プログレッシブのノリで攻略するアインクラッド第十層 (旧題:2023-01 アインクラッド第十層にて) 作:ki-sou777
門前を出て、アスナたちは全力疾走をしていた。あまり早く走れない格好をしていた初は、草之助に背負われる形になっている。追手が追いついて来る前に、なんとしてもフィールドには出なければならない。
「なんだ今の!」
並走するクラインが聞いて来た。
「秘密兵器です!」
と答えるアスナ。アスナの両手突撃槍は、どうしても突破力不足になりがちなキリトとアスナのコンビにとって、文字通りの秘密兵器だ。弱点を補うためのスキル。戦闘中の不利な状況を打破するための起死回生の一手。今まで他プレイヤーにもそう簡単に見せてはおらず、周りにプレイヤーが誰もいない時のみ、こっそりキリトと両手用突撃槍のコンビネーションを練習していたりした。ちなみに、アスナの両手突撃槍同様に、キリトにも一つ秘密兵器があるが、あちらも中々使い所は難しい。
「彼は大丈夫なのか?」
草之助も、キリトの心配をしているようだ。だが、あの場は圏内であるため、キリトのHPバーが減ることはないし、現に今も減っていない。それに、アスナは、必ずキリトは追いついて来ると確信を持っている。それを踏まえて、草之助に返答をした。
「はい。心配ありません。彼は、今この浮遊場を旅する人間の中で、一番強い人ですから」
そうして、途中で休憩を入れながら、走り続けること一時間。
「見えてきたぞ!」
と叫ぶクライン。
既に時刻は9:15。
場所は千蛇城への道すがらにある関所にて。
大将軍を相手取る、攻略集団の大立ち回りーーー
すなわち、フィールドボス戦が始まっていた。
「皆さん、一旦止まってください」
そう、風林火山と初、草之助に指示を出す。
アスナたちは、フィールドボス戦がよく観察できる崖上に陣取っていた。アスナは目を細め、戦闘を凝視する。十層のフィールドボス《ザ・サムライジェネラル》は強敵で、一度DKBとALSがそれぞれ挑んで、撤退していると聞いている。だから、今回は二大ギルドの連合で押し切ろう、という作戦を取っているらしいのだが・・・
「押されているわね・・・」
「だなぁ」
とクラインたちも同意する。ボス戦は、数が集まればどうにかなる、という単純なものでもない場合がある。今回のように、敵のソードスキルが強力な場合、それをタンクがキッチリ受け止め切れるだけの体力や筋力値を求められたり、あるいはタンク同士の連携を駆使して、きちんと相手の攻撃を弾いていく必要があるのだが、傍目にはそれができているようには見えない。そして何より、相手の攻撃力が異様に高すぎる。それゆえ、POTローテーションが上手く回せていないように見えた。守りが崩れれば、当然攻めも上手くいかず、三本あるHPバーは、まだ一本目も削りきれていないようだった。
「クラインさん、一緒に下まで行って貰えますか?」
「もちろんよぉ。こいつを試さないとだしな」
と行って、彼が出したのは、《左巻きの藤の蔦》だった。
クラインは一度初と草之助の方に向き直る。
「こいつは、本当に掲げるだけで使えるんですね?」
その質問に、草之助が答えた。
「はい。あなたが白蛇様に認められているのであれば、必ず」
そして、初の袖にいた白蛇が、そこから這い出てクラインの足元にやってきた。クラインは、白蛇の頭に合わせるように、自分の拳をコツン、とくっつけた。
「お初さん、行ってくんぜ。」
クラインはそのまま突き出した拳を初に向けた。
「気をつけてください。クラインさん」
初もクラインの拳に合わせるように自らの拳を突き出した。
「お前ら、二人のこときちんと見守っとけよ!」
風林火山のメンバーにも一声かける。
「アスナさん、行きましょう」
そうして、アスナはクラインと共に崖下りを決行した。
アスナとしては、そのままクラインを、今回の戦闘のリーダーであるキバオウのところに連れていくつもりだったのだが、あろうことかクラインはフロアボスの真ん前に躍り出た。思わずギョッとする。
「クラインさん!?」
見れば、ボスだけでなく、ボスの周りで戦っている攻略集団の視線まで注がれてしまっている。だがクラインは、それに全く怯むことなく、口上を紡ぎ上げる。
「おうおう将軍様よう!こいつを喰らいやがれ!」
そう言って、クラインは藤の蔦を掲げた。すると、藤の蔦から突如紫色の光が発光し始め、全員の視界を奪う。無事に将軍に聞いたようで、動きが止まっている。が、一方で味方であるはずの攻略集団も、何が起きたのかわからず同じ様に動きが止まった。その紫色の光は、将軍の刀に収束し、その後、デバフエフェクトがかかったのが見えた。刀の煌めきが、心なしか先ほどよりも鈍くなっているような気がした。
「・・・成功だわ」
アスナはそう判断すると、直ぐにクラインの首根っこを引っ掴んでボス前から退避させることに専念した。
「クラインさん!ボスの目の前に出るなんて誰かみたいなことはしないでください!」
アスナの叱責に、何故かここには居ない常の相棒も巻き添えになった。
「すんませんアスナさん。つい、こう、カッコつけたくなってよぉ・・・」
というクラインを見て、「あ、この人ダメなところの思考回路がキリト君と同レベルだ」ということに気づくアスナだった。が、そんなことに気を回している場合ではない。アスナは集団の中からトゲトゲ頭を見つけると、直ぐにそちらに向かって話しかけに行った。
「キバオウさん!」
反応したキバオウは、こちらを見て一瞬驚くも、その後直ぐに尋ねて来る。
「ボスの弱点が分かったんか?」
これは、事前にアルゴから情報をある程度伝えてもらったお陰であろう。話が非常にスムーズだ。
「はい。効力を発揮するかはまだ確定ではないんですが、恐らく成功したかと」
アスナはそう言って、一緒に降りてきたクラインを差した。
「彼はギルド風林火山のリーダー、クライン。今回のキーとなるクエストを発見した人です」
「ほぉ。よろしくな。ワイはALSのリーダーのキバオウっちゅうモンや。さっきの光はあんたか?」
そのキバオウの言葉に、クラインも返した。
「あぁ、さっきのは俺です。効果は正確には分かんないっすけど、恐らく武器の攻撃力の低下だと思いますぜ」
「なるほど。あのアホみたいな攻撃力は弱体化前提だったっちゅうわけやな。」
そう言うと、キバオウはチラリとアスナの方を訝しむように見る。
「ちなみに、相方はどした?まさか別れでもしたんか?」
そう直接尋ねられてしまえば、キリトとの関係性についてだんまりを決め込んでいたアスナも流石に我慢できなかったようで。
「ち、違います!そもそも彼とはそう言うんじゃありませんから!この後すぐ来ます!」
「ほうかい。じゃ、LA取るなら今のうちっちゅうことやな。」
キバオウはそう言って、戦線に戻っていった。
戦闘状況を見るに、藤の蔦によるデバフは、攻撃力の低下だと推測できる。先ほどまでは成立しなかったPOTローテーションが成立するようになっているためだ。そのおかげか、三段あったHPバーのうち、一、二本目を攻略集団は無事に削り切ることに成功した。
状況が変わったのは、三本目からだった。敵の行動パターンが変わる。新しいソードスキルを使い始めた訳ではなかったが、モーションの見分けにくい幻月など、プレイヤースキルが高くなければ戦いにくいソードスキルをメインに使い始めた。それに、徐々にタンク隊が振り回され始めた。
(・・・まずいわね)
キバオウやリンドも必死に声を上げている。各ギルドのディフェンス隊も、どうにか相手のソードスキルを弾こうと必死だ。だが、見切り率はよく50%。二回連続で失敗するだけで、前衛は怯み、攻撃のチャンスが減っていく。攻略集団が目に見えて疲弊して行くのが、アスナには手にとるように分かった。そして、この三日間、刀ソードスキルとずっと向き合っていた自分なら、相手のソードスキルをより精度高く見切れるだろう、ということも。アスナは、その思考のまま、脳内で戦闘趣味レーションに入った。
3mの巨体から放たれるソードスキルは受けるだけで精一杯。できれば敵のスキルをキャンセルしたい。だが、それは自分一人では難しい。キリトがいないとできないのであれば、現状は却下だ。次策、キャンセルできないのであれば、軌道を読んで防ぐ。タイミングよくガードして弾く。これは、自分が声を掛ければできること。
ーーー脳が熱い
だが、それだけでは足りない。もう一つの問題は、タンク隊の筋力値の強さがALSとDKBでバラバラである、ということだ。特に、ALS側が、タイミング良くガードしたとしても、相手の筋力値に押されてノックバックできない時がある。これは理由がある。刀に限らず、剣に該当するソードスキルは、遠心力の関係で、刃先の方が威力が高い。そのため、長い獲物を持つボスなどを相手にする場合、タンク隊を横一列で並べる際に、通常両端に一番筋力値の高い人物を置くことが多い。だが、ALSのタンク隊の一部で、列の両端にいるメンバーの筋力値不足の現象が起きていた。結果、ソードスキルを読めたとしても、相手の攻撃を弾ききれず、上手く攻撃に転じられない現象が起きている。キバオウも歯痒そうにしている。そして、もっといえばリンドもそれがわかっているのだろう。だが、彼らは、お互いがお互いのミスを指摘し合うばかりで、問題の根本的な解決を図らない。無論、引き際は弁えているのだろう。命より重要なものは何もない。だとしても何故。7-8層の頃はもう少し協調意識があったはずなのに。
ーーー熱を持ったように、シナプスが繋がっていく
この問題を解決するのは簡単だ。ALSとDKBでタンク隊を再編成すればいい。ALSの特徴は装備の強さが均一なことだ。役割が被ってる人同士で強さにあまり違いがなく、人数が多い。一方、DKBは、メインメンバーの数人が飛び抜けて強い。なので、タンク隊を一列に置いたとき、DKBを両端に、ALSを中に配置することで、人数が多いALSとごく一部が強いDKBの両方を活かす布陣ができ、戦闘が安定するはずだ。
ーーーかつて九層でエルフ軍の指揮を取った時の様に、全体が俯瞰できる。戦場の空を飛んでいるかのようだ
いや、だが、しかし。今のALSとDKBの関係でそれが上手くいくのだろうか。第一、ここで自分がでしゃばり、キバオウやリンドのメンツを潰すことが、後々になってどれほどの恨みを買うのかもわからない。だが、このまま彼らが変わらなければ、その皺寄せは全て、キリトが背負うことになるかもしれない。それだけは、何より許せなかった。
(・・・いつまでも寄りかかってばかりでは、彼の隣に立つ資格はないわね)
だから、自分がやるのだ。キリトのいないこの場であれば、矛先が彼に向くこともない。高まってしまった二大ギルドの競争意識を対立に持って行くのではなく、攻略集団が完全に連携すれば何ができるのか、そのポテンシャルを示すことができればいい。二大ギルドが、攻略に必要な両輪であることが再度お互いに認識できれば、お互いに焦りすぎることなく攻略を目指すようになれば、きっと、キリトへの負担も減らすことができるだろうから。五層の時、キリトは少人数ながらその目標に対して邁進し、結果を出した。先が見えているのであれば、それを無視する理由はどこにもない。
アスナは目を閉じ、彼女の中で決意をする。
心の中で、剣を握る。
(お願いキズメル。私の背中を押して)
そして、彼女は目を開ける。
瞬間、流星が戦場を駆け抜けた。
このアインクラッドにおいて、最速の《リニアー》が、敵のソードスキルを完全にキャンセルした。埒外からのその一撃は、ボスを一時的に転倒させる。その鮮烈な閃光に、その場にいた全てのプレイヤーが動きを止めた。
彼女のアイコンでもある赤のフーデットケープが、ポリゴンとなって消える。
その中から、相貌が露わになる。
そして、戦場の女神が舞い降りたーーー
アスナは即座に、指揮を取っていたキバオウとリンド二人の目の前に行き提案をする。突然戦場を駆け抜けたその少女に対し、ギルドリーダーの二人は一瞬慄いた。
「私に指揮を取らせてくれませんか」
それは、有無を言わせぬ一言だった。誰もが反応できず固まっていた時、真っ先に声を上げたのは、旗を突き立てたままのリーテンだった。
「アスナさん、倒せるんですね?」
その言葉に、アスナは強く頷く。
「わかりました。キバオウさん、私は、アスナさんの指揮が必要だと思います。今のままでは、ジリ貧なのは、私が一番わかっていますから」
そして、次いで声を上げたのは、DKBでタンク隊のリーダーを行なっていた、シヴァタだった。
「僕も同じ意見です、リンドさん」
二人のギルドリーダーは渋い顔をしている。それもそうだろう、とアスナは思った。これは、彼らの沽券に関わる問題だ。それは、決して軽く扱っていいものではない。だからこそ、彼女は言葉を重ねる。
「ラストアタック。彼に取られてばかりで悔しくありませんか」
お前が言うか、という目をキバオウから向けられた。だが、アスナとて悔しいのだ。毎回キリトとほぼ同タイミングで最後の攻撃をしているにも関わらず、毎回LAを取られてしまう。その悔しさを知っているからこそ、そのトロフィーは、今回ばかりは彼に取られるわけにはいかない。自分達だけで、敵を倒さねばならない。
「わかった」
しばらくの逡巡の後、最初に決断を下したのは、キバオウだった。
「な・・・キバオウさん、アンタ」
「リーテンの言う通りや。ジリ貧なのは事実やろ」
そのキバオウに対して、リンドは思いっきり睨んでいた。ALS側のタンクが原因ではないのか、と、目で訴えている。
「わかっとるわボケェ!だけどな、DKBだけでもこいつを倒せへんやろが。第一、こいつが手を加えようとしとるのは、多分ウチだけじゃないで」
そのキバオウの言葉に、リンドは驚き、視線をアスナに合わせる。
「・・・アスナさん、先に聞かせてくれ。一体どうしようと考えてるんだ」
その言葉に、アスナは堂々と、一切の物怖じを見せずに答えた。
「はい。DKBとALS合同で、タンク隊の再編をさせてください」
そして、タンク隊は再編された。
リンドは非常に渋々とした顔で、アスナに指揮権を渡すことを承認した。アスナの編成によって、DKBとALSのタンク隊が混ざり合うフォーメーションが組まれた。キバオウとリンドが、あるいは攻略集団の誰もが驚いたことは、アスナが各メンバーの特徴を一人残らず把握していたことだった。だからだろうか、彼女の再編には意図が見え、そこから導き出される合理性が見えたからこそ、両ギルドのメンバーは素直に指示に従った。それまで時間を稼いでいた部隊を引き下げ、再編成されたタンク隊が前へ出る。
ーーーそこから先は、一方的な戦いだった。
理由は、部隊再編によってノックバックの安定感が増した、だけではない。アスナの指示が、機械のように正確だったためだ。最初の三日をカタナソードスキルの見切りに充てていたためだろう。予測の難しい《弦月》もギリギリで見極められるようになった結果、彼女の指示精度は90%を超える。瞬く間に、のHPバーを削り始め、そして、三本目も終盤に入った。
「狂乱攻撃!全員防御体制!」
ラスト一割、というところで、敵が狂乱攻撃に入った。狂乱攻撃は一時的に当たり一面にソードスキルを撒き散らすが、その時間が過ぎれば大きな隙ができる。その隙を、キバオウとリンドが突いた。LAを狙って敵を切り付ける、が、二人のソードスキルが終わっても敵の体力がドット単位で残っている。何故か。
「・・・食いしばりや!」
キバオウが叫んだ。敵の硬直は解除され、剣がギルドリーダー二人に向く。だが、敵の刀は、プレイヤーに牙を向くことはなかった。再び閃光が煌めき、細剣が敵のソードスキルを過たずキャンセルした。次の瞬間、再度振るわれたキバオウとリンドのソードスキルによって、わずかに残ったHPバーも消滅し、敵はポリゴンとなって消えていった。
「おおおおおおおおおお!!!」
そうして、フィールドボス戦は、無事に幕を閉じた。二大ギルドのメンバーは両ギルドが入り混じって、大いに喜びに溢れていた。その姿を見て、アスナは一つ胸の内で安堵する。ボスの弱点を持ってきたクラインはその中に混じり攻略集団と挨拶をしている。指揮を取っていたアスナの元にも、多くのプレイヤーが集まってくる。自分の指示を信頼してくれたALSとDKBのメンバーたちが拳を向けてきたので、アスナもそれに合わせるように自らの拳を突き出した。
「ありがとうございました」
一通りプレイヤーたちとハイタッチを交わした後、アスナが向かったのはキバオウとリンドの元だった。その場には、三人以外誰もいない。一言、指揮を取らせてくれたことへの御礼を伝えた。だが、二人からは返答が無い。微妙な空気が流れる中、次に投げかける言葉に迷っていると、キバオウから返事があった。
「・・・まずはお礼をいわなあかんな」
キバオウは頭を掻きながらそう言った。
「あんたの指示がなけりゃもっと苦戦してたわ、アスナはん」
一方のリンドは、キバオウよりもさらに複雑そうな表情を浮かべながら、言った。
「・・・まぁ、そうだな。助かったよ」
「素直にお礼言わんかい」
そのキバオウの言葉にも、リンドは無表情を貫いていた。その表情を見て、アスナは懸念を表明する。
「・・・キバオウさん、リンドさん。ほんとは、それぞれのギルドだけでなんとかすべきだった、と思ってませんか?」
「・・・」
「・・・私は、今の二大ギルドは、少し、競争意識が表に出過ぎだと、思います。七、八層の頃は、もう少し・・・」
協力してたはずですよね、という一言を言い切るのは、少し憚られた。別に敵を作りたいわけではなかったからだ。だが、それでも言いたいことは伝わったようで、リンドが口を開いた。
「わかっている。わかっているとも、そんなことは」
「なら、どうしてですか」
「・・・もう十層だ。ここから先は、テスターや情報屋ですら知らない未知の領域。そこをこれから九十層、踏破していかなければならない。俺たち攻略集団、いや、攻略組は、一般プレイヤーの希望なんだ」
アスナは真っ向からその言葉を否定したかった。攻略集団と一般プレイヤーの間に差を設けるべきではないと。だが、それは詭弁だ。アインクラッドにおけるカーストは、それすなわち自身のレベルに他ならないのだから。リンドは言葉を続ける。
「だから、俺は強いDKBを皆に見せ続けなければならない。それは、一般プレイヤーに対してだけではない。ギルドメンバーに対してもだ。」
「DKBは、もう十分強いギルドとして見られてます」
「その真価がわかるのは、テスターの情報がほとんどないこの十層からだ。だからこそ、この層をDKBの力で突破できれば、ウチは最強のギルドとして名実共に名を馳せられる。それだけ、この十層という階層は重要なんだ。君は外から見ているだけだから気づかないだろうが、皆、怖いんだよ、情報のないこの層の攻略をするのが」
そうリンドに言われてしまえば、アスナは口を紡ぐしかない。所詮自分は二大ギルドの外にいる第三極なのだ。だが、それでは十分な解答になっていない。閉じそうになった口を無理やり開く。
「・・・っ。それは、ALSと協力しない理由にはなっていません!」
「自分達で生き残る自信がなければ、この先攻略組は瓦解する!」
リンドは吼えた。それは、彼の本心からの叫びだった。
「俺たちはティアベルさんの遺志を次いだ!この先のボスを最後まで倒し続ける!だが、こんなところで他人を頼って、自信を失っては、先へ進めなくなるんだ!皆、どうにか足を奮い立たせてこの場所に立っている!自分達の足で前を向こうとしている!!今必要なのは自信なんだ!!それを、部外者があれこれ口を出すんじゃあない!!!」
「リンド、そこまでにしとけっちゅうねん」
大の大人が激しい剣幕を立てるのを見て、思わず、キバオウが止めに入る。だが、アスナはリンドの最後の言葉だけは、許すわけにはいかなかった。
「じゃあ・・・じゃあなんで、なんであなたたちは、キリト君に全てを押し付けるんですか!私たちが部外者と言うのなら!きちんと貴方たちの中で解決してください!どうして彼が傷ついて、最前線に立ち続けないといけないんですか・・・!エルフ戦争の時も!ギルドフラッグの時も!どうして彼に、その皺寄せが行かなきゃならないんですか・・・!!」
最後の方は、もはや掠れ声だった。感情が溢れ出る。だが、それでも絶対に、涙だけは見せまいと強引に心を押し殺した。その言葉に、リンドは返答ができなかった。代わりに答えたのは、その場を静観していたキバオウだった。
「・・・アスナはん。アンタの言うことは最もやと思う。それは正論や。けどな。現実問題、ワイらもそんな強くないんや」
それは、キバオウにしては珍しく穏やかな声だった。普段、大声で周りを捲し立てているキバオウがこのように話すのは、光景としては些か珍しい。
「自分達のギルドを守るのが精一杯。その中で、やれることをやろうとしているだけなんや。だから、ワイらの中から落ちてった問題をアンタらが拾ってくれてるのは、ワイとしてもスマンと思ってる。こいつはほんとや。だけどな、それはアンタらが第三極の立ち位置を取っているなら、そりゃそうなるっちゅう話もあるとおもてんねん。ワイらは同じ攻略組なんやしな」
キバオウはそこで、一度言葉を切った。
「・・・もし、その立ち位置が嫌なら、方法はあるで。ギルドを立ち上げるか、ギルドに入るかや」
その突きつけられた選択肢に、アスナは言葉を失う。一方、反応したのはリンドだ。
「キバオウさん、それは」
「もう三層の頃とは大分状況が変わってきたやろ。ま、ワイとしてはアンタらには今の立ち位置でいて欲しいんやけどな。二大ギルドが三大ギルドになっては敵わんわ。あぁ、ウチに入るっちゅうなら話は別やで。いいポスト用意したる」
「・・・」
「アンタの指揮の才能はわかっとる。それは、さっきの戦闘を見りゃ誰でもわかる。だったら、それを活かせるところに行けばええねん」
言葉が刺さる。それは、アスナが今の今まで見ようとしていなかった選択肢だった。昔、ギルドの副団長なんか真っ平ごめんだとキリトに言ったことがある。だが、その時は口から出まかせのただの感情論だった。だが今は違う。命のかかっているこのゲームの中で、自分の能力が活かせる場面があるのなら、そちらを取るのが合理的ではないのか。そうした思考がアスナの中を駆け巡る中、キバオウはそれをやんわりと否定した。
「でもま、アンタはそれを選ばんやろ。だから、矛盾を抱えとるのはお互い様や。人間やしな。それでもまあ、ゲームクリアまで上手くやってこうで。先は長いんや」
そうして、キバオウは背を向けて、その場を後にする。
「・・・さっきは言い過ぎたよ。アスナさん。でも俺は、ギルドの方針を変えるつもりはない。」
一方、残ったリンドは謝罪を口にした。だが、その後に出てきたのは、彼の決意だった。
「君やキリトの手を煩わせない強いギルドにするさ。ボスの弱点と、指揮、ありがとう」
そう言って、リンドも青い髪を揺らしながらDKBの集団へと戻っていった。
(結局、何も変えられなかった、か)
残ったアスナは、一人諦念を抱えながら俯いた。少し脱力してしまう。
だが、早く戻らねば、お初さんや風林火山の面々を心配させてしまうだろう。
止まっている暇は、自分にはない。
キリトは無事に武家地を抜けられただろうか。
アスナは、何故だか無性にキリトに会いたくなった。
ーーーーーーーーーー
そして、この世界に参戦した神のごとき者は彼女を見る。
「やはり、彼女だな」
「あの細剣使いの情報は、高くつくヨ?」
「かまわない。言い値で買おう」
「毎度アリ」
それが、一つの運命の分かれ道となるのは、もう少し先の話。
ーーーーーーーーーー
武家地をどうにかして切り抜けた俺は、お初さんや風林火山の面々と合流し、ボス戦を上から見ていた。途中まで苦戦していたからどうなることかと思ったが、何をどうやったのかその場でアスナが指揮を取り始めてからは状況が一変したのが、俯瞰で見ていてよくわかった。
だがボスの撃破後、アスナが一向に戻ってこなかったので、心配になって下に迎えに行ったところ、こちらに向かってくるアスナとちょうど鉢合わせる形になった。
「お疲れ。凄かったな、アスナ」
目の前に戻ってきた相棒に声をかける。
「・・・キリト、君」
が、どうにもアスナの様子がおかしいように見える。
「どうした?疲れたか?」
アスナは首を横に振った。
「ううん。大丈夫。無事に戻ってきてくれて良かった」
「いや、俺の方は全然。逃げるだけだったし。でも上から見てたけどほんと凄かったぜ、あれだけ苦戦してたボスが急に弱っちく見えるようになったんだから」
「そうだね、三日間ずっと狩ってばかりの成果が出たよ」
アスナは力なくそう答えた。顔には僅かな影があり、何故だかアスナが妙に素直な気がする。
「・・・ギルドリーダーってすごいね。キバオウさんもリンドさんもキリト君も、凄いことやってるなぁって思ったよ」
「俺?」
「五層の時、ボス戦のレイドリーダーやったでしょ?」
「あ、ああ、でもあれはあの時だけだし」
「でも、フロアボスを倒したじゃない。それはやっぱり凄いことだよ」
「同じこともっかいやれと言われても御免だけどな」
言いながら、お初さんたちのところへ戻ろうと丘を歩いていくが、アスナの歩幅がいつもの0.7倍程度だったため、少し歩くとすぐに距離ができてしまった。
「・・・アスナ、やっぱり疲れてないか?」
「ううん。大丈夫。」
そんな調子で大丈夫と言われても、あんまり信用ならない。このお姉さんは時折物凄く強情で、物凄く頑張り屋さんなのはもう分かっている。だから、安易に言葉をかけても、突っぱねられてしまうだろう。だから。
「アスナ」
言って、アスナの手を握った。帰りは上りの斜面だ。疲れている彼女を僅かでも楽させるようにと、手を引いて連れて帰ることにした。
「・・・ありがとう」
繋いだ手が僅かに握り返される。
俺たちは、しばらくの間、会話なく、手を離すこともなく、丘を登っていった。