かれたいならね」

 

 呆れたように呟いてから、カヨコは少し離れた位置で騒いでいる便利屋の元へ戻っていった。

 そんな一部始終を眺めていたドローン──先生は、何かを考え込むような素振りをすると、ゆっくりとドンロボタロウの方へ近寄っていく。

 ちょうど指につままれたギアと同じ位置で止まってから、内臓されているスピーカーを震わせた。

 

『タロウ。もしかして、これがあれば』

「────ああ。アンタの考えている通り、賭けてみる価値は十二分にある」

『やっぱり』

 

 大層に頷いたドンロボタロウを見て、先生は喜色を声に浮かばせた。

 二人のやり取りを見て、なにかが気になったのだろう。とことことわざとらしく足音を立てて近寄ったホシノは、揶揄うようにドンロボタロウの脇腹をつっついた。

 

「二人だけで内緒話〜? 寂しいからおじさんも混ざっていーい?」

「問題無い。

 だが、寂しいなどと嘘をつくな。アンタは先生の様子が気になっただけだろう」

「えー? たろうがなにいってるか、おじさんぜんぜんわかんないなあ〜」

「膝裏を蹴るなッ」

「わっかんないなあおかしいなあ」

 

 仲が良いのか悪いのかよくわからないやり取りを交わし合う二人に、先生は慣れたように苦笑する。

 それから気を取り直すように何度か咳払いをして、ホシノとドンロボタロウの注目を引き付けた。

 

『とりあえず思いついたのは、こういう作戦なんだけど───』

 

 ドローンに取り付けられたレンズに、いま大きく映り込んでいるのは、いつもと変わらぬ様子で騒がしく話している──便利屋一行。

 

『──もし、タロウの攻撃がダメだったら、タロウとホシノには陽動役になって欲しい』

 

 

 〇

 

 

 ──要するに、この作戦のメインは、便利屋の皆だ。

 

「ドキドキする時間が、やってきたよぉ~っ!」

 

 落下してくる便利屋のなかで、一番最初に動いたのは──浅黄ムツキだった。

 手にぶら下げたバッグを遠心力と重力に任せて、勢いよく放り投げる。

 半ば叩きつけるような勢いで放たれたそれが、快警鬼のちょうど真上辺りに辿り着いた瞬間。

 

「ガンガン撃っちゃってぇ───バ・ク・ハ・ツ♡」

 

 トリックオアトリックの銃口が火を噴き上げ、数発の銃弾がバッグを深く刺し貫いた。

 より詳細に言うならば、バッグのなかに山ほど詰め込まれた、大量の爆弾を。

 

「─────!!」

 

 奏でられるは、灼熱のセレナーデ。

 大小様々な爆発が入り混じった、軽快かつ小気味いいリズムを世界に刻みつけながら、爆炎はどこまでも身体を拡げていく。

 そうして臨界点まで膨れ上がった刹那、巨大な黒煙と化して辺りを隈なく包み込んだ。

 一瞬で明暗が激しく入れ替わる環境に、快警鬼の気が、少しの間ではあるが怯む。

 その隙を狙って、先生は次の指示を飛ばした。

 応じたのは、鬼方カヨコ。

 

「この機を活かす──……」

 

 ポケットから抜き出した愛銃──デモンズロアの銃口を空に向けて構えると、彼女はつつがなく己が神秘を解放した。

 相手の意志を一切無視して、強制的にその場から撤退させる波動が、煙を貫通して快警鬼の身体を縛りつける。

 視界を封じられ、聴覚を封じられ、行動を封じられた。

 よって、快警鬼は未来を予測せざるを得なくなり──

 

──『アーバタロ斬!

        アバタロ斬!』

 

 僅か一秒後に、黒煙の奥から喝采が響き渡る瞬間を目撃した。

 

──『アーバタロ斬!

        アバタロ斬!』

 

 しかし、音が響いてくるだけで、刃が閃く気配は一向に無い。

 

──『アーバタロ斬!

        アバタロ斬!』

 

 極度の緊張と未来予測による負荷が、快警鬼の視界を拭えないノイズで埋める。

 先生が考案した作戦──快警鬼に未来予測を使わせないのではなく、使ったところでどうにもならない状況に追い込む──が、これ以上無い形で嵌まった瞬間だった。

 

「わ────はっはっはぁっ!!」

 

 バーニアを噴かしたドンロボタロウが、先程までの位置とはまるで違う方向から、黒煙を深々と切り裂いてその巨体を露わにした。

 咄嗟に反応できたのは、偶然だった。

 否──奇跡と言い換えてもいいかもしれない。

 

「繧「繝ウ繧ソ縺ョ縺雁ョ昴??縺?◆縺?縺上●───!」

 

 満身創痍になりつつある脳を奮い立たせ、快警鬼は再び掌の先に重力場を発生させる。

 いわゆる火事場の馬鹿力というやつか。発現した重力場は、これまでのなかで最も強く、硬く、激しくドンロボタロウを阻む。

 

「なかなかやる───!」

 

 追い討ちとばかりに予測した未来でも破られていないことを確認すると、快警鬼は限界までエネルギーを溜め込んでおいたバイカー撃退砲を放つべく、重力操作が届く位置に投げ捨てたVSチェンジャーを引き寄せようと振り返り、

 ふと、気付いた。

 

 ドンロボタロウの、剣はどこだ?

 

 次の、瞬間。

 

──『パァーリィタァーイム!

   パトレンジャー〜ッ!!』

 

──『いざ

    参る!』

 

 背後から、全身が煤に塗れたせいで黒く汚れたアルが、ザングラソードとドンブラスターを携えて、快警鬼目がけて飛び込んできた。

 だが、予想外の奇襲を受けても、快警鬼は焦らなかった。

 剣撃と銃撃を合わせただけでは元に戻らないことは、皮肉にも本来の使い手たるドンロボタロウが教えてくれている。

 自分はただ、攻撃を受け止めるだけでいい。それだけで、この奇襲は無意味に終わる。

 余裕の笑みさえ浮かべながら、快警鬼はアルが放つ斬撃を待ち受ける。

 だから、その攻撃に宿るものに、最期まで気付くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 キヴォトスではない。

 ましてや王苦市でもない。

 ここではない何時かの何処かにある地球では、異世界から来たりし犯罪者集団が、かつて猛威を振るっていた。

 その集団の名は──ギャングラー。

 大怪盗アルセーヌ・ルパンが残した不思議な宝物『ルパンコレクション』を奪った彼らは、己の欲望に従い、暴虐の限りを尽くした。

 故に、悲劇があった。

 故に、怒りがあった。

 故に──正義があった。

 だが正義は、正しい正義と、正しくない正義の二つに別れた。

 二つは何度も何度も衝突を繰り返し、時には手を結び、そしてまた互いに譲れぬものの為にぶつかった。

 その正義のうちの一つを、人々は『警察戦隊パトレンジャー』と呼んだ。

 パトレン1号──朝加圭一郎。

 パトレン2号──陽川咲也。

 パトレン3号──明神つかさ。

 パトレンエックス──高尾ノエル。

 ギャングラーから市民の平和を守るために日々戦い続ける彼らには、ある切り札があった。

 その名はパトレンU号。

 グッドストライカーの能力によって、パトレン1号、2号、3号が、文字通り一致団結した姿である。

 三人が一人に融合したことにより、その膂力や能力もまた、それ相応のものへと跳ね上がっている。

 

 そう。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そんなパトレンU号が撃ち放つ、最大最強の必殺技の名とは─────

 

 

 

「いい加減、戻って来なさいっての─────────!!」

 

 

 

──『イチゲキストライク!』

 

 

 

 斬。

 三つの力が合わさった斬撃は、二つの力を結び合わされた快警鬼の核を粉々に打ち砕き。

 今度こそ本当に、快警鬼を元の姿へと戻すことに成功した。

 

 

 ◯

 

 

 それから。

 

 

 元の姿に戻ったはいいものの、気絶したまま起きない依頼人を車に詰め込んだ便利屋68はそのまま依頼を続行しにいき、小鳥遊ホシノは避難所にいる先生を手伝いに戻っていった。

 だから、空から降り注いだ瓦礫が再び地面を形作るその場所には、ドンロボタロウを解いたドンモモタロウしかいない。

 敵はいないというのにもかかわらず、何故かドンモモタロウはチェンジを解かず、ザングラソードの柄を握ったまま動かなかった。

 脅威はまだ過ぎ去っていないと、雄弁に主張するかのように。

 

「──誰だか知らんが、覗き見とは礼儀がなっていないな」

 

 不意に零れ落ちた声は、どこまでも硬質だ。

 そんな、応えるものがいないはずのドンモモタロウの言葉に、まるで最初からそこにいたかのような自然さで滑らかに返答する声があった。

 艶かしく、全てを見下した、女の声。

 

『それでは──貴方の忠告に従い、まずは自己紹介からしましょうか? 

 初めまして──ドンモモタロウ。惨めな敗残者たるドン家の末裔。

 私はベアトリーチェ。

 楽しんで頂けましたか? 私が作った合成ヒトツ鬼──フタツ鬼は』

 

 

 ◯

 

 

 

 

 

 そして。

 ドンモモタロウ。

 ベアトリーチェ。

 キヴォトスの理から外れた両者の間で繰り広げられた会話を、一言一句余すことなく。

 

「───────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────嘘だ」

 

 錠前サオリは、聞き届けた。

 

 

 

 

 

 

 

 




次回で四章終わりです。
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