プログレッシブのノリで攻略するアインクラッド第十層 (旧題:2023-01 アインクラッド第十層にて) 作:ki-sou777
そうして、十層フロアボス《カガチ・ザ・サムライロード》は倒された。フロアにやってきたのは静寂、そして一拍遅れて、歓喜の声だった。最終的に、フロアボスを倒したのは、風林火山六名、兄貴軍団四名、そして俺とアスナの、合計十二名でのパーティとなった。
「ウォッシャアアアアアアアア!!」
喜びを爆発させている風林火山。それもそうだろう。彼らは今回が初のボス戦だったのだ。余りにも出来過ぎな結果と言ってもいい。ラストアタックを決めたアスナの元に駆け寄って喜びを分かち合っている。
と、それを側から見ていた俺にーーー
「コングラチュレーション、キリト」
そんな言葉がかけられた。
「エギル」
このやりとりも何度目だろうか。彼の突き出す右拳に、俺の右拳を合わせる。
「来てくれて助かったよ。でも、今回のMVPはアスナだろう?」
「何言ってんだ、俺はお前が無事に生き残ってたことに喜んでんだよ」
と、巨漢は俺を小突いてきた。
「あ、ああ。今回は、本当に、今までで一番ギリギリだったからな・・・」
などと口にしながら、俺は今までどこかに追いやっていた疑問を思い出した。
「ところで、どうしてボス部屋に来れたんだ?俺が残るところを見たのか?」
「何言ってんだ、パーティメンバーだろうが。こっちはお前の減ってくHPを見ながら大急ぎで登ってきたんだよ」
「そうか・・・それは、心配かけたな」
そう言いつつ、俺は再びアスナの方を見た。風林火山の面々や、エギル以外の兄貴軍団とハイタッチしているのが見える。今回は本当にギリギリだった。だが、そこに残っているのは、恐怖だけではない。ある種の高揚もあった。特に、アスナと二人でボスを目の前にした時、えも言われぬ全能感すら感じたのだ。あの感覚を思い出すだけで、全身に鳥肌が立つ。ある種の麻薬かもしれない、と思った。
「・・・というわけで、俺たちは来た道を戻るぜ。ALSやDKBの連中に報告も兼ねてな。アクティベートはお前らに任せる」
「お、おう」
そんな、呑気にボス戦を脳内で振り返っていた俺に、エギルがしたり顔でこちらを見ながら言った。
「だから、きっちり怒られて来いよ」
「え・・・?」
おいそりゃどういう意味だエギル、と聞く前に、エギルは踵を返してクラインたちに声をかけた。
「クライン!そろそろ戻るぞ!下に降りてやることあるんだろう?」
「お、おぉ、そういえばそうだった。でも旦那ぁ、もう少しここに居てぇんだけど、ほら、せっかくボス倒したんだし?英雄の気分に浸りたいっつーか」
「いいから戻るぞクライン。犬すら食わんものを見るわけにもいかんからな」
「おおう?」
エギルがクラインの首に手を回し、無理やり引っ張っていくのが見えた。それに釣られて、兄貴軍団や風林火山の面々も歩き出した。そして、「アクティベートは任せたぞ!」と言って、エギルやクラインたちは扉の向こうに消えていった。
再び、ボス部屋に静寂が訪れた。
部屋には、俺とアスナだけが残っていた。
「・・・アスナ」
俺は、恐る恐るアスナの方を向いた。アスナは先ほどまで歓喜の輪に加わっていたのが嘘だったかのように無表情だった。吸血鬼化状態はいつの間にか解除されていたが、それを差し抜いても常人よりよほど肌が白い。
「とりあえず、LA取得、おめでとう」
と、俺が言っても、アスナは何も反応しなかった。彼女はただじっと、俺の方を向いている。だが、前髪に隠れて、瞳は見えない。しばらくそのまま動けないでいると。
「キリト君」
アスナが、俺の名前を呼んだ。それだけで、何故だか妙な安堵と緊張を、同時に感じた。彼女は、俯いたままこちらに向かってゆっくりと歩いてくる。俺は、思わず後退りをしそうになった。カツカツカツ、と、彼女の足音が、フロア全体に響き渡る。こちらに来るまでの数秒が、やけに長く感じる。そして、目と鼻のすぐ前までアスナがきて、無言のまま、俺にポーションを渡してきた。
「いや、俺、まだHP九割くらいあるし・・・」
「いいから」
無理やりに、アスナからポーションを渡された。ああ、アスナには、心配をかけ過ぎてしまったと、俺は思った。勝手にアスナをボス部屋から退散させて、一人で残って、無茶をして。その恐怖が、まだアスナの中に残っているのだろうと。だから、ポーションを飲んだ。これはきっと、飲まなければいけないものだと自分に言い聞かせて。
そんな、俺の浅ましい勘違いを、アスナは許してくれなかった。
パシィンーーーと。
乾いた音が響いた。
数拍遅れて、アスナが俺の頬を叩いたのだとわかる。それだけで、俺のHPバーが5%ほど減った。
「何すんだ!」
ーーーオレンジになるだろ!と言う言葉は、続かなかった。アスナの両の瞳と、視線が交差したからだ。
「・・・なんで?」
微かに、アスナが声を発した。消え入りそうな、か細い声だったが、俺の耳にははっきりと届く。
「え・・・?」
「なんで・・・一人で、残ったの?」
額から垂れる前髪、その奥にある榛色の瞳。僅かに溜まっている涙。その表情が、言いようのない怒りに満ちていることが読み取れる。息をすることを、思わず忘れる。
その瞬間、ふと思った。
ーーーああ、怒ったアスナも、美人だなと。
本当に場違いな感想を抱いてしまった。
だからだろうか。上手く頭が働かない。あまりにも見苦しい言い訳しか、俺の口からは出てこない。
「・・・リンドが罠にかかったんだ。今の攻略集団のリーダーを、見殺しにできるわけ、ないだろ・・・」
「そんな、こと・・・聞いてるんじゃ、ない」
アスナは、それを否定した。言われずとも分かっている。分かっていただろう。そもそも、一緒に残ろうとするアスナの覚悟を切って捨てたのは俺自身だと、自覚していたじゃないか。ボスを倒せたからと言って、それを忘れようとするのは、あまりにも都合が良すぎる。だから、せめて、自分の心を誤魔化さずに吐露しなければならないと思った。
「・・・アスナなら、なおさらだ。俺は、君を、守りたかった」
「私は、あなたのパートナーじゃ、ないの?」
「・・・一番大切な、パートナーだ」
アスナに問われ、俺は言い切った。それは、紛れもない俺の本心だった。
「じゃあ何で・・・」
瞬間、空気が、底まで冷え切ってーーー
「何で私に、『一緒に残れ』って言わなかったの!!!」
そして、感情が爆発した。連れられて、俺も大声を張り上げてしまう。
「何言ってんだ!!!言えるわけないだろ、そんなこと!」
怒声が部屋に響き渡る。互いの感情がぶつかり合う。
「君を守ることは、俺の義務だ!!君は!リーダーになれるんだ!その素質が君にはある!君を引っ張ってきた責任が俺にはある!だからーーー」
そしてまた、俺は言葉を間違える。アスナが怒髪天を衝く勢いで、俺の言い訳を封じた。
「ふざけないで!!!私も!あなたを守ると言った!!責任や義務なんかで守られることなんて求めてない!!!それとも何?やっぱり私はお荷物なの?あなたにとってのパートナーってその程度なの!?」
「そんなわけないだろ!!!」
そこで、一度言葉を切った。大声で言い合ったからか、肩で息を切らしている。
「・・・俺は、何度も、本当に何度も、アスナに助けられてるんだ」
事実を述べる。いつしか、俺の目にも、涙が浮かんでいた。理由はわからない。込み上げる気持ちを、無理やり抑え込む。
そして、アスナが俺の右肩を、どん、と叩いた。
「・・・なら、なんなの?私にただ減っていくHPバーを見てろって言うの?」
「それは・・・」
「あなたは、残酷よ」
アスナはそう言い切った。アスナが何に対して怒っているのか、俺は理解している。つもりだ。アスナは、俺を心配する彼女の気持ちをないがしろにしたことに対して、怒っているのだ。
「・・・ごめん」
「・・・」
「・・・ごめん」
意味のない謝罪だった。言葉で何を言っても、重みが全くないことを自覚する。謝罪では、足りないのだ。それを分かっていながら、謝る以外に何を言うべきか、俺の頭では思いつかなかった。そんな俺に、アスナは言った。
「許さないから」
言って、彼女の腕が、俺を包んだ。暖かかった。罪悪感のある暖かさだった。その慰撫に抗うことなど、できるはずもない。
「・・・キリト君が生きていて、良かった」
「・・・うん」
俺も、アスナを抱き止める。込み上げる気持ちを言葉にできないから、せめて熱だけでも伝わるようにと、手に力を込める。
「・・・本当に、良かった」
「・・・うん」
掠れ気味の声で、彼女はそう呟いた。
「もう、失うのは、やだよ・・・」
彼女の頭が、俺の仮想の心臓の位置に押しつけられた。言葉の重みを、質量として感じる。俺は、自分のしたことを、きちんと見つめなければならない。そうでなければ、それはアスナに対する裏切りになるだろう。
ようやく、恐怖心を感じる心が戻ってきたのだろうか。俺の目尻に溜まっていた涙が、頬を伝って、落ちていく。アスナのヘイゼル色の瞳からも、同様に涙がこぼれ落ち、それらが空中で一体になって、そして地面に落ちて弾けて消えた。
俺たちは、しばらくの間、ただその身を寄せ合って、生きていることを実感する。石でできた静かな大広間で、音もなく、声もなく、ただ互いの存在の証明のためだけに、そこに居続けた。
二〇二三年一月二十日、午後五時四十六分。アインクラッド第十層、攻略完了ーーー