プログレッシブのノリで攻略するアインクラッド第十層 (旧題:2023-01 アインクラッド第十層にて)   作:ki-sou777

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第十四話

 第十層迷宮区、ダンジョン名《千蛇城》の攻略は、困難を極めた。

 

 構造は城そのものではあるが、問題はその高さだった。通常、日本における城の高さは、50mもないのだが、この《千蛇城》は高さ200mは優に越えているのではないかと錯覚するほどで、ダンジョンフロアは三十階層にも渡った。城の中央部は吹き抜け構造になっており、一階層から上を見上げることができるようになっていた。

 吹き抜けを下から上に向かって跳躍すれば階層がスキップできるのではないかと思い、システム外スキルのウォールランも交えて、壁から壁へと走ってみたが、如何せん敏捷値が足りなすぎた。全くの不可能ではなさそうだが、これを実現する敏捷値はあとレベル30程度は上乗せしなければならないだろう。

 そんなわけで、俺たちはいつも通り一階層からマッピングも兼ねて攻略していったのだが、そこは十層。敵が強くて思うようにマッピングはさせてもらえない。禁足地にいた《クチナ・エリートアサシン》、夜藤の河原にいた《オロチ・ザ・フットソルジャー》の上位版である《オロチ・ザ・エリートガード》。さらにはベータ版の時に散々手を焼かされた衰弱デバフをかけてくるヘビ僧正こと《クチナ・ザ・プリースト》など、様々な強敵が俺たちの前に現れた。特にヘビ僧正の衰弱デバフは厄介で、一度かかってしまったが最後、筋力値が落ち、重量オーバーで動けなくなるという事態が発生するので、一度に持つアイテムは極力最小限に抑える必要があった。そのため、持ち物が増えすぎたら途中のインスタンスマップなどで適宜アイテムの整理を行わなければならなかった。

 更に、今回は、《左巻きの藤の蔦》を扱えるクラインをなんとしても上へと連れていかなければならないため、風林火山と合同で八人体制での攻略となった。だが、風林火山が元々適正レベルギリギリの状況ということもあり、慎重に慎重を重ねながらの攻略となったため、更にペースはダウン。頂上まで登るのに、ここまで時間がかかったことはなかった。

 また、道中のインスタンスではない安全地帯で何度かALSやDKBの連中とも鉢合わせをした。こないだのアスナの指揮や、クラインのアイテムのこともあり、要所要所で人数を増やして護衛についてもらうようなこともあった。主な交渉はアスナが全部行ってしまっていたので、俺は出る幕が全くなかったのだが、流石のコミュニケーション力だなと思ってその成り行きを見ていた。そういう姿を見ていると、一瞬、アスナが自身のギルドを指揮する姿を幻視してしまうが、今はそんなことを考えている場合ではないと即座にかぶりを振る。

 それだけ大きいダンジョンだったので、ダンジョン内の安全地帯で寝るハメにもなったりした。俺たちが安全地帯で休んでいると、エギルたち兄貴軍団が後から入ってきており、合流。筋骨隆々の男四人は今回も気のいい奴らで、お互いに埋めあってないマップデータの交換などを行った。クラインはエギルたちと初対面だったのだが、その一時間後には肩組んで酒飲んでいたのをよく覚えている。なお前回に引き続き強引に酒を飲まされた俺の記憶はそこで終わっていた。翌朝アスナに「貸しイチね」と言われたのだが、何をやってしまったのか全く覚えてないのが恐怖すぎた。クラインとエギルは何故だがニヤニヤしていた。後で高級デザートでお金が飛ぶことは覚悟しておかねばならないらしい。

 

 そうして、俺たちは二日かけて何とかボス部屋まで辿り着いた。ボス部屋の前の安全地帯に着くと、見知った人影が二つ。リンドとキバオウだ。ボス攻略に参加する他のギルドメンバーもおり、いよいよボス戦前という気がしてくる。

「待っていたぞ」

 と、大仰に口を開いたのはリンドだった。攻略にはクラインの持つ藤の蔦が必要なため、それを待っていたのだろう。もし長い間待たせていたのなら少し申し訳ないなと思い、俺も謝罪をする。

「すまない、流石に登ってくるの大変でな・・・」

「ほぉ、あのブラッキーせんせでもそう思うんか」

 俺の声に反応したのはキバオウだった。

「・・・ところで、どうしたんだ、こんなところで二人して」

「何言うとるんや。お前らに今回のボス攻略の情報を共有しておこうと思ってな」

「えっ」

 そんな殊勝な話、今までなかったぞ。何なら先に辿り着いて俺たち抜きでボス戦してるくらいに思っていたが、流石に今回は専用アイテムが必要なので、そうはならなかった、というところだろうか。

「ブラッキーせんせもベータん時に十層のボスまではたどり着かんかったんやろ?」

「それはそうだけど・・・なんで知ってんの?」

「アホ。到達しとったら書かれてるやろ、攻略本に」

 と、キバオウはアルゴの攻略本をどこからか取り出して指を指した。

「こっから先は同条件やからな。そんなわけで、偉いワイらは、先にボスの偵察を済ませておいたっちゅうこった」

「人員を多く出したのはウチだけどな」

 と、即座にリンドからツッコミが入る。が、そんなことより、彼らが先に協力までして偵察をしてくれていたことそのものが、俺からすれば眉唾物だった。何だかこいつらもギルドリーダーとして成長したなぁ・・・と、胸中勝手ながら思わざるを得なかった。何故だか二人揃ってアスナの方をバツが悪そうに見ていたのは気にはなるが。思わず俺がアスナの方を振り向くと、「せっかくだし説明受けましょ?」と笑って軽く流されてしまった。

 

 リンドとキバオウの話曰く。ボスの名前は《カガチ・ザ・サムライロード》と言うらしい。フィールドボスであった《ザ・サムライジェネラル》の強化版と言った見た目で、一ゲージ目での攻撃パターンは基本的には刀によるソードスキルだけだそうだ。

 また、厄介なことに、今回のフロアは一度ボス部屋に入ったら三十分の間、外に出れなくなるギミックがあるらしい。三十分経つと、自動で一分間扉が開く他に、フロアの最奥にテレポート装置のようなものがあり、そちらも一分後に自動で乗っているプレイヤーを転移させる仕組みとのことだ。問題はその転移先で、ダンジョン一層の入り口に強制的に戻されてしまう。そこからマッピングされた最適なルートを猛ダッシュしても、三十階層に登ってくるには二時間程度はかかるだろう。つまり、そのギミックを使用した時点で、転移されたプレイヤーはボス戦に参加できないと思っていた方がいいとのことだ。

 つまり、今回の戦闘は、撤退のタイミングが非常にシビアだということ。そのギミックのせいで、二人曰く、偵察でさえ大変な苦労が付き纏ったそうだが、それはそうだろう。むしろ、最初に扉が閉まった時によくパニックにならずに持ち堪えて、三十分耐え切ったと讃えたいくらいだった。

 

 と、そこまで考えたところで、リンドから声がかかった。

「ところで、キリト、アスナさん、二人には追加で話したいことがあるのだが、まだ時間はあるかい」

「え、ああ、あるけど、どうした?」

「二人にはもう一つ、共有しておきたいことがある」

 そう言われて、クラインたちと一度別れて、場所を変えて話すことになった。と言っても、ダンジョン内なので、せいぜい安全地帯の中で距離を空けるだけではあるが。そうしてリンドとキバオウは、風林火山の面々や他のギルドメンバーから十分距離をとったことを確認すると、「大事な話だ」と再度念を押してきた。今までのボス攻略の話とは全く異なる声のトーンだったため、一体何の話かと身構えていると、降ってきたのは、それを飛び越える驚愕だった。

 

「PK集団が、仕掛けてきた」

 

 それは、ALSがダンジョンを攻略していた時のことだという。ALSは、全軍でフロア攻略をしていたわけではなく、キバオウたち先遣隊と、マップの埋まっていない箇所を埋める後続部隊の二つに分かれて攻略していたらしい。その後続部隊の方に、急に数名のフードを被った男たちが急襲をした。幸い、そちらにはリーテンを含めたタンク部隊がいたため、ギルドフラッグのバフもありどうにか撃退をしたが、内二名の装備が破壊されたらしく、ボス攻略に参加しないメンバーが出てしまったらしい。

 大問題だった。十層ではここまで一切奴らのことを見ておらず、様々なイベントが重なっていたため頭の隅っこにおいやっていたが、最後の最後の段階で仕掛けてくる可能性は低いと思っていた。何故なら、この十層迷宮区は、ほとんど情報がなく、今までのダンジョンよりも圧倒的に危険だからだ。小型Mobだって他の階層とは段違いに強いため、そんな場所で仕掛けてくるということは、奴らとて命懸けなはずだ。あるいは、本当に自身の命すら度外視しているのか・・・。

 だが、そうなれば、奴らが次にいつ仕掛けてくるのか、本当に見当がつかなくなった。いよいよゲーム攻略に支障が出るレベルになってきている。このままでは、どこかでPK集団捕縛作戦でも建てなければ、どこかで死者が出かねない。

 それに、問題は今回のフロアボス戦でもまだある。黒マスクのタガー使いこと、「ジョー」と呼ばれるプレイヤーについてだ。ことここに至るまで、俺とアスナは「ジョー」と呼ばれるプレイヤーをずっとPK集団の一員として見ていた。だが、奴はALSの古参プレイヤーで、下手にこちらから詮索をかければ、ALS内部での揉め事に発展したり、最悪のケースの場合、問い詰めにいったギルドメンバーが返り討ちにされて死ぬ、というような事態も考えられたため、奴のことをキバオウに言うことはなかった。だが、自身の命すら度外視しているとなれば話は全く別だ。最悪のケースの場合、フロアボス戦に急に麻痺毒を撒き散らして、攻略組もろとも自爆する可能性だってあるのだ。

 そこまで思い至った時、俺はアスナと一瞬目を合わせた。意図が伝わったのか、彼女も頷いていたため、俺は思い切ってジョーのことをキバオウに話すことにした。

「なぁキバオウ。あんたのところに『ジョー』と呼ばれるプレイヤーがいたよな?」

その名前を聞いたキバオウは、顔を思いっきり顰めてこちらを睨んできた。あれ、何かまずっただろうか。名前出すだけでそんな反応になるとは予想していなかったのだが。

「なんやお前、ジョーの居場所でも知っとんのか」

「居場所?」

 居場所を知りたいのはこちらの方だと思ったのだが、何故だか既に話が噛み合ってない。

「おう。あいつなら八層攻略したすぐ後にギルドを抜けたで」

 それを聞いた俺は、驚愕に目を丸くした。尻尾を掴もうとする前に、目の前から遁走するとは、随分身のこなしが早い。いや、早すぎるくらいだ。それも今回の襲撃を見越してだったのか。一方、何も言わない俺に対し、キバオウはこちらを訝しんでいる。何を言おうか一瞬迷ったが、アスナを真似て、苦手な腹の探り合いはせず、直接本題を切り込むことにした。

「・・・実は、俺たちは、ジョーがPK集団の一員じゃないかと思っていたんだ」

 そうして、俺はキバオウとリンドにジョーがPK集団の一員だと推測した理由を話した。元仲間にそんな疑いを向けるなとキバオウに怒鳴られることも覚悟していたのだが、話を一通り聞いたキバオウは無表情で「情報提供には感謝するで」と言ったきりで、それ以上の追求を俺が受けることはなかった。

 逆に、俺の方から二人に対し、新たにギルドに入ってきた連中はいないのかと問うた。ギルドの内部情報であり、答えてもらえないかもしれないと思っていたにも関わらず、こちらも二人は答えてくれた。どちらのギルドにも、新人はいるが、まだレベルが低いので、今回のボス戦には参加しないとのことらしい。であれば、ボス戦中にPK集団から襲撃を受ける憂いはないのかと一旦結論づける。

 だが、どうしても何か見落としがないかと考えてしまう。当たり前だ。これは、命が懸かっているのだから。敵の目的は一体なんだ。何故こんな危険な場所でALSにアタックしに行った。確かに、ギルドの戦力を削いで弱体化を図るのが目的なら、それは既に達成している。あるいは、直接PKを狙ったのなら、今回の敵の襲撃は失敗だったのだろう。だが、もしそれ以外に狙いがあるとしたら。あるのだろうか。いや、ある前提で考えるべきだ。例えば、人数を減らして、空いた人員にもしかしたらいるかもしれないALSやDKBのスパイを入れ込もうとしているのか。あるいは、上限がMAXでないボス攻略戦に、途中から乱入してPKを狙っているのか。

 ALSやDKBの中にスパイがいるかどうかについては、俺たちは知る術がない。だが、今回は新人がいないため、現状のALSやDKBのメンバーにスパイがいなければ、新たな刺客を入れ込む余地はない。一方、乱入についてであるが、こちらの可能性は大いにある。対策として打てるのは、ボス部屋前で、PK集団が来ないか、見張りをつけることだろうか。だが、それは難しい。ボス部屋前のリポップ率は抑えられているとはいえ0ではない。ずっとそこに留まっているとモンスターが寄ってくるし、ボス部屋から逃げようと思った時に目の前にはモンスターだらけでは、本末転倒もいいところだ。無論、かつて四層でアルゴにやってもらった様に、モンスターに見つからずにボス部屋前で張っている、ということ自体は不可能ではない。だが、少人数で張った場合、PK集団の人数が多ければそれだけ危険性が増すということでもあるし、そもそもそこに回せる人員の余裕など恐らくないだろう。

 とはいえ、乱入については、今回のボスの形式上、タイミングは読める。何故なら、十五分に一度しか扉が開かないためだ。無論、撤退の最中に乱入される場合が、想定しうる限り一番最悪の事態であるのは間違いない。だが、防ぐことは相当に難しい。ボスとPK集団の二面攻撃など、想定の範疇外だ。対策としては、扉側から逃げる場合、ボスだけでなく扉の向こう側に敵が存在している可能性を考慮して、前に臨戦態勢をとったまま逃げる、というくらいだろう。

「明確な対策がないな・・・」

 と、あれこれ頭で考えている俺を見かねてか、キバオウがキッパリ言った。

「悩んでもしゃあないやろ」

「しゃあないって、命がかかってるんだぞ」

「そんなんわぁとるわ。やけどな、明確な対策なんてないやろ。撤退時は扉に敵がいることも想定して注意しながら逃げる。それでええやろ」

 だが万が一のことがあれば、俺やアスナの命が危ない。できる限り、万が一は防ぎたい。そう思ってアスナの方を向くが、彼女はキッパリと言った。

「対策がないんでしょ?なら、真っ直ぐ前を突っ切るのみよ」

 毅然とした態度でそう言い切られてしまえば、こちらとしても返す言葉がない。アスナにしろキバオウにしろ、この思い切りの良さはリーダー向きなんだろうなと思う。それは、自分には無い才能だなと、俺は思った。

 

 

 

 

 ボス戦前の空気は、いつだって特別だ。比喩ではなく、命を懸けるという事実に対する緊張と高揚。そして、自分達がアインクラッドの最前線であるという自覚を、否応なくさせられる。

「なんか、俺ぁドキドキしてきたぜぇ」

 そう言うのはクラインだった。今回、風林火山は安全マージンの問題でボス攻略戦には参加しないが、クラインは別だ。ボスのデバフアイテムの使用資格を持つのは現状クラインだけなので、どうしても参加する必要がある。無論、嫌ならやめても良いのだが、クラインがそういうことを言う性格ではないことは、この十層で行動を共にしたことでなんとなくわかっていた。

「ビビってるなら辞めてもいいんだぜ」

 と、あえておどけて言ってみる。もちろん、緊張しているのは俺も同じだ。

「そんなこと言うわけねぇだろ?」

 そうクラインに返された。

「でもよぉ。お前らこれでボス戦参加十回目なんだろ?よくやってるよな、ほんと」

「いや、そうでもないよ。少なくとも俺は、最前線から遅れるのが怖いだけだ」

「そういうもんかぁ?」

 そう言って軽口を叩き合う。緊張は、話すことで多少誤魔化されることを知っている。

「怖いもんは怖いって言っとく方がいいぞ」

 口を挟んできたのはエギルだった。

「おぉエギルの旦那。旦那たちも参加すんのか」

「なんだかんだ俺らも常連だからな。それに、こいつらをパーティに入れてやるって言う役目がある」

 エギルは俺とアスナを指して言った。後ろに控えているローバッカたちも笑っている。俺とアスナはH隊として、アニキ軍団に今回も入れてもらい六人パーティを組むこととなった。今回のボス戦では取り巻きがいないので、アタッカーとしてひたすらダメージリソースを確保することが主な仕事となる。なお、クラインはPK集団の攻撃により欠員が出たALSのパーティの一つに臨時で入っている。

 十層は区切りのフロアだ。今までよりもさらに強いボスが待っているだろう。だが、ここをクリアすればようやく階層が二桁に乗る。アインクラッド全体が一気に湧く。それをわかっているのだろう。攻略集団の皆もいつも以上に浮き足立っているのがわかる。無論、その状態のままボス部屋に突っ込めば大惨事が待っているが、そこはもう慣れたもの。目の前で今回のレイドリーダーであるリンドが演説をし、全員に発破をかける。俺やアスナにとっては、もう見慣れた光景だった。

 全員の視線がリンドに集中している中、俺は横目でアスナを見た。一層からここまで、もうすぐコンビを組んで二ヶ月になろうとしている。そのわずか五十日程度の間で、彼女は本当に強くなった。もう俺の知識などなくても、十分戦っていけるだろう。それだけの適応能力と成長力を持っている。未だ、彼女をどこに預ければ良いかは見つかっていないが、そろそろ今後のことを考えなくてはならない。

「アスナ」

 小声で彼女の名を呼んだ。アスナは、顔を動かさず、目だけを横にずらして俺を見る。

「このボス戦が終わったら、話したいことがある」

 彼女に相応しい居場所を、話し合うために。アスナは無言でこくりと頷いた。緊張しているのだろうか。なぜだかわずかに頬に朱が指している、気がする。

「バフ、貸して」

 アスナはそういうと、俺の左手の小指を握った。これも、ボス戦前の恒例行事となりつつある。仮想の体温が伝わって、俺の緊張がほぐれていく。

「今回も、生き残ろうね」

 そのアスナの言葉に、俺はしっかりと頷いた。

 

 たとえこの先何があっても。彼女だけは、生き残らせる。

 何があっても。何をしてでも。

 俺は、ただそれだけを決意した。

 

 

 

 

 

 

《カガチ・ザ・サムライロード》。

 この十層のフロアボスにして、身長4mはあるかと思われる大柄の甲冑武士。そのフロアボス攻略戦が、ついに始まった。ゲージは全部で四本。ボス戦開始の合図は、クラインが《左巻きの藤の蔦》を掲げるところからだった。

「喰らいやがれ!!」

 とクラインが叫ぶと、デバフが相手にかかるエフェクトが見えた。これにより攻撃力が低下し、それと同時に、タンク隊が前に構え出た。敵の刀ソードスキルの見切りでかなり苦戦するかと思われたが、リンドやキバオウ、あるいはタンク隊で皆を束ねているシヴァタらによる見切りの成功率は七割近くと、以前のフィールドボスよりもかなり高くなっていたのが見てとれる。恐らく、相当見切りに練習を費やしたのだろう。

 「辻風!左からだ!」

 今回のレイドリーダーのリンドが細かく防御の指示を飛ばす。目の前の甲冑武士の猛攻に怯むことなくタンク隊が刀を捌いていく。万が一ガードをミスした場合に備えて、今回はタンク隊の比重を厚く、ALS・DKB合同で四パーティ編成で組んでいる。こちらの攻撃の隙も中々ないが、一方で防御がそう簡単に崩されるイメージも湧かなかった。が、それもまだ一ゲージ目。油断は禁物だし、今までのフロアボスと同様なら最終ゲージで攻撃パターンの変化や狂乱攻撃があるはずだ。今回は撤退するのも難しいため、なおのこと慎重になるべきであろう。

 アスナも戦局を細かく見守っている。アスナについては、フィールドボスの功績もあるため、七層と同じくスーパーバイザーとして全体への指示を許されている。撤退の見極めも含め、アスナの指揮能力は既に攻略集団内でも頼りにされて始めている証査だ。

「クールタイムだ!G隊H隊!アタック!」

 そのリンドの掛け声に合わせて、俺含む二パーティー、十二人が揃って駆け出した。今回は、相手の体格がそこまで大きくないため、レイド全体によるフルアタックができないような状況だ。だが、その分体力も低めに設定されているのか、わずか十二人のアタックで一ゲージの半分ほどが消し飛んでいく。さしずめ、攻撃力偏重、防御力・体力は低めの敵ということだろう。ゲージ一本目は、ボス戦開始から二十分程度で消滅した。

 

 が、状況が変わったのは、ゲージ二本目からだった。

「総員防御!!」

 リンドが叫ぶ。突如動きの変わったボス。その腕から飛び出してきたのは、白い蛇だった。大名は白蛇様の力の一部を自分のものとして奪い取った。その再現がこれか。飛び出た白い蛇は、そのままタンク隊の合間を縫って、攻撃を担う一パーティーに直撃。食らったプレイヤー数人はHPが四割近く削られた。まさかの遠距離攻撃。これは完全に考慮の範囲外だ。そもそも、二ゲージ目で攻撃パターンが変わること自体、今までのフロアボスとは明らかに異なる。

 そこからのボス戦はひたすら防御の時間帯だった。通常のソードスキルに加え、蛇による遠距離攻撃。しかも、こちらの壁をすり抜けてくる。そのため、戦局は混乱、パーティは徐々に分断され始めた。

 このまま戦ってはそのうち指揮系統が取れなくなり、パニックに陥る。俺が内心で焦りを感じたのとほぼ同時に、レイドリーダーによるリンドの「全員防御体制!一度撤退するぞ!!」という声が響き渡った。間も無く三十分だ。もうそろそろ扉が開き、転移装置も起動し始める。敵もそれを感じ取ったのか、一人でも殺そうと殺意のある攻撃を交えて俺たちを分断しにかかった。だが、今回のボスフロア構造上、扉側からでも、フロアの最奥にある転移装置からでも脱出が可能だ。分断されても問題はない。この辺は、事前にリンドやキバオウが今回のボス戦で起こりうることを皆に話していたため、全員落ち着いて対処できている。

 そして三十分が経ったのか、転移装置が起動し始め、青白い光に包まれ始める。対極に位置するフロアボスの扉が開いた。今の全員の立ち位置は、フロアボスを部屋の中心として、転移装置側と扉側に二分されている。俺やアスナや同じパーティーのエギルたち、それにキバオウやリンドも転移装置側にいる。ボスは後退する扉側のプレイヤーに追撃をしているが、そちらもタンク隊がうまく攻撃を捌きながら後ろに下がっているため、このままであれば問題なくどちらも撤退しきれるだろう。危惧していた、ボスフロアの扉の前にPK集団、という事象も起きていないようだった。

 現在、リンドを除く転移装置側の全員が、その青白い魔法陣の上に乗っている。リンドは、扉から撤退するメンバーに向けてボスの動きを知らせるため、ほんの少し転移装置から前に出ていた。

 転移装置の起動まで残り三十秒。その瞬間だった。空いたボスフロアの扉から、黒い何か、いや、誰かが中に入り込んでくるのが見えた。人影は、攻撃を放つフロアボスの横を素通りし、そのまま反対から指示を出すリンドに迫っていく。フードが保護色で見えにくい。《隠蔽》のスキルも一部発動しているのだろう。索敵を持つプレイヤーでなければそれに気づくのは難しい。

 

ーーー俺の直感が、不味い、と警鐘した

 

(・・・事前に襲って人数を減らしたのはこのためか!!)

 通常、フロアボスの部屋に入れるのは四十八人が上限。それ以上はシステム的に入ることができない。だが、その人数を減らしてしまえば、こうして途中参戦することができる。

 

 全員が、反対側にいるボスの動きに焦点を合わせているため、誰も迫ってくる誰かに気づいていない。知らせることができるのは俺しかいない。だから、大声でリンドに向けて声を放とうとしたその時。黒い誰かが、俺に向けてナイフを投擲した。それにギリギリで気づいた俺は、体を捻らせてどうにか避ける。が、その二秒で、黒い誰かは、横からリンドに接敵した。

「リンド!!」

 張り裂けんばかりの大声を上げるも、時既に遅し。タガーがリンドに刺さる。突然のことにリンドも目を丸めている。そして、麻痺毒がを示す黄色のアイコンが、リンドの頭上に転倒した。黒いフードが露わになる。そこから覗くのは、銀色のチェインコイフと、口許に刻まれた大きなニヤニヤ笑い。

 

「モルテェェェェェェ!!!」

 

 その名を叫びながら、全力でリンドの元に飛んだ。剣は抜いている。鋒が煌めく。発動する《ソニックリープ》。が、怒り狂って大声を上げたのが、逆に仇となる。俺の攻撃に直前で気づいたモルテが、手に持つハンドアクスの柄で、俺のソニックリープをガード。それと同時にバックジャンプをすることで、俺やリンドから距離を取ると、そのまま扉の向こう側へと消え去ってしまった。

 

 クソ、と悪態をつく暇すらない。転移装置の作動まで、残り十秒程度。魔法陣の光が一層強くなる。

 

「キリト・・・」

 

 下を後ろに向けると、倒れたリンドが絶望の表情で俺を見ている。リンドの麻痺毒を治している時間は無い。それを本人もわかっているのだろう。撤退指示は出ている。既に、扉側から脱出するプレイヤーはほぼ全員が外に出ている。今から撤退指示を取りやめても、中途半端な人数しかボスフロアに残らず、それは攻略集団の壊滅に繋がる。

 状況を変えるには、手段は一つ。リンドを投げるしかない。距離は10m程度。今の俺の筋力値で届くかどうか。だが、俺自身が魔法陣に向かわなければ、今度は俺がフロアに取り残されることになる。どうする。どうする。わずか0.2秒の逡巡の末に。

 

(……後は頼む、キリトさん。ボスを、倒ーーー)

 

 記憶が重なった。リンドの、青髪の騎士姿が。第一層で俺の目の前でポリゴンになってしまった、あの強かな騎士ティアベルと。

 であれば、やるべきことは一つしかない。あの時の再現はさせない。リンドの腕を持つ。魔法陣に向けて投げる体制を整える。俺の筋力値で足りるかどうか。頼む、足りててくれ。そう祈った瞬間、逆側でリンドの腕を持った人がいた。榛色の瞳と視線が合う。

「投げるよ!!」

 何故。何故アスナがここにいる。魔法陣の内側にさっきまでいたはずなのに。まさか、俺と一緒にリンドを救おうと出てきてしまったというのか。

 だが、考えてももう遅い。アスナと共に、筋力値に任せて思いっきりリンドを魔法陣に放り投げた。リンドが無事に魔法陣の青白い光の内側に入っていく。

 しかし、問題は何も解決していなかった。このままでは、俺と共にアスナもボス部屋に取り残されてしまう。そうなれば、待っているのは二人揃っての死だ。それだけは。それだけは認められない。魔法陣の光が最大まで煌めく。転移まで残り二秒程度。考える余裕はもうない。お前は何を考えている。ついさっき、お前は何を決意した。

 

 何があっても、何をしてでも、アスナを生き残らせるーーー

 

 剣が煌めく。

 

「後は、頼む」

「え・・・?」

 

 俺は、渾身の《ソニックリープ》をアスナの胸当てに向かって打ち込み、彼女を魔法陣の内側まで吹き飛ばした。俺のプレイヤーカーソルがオレンジになる。

 

 そして、転移装置が作動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボスフロアは、静寂に包まれている。聞こえるのは、俺の息遣いと、敵の甲冑の音だけ。ボスは、扉が閉まったことを確認すると、残った獲物を狩るように、ゆっくりとこちらを向いた。その兜の奥から、赤い眼が俺を捉える。

 

 ソロで居ようとするなら、いずれこうなるだろうことは、想像がついていた。ギルドに所属していないプレイヤーであれば、どこかで限界が来る。結局のところ、この結末は、早いか遅いかの違いでしかなかった。頭の隅で、何度も予想していたことだった。

 そのためなのか、頭は不思議なほどに冷静だ。ボスゲージは残り三段。到底俺一人で削り切れる体力ではない。持っているレアアイテムを引き継げなかったのは、攻略集団の損失になってしまいそうで、申し訳ない。

 

 ただ、最期にアスナを守れて、良かった。転移装置の起動の瞬間、アスナに攻撃を撃ち込んだことに、後悔はない。彼女は怒っているだろうか。きっと、怒っているのだろう。それを分かっていながら彼女を吹き飛ばしたのだ。謝罪をする権利など俺にはない。

 

 だけど元々、この十層で、俺の役目が終わると思っていたのだ。ここから先はベータテスターの知識など役には立たない。だが、俺の横で成長し続けてくれたアスナが、いずれこのアインクラッドを攻略する光となることを俺は確信している。その礎として、俺は自分の役目を果たしたのだ。

 

 敵が、刀を握った。

 体感時間が遅くなる。これが、走馬灯というものなのだろうか。

「母さん、父さん、スグ」

 現実世界にいる家族のことを思い出す。スグとは、改めてもう一度きちんと話しておくべきだったという後悔は、もう今更だ。

「ごめんな」

 ただ、謝罪をする。体が、死ぬことを受け入れている。

 

 敵が走り出した。猛然と迫ってくる剣を見る。

 最期の光景が、無機質なポリゴンであることが、なんとなく気に入らなくて、俺は目を閉じた。

 

 瞼の裏に、流星の残滓が見える。

 だけど。俺に、それを追う資格は、もうない。

 その資格は、先ほどの《ソニックリープ》と共に、切って捨てた。

 瞳が闇色に染まる。

 

 その、最期の瞬間に。

 ひどく眩い何かが、俺の瞳を焼いた。

 

「え・・・?」

 

 思わず目を開ける。そこにあったのは、十層で彼女からもらった、『安全御守』だった。「祈りの込められた、厄災祓いの御守り」。それが、役割を果たし、今一度だけ俺の身に降りかかった厄災を払ったのだろう。では、祈りとは何の、誰の祈りだったのか。

 

 ーーー脳裏に、彼女の輪郭が浮かび上がる。その姿が見える。

 

 だから。

 彼女の名前を口にした。

 

 

 

「・・・アスナ」

 

 

 

 自分の発した言葉で、俺の中の様々な想いが内混ぜになる。

 記憶が去来する。

 笑うアスナ。怒るアスナ。むくれるアスナ。真剣なアスナ。

 俺の隣で、最後までニュートラルに隣に居続けてくれたパートナー。

 脳裏に再生される榛色の瞳。彼女の声。

 

(たとえ怪物に負けて死んだとしても、このゲーム、この世界には負けたくない)

 

 夜空のような暗い瞼の裏に、もう一度、一条の流星の残滓が見えたから。

 

 その光を追うことだけが、俺が剣を振るう理由になった。

 

「アスナァァァァァァァァ!!!!」

 

 目を開く。

 今はいないパートナーの名前を全力で叫んだ。

 たとえ側にいなくとも、名を呼ぶだけで、力が湧いてくる気がした。

 酷く独善的。

 だけど、それでも。

 振り下ろされる一振りに、強引に一振りを合わせる。

 一瞬だけ拮抗し、弾き飛ばされる。

 

 転がる体。

 削れるHP。

 恐怖で目から涙が流れている。

 手が震えている。

 全身が死を拒んでいる。

 アスナ。

 

 ーーーそれでも、この世界には負けたくない。負けない。

 ーーーならば、最後の最後まで足掻いてみせる。

 

 震える手を強引に黙らせ、二本の剣を甲冑姿の大名に向ける。

 

「・・・来いよ」

 

 ボスは何も言わない。

 その無機質な赤い瞳が、今はとんでもなく気に触る。

 その怒りを気勢に変えるべく、俺は奴を睨み返し、叫んだ。

 

「茅場晶彦ぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 

 

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