ドンブルーアーカイブ   作:鰻の蒲焼

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そのじゅういち

 

 

 

 

 

「それにしてもアンタ、よく分かったな」

 

『何がでしょうか?』

 

「ヒトツ鬼の正体が正義実現委員会の生徒ということが、だ。三人から聞いたぞ。アンタが作戦を立ててくれたと」

 

『いえ、少し探ればわかることでしたから。

 トリニティの外部の人物であるタロウさんが、いたいけな正義実現委員会の乙女を連れ回して、何かよからぬことを企んでいる。そういう噂も流れていましたし』

 

「何だ。よからぬこととは」

 

『さあ? ナニだと思いますか? うふふ。

 そんな、治安を維持する組織にとっては不利に働きかねない噂が流れているのに、なんのアクションも起こさなかった時点で、彼女達に何かしらの問題が発生しているのはすぐに予想できましたよ。

 そこからは、その周辺をつついたり、撫でたり、摩ったり、抓ったり、揉みしだいたりしているだけで充分でした。

 よっぽど我慢してたんでしょうね♡ それとも敏感なだけでしょうか……? タロウさんはどう思いますか?』

 

「どちらでもあるだろう──ともかく、人の口に戸は立てられなかったというわけか。だが、良かったのか?」

 

『?』

 

「確かアンタは、そういう動き方を嫌がっていただろう」

 

『……うふふ。乙女の心は、色々と複雑なんです。タロウさんには、まだまだ早かったかもしれませんね』

 

「……そういうものか」

 

『そういうものです♡

 ……それと、少しお尋ねしたいことがあるのですが』

 

「なんだ」

 

『最近、誰かに下着の色や形を教えましたか? 私以外に』

 

「いや、教えていない」

 

『……あれは予想? いえ、それにしては正確過ぎました。ということはコッソリ盗み見たか。もしくは偶然、現物を手にする機会があったか……』

 

「……よく分からんが、おれの下着になにかあったらしいな」

 

『ええ。そちらの方に、グランドスラムを決めた方がいらっしゃいましたので。私の想定が正しければ、これは由々しき事態かと。早急に対策を立てる必要があります』

 

「対策だと?」

 

『はい。木を隠すなら森の中ということわざがあるように、下着姿でトリニティの往来を──練り歩くんですっ! そうすれば、タロウさんの下着は秘匿する価値が無くなるでしょう?

 とはいえ、いくらタロウさんと言えども、いきなり一人で……というのはさすがに酷でしょうから。

 私がぴったりと、お互いの体温が混ざり合うぐらい近くに寄り添って、手取り足取り、リードしてあげますね……♡』

 

「不要だ。おれにできないことはない。ゆえに下着姿で歩くなど造作もないが……おれにとって下着とは、むやみやたらに見せびらかすものではない」

 

『…………その人には』

 

「なに?」

 

『その人には見せたのに、ですか?』

 

「──どうも会話が噛み合わないと思ったら、そういうことか。

 確かアンタには言っていたな。おれは一度死んだときに、病院に運ばれたと」

 

『ええ。確かに』

 

『おそらく、誰かに見られたとすればその時だろう。全身に怪我をしていたからな。検査のために剥かれたとしても、不思議ではないはずだ」

 

『……タロウさんが、自発的に見せたわけではないのですか?』

 

「何度も言わせるな。おれにとっての下着とは、むやみやたらに見せびらかすものではない」

 

『そう……ですよね……そうですよね……』

 

「だが、何故おれの下着にこだわる? 理解に苦しむな」

 

『……それこそ、先程申し上げたはずですよ』

 

「?」

 

『乙女の心は、色々複雑だと』

 

「──ふ。確かに、そうだったな。

 ともかく、アンタには色々世話になった。重ね重ね、礼を言わせてもらう」

 

『気にすることはありませんよ。私はただ、私にできることをしただけなので。でも……そうですね。そこまで言うのなら、ご提案をひとつ、聞き入れていただけませんか?』

 

「提案?」

 

『はい。例の噴水、覚えてます? あそこの近くにある広場に、D.U.で評判の良いクレープ屋さんが二号店を出店したそうですよ。

 なので、よろしければ…………その、一緒に行きませんか?

 タロウさんのたい焼き屋を運営するにあたって、参考にできるような動きも、幾つかあると思うので……』

 

「生憎だが、たい焼き屋なら今日で店仕舞いだ。用事は済んだからな」

 

『……なら、この話は忘れて──』

 

「だが、付き合おう。せっかくの誘いだ。時間と日程は、アンタに合わせる」

 

『────っ。そうですか。ふふっ。

 では、張り切らせていただきますね』

 

「ああ。楽しみにさせてもらおう」

 

 それからいくつか言葉を交わした後、通話を終えて役目を果たした携帯を、桃井タロウはズボンのポケットに仕舞い込んだ。

 それを見計らっていたかのようなタイミングで、歩いて二、三歩程度の距離に鎮座している観音開きの扉が、大きな音を立てて開く。

 開かれた先にいたのは、明るげなベージュの髪をおさげにまとめた、ひとりの少女だった。

 少女──阿慈谷ヒフミは後ろ手で扉を閉めると、脇に抱えていた一個のぬいぐるみを高々と持ち上げて、

 

「──阿慈谷ヒフミ、やりましたっ! ヨロイペロロ様──ゲットですっ!!」

 

 謳うように、高らかに告げてみせた。

 

「そうか」

 

 静かに呟き返して、もたれかかっていたエンヤライドンのリアをなんとなく眺める。

 そこに目を閉じて横たわっているのは、かつて海賊鬼だった正義実現委員会の少女。

 そうして桃井タロウは、自分に課せられた依頼がまた一つ終わったことを実感した。

 

 

 ◯

 

 

 桃井タロウと下江コハルが関係を修復したタイミングで、阿慈谷ヒフミがかけてきた連絡の内容──それが、ヨロイペロロの入手だった。

 エンヤライドンを駆って、道路をまっすぐ突き進んでいくタロウの腰に手を回したまま、ヒフミは力説を開始し始める。

 

「このヨロイペロロ様なんですが、ペロロ様のチャームポイントの一つでもあるトサカに完璧にフィットした兜を被っているのが特徴的なんですよね」

「聞いてない」

「あえて兜の形を和風にしているのは、たぶんデザインのコンセプトが『和洋折衷』だからなんじゃないかと思います。噂によれば、百鬼夜行の職人さんに兜の造形を依頼したとかしてないとか」

「聞いてないって」

「さらにこの前立をよく見てくださいっ! この形状、見覚えがあると思いませんか? そーですそーですそーなんですっ! ペロロ様の翼をモチーフにしているんですよこれっ!!」

「だから聞いてないって言ってんでしょ!!」

 

 ついに我慢できなくなったコハルがそう返しても、ヒフミの長広舌は一向に止まる気配を見せなかった。

 コハルは天を仰ぎ、いつの間にか姿を消していたガスマスクの少女──ペンギンのことを恨んだ。

 彼女がいれば、仕入れたくもない知識の矛先を逸らせたかもしれないのに。ただ、あの興味関心っぷりを見るに、さらにヒートアップして今よりやかましいことこの上なかったかもしれないけれど。

 タロウもさすがにうるさいと思ったのか。それとも単純に別の話題に切り替えたかったのか。そういえば、と言葉を割り込ませてきた。

 

「アンタはなぜ、わざわざ今日のブラックマーケットに出向こうと考えたんだ?」

「──今日のブラックマーケットは、ヒトツ鬼さんが暴れていたせいで、これまでにない規模の混乱に陥っています。

 強盗や強奪を企む人たちも、その混乱に乗って普段よりも活発に動くだろうと思ったんです」

「……なるほど。だからこそ、敢えて今日行動を起こしたわけか。もたもたしていては、アンタのその、ペロロ様とやらが奪われる可能性があるから」

「そうなんですっ! 正規の手段でキチンと入手するならまだしも、無理やり奪ったり、無断で持ち去ったりするなんて……そんなコト、断じて許せませんっ! ペロロ様も悲しむに違いありませんっ!!」

 

 ヒフミの力強い発言を聞いて、コハルは思った。

 違法という言葉が辞書から抜け出してきて、そのまま都市となっているような場所であるブラックマーケットに流通してしまっている時点で、ペロなんたらは滝のごとく涙を流しているのではないか──と。

 しかし、面倒だったので口にはしない。ただ呆れた視線をヒフミの後頭部に一瞬送りつけてから、風と一緒に過ぎ行く景色を、なびく髪をおさえながら眺めることにする。

 

「……」

 

 ブラックマーケットに満ちていた混沌は、ゆっくりと収束しつつあった。

 立ち並んだ建物類の影に崩落の兆候は見えないし、往来を歩く人々も慣れた様子で横転した車をひっくり返したり、積もった瓦礫を一か所に投げ飛ばしたりして、街の復旧に務めている。

 他の区域はどうなっているか知らないが、少なくとも今の自分達がいる区には、新たな争いの気配は無くなっていた。

 それは、自分達が混乱を生みだしていた元であるヒトツ鬼を退治したためだろうとコハルは思っていた。

 しかしタロウに言わせれば、連邦捜査部シャーレ──連邦生徒会が発足したらしい超法規的機関──で顧問をつとめている『先生』が、暴徒の鎮圧および事態の収束に尽力したため……らしい。

 

「──人間はどれだけバラバラでも、あるひとつの事柄に対する感情が共通していると、足並みを揃えて動こうとする。

 今回はさらに混沌を広げることよりも、ヒトツ鬼による被害を抑えて元の日常に戻ろうとする感情が勝ったんだろう」

「……それって、私達がヒトツ鬼を退治したことは関係ないって言いたいの?」

「関係はある。だが、こんなふうに報道されることはまず無いだろうな」

 

 そう言って、タロウはいきなり端末を投げ渡してきた。

 

「あ、あぶなっ……!」

 

 一歩間違えば永遠に手の届かない場所へ置き去りにされかねなかったそれを、コハルは慌てて受け止める。そしてタロウの非常識さを咎めようとしたところで、端末の画面にクロノススクールが配信しているニュースが表示されていることに気が付いた。

 その画面の中央には、マイクを持った金髪褐色の少女が、表情を熱狂にきらめかせながら映っていた。

 どうやらヘリコプターから撮影しているらしい。音声にはエンジンとプロペラが奏でる騒音が混ざっていて、少女の背後にはところどころにボヤが残っている夜のブラックマーケットの遠景が、どこか幻想的な装いをともなって見えた。

 

『キヴォトスの生徒の皆さん、こんばんは! クロノス報道部所属、アイドルレポーターの川流シノンですっ!』

 

 自己紹介を手早く済ませた少女──川流シノンは、星型の瞳孔を浮かべた片目でウィンクを繰り出してから、騒音に負けじと元気よく声を張り上げた。

 

『この配信をご覧になっていた皆様なら、既にご存知でしょう。突如として未曽有の混乱に包まれたブラックマーケット──しかし、見てください! 危機は去り、見事に平和は訪れましたっ!』

 

 大仰な身振り手振りで、シノンはブラックマーケットの街並みを指し示す。そのままひと通り映し終わってから、カメラはある一点に向かってズームを開始した。みるみるうちに解像度を上げていったレンズの先にいたのは──

 

『────その立役者は、一体どこの誰なのでしょうか? 

 そうです!

 皆さんの記憶にも、鮮烈に刻み込まれていることでしょう。災厄の狐が起こしたシャーレビル襲撃事件……なんと巡航戦車まで駆り出されたその事件を、なんとたったの生徒四人だけで見事に解決してみせた英雄……!

 先生以外に他なりませんっ!!』

 

 ──連邦生徒会所属を示している、真っ白なコートを腰に巻きつけて、今にも死にそうな表情で瓦礫の乗った手押し車を押している、眼鏡をかけた男だった。

 

「……この人が、先生?」

「ああ。そいつが先生だ」

「あ、確かに先生ですね」

 

 これが?

 コハルは怪訝な眼差しをそのままに、映像を眺め続けた。先生と呼ばれた男は見るからに大量の汗を流しつつ、近場にあった収集場所まで手押し車を持っていくと、そのまま引きずられるような形で瓦礫を降ろした。

 そして、膝で息をついている。

 今にも倒れるかもしれない、と思ったのは、その足取りが酔っているみたいにふらついていたからだ。

 

『──!』

 

 それでも、どうにか意地で堪えきったらしい。

 ぴたり、と揺れる足を止めて、ふとももをぱんぱんと叩いてから、男はゆっくりと立ち上がった。

 そして、空っぽになった手押し車を持ち上げて、ふたたび瓦礫を集めに戻っていく。

 ハッキリ言うと、先生ではなく土方にしか見えなかった。それも現場監督にかなりの勢いで叱り飛ばされていそうな。

 しかし、コハルの見解とは裏腹に、先生の周囲は明るい雰囲気に包まれていた。角を生やした少女達──たぶんゲヘナの生徒だろう──は呆れながらも先生を手伝ったり、自慢するように大量の瓦礫を持ち上げていたりしてるし、あからさまにチンピラな格好をした少女達は負けるかと言わんばかりに作業の手を早めているし、ツッパリを生やしたロボットや犬猫鳥は、地図らしきなにかを持って話し合っている。

 とても、ブラックマーケットとは思えない、和やかな景色である。だが、コハルは強いデジャヴを感じていた。

 そうだ。自分はどこかで、これに似たような景色を見たことがある──

 

「……あ」

 

 やがてコハルの脳裏に浮かんだのは、たい焼き屋の屋台。

 つい数時間前に、数日前に眺めていた光景に──『たいやき処 あばたろう』のたい焼きを食べているブラックマーケットの住民達の姿に、配信の映像はよく似ていた。

 コハルの声を聞いて、察したのだろう。タロウは微かに弾んだような口調で語り出す。

 

「おれと先生。どちらを撮れば、より生徒から視聴率を獲得できるか。クロノススクールの連中は、それを踏まえた上で行動しているんだろう。正直な連中だ。好感が持てる」

「……悔しくないの?」

「なぜ悔しがる必要がある」

「だって……あんたが、ヒトツ鬼を倒したのに……」

 

 もしょもしょ、とコハルは口を動かしている。タロウは横目でその様子を見やると、なんでもないように答えてみせた。

 

「そうだ。おれはヒトツ鬼を倒した。それがどうした? 別に大したことではない。」

「それは! あ、あんたにとっては、そうかもしれないけど……でも、そんなの……」

 

 感情を処理して言葉にできず、口ごもることしかできない自分の不器用さが、たまらなく恨めしい。

 軽い自己嫌悪が入り混じりはじめたコハルの表情を見て、空気を読んで沈黙していたヒフミは助け舟を出すべく、明るい調子をたもって口を開いた。

 

「タロウさん。きっと下江さんは、タロウさんのしたことが誰からも評価されないのが悔しいんだと思いま」

「あんたは黙っててっ!」

「……………………はいぃ……」

 

 出した助け舟を一秒で沈没させられたヒフミは、どんよりしながらタロウの背中に額をくっつけた。

 それに対して、タロウは合点がいったようにうなずくと、すっきりとした口調で言い放った。

 

「浅い考えだな。十五点といったところか」

「…………浅くて悪かったわね」

「おれは、誰かから評価されるためにヒトツ鬼を退治しているわけではない。成すべきことを成しているだけだ。

 だから、アンタの抱く不満は、必要のないものでしかない」

「…………」

 

 今までで一番低い点数をつけられて、密かに凹むコハルの耳に、桃井タロウの「それに」と話を続けるための言葉が滑り込んできた。

 

「アンタは──知っているだろう?」

「───」

 

 本当に。

 本当に。

 

(──本、当にっ!)

 

 桃井タロウは嫌なヤツだと、コハルは心の底からそう思う。

 だって、そんなコトを言われてしまったら、こっちはもう黙ることしかできないではないか。

 それは、桃井タロウからすれば本当になんてことはない、当たり前の見ればわかる事実を言っただけなのかもしれない。

 けれど。

 けれど、下江コハルにとってその言葉は、『他の誰から見られなくても、おまえが見ていてくれたのならばそれで良い』という意味が込められているように聞こえてしまったのだから。

 それは、いてもいなくても良いと思っていた自分の存在が、実はそうではなかったのだと、ようやく信じられたようで。

 

「…………うん」

 

 コハルはたぶん、初めて素直な気持ちのまま、タロウの言葉を受け入れることができた。

 それどころではないのはヒフミだ。

 タロウはまだいい。しかし、背後の少女から仄かに漂いだしてきた、くすぐったいようなむず痒いような空気は我慢できなかった。

 

「え──……と」

 

 なんとか別の話題を見つけ出そうと、ヒフミは頭を回転させる。するとタロウがその必要はないと言わんばかりに、立て続けに話し出した。

 

「それから、アンタは気が早いな。下江コハル。おれ達の仕事はまだ終わっていないぞ」

「……なんで? 銃は無くなっちゃったけど、ヒトツ鬼は倒したし、生徒も確保できたでしょ? ……まさか、もう一体ヒトツ鬼がっ!?」

 

 ヒトツ鬼の暴威をこの数時間で嫌というほど思い知らされたコハルは、自身の予想にもかかわらず戦慄をあらわにする。

 だが、タロウは首を振って否定の意を示した。そして顔だけを振り向かせて、いつも浮かべている不敵な笑みを見せつける。

 

「今のおれ達の、ブラックマーケットでの職業を忘れたか?」

「……?」

「せっかくの店仕舞いだ───派手にいくぞ!」

「? ??」

 

 ひたすら首を傾げるコハルをよそに、タロウはいつまでも笑い続けていた。

 

 

 ◯

 

 

 どこかで祭りがやっている。

 

 

 だから彼女は気になって、鉛を塗りたくられたように重いまぶたを開くことにした。眠気が未だに詰まった脳に引きずられているのか、ぼんやりと不鮮明な視界に写し出されたのは、濃紺色の空だった。遮る雲がひとつもない。お手本のような夜の空だった。

 しかし、どこか光って見えるのは、おそらく地上の明かりが反射しているせいだろう。その明かりこそが、きっと、祭りが行われている場所に違いない。

 

「……う、づっ……」

 

 気怠さが残る、仰向けになっていた身体を起こして、彼女は前髪を指でずらしながら周囲を見回した。

 薄暗さが満ち満ちているせいもあって把握に時間はかかったが、自分が寝かされていた場所は、どうやらカフェのテラス席のようなところらしかった。手を伸ばせば届く位置に、いくつものベンチや椅子、テーブルが置かれているのが見えた。

 それらは夜のなかにあるにもかかわらず、火花を宿しているようだった。

 明かりは、どうやらすぐそばにあるらしい。意識がハッキリしていくと、気にしていた音が、きわめて近くで鳴り響いていることにも気付いた。

 急き立てられるように、彼女は音と光の発生源と思しき方向へと視線をやり──

 そして、絶句した。

 そこにあったのは───

 

「───さぁ、タイムセールだっ!

 皆の衆っ! 食えっ! そして笑えっ! 声を上げてなぁっ!!

 できねえなら手本を見せてやるっ!

 わーっはっはっはっはっ!

 わーーーはっはっはっはっはっ!!

 わーーーーーーーーーはっはっはっはっはぁっ!!」

 

 エプロンをつけたドンモモタロウが、バンのなかで凄まじい勢いのまま、無数とも思える量のたい焼きを作っている光景だった。

 

「───」

 

 自分はまだ、夢を見ている最中なのだろうか。

 呆然とする彼女をよそに、ドンモモタロウはたい焼きを作り続けている。腕どころか、ドンモモタロウそのものが何人にも分身しているように見えるのは、決して気のせいではないだろう。

 瞬きをするたびにたい焼きが生み出されては、周囲にたむろしている客の手元に収まっていく。

 さらに注視してみると、ドンモモタロウの傍らでは、角付きの少女達が楽し気な様子で鉄板をひっくり返していた。同じようなエプロンを付けていたことから、もしかすれば調理補助役なのかもしれない。

 

「────タロウさぁーーーーーんっ! お次はカスタード五十匹でお願いしまぁーーーーーーーすっ!!」

「桃井ーーーっ!! 私は一番高いつぶあんでーーーーーーっ!!」

「じゃあじゃあじゃあ私はチョコとチーズとベーコンと────!」

「うふふ。やはり、タロウさんが作るたい焼きは格別ですわね。

 それに、先生とご一緒に食事できるだなんて──これはまさしく、究極の美食のひとつと数えても過言ではないでしょう」

「私もハルナやみんなと食べられて嬉しいよ。タロウ風に言えば百点のたい焼きだ! ……かな? 

 それにしても、疲れた身体にはやっぱり甘いものだよねぇ。歳はあまり感じたくないけども」

「次はペロロ様焼きでも作って貰おうかなぁ……」

 

 金髪の少女があざやかな赤紫色の瞳孔に歓喜を宿しながら声を張り上げ、赤髪の少女が頬張っていたたい焼きを急いで飲み込んでから叫び、薄茶髪の少女があれこれと具材を口にしながら涎をだらだら垂らし、銀髪の少女がたい焼きを食べ進めつつ笑顔を浮かべ、眼鏡をかけた男がたい焼きを飲み込んだ自分の腹を満足げに叩き、少し離れた位置にいる紙袋を被った少女がなにかをぼやく。

 目立ったのがその六人であるだけで、他にもバンの周囲には大勢の影が集まっていた。そのどれもが、ブラックマーケットの住人であることが──かつて海賊鬼として猛威を振るうべく、夜通しこの市場を駆け抜けた彼女には理解できた。

 だからこそ、わからなかった。

 ブラックマーケットの住人は、形容しがたいほどの悪人のはずだ。

 他者を利用することに対して、なんの躊躇いも持たない、血も涙もない外道のはずだ。

 だというのに、あの朗らかな笑顔はなんなのか。どうしてあんなにも美味しそうに、たい焼きを食べているのか。

 わかろうとしたが、わからなかった。ただ、純粋な感情が腹の底からこみ上がってくるのが実感できた。

 その感情の名は──怒り。

 悪いやつらが、楽しそうにしている。良い人を踏みにじって、弄ぶことを生き甲斐としている連中が、人生を謳歌している。

 

 許せない。

 許さない。

 許して、なるものか。

 

 彼女のなかにある、鎮火していた欲望が、ふたたび花を開こうとした刹那──横合いからひとつの紙袋が差し出されてきた。

 

 

 ◯

 

 

「……?」

 

 その紙袋は茶色で、真ん中には大きく『暴』の筆文字が印されていた。閉じた口からは、甘い匂いがかすかに漂っている。彼女はその匂いに、数日前に食堂で口にした玉子焼きをなんとなく思い出した。

 

「……あなたは……?」

「……」

 

 紙袋を差し出してきていたのは、ひとりの少女だった。

 どこかで見覚えがあると感じた原因は、容姿ではなく服装だった。銃の黒鉄を思わせる色合いのセーラー服。

 間違いなく、それはトリニティ総合学園における治安維持組織──正義実現委員会の制服に他ならない。彼女もまた、その組織の一員である。見間違えなどするはずもなかった。

 少女は紙袋を差し出した姿勢のまま、しばらくこちらを見下ろしていたが、やがてじれったくなったかのように眉をひそめた。

 

「……ん」

「?」

「ん!」

 

 どうやら、受け取れと言っているらしい。困惑したまま紙袋を受け取ると、少女はふん、と鼻を鳴らして、彼女が寝かされていたベンチに座った。隣ではなく、一番端っこに。その間に敷かれているものは、きっと物理的かつ精神的な壁なのだろう。

 しかし、彼女も彼女で、いきなり初対面の相手に距離を詰められても困るしかなかったので、逆にありがたかった。

 でも、と彼女は思う。この子、なんでこんなところにいるんだろう。

 トリニティ総合学園の生徒は──決して強制的ではないけれども、他の学園よりも品行方正であることが要求される。

 言葉遣いや作法、立ち振る舞いまでそうあることを徹底しているのは、さすがに一部だけかもしれないが……それでもブラックマーケットという明らかな違法地帯に踏み込むのは、明らかにラインを超えている。どんな生徒だろうと校則違反として、厳重な処罰を喰らってしまうはずだ。

 

(正義実現委員会の人だからかな……)

 

 と、彼女は一瞬考えたが、確かいまの委員会に、ブラックマーケットに関する任務は出されていなかった。

 ここにいる目的も、自分にたい焼きを差し出した目的も、なにもかもが読めない。

 だから、彼女が警戒心を高めるのは当然の流れだったが──

 

 

 

 ぐるう、きゅう、きゅっ、ぐううううううぅ、ぎぅううううううう。

 

 

 

「………………うぅ」

 

 紙袋の内側から放たれる甘い匂いが鼻先を掠めたと同時に、とても自分のものとは思いたくない腹の音が響いてきて、それどころではなくなった。

 そういえば、しばらくなにも口にしていなかった。四六時中ブラックマーケットを駆け回って、武器を集めていたから。もしかしたらこれは、久方ぶりにありつける食事なのかもしれなかった。

 ごくり、と喉を鳴らして、彼女は紙袋を開き、中身に入っていたものを取り出した。

 中身は予想した通りたい焼きだった。こんがり焼き上がったきつね色の表面がきらきらと光沢を放っている。

 甘い匂いの正体は牛乳と卵、それに餡子の香りだろう。白い蝋紙で包まれているというのに、掌にはたったいま焼き上がったかのような暖かさが伝わってきた。

 

「……」

「……食べないの?」

「た、食べますっ。いただきますっ」

 

 いつまでもたい焼きと見つめ合っていることを訝しむ声を跳ね除けて、彼女は決意とともに、たい焼きの頭にかぶりついた。

 そして、本日二度目の絶句。

 そのたい焼きは、彼女がこれまでに食べてきたどんなデザートよりも美味しかった。いや、美味しいなどという次元ではない。ただのひと口、生地とあんこのひとかけらを舌にのせただけで、すべての味が過去となってしまったかのような衝撃が脳を直接殴り付けてきた。

 躊躇いは瞬間的に吹き飛んだ。彼女は夢中になって、たい焼きを食べ進めていく。さっきまで心を覆い尽くそうとしていた怒りは、すっかり意気消沈していた。

 それから、どれだけの時間が経っただろうか。

 ドンモモタロウの勢いは途切れることなく、場の明かるげな喧噪も曇ることなく続いている。たい焼きはもうとっくの昔に食べ尽くした。いまの彼女に残されているのは、途方もない満足感と、胸にぽっかりと穴が空いてしまったような脱力感だけだ。

 話しかけたのは、少女からだった。 

 

「──……私、さ」

「……?」

「あんたが考えてたこと──ちょっとぐらいはわかるかなって、思う」

 

 思わず視線を向ける。少女はこちらに振り向かないまま、澄み切った表情のまま話を続けた。

 

「悪いやつが悪いことをしているのになにもできなくて、そんな自分が嫌で……ちっぽけでもいいから、何かを変えられたらって、そう思う気持ち。

 周りは、そんなことないって言ってくれるかもしれないけど」

「……」

「でも、自分のことを一番よくわかってるのは、やっぱりどこまでいっても自分しかいないから。だから、そういう気持ちを……止めたくても、止められなくて」

 

 唇は噛み締められていて、目は伏せられていて、眉はひそめられている。

 だから少女の言葉は、決して同情や偽善から生まれたものではなく、確かな実感に基づいたものであることが彼女にはわかった。

 

「──なら」

 

 自分の気持ちが、少しでもわかるなら。

 なぜ、あなたは私の邪魔をしたの?

 どうして、ブラックマーケットを守るような真似をしたの?

 そんな意味を込めた沈黙を、互いの間に放る。すると少女は強い意志がこもった眼差しを向けてきた。

 

「だから、わかるから、止めなきゃって。

 確かにあんたが思ってるように、ブラックマーケットは酷い場所だけど、でも、それだけじゃなくて。ああいう風に、作ったたい焼きを食べて喜んでくれる人も、たい焼きを分けてくれる人もいて。

 そういう人達もまとめてこっ……殺して、建物とかお店とかを壊して……そんなやり方で願いを叶えたって絶対に後悔するって、私は思ったから」

「──じゃあ、どうすれば良かったんですか?」

「……わかんない」

「は?」

 

 てっきり明確な答えを持っているから、諭しにきたのだとばかり思っていた。

 純粋な疑問を浮かばせていた目が、じょじょに胡乱げに歪められていくのを感じたのか、少女は半ばヤケクソになって答えた。

 

「わ、悪い!? 私だってわかんないわよ! わかるわけないじゃない!

 けど──わかんないことをみんなで考えていくために、正義実現委員会はあるんじゃないのっ?

 一人じゃ無理でも、みんながいればできることだって、あるかもしれないじゃない!」

「……」

「あんたは何のために──正義実現委員会に入ったのよ」

「私は──」

 

 要するに、彼女はどこまでも弱かった。

 だから、ただひたすらに強くなりたかった。

 強くなって、ありとあらゆる悪を根絶したかった。

 ただ、その願いの根源にあるものは──決して力を求めるようなものではなかったと思う。

 毎日を平凡に、優しく、正しく生きている誰か。

 そんな誰かが、健やかに生きていられるような世界が欲しい。

 そうだ。

 それが、始まりだった。

 だからこそ。

 

「……そのためなら、私なんてどうなっても……」

「──なんでそういうヤツは、どいつもっ、こいつもっ」

 

 少女は唐突に激昂を露わにすると、真っ直ぐ伸ばした人差し指をびしりと突きつけて、

 

「どうして自分も、誰かにそう思われてるって考えないのよっ!!」

「──!」

「バカみたい。ずっとひとりで生きてたつもり? もっと周りを見なさいよ周りをっ! あんた私みたいに友達いないの!?」

「い、います……」

「良かったわねっ!!!!!!!!!」

 

 すべてを吐き出し終えたのか、少女はこちらを睨みつけながら、ぜーぜーと肩で息をしている。

 まったく迫力を感じないのは、体格の小柄さと唇の端にくっついたたい焼きの欠片のせいだろう。

 だが、彼女は何も言えなかった。まるで鎖に縛りつけられたかのように、少女のまっすぐな瞳に囚われていたからだ。

 きらきら、きらきらと──黄金が散りばめられたように輝いている、桃色の瞳。

 それの正体は、すぐ近くにあるたい焼き屋のバンから生まれた光が反射したものだったが、少なくとも彼女にはそういう風に見えた。

 初めてかもしれないと思いかけて、そうではないと気付く。きっとこれまでにも向けられていたが、自分は気付かなかった。気付こうとしなかっただけなのだろう。

 彼女は項垂れて、膝に乗せた自分の両手を見た。それから、息を落ち着けた少女に対してそっと問いかけた。

 

「……私は、全部間違えてたんでしょうか?」

 

 とても自分のものとは思えない、ひどく乾いた声だった。

 少女はちらっとこちらを見てから、何も答えず、ドンモモタロウの方へと視線を向けた。彼女もつられて顔を動かしてみると、その先では──

 

「そらそらそらそらそらぁーっ! 刮目しろッ! これがッ、特大たい焼きだァ─────っ!!」

 

 一体どうやって作ったのか。ドンモモタロウがバンよりも大きな巨大たい焼きを焼き上げていた。

 冗談みたいな光景を見ていると、なんだか悩んでいる自分がバカらしくなってくる。そんな気の緩みを察知したのか、少女が話しかけてきた。

 

「言ったでしょ、わかんないって。それに──間違えたって、やり直せばいいじゃない」

「……それは、難しいですね」

「あんた、話きいてた? だから、みんながいるのよ」

「──」

「それに、何が正しくて、何が間違ってるかなんて、最後にならなきゃわからないんだから。

 私だって、たい焼き屋をやってるうちにここまで辿り着くなんて思ってなかったし……いや、今でも微妙に納得してないけどっ」

 

 ごにょごにょ、と何事かを呟く少女の姿に、彼女は今度こそ本当に気が抜けてしまった。

 それから、自分でもわからない衝動に従って、口を開こうとした瞬間、稲妻のように轟いた悲鳴に邪魔をされた。

 溌剌とした喧騒に満ちていたはずのバンの方から、脅威におののく人々の叫び声が聞こえてきていた。

 

「ウワーーーーーーーーーッ!! たい焼きが足生やして歩いてる!!」

「こっちは合体しだしたぞ!! ヤベエ巨大化するつもりだっ!!」

「気を付けろォ────! こいつら空まで飛び出して……!」

「あんこのミサイルだッ!! 編隊組んできやがったアイツら!!」

「あらあら。混沌としてきましたわね」

「こ、この動き、もしかして……」

「す、すみませーーーーーんっ! わ、私っ、ちょっと試してみたい形のたい焼きがあって、それで……!! ご、ごめんなさいぃいいっ!!」

「謝る必要はないぞ! 牛牧ジュリッ!

 泳ぐたい焼きの解体ショーか──……面白ォい!!」

「先生っ? 色んな意味で危ないので避難しましょう! 先生っ!?」

「ちょっとだけ待ってねヒフミ。これだけは言っておきたい……頑張れーーーっ! ドンモモタロウーーーっ!!」

 

 食べ物であるはずのたい焼きが群を組んでうごめき、海千山千の悪党であるはずのブラックマーケットの人々は情けなく逃げ回り、ドンモモタロウは相変わらずドンモモタロウのまま暴れている。

 そんな間違いだらけの光景を、彼女はなぜか素直に受け止めることができた。そして薄らぼんやりと思う。

 きっと自分は、もうヒトツ鬼になることはないだろうと。

 例えなってしまったとしても──間違ってしまったとしても、彼女達がまた道を照らしてくれると。

 自分は──決して一人ではなかったのだと。

 そこで、ふと気付いた。

 ドンモモタロウはともかくとして、自分はまだ、この少女の名前すら知らない。

 

「そういえば──」

「私何も見てないんだからね絶対私行かないんだからねもう疲れてるんだからね──なに?」

「あなたの、名前は……?」

 

 彼女の今更ながらの問いかけに、少女は面倒臭そうに眉をしかめながらも、確かに答えた。

 

「私は……コハル。下江コハル。……あんたは?」

「わ、私ですか?」

 

 まさか聞き返されるとは思っていなかった彼女は、少しだけうろたえてから、ゆっくりした調子で自らの名を口にした。

 それだけは、間違いなんかじゃないと思ったから。

 

「私は────」

 

 

 ◯

 

 

「────暗咲アヤメの処分ですが、体調不良により正義実現委員会の活動を一時停止中という形に落ち着きました」

 

 うららかな日差しが燦々と降り注ぐカフェのテラス席で、羽川ハスミはそう告げた。

 既に決定事項だと前置きされた上で出された言葉は固く、ちょっとやそっとの攻撃じゃ揺らぎそうにない。

 そんな要塞さながらの宣言を、タロウは別に否定するつもりはなかった。飲もうとしていた紅茶のカップを机に置き、対面に座ったハスミに視線を据えた。

 

「妥当な判断だ。だが、なぜわざわざおれに報告する?」

「一応タロウさんも協力者の一人だったからじゃないすかねー」

 

 タロウの質問に答えたのはハスミではなく、タロウから見て左側の席に座った糸目の少女──仲正イチカだった。

 

「なにせ秘密の任務だったんで、功績に対する表彰とかの表立っての行動はできませんし? ならせめてもの誠意として、明かせる範囲内の情報は明かしておこう……みたいな?」

「なるほど。そういうことか」

「あ、それと配信見ましたっすよ。えらい事になったなーって驚いちゃったんすけど……大丈夫でした?」

 

 イチカはわざとらしく驚く真似をする。ニュースとは勿論、数日前にクロノススクールが配信したブラックマーケット炎上事件のことだ。

 タロウは腕を組み、偉そうに顎を上げた。

 

「愚問だな。おれがここにいる。それが何よりの証拠だろう」

「おっ。久々のタロウさん節っすね。あー、なんか凄い懐かしい──それと、タロウさん?」

「なんだ」

 

 と、タロウが反応した瞬間には既に、イチカは隠し持っていたピコピコハンマーをタロウの側頭部めがけて打ち付けようとしていた。

 同時に、遠くのビルの屋上に陣取っていた静山マシロが狙撃を開始する。

 ピコピコハンマーによる殴打。

 麻酔銃による遠距離狙撃。

 どちらかに対応を絞らせることで、どちらかは必ず攻撃を当てるという、単純だが効果的な彼女達の作戦は───

 

「発想はいい。だが、実力が足りない。三十一点だ」

 

 タロウが高速で迫るピコピコハンマーを一瞬でイチカの手から奪い取り、それを使って麻酔弾を弾き返したことによって、あえなく瓦解した。

 前方と後方の攻撃をいとも簡単に凌いだタロウは、奪ったピコピコハンマーの先端部分をイチカの鼻先に突きつける。

 

「仲正イチカ、アンタは踏み台昇降を二百回だ! 静山マシロは今ごろ寝ているだろうから、罰ゲームは後で伝えておく」

「うわー……普通に悔しい……うわあー……」

「……なにから突っ込むべきでしょうか、私は」

 

 ことの経緯を見守っていたハスミは、ようやく口を開いた。その眉根には多大なしわが寄せられており、切れ長の瞳は憂うように伏せられている。

 金槌を持った心労に殴られているような表情のハスミへ、タロウは淡々と告げた。

 

「見ての通り、ゲームの最中だ。どんなことをしてもいいからおれに一撃を加えるというな」

「はあ……」

「ハスミ先輩もやってみたらどうっすか?」 

「いえ、私は遠慮しておきます。私まで参加すると、こう、収集がつきそうにないので……」

 

 ハスミがそう言うと、タロウはふん、と鼻を鳴らして、

 

「誰が相手でもおれは構わない。一本を取れるつもりがあるならな。だが、おれはそう簡単に取られる気は──」

 

 そんなことを言おうとした、瞬間だった。

 

 

「──────()()()っ!」

 

 

 背後から伸びてきた小さな手が、笑えるほどにあっけなく、冷えたジュースの缶をタロウのほっぺに押しつけた。

 人は、唐突に生じる温度差に対して抗うことができない。

 それは、桃井タロウであっても例外ではなかった。

 

「──」

 

 ハスミとイチカはたぶん初めて、桃井タロウが心から驚いている瞬間と表情を目撃した。

 後ろにいるゆえに、その表情を見なかった手の主──コハルは、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「ふふ、びっくりした? 今日暑いから、あんたにお土産あげる。嬉しいでしょ?」

「……………………」

「なに? だんまり? つまんないの──って、あ、あ、えと、ハスミ先輩に、イチカ先輩っ! お、お疲れ様ですっ!!」

「お、お疲れ様っす」

「す、すみません。お話の邪魔しちゃいましたか……?」

 

 おそるおそる上目遣いで問いかけてきたコハルに、ハスミはゆっくりと首を横に振る。

 

「いいえ、大丈夫ですよ。コハル。それよりも、タロウさんに何か用があるのでは?」

「あ……はいっ」

「こちらの用事は済みましたので、もう連れて行って貰っても構いません。お気を付けて」

「あ、ありがとうございますっ! 

 ──ほら、タロウ、タロウってば! 約束したでしょっ、今日はトリニティ案内してあげるって! なんで固まってんのよあんたっ」

 

 接着剤で固定されたかのようなタロウを引っ張って、コハルはテラス席から離れていく。

 大きさも歩幅もまるで異なる二つの影が、ばらばらながらも同じ方向に歩いていく。

 そんな光景をハスミが感慨深げに眺めていると、我に返ったらしいイチカが声を潜めて話しかけてきた。

 たぶん、聞きたいことがあるに違いない。

 

「──あれって、一本取りましたよね?」

「ええ。勿論、一本取りましたよ」

 

 一ミリの躊躇いもなく、ハスミは頷いた。

 疑う余地なく、確実に。

 下江コハルは、桃井タロウから一本取ってみせたのだ。

 イチカは驚いているが、ハスミは冷静さを保つことができた。むしろ、予測さえしていたかもしれない。

 なぜならば。

 

「あの子は──」

 

 下江コハルは。

 羽川ハスミにとって。

 正義実現委員会にとって──

 

「────自慢の後輩なんですから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 









じかーい、じかい!

アリスです!
うんぬんかんぬんあって、ヒトツ鬼と野球対決することになりました!
コンティニュー不可の高難易度バトル。
ですからアリスはクエストを出します!
誰にも負けない、最強のパーティを作りましょう!
さあ、旅立ちの時です──暴太郎よ!


ドン6章「さいきょうナイン」


という、お話っ!


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