プログレッシブのノリで攻略するアインクラッド第十層 (旧題:2023-01 アインクラッド第十層にて) 作:ki-sou777
目の前で、キリトとクラインが、草之助から禁足地の場所を地図という形でもらったり、脱出後の経路を確認したりしているのを、アスナは横目で見ていた。
アスナから見て、草之助は、ぱっと見は信頼できる人のように見えた。それは、彼が僅かに見せた兄としての顔を、明日奈自身、現実世界で見たことがあるからだろう。
キリトたちの話はトントン拍子で進んでいる。一方、アスナは、この層の問題に、どこまで深入りするかを決めかねていた。諸々の状況は把握した。攻略集団が白蛇様を放っておけば、最悪この層に洪水が起きるか、それこそ草之助が新たなモンスターに成り代わる可能性がある、という事情は承知している。以前の自分なら、それこそなんの躊躇いもなく、「全員が幸せになれる方法を考えましょう」と、言い切ることだろう。だが、今の自分は、それを選ぶことにどうしても抵抗があった。
何が引っ掛かっているかは分かっている。ダークエルフの近衛騎士、キズメルのことだ。彼女を失った喪失は、まだ自分の中で癒えていない。その上で、さらに誰かを失う悲しみに襲われるということは、傷の上塗りをするということだ。今、草之助は、万一のことがあれば自分の命を捨ててでもこの階層を守る気でいるのは明白。そこに深入りして、後で傷を負って、また立ち上がるために時間がかかるのは、合理的ではない。キリトの隣に立とうとしている自分が、そこで止まってはいけない。第一、頂上まであと九十層あるのだ。仮に十層に一度、深い関係値を築いたNPCがいなくなれば、喪失は後十回訪れることになる。この生きるか死ぬかの世界で、その数字は非常に現実的なように思えた。果たして、自分はそれに耐え切ることができるのか?おそらくできないだろう。だからこそ、どこかで一線を引くべきでないか。頭の中の《剣士アスナ》は、そう警鐘している。
だが、自分がこの問題に後ろ髪を引かれるのは、どうしても妹の初と兄である草之助の関係に、彼らを取り巻く白蛇大社の事情に、自分を重ねてしまうからだ。十五歳の女子中学生である《結城明日奈》は、この問題を放っておくことができない。
今まで、自分の中で剣士である自分と、現実世界で女子学生である自分が分かれたことは、この世界でなかった。だが、今初めて、アスナは現実世界の自分とSAOの自分を、分ける必要性に駆られている。
「アスナもそれでいいか?」
そんなことを考えていると、キリトから確認の言葉が入った。
「・・・」
この後の方針として、脱出後にフィールドボスの戦闘に参加し、藤の蔦の効果を確かめ、その後禁足地に赴くことは確定している。具体に落とし込んだ行動方針に迷いはない。迷いがあれば、それは足元を掬われる要素となる。
だから、最終的に決めるのは自分の心。一度目を瞑る。瞼の裏に見えるのは、オニキスの瞳を持つダークエルフの騎士。きっとまた、どこかで自分が傷つくとしても。
私は、心の中の明日奈/アスナを、一つにまとめて融合させた。
「草之助さん、一つ、約束して下さい」
草之助の顔を真っ直ぐ見て、アスナは言った。
「なんだい?」
「あなたが犠牲にならない方法を、最後まで諦めず探すこと。それが、私が協力する条件です」
飄々としていた草之助の目が、一瞬丸くなった。初も、複雑な表情のまま、アスナの方を向く。
「・・・アスナさん」
「兄が死んでは、妹が悲しむわ」
その言葉に、その声色に、どれだけの実感がこもっていたというのだろう。息を呑んだのは、言われた草之助だけではなかった。
「分かった。それは約束しよう」
草之助は、アスナの言葉に一度泣きそうな表情をし、そして崩れた表情を即座に戻して、そう約束した。
キリトは、そのアスナの横顔から、視線が離すことができなかったーーー
「よし、じゃあ脱出しよう」
草之助はそう言うと、牢屋の鍵を開けた。
「ちなみに、見張りは?」
と聞くキリト。
「全員眠らせておいたよ」
それに答える草之助。アスナは一体何で眠らせたのかと思いつつも、武器を回収し、地下にあった牢屋から地上まで階段をダッシュで駆け抜ける。門前で待機している風林火山と合流し、そのままフロアボスまで全力疾走だ、という計画はーーー
「待て、どこへ行く。草之助」
初手で破綻した。再び、厳然とした男性の声が屋敷に響く。階段を出たところで、つい数時間前の光景がデジャヴした。刺股を持った十人以上の男性たちが、こちらにその鋒を突き出している。
「・・・この《千蛇平原》の真実を確かめに行きますよ、父さん」
眉間に皺を寄せながらも、言葉を返す草之助。目は細められている。
「全く。初もお前も、共々牢に入れておく必要があるとはな。」
「・・・父さん、あなたのやり方は、些か性急すぎる」
「黙れ。お前に何がわかる」
「気にしているのは、下社のことですか?仲が悪いですもんね」
「・・・ふん。一端に政治など覚えおって。白蛇様が洪水を起こせば、奴らが「信仰不足だ」などと宣いながら、上社に突き上げをしてくるのは目に見えておるわ。そうなれば、危うくなるのはお前たちなのだぞ。」
「知っています。それでも、僕は真実を知りたい」
「あそこはワシらでも近づけぬ魔物の巣窟だ。お前一人で行ってなんとなる」
その言葉に反応したのは、お初さんだった。
「クラインさんたちがいます!この人たちは、本心から私の、この《千蛇平原》について考えてくれています!」
真っ向から父親に意見を言う初を見て、アスナの中から正体不明の感情が込み上げてくる。
「初、お前には聞いていない。第一、どうせこの地よりすぐにいなくなる旅人なぞに頼ってなんとする」
その言葉に、堪忍袋の尾が切れたらしいクラインが反論した。
「なんだとぉ!テメェ!お初さんの気持ち考えて言ってんのかよ!ずっとみんなを騙しといてヨォ!第一、お前だって俺ら旅人を使って白蛇様を討伐しようとしららしいじゃねぇか!」
そこで、初めて源蔵の視線がクラインに向いた。
「ふん、そうだ。お前たち旅人を使った、利用しただけのこと。そこの若造二人のように、余所者に依存などしておぬわ!」
「そんなこと言ってるから、この大社はいつまでも変わらないんだよこの頑固親父!」
草之助も、見た目からは考えられないくらい声を荒げる。
「歴史の重みすら知らぬ若造が好き放題言うでない!」
目の前で、壮大な親子喧嘩が繰り広げられている。その場にいるすべての視線が源蔵たちに集中しているその隙に、アスナはキリトに目をやった。キリトもそのつもりだったらしく、二人は即席の作戦を打ち立てる。
(あれ、使おう。俺が足止めする)
(・・・了解。無理しないでね)
(分かってる。ここは圏内だから、命の危険はない。合図をしたら、皆を連れて一斉に走り出してくれ)
アスナはキリトの言葉に頷いた。ウィンドウを開いて、タイミングを見計らう。状況を確認する。前方の武家屋敷の門は木造で、現在閉まっている。その奥には風林火山のギルドメンバーが待機しているが、外からは開けられない仕組みだ。中から開けるにも、巨大な閂が一本刺さっており、開けるには十秒程度はかかるだろう。源蔵たちは、門と自分達のちょうど直角に位置する場所から、刺股をこちらに向けている。普通に門に向かえば、その間に制圧されてしまうし、そもそもカーソルがNPCのため、こちらから相手を傷つけるとオレンジになってしまう。だが、これは、奥の手を使うには十分な状況だった。
そして、キリトが剣を上げて、思い切り刺股軍団に向かっていき、大声で叫ぶ。
「おぉぉぉおおおおおおおおおお!!!」
対話の最中に、急に切り掛かってきた男に、源蔵たちも、初や草之助、クラインらも一瞬フリーズする。だが、アスナだけは、その隙を逃さずに、仲間へ呼びかけた。
「みんな!!一斉に門へ!!」
同時に、アスナはシステム上で許された一つの動作を行う。
スキル名《クイックチェンジ》。
現在持っている武器を、用意しておいた別の武器に即座に入れ替えるシステムスキル。
そうして、アスナの手に握られていたのは。
彼女の象徴たる煌めく細剣ではなく、巨大な突撃槍ーーー
刹那、圧倒的なエフェクトが槍に集まり、一条の光となって、木造の門を粉砕した。
瞬間、轟音、土埃。
わずか十秒の出来事。
源蔵が配下の男たちに、「追え!」と命令した時には、既に屋敷に残っているのは黒づくめの男一人だけ。源蔵たちと粉砕された門の間に、自らの剣を突き立てる。
キリトは、あえて露悪的な表情を作り、源蔵に向かって宣言をした。
「悪いな」
先に向かったアスナに、全幅の信頼を置いて。
「ここから先は、通行止めだ」