ドンブルーアーカイブ   作:鰻の蒲焼

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リオ会長とセイア様が実装されたので初投稿です
俺は初投稿なんだ
誰が何を言おうと初投稿なんだ


そのし

 

 

 

 

 

 ラショナルちゃんは驚愕した。

 桃井タロウが所持するあらゆる技術が、ミレニアムサイエンススクールの総力をあげたとしても実現不可能な代物だったから。

 

 ラショナルちゃんは戦慄した。

 桃井タロウの所有する力が、文字通り『全能』に近い恐るべきモノだったから。

 

 ラショナルちゃんは困惑した。

 桃井タロウがどこから来た何者なのか、どれだけ手を尽くしてもまるで判明しなかったから。

 

 ラショナルちゃんは警戒した。

 桃井タロウが『名もなき神』に連なる存在である可能性を、完全に否定できたわけではないから。

 

 ラショナルちゃんは決意した。

 桃井タロウがどこから来た何者であれ、その規格外ともいえる力を、自らの目的のために利用しようと考えたから。

 

 ラショナルちゃんは接触した。

 桃井タロウという存在が、ミレニアム──ひいてはキヴォトスの利となる存在か、それとも害となる存在かを見極めようと思ったから。

 

 ラショナルちゃんは愕然とした。

 桃井タロウはあれほどの力を持っておきながら、資格さえあれば誰にでもできる配達業に従事することを選んでいたから。

 

 ラショナルちゃんは唖然とした。

 桃井タロウの嘘をつけば死んでしまうという、信じ難い体質が、いつわりなく真実であると知ったから。

 

 ラショナルちゃんは共感した。

 桃井タロウが、常日頃から正しく在ろうとしていることにより、他者から疎まれることがあると知ったから。

 

 ラショナルちゃんは期待した。

 桃井タロウが、桃井タロウであるならば。

 自分の思考を、手段を、信念を──すべてを理解してくれるのではないかと思ったから。

 

 ラショナルちゃんは恐怖した。

 桃井タロウが、桃井タロウであるならば。

 いつか自分にとって──最悪の敵になり得るのではないかと、予測できてしまったから。

 

 

 

 いくつもの夜を超えて。

 いくつもの朝を迎えて。

 ラショナルちゃん(調月リオ)はずっと、桃井タロウのことを考えていた。

 

 

 〇

 

 

『事情はおおむね把握しているわ。確か、ヒトツ鬼との野球対決──だったかしら」

「ああ」

 

 人が行き交う歩道と、車が過ぎ行く車道を隔てるガードレール。

 そこに腰を据えて、桃井タロウはラショナルちゃんと名乗る謎の少女と話していた。

 内容はもちろん決まっている。というより、それ以外のことを、タロウは彼女と話したことがない。

 脳裏によぎるのは、初めて交わした会話で浴びせられた、冷たい言葉の銃弾の数々。

 

 

 ──あなたの役割は、この世界に突如として湧いた特異現象たる欲望の権化……ヒトツ鬼の討伐。

 

 ──私の理念は、ミレニアム……ひいてはキヴォトスに齎される異変を未然に防ぎ、それに備えること。

 

 ──その一点だけ、互いに利害が一致していると考えることはできないかしら。

 

 ──それ以外の関係性なんて、不要でしょう?

 

 ──あなたは所詮、この世界の住人ではないのだから。

 

 

 初めて連絡を受けたときに伝えられた言葉の通り、少女はこれまで一度たりとも、自身のパーソナリティをタロウに対して明らかにしたことはなかった。

 しかしその反対に、桃井タロウは顔も名前も知らない少女に対して、自身のありとあらゆるパーソナリティを暴露していた──より正しく言うなら、暴露せざるを得なかった。

 他者から何かを聞かれれば、それが自分にとってどれだけ不都合な情報であっても、正直に答えてしまう。

 それが──桃井タロウという男に元来備わった性質なのだから。

 その結果。

 片方は相手のことを知りつくしているが、片方は相手のことをまるで知らないという、いびつで不健全きわまりない人間関係が構築されることになったのだが、二人とも大して気にした様子はないので、ある意味、健全であるのかもしれない。

 それはさておく。

 

『……結論に至るまでの経緯はわかる。

 あなたが不在の場合でも、ヒトツ鬼に対処できる方法の確立──それ自体は、私も望むところではあったから。

 けれど』

 

 ふう、と悩ましげに吐き出されたため息が、タロウの鼓膜をそっと撫でる。

 その重苦し気な吐息に影響されたのか、続けざまに少女の口から紡がれた言葉は、同じように重い憂鬱に塗れていた。

 

『──はっきり言わせてもらうわ。

 あなたのやり方は非効率で、不適切で、合理的ではないやり方ね』

「……ほう」

 

 それは聞く者の耳朶を凍てつかせるかのごとき、どこまでも冷えた声だった。

 相手を責め立てる際に見られる、感情の揺れ動きが一切含まれない、例えるならばメトロノームめいた声音が、余計にそう感じさせるのだろう。

 だがタロウは慣れた調子で言葉を咀嚼すると、これといって動じた様子もなく、淡々と話を続けた。

 

「非効率で、不適切で、合理的ではない、か。何故そう思った?」

『ヒトツ鬼の能力は、まったくの未知数。だから、万全を期して戦力を揃えるという思考そのものは理解できる。

 けれど、一般生徒ならまだしも──各学園の最高戦力を軒並み駆り出して事に取り掛かるという行動は、残念だけどまったく理解できないわ。

 誰だって、仮想敵となり得る相手に対して、自分の戦力を曝け出したいとは思わないもの

 それに、仮にあなたの作戦が実現したとしても、問題はまだまだ残っている。

 軍事的緊張や政治的対立によって生じる影響の考慮、合意形成のコストやリスクが増加した場合の折衷案の用意、その他諸々──前準備だけでも、数え切れないほどある。

 会議が終わって、学園が纏まるまでに……どれだけの日数が過ぎて、どれだけの被害が広がるでしょうね』

「それについては問題ない」

『……何故かしら?』

 

 訝しげな声に対して、タロウは実にあっけらかんとした調子で答えた。

 

「明星ヒマリからの依頼を受けた瞬間から、おれはシャーレの臨時部員として動いている。アンタのことだ、その言葉の意味が、わからない訳がないだろう」

 

 一拍置いてから、ラショナルちゃんは納得がいったような声色で応じた。

 

『──連邦生徒会長の名において、ありとあらゆる学園に対して、超法規的権限を行使することが許される。そういうことね』

「その通りだ。

 だから、アンタが言っていたように、正式な会議を通す必要はない。

 そして、被害はこれ以上広がらない」

 

 なぜならば、と決定事項を告げるような断固たる口調で、タロウは告げた。

 

「おれは必ず、ヒトツ鬼に勝つからだ。

 ……そのことも、アンタはよく知っているんじゃないか?」

『……どういう意味かしら、それは』

「どうもこうもない。ミレニアムにいる間のおれを、ずっと見ているアンタなら、おれが勝つこともわかる──言葉通りの意味だ」

 

 ひゅっ、と息を吞む音が、あまりにもか細く響いた。

 それは、尾行していることが絶対にバレてしまってはいけない相手に、既にバレてしまって先回りされた時の探偵のような、密度の高い緊張感が伝わってくるような息遣いだった。

 

「……まさか、気付かれていないと本気で思っていたのか? 十二点だ」

『──』

 

 呆れたような声で、タロウは事もなげに言う。

 そこで話をはぐらかしたり、上手く別の話題にすり替えていれば、まだ挽回はできたかもしれない。

 しかし、それはあくまでも可能性だ。ラショナルちゃんは──調月リオは、一度バレてしまった情報を、桃井タロウに対して隠し通すことは、非常に困難であると判断した。

 それに関係の悪化に繋がりそうな芽は、早めに潰しておくに越したことはない。

 桃井タロウは、ヒトツ鬼だけではなく、いずれキヴォトスに来たるかもしれない『脅威』に対して、有用な兵器と成り得る強力な存在だ。

 ゆえに彼女は、問い質すべきことを尋ねようと決意した。

 

『ひとつ、良いかしら』

「なんだ?」

『そのことに気づいておきながら──どうして私を放置しているの?』

 

 素性を明かさない。

 目的は、肝心なところ以外は不鮮明。

 姿も見せず、かといって影さえ現さない。

 そのくせ、一方的に干渉を続けてくる、正体不明の存在──

 自分の立場が如何に不穏で、不吉で、不信なものであるか、リオは客観的に捉えることができていた。

 だからこそ、桃井タロウが今もこうして平然と自分と会話を交わしていることが、彼女は信じられなかったのだ。

 疑念を抱いて然るべきだ。

 疑問を抱えて然るべきだ。

 その果てに、自分の姿が白日の元に曝け出される結末が待っていたとしても、それは正しい結末だろう。

 なのに、桃井タロウがそうしようとしない理由を、リオは理解することができない。

 だってそれは、合理的ではないからだ。

 真実の化身である桃井タロウが取るべき行動に、相応しくないからだ。

 自分で望んで手に入れたはずの立ち位置が、逆雁字搦めに縛りつける疑念の鎖と化していた。

 

『──どうして?』

 

 桃井タロウの考えがどうしても理解できなくて、だからこそ確実に理解するために、リオは問いかける。

 恐怖とは、未知から生じるものだ。

 つまり、自身の理解の範疇におさまるのであれば、それは恐怖の象徴ではなくなる。

 

 ──幽霊の正体見たり枯れ尾花。

 

 桃井タロウは何らかの意図を持って、不穏要素の塊である自分を、今この瞬間にいたるまで放置し続けている。

 そうに違いない。

 そうである、べきだ。

 

「……」

 

 一見したところでは平素となんら変わりない少女の声色に、静かな変化が滲み出していることを、タロウは敏感に察知していた。

 だからこそ、なのか。

 だからなんだ、なのか。

 タロウもまた、平素となんら変わりない様子で少女の問いかけに答えてみせた。

 

「理由など決まっている。それは──」

『……それは?』

 

 その場にいない少女に向けて、タロウはどこからともなく取り出した扇子の先端を突きつけて、

 

「おれとアンタに、縁ができたからだっ!!」

『…………………………………………………そう』

 

 長い長い沈黙を経て、リオの思考の歯車は、桃井タロウを理解しようとする動きをそっと止めた。

 それはある意味、調月リオが桃井タロウに送る、最上級の敗北宣言でもあったのかもしれない。

 しかしタロウは、欠片も気にすることなく、さっさと話を終えようと口火を切った。

 

「それで話は終わりか? なら切らせてもらうぞ」

『……いいえ。伝えたいことが二つあるわ』

「なんだ」

 

 聞き入れる姿勢を整え直したタロウに、リオは先程みせた動揺が嘘のように思えてくる、きわめて冷徹な口調でこう告げた。

 

『まず、一つ。あなたのチームに、AL-1S──アリスを加えること。

 そして、二つ。今から私が指定する場所に行って、ある生徒をスカウトすること』

「アリスは元よりチームに誘うつもりだったが──そのある生徒とやらは強いのか?」

『ええ、強いわ──あなたにとって、わかりやすい例をあげるとすれば……条件さえ整えば、ミレニアム最強に勝利する可能性がある程度には』

 

 ほう、とタロウは感心したように溜め息を吐いた。

 条件次第とはいえ、ミレニアムにおける最強──美甘ネルに匹敵する強さとなれば、タロウがチームメイトに求める『自らに近い実力を持つ生徒』という条件に見事合致する。

 もちろん、その言葉が嘘となれば話は変わってくる。

 だが、電話越しでもわかるほど、少女の声に翳りはなかった。

 タロウは、少し驚きながら、正直な感想を述べた。

 

「アンタにしては、珍しいな」

『何を言いたいの?』

「言葉が足りなかったか。いつも無愛想なアンタにしては、そこまで真っ直ぐな信頼を寄せている様を曝け出しているのが、珍しいなと言った」

『……──見透かしたようなことを言うのはやめてちょうだい。酷く、不愉快よ』

 

 あえて感情を抑えつけたことで逆に重みを増した声にも、タロウはまるで怯まない。広げた扇子で自分を仰ぎながら、余裕綽々といった風に笑って、

 

「なぜ怒る? アンタにも、強く固い縁を結んだ誰かがいる。それはアンタはもちろん、おれにとっても喜ばしいことだ」

『私の人付き合いがどうなっているかなんて、あなたに少しも関係ないでしょう。

 ……それに、ト──彼女と私の関係は、あなたが思っているほど、清らかなものじゃないわ』

「だが、それでも縁は縁だ。いつかアンタに幸運を呼び込む、かけがえのないものだ。大切にするといい」

『あなたと話していると、いつも……説明できない気持ちになる』

「それは良かった! 心が健康に動いている証拠だ」

『…………もう、いい』

 

 音声だけでも、鮮明に疲れ果てている像を結べるような、長い長い溜め息が吐き出される。

 それ以上桃井タロウと関わるのは時間を浪費するだけと、あるいは精神を無駄に消耗するだけと考えたのか、気持ちを切り替えるように少女は小さな呼吸をひとつする。

 それから桃井タロウに託すべき、最も重要な情報を口にした。

 

『取りあえず、場所の座標は後で送るから、その生徒の名前を先に教えておくわ。

 彼女の名前だけれど────』

 

 

 

 ◯

 

 

 それから、二日後。

 

 

 〇

 

 

 シャーレ居住区に用意されたレクリエーションルーム。

 普段は当番をつとめる生徒達の憩いの場として使われているそこに、今はただならぬ緊張感が満ち満ちていた。

 

「全員集まったな」

 

 迷い込んだ風船が破裂し、乗り込んだヘルメットやチンピラが即座に踵を返しそうな、そんな空間でも平然としているタロウは、余裕をもって視線を巡らせる。

 彼の視界に映った人物は、合わせて九人。

 空崎ヒナ。

 剣先ツルギ。

 美甘ネル。

 小鳥遊ホシノ。

 彼女達は、かつてタロウがファミレスに集めた面々──ヒトツ鬼との野球対決に備えて、真っ先に声をかけた面々だ。

 そこに、新たに加わった四人。

 

「このピリピリした空気……アリス、知ってますっ。敵幹部の集合シーンですね!」

 

 手のひらを拳で叩いて、閃きをあらわにしているのは、ミレニアムサイエンススクールのゲーム開発部に所属している天童アリス。

 

「先生、最近あんまりアビドスに来てくれないね。ホシノ先輩が寂しがってたよ。みんなもだけど、特に」

 

 さりげなく先輩の痴態を暴露しているのは、アビドス対策委員会で行動班長を担当している砂狼シロコ。

 

「ツルギ委員長。先日そちらからいただいた報告書に記載されている負傷者数と、実際に使用された薬品数が合いません。再チェックをお願いします」

 

 堂々とした立ち振舞いで事務処理を行っているのは、トリニティ総合学園で救護騎士団の団長を務めている蒼森ミネ。

 

「あはは、色々あってちょっと忙しくってね。でも私も、アビドスのみんなに──ホシノに会えないのは寂しいから、うん。仕事が終わったら会いに行くよ」

 

 後輩からのフレンドリーファイアを受けて赤面しているホシノから、びしびしびしと地味な攻撃を受けて笑顔を浮かべているのは、シャーレの顧問を務めている先生。

 そこで違和感に気付いたのは、ネルだった。

 

「おい、桃井」

「どうした」

「野球ってのは九人でやるんだろ? だがよ、ここにいるのは八人だけじゃねーか」

 

 ゲヘナから一人、トリニティから二人、ミレニアムから二人、アビドスから二人──そしてチームの創設者たる桃井タロウ。

 何度数えてみたところで、野球チームを結成するための人数には足りなかった。

 

「まさか、先生を入れるわけじゃねーだろうな。そりゃ指揮能力は大したもんだが──てめぇと違って、あたしらとは肉体の強度が違うんだぞ」

「タロウも変身前は似たようなものなんだけどね~。まあでも、メイドちゃんの言いたいこともわかるっちゃわかるよ」

 

 ネルを援護するために、ひとしきり先生を責め終えてすっきりしたのか、いつものだらけた雰囲気を取り戻したホシノが続く。

 

「今のままじゃ、そもそも勝負の土俵にすら上がれない感じだよねえ。そこのところはどう思う? 風紀委員長ちゃん」

「……私に振る? ここで」

 

 ホシノからの問いかけに対して、ヒナは胡乱そうに眉をひそめた。

 あからさまな疎ましさを伺える視線を向けられたホシノは、お気楽そうに頷く。

 どうやら、答えなければならないらしい。

 ヒナはため息を吐いて、タロウに視線を据えた。

 

「……武力による制圧へ作戦を切り替えたのだとしたら、別にそれでもいい。野球だなんて面倒くさいことをやるよりは、よっぽどマシだから」

「いや、おれ達はヒトツ鬼と野球をする。この結論は変わらない」

「……ああ、そう」

 

 吐き捨てるように呟いて、ヒナはこれ以上は無駄と言外に告げるように、唇と目を閉じた。

 

「ど、どちらでもいいッ。さっさと、さっさと敵をメチャクチャにさせろ……!

 あ、いや、先生っ!? あのう、そのう、今のは、ですね。言葉の綾、というか。昂る戦意の遠回しな発散、というか……あ、ぎゃ、くぎ、くはああああああああ!!」

 

 満ちかけた重苦しさを吹き飛ばすかのようにツルギが発狂したところで、タロウはぱん、と手を叩いて、全員の注目を集めた。

 

「美甘ネル、アンタの言っていることもわかる。確かに今のままでは、おれ達はヒトツ鬼と野球することはできない」

「だったらよ──」

 

 だから、とネルの発言を遮って、タロウは高らかに宣言した。

 

「最後の一人を紹介しよう。入ってこい」

 

 同時にレクリエーションルームと廊下を隔てる扉が、ひとりでに開いた。

 そこに立っていたのは、ひとりの少女。

 青いメッシュが入った白金色の長髪、軽い感じに着崩してある青色の制服、両手に装着された無機質なアームギア。

 どこからどう見たってふざけているようにしか見えないその少女は、かつかつかつ、と足音を立ててタロウの隣まで来ると、ぺこりと頭を軽く下げた。

 

飛鳥兎(あすと)マキと申します。以後、お見知り置きを」

 

 自己紹介を受けて、まずネルの頭に思い浮かんだのは、VRがどうたらこうたらと言って狭い部室のなかをぎゃあぎゃあと遊びまわっていた時のゲーム開発部の絵面だった。

 そりゃ当たり前だなと、自分の考えにもかかわらずネルは思う。

 なにせ少女──飛鳥兎マキとやらは、自らの顔面の半分を、妙なゴーグルで覆っていたのだから。

 ネルはゲームについてまったく詳しくないが、それでもゲーム開発部とつるんでいるうちに、機械の種類ぐらいは覚えられるようになってきた。

 例えば、両手で掴める程度の大きさな携帯用。

 例えば、モニターに繋げて大画面で遊ぶ家庭用。

 例えば、ゲームセンターなどに所狭しと置かれた業務用。

 そして。

 

 ──ネル先輩も、アリスと一緒に冒険に出発しますか? タロウに協力してもらってできた新作VR王道アドベンチャー、『ドンブラクエスト』を! 

 

 専用のゴーグルを装着することで、実際にゲームのなかに入り込んだように感じられる、VRゲーム。

 飛鳥兎マキの姿は、例えるならそれだ。

 だが、それだけならまだ、遊びなら他所でやりやがれと吠えたてられる自信がネルにはあった。

 これから幕を開けるのは、ヒトツ鬼との血を血で洗う大抗争。

 遊び半分で参加できるほどヤワではないし、そういうヤツは、足手纏いになる前にケツを蹴っ飛ばして、さっさとお家に返してやるべきなのだ。

 

(……だがよ)

 

 少女の細い両腕を押し隠している、物々しい形のアームギア。

 あれは間違いなく、超級の兵器だ。

 ひょっとすればひとつだけで、室笠アカネが身体のそこかしこに隠している危険物すべてに匹敵できるかもしれない。

 更に言えば、あれはまだ断片に過ぎない。

 言ってしまえば単なる勘でしかないが、あれからはドンモモタロウの進化形態──ドンロボタロウの外装と似たような気配を感じるのだ。

 要するに、まだ完成形ではない。

 その予感が合っているとすれば、果たして完成した際の脅威は、一体どれほどのものになるか。

 

「どうかしたか、美甘ネル」

 

 静かにざわめく戦闘感覚に耳を傾けるべきか迷っていると、不意にタロウの声が滑り込んだ。

 

「……いや、なんでもねえ。悪いな、気ぃ抜いちまって」

「気にしていない。それよりも、何か聞いておきたいことがあれば聞くが」

 

 聞いておきたいことしかねえよ。

 が、桃井タロウの行動に逐一ツッコミを入れていった先に待つのは、ドンモモタロウがミレニアムに降臨するたびに、胃薬に手を伸ばさなければならなくなった早瀬ユウカだ。

 ああはなるまい。つーか、なりたくない。

 だからネルは喉から飛び出しかけた言葉をぐっと飲み込み、タロウに尋ねた。

 

「そいつは──強いのかよ」

「強いですよ」

 

 自信満々に答えたのは、タロウではなく飛鳥兎マキ。

 

「少なくとも、あなたに匹敵する程度には」

「……本人を前にして、それでもそんな大言を叩けるヤツは嫌いじゃねえ。

 だが、あたしはいま桃井に聞いてんだ。外野は大人しくすっこんでろ」

「承知しました」

「……」

 

 挑発に上手いこと乗ってきて、襲いかかってきてでもくれば、実力を確かめられて御の字だったのだが──スカされてしまったらしい。

 少なくとも、頭は回るようだ。

 ふん、とネルは気に食わなさそうに鼻を鳴らして、タロウに視線をやった。

 

「で、どーなんだよ実際のところ。コイツの言ってることはマジなのか?」

「マジだ」

 

 なんのてらいもなく、タロウは即答した。

 

「一度やり合った。だからわかる。コイツはなかなか強い──当然、おれには及ばんが」

「ご主人様。条件が整えば、次は私が勝つかと」

「面白い! だが、それは次の機会に取っておけ。今はヒトツ鬼との勝負が最優先だ」

「わかりました」

「ちょっと待てコラ」

 

 ネルは待ったをかける。

 今の発言はさすがにスルーできなかった……というより、スルーした方がよっぽどおかしくなるという確信があった。

 

「おい、てめぇ。今……桃井のことなんつった?」

「ですから、ご主人様と。そう申しました」

「……なんでだよ?」

 

 ネルがそう問うと、マキはアームギアの無骨な指先で己の口元を隠した。

 心なしか、頬も赤らんで見える。

 

「……私の口からは、とても」

「────桃井、こいつに何した?」

「さっき言っただろう。一度打ち負かしたと」

「じゃあなんでご主人様呼びされてんだよッ!!」

 

 とうとう我慢しきれず、ネルは爆発した。

 溜まりに溜まった鬱憤が、散弾銃のごとくブッ放される。

 

「うるさいぞ──……おれも、少し困っている。ご主人様と呼ばれるようなことをした覚えがまるでない」

「そんな。出逢った頃の、礼儀も作法も知らなかった私を、厳しく激しく温かく躾けてくださったことを──もうお忘れになってしまったのですか?」

「桃井! てめぇってやつはッ!!」

「だ、ダメですっ! タロウをいじめちゃダメですチビメイド先輩っ!!」

「あはは。いいぞ~、やっちゃえやっちゃえ~」

「ん、タロウも隅に置けないね。先生は知ってたの?」

「いやあ、あれは多分……でも、困ってるタロウは少しレアだね。もうちょっと様子を見ようか」

「こ、これってまさか、ふ、不純異性交遊……!? だ、ダメだッ! ダメだそんなことはァアアアアアア……!!」

「タロウさん、セリナとハナエから聞きましたよ。目覚めた直後に戦闘へ出向こうとしたと。あれだけ忠告したというのに、まだ聞き入れて貰えないのですか? ならば再び、私の全てを賭してでも、あなたの身体に『救護』を刻み込む必要があるかと──」

 

 珍しく困り眉になっているタロウ。わざとらしく泣き真似をしているマキ。怒りで顔を真っ赤にしながら激昂するネル。涙目でタロウからネルを引き剝がそうとするアリス。面白がって囃し立てるホシノ。感心した風に頷くシロコ。ニヤニヤとほくそ笑んでいる先生。よからぬ妄想ゆえに発狂するツルギ。一切関係ない話題を繰り出すミネ。

 それは正しく、混沌だった。

 

「……」

 

 もう帰ろうかな、とヒナは思う。というか、帰りたい。

 桃井タロウがいつかいなくなることに妙なひっかかりを覚えていた自分が、そのひっかかりをそのままにしておきたくなくてわざわざ足を運んだ自分が、なんだかとても馬鹿みたいに思えてきた。

 帰ろう。

 ヒナが疲労感を覚えながら、席を立とうとした次の瞬間だった。

 

 ──『ドンブラスター!』

 

 嫌というほど相対してきたドンモモタロウの武器──『ドンブラスター』という訳のわからない名前を付けられた黄色い片手銃が、なんの前触れもなく虚空に出現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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