プログレッシブのノリで攻略するアインクラッド第十層 (旧題:2023-01 アインクラッド第十層にて) 作:ki-sou777
剣戟の音が響き渡る。
刀と直剣が僅かに拮抗し、そして弾き飛ばされる。
「次!」
用意していたポーションを一瞬で飲み干し、体制を立て直すために、再び脚に力を込める。
煌めく敵の刀。刀を左腰に添えた、居合の構え。発動するソードスキルは《絶空》。大名は、その巨躯と筋力に任せて俺の首を刈りにくる。
だが、軌道の読める単発の攻撃など、どれだけ速かろうが脅威の内には入らない。
タイミングを合わせて膝から力を抜く。首の高さに沿って刀が振り抜かれるが、虚しく空を切った。そして交差の瞬間に、敵の両足を切りつける。
今の俺に、ソードスキルの技後硬直はない。何故か。そもそもスキルを放てないからだ。右手に《クイーンズ・ナイトソード》、左手に《ソード・オブ・イヴェンタイド》をそれぞれ構える。すなわち二刀流。無論、二刀流というカテゴリは、SAOには存在していない。ただ二刀の剣を振るうだけの状態。だから、今俺が行っているのはただの
六層のガレ城の一件で二刀流を使った後、アスナの突撃槍と共にずっと練習を重ねていた、俺の隠し球。無論、使用できる場所は限られる。スキルが使えない関係上、爆発力はどうしても落ちる。だが、大名の使用するソードスキル自体は、通常の小型Mobとそこまで差はない。故に、敵のスキルが分かる。生存のための一手は、敵のスキルをキャンセルすることだ。キャンセルのためには、モーションの直前に、敵の刀に自らの刀身をぶつけること。であれば、必要なのは威力ではなく手数。そのための二刀流。どんな体制からでも攻撃に移ることのできるこの状態こそが、現状を耐え得るただ一つの解。《クイーンズ・ナイトソード》と《ソード・オブ・イヴェンタイド》についているAGI上昇効果も相まって、脳の反応速度に、身体の敏捷値が追いついている。
だが、まだ足りない。
未だ俺の生存の目は見えない。
何故か。それは、発動してしまったスキルに対する解を持っていないからだ。
今俺が出せる迎撃のためのソードスキルは、一時的に片方の刀を捨てて放つ、《シャープネイル》の三連撃が限界。対して、敵の持つ最大のスキルは、四連撃だ。そのスキルは、左右の切り払い、そこから下からの振り上げの三連撃の後、白蛇による四撃目が待っている。単発はともかく、連撃ならば回避はできない。ソードスキルは筋力値の問題で二刀では受けられない。三連撃を全て《シャープネイル》で捌いたとして、理論上、どうしても最後の一撃を食らってしまう。四連撃の《ホリゾンタル・スクエア》はモーションの性質上迎撃には向いていない。スキルキャンセルにも限界がある。遠距離攻撃による牽制の後に、後隙なくこのスキルに繋げられてしまった場合、発動キャンセルが届かない。防げる理論がない。
「ぐっ・・・!!」
再び弾き飛ばされた。
ポーションを飲む。HPが徐々に回復していく。
だが、残りポーションは0。
回復結晶もない。
限界が近い。
敵の刀が再び光り始める。今度は、真上から振り下ろされる《断雲》ーーーではない。ソードスキルのスピードが僅かに遅い。フェイントを交えた《幻月》が俺を襲う。だが、その軌道は既に識っている。範囲のわかる単発の攻撃など、キャンセルをするに値しない。体の一捻りでそれを避けると、さらに二撃、敵の胴に切り込んでいく。
再びの回避。
繰り返される横薙ぎと刺突をひたすら捌く。
捌く、捌く、捌く、捌く捌く捌く捌く捌く捌く捌くーーー
一撃を受けるごとに、一撃をもらうごとに、体の動きが最適化されていく感覚を覚えた。この二刀での戦い方が体に染み渡る。こんなにも死がすぐ隣にある戦いは、このSAOに来てから、今まで一度もなかった。その極限の緊張と高揚が、俺をさらに高みへと押し上げる。今この瞬間、まごうことなく、俺がSAOの最前線に立っている。
ーーーだが
「ガァっ!!」
最後の一手が届かない。《旋風》《絶空》《浮舟》《幻月》《緋扇》《旋車》《断雲》、そして四連撃のソードスキル。分析は終えている。敵の動きは分かっている。こちらが例えもう回復できなかろうが、最後のスキルさえ避けられれば、敵を倒すことは容易いはずなのに。
その、あと一手。
あと一手だけが足りていない。
榛色の瞳が脳裏を掠める。
アスナ。
アスナアスナアスナアスナアスナアスナアスナーーー
「アスナ・・・!!」
名を呼ぶ。
再びの剣戟。
振り下ろされる一刀を、返す一刀で迎え撃つ。
彼女の名を口に出した以上、諦めることは許されない。
その名は、文字通り俺の御守りだった。
「あああああァァァ!!」
拮抗する剣と刀。
呼吸をすることなど、とうに忘れている。
脳が止まれと言っている。
だがそれは幻だ。この仮想世界において、そんな常識は無視していい。
そして、敵の白蛇による遠距離攻撃が繰り出される。
ーーー今、この瞬間が分水嶺
生と死の境界に俺は立つ。
直後、敵の刀が光る。四連撃のソードスキル。キャンセル不可。喰らえば死の一撃。
あと一手。
その一手を、どうやって用意するか。
全身を使え。あるもの全てを総動員しろ。
今用意できないのであれば、俺の全てを使ってその一手に肉薄するのみ。
スキルでダメなら、初撃を通常攻撃で受ければいい。
どうにかして初撃を受けて、そのままスキルに転じれば、敵の攻撃を全て捌き切れるーーー!
「あああああああああああぁぁっ!!」
敵のスキルの初撃と、俺の通常攻撃をどうにかして拮抗させる。
瞬間的な鬩ぎ合い。
だが、それはあと一秒と持たない予感がした。
このまま相手に振り抜かれてしまえば、俺は死ぬ。
それでも。
「アァァァァァスナァァァァァァァァァーーーーーーーーーー!!!」
死の恐怖に、想いだけでフタをして。
俺は最期まで、彼女の名前を叫び続けた。
そして。
「せあああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」
望んでいたあと一手が。
ーーー真紅の輝きとなって敵を吹き飛ばした。
ボスが衝撃で壁に激突した。
フロア全体が一時的に静寂に包まれる。
赤いフーデットケープが、揺らめいている。
「な・・・」
と、俺が驚く間もなく。
「ヒール!」
アスナは、回復結晶を俺に向けると、そのまま部屋の背後まで俺を引っ張ってバックジャンプした。扉は既に閉まっている。一度目の転移から三十分が経っていたのだろう。だが、そこに気づく余裕すらなかった。そもそも、どうやってここまで三十分でたどり着いたというのだろうか。そうした疑問に全てフタをして、俺はアスナに尋ねた。
「どうして・・・」
「パートナーだから。それ以外にあるの?」
どうして来たのだ、という疑問を全て言う前に、アスナは食い気味にそう言い切った。彼女に瞠目する。彼女の考えを切って捨てたというのに。その証として、俺のプレイヤーカーソルはオレンジのままなのに、まだ俺をパートナーだと言ってくれるのか。榛色の瞳と目が合う。その姿は、俺の脳裏に描き出された姿と、寸分違わず一致している。いや、よく見るとなんだか青白い気もしていた。というか、その状態には見覚えがあって・・・?
「アスナ、その状態って・・・」
「話は後!」
大名がこちらを向く。兜の中の赤い瞳が俺たちを睨んでいる。
「キリト君、私はどう動けばいい?」
だが、そんなもの意にも介さず、いつもの調子でアスナは俺に尋ねてきた。それが、今はただ心強い。だから、俺もいつものようにアスナに指示を飛ばす。同時に、アスナからおもむろにポーションが渡される。
「俺がパリィした後にスイッチで攻撃してくれ。ただ、敵の四連撃の最後の一撃だけどうしても弾けない。頼めるか」
「了解」
最小限の言葉で交わされる意思統一。
打てば響く言葉たち。
それが、今俺が生きていることの証明となる。
「行こう」
「うん」
俺たちは、弾くようにボスに向けて飛び出していった。
そうして、極限の戦闘が開始された。
先ほどまでは、生存という一条の光を探し当てる戦闘だった。
だが今は違う。これは、敵を倒すための戦いだ。
「今!」
「了解!」
一声でアスナが白蛇を叩き落とす。
すかさず俺が敵を切り付ける。
あれほど欲しかったあと一手が、すぐ横に存在しているという心強さ。
それにもう一つ。
「右!」
「おう!」
阿吽の呼吸で互いの背中を守る俺たちに、シンクロとも呼べるリンクが存在し始めていた。六層ごろから感じていた、アスナがどう動くかわかる現象。そして、アスナが俺の動きを理解していることを理解する現象。
金属が撃ち合う音が響き渡る。敵の大太刀にこちらのスキルを合わせる。先ほどまでは拮抗できなかった攻撃も、今は違う。タイミングを合わせ二人同時に敵の大太刀にスキルを当てる。ソードスキルの同時攻撃は加算ではない。乗算だ。通常の筋力値では到底拮抗できない攻撃すら、こうして打ち払うことができる。アスナが吸血鬼化している影響もあるだろう。合計筋力値では、今はこちらの方が上だ。
一つスキルを合わせるたびに、アスナの呼吸が自然と入ってくる。一つ攻撃を弾くたびに、俺の動きがアスナに共有されていく。
ーーー来るぞ!!
ーーーうん!!
最早言葉は要らなかった。アイコンタクトすらない意思疎通の元、敵の大太刀の一撃を俺が弾く。そのパリィの隙に、胴体に高速の刺突が打ち込まれる。互いが、すぐさまボスから離脱する。
「ガアァァアァァァアァァーーーーーーーーーー!!!」
大名が叫ぶ。何故たった二人を潰せないのかと苛立っているのだろう。その巨躯に任せて大太刀を薙ぎ払おうとする。《絶空》の構え。だが、それはもう分かっている。放つ前に俺の刀身を奴の刀身に当てる。そこに、すかさず細剣による三連撃。音のない世界。ただお互いの息だけが聞こえる世界に、俺とアスナは立っている。雑念が消えていく。一体化する感覚がただ心地よい。他の誰にもこの世界には立ち入らせない。
最早時間の感覚すら無い無我の境地。感覚が研磨され、引き伸ばされ、どこまでも先鋭化してゆく。敵の刀を捌いて払って弾いて切り付ける剣の嵐。引き伸ばされる時間と空間。渦巻く気勢と払う気迫。存在の肯定と否定。緊張と高揚。生と死。そのあらゆる二律背反の中で、天秤を傾けるための全ての努力を払う。
そうして、戦い続けてどれだけ立ったのかすら曖昧になった頃、敵の三本目のバーが消滅した。
◆
そこで、俺とアスナは一度シンクロを切った。
「っはぁ、はぁ・・・」
あまりの高負荷に、脳が悲鳴を上げていた。二人揃って水中から急浮上したかのように、酸素を求める。だが、HPバーはラスト一本。ようやくここまで到達した。
「はぁ、はぁ・・・後、一歩だな」
「っはぁ、はぁ・・・うん。そうだね・・・」
お互い息も絶え絶えだ。だが、希望が見えている。
それでも、ここは《ソードアート・オンライン》。
旅人を阻む鋼鉄の城《アインクラッド》。
僅かな空気の弛緩を、この城は許さない。
「・・・?」
ポリゴン上の変化は全くないはずなのに、大名の雰囲気が変わることを俺たちは観測した。
敵の空いた左手に、青白いポリゴンが集まる。息を飲む。
その変化を呆然と見守っていると、大名の左手に、もう一振りの刀が出現した。
「二刀・・・!?」
両の手に、二振の刀。すなわち、二刀流。
最後のHPバーだ。一時的な狂乱攻撃程度はあるだろうと思っていた。それでも、今の俺とアスナの二人なら捌き切れるだろうと。だが、これは全くの予想外だ。今まで受けていた攻撃パターンは、全て放棄しなければいけないかもしれない。
だが、退路は開かない。撤退はできない。
であれば、道は一つしかない。
「アスナ。受け切ろう」
俺の声に、アスナが強く頷く。敵が二刀になったのとは逆に、俺は今まで維持していた二刀を解いた。二刀流は、あくまで敵の攻撃を捌き切れると思った時に使う、特殊装備だ。ソードスキルを放てる片手剣状態の方が、基本的に安定性が高い。
俺がアスナの前に出る。吸血鬼化状態におけるHPの回復は、他のプレイヤーの血を吸う以外にない。であれば、このボス戦中、彼女のHPの回復はできない。だからこそ、俺が盾になるために一歩前に立つ。
だが、アスナはそれをよしとしなかった。
「私を守らなくて大丈夫だよ、キリト君」
「・・・でも」
「今の私は吸血鬼よ。この敏捷値なら、敵の攻撃だって回避し続けられるわ」
そう言って、彼女は俺の横に立った。
アスナが今、何を考えているかは、俺には分からない。
でも、彼女が俺の横に立っていてくれることが嬉しくて。
彼女の想いの強さに、魂の輪郭に、触れた気がしたから。
「分かった」
今、この瞬間だけは、俺も、彼女の全てを背負おうと決意した。
周囲の壁と床には、大量の瓦礫が散らばっている。それは、ここまでの戦闘の余波がどれだけ激しかったかを表している。敵を見据える。交差する視線。赤い瞳。煤汚れた甲冑。二本の大太刀。白い蛇。きっと、昔は名を馳せた大名だったのだろう。人々のために治水工事をし、敵と戦い、民に喜ばれたこともあったのだろう。だが、今目の前にいるのは、その残滓でしかない。
「ここで終わらせてやるよ」
その言葉が大名に伝わったかのように、敵は雄叫びを上げ、こちらに迫ってきた。
今ここに、最後の闘争が始まった。
初撃は、敵の右側からの大太刀だった。何のスキルも使わない通常攻撃。それを、アスナと共にスライディングして交わす。敵が振り向きざまに、大太刀を上段から下段に叩きつけ、俺とアスナは左右に飛んで回避する。一瞬で分断される。そこで、敵の二刀が今まで以上に煌めいた。
(二刀流のソードスキル・・・?!)
それは、二刀流スキルが、このSAOに存在するという証明ではないのかーーー?という疑問を、無理やりにねじ伏せた。今は、戦闘以外の事象に頭を使う余裕などない。
敵のスキルの狙いは俺だ。だが、奴との距離は15m。このまま敵がスキルを発動しても、避けられるだけの幅は十分あるーーー
「なっ」
だが、その油断が命取りになる。大名はその二刀を十字に払うと、その後から、衝撃波が発生した。白い十字の波が、一直線に俺を襲う。
(刀の遠距離攻撃!?)
強引に体を捻る。しかし、交わしきれずに、足先を僅かに衝撃波が掠めた。
「がっ・・・」
HPが2割ほど削れる。胴体から床に転がり落ちる。だが、追撃が来ない。敵の目は反対側のアスナに向けられている。二刀が再び白いエフェクトに覆われていく。
「アスナ!もう一発来る!」
俺の警告とほぼ同時に発動した敵のソードスキル。だが、アスナは俺に向けられたスキルの軌道を一度で覚えたのか、あるいは、今の身体能力を活かしてか、走り幅跳びの要領で軽々と衝撃波を飛び越える。赤い細剣使いは、そのまま敵に向かって弾くように飛び、スキルを使わない通常の三連撃で敵のHPを削ぎ、そして大名の股下を滑ってすり抜けるように通過していく。
「すげぇ・・・」
思わず声が漏れる。紅い流星は、そのまま敵の周囲を風のように回っている。
「はっ!!」
アスナは敵の一撃を、するりと回避して、たった一人でひたすらタゲをとり続けている。吸血鬼化の恩恵である筋力と敏捷値の上昇が、今目の前で表現されている。刀より早い速度で、敵の攻撃を避け続ける。
ーーーだが、これは危ない。
第六感がそう告げている。今のアスナの速度は、あまりに速すぎる。脳の反応速度以上の敏捷性だ。その世界に、アスナはまだ慣れていない。
それを本人も分かっているのだろう。攻撃は最小限に抑え、極力逃げに徹している。そしてアスナがそうしてくれている理由は一つ。俺の体力の回復を待っているのではない。敵の攻撃パターンの分析を待っているのだ。
だからこそ、俺も全力で頭を回す。一秒でもロスをすればそれは死に直結をする。注意深くその戦闘を眺めていると、気づくことがあった。それは、敵のソードスキルが遠距離攻撃をするスキル一つしかないということ。それ以外は、全て通常攻撃なのだ。おそらく、初の二刀流ボス相手だからなのだろう。複雑な攻撃パターンを持たないことによる茅場なりのゲームバランスの調整なのだ。だが、今の状況では、全くもって嬉しくない。なぜなら、攻撃の大半が通常攻撃ということは、敵の攻撃がランダムで読みにくいということだからだ。一撃の威力がないため、タンクがいればこの状況はひっくり返しやすかったのだろう。だが、俺もアスナも共に攻撃偏重のビルドだ。吸血鬼化しているアスナはともかく、俺は通常攻撃を避けられ続けるわけではない。
ーーーであれば、どうする。
即座に答えを出せ。出なければ、待っているのは二人揃っての死。
その時、ボス部屋の奥にあった魔法陣が光り始めた。つまり、今から一分間、扉から外に出られるということ。だが、ここまで来て撤退するのかーーー?という逡巡が一瞬だけ頭を掠めた。
(いや、目標を見誤るな)
その逡巡を、即座に否定する。今必要なのは、俺たちが揃って生存することだ。この境界線を見誤れば、HPなど簡単に0になる。
しかし、俺が撤退を決めたその瞬間に、アスナの方に限界が来た。急加速と急停止を繰り返す体に、脳のほうが先に悲鳴を上げたのだ。足がもつれ、バランスが崩れる予兆があった。大名は刀を振りかぶっている。だが、このままやすやすとアスナを攻撃させるわけにはいかない。HP全快までは残り5秒。戦闘復帰は既に可能な域にいるーーー
「アスナ!!」
女王の剣を煌めかせる。渾身の《ソニックリープ》で、敵の大太刀に無理やり攻撃を当てた。クリーンヒットはしなかったが、多少の衝撃を与えることができた。剣はアスナには当たらずすぐ 横に振り下ろされる。俺の方はそのままスキル後硬直で動けなくなってしまうが、アスナが無理やり俺を抱え敵の刀の範囲から脱出する。
しかし、大名はそれを見越していたかのように、二刀の刀を煌めかせた。不味い。このタイミングでは、二人揃って回避ができない。少しでもダメージを減らすために、二人して剣を前に突き出してガードの体制を取る。
ーーー衝撃波が迫る
「ぬ・・・おおおおおおっ!!!」
だが、衝撃波が届くことは無かった。代わりに響いたのは、ハリのあるバリトンボイス。思わず目を見張る。目の前には、斧を持った巨漢の男たち。
「無事だったか、キリト!」
「・・・エギル!」
「だけじゃないぜぇ!」
そう言って隣を駆けて行ったのは、赤備の甲冑を着込んだ野武士集団。
「クライン!」
ギルド風林火山は、雄叫びを上げながらボスの攻撃を次々と防いでいく。あの髭面の連中の背中がこれほど頼もしく見えるとは。
それは、最高のタイミングでの援軍だった。何故来てくれたのかはわからない。でも、心の中に一気に安堵が広がっていく。思わず涙腺が緩む。
「撤退するぞ!」
そう言ったのはエギルだった。確かにその判断は正着だ。今しがたボスフロアに入ってきたエギルたちにとって、攻撃パターンがわからない敵に無理はできないためだ。しかし。
「いや」
俺はそれに異を唱えた。心を引き締め直す。つい十秒前までとは状況が異なる。直感が倒せると言っている。既に攻撃パターンの分析は終えている。
「皆、この場でこいつを倒すぞ!!」
「キリト!?」
「ほんまか!?」
驚愕の声を上げたのはエギルとウルフギャングだ。それだけでなく、アスナ以外の全員がギョッとしている。だから、即座に根拠を伝える。
「こいつが今使うソードスキルはさっきの遠距離攻撃一個だけだ!それ以外は全部通常攻撃だから、タンクでなら攻撃を弾きやすい!!」
今ここに、勝利の条件が全て揃っているのだ。それを安易と放棄することはできない。二度目の挑戦はまた最初からだ。そちらの方が犠牲者が出るかもしれない。そして、それだけではない。俺は大名を睨みつけて改めて叫ぶ。
「クライン!風林火山!こいつ倒してお初さんに手土産持ってくんじゃないのか!!」
そう言って、無理矢理にでも発破をかける。その俺の声が届いたのか、風林火山が思い立ったかのように士気を取り戻していくのが見てとれた。
「やるぞオメェら!!」
クラインの気勢に合わせ、野武士たちの咆哮が響く。だが、これは決して無茶でも無謀でもない。敵のソードスキルには、刀が煌めいてから0.5秒程度の溜めの時間がある。今の俺の反応速度であれば、その隙をついてキャンセルできる自信があった。そして、不退転の決意をした最大の理由はーーー
「アスナ!指揮任せる!」
「了解!」
攻略集団の中で、最高の指揮能力を持つプレイヤーが、この場にいるからだ。
「ジャンウーさん、トーラスさん、タンク任せます!他の人は皆タンクの後ろに!私とキリト君で敵のソードスキルをキャンセルします!」
即座にアスナの指示が飛ぶ。彼女の頭の中で、既にこの場の戦闘理論が構築されていることが分かる。同時に、俺はボスの横に張り付く。攻撃によるタゲ取りはせず、いつでもソードスキルをキャンセルできる位置に身を置く。無論、相応のリスクはあるが、タゲが分散した今、数度の通常攻撃程度、なんとか捌いてみせるーーー!
風を切る音。大名の右の大太刀が俺を襲う。それを、直剣で弾く。だが敵は二刀。次いで、左の小太刀が再び俺を切りにくる。だが、この攻撃は当たらない。敵の一撃と、横から飛び出てきたアスナの正確極まる刺突が拮抗する。
「ガァァァァァッッッッ!!」
俺たちに攻撃が当たらないと見たのか、ボスが風林火山に向かって走り出す。放たれるのは、スキルではない、ただの横薙ぎ。
「ジャンウーさん!右!」
「もらったァ!!」
アスナの指示の元、その一撃をジャンウーが弾く。
「ナイスサンキュー!!」
弾いた隙をついて、クラインとカルーが刀でクロスに切り付ける。タゲがクラインに移る。それを見越してクラインが声を張り上げる。
「ターァンク!!」
「弾くぞォ!!」
次いで振るわれた一撃は、今度はトーラスがパリィする。トーラスが持っているのは大盾だ。タイミングを合わせたパリィにより、敵の重心が一時的に定まらなくなる。その瞬間に、オブトラとアクトがソードスキルを重ねて放つ。その勢いのまま、ボスが壁にめり込まれる。
「畳み掛けて!」
「オラァ!!!」
そこに、兄貴軍団四人による一斉攻撃が放たれた。元々防御力がそこまでない点もあって、残りHPバーは2割を切る。
「クァァァァァァーーーーーーー!!」
大名が怒りの咆哮を上げて体制を立て直した。次のターゲットはーーー
「キリト!タゲられてるぞぉ!」
叫ぶクラインの声。奴は狙いを俺に定め、一直線にこちらに走って来る。大名は巨躯に任せて右の刀を振りかぶる。
「はあっ!!」
そこに、下から振り上げる形で《ホリゾンタル》を当てた。なぜだか体が軽い。俺の体が仮想世界に完全に馴染んでしまったかのようだ。
「アスナ!」
さらにその間隙を縫って、アスナとスイッチ。彼女が最も信頼する基本ソードスキル《リニアー》がクリティカルヒットする。大名が衝撃に耐えきれずに後退りした。そのタイミングで、後ろに控えていたクラインが追撃。大名は誰を狙えばいいかすらわからず、遮二無二に刀を振るうが、これはジャンウーとトーラスがきっちりとガードする。
「狂乱攻撃!一旦離れて!」
攻撃の間隔が無いことを見て、アスナが指示をした。全員が急いでボスから円状に遠ざかる。その中で、ボスはクラインとジャンウーの方を見た。再び、刀が煌めいている。
「させるか・・・!」
そこに、躊躇なく突っ込んだ。気づいた大名が狙いを俺に変更する。だが遅い。
「はぁああああああああああああああ!!!」
繰り出されたのは、片手直剣熟練度150で使える《ホリゾンタル・スクエア》による四連撃。削り切れるかと思ったが、《食いしばり》によるものだろう。残りHPバーがほんの僅かに残る。だが、それも予測の範囲内。
攻撃の終わりと同時に、全力で叫んだ。
「スイッチ!!!!」
そうして、後ろから俺を追い抜いていった真紅の閃光が、彼女の持つその細剣が、寸分違わず敵を貫きーーー
「ガアアアアアァァァァァァァァァ・・・ーーー」
最期の咆哮と共に、大名が青いポリゴンへと四散していった。