プログレッシブのノリで攻略するアインクラッド第十層 (旧題:2023-01 アインクラッド第十層にて) 作:ki-sou777
「後は、頼む」
「え・・・?」
アスナは、自身の身に何が起きているのか、理解が追いついていなかった。気づいた時には、魔法陣が光り、この城の一階に戻されていた。
「え・・・?」
何が起きたのか、アスナは一瞬理解を拒んだ。が、すぐに現実を思い知る。目の前に、キリトがいない。それはすなわち、ボス部屋に一人取り残されたということを表している。
何故。どうして。浮かび上がる疑問よりも早く、頭が解決法を探る。次にボス部屋の扉が開くのが三十分後。現在は迷宮区の一階層。転移ではなくボス部屋の扉から撤退していったクラインたちがいるが、迷宮区のためメッセージは届かない。事前の手はず通りなら迷宮区を脱出しようとしているはず。であれば、彼らに救出を頼むのは難しい。そもそもキリトが一人残ったことを認識しているかどうかもわからない。だから、自分が行くしかない。今すぐ行って、ボス部屋に辿り着かねばならない。すぐにでも、キリトを救出しなければならない。
でなければ、いくら彼とてーーー
「待ちぃや!!」
手首を強く掴まれた。止めたのは、キバオウだった。
「あんたが一人で行っても、どうしょうもないやろ」
「離してください」
それを、強引に振り切ろうとする。
「今から行っても二時間はかかるで!」
「離してください!」
だが、キバオウは手に込める力を強めた。
「だめだアスナさん、貴女まで失えない」
そしてもう一人。アスナの目の前に立ち塞がったのは、麻痺毒から復活したリンドだった。リンドは相当苦々しい顔をしている。キリトに助けられた自覚があるからだろう。であればこそ、今のアスナには、リンドの言っている言葉の意味がわからなかった。
「このダンジョンは危険だ!一人でボス部屋まで辿り着くのだって難しい!今行って、途中で死んだらどうなる!」
「離してって言ってるでしょ!!!」
「貴女は、貴重な戦力だ!その自覚を持ってくれ!」
「ーーー何を」
こいつは何を言っているんだ。私が戦力?であれば、キリトは尚のことだろう。
第一、私はギルドに入っていない。彼らの指図を受ける謂れはない。
だからーーー
「今行かなかったら、私は、私でいられなくなる」
一秒でも早く彼の元に辿り着かねばならない。あと二秒待って彼らがそこを退かなかったら、剣を抜いてでも強引に突破する。殺気が周囲を包んだ。それを見守っているエギルや他のギルドメンバーたちも息を呑んでいる。
「アスナさん、行ってください」
そこに割って入ったのは、DKB幹部のシヴァタだった。彼はウィンドウを開くと、アイテムをアスナに譲渡した。そのアイテム名は、《夜王の血》。一時的にプレイヤーを吸血鬼化するアイテム。
「これがあれば、早く辿り着けるはずです」
「シヴァタ!」
リンドがシヴァタに向かって叫んだ。その一瞬の隙に、アスナはキバオウの腕を振り切った。
「ありがとう・・・!!」
アスナはシヴァタに礼を告げて、迷宮区に向けて走り出した。後ろから聞こえてくるリンドとシヴァタのやりとりを全てカットし、走ることに全神経を集中させる。見えてきたのは、吹き抜け構造だ。ここからボス部屋まで、最短ルートで駆け上がっても二時間はかかる。次にボス部屋に入れるのは三十分後。絶対に、そこに間に合わなければいけない。
先ほどもらった《夜王の血》を飲む。瞬間、今まで感じたことのない感覚がアスナを襲った。体の内から熱が消えていく。体温が下がっているかのようだ。次いで、上の犬歯が鋭く伸びた。そして、暗視効果がついたのか、フィールドがよく見渡せるようになる。これが、吸血鬼になるということだろうか。体が軽い。おそらく、自分の身体能力も上がったのだろう。これなら、今までできなかったような動きもできるようになっているはずだ。
瞬間、アスナの左上に存在しているキリトのHPバーが、僅かに減った。パーティはまだ解除されていない。それを見るだけで、心臓が飛び跳ねる。
お願い。神様。どうか。
アスナは大きく助走距離を取る。思い返すのは、キリトが行っていた、ウォールラン。あの時は敏捷値が足りず上の階層への跳躍は難しかったが、今の自分であれば、可能かもしれない。というより、それ以外に間に合う術がない。
そして、アスナは柱に向けて矢のように走り出した。地面を大きく蹴り出し、勢いを殺さず柱に足を添わせる。そのまま二歩目、三歩目を蹴り、さらに上へ。手を大きく上に伸ばし、二層目の手すりに手が届いた。そのまま強化された筋力値に任せて体ごと持ち上げる。
「はぁ、はぁ、はぁ」
今の一度で息切れを起こす。だが、成功した。これを繰り返し、一階層一分以内で上に登っていけば、三十分後に間に合う。左上のゲージを見れば、更にキリトのHPが減っている。ポーションを飲んでいるのだろう。減ったHPが徐々に回復していくのが見える。だが、それがいつ0になってもおかしくない。そんなものは見たくない。見たくない。見たくない。なぜ自分はこんなものを見せられているのか。そう考えると、アスナはその身の内に猛烈な怒りを感じていることに気づいた。
こんなものを見せられている原因は決まっている。キリトが自分を守ろうとして魔法陣まで飛ばしたからだ。キリトは何故自分を飛ばして一人ボス部屋に残ったのか。決まっている。自分の命を顧みずに誰かを助ける人間だからだ。だが、そんなことは百も承知だった。ずっと隣にいて、分かっていたはずだった。だから、リンドが麻痺状態になった瞬間、キリトと共にアスナもほぼ同時に飛び出した。彼なら、リンドを助けると思ったからだ。その時点で、ボス部屋にキリトと共に残る覚悟は出来ていたのだ。
歯軋りをする。視線を最上階に据える。これは怒りなのだ。自分の覚悟を丸ごと切って捨てたキリトへの怒り。そして、彼の隣に立てない力のない自分への怒り。この感情を払う方法は、一つしかない。行って、彼を助けること。それが出来なければ、自分が自分でいられなくなるだろうという予感があった。
再びの跳躍。一度でも失敗すれば辿り着けないだけでなく、落下ダメージで死ぬかもしれない。だが、恐怖を想いでねじ伏せる。一度のジャンプでまた息切れを起こす。だが、そんなものはまやかしだ。ただの仮想に過ぎない。ここがデータだけの世界だと言うのなら、現実世界の常識など超越すればいいだけのこと。システムに許された限界を遥か超えた速度で、彼女は上へ上へと階層を飛び越えて行く。