ドンブルーアーカイブ   作:鰻の蒲焼

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そのに

 

 

 

 

 二十五秒の戦闘だった。

 

 

 

 

 あれからもうすぐ一ヶ月が経つが、美甘ネルはその戦いを、それに纏わるすべてを、昨日あったことのように鮮明に思い出せる。

 始まりは、ミレニアムに点在している光子エネルギー研究所──その七つ目を占拠した違法武装サークルの『掃除』と、研究所で秘密裏に製造されていた機器の確保。

 要するにいつも通りの任務だった。

 任務自体はあっけないぐらい順調に進んだ。思わず欠伸が飛び出てしまうほど簡単だった。相手役を務めたサークルが最近できたばかりで、人数だけは一丁前だが連携もクソも取れていない、いわゆる素人だったことが一番の要因だっただろう。

 ひょっとすれば、自分が出張る必要さえ無かったかもしれない。

 それでも念の為にと駆り出されたネルは、向かいのビルの屋上に鎮座するカリンの狙撃をこめかみに喰らってブっ倒れたヘルメットを足でどかし、自由に動き回るアスナの射撃を叩き込まれて悶えているチンピラに銃弾を撃ち込み、興が乗ってきたアカネの爆破に巻き込まれて虫の息なスケバンを眠らせてやった。

 これじゃまるで残飯処理だな──内心にそんな不満を溜めつつも、それ以外にやることがなかったから、施設内の残党狩りを続けることに徹した。文句を垂れる破壊衝動は強引に抑えつける。それでもまだ諦めきれなかったのか、どこかに厄介ごとは無いのかと、神経が無駄に研ぎ澄まされる。

 だからこそ、一番最初にその来訪者に気付くことができたのかもしれない。

 瓦礫だらけの床を叩く靴の音が、いつの間にか自分のものだけではなくなっていると気づいた。

 

 ──生き残りか?

 

 ほんの一瞬、そう考える。しかし生き残りならば、ここまで自分達の目論見をご破算にされておいて、敵を前に足音の一つも消そうとしない程マヌケじゃない筈だ。

 生き残りであって欲しいとさえ願ってしまうのは、きっと欲求不満に陥っているせいに違いない。

 全身の力を適度に抜き、いつでも銃を放てるよう引き金に指をかけながら、ネルは未だに靴音が鳴り止まない方向へと振り向いた。

 互いの距離、まだ遠い。けれど確実に、接近しつつある。

 やがて、暗い視界のなかにゆっくりと現れたのは──

 

「……ああ?」

 

 ヘルメットでもチンピラでもましてやスケバンでもなく。

 赤い作業服を着た配達員だった。

 背は高く、教科書に載っていそうなぐらい整った笑みを浮かべていた。そこに一切の嘘臭さが含まれていないのは、こちらを見据える眼差しがそう感じさせるのだろうか。

 目深にかぶった帽子の鍔の下に落ち着いて動かない目は、見ていて恥ずかしくなるぐらい真っ直ぐだった。

 

 ──なんだこいつ。

 

 訝しげに眉を顰めるネルをよそに、すぐ近くに誰かが立っていることに気づいたらしい配達員は、周囲の惨状などまるで目に入っていない様子で声をかけてきた。

 

「狭山ヒオリさん、ですか? お荷物をお届けにあがりました。サインかハンコをお願いします」

「狭山ぁ……?」

 

 その名前を聞いた瞬間、ネルの頭のなかで記憶のピースがぱチッと嵌まる音がした。

 狭山ヒオリ。

 たしか任務直前に流し読みした──無理やりアスナに見せられたともいう──資料によれば、この研究所を占拠していたサークルの副部長だった筈だ。

 そこから察せられる目の前の謎の男の正体は、ひとつしかあり得なかった。狭山ヒオリとやらが自分達に壊滅させられる前に頼んだ荷物を持ってきた単なる宅配人──

 

「……はああ」

「どうかしたか?」

「あたしはその、狭山ヒオリってヤツじゃねーよ。そいつならたぶん、この建物のどっかで気絶してる。とんだ無駄足踏んじまったな、アンタ」

 

 ガッカリだった。肩を落とした。ため息さえ吐いた。が、八つ当たりしようと思わない程度に理性が残っていたのは幸いだった。

 しかし──こんな有様になっている建物に踏み込むことを躊躇わないぐらい仕事に忠実な宅配人の姿勢は、なかなか見所がある。ちょっとした好奇心と暇潰しから、ネルは話しかけてみることにした。

 

「なあ、おかしく思わなかったのか? こんな有り様を見てよ」

「おれは宅配人だ。荷物をお客様に届けるのが仕事なら、なにがあろうとそれを全うしようとするのは当然だろう」

「へぇ──……なかなか良い根性してんじゃねぇか」

「それに、無駄足などではない。おれとアンタに縁ができたからな!」

「……は?」

 

 ぱちぱち、と瞬きを繰り返すネルに、男は夜に相応しくない、照りつける朝日のような清々しい声色で言った。

 

「この世は無数の縁が絡み合い、結び合い、奇跡が生まれる──おれとアンタが出会ったことは、いつか必ずやってくるかけがえのないものへと繋がるだろう」

「……」

 

 ネルはドン引きしながら認識を改める。

 コイツは、良い根性をしてるヤツなんかではなかった。

 良い根性をしたヤベーヤツであった。

 あんまり刺激しない方が良さそうだと考えたネルは「そうかよ」とひと言だけを告げて、それから耳を澄ませた。あちこちで鳴り響いていた爆発音や銃声はすっかり止んで、建物は夜を取り込んだかのように静まり返っている。

 取りあえずは、背中から撃たれる危険は無さそうだ。

 

「……まあ、その、なんだ。荷物は後にして、今日はいったん帰れよ。配達業なんだから、明日も早いんだろ? あたしからその……ヒオリ? に口添えしとくからさ」

「ありがたいが、アンタはそれでいいのか? そもそもメイドが何故ここにいる?」

「いやこの服は……ああもう! 細けぇことはいいんだよっ!! とにかく、出口まで案内してやっから。ちゃんとついてこいよっ! わかったなっ! 返事はっ」

「……わかった」

「よしっ! 行くぞコラッ!」

 

 喋る隙を一切与えず、問答無用で会話の主導権を握り尽くしてから、ネルはずかずかと歩き出した。さいわい男も異論は無いらしく、二、三歩後ろを素直についてくる。

 コイツの警戒心は一体どうなってんだ──と自分で誘っておきながらそんなことを思いつつ、ネルはカリンに連絡を入れようと通信機を動かす。彼女には取り逃がした──もしくは加勢しようとしてきた相手を始末する役割を任せていたからだ。

 ましてや今夜は雲が酷い。ひと言なにか言っておかなければ、手の届かない距離からの狙撃を一方的に喰らう羽目になるかもしれない。万が一にも有り得ないだろうし、例え狙撃を喰らったとしても耐えられるからネルは構わなかったが、生憎と今は同行者がいる。

 狙撃。

 屋上。

 カリン。

 そこで、

 ネルは一瞬だけ動かす足を止めた。

 

「どうした?」

「……いや、なんでもねぇ。ちょっと躓いただけだ」

 

 思考と足を止めたのは、ほんの数秒だった。

 怪しまれないようにふたたび歩き出し、頭をさっきの倍以上の速さで回転させていく。

 そうだ。角楯カリンは、向かいのビルの屋上から常にこの研究所の出入口を見張っている。逃亡者も加勢者も、決して見逃さないように。

 このひと際濃い闇夜のなかでも、あの褐色金眼の狙撃手は、普段とまったく変わらない必中の一撃を撃ち放てる──身内贔屓などではなく確かな経験から、ネルはそのことを知っていた。

 ならば、コイツは。

 今、自分の後ろを暢気に歩いている男は、一体どこからやってきたのだろう。

 

「……あのよ」

「?」

「ヘンなこと聞くが、ここにはどうやって入ってきた?」

 

 どうもこうも、と男は前置きしてから、

 

「正面入り口を使った」

「────そう、か」

 

 また、認識を改めた。

 こいつは、敵だ。

 しかも、油断してはならないレベルの。

 かけていた安全装置を無音で外す。首輪をかけて檻に閉じ込めていた破壊衝動を解き放つ。凶暴な力が一気に両肩に収束していく。戦闘許可を与えられた全細胞が獰猛な喜びに沸き立つ。

 ネルが纏う空気が文字通り変わったことに気付いたのか、男が足を止めた。思った以上に勘が良い。どうやらとことん楽しめそうだと、ネルははち切れんばかりの暴力的な笑みを浮かべた。

 そして、振り向き様に銃口を突きつけて、引き金を──

 

 

 

 

 そこから二十五秒で、戦闘は終わった。

 決着はとうとうつかなかった。突如遭遇を果たした未知の敵に対処するために、ありとあらゆる場所からデータを収集していたアカネが、男が──桃井タロウが武装サークルとは本当に何の関係もない、ただの宅配業者であると知ったからだ。

 しかしネルにとっては、自らの間合いで決着をつけられなかったということ自体が、既に負けたも同然だった。

 だから美甘ネルは、桃井タロウが嫌いになった。少なくとも、勝ち負けがハッキリつくまでは。

 言ってしまえば、ただそれだけだった。

 

 

 〇

 

 

 メイド部の部室には、お茶会を開くためのテラスが隣接してある。

 別に初めからあったわけではなく、エージェントという正体の隠れ蓑として選んだだけの筈だったメイド部に対して段々と熱が入ってきたアカネが、セミナーに対して「仮にもメイド部を名乗るであれば、部室にお茶会場所の一つでも作らなければ、周囲に怪しまれてしまうのではないでしょうか」だとか「そもそもメイドに課された役職とは清掃だけではなく、部屋の整備や食事の用意、さらには屋敷の管理などうんぬんかんぬん」だとか、要するにメイド部みんなでお菓子を食べたり紅茶を飲んだりするだけの場所が欲しいという、極めて女子高生らしい欲求を嘆願というそれらしい形へ整えた末に生まれたものである。

 今では一部を除くセミナーの面々も依頼ついでに立ち寄っているそのテラスの、トリニティもよく利用しているという家具店から取り寄せた丸テーブルの周りにネル達は移動していた。

 移動して、お茶会を開いていた。

 紅茶はアカネが淹れて、菓子はタロウが用意した。

 なんと手作りだった。

 いつ、どこからツッコめばいいのか、頼むから誰か教えて欲しかった。

 

「出来たぞ」

 

 そんなネルの懊悩をよそへやるように、タロウは焼きたてのスコーンをバスケットに入れた。

 焼き菓子特有の甘く香ばしいにおいが、広がるように放たれる。小さく外側をしっかりと焼いたホテルスコーンではなく、大きくふっくらとしたティーハウススコーンを作ったのは単なる気まぐれだった。

 最初に手を伸ばしたのはユウカである。

 皿の上まで持ってきたスコーンを綺麗に半分に割り、あらかじめ皿の上に移しておいたジャムとクロテッドクリームを塗って口に運ぶ。

 

「ん──」

 

 バターのいい香りが鼻腔をくすぐったと思った瞬間、コクのある滑らかなクロテッドクリームとちょうどいい甘さのジャムが、スコーンのしっとりした生地と心地よく絡み合う。

 簡単に言えばメチャクチャ美味かった。百点満点もいいところだった。

 自分を真似るかのように舌鼓を打ち始めているメイド達を眺めながら、スコーンを堪能し終えたユウカは、隣で紅茶を飲んでいるタロウに話しかけた。

 

「また腕を上げたんじゃないですか? 前よりもずっと美味しいし……」

「腕を上げた? 違うな。おれは最初から頂点にいる。もし変わったと感じたなら、それはおれの腕ではなく、アンタの舌の問題だ」

「……あのですね。せっかく褒めてるんですから、ここは素直に受け取っておいたらどうなんです?」

「いらん。余計なお世話だ」

「……はいはいそうですかそうですか。余計なお世話でしたかよくわかりましたありがとうございますっ」

 

 タロウのすげない対応に、ユウカはぶつぶつと文句を垂れながら二個目のスコーンにやけくそめいた勢いで取りかかる。

 次にタロウに話しかけたのはアカネだった。ナプキンで唇を拭いつつ、掛け値なしの称賛を口にする。

 

「それにしても、本当に美味しいです。これならきっと、ご主人様も喜ばれますよ」

「当然だ。だが、アンタの紅茶もなかなか美味い。

 水は空気をたっぷり含んでいるし、風味もしっかりしている。ジャンピングが出来ている証拠だ──アンタの努力の味だな、これは」

「あら。ふふ、ありがとうございます。見かけによらず、口がお上手ですね。タロウさん」

「……」

 

 二人は穏やかに会話を交わしている。その親密さが、シャーレで鉢合わせるたびに過労死寸前の先生の世話を一緒にしていることから来ているのをユウカは知らない。だから、自分との対応の差になんとなく釈然としない気持ちを覚えるのも無理はない話だった。

 ちょうどそのあたりで、ネルも我慢の限界を迎えた。

 だんっ! と力強くテーブルを叩き、勢いよく立ち上がる。全員の目が一気に集中したところで、少女は静かな口調で言い放った。

 

「──なあ。あたしは、どいつからブチのめせばいいと思う? カリン。言ってみろよ」

「え、ええ? ここで私に振るの? ええっと……取りあえず、タロウから、かな?」

「意味が分からん。なぜおれがブチのめされる必要がある?」

「だって、その、おかしいでしょ。色々と」

 

 スコーンをフォークで縦に割りながらカリンは呟く。良妻賢母になることが将来の夢である彼女にとって、家事も料理も完璧にこなす上に先生と距離が近い存在であるタロウは、目下のところライバル的な存在だ。密かに思っているだけで、口にしたことは一度もないが。

 それに反論を示したのはアスナだった。むぐむぐと頬張っていたスコーンを飲み込み、アカネから注ぎ足された紅茶で喉を潤してから、はいはい!と元気に手を上げる。アカネが指名した。

 

「どうぞ、アスナ先輩」

「タロウはすっごく良い人! だからブチのめすのは反対っ!」

「その根拠は?」

「美味しいお菓子をいっぱい作ってくれるから!」

「却下だっ! 黙ってスコーン食ってろッ」

 

 ネルから怒号が飛び、アスナは大人しくそれに従う。従ったというよりは、さっさとスコーンを食べたかったのかもしれない。それほど素早い変わりようだった。

 そんな調子が続くものだから、話が明後日の方向に逸れていく気配を察知したのか。ユウカは紅茶を飲み終えると、手を拭きながら先程までの話題を持ち出した。

 

「この人をブチのめすブチのめさないは後回しにして、今は任務についての話を進めましょう──今回、あなた達に依頼したいのは、さっき見てもらったオークションへの参加です。二人一組が最低限の原則ですから、二人と三人の計二チームに分かれてもらって」

 

 何の説明もされていないタロウを除いたメイド部四人は揃って顔を見合わせた。

 

「破壊工作は?」とカリン。

「いりません」

「諜報活動はー?」とアスナ。

「いりません」

「爆破はどうでしょう?」とアカネ。

「いらないって言ってるでしょっ! オークションって言葉が聞こえてないの!?」

 

 物騒な発想しか出てこないC&Cの面々に憤慨するユウカに向けて、ネルはちまちまとスコーンを切り崩しながら呆れた風に、

 

「──あのなあ。破壊も諜報も爆破もナシじゃ、どう考えたってあたしらの出る幕じゃねぇだろ。他のやつにやらせろよ」

「それができないからこうしてあなた達に持ちかけてるのよ──カリン、さっき言ったわよね。あの絵の何処がおかしいんだって」

「ああ」

 

 記憶をほじくり返しているのだろう。何処かぼんやりした顔つきで頷くカリンの目前に、ユウカは一枚のタブレットを差し出した。

 画面には、部室のスクリーンに映し出された絵が表示されている。

 

「どう? これでも普通の絵に見える?」

「…………」

 

 注視するために錐のように細められていたカリンの目は、やがて見つけ出した違和感によって大きく見開かれた。

 

「──目の色が、一部分だけ違ってる?」

「はあ? どこがだよ」

「リーダー。ほら、右眼球の左端」

「だからどこだよって。皆おまえみたいに目が良いわけじゃねーんだ」

「ここだって、ほら」

 

 ユウカからタブレットを受け取ったカリンは、いつの間にか覗き込んでいたネルやアカネやアスナに向けて画像を拡大させていく。

 全体像から上半身、上半身から顔面、顔面から両目、両目から片目──最終的に単なるモザイクと化した画面は、確かに一部分だけ色が違っていた。

 色が違うからなんなんだよとネルが言いかけたその時、カリンの目はまた違う位置に差異を見つけ出していた。それは一つ、二つに留まらず、気づけば十、二十を超えていき──

 

「……これは、どういうこと?」

「覚えてる? 一ヶ月前の任務──七番目の光子エネルギー研究所で起きた、不法占拠の鎮圧」

 

 苦い思い出を抱えるネルが真っ先に眉をつり上げる。ユウカは気にせず、話を核心へと進めていく。

 

「あなた達に殲滅を頼んだ武装サークルなんだけど、元々は暗号解読部だったのよ、最初に言っておくけど、コユキとは無関係だから安心して。

 ほら、武装だけは立派だったけど、妙に弱かったでしょ?」

「……そうだね。統率も取れていなかったし、銃器の扱いも褒められたようなものじゃなかった」

 

 そういえばあんまり面白くなかったー、と本人達が聞けば号泣ものな評価を軽々と吐き出すアスナを見て、カリンは疑問に表情を浸す。

 

「でも、それがこの絵となんの関係があるの? まだ見えてこない」

「この絵は解読部が所持していたものよ。武装サークルになっても、ずっとね」

「……──まさか、絵そのものが暗号になっているとでも言いたいんですか?」

 

 アカネの予想に、ユウカはしっかりと頷いた。

 

「内容までは、流石にわからないわ。けど、暗号に精通した生徒達が、研究所を占拠する際にも肌身離さず持ち歩いていた──推定無罪だけど、確保しようと考えるには充分過ぎると思わない?」

「……確かに、怪しいですね。でも、どうしてオークションの参加だなんて回りくどい真似を? 他校の自治区で行われるならともかく、ミレニアムで行われるオークションであれば、開かれる前に奪ってしまえばいいのでは?」

「……会長が、あまり事が大きくならないことを望んでいるのよ。それに、非合法ならともかくなんの問題も無いオークションでそんなバカやらかせるわけないでしょ」

 

 テロをやらかすことについてはなんの躊躇いも抱いていなさそうなアカネに、ユウカはため息を吐きながら答える。そして指を三本たてて、

 

「一つ目は、さっきの絵画の重要性を知っていること。

 二つ目は、絵画を競り落としても怪しまれない素性なこと。

 三つ目は、万が一荒事に発展したとしても打破できる実力を兼ね備えていること──それらを踏まえて、リオ会長はC&Cを選んだのよ」

 

 何度も出てくる初めて聞く名前に、それまで事の推移を見守っていたタロウがようやく口を開いた。

 

「さっきから誰だ、そのリオ会長とやらは」

「え! 知らないの? って、あー。そういえばタロウってキヴォトスの外から来たんだったね! 馴染んでたからすっかり忘れちゃってた。

 リオ会長はねー、ミレニアムで一番偉い人!」

 

 自信満々に胸を張って、明後日の方向に飛んだ解説を披露するアスナを白い目で見つつ、ユウカは会話をつなげた。

  

「ざっくりし過ぎだけど、まあ、そう考えていて貰って構いません。どうせ、先生と違って会うことも無いでしょうし」

「縁が結ぶか結ばれないかは、この世の誰にも決められない。リオというヤツとおれの間に縁があるならば、いつか必ず出会うことになるだろう」

「いつか、必ず……?」

 

 そんなことを言われたものだから、ユウカの脳味噌は二人が顔を合わせる様子をついつい考えてしまう。

 長い机を挟んで、なにを喋るわけでもなくただただ見つめ合う、腕を組んだタロウと指を絡ませたリオ会長。

 途端にきりきりと胃が痛みを覚える。どんな会話をするのかまったく想像できない。けれど、最終的には確実にロクでもない事態へと陥るのは目に見えていた。

 

「……絶対に阻止しますからね。ぜったい」

「面白い! やれるものならやってみろ」

「ンなことは今はどうでもいい。

 わざわざあたし達全員を集めた理由はわかった。だが、コイツが──桃井が呼ばれた件について、あたしはまだ納得してねぇぞ」

 

 親指でタロウを指すネルの眼光は鋭い。しかしユウカは微動だにせずおかわりの紅茶を飲み干すと、簡単なことよとあっけなく切り出した。

 

「聞いたわよ。タロウと戦ったって」

「……」

「まあ、責めるつもりは無いわ。民間人……かどうかは怪しいけど、単なる宅配業者を戦闘に巻き込んだことも、重要かもしれない証拠物件を逃したことも」

 

 バリバリ責めてるじゃねーか、と睨みつけてくるネルからユウカは視線を外すと、タロウの方を向いた。ひどく爽やかな笑顔を浮かべている。あまりにも底の見えないそれに、タロウは思わず椅子を引いて移動した。

 

「そういえば、桃井タロウさん」

「──なんだ」

「研究所の破損に対する賠償金、まだ支払い終わってませんでしたよね?」

 

 

 〇 

 

 

「……本当に良かったんですか?」

「なにが?」

「引き込む理由が、あんなもので」

 

 ネルはサボりに、カリンとアスナは授業に、タロウは急遽入った仕事に行ったことで閑散としてしまったテラスに、ユウカとアカネは二人でいた。

 アカネの問いかけにユウカは黙り込む。なにをどう言えばいいのかあぐねているようにしばらく口をもごもごと動かしていたが、結局は素直になることを選んだようだった。

 

「……ああでもしなきゃ、一旦でも納得してくれないでしょ。断られるとは流石に予想してなかったけど」

 

 ユウカがタロウに持ちかけたのは、この任務を手伝ってくれるなら賠償責任を無かったことにするというものだった。しかしタロウは断った。良いだろう。この件には協力する。だが、施しは受けない。おれはおれの意志で、アンタ達を手伝うと決めた──なぜか? 面白いからだ!

 面白いのはお前の方だと言ってやりたい。

 

「凄く、頑固ですよね。そこが良いところでもあるんですけど」

「……そういえば、ヘンに仲良いけど。なんで?」

 

 アカネはうーん、と考え込んでから、悪戯っぽく微笑んでまるでタロウを真似るように、

 

「シャーレで少し、縁がありまして」

「……はあ」

 

 真面目に答える気がないということはよく伝わった。

 

 

 

 

 

 

 

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