ドンブルーアーカイブ   作:鰻の蒲焼

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そのご

 

 

 

 分かって欲しかった。

 ただ、分かって欲しかっただけだった。

 

 

 ◯

 

 

 それは決して、試合などではなかった。

 

「う……ぐぅ……」

「っ……いぃ……」

「おええ……」

「いってぇえ……」

 

 本来であれば、野球に青春を捧げた少女達の怒号と歓声が飛び交っているはずの球場に満ちているのは、苦痛と苦悶の呻き声の群れ。

 単なる試合のはずだったのだ。

 もちろん、ただの試合かと言われたらそうではなく、互いにランキング昇格を懸けた大事な試合であったし、四六時中いがみ合っているゲヘナとトリニティの試合でもあった。

 確かに、相手のことは嫌いだ。

 なにせ長きにわたる因縁の相手であるゲヘナ/トリニティだったし、ランキングを抜いては抜かれてを繰り返している腐れ縁だったからだ。

 けれども、だからこそ白黒は銃撃戦ではなく、野球でつけるべきだという思いは──認めたくないが、きっと一緒だった。

 負けたときは素直に負けたと。

 勝ったときは素直に勝ったと。

 憎しみも、悪意もなく、ひたすら純粋に勝ち負けを競うにふさわしい相手なのだと、そう思っていた。

 だから。

 この地獄──トリニティもゲヘナも、敵も味方も満身創痍で倒れ伏した修羅場を作ったのは。

 

「────」

 

 一部始終を見届けた観衆から放たれる、恐怖と敵意がおりなす戦慄の視線を受け止めて堂々と屹立する、九つの異形──宇宙鬼達以外にいるはずもなかった。

 何から何まで瓜二つな宇宙鬼達のうち、ピッチャーマウンドに立っていた一体が、感情の抜け落ちた双眸をぐるり、と巡らせる。

 ひい、と観客席のどこかから、小さな悲鳴が聞こえた。

 それは間違いなく、いまだに息のある獲物を探り求める動きだったからだ。

 しかし、宇宙鬼の周囲に広がっているのは、見るも無惨な死屍累々。

 宇宙鬼は不満げな鼻息を漏らしたかのように肩を落として──何かに気づいたように動きを止めてから、巡らせていた首を一点で止める。

 視線の先には、どうにか立ちあがろうとして、バットを杖のように使っているバッターがいる。

 

「──ク、ソが……!」

 

 コイツらはなんなんだよ、と桃井タロウと同じくシバイヌ宅配便に在籍している石川マユミは思った。

 いきなり現れて、いきなり勝負を挑んできて。

 その果てに待っているのが、このバカみたいな光景だと初めからわかっていたら、決して応じたりなどしなかった。

 だが、勝負は既に始まってしまい、もうじき終わろうとしていた。

 ならば待ったはもう利かない。

 どちらかが勝ち、どちらかが負けるまで終わらないのが勝負ということを、マユミはよく知っていた。

 

「──クソ、クソ! やるよ、やってやりゃいいんだろッ」

 

 汗まみれの頬についた泥を乱暴に拭い、マユミは地面に落ちていたヘルメットを拾い上げる。

 中に残った砂粒を雑に払い落としてから、勢いよく被った。

 すう、と深呼吸をひとつして、バットの先端をヒトツ鬼の顔面へと向ける。

 

「オラッ! 来いよバケモンっ!!」

「──」

「てめぇみたいなトンチキヤローに、火ノ池ファイターズ四番バッターの石川マユミ様が、そう簡単にやられてたまるかってんだっ!!」

 

 腹の底から吠えながら、マユミはバットを構えた。

 スタンスなんか知ったことか、というヤケクソめいた叫びが言葉にせずとも聞こえてきそうなぐらい、彼女の構え方は粗雑だった。

 だが、身体から溢れ出る気迫は尋常なものではない。

 射程圏内に入るのであれば、敵も味方も関係なく撃ち殺してしまう、残虐無慈悲な殺戮マシーン──そんな姿を連想させる気配が、ひっきりなしに溢れている。

 その姿を見て、宇宙鬼は嗤った。

 表情筋は変わらず、それでも確かに笑っていることが球場内にいる誰の目にも理解できた。

 

 逃げてくれ、と誰かが呟いた。

 逃げるかよ、とマユミは吐き捨てる。

 監督命令だ、と誰かが怒鳴った。

 知ったことか、とマユミは無視する。

 なんで逃げない、と自分が問う。

 単なる意地だ、とマユミは笑う。

 

 やがて視界に、片脚を高々と上げた化け物の姿が映り込んだ。

 応じるように、マユミはバットの柄を強く、硬く強く握り締める。

 そして、誰の目にも勝者の明らかな決着が、粛々と紡がれようとした次の瞬間。

 

「────ワーーーハッハッハッハッ! ワァーーーハッハッハッハァッ!!」

 

 聞くものの魂さえも震わせる、大音声の高笑いが唐突に鳴り響いた。

 

「そこのバッター、褒めてやる! よく持ち堪えたッ!

 ここから先は──」

 

 誰もが恐怖に慄くなかで、誰よりも高らかに笑うその男の名は。

 名は───

 

「おれにすべて、任せておけっ!!」

 

 ───ドンモモタロウ。

 

 

 ◯

 

 

 ドンブラスターによる、自動召喚。

 欲望を暴走させたのなら、世界のどこにいる誰だろうと変化する資格を持つヒトツ鬼に対するカウンターとして備え付けられた機能。

 その機能によって、空いた観客席に引き連れてこられたドンモモタロウは、同じく勝手に引き連れられてきたチームから突き刺さる視線をスルーして、ばっと桃印の入った扇子を広げてみせた。

 

「やあやあやあ! 

 祭りだ祭りだっ!!

 袖振り合うも多生の縁、躓く石も縁の端くれっ!

 共に踊れば繋がる──」

「うるさい」

 

 扇子を煽いでいつもの口上を続けようとしたドンモモタロウを、空崎ヒナが断罪者のように重苦しい言葉によって食い止めた。

 

「それ、本当にやめて欲しい。性懲りもなく、何度も何度も……幻聴まで聞こえてきそうなんだけど」

「そうか良かった! おれとの縁が深まった証拠だっ!

 さァ皆の衆! 

 踊れ! 歌え! そして笑え!!

 なにせこの世は楽園だ! 悩みなんざ吹っ飛ばせぇ!!」

「……──コイツ!」

「わっ! ヒナっ!」

 

 堪忍袋の緒が切れて、飛び掛かろうとしたヒナを、慌てて先生が羽交い締めする。

 

「離して先生っ! 殴れないっ!!」

「殴っちゃダメだよ!? 

 ほら、ひとまず深呼吸して落ち着いて。すぅぅうううう、はあぁあああああ、すぅぅぅぅううううう、はぁ──あああああああ……。

 うん! 今日もヒナはおひさまの匂いでいっぱいだね!」

「─────────────バカッ!」

 

 すぱァ────んッ、と小気味よい破裂音が響いたとともに、先生は満面の笑みと赤い紅葉を顔に貼り付けて床に沈む。

 それを見た剣先ツルギは、キレた。

 血の海に浸したような眼球を限界まで見開き、真っ白な相貌にいくつもの血管を浮かばせて、自身の得物──二丁のショットガンであるブラッド&ガンパウダーを抜き放つ。

 その銃口が向かった先は、ヒナの側頭部だ。

 

「──オ゛、お前ッ! お前ェッ!! 先生に手を上げたなァッ!?」

「こ、この人が頭皮の匂いなんて嗅ぐからっ! 心の準備なんかできてないのに、いきなり!」

「準備できてたらいいの?」

「ちがっ」

 

 冷静に指摘した砂狼シロコは、床に倒れたままの先生のそばに屈むと、ちょんちょんと頬をつついた。

 

「先生、大丈夫? 平気?」

「……もちろん。何の問題もないよ」

「初対面からそうだったけど、本当に他の人の匂いが好きなんだね──私のも、嗅ぐ?」

「良いのかい!?」

「良いわけねーだろっ!」

 

 もしハリセンが手元にあれば、容赦なくそれで先生の頭を叩いてそうな勢いで美甘ネルは叫んだ。

 それから笑い続けるドンモモタロウの周りで、どこから持ってきたのかまるでわからない金色の紙吹雪を、きらきらと撒き散らし続けている小鳥遊ホシノと天童アリスと飛鳥兎(あすと)マキを睨み付ける。

 

「それから──ホシノ、チビ、マキ! てめーらはさっきから一体全体何やってんだっ!」

「見てわからないのですか? 美甘先輩」

「わかるわけねェだろっ!!」

 

 怒号を飛ばすネルの神経を逆撫でするかのごとく、マキはふう、と仕方がなさそうに溜め息を吐く。

 

「まったく。先が思いやられますね。もちろんこれは、ご主人様の降臨を祝っているのです。

 今現在、この場には神輿も天女も担ぎ手も存在しません。ならば、従者である私が紙吹雪を撒き散らす他ないでしょう?」

「これはタロウが──いえ、ドンモモタロウが出現したとき専用の確定演出なんですっ! これを欠かすわけにはいきませんっ!!」

「おじさんは面白そうだからやってるだけ~。あそ~れお祭りだ~っ」

「……もしかしてあたしが間違ってんのか……?」

 

 誰も彼もが呆気に取られていた。

 球場の一角に突如として出現した、バカみたいに喧しい十人組。

 色も、背丈も、声も、性格も、意思も──なにもかもがバラバラな十人組。

 その十人が、それまで満ちていた空気を良くも悪くも一変させてしまったことを、宇宙鬼は果たしてどう判断したのだろうか。

 それはわからない。

 わからないが、しかし。

 勝負の最中であることだけは、きっとわかっていたのだろう。

 

「───ッ!」

 

 まるで、真っ昼間から編隊を組んだUFOの群れでも見たかのように固まっているマユミに向き直り、宇宙鬼は再度振りかぶった球を投げ放とうとする。

 それよりも早く。

 

「戦場に──」

 

 蒼森ミネが、動く。

 

「救護の、手を───ッ!」

 

 自分達のいる観客席から、宇宙鬼のいる遠く離れたピッチャーマウンドまで跳躍していたミネは、猛々しい宣言とともに左手に持ったライオットシールドを地面に向けて叩きつけた。

 ミネが普段より使用しているその盾は、透明のポリカーボネート製で作られており、主に視点の確保を優先した代物である。

 それゆえに鈍器や刃を使用した攻撃、投石などといった衝撃には耐えられても、通常の拳銃弾などの前には屈してしまう──というのは、通常であればの話だ。

 しかしここは、乙女による銃撃戦が常識と化した学園都市──キヴォトス。

 よって暴徒を制圧する際に使用される防護盾も、通常より遥かに強固な素材で作られるようになっているのは、当然の帰結であると言える。

 だが、それでも盾は盾。

 何かを壊すことよりかは、何かを守るために向いている。

 それゆえに破壊力などあってないようなものであった筈だったが、しかし宇宙鬼は全力でその場から逃走すべく、足元にあった脳人レイヤーのマンホールを踏みつけた。

 高速で移動する宇宙鬼の鼻先すれすれを、ミネの盾が通り過ぎていく。

 そして盾の先端が地面に叩きつけられた瞬間、まるで大砲が着弾したかのごとき莫大な衝撃波が、地割れという目に見える形となって世界に現れた。

 

「……!」

 

 轟々と震える空気、濛々と立ち込める土煙、それらをものともせずに立ち上がったミネは、臨戦態勢に入った宇宙鬼へ真っ直ぐな視線を据えた。

 

「──欲望の過剰な暴走より生じるモノ。

 それがあなたたち、ヒトツ鬼の正体であるのなら、放置しておくわけにはいきません。

 よって、『救護』を行います」

 

 例え返答があったとしても、恐らくかけらも聞き入れないであろう断定調で言葉を連ねて、ミネは一歩を踏み出そうとする。

 その腕を、追いついたドンモモタロウが掴んだ。

 

「待て、蒼森ミネ。おれ達の目的を忘れるな」

「忘れてなどいません。彼女達の救護──それが目的でしょう」

「言葉は違うが、そうだ。

 しかしやはり忘れているな。今回ばかりはいつものやり方とは違うことを、誘うときに伝えた筈だぞ」

「確かに、そう仰られていました」

 

 ミネは振り向いて、ドンモモタロウのサングラスに自分の姿を映した。

 

「ですが、ケースバイケース、という言葉があります。

 私は今の状況を鑑みて、彼女たちには即座に救護を施す必要があると、判断したまでのこと──それを理解できないタロウさんではないでしょう?」

「確かに一理ある。

 だが! おれがいなくなった後もそうしていくつもりか?」

 

 ヒトツ鬼は、ドンブラザーズが退治しなければ、元の姿には戻れない。

 それは絶対不変の理であることを、ドンモモタロウは脳人と繰り広げた戦いのなかで、強く思い知らされていた。

 

「今ここでおれが消えたとして、その後でもヒトツ鬼を必ず元に戻せると断言できるのなら、おれは従おう。

 そうではあるまい。

 一体どうした、蒼森ミネ! いつものお前はどこへ行った?」

「──」

 

 ドンモモタロウの、切っ先を鋭く尖らせた問いに刺し貫かれたミネは、固く閉じていた形のいい唇を、ゆっくりと開いた。

 

「……今の自分が冷静でないことぐらい、とうに理解しています。理解しているというのに、どうしても抑えられないのです」

「何をだ」

「それ、は──」

 

 躊躇いながら、それでもミネは押し隠していた気持ちを吐露しようと、胸のあたりでぎゅっと手を握り締める。

 

「……それはっ!」

 

 しかし、ミネの言葉は届かなかった。

 なぜかと言えば、退却していた宇宙鬼が、まるで先ほどの奇襲の意趣返しのごとき投球を放ってきたからである。

 その弾道は、落雷に似ていた。

 無軌道的で、無差別的で、無秩序的。

 それでも確実に標的を射抜こうとしてくる、天からの災い。

 そう見える理由が、脳人レイヤーのあちこちに浮かんだ障害物を駆使したことにあると理解できたとして──反応できるかどうかは、また別の話になってくる。

 そして。

 ドンモモタロウは理解していて、反応できる稀有な男だった。

 それゆえに──

 

「話している──途中だッ!!」

 

 サングラス型の長剣──ザングラソードを取り出すと、さながらバットのごとく思いきり振り抜いてみせる。

 落雷は、撃ち落とされた。

 

「────!」

 

 誰の目にも、宇宙鬼が特大の驚愕を表現したことは明らかだった。

 ザングラソードの峰に弾かれた打球は、誰にも阻まれることなく、無残な点数差を打ち砕くかのようにバックスクリーンに直撃。

 先のミネが繰り出した攻撃と同じぐらいの重々しい音が、球場全体に響き渡った。

 ネルは、爽快と笑った。

 ホシノは、満足げに頷いた。

 ヒナは、眩しそうに目を細めた。

 ツルギは、猛々しく吠えた。

 アリスは、楽しげに飛び跳ねた。

 シロコは、くすくすと身体を揺らした。

 マキは、紙吹雪をさらに撒き散らした。

 ミネは、ぎゅっと拳を握りしめた。

 先生は、売り子からビールを勧められていた。

 そして──

 

 

 ◯

 

 

 自らのセーフハウスにて一部始終を見ていた明星ヒマリは、まなじりに浮かんだ涙を拭っていた。

 

「──ふふ、ふふふっ!

 タロウさん。あなたは一体どこまで、この天才美少女の泉のごとく透き通った心を躍らせれば気が済むのでしょうか?」

 

 ドンモモタロウと各学園の主要戦力が、いきなり球場の観客席に現れた──

 そういう旨の文章がSNSに投稿されたと知って、あわてて作業の手を止めてドローンを飛ばした甲斐があった。

 まさかこんなにも、胸がすくような光景を眺められるとは。

 彼と出会ったことで、自分はきっと『退屈』という概念から、縁を断ち切れたのだと思う。

 でなければ、毎日こんなにも、胸を躍らせることはないからだ。

 肩を小刻みに震わせていると、作業を手伝ってくれていた和泉元エイミが背後からひょっこり顔を出して、声を投げかけてきた。

 

「──部長、どうしたの? さっきから一人でぶつぶつうるさいけど……ってああ」

 

 モニターに映し出されたドンモモタロウの姿を見て、エイミは納得したような声を出す。

 

「タロウだ。なにやってるんだろ」

「エイミ。タロウさんではなく、ドンモモタロウですよ」

 

 ヒマリが指摘すると、エイミは訝しげに眉を顰めた。

 

「どうしたの今更。

 というか、部長もタロウ呼びしてるでしょ」

「私は良いのです。私は、『全能』たる彼に並び立つ、ミレニアム最高の天才清楚系病弱美少女ハッカー──明星ヒマリなのですから」

「で、タロウは何してるの? これ」

 

 む、と不満そうに唇を尖らせていたヒマリは咳払いをすると、まるで自分の手柄のように、ドンモモタロウの行動を話しだす。

 

「タロウさんは現在、ヒトツ鬼と野球対決を行なっているのですよ。確かエイミにも映像は見せていたと思いますが」

「……あ。あれのこと?」

 

 エイミの脳裏に、つい数日前の記憶が甦る。

 タロウの職場まで赴き、外に連れ出して部長から託された特異現象の映像と部長の長広舌を、肩を並べて見た記憶。

 そこに映っていたひとつ、あり得ない弾道を描くヒトツ鬼の投球──

 

「そう。あれを、先ほど! タロウさんが打ち返してみせたのです!

 まぐれではなく狙い通りにっ! しかもジャストミートでっ! 凄いでしょう素晴らしいでしょう!?」

「へえ、凄いね」

「……ちょっと反応が薄くありませんか?」

 

 頬を膨らませるヒマリに対して、エイミはそっけなく答えた。

 

「だって、タロウはタロウなんだから。何をやっても不思議じゃないでしょ?

 なのにいちいちはしゃいでたら、身体が持たないよ」

「……………………………………それは、まあ、そうですが」

 

 どうにも釈然としない。

 なんだかこれでは、まるで自分がミーハーみたいではないかと、ヒマリは思う。

 そんなことは認められない。

 自分はシャーレ──先生の次に、桃井タロウ/ドンモモタロウと深く知り合ったいわゆる古参で、ファンクラブで言うなら会員番号一桁で、彼がキヴォトスで繰り広げたあまねくすべての騒動を見てきた古株で、彼を取り巻く生徒のなかで、最も知的で最も華麗で最もお淑やかな美少女なのだ。

 彼にとってはナンバーワンではないかもしれないが、オンリーワンには違いないのだ。

 しかし、時には──奥ゆかしさというのも、必要になってくるのかもしれない。

 ドンモモタロウの行動に感情を動かさないところが、逆に最大の理解者っぽい振る舞いとなっているエイミを見て、ヒマリは珍しく己を省みた。

 

「チームメイト、集まってくれたみたいだね。良かった。人選は謎だけど」

 

 一方で、まさか自分の言動が部長に大きな影響を与えているとは知らないエイミは、モニターに注目している。

 そこには観客席で事の推移を見守る、八人のイロモノが映っている。

 

「──?」

 

 そのうちの一人、ゴーグルとアームズギアをつけながら紙吹雪を散らしている少女に、ヒマリは違和感を覚えた。

 

「どうかした?」

「……エイミ、彼女に心当たりは?」

「彼女って……この、ゴーグル付けた子?」

「ええ。彼女のような生徒は、ミレニアムにいましたか?」

 

 エイミはうーん、と考え込んで、

 

「わかんない。でも、装備してるのは間違いなくミレニアム製だね」

 

 特異現象捜査部の実働部隊として動くエイミは、ミレニアムのガジェットに触れる機会が自然と多い。

 ゆえに見ただけで、なんとなくではあるけれど、その機械がミレニアム製のものかそうでないかの区別がつけられるようになっていた。

 

「ブラックマーケットで手に入れたのかな? あそこ、うちの学園の発明品とか部品とかが、割と違法流通しちゃってるみたいだし」

 

 それらしい推論を組み立てるエイミに、ヒマリは首を横に振って、否定の意を示した。

 

「それにしては、完成度が高過ぎます。いえ、おそらく段階的には試作品なのでしょうが……」

 

 そう。

 あれは、パーツの一部に過ぎない。

 まだ残りがある。

 その残りが揃ってはじめて、あれは全機能を十全に発揮することができる──そういう作品だ。

 

「……念のため、探りを入れておきましょうか。

 エイミ。ヒトツ鬼の憑依先となった生徒の調査と並行して、彼女の素性も調べておいてください」

「ん、わかった──タロウがまだ何か言いそうだけど、どうする? チャンネル変える?」

「そのままにしておきなさい。

 間違いなく、正式な試合日の宣言をされるでしょう。ミレニアムの清楚な高嶺の花であり、みなさんの憧れである「全知」の学位を持ち、タロウさんのオンリーワンであり、彼の周囲にいる女性のなかで最も可憐で、最も知的で、そして最も儚い眉目秀麗な乙女である私には手に取るようにわかります」

「作業戻っていい?」

「聞いていきなさい。

 彼の信念を鑑みて算出できる試合日は、きっと今から──」

 

 

 ◯

 

 

 自らのセーフハウスで事の一部始終を観察していた調月リオは、呆れと感嘆が攪拌された息を吐き出した。

 

「──やはり、理解に苦しむ人ね」

 

 ドンモモタロウの突拍子の無さにはそろそろ馴れたつもりだった。しかし、どうやらまだまだ自分の認識は浅かったらしい。

 ドンブラスターに備わった機能のため、観客席に突如として出現したことは、分からなくもない。

 だが、扇子をあおいだり、高笑いしたり、チームメイトと揉めだしたりするのは、まったくもって分からなかった。

 それは間違いなく、リオが常日頃から疎んでいる、ドンモモタロウの非合理的な部分だ。

 その一方で、彼はヒトツ鬼の行動を自身に縛り付けることで、これ以上周囲に被害が広がらないようにしている。

 今回のヒトツ鬼の特徴にして厄介な点は、そこが野球に由縁ある学園であれば、たちまち出現地点として十分な資格を備えさせてしまうという、異様なフットワークの軽さにあった。

 ヒトツ鬼とドンモモタロウのみに与えられた特殊能力──それが、脳人レイヤーを使用することで叶う、空間を丸ごと無視した移動。

 その能力と持った特性が重なり合ったことにより、今回のヒトツ鬼がキヴォトスに与える被害は甚大なモノになるだろうと、リオはあらかじめ試算していたのだ。

 だが、今のドンモモタロウは、その最大の長所を妨げている。

 問答無用で実力を示すことで、あのヒトツ鬼達の意識を惹きつけて、その場から逃走することを防いでいるのだ。

 それは間違いなく、リオが常日頃から好ましく思っている、ドンモモタロウの合理的な部分だ。

 合理性と、非合理性。

 きっとどちらも、ハリボテではなく本物なのだろう。

 常に相対し続け、決して相容れない筈の両者を、彼は平然と持ち続けている。

 世界に我が意を押し通らせては、世界に我が意を殺して従う。

 誰にも理解されなくとも。

 誰かに理解されたとしても。

 彼は永劫──『桃井タロウ』として在るだろう。

 その有様を、羨ましいとは思わない。

 その有様を、妬ましいとは思わない。

 少しだけ、眩しいとは思うけれど。

 

「…………」

 

 時々、思う。

 桃井タロウと出会わなければ、こんな気持ちは抱かなかっただろうと。

 自分はただの『調月リオ』として、揺るがずにいられただろうと。

 いつか来る決断の瞬間にも、決して躊躇わずにいられただろうと。

 

「──桃井、タロウ」

 

 男の名を呟いたリオは、ドンモモタロウが大写しになっているモニターに、そっと自らの手を這わせた。

 気持ちとは、言葉にしなければわからない。それは他人だけではなく、自分にさえもあてはまる。

 だからリオは、胸に去来した想いをゆっくりと形にして、小さく開いた唇から零しはじめた。

 

「……あなたは、私の」

 

 画面の中のドンモモタロウは、閉じた扇子をヒトツ鬼に突きつけて、何かを宣言しようとしている。

 その宣言が、一体どういうものになるのか、今のリオにはハッキリわかった。

 正式な試合開始日。

 それは別に、予知でもなんでもない。

 調月リオがこれまでに記録してきた、ドンモモタロウが重ねた過去、そして紡いだ現在から算出できる、統計から編み出した単なる予測だ。

 各学園の上層部が、自学園の主戦力を貸し出すにあたって指定したであろう期間を計算して、そこから生み出した合理的な結論だ。

 この、過去と現在から成る思考を。

 懸念と可能性の暗雲が立ち込める星々を。

 もし、照らしてくれるのなら。

 もし、晴らしてくれるのなら。

 桃井タロウは、調月リオにとって──

 

「──未来に、なってくれるのかしら」

 

 非合理的な、願いだった。

 

 

 ◯

 

 

 観衆と敵と味方の視線を一手に引き受けて、ドンモモタロウは渾身の力を込めながら宣言した。

 

「──このキヴォトスで、一番面白いモノを見せてやろう!

 おれ達は──お前達に野球対決を申し込むッ!

 首を洗って待っておけッ!

 開始日は、今から──」

 

 

 ◯

 

 

 ────五日後。

 そして、試合は幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

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