プログレッシブのノリで攻略するアインクラッド第十層 (旧題:2023-01 アインクラッド第十層にて)   作:ki-sou777

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第十三話

 《馬酔木旅籠 別館》は、城下町と同じように、武家地の路地裏にひっそりとあった。時刻は夜七時。既に早めの夕食を済ませ、俺は旅館の窓際によくある机と椅子だけ置いてあるスペースに座っていた。アスナ曰く、このスペースのことを広縁と言うらしい。アスナは庭の露天風呂で長風呂をしている。既に一時間は入っているはずだが一向に出てくる気配はない。一体何にそんな時間かかったりしているんだと毎回思う。

 することもないので、今日一日を脳内でゆっくり振り返った。今日も今日とて中々にスピーディーな一日だった。そもそもスタートが午前二時で、そこから大社への侵入、牢屋に入れられ、脱獄、フロアボス戦を経て、禁足地に趣き、武家地に帰ってきてその報告と、思い返すだけでお腹いっぱいのイベントのフルコースだ。

 

 結局、武家地に帰ってきてからも一悶着あり、収まるまでにかなりの時間を要したのだ。お初さん、草之助さんと共に武家地に戻った俺たちは、源蔵さんに禁足地で見た出来事を一通り報告した。その時点では源蔵さんはかなり怒っている様子ではあったが、まだ冷静さが残っていた。問題は、お初さんが白蛇様の真実を皆に周知すべきと言ったところからだった。

 源蔵さんの話を聞くに、十層の城下町の下社本宮と、武家地の上社本宮は仲がそこまでよろしくないらしい。上社本宮は、元々白蛇様と話せる古代の巫女の子孫なんだそうで、その血統があるからこそ、下社本宮の人たちを下に見ていた時代があり、今もその名残でよく対立が起こるらしい。そのため、上社本宮が白蛇様の真実を今までずっと隠していたことが知られたら、不満が暴発して暴動になりかねない。だから、源蔵さんは俺たちプレイヤーに一部の情報だけ渡して白蛇様と大名の処理を目論んでいたらしい。

 だが、お初さんと草之助さんはその古い歴史を打破する必要があると考えていた。白蛇様の件もあり、下社と上社の融和を考える二人は、まずは真実を皆に共有することを源蔵さんに申し出た。ある程度想像はついていたが、源蔵さんはそれに猛反発。事態を知った下社本宮の人たちがどうでるか分からないだろうという意見だった。

 様子が変わったのは、クラインの刀を見せた時だった。《名刀モミジ》は、《千蛇平原》に伝わる伝説の一つだったらしく、その昔、白蛇様が悪を断つ武器としてとある剣豪に渡したことのあるものだそうで。この武器を以て、大名を倒し、今の大名に怯えている十層の状況を変えることができれば、クラインはここの民衆に英雄として大層感謝されるだろうとのことだった。そんなわけで、ボス討伐後、風林火山の面々は再度十層の大社に戻り、そこで行われる下社と上社の話し合いの場に同席、《千蛇平原の英雄》のメンツを以て、そこで起こりうる騒動を手打ちにさせる、という方針に収まった。正直、クラインが今の攻略集団のように効率だけを最重視して動くような奴じゃなくて心底良かったと思っている。まあ、そういう人物をお初さんの白蛇は選んだのかもしれないが。

 

 とはいえ、これで当面の問題だった十層のクリアに向けた心残りが概ねなくなったことで、俺も一安心している。それと同時に、俺の中では別の問題が頭の隅に残っていた。

 ーーーそれは、アスナのことだ

 今日のフィールドボス戦でのアスナの指揮を思い出す。二つのギルドを取りまとめて、苦戦していたボス戦をあっさりと攻略に導くその手腕。いずれ花開くと思っていたその才能。十層にして、いよいよ自分の役割が終わろうとしているのではないだろうか、と俺は思わずにはいられなかった。今回の戦いで、アスナの指揮の評価が攻略集団内で急上昇したのは間違いない。単純な戦闘技術ももちろん高いが、その指揮能力については、明らかに俺以上だ。メンバーの構成を踏まえた上で、『手元にある条件の中から最適解を見つけ出す能力』が、攻略集団の中でも群を抜いている。

(・・・そろそろ、潮時なのかもな)

 このままいけば、アスナは間違いなく攻略集団の中心になる。その日はいよいよ以って近いと感じる。だからこそ、このまま俺の隣にアスナがいることが、正解だとは思わない。幸いなことに、今の攻略階層はちょうど十層だ。十一層以降は、俺もベータテスターとしての知識が使えない。このまま一緒に居ては、俺の悪評にアスナが巻き込まれて、結果的に俺がアスナの足を引っ張ることになりかねない。それは、攻略集団の、ひいてはアインクラッド全体のことを考えたときに、合理的ではない選択肢だ。だからこそ、十層をクリアすることは、アインクラッド攻略の礎になることと同義だった。この階層をクリアすることで、ようやくその役目を果たし終わるのだなと、思う。

 

 ・・・だが、俺の中のどこかで、アスナと離れることを良しとしない俺がいた。それは、現時点でアスナを預けられる良いギルドがない、という現実的な問題から来ているのだろうか。もちろんそれもあるだろう。だが、恐らく、それだけではないことは、俺自身なんとなく分かっている。だが、その感情を、俺はどうやって扱っていいのか、正直なところ明確な回答がないのだ。

 

 剣士として、彼女の成長を隣で見続けたい、という気持ちと。

 アスナがふと見せる脆さのようなところを支えていかなければ、という気持ちと。

 一緒にいてやいのやいのと軽口を叩き合うやりとりが楽しい、という気持ちと。

 俺自身が、アスナからたくさんのものをもらっていることを知っている、という気持ち。

 

 その全てが内混ぜになったまま、ゆったりと俺の心に横たわっている。俺は、それを払い除ける術を知らない。この感情に、名前を付けられるのだろうか。「友情」ではない。アスナとの関係を聞かれて、「友達です」とは答えないだろう。おそらく、アスナもそう言うはずだ。あるいは、もしこれが「恋」だというのであれば、話は簡単だ。抑え込めばいい。切り捨てればいい。今のアインクラッドで、そんなことに現を抜かしている余裕などない。だが、本当のところは、そうではないような気がしている。恋愛経験など、俺の十四年の人生にあるわけもないので、実際のところはどうだか分からない。だが、周りが話しているのを聞いたり、テレビやネットから入ってくる情報では、少なくとも「恋」というものは、もう少しキラキラしているようなものだった気がする。だが、俺の今感じているこの感情は、もっとずっしりとして、重みと質感がある。俺は、これをなんと表現したらいいのか、さっぱり分からなかった。

 

 そういえば、と一つ思い出す。

 今朝方、アスナが草之助に言った言葉。

 ーーー兄が死んでは、妹が悲しむわ

 

 そのアスナの言葉に、思わず俺も心臓を刺されたような気がしたのだ。理由は恐らく、俺自身、現実世界にいる妹を置いてきてしまっているからだろう。スグは、元気にしているだろうか。俺は中学に上がってから、と言うより、桐ヶ谷家における俺の出自を知ってしまってから、妹のスグとは上手く話せなくなってしまっていた。最も、本当のところは、俺が勝手に距離を開けていただけなのだけれど。でも、今なら。このアインクラッドにおいて、どうにか他人と少しばかりきちんと話せるようになってきた今の俺なら、スグとも面と向かって話せるだろうか。話せるかもしれない。そんな希望が、わずかながらにある。そのためにも帰らないといけないと、このゲームをクリアする理由を、アスナの言葉を聞いて、思い出した。

 それに、何より忘れられなかったのは、その言葉を言った瞬間のアスナの横顔だった。それは、今まで俺も見たことがないような顔で。あの言葉に含まれていた意味は、きっと表面上お初さんを心配しただけ、ではきっとないのだろう。もしかしたら、アスナにもお兄さんがいる、のかもしれない。だが、それを聞くことは、正直なところ怖かった。

 

 思考が飛ぶ。思い出したのは、昨日の朝方のシヴァタとリーテンの会話だった。醤油の話。シヴァタのおじいちゃんの話。あの二人は、アインクラッドで攻略集団として最前線に立ちながら、付き合い、支え合い、そしてリアルのことすら共有している。強いな、と思う。それは、少なくとも俺にはできないだろうな、とも。

 アスナとコンビを組むようになって、既に二ヶ月以上経っている。だが、俺もアスナも、自分のリアルの話は、お互いに何も知らない。何も話さない。

 昨日のシヴァタとリーテンの会話を聞いて、ふと、思うことがある。仮にこのまま、ゲームが百層までクリアされて、俺たちが無事現実に帰った時。アスナと現実で再会した際に、その本名が「絵梨花」とか「香澄」だった場合、俺は彼女を引き続き「アスナ」と呼べるのだろうか。あるいは、実は二十歳で、めちゃくちゃ子供扱いされる、ということも、あり得るのだろうか。

・・・いや、実のところ、そんなことを俺は気にしていない。リアルがなんであれ、今この瞬間は、アスナはアスナだ。そこだけは、出会った時から変わらず、俺がこのゲームで信じられる数少ない、あるいは唯一確信できるものだった。

 ただ、どうしても、気兼ねなくリアルな話をしているシヴァタとリーテンの二人を、少しだけ羨ましく思った俺がいた。アスナの本名や年齢を知りたくないと言えば嘘になる。だが、知ってしまうことも、怖い。リアルを知ってしまえば、仮想世界とは全く別ベクトルの、現実という重さが加わってくる。今まで、ずっとニュートラルだった「アスナ」という存在に、急に重力が掛かるようになってしまう。それを知った時、俺は、彼女と今までと同じような関係でいられるのか、自信がなかった。

 

「どうしたの?」

横から、急にアスナの声がした。気づいたら、風呂から上がってきていたようで、少しだけ顔に朱が差しているのがわかる。月光に照らされたアスナの顔がやけに綺麗に見えたので、それを誤魔化すように言う。

「つ、月見してただけだよ」

「そう」

アスナはそう言って、何も言わずに俺の目の前の椅子に座った。浴衣の部屋着を着たアスナがゆっくりと湯呑みを手にもつ姿が、やけに艶やかだ。彼女は、そのまま熱い日本茶を飲むと、ふう、と一息吐いた。

「・・・何見てるのよ」

「あっ、いや、ごめん」

思わず視線を逸らした。というより、今の今までアスナをじっと見ていたことにすら自分自身では気づいていなかった。

「変な人」

アスナはくすくす笑っている。何故だが分からないが、彼女の掌の上で踊らされているような気がする。いや違う、これは不意をつかれただけなんだ、などと、どこに向けているのか分からない言い訳を心の中で並べ立てた。

 

「ねぇ」

と、目の前のアスナから声がかかる。

「ん?」

外を見たまま、何でもないかのような声を、とても意識的に出した。

「アインクラッドの空って、毎日見える星が違うのかしら」

「んー、多分現実世界と一緒だと思う。あの辺にオリオン座見えるし」

「この階層は秋なのに、空はそのままなのね」

「そうだな」

 俺とアスナの間で、ひどく上滑りした会話が行われている。考えて口に出しているはずなのに、内容が頭に入ってこなかった。妙に気まずい気がする。何故だか心臓の音も聞こえる。目を合わせるなんてもってのほかだ。だが、席を立つこともまた、躊躇われた。

「こっちの空の方が、星がよく見えるわ」

「まあ、灯りが少ないからな。月もこっちの方がきれ、じゃなくて、明るい気がするよ」

 だから、口から出まかせで喋っている中で、一瞬不味いことを口走ろうとし、寸前で気づいた。急な方向転換をするも、何だかアスナが微妙そうな顔でこっちを見ている。

「・・・な、何だよ」

「何も?あなたがそれくらい知っててくれて安心したわ。知らなかったらあなた、その辺の子に何も考えずに言っちゃいそうだし」

「・・・アスナさん、俺にどういうイメージ持ってるんです?」

「べっつにー?私は要らぬ被害者が出ないよう注意してあげただけですから」

「いや、そもそも言う相手いないし・・・」

 そんなこと、わざわざアスナに言う必要もないはずなのに、口が勝手に動いていた。

 再度、沈黙の時間が訪れる。微妙が空気が流れる。それに耐えられなくなって、今の話を誤魔化すために、敢えて何でもないかのように掘り下げてみることにした。

「・・・ちなみに、あくまで後学のためなんだけど、女の子ってやっぱりなんて言われたいかみたいな話とかするのか?」

「んー」

 彼女は、その細い人差し指を唇に当てて、考えるような仕草をした。今日はどうにも、その一挙一動が、やけにくっきり見えてしまう。きっとナーヴギアの処理量にアップデートでも入ったのだろう。

「あくまで私の場合はだけど、やっぱりはっきり言ってもらうのが一番かしらね。分かってるのに敢えて分かってないふりをする中途半端なのが一番嫌かも。」

 と、ものすごくアスナっぽい回答が返ってきた。が、その直後に一拍置いて真逆の内容がセットになった。

「まあでも、ものすごい奥ゆかしいのも、ちょっと憧れるかも・・・?」

 それは本当はどっちが良いんだ?と考えるも、さっぱり分からない。とはいえ、俺自身、仮にそういうことになった時、はっきりと口に出して伝えられるビジョンは全く見えなかったので、奥ゆかしいの方の例を突っ込んで聞いてみることにした。

「ちなみに、奥ゆかしいって、例えばどんなの何です?」

「・・・それこそ花言葉とかじゃないかしら」

「な、なるほど・・・?」

 花言葉全然知らねー!いや、別に俺がアスナに告るとかそういう話ではないのだから、そこまでムキになって考える必要もないはずなのだけれども。とはいえ、花言葉と聞くと、一昨日の会話が俺の中でロードされる。キズメルの話の最初、この宿の名前にもなっており、今も庭で月光の下咲いている花。

「・・・そういえば、馬酔木の三つ目の花言葉って何だ?」

 アスナは、確か二つしかその場では言ってなかったはずだ。犠牲と献身。三つ目はなんだろうと興味本位で尋ねてみるも、アスナは口元を手で隠して、やや斜め下を向きながら言った。

 

「・・・。ひみつ。忘れちゃったし。」

妙な間があった。

「・・・えっと?」

「忘れたったら忘れたの!それ以上追求禁止!」

 結果、向こうに先手を打たれてしまった。秘密なのに忘れたもなにもない気がしたが、これ以上追求しても多分良い結果は得られないだろうと思ったので、何をするでもなく「そっか」と返す。

「そのうち思い出したら、教えたげるわ」

 と、彼女は柔らかい微笑みを携えて言った。なので、それはまあそういうことなのだろう。

「期待しないで待ってるよ」

 そう俺も返しながら、訳もなく二人してくすくすと笑った。気がついたら、さっきまでの微妙な空気はどこかへ飛んでいってしまったようだ。それをほんの少しだけ寂しく思いつつ、だけどこうして笑い合っていられる時間が、何故だか無性にたまらなかった。

 

 ーーーもし仮に、もうすぐ俺の役割が終わって、彼女が俺の隣からいなくなったとしても

 ーーーこうした時間がたまに取れればいいなと、思う。

 

 そうして、居心地のいい、まあるい空気が、俺たち二人の間を流れていった。

 

 

 

 

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