ドンブルーアーカイブ   作:鰻の蒲焼

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そのし

 

 

 

 言ってしまえばひと目惚れだった。

 

 

 おっかなびっくりといった表情を、三日月のような弧を描いている綺麗で優しい眼差しを、ふらふらと所在なさげに揺れている手を、そして朗らかな挨拶を零した唇を。

 そのすべてを見た瞬間に、自分の心臓のなかにあった何かが粉々に砕け散った。足元から炎で炙られているように身体が熱くなった。バラバラにまき散らされた心が、なぜか歓喜の悲鳴を次々に上げていた。

 その情動は決して理屈なんかでは説明できず、ただひたすらに自分という女は、目の前にいる見知らぬ男のことを骨の髄まで好きになってしまったのだと、問答無用で理解させられた。

 狐坂ワカモ、十八歳。

 それが、初めての恋だった。

 

 

 〇

 

 

 シャーレの先生、人質と化す──

 

 

 テレビに流れたそのニュースは瞬く間にキヴォトス全域に広がった。

 ゲヘナ、トリニティ、ミレニアム、アビドス──他にもキヴォトスを構成している数百数千の学園都市に、それは病原菌のごとく広がり続け、SNSはたちまちその話題で持ち切りになった。

 最初に動いた学園は、クロノスジャーナリズムスクールだった。

 キヴォトス中に張り巡らせている独自のネットワークから仕入れていた情報が真実であると知るやいなや、あらかじめ作っておいた記事をニュースが放送されると同時に、現実とネットの両方へ一気にばら撒いた。

 なにせシャーレの先生と言えば、巡航戦車クルセイダーⅠ型まで駆り出されたテロにも屈することなく、未曽有の混乱に陥っていたキヴォトスの秩序を見事取り戻してみせた英雄である。文字通り飛ぶように新聞は売れ、サイトのPV数は右肩上がりに跳ね、自分達の狙いが的中したクロノス報道部はウハウハもウハウハであった。

 そして、その次に動いたのは学園ではなかった。

 なにかといえば、一台の小さな配達用のバンだった。

 

 

 〇

 

 

 車内は混沌としていた。

 

「──タロウっ! 遅いからもっとスピード上げてっ!!」

「無茶を言うな! 速度制限の標識が見えないのか?」

「今は緊急事態なんだしいざとなればシャーレとしての権限を振りかざせるから大丈夫! だからほらっ! トロトロしない亀じゃないんだからっ!!」

「よせ! 横からハンドルを握ろうとするな!」

「いつになくユウカが怖いよお姉ちゃん……」

「しっ! 静かに!」

「サラマンダーより ずっとはやい!!」

 

 先生の拉致を知った瞬間、ユウカの思考回路と行動は音速を超えた。

 まず、起爆寸前であった不和を処理する為にセミナーとして先生救出の任務をメイド部──Cleaning&Clearingの代表者であるネルに依頼した。次にシャーレの当番として各校の自治体に事態の把握および情報収集を呼びかけ、最後は一個人である早瀬ユウカとして桃井タロウと共に現場へと向かうことにした。

 そこに至るまでの所要時間はなんと五分もかかっていない。ミレニアムという大学園において、生徒会でしかも会計を務めている彼女の非凡さが、遺憾なく発揮された瞬間だった。

 

「──公安局まで駆り出してるくせに、ヴァルキューレは何してんだか……!」

 

 ハンドルを奪われかけて不服そうにしていたタロウも、太腿の上の端末を絶え間なく操作し続けるユウカの焦燥具合を見て、流石に速度がどうこう言っている場合ではないと判断したのか。バックミラーで積んである荷物がミレニアム謹製のベルトでしっかり固定されていることを確認すると、アクセルを踏み込んで一気に加速させた。

 余談だが、キヴォトスにおいてヘイローや銃器を持たない存在が配達業を営んでいるということは、すなわち餓えた野獣の群れに大量の肉を携えて突っ込むこととほぼ同じである。

 ゆえに高い賃金を支払って護衛を雇うか、もしくは車に改造を施すのが常道とされており、タロウが現在運転しているシバイヌ宅配便のバンも例外ではなかった。

 車はそれまでの安全運転がウソみたいに、爆発したかのような速度で道路を駆け抜けていく。

 そして、赤信号や荷物を背負った老婆犬の前ではきちんと止まったにも関わらず、数分後にはすでに現場の近くにまでたどり着いていた。

 

「ここでいいのか」

「はい。先に行ってますから」

「ああ」

 

 路肩に駐車させた瞬間にユウカは車を降り、ロープの前で規制を行っていたヴァルキューレの生徒にシャーレとして活動している最中であることを端的に伝えると、あっという間に現場に踏み込んでいった。

 それから数歩遅れる形でミドリ、アリス、モモイ、そしてタロウという順番で続く。

 

「──で、どうするの?」

 

 シャーレとして堂々と現場に入ったユウカはともかく、その後ろを続く自分達は傍からすると、とんだイロモノ集団にしか見えないに違いない。

 羞恥と緊張に身体を縮こませながら、ミドリは先頭を歩くユウカにこれからの方針を問いかけた。

 ユウカの解答は極めて短かく、

 

「決まってるでしょ。先生を助けるのよ」

「それは知ってるけど……大して状況もわかってないのに戦略も何も立てないまま突っ込むっていうのは、ちょっと心もとなくない?」

「……」

「……ユウカってさ」

「なに」

「割と向こう見ずだよね」

「やかましいっ」

 

 図星を突かれて真っ赤になったユウカの耳に、ミドリはふと不安を覚えた。

 なんとなく背後にいる三人を見てみる。あまり学区の外に出たことがないアリスは物珍しげに辺りを見回し、モモイはショーウィンドウのなかにある最新ゲームソフトに視線を残したまま歩き、最後尾のタロウは相も変わらず仏頂面だった。

 ミドリは思った。これは、ダメかもしれないと。

 そんな風にそれぞれが様々な思惑を抱いたり抱いていなかったりしながら歩いているうちに、一行は現場であるビルの前にたどり着いた。

 周囲には既に包囲網が敷かれていた。警察車両と銃を携帯しているヴァルキューレ公安局の生徒の姿がいくつも見受けられる。

 その群れにはヌシがいた。

 威圧感のあるダークブルーの塗装がされた図体がひと際大きい現場指揮官車らしき車両と、そのすぐ傍に立っている刃物のような雰囲気を纏った少女──尾刃カンナである。

 カンナはユウカの接近に気付くと、口元に近づけていたトランシーバーに二言、三言ほど指示を出してから、

 

「シャーレの早瀬ユウカさんですね。ヴァルキューレ公安局局長の尾刃カンナです。まずはご協力に感謝を」

「こちらこそよろしく──早速で悪いけど、状況を説明してくれる?」

「容疑者は七人、ヘルメット着用。包囲しているビルの一階に陣取り、先生を人質にしていますが、要求は今のところ無し、目的は不明……苦々しいですが、クロノススクールが発行した記事とほぼ同じです」

「要は手詰まりってことね。ほんっと、何処から情報拾ってくるんだか……っていうかこのメンバー、私達を襲ってきた連中じゃない……!」

 

 資料を片手に悩ましそうに頭を掻きながらぶつぶつ呟くユウカからカンナはふと目を逸らす。そこでようやく、連れがいることに気づいたらしい。三白眼を怪訝に歪め、見えない算盤を淡々と弾いているユウカに尋ねた。

 

「こちらの方々は?」

「へ? あぁ、えっと、そうね──取りあえず協力者……シャーレの一員として扱って貰って構わないから」

「……そうですか。自己紹介は先程しましたが、改めて。尾刃カンナです。よろしくお願いしま」

 

 す。

 まで何故か言い切らなかったカンナの視線は、一人に据えられて止まっていた。

 ミドリでもモモイでもアリスでもなく、桃井タロウを見据えて止まっていた。

 時を止められてしまったみたいに動かなくなったカンナにタロウは気付く。ほう、と珍しく驚いたような顔をして、

 

「誰かと思えば、アンタか。縁があるな」

「……。なぜ」

 

 なぜここにいるのですか、という意味である。タロウは完璧に汲み取って、

 

「今のおれはシャーレの協力者だ。だから、アンタが変に気にする必要はない」

「……」

 

 カンナは無言。タロウもそれ以上を説明する気は無かった。

 だから、結果的に手短に終わったやり取りのなかに含まれた、二人の微妙な空気に気付くことができたのはミドリだけだった。

 カンナが離れた後、そろそろとタロウのそばに近寄って、裾を何度か引っ張った。なんとなく声を小さくしようと思ったのは、聞かれてはマズイ話題だと感じたからだ。

 ヴァルキューレの『狂犬』──そう渾名されるに相応しい執念深さと恐ろしさは、さすがのミドリでも知っていた。

 先生のように生徒と関わり合う立場にいるならともかく、一配達員なのにそんな人物と関係を持っているということは、充分警戒に値すると、思う。たぶん。

 そんな疑念を持ちながら、ミドリは問いかけた。

 

「……知り合いなんですか? あの人」

「ああ。今も付き合いが続いている」

「……どこで?」

「屋台で」

「屋台で」

「ちなみにおでん屋だ」

「おでん屋」

「オススメは牛筋らしい」

「牛筋」

 

 そしてミドリは、宇宙を背景にした猫みたいなツラをして固まった。

 そんなミドリを放って、タロウはユウカに近づき話しかけた。

 

「それで、どうなんだ」

「どうもなにも、相手の要求がわからない以上は下手に動けませんよ。まさか、一番確率が低そうな拉致が正解だったなんて……」

「だから車の中で言っただろう。アンタは筋を通し過ぎていると」

 

 うう、とユウカは気まずそうに唸る。それでもまだ納得がいかないのか、反抗的な光を目に宿しながら異を唱えた。

 

「……けど、彼女達が先生を連れ去ることができる筈がありません。

 だって、あなたの言っていることが本当なら、先生が拉致された時間にはコンビニ強盗していたんですから」

「ああ。だから、他の誰かが強盗を囮にして、本命である先生を攫った。そう考えるのが自然だろう」

「じゃあ、いったい誰が?」

「さあな。だが、只者ではないだろう──確か、『災厄の狐』だったか?」

「──いま、何と?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、尾刃カンナの纏う空気がより一層鋭さを増した。

 目に見えるようにしてみれば、おそらく地獄の剣山よりも酷い有様と化していたに違いない。それほど危うい雰囲気を無意識のうちに発しているカンナに、ユウカは一瞬だけ怯み、タロウは相も変わらず動じなかった。

 

「『災厄の狐』だ。仲間と揉めている時に、黒いヘルメットがそう言っていた」

「なんっで! それをっ! 先にっ! 言わないんですかあなたはっ!!」

 

 吠えたてるユウカをタロウはちらっと見て、

 

「聞かれなかったからだ」

「─────────ッ!」

 

 血管が悪い意味でブチ上がりかけた。

 報連相のできない男に怒りを募らせているユウカをよそに、カンナは新しく手に入れた情報を加えて考えを整理していく。すると、これまで矛盾を感じていた部分がどんどんと噛み合っていく感覚がした。

 

「……仮に、狐坂ワカモが主犯だとすれば、色々と辻褄が合います。彼女は一度、シャーレの襲撃を失敗している。それも先生の手によって──そう考えれば、この目的の見えない拉致は、彼女にとってのリベンジマッチなのかもしれません」

「以前より手下が少ないのは、どういうことなの? しかも計画もちょっと杜撰だし……」

「いまのキヴォトスは、先生のおかげで秩序が取り戻された状態です。だから前ほど仲間を集められなかったのでしょう。計画が行き当たりばったりのように見えるのも、ヘルメット団を主犯だと思わせるためかと」

「でも、それだと狐坂ワカモじゃなくて、ヘルメット団が先生を人質にしている意味がわからなくなるでしょ。とかげの尻尾切りを今更躊躇うような性格してないだろうに」

「そこが不気味な点です。私達が現場に到着してから一切姿を見せようとしませんし──他の目的があって、裏で動いているのかもしれません」

 

 二人が侃々諤々と意見を交わしている姿をなにをするわけでもなく見つめていたタロウは、ふと誘われるようにビルの入り口を見た。

 電気の消えた薄暗い受付口。電源の落とされた自動ドア。

 そこから、ふらふらとつたない足取りで誰かが出てこようとしている。

 よく見ればそいつは、黒いヘルメットを被っていた。

 カンナはそれを視認するや否や、ポケットにしまってあったトランシーバーを再び取り出し、素早く指示を出していく。ヌシの命令を受け取った群れは瞬く間に隊列を整え、黒いヘルメットが妙な動きを見せた瞬間に蜂の巣にできる態勢となった。

 カンナは部下から拡声器を受け取ると、すっと息を吸い込んで、

 

「──お前達は完全に包囲されている。背後に狐坂ワカモがいることは、既に分かっている。速やかに投降すれば、悪いようにはしない!」

「……狐坂、ワカモ?」

 

 黒いヘルメットが反応する。それを好機と見たのか、カンナが更に説得の言葉を続けようとした瞬間だった。

 

「────キングは、あたしだ」

「……なに?」

「キングは、あたしだけだぁぁぁぁぁあああああああっ!!!!!!!」

 

 掻き毟るような雄叫び。

 そして、『迯」髮サ謌ヲ髫』という得体の知れない文字と共に。

 黒ヘルメットは欲望の権化──ヒトツ鬼へと変身した。

 

 

 〇

 

 

「避けろ!」

 

 タロウが叫ばなければ、間違いなくやられていた。

 それほど危ないタイミングで放たれた七色の雷撃は、咄嗟に倒れ込んだユウカのすぐそばを轟音と共に通り抜けて、停まっていた車両を空中に吹き飛ばした。

 息を吹きかけられた綿毛のように軽々と飛んだ車体は、そのままくるくると横に回転した後にコンクリートへ叩きつけられる。粉塵と耳障りな破壊音が響き、完全に止まるまでには数秒かかった。

 だが、混乱が最大限にまで満ちるには、その数秒だけで充分に事足りた。

 まき散らされた電磁波でイカレた拡声器を放り投げ、喉を振り絞りながら撤退の指示を出すカンナ。

 雷撃。

 その声に自分を取り戻して周囲をさがらせていく部下。

 雷撃。

 降り注ぐ雷撃の恐怖に駆られて無駄に銃を撃ち続ける部下。

 雷撃。

 躓いて転ぶ部下。

 雷撃。

 雷撃雷撃雷撃雷撃────

 

「──なんなの、よっ! あれはっ!!」

「ユウカっ! 大丈夫!?」

「なんとか──モモイ!」

「え? わわっ! 危なっ!!」

 

 倒れ込んだユウカに駆け寄ろうとしたモモイの足元が細く弾ける。躍るようなステップでどうにか避けたモモイはユウカを引き摺り起こすと、そのまま横転した車両の裏側に滑り込んだ。

 だが、それで雷撃が止むなら苦労しない。

 むしろ標的が少なくなった分、所構わず放たれているようだった。豪雨のように降り注ぐ雷は、より一層勢いを増している。

 

「どうしよう……あんなの、チートだよ」

「……」

 

 不安そうにモモイが呟く。確かに、これでは反撃しようにも反撃できない──詰みに近い状況を前にしたユウカが歯噛みしたそのだった。

 同じように倒れた車両を盾にして隠れていたタロウと、ぱちりと目が合った。

 

「────」

 

 タロウは僅かに唇の端を上げて微笑むと、なにやら納得したように頷く。

 凄く、凄く嫌な予感がした。

 大当たりだった。

 

「ついてこいっ!!」

「────はあ!?」

 

 物陰から駆け出したタロウの向かう先は──変わらず雷を放ち続ける異形。

 正気かと思う。

 絶対に正気じゃないと、頭のなかの自分が叫ぶ。

 ということは、放っておけずにまんまとついていっている自分も、絶対絶対絶対に正気の沙汰じゃない───!

 

「もう絶対にあなたとは金輪際かかわりあいになりたくありませんし万が一街中で会ったってひと言も喋りませんから決めましたからっ!!」

「そう言うな! アンタにはなかなか見所がある!」

「イヤ─────────っ!!」

 

 ユウカは腹の底から叫びながら、雷撃の隙間を縫うようにして走るタロウの隣を必死についていく。

 だから、タロウが配達員服の懐から赤いサングラスを取り出して装着するのも、しっかりと見ていた。

 緊急事態に何してるのよこのバカ──! 

 内心で容赦なく罵声を浴びせていると、不意にタロウの足運びの気配が変わるのがわかった。攪乱ではなく、確固とした目的地に突き進むものへと。

 しかし、この雷の雨のなか、一体どこへ向かうというのか。思考を共に走らせているユウカの耳に、タロウのよく通る声が滑り込んだ。

 

「早瀬ユウカっ!」

「なにっ!!」

「六秒だ!!」

 

 言いたいことが一発でわかってしまう自分が嫌で嫌で仕方がない。

 それでも、それでも桃井タロウに賭けると決めたのは、ほんの少しの信頼と大きなヤケクソからだった。

 ユウカは瞬く間に脳内で演算を完了させ、自身の周囲に特殊技能である電磁シールドを張り巡らせた。

 

「わかった! わかったわよ! こうなったら、悲しみも怒りも──すべて因数分解してやるわっ!」

「意味がわからんっ! だが──面白い!」

 

 ありとあらゆる角度から降り注いでくる雷撃を自分とタロウから完璧に弾く為に、頭の中で必死に計算式をこねくり回す。なにせ相手は雷だ。銃弾とは勝手が大いに違う。

 普段の電子制御をサスペンド。照準補正と反動計算を並列処理しつつ、短時間かつ効率的に電力分配と電圧の安定を行う。今の自分はコンピュータ。そう思わなければ、とてもじゃないがやっていられなかった。

 まさしく、気が遠くなるような六秒間が経った。

 そして、一切狂ったことのない脳内時計が、ちょうど七秒を迎えた瞬間だった。

 タロウに腕を引っ張られて、

 

「──来い!!」

 

 最初は、とうとう限界を迎えて倒れている最中なのかと思った。

 違っていた。

 なにもないコンクリートのなかを、そこに扉でもあるみたいに、ひたすらに落ちていく──

 

 

 〇

 

 

 そして、ユウカとタロウはビルのなかにいた。

 一体どんな魔法を使ったのか。気になることは気になるが、今はそれよりも何よりも。

 

「──……ユウカ……と、た、タロウ? どこから入って……」

「先生……!!」

 

 椅子に縛り付けられている先生の姿を見て、ユウカは安堵から一気に全身の力を抜かしかけた。崩れかけた膝にどうにか力を取り戻せたのは、外の惨状がまだ終わった訳ではないことを知っているからだ。

 だが、とにかく、先生の無事は確認できたことは素直に喜ばしかった。

 

「説教は後です。とにかく、いま縄を外して──」

 

 そうして笑顔を浮かべながら、先生を助け出そうと近寄りかけたユウカの前に、立ちはだかる存在がいた。

 それは、今まで外にいたはずの異形──ヒトツ鬼であった。

 

「な──」

「キングは、あたしだ…………!!」

 

 恐竜を模した仮面の奥から、怨嗟が混じった呻き声をどろどろと漏らしながら、獣電鬼は臨戦態勢を取る。

 出口は塞がっている。開けられた形跡は見受けられない。

 だというのに、どうやってここまで入ってきたのか──普段なら推察を重ねていたところだったが、いまは無防備な状態の先生がすぐそばにいることが不安で、頭が上手く回ってくれない。先生の最大の弱点ともいえる、このキヴォトスにおいて最も脆弱な存在であることが、形となって現れた瞬間だった。

 重なった悪条件に雁字搦めに縛られて身動きできないユウカに、容赦なく獣電鬼は近づいていく。ドレッドヘアめいた髪の先にあるボタン電池から、ぱちぱちと雷撃の気配を漂わせて。

 

 どうすればいい。

 どうすれば───!?

 

 その答えは、桃井タロウという形となって、ユウカのそばに立っていた。

 

 ──『ドンブラスター!』

 

 高々とした宣言と共に宙に現れた銃──ドンブラスターをタロウは握り締めると、ギアテーブルに手慣れた仕草でアバタロウギアをセットする。

 そして、

 

「──アバターチェンジ!!」

 

 桃のエンブレムが刻まれたスクラッチギアが回転する。

 

 ──『イヨォーッ! 

 

    ドン! 

 

    ドン! 

 

    ドン! 

 

    ドンブラコォーッ! 

 

    アバタロウ!』

 

 ギア内部のアバターデータが、軽快な「どんぶらこ!」という合いの手と共にロードされていく。

 引き金を引くと同時に天に向けられた銃口から放たれたデータが、アバタロウスキンとなってタロウの身体を包み込む。

 

 ──『ドン! モモタロウ~ッ! 

    ヨッ! 日本一ぃっ!!』

 

 こうして学園都市キヴォトスに、天下無敵の桃太郎──ドンモモタロウが降臨した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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