ドンブルーアーカイブ   作:鰻の蒲焼

38 / 49
そのご

 

 

 

 

 その一棟の廃ビルは、ブラックマーケットの内部事情を少しでも知っているのならば、命が惜しいと願うのならば、決して近寄ってはいけない禁所として知られていた。

 最も、周りからそう認識されていること自体は、さして珍しくはない。銃弾や爆弾が飛び交うキヴォトスにおいて、荒れ果て朽ちゆくばかりなのに、今なお取り壊されることなく鎮座している廃ビルの存在は、崩落する可能性の高さを鑑みれば、近づかないようにしておこうと判断するのは妥当である。

 しかし、それはあくまでも一般論に則った場合の話だ。

 その廃ビルが危険視されている理由は崩落だけではなかった。

 たとえば、とても口には出せないような類の人身売買が行われているからだとか。

 たとえば、目を背けたくなるほど非人道的な効果と威力を発揮する化学兵器の実験場と化しているからだとか。

 たとえば、企業間の取引で発生した『ゴミ』を秘密裏に処理する為に使われているからだとか。

 たとえば、人を人とも思わないような残虐きわまりないアウトロー集団が縄張りにしているからだとか。

 いずれも真偽不明かつ荒唐無稽だ。しかし、治外法権の権化のような場所であるブラックマーケットで流れている噂なのだ。そのために、『もしかしたら』という思いを誰もが捨てきることができなかった。

 故にその廃ビルは、命が惜しければ近寄ってはいけない廃ビルとして、根拠のない噂など毛の先程も信じない輩にとっては格好の取引現場として、これからも建ち続けるのだろう。

 だからこそ。

 

「────」

 

 目的の廃ビルのなかにぞろぞろと入っていく武器商人達の姿を見届けた異形は、通常の手段では認識できない高次元世界──脳人レイヤーに繋がる扉を開くと、傍らに置いていた赤と黒の二色が目立つアサルトライフルを手に取り、音を立てずに消えていった。

 

 

 ◯

 

 

「ヒトツ鬼はいわば、暴走した欲望の化身だ」

 

 正午を超えて、三時もそろそろ終盤に差し掛かろうとしている時刻。

 営業を終えたバンのなかで、ミレニアムサイエンススクールから借り受けてきたらしいホワイトボードの前に立ち、桃井タロウはそんなことを言った。

 エンジニア部の手によって積層表示を可能としたホワイトボードの表面には、簡易ではあるがブラックマーケットの全体図が表示されており、その上の様々な位置に赤い点が印づけられていた。なにも書いてはいないが、その赤い点に込められた意味が、下江コハルにはよく理解できた。怪物──ヒトツ鬼が襲撃をかけた武器取引が行われた現場。けれど、タロウの言葉の意味は、なにひとつとして理解できなかった。

 コハルはこくり、と首を傾けた。

 

「……どういうこと?」

「良くも悪くも、宿主の欲望を叶えることを目的として行動する。つまり、この世のなによりも純粋な存在ということだ」

「? ……??」

 

 自分なりに嚙み砕いて分かりやすくしたつもりだったのだが、コハルは未だに疑問符を浮かべている。

 タロウは横目でそれを確認すると、顎に手を当てて考えた末に、さらにわかりやすい例えを探した。

 

「そうだな……ちょうど、エッチなことを考えている時のアンタだと思えばいい」

「あ、なるほど! それならわかりやすいかも。

 ────じゃ、なぁーーーーいっ! ちょっとあんたそれっどーいう意味よっ!!」

「言葉通りだ。それ以外のことが頭に思い浮かばない。仮に浮かんだとしても、すぐにそのことへ繋がってしまう……わかりやすく言えば、そういう状態をさらに過激にしたものが、ヒトツ鬼という存在だ」

 

 タロウの言葉を咀嚼し終えたコハルは、じとっと睨みを利かせた。

 

「…………ソレ、ずっと私の頭のなかがピンク色だって言いたいワケ?」

「そうは言っていない。だが、確かにそうとも言えるな」

「こ………だ……ど………っ!!」

「わかったのなら話を進めるぞ」

 

 コハルの怒りが籠った声なき声と鋭い視線をあっさりと受け流し、タロウはそこで話題を打ち切った。ぱん、と大きく手を叩き、意識を切り替えさせる。コハルも相手にするだけ無駄だと流石に学習したのか、物といたげに唇を動かした後に、溜め息を吐いて肩を落とした。

 タロウは気にせず、

 

「そもそも、おれ達がヒトツ鬼の噂を追っていたのは、羽川ハスミが教えてくれた──正義実現委員会の銃を使用した襲撃事件に関わりがあると判断したからだ。そうだな?」

 

 漂い始めた真剣な空気に影響されたのか、改めて佇まいを直したコハルはこくり、と神妙に頷いてみせた。

 タロウはそれを確認すると、再度ホワイトボードを眺めて話を続ける。

 

「以前、阿慈谷ヒフミから教わったやり方と合わせて調査した結果、ヒトツ鬼に関してわかったことは三つある。

 一つ、ヒトツ鬼は武器の取引ばかり狙っていること。

 二つ、出現する地区や時間帯は無差別で、法則性は見られないこと。

 三つ、ヒトツ鬼に襲われているのは、その日その地区内で行われた武器取引のなかで、極めて威力の高い武器が取り扱われていたものばかりということ。

 以上の点から推測できる、このヒトツ鬼の目的は──」

 

 そこでタロウは言葉を切り、コハルに視線をやった。いきなりのことに驚いて猫目になったコハルは、解答を求められているのだと気付くのに数秒かかった。

 

「ええっ、と……」

 

 コハルはタロウが挙げた特徴を脳内で羅列しつつ、ボードに表示された赤点を眺めながら、うんうんと考え込む。

 別に寝起きでも徹夜明けでもないくせに、やけに巡りが悪い脳味噌がようやく捻り出した答えを、コハルは恐る恐るといった感じで口にした。

 

「……いっぱい武器が、欲しい?」

「二十五点だ」

「う、うるさいわねっ!!」

 

 肩を怒らせて立ち上がったコハルをよそに、タロウは正解を教えた。

 

「アンタの考えも間違ってはいない。だが、強力な武器を大量に手に入れたい──がより正しいだろう。でなければ、もっと無差別に襲っているはずだからな」

「……何が違うのよ。武器がたくさん欲しいことと、凄く強い武器がたくさん欲しいことって、まとめちゃえば一緒でしょ?」

「最初に言ったはずだぞ。ヒトツ鬼は、宿主の欲望に沿って行動を起こすと。だからおれは、すべてを追うのではなく、威力の高い武器や兵器が取り扱われているものだけを追うべきだと判断し、その結果──」

 

 タロウは唐突に、ホワイトボードの画面を指先でこつんと叩いた。

 瞬間、地図上に浮かんでいた無数の赤い点が一斉に消え去り、両手の指で数えられるほどの数が再度浮上を果たした。

 

「この点がついた場所で行われる武器取引が──襲撃を受ける可能性が高いとわかった。そして、問題がひとつ発生したこともわかった」

「問題?」

 

 調査はさしたる障害もなく、順調に進んでいるように見えるが──それとも自分が気付いていないだけなのかと、コハルが容赦なく黒板消しに飲み込まれていく板書を必死に追う生徒めいた集中力でホワイトボードに集中する。

 すると、タロウが幾つか残った点のひとつを指し示した。点は拡大され、やがて一棟のビルの形を作り出す。どうやら廃墟として登録されているらしい。画面の端には、警告を示す赤いアラートが、ちかちかと瞬いていた。

 けれど、とコハルは思う。このブラックマーケットにおいて、危険ではない場所など無いはずだ。廃墟ということもあって、危険度は確かに高いかもしれないが、かといって絞り込んだリストのなかでも特に注目する必要性があるとは感じられない。

 このビルが一体なんなのかと、コハルは問いかけようとして──

 

「この廃ビルは──おれ達が今いる地域の、第八区域にある」

「──────────それ、って」

 

 コハルの呼吸が、止まる。

 頭に浮かんだのは、記憶にも新しい、ガスマスクを装着した謎の少女。

 確かあの少女は、去り際にこんな言葉を言っていなかっただろうか?

 

 ──この地域の第八区にある、一番大きな廃ビル……今日はそこに近寄らない方がいい。

 

 少女の瞳の奥に大きな動揺が奔ったのを見て、タロウはそうだ、という肯定の意味を込めるかのように力強く頷いた。

 

「アンタがいま思い出した通り、あのガスマスクが忠告した場所と同じところだ。ヤツがヒトツ鬼本人かどうかは定かではないが──まったくの無関係だと断じることはできない」

「で、でも……百パーセントそうだって決まったわけじゃないんでしょ?」

「あぁ。だが、覚悟はしておいた方がいい」

「……」

 

 覚悟。

 それは、あのガスマスクの少女に、銃を向けられるという覚悟だろうか? それとも──逆にこちらが彼女に銃を突きつけなければならないという覚悟だろうか?

 下江コハルが正義実現委員会で任されている仕事は、押収品の管理だ。前線で銃を構えて敵を迎え撃つ仕草とは、ちっとも縁のない仕事だ。

 それでも、正義実現委員会の一員である以上、いつかはそう在らなければならないと思っていた。そして叶うことなら、憧れの存在──羽川ハスミと共に肩を並べて戦うことができればと──そんな夢想さえ抱いていた。

 しかし、現実はどこまでも無常だ。

 コハルとガスマスクとの間にある関係性は、言葉に表してみれば、か細く薄いものでしかない。わけもわからずたい焼きをあげて、その欠片を分け与えられただけの仲。

 けれど、他人ではない。

 そこには確かに、縁があった。

 

「……」

 

 ぎゅっ、と膝の上に置いた手を握りしめ、コハルは深く俯く。タロウは巌のごとく固まった小さな手を見下ろしながら、淡々とした口調で言った。

 

「どちらに転ぶにせよ、おれ達はやるべきことをやればいい。幸い、最初から目的はハッキリしているからな」

「……あんたは、平気なの?」

「なに?」

「知り合い、かどうかは、よくわかんないけど……その、怪物かもしれないってことが、怖くないんだ?」

 

 桃井タロウの態度が、あまりにも淡々としていたことが引っ掛かり、コハルはつい声を荒げて問いかけた。するとタロウは、くだらないことを言わせるなとでも主張するように、眉を顰めた。

 

「なぜ恐れる必要がある?」

「なぜって───」

「どうとでもなることを、なぜ一々考えなければならない。時間の無駄だ」

「──」

 

 今ほど。

 今ほど下江コハルは桃井タロウとの間に、断絶を感じたことはない。

 

「桃井、あんた───」

 

 コハルが腹の底から湧き上がる衝動を、そのままの形で叫ぼうとした瞬間だった。

 虚空に眩い光が生じ、そこから赤いサングラスが現れた。あっけにとられたように静止するコハルを置いて、サングラスは待ち望んでいたかのように笑うタロウの顔面へと装着される。

 続いて飛び出たのは、メタリックに光り輝く大きな桃。

 キヴォトスですらあり得ない現象の連続にとうとう考えることをやめたコハルの目前で、綺麗に二片へ分かれた桃のなかには、黄色い銃が鎮座していた。

 使い手がいないにもかかわらず、綺麗に上を向いた銃口から放たれるのは、銃弾ではなく一個の光。それは、タロウとコハルの全身を満遍なく包み込み──

 

 

 

 数秒も経たないうちに、『たいやき処 あばたろう』のなかからは誰もいなくなった。

 

 

 〇

 

 

 唐突に出現した光に包まれた視界が、正常な姿を取り戻した刹那、コハルの視線の先にまず飛び込んできたのは一匹の異形だった。

 最も目立つのは、頭に被った巨大な海賊帽だろう。だが、その下にある、毒々しい薔薇色の触手と濁り切った墨色の毛髪で構成されたいびつな顔面が、海賊帽の印象を粉々に吹き飛ばした。

 初めて見たにもかかわらず、それがいびつであると感じた理由が、二人の人間の顔を横向きにしてそのまま接合したからだと気づいた瞬間、コハルの全身が総毛だった。

 

(──あれが、ヒトツ鬼?)

 

 怪物など、このキヴォトスにいるわけないと思っていた。仮にいたとしても、それは見間違いかなにかだと侮っていた。

 しかしヒトツ鬼は確かな実体をもって、コンクリートの地面に膝をついたコハルのわずか数メートル先の、薄暗い闇のなかに立っていた。戦闘を終えた直後なのだろう。周囲には、武器商人や用心棒らしき人物たちが、使い物にならなくなったガラクタのように転がっている。

 

「ひっ」

 

 思わず零れ落ちた悲鳴の残滓を、すぐさま口を塞ぐことで掻き消そうと試みる。しかし、誰もが倒れ伏したその空間のなかで、その音はこれ以上ないほど明瞭に響き渡ってしまった。

 怪物の視線が、自分に突き刺さるのを感じて、コハルは息を呑んだ。とにかくこの場から動かなくちゃと頭が叫ぶが、身体が言うことを聞いてくれない。光に飲み込まれる直前に、あわてて抱え持ってきたスナイパーライフル──ジャスティス・ブラックをその場で構える気すら起きなかった。

 コハルの心を覆っているのは、ひたすらの──

 

 ──こわい。

 

 ──こわい。

 

 ──こわい。

 

 混じりっけのない、恐怖。

 蛇に睨まれた蛙さながらに固まったコハルに向かい合うためなのか、頭にヘイローを浮かばせた怪物──海賊鬼はゆったりとした動きで身体を振り向かせた。

 その手に握り締められた得物を見て、コハルはハッと目を見開いた。

 赤と黒の二色のみで簡素に彩られたアサルトライフル────

 

「それ、正義実現委員会の──!」

 

 しかし、気付いたところでなにが出来るというのか。

 言外にそう告げるかのように、海賊鬼は躊躇なくその銃口をコハルに向けた。惚けてないで今すぐ応戦するべきだと脳味噌が叫ぶ。けれど現実のコハルは、みっともなく固まって、銃口の黒々とした闇と見つめあうことしかできなかった。

 たまらずぎゅっ、と目を瞑る。この期に及んでそんなことしかできない自分が辛くて、空しくて、情けなくて、悲しくて。

 瞬く間にコハルの心に立ち込めた暗雲と、部屋に充満する浅い闇をまとめて吹き飛ばすかのように、

 

 

 

「────────はっはっはっはっは!! わーっはっはっはっは!!! わァ────はっはっはっはっはァ!!!!」

 

 

 

 すぐ後ろから、バカみたいな笑い声が木霊した。

 やがて金色の紙吹雪がひらひらとばら撒かれはじめ、どこからともなく現れた白い天女達は、長い袖を揺らしながら、重力から解き放たれたかのような軽快さで踊り始める。呆然とするしかできないコハルの前に、『それ』は御輿に乗って登場した。

 バイクにまたがり、広げた扇子を片手に笑いながら、真っ赤な身体を大仰に揺らしている、黒いサングラスをかけた不審者──ドンモモタロウ。

 

「──袖振り合うも他生の縁、躓く石も縁の端くれぇ!

 共に踊れば繋がる縁っ! この世は楽園っ! 

 悩みなんざ、ぶっ飛ばせっ!!

 笑え笑え! わーはっはっはっはっはっ!!」

 

 ひたすらに笑い続けるドンモモタロウの姿を見て、コハルの心に真っ先に到来したのは、とてつもない不安だった。しかし、同時に限りない安堵を覚えていることも、否定しようのない事実だった。

 銃弾を切り落とし、砲弾を弾き飛ばし、戦車をたったひとりで制圧したドンモモタロウの姿は、今なお鮮明にコハルの脳裏に焼き付いている。

 コハルは、震える自分の足に喝を入れてなんとか立ち上がると、海賊鬼の右手のなかにある正義実現委員会の装備を見ながら呟いた。

 

「桃井、あの」

「皆まで言わずとも分かる。羽川ハスミの推測は正しかったということだ。

 ──そこのヒトツ鬼ッ!!」

 

 ドンモモタロウはコハルの声を受け継いで、閉じた扇子の先端を海賊鬼へと突き付けた。ひどく真剣な口調だったものだから、コハルはてっきりどういった手段でアサルトライフルを手に入れたのか……あるいは、なんの目的で武器を集めているのかを聞き出そうとしているのだと思った。

 違った。

 

「──今日食べたたい焼きの中身を覚えているか?」

「はあ!? あんた、なにバカなこと聞いてるのよっ!」

「黙っていろ。少なくともアンタにとってはバカにはできない──どうだ、答えてみろっ!」

「──」

 

 ドンモモタロウからの問いかけに、海賊鬼はただ無言だけを投げ返した。それを見たドンモモタロウは扇子をおろすと、打って変わって静かな口調でコハルに告げた。

 

「安心しろ。ヤツの正体は、あのガスマスクではない」

「えっ……」

「気配で分かった。どうやらヤツは、ブラックマーケット内でおれ達がたい焼き屋を開いていたことさえ知らないらしい」

 

 もしかして、とコハルは気づいた。今のわけのわからない問答は、自分が密かに抱いていた心配事を解消するために? 

 

「桃井……」

 

 様々な感情が織り交ざった少女の視線を無視して、ドンモモタロウは背中に担いであったサングラス型の長剣──ザングラソードを一気呵成に抜き払った。刃が空気を高速で切り裂いて、甲高い風切り音を響き渡らせる。

 そして。

 

「会話はここまでだ。ここから先は────さァ、勝負の時間だッ!」

 

 宣言と同時に、ドンモモタロウはハンドルをひねることでまたがっていたバイク──エンヤライドンごと突撃すると見せかけて、座席を勢いよく蹴りつけて、跳躍。銃弾めいた速度で海賊鬼の目前へ到達すると、大上段に構えていたザングラソードを、海賊帽目がけて振り下ろした。

 

「──!」

 

 聞こえたのは金属と金属がぶつかり合った際に生じる、耳障りな衝突音。咄嗟に反応した海賊鬼は、アサルトライフルを盾にすることで、その斬撃を防御していた。

 最も、そう来ることは読んでいた。

 サングラスに火花を反射させつつ、地に降り立ったドンモモタロウはひと息つくと、ザングラソードをまるで生物のように動かして、アサルトライフルの銃身を絡めとり──

 

「そォオらッ!!」

 

 目にも止まらぬ早業で、天井へとかち上げた。

 アサルトライフルの銃口が突き刺さると同時に、流れるように身体を捻り、海賊鬼の鳩尾へと容赦ない肘鉄を入れた。鈍い手応えとともに吹き飛んでゆく異形。

 天井に突き刺さったアサルトライフルの位置はそれなりに高いが、おそらくキヴォトス人の身体能力ならば、軽々と取り戻すことができる高度。

 だからこそ、わざわざ距離を空け直したのだ。

 まず手始めに、正義実現委員会のアサルトライフルを回収するために。

 ドンモモタロウは、アサルトライフルを取り戻すべく、その場で跳ぶ。

 結論から言えば。

 この時のドンモモタロウは回収ではなく、追撃を優先するべきだった。

 

「──なにッ!?」

 

 ドンモモタロウの身体のなかから光が溢れだす。

 後ろで二者の戦闘を眺めていたコハルには、少なくともそのように見えた。それがある意味では間違いじゃないと気づけたのは、鼻先を掠めた噎せ返るような火薬の臭いのおかげだった。

 轟音をともなった閃光を受け止めたドンモモタロウは、一切足場のない空中という牢獄に囚われていたこともあり、成す術もなく吹き飛ばされてしまった。身体の前にはザングラソードが構えられており、反撃があると予測していたことが伺えるが、滲み出る感情には驚愕の色が濃い。

 何故か。

 

(──あれは)

 

 海賊鬼が構えていたのは、ドンモモタロウが当初想定していた鬼険銃ではなく──

 

(バズーカだと?)

 

 驚愕は、そこでは終わらない。

 海賊鬼が、自らの顔面を構成する二色の触手を蠢かせた瞬間、その手にあったバズーカはバズーカではなく、機関銃となっていた。

 ドンモモタロウはサングラスを手で擦ることにより、脳人レイヤー内の構造物を把握。幸運なことにすぐそばに浮かんでいた階段にザングラソードを突き立てて、空中で急制動をかけると、地面に再度降り立った。

 

「────面白えッ!!」

 

 そして、咆哮とともに疾走を開始。

 同時に、口径7.92mm、有効射程1.000m、発射速度毎分1000発超の機関銃が、高速で迫る赤い残影に向けてその暴威を容赦なく振るいだす。

 生み出された火線には、嵐のように隙間がない。ドンモモタロウは弾幕の厚さを見て取ると、駆けながらザングラソードを二、三度閃かせた。

 断ち切る対象は銃弾ではなく、少し先の地面を形作っているコンクリート。

 綺麗な正方形に切られたそれは、ドンモモタロウが勢いよく踏みつけることによって、即席の盾へと仕上げられた。そして盾になった直後に、全身が穴だらけになる。弾け飛ぶ欠片は、どこか血液や肉片にも似ていた。

 体積を極限まで減らしたコンクリートの盾が崩れ去ったそこに、ドンモモタロウの姿は既に無い。海賊鬼が緊張に身体を強張らせた瞬間、足元が大きくひび割れて、そこからドンモモタロウの右腕が飛び出してきた。

 

「!?」

「足元に──注意しておけッ!」

 

 コンクリートを切り取ることで生じた穴から下に移動、そして脳人レイヤーを使用した接続ではなく、単純な膂力によって分厚いコンクリートを打ち破ってきたドンモモタロウの右腕は、海賊鬼の左足を掴み取るや否や凄まじい勢いで引っ込んだ。海賊鬼はそれに引き摺られて、強引に下へ降りてゆく。

 下の階の構造は、建物がビルであるが所以に、上階と全く同じ構造だった。戦場を移した理由を推察できずにいる海賊鬼をよそに、ドンモモタロウは海賊鬼の周囲に散らばっていた気絶した商人や用心棒が巻き込まれていないことを確認すると、渾身の力を込めて海賊鬼を投げ飛ばした。

 しかし海賊鬼は先程のドンモモタロウを真似るように、空中の階段を足掛かりにして静止。ふたたび触手を蠢かせて、手のなかの機関銃を二丁の散弾銃へと変えると、無数の弾丸を宙にばら撒いた。

 恐らく、同じ手は二度と通じない。そう判断したドンモモタロウは、這うような低姿勢で部屋を駆け巡り始めた。背後で断続的に鳴り響く着弾音に、途切れる気配は見当たらない。

 見れば海賊鬼は弾丸が無くなった瞬間、リロードをするのではなく、触手のなかから新しい散弾銃を取り出していた。一体どれだけの数が仕込まれているのかと考えかけて、辞める。この数日でどれだけの武器取引が襲われたのかを顧みると、おそらく百は下らないだろう。

 

(──良いだろう)

 

 ドンモモタロウは不敵に笑うと、速度を爆発的に上昇させた。そして軌道を銃弾を回避するものから、海賊鬼の周囲を回るものへと変化させる。複雑さから解き放たれたドンモモタロウの速さは常軌を逸し、最早残像すら捉えられないものとなっていた。

 海賊鬼は両腕を広げて絶え間なく撃ち続けるが、ドンモモタロウが編み出す回転は一向に止まらない。そうしているうちに無くなった片方の銃を新たなものに切り替えようとした。

 刹那。

 

「見切ったァ────!」

 

 唐突に輪の中から飛び出してきたドンモモタロウの一閃が、海賊鬼の身体を深く切り裂いた。

 

「──ッ!」

 

 衝撃は遅れて来た。右の脇腹。斬撃がもたらす鉄臭い熱さを実感するより先に、もう一度飛び出してきたドンモモタロウが、目にも止まらぬ速さで散弾銃を叩き落していく。そして得物を失ったと理解するよりも早く、三度飛び出してきたドンモモタロウによる袈裟懸けの一撃。

 それは、刃の檻だった。

 そこに囚われた海賊鬼は、成す術もなかった。武器を取り出す暇さえなかった。空中に吹き飛ばされたと思いきや地面に叩き落され、横に切られたかと思えば斜めに裂かれた。思考は徐々に空白に埋め尽くされてゆき、引き攣れるような痛みと疲労が徒らに蓄積していくのがわかった。

 

 ──すごい。 

 

 そうしてコハルは、自分が入り込む余地などどこにも見当たらないような戦闘を、ドンモモタロウが開けた穴から眺めていた。

 ドンモモタロウがあの怪物から明確に一撃を喰らったのは、最初のバズーカ砲だけで、後は今まで見ていた通りだ。ここまで圧倒的だと、これまで重ねてきた苦労は一体なんだったのかと、つい笑ってしまいたくなる。

 同時に、心のなかに虚脱感が湧き上がる。

 やっぱり、この任務に自分なんか必要なかったのだ。ドンモモタロウ──桃井タロウがいれば、それだけでよかったのだ。もしかしたら、ハスミ先輩は顔には出さないだけで密かにこう思っていたのかもしれない。下江コハルは、正義実現委員会には相応しくないと。だから、身の程を知らせるために、桃井タロウと組ませて任務に送り込んだ。

 わかっている。そんなことを考えるような人じゃないと。

 けれど、どうしても、泥のような劣等感をコハルは拭えずにいた。

 

「……ばか。そんなこと、今は考えてる場合じゃないでしょ、私っ!」

 

 潤みかけた瞳を拭い、震えかけた頬を強く叩き、コハルは強引に自分を取り戻すと、戦場から天井に突き刺さったままのアサルトライフルに視線を移した。もしかしなくても、チャンスは今しかない。繰り広げられる戦闘の余波により、びりびりと震える室内を小走りに駆けて、ライフルのストックのちょうど真下にたどり着いた。

 

「……届く、かな」

 

 ぐっ、と背伸びをして、尖らせた手を伸ばしてみる。無理な体勢のせいで、ふくらはぎに痛みを感じたが、指先に微かな感触を覚えた。跳べばどうにかなりそうだと、コハルは期待を込めてえいやっと飛び上がった。そのまま掴めたストックを、体重と重力によって引き落とす。

 

「やった……!」

 

 ささやかな達成感と幸福感に包まれながら、コハルは取り落としてしまわないように大事に、そのアサルトライフルを抱えた。

 気付くべきだったのだ。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 かちり、となにかが擦れる音。

 

「────え」

 

 その音の発生源が、一見した程度では見えない箇所に取り付けられていた、証拠隠滅用の小さな時限爆弾だと理解した瞬間、コハルの意識は爆音と眩い光のなかに消えた。

 

 

 〇

 

 

「────」 

 

 上階で起きた爆発に、ドンモモタロウの動きが一瞬だけ止まる。

 その隙は、海賊鬼にとって待ち望んだ唯一の好機だった。

 ドンモモタロウの全身を捕捉すると同時に、五指を大きく広げた掌を掲げ、それまで戦闘に集中していた神経を『能力』の発動に集中させる。

 やがて、その必殺は相成った。

 生徒には微塵も通用せず、戦隊には莫大な効果を発揮する必殺は。

 

 ──ドォ~ンブラザァーズ!!

 

 勇ましい音声が響く。

 そして、ドンモモタロウの装甲が溶け落ち、桃井タロウの生身が露わになった。

 

「……──なんだと?」

 

 困惑に塗れたまま、タロウは海賊鬼の方を見やった。そこには、チェンジした後の自分──ドンモモタロウの姿を象った鍵を摘まんだ異形が、こちらに容赦なく銃口を向けていて──

 呼吸する間もなく。

 銃声。

 

 

 〇

 

 

 下江コハルが埃だらけになって目を覚ますと、そこには傷だらけの男の顔があった。

 

「────も、もい?」

「起きたか、下江コハル」

 

 男──桃井タロウはコハルが目覚めたことを確認すると、辺りをきょろきょろと見まわし始めた。コハルは身を起こしながら考える。桃井タロウ……ドンモモタロウはたしか、ヒトツ鬼と戦っているはずではなかったか。

 なぜか身体の節々が、鎖か何かで縛りつけられているように重い。一体何があったのだろうか。記憶は不鮮明なままで、思い出せない。

 混乱の渦に巻き込まれているコハルを置いて、タロウはドンブラスターを取り出した。ギアは既に装填されている。そのままディスクを回転させて、引鉄を引いてみるが、銃口から飛び出すのは腑抜けたような赤い光だけだった。

 

「……やはりか」

「……何が、どうなったの?」

 

 状況のすべてを把握できずとも、不穏な空気が漂っていることに気づいたのだろう。不安げに表情を曇らせているコハルに、タロウは淡々と言った。

 

「チェンジできなくなっている」

「────は?」

「今のおれは、ドンモモタロウに変身できない。おそらく敵の能力のせいだ。幸い脳人レイヤーは認識できる。一時離脱することはできたが……」

「変身、できないっ、て……!!」

 

 いつもと変わらず平静さを保っているタロウが、コハルはどうしようもなく憎らしくて仕方がなかった。だって、ドンモモタロウに変身できないということは、即ちヒトツ鬼への対抗手段が無くなってしまったと白状してることと一緒なのだから。

 こみ上げたのは怒りか、それとも別のなにかか。自分でもハッキリとはわからないまま、コハルは衝動に任せてタロウの胸を叩いた。

 

「バカ! あんた、なんで──……なんで、そんなことになってんのよっ! 強いくせにっ!」

「上の階で爆発があっただろう。それに気を取られた。迂闊だった──アンタ、怪我はなかったか?」

「はあ!? 爆発なんて、そんな適当な言い訳──」

 

 瞬間、コハルの脳裏に蘇ったのは、小型の時限爆弾を取り付けられていたアサルトライフルの姿。

 

「そ、んな……の……」

 

 心がひび割れていく音が聞こえた。

 桃井タロウは、爆発に気を取られて変身能力を失ったと言った。いま思い出した記憶が正しければ、その爆発は自分が引き起こしてしまったも同然で、つまり自分たちが置かれている状況は、全部ぜんぶ下江コハルが原因で。じくじくとした毒が、つま先からゆっくりと身体を登ってくる。荒くなる呼吸。乱れる拍動。心臓が押し潰れてしまいそうだった。

 けれど、その自責を敵が慮ってくれるわけがない。

 海賊鬼が接近する気配を直感的に感じ取り、タロウは弾かれたように身構えた。手に持ったザングラソードを握りしめながら、タロウは冷静にこの場をどう切り抜けるかを模索していく。

 もはや撃退は期待できない。となれば、離脱するのが最善手だろう。しかし、こちらと同様、あちらには脳人レイヤーがある。そして逃走手段が同様である以上、莫大な身体能力を誇るヒトツ鬼と、変身能力を失ってしまったいまの自分の地力の差が鍵となってくるのだが──比べるまでもない。

 正道は通じない。であれば、邪道に頼るまで。

 そして桃井タロウが使うことのできる、邪道の手段は──たった一つしかない。

 ひとつの結論に辿り着いたタロウは、うずくまったコハルの腕を持ち上げると、強引に立たせた。

 今にも泣きだしそうな少女の、桃色に光る両目と視線を合わせながら、いつもと同じ調子で少女の名前を呼ぶ。

 

「────下江コハル」

「ひぅ……あ──」

「落ち着け」

 

 責められると思ったらしい。コハルがぐっ、と身を強張らせたことを知ってか知らずか、タロウは幼子に言い聞かせるかのような、ゆったりとした声で告げた。

 

「おれのサングラスを一旦アンタに預ける。トリニティに繋がる扉の位置は、バンの近くにあるはずだ。それを探して、アンタはトリニティに戻れ」

「ひぐ……それじゃ、もっ……桃井は?」

「おれはおれでどうにかできる。

 だが、アンタはそうじゃないだろう」

 

 ありのままの事実を告げると、コハルはナイフで刺されたかのように顔をおおきく歪めてから、躊躇しつつもこくりと頷いた。タロウはサングラスを外して、涙ぐむコハルの眼差しを覆い隠すかのように、少女の顔にかけてやった。

 一気に情報量の増えた視界に右往左往しているコハルを置いて、タロウはザングラソードを担いで立ち上がった。

 

「さあ、行け」

「も、桃井。でも、わた、私のせいで──」

「聞こえなかったか? 行けと言った筈だ」

 

 それ以上の問答をするつもりは無かった。だからタロウは、扉を見つけたコハルが、それでも最後まで自分の裾を摘まもうとしていたことに気づかないまま、海賊鬼を迎え撃つことになった。

 異形の姿が視界に入り込む。手に携えているのは、人ひとりを丸ごと消し飛ばすには充分な威力を持っていると思われる無反動砲。

 おそらく言葉を紡ぐには、今この瞬間しかなかった。

 海賊鬼を真っすぐ見据えて、タロウは決意とともに口を開いた。

 

「────わたしは、お……」

 

 どくん、とひと際大きな鼓動を吐き出される。

 視界が揺らぎ、音が消える。

 

「っ、う、ぐづ……わたしは、おん……!」

 

 呼吸が途切れ、意識が朦朧としていく。

 海賊鬼の姿が、その線をぼやけさせていく。

 やがて、すべてが暗く深い闇のなかに包み込まれていき──

 

「わ、たしは────……」

 

 桃井タロウは、己の心臓をつつがなく停止させた。

 

 

 〇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それでもやっぱり、見捨てる真似はできなかった。

 だからコハルは、何度も何度も迷った末に、こっそりと先程の部屋に戻って──

 

「──桃井?」

 

 脈を無くし、心臓を止めた桃井タロウの亡骸を目撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。