プログレッシブのノリで攻略するアインクラッド第十層 (旧題:2023-01 アインクラッド第十層にて) 作:ki-sou777
一通り神社を回った後、俺たちは状況整理をするために、一度神社に併設されている茶屋に入ることにした。本日は既に散々食べたので、ここでは店の外席に座って、温かいお茶を二人で飲んでいる。
「じゃあ、一旦状況整理しようか」
と言い、アスナと現状についての把握と分析に入った。
アルゴによれば、この層の迷宮区に行くには、フィールド上にある二つある関所のどちらかを突破する必要があるらしい。ただし、どちらもフィールドボスが鎮座しており、迷宮区に立ち入るには、フィールドボスの撃破が必須だ。迷宮区である千蛇城は、関所以外の周囲はお堀となっており、プレイヤーの侵入を許さない。また、城の後側は山という天然の城砦であるため、現在正面突破をするしかないという状況だ。この辺は、俺のベータ時の記憶と、あまり違いがないように思えた。ちなみに、この情報を買ったのは今日の朝食前だ。アルゴから料金を請求されると思っていたのだが、「アーちゃんの復活祝いとしてタダにしとくヨ」とメッセで送られてきていることはアスナには内緒にしておく。
シヴァタとリーテンの話曰く、現在の攻略集団であるALSとDKBは、それぞれ夕映の竹林ルート、夜藤の河原ルートからどちらが早く城に辿り着けるか競争していたらしいのだが、フィールドボス《ザ・サムライジェネラル》の繰り出す刀ソードスキルに手間取っているらしく、片方のギルドだけでは無傷で突破できないという結論を出したとのことだ。
そこで、それぞれ刀ソードスキルに対する立ち回りを練習した後、明後日の朝から夜藤の河原のフィールドボスに二大ギルド連合で殴り込みをかけるらしく、明日の夜にはこの層の中央部分にある《千蛇武家地》にて攻略会議が開かれるそうだ。
そんな状況の中、俺が気にしていたのは、キーになるクエストがあるかどうかだった。今までの階層でも、エルフクエストを含め、フロアボスの弱点情報が出たり、NPC、もといこの世界に生きるAIが一緒になって戦ってくれたりといったことがあった。十層では、エルフクエストの結末やアスナの様子もあったので、クエストは極力受けずにレベリングに勤しもうと思っていたのだが、少なくとも俺の目にはアスナが復活しつつあるように見受けられ、彼女の意思次第では情報収集も込みでクエストを受注しても良いのかも、と思っていた。とはいえ、ベータ時代はこの層では敵の刀ソードスキルを覚えることに時間を費やしまくっていたため、特にクエストを受けた覚えはなく、どのクエストが重要かも、そもそもどこでクエストが受注できるのかも、現時点ではわからない、という状況だ。
「明日の夜には武家地の方にいないといけないとして、今日のこれからどうしようか」
「明日までこっちにいても、明日の午後一時くらいに出れば余裕持ってつけるもんね。そう考えると、結構時間空いてるわね・・・」
と、俺とアスナが茶屋でお茶を飲みながら今後のことを検討しているとーーー
「よぉ!もしかしてキリトじゃねえか!」
そんな声が、遠くから聞こえてきた。思わず顔を上げる。それは、どこかで聞いたことのあるような声だった。そして、ずっと記憶の奥底に埋めていたもののような気がした。
声のした方を見てみると、そこにいたのは野武士のような無精髭を携えた、曲刀使いの剣士がいた。その姿を見て、思わず立ち上がって叫んでしまった。
「お前・・・クラインか!」
「よお。こんなところで会えるとは思ってなかったぜ。」
と、クラインは人の良さそうな笑みを浮かべて言った。
「なんだ、元気してたか」
「いや、それはこっちのセリフというか・・・」
一方、俺の方は言葉に詰まってしまった。こんなところで再開すると思わなかったためか、しどろもどろになる。クラインは、俺がこのゲームに来て一番最初に話した相手であり、そして俺が一層で見捨ててしまった相手だ。その負い目があるからか、口が思うように動いてくれない。アスナまでこちらを不安そうに見ているのがわかる。
「どした?黙りこくって」
「いや、そっちこそ、元気でよかったよ・・・」
最後の方の言葉は若干尻切れとんぼ気味だった。どうにも気まずくて、少しだけ視線を下げる。そんな俺を見かねたのか、クラインは逆に声のボリュームを上げてきた。
「なぁんだオメェ、もしかして初日のことまーだ気にしてんのか。こっちは見ての通り上手くやってるよ!」
と、クラインは何でもないかのように言ってくれた。
「いや、だけど・・・」
だが、俺の中ではどうしても、あの日のしこりが残っている。あの日、仲間を見捨てられないと言ったクラインに対して、俺は俺のエゴで一人で先に進むことを決めた。今となっては遠い過去だが、その事実はずっと俺の中から消えない。が、そんな俺を見たクラインが、俺の両肩を掴んで言った。
「だけどもへったくれもねぇよ!初日にお前から教えてもらったソードスキルのコツがあったから、俺たちゃ思ったより早く「はじまりの街」を出られたんだぜ?」
至近距離で視線が真っ向から突き刺さった。これだけ真正面から視線がぶつかり合うことは、アスナを除けばほとんど無かったことだ。だからこそ、その言葉は強く俺に響いた。
ーーーそうか。それでも、意味はあったのか。
そんなクラインの言葉で、俺は少しだけ、肩の荷が降りた気がした。
「・・・そうか。何か役に立ってたなら、よかったよ」
「そうだそうだ。感謝くらい素直に受け取っとけよ」
野武士面の剣士が、全く重力を感じさせない口調で言った。
「リーダー。もしかして、彼が?」
ふと、そんな声がクラインにかかった。後ろにいるのは、彼の言っていた仲間だろう。クライン含め全部で六人おり、各々異なる武器を持っている。斬撃、打撃、刺突と属性バランスの取れたパーティーに見えた。
「おう、そうだ、ちっと紹介はしねぇとな。こっちはキリト。このゲームで一番最初に会ったやつで、俺が伝授したソードスキルのコツも、元は全部コイツに教わったんだ。それから、こっちが・・・」
と言いつつ、一緒にいたメンバー全員の紹介を受け、握手をした。名前と特徴はそれぞれ、ねじり鉢巻の巨漢のカルー、痩せぎすな刺股使いのオブトラ、メイスと大楯を構えた青年トーラス、バンダナに口髭がトレードマークのジャンウー、黒髪顎髭の槍使いであるアクトと言うらしい。元来名前を覚えるのが苦手な俺は、パッと見で覚えやすい見た目の特徴とセットで覚えるようにしている。装備の方を見れば、まだ攻略集団ほどではないが、七、八層くらいはあるだろうか。あと何層かしたら、攻略集団に割って入ってくる可能性も全然あるだろうと感じた。
「ちなみに、ギルド名は『風林火山』だ」
そのギルド名を聞いて、俺は、そして多分アスナも、ちょっとだけ目を丸くした。なぜなら。
「どした?」
「いや、タイムリーだなと」
「?」
風林火山は、推定十層ボス候補である武田信玄が得意とした戦術だからだ。もちろん、どんなボスかは確認してみるまでわからないが。
「いや、俺たちさっき、ここのボスが武田信玄かもしれないって話してたんだ。」
無論、あくまで可能性の話だと付け加える。
「ほお、そうなのか。確かにこの階層じゃあ、お侍様が出てきてもおかしくないもんなぁ。本物の信玄が出てきたら、俺らが道場破りしちまうか!」
「そりゃまだ無理だよリーダー。俺らまだこの階層のマージン届いてないんだぜ」
ガハハと笑うクラインたち。メンバー同士の仲が良さそうだなと素直に思う。
と、そんな風に彼らを見ていると、クラインからも声がかかる。
「ところで、そっちは・・・?」
クラインは隣に座っているフーデットケープを被りっぱなしのプレイヤーに目をやったので、こちらもアスナを紹介せねばと思い、手を向けた。
「あー。こちらクライン。ゲーム開始初日に知り合ってな。最初、ちょっとソードスキルのコツとかを教えてたんだ。で、こちらがアスナ。今の俺の攻略パートナーだ」
と俺が言うや否や、アスナはフーデットケープを外した。フードに隠れていた顔が顕になり、自由になった髪が解けるように中空を舞う。
「よろしくお願いします。クラインさん。」
アスナは、それはもう見事な一礼を披露した。
瞬間、クライン以下六名が、目をまん丸に見開いたのがわかった。
「よ、よ、よ、よろしくお願ぃしますぅ!!」
声になってない声を出してアスナに負けないくらいビシィとした一礼をし、手を差し出すクライン。握手をする両者。
「クライン?」
挙動不審になったクラインを心配して声をかけるも、急に首根っこをひっ掴まれた。
「いやお前!どどどどうなってんだ!こんな美人さん連れやがって!!」
「馬鹿!静かにしろ!何のためにアスナがフーデットケープ被ってると思ってんだ!」
あまりの声量に、思わず一喝してしまった。言った瞬間、俺自身も「しまった」という顔をしてしまう。
「・・・あぁ、そうか。そりゃそうだな。すまねぇ。アスナさんも、騒いですみませんでした・・・」
一方、クラインも急に殊勝になった。おそらく、アスナを取り巻く事情を察知したのだろう。
「あー、いや、分かってくれればいいんだ。こっちも先に言うべきだった。」
俺も思わず騒ぎ過ぎてしまったと後悔する。これでは却って逆効果だ。SAOはただでさえ女性プレイヤーが少ないのだ。この辺は今後注意していかねば、と俺の心の反省ノートに書き加えておく。
「あ、いえ、私も、まぁ時々あるので・・・」
一方、アスナの方も若干苦笑いしつつも、ケープを被り直した。その後、他の風林火山のメンバーとも握手をし、挨拶を済ませると、クラインの方からちょっとした提案があった。
「まあでも、せっかく会ったんだ。ちょっと話さねぇか?」
その提案を受けて、アスナの方を見ると、問題ないですというように頷いていたので、じゃあよかったらそっち座ってくれ、と茶屋のテーブルに風林火山を促した。
ウェイトレスを呼び、一通り緑茶を頼んだところで、俺は彼らに対して気になっていたことをストレートに聞いてみた。
「ところで、なんで十層に?」
そう。未だ彼らの装備は二階層ほどは下の装備に見える。安全マージンの話をしていたので、現時点で外に出るのは危険だということはわかっているはずなのだが、なぜ十層に来たのだろうか・・・と、若干訝しんでいる俺がいた。PK集団のこともあったためか、現実世界の俺よりよほど疑り深くなっていることは自覚する。それでも、背に腹は変えられない。
「いやぁ、この層に刀が売ってると聞いてな。やっぱり日本男児たるもの、刀持たねぇと始まらねぇだろう?」
一方、返ってきた答えは、思った以上に簡素な理由だった。そういえばギルド名からして《風林火山》だったと俺も納得する。
「なるほどな。そりゃ武田軍が刀持ってなかったらカッコつかないか」
「そういうこった」
そう言うクラインや仲間たちに、裏がありそうな様子は見えない。だから、それ以上の追求をする気にはなれなかった。クラインにまで疑いの目を向けてしまう自分に少し辟易してしまうが、これもアインクラッドで生きるということなのかもしれないと思うと、PK集団と茅場晶彦に対してふつふつと怒りと恨みが沸いてきた。
一方、行き場のない恨みを空に向けてぶつけている俺に、クラインの方からもツッコミがあった。
「そういや、もしかして攻略集団で話題になってるコンビってお前らのことか?」
「・・・んん?」
そんな噂は全くもって聞いたことがない。この時点で、俺の中の嫌な予感センサーが反応した。だが、もし変な噂になっているのであれば、誤解は解かなければなるまいと決意し、思い切ってクラインに聞いてみる。
「えっと、ちなみに、それ、どんな噂?」
「攻略集団の有名コンビ。黒いのと赤いの。超強い。あとラブラブらしい」
「「ぶふっ」」
その異音は、俺とアスナが緑茶を噴き出す音だった。
「ラブラブて・・・」
そのワードチョイスだけでももうちょっと何とかならないか。
「違うのか?」
「違う!攻略パートナーだ!言葉を間違えるな!」
叫ぶ俺。ニヤニヤするクライン。一方アスナ嬢はというと、今朝方言っていた「好きなように思わせておけばいいんじゃない?」を実行していらっしゃるのか、特に訂正の言葉を放たなかった。今まで、こういう話が出た時に否定してたのはむしろアスナの方だったので、一体どんな心変わりがあったのか少しばかり気にはなっている。
「おお、わりぃわりぃ。でもお前ら、一般プレイヤーの間じゃ結構人気だぞ」
「マジかよ」
「なぁ」
クラインが仲間に声をかけると、風林火山の面々は全員ウンウンと頷きながら、口々に噂の内容を話してくれた。
「四層で船と船の間を飛び移っていったとか」
「五層じゃたった二人でフロアボス倒したとか」
「七層以降人間やめて吸血鬼になったとか」
ちょこちょこ嘘と真実が入り混じってるのがタチ悪い。中でもーーー
「黒いのは赤いのに尻に敷かれているとか」
「ぷふっ・・・」
コラそこ。アスナ。吹き出すんじゃあない。笑いが漏れ出てるの気付いてるんだからな。などともはや若干げんなりしつつも、クラインに尋ねてみた。
「というか、なんで噂なんかになるんだよ・・・」
「そりゃあ、下の連中の今の娯楽っていったら噂話ぐらいしかねぇからな。俺たちミドルプレイヤーでも、耳にくらいは入ってくるもんだ」
ゲームの中にいて娯楽が噂話とはなんたる皮肉・・・と思いつつも、それは実際そうなのだろう。それこそ、ただはじまりの街でクリアを待つことだって、攻略集団とは全く異なるベクトルの、尋常ではない精神力を要求されるはずなのだ。その辛さを俺がわからない以上、どうこう言う資格はない。だが、どうせ噂になるなら、俺やアスナではなくキバオウやリンドの方でいいじゃないか、という不満が顔に出てたのか、クラインが補足してくれた。
「二大ギルドはちょこちょこリクルートとかやってて、中層プレイヤーとも距離感が近いっつーか、その分お前らはたった二人でこの城攻略しようとしてるからかな。ちょっと噂話に尾ひれがつきやすいんだよ、多分な」
「別に二人で、じゃないよ。二大ギルドがいなかったら、今も先に進めていない。」
「まあ、実際はそうなんだろうけどよ。みんな徒党を組んで攻略しようとする中で男女コンビが活躍してたらそりゃそうなるぜ」
などとクラインは宣っている。コンビはコンビなりのメリットがあるんだけどな、と言う反論は無駄な気がしたので、もはや何も言わなかった。
一方、「もちろん二大ギルドの噂ももちろんあるぜ」と言うクラインから色々噂話を聞いた。それこそシヴァタのニル様下僕説とか、鼠のアルゴの髭についての考察とか、キバオウの髪は実は毎朝セットするのに30分かかってるとか、まあ有る事無い事言ってるなーというものが大半だったのだが、その中で、一つだけ気になることがあった。実のところ、ティアベルの名前が一度も出てこなかったのだ。たった一ヶ月前、去年の12月には、リーテンが「ティアベルは伝説化している」という話をしていたはずなのに。
死んだ人は人々の間から忘れられてしまう。それは、当たり前なのかもしれない。だけど、彼が命を賭けていたのを知っている。だから、その事実は、俺にとっては悲しいことで。ティアベルのことも、キズメルのことも、それこそコペルのことだって、全部纏めて、上に背負っていきたいと思ってしまったのだ。
「ところで、一個手伝って欲しいことがあるんだけどよぅ」
そんな話の中、クラインがややバツが悪そうに、俺たちに向かって切り出した。
「手伝って欲しいこと?」
俺とアスナは一度顔を見合わせて尋ねた。
「実は、この層で一個受けたクエストがあってよぉ。先に進めようにも、俺たちだと今んとこ8層くらいが安全マージンでな。危険だからちょっとばかり諦めてたんだが、もしお前さんたちが来てくれるなら、進められるかもなぁと思って。」
見れば、風林火山メンバーが全員「うんうん」と頷いている。ちょっとした圧を感じるのは何故だろうか。
「ええと、ちなみに、8層が安全マージンだと分かっていて、何で十層のクエスト受けたんだ?」
という、俺の疑問に対し、クラインがすこぶる言いにくそうに答えた。
「あぁ、その、だな。ALSやDKBの連中がクエストの情報教えてくれたらレアアイテムくれる、みたいなこと言ってるからよ。ちょっと乗ってやろうかなと」
と、そこで、俺は今朝方シヴァタとリーテンが言っていたことを思い出した。確か掲示板に情報が貼ってあるんで見てくださいとかなんとか・・・。
「そう言えば、そんなことをやり始めたって聞いたな・・・。ちなみに、レアアイテムってどんなものなんだ?」
「なんだ、オメェら知らなかったのか?ちょっと待てよ・・・」
そう言って、クラインはウィンドウを操作した。オブジェクト化したのは、緑と青の二枚のチラシだった。それぞれ、ALSとDKBのイメージカラーだ。それを手で取って、アスナと二人でチラシを見る。そこには確かに、クエストの情報を提供したら、見返りとしてアイテムやコルを渡すと記載してあった。だが、その細部の情報は、二大ギルドでかなり異なっている。
緑色のALSのチラシは、ぱっと見とてもとっつきやすい。デザインも中々しっかりしており、デフォルメ化されたキバオウが「団員になれるチャンスやで!」と言っている。報酬の方は、コルまたは七、八層クラスのレアアイテムの一覧が記載してあり、戦闘する際には一声かけてくれれば一緒に行く、とデカデカと安全注意も促していた。
一方、青色のDKBのチラシは、ALSに比べればかなり無骨というかシンプルだ。こちらは八、九層クラスのレアアイテムの提供をすると記載しており、アイテムの一覧は無い。また、「戦闘で不安なようなら一声かけてくれ」とこちらも書いてあるが、ALSに比べれば大分スペースが小さめだ。なんならリクルート関連のことは、どこにも書いていない。
なるほど、ここにはギルド理念がありありと現れているなと、俺は思った。そして、ミドルプレイヤーにとって、甘美な果実と同時に、危険を伴わせるものであると感じる。場合によっては、適正レベル以上の最前線の攻略を手伝え、と言っているのと同義だからだ。圏内だけでのクエストだと思っていたら、圏外に出て戦わなければならない可能性だって0ではない。それこそ、六層のパイサーグルスのクエストの時のように、一時的に圏外に出ることだってあるのだ。俺とアスナは、そこでモルテに襲われた。
そして、このようなチラシが出回った原因は、分かりきっている。「ベータテスターの知識が通用しない階層まで来た」からである。それが顕著に表れているのが、《アルゴの攻略本》だ。この十層に関しては攻略本に載ってある情報が今までよりかなり薄い。前もって言っておくが、アルゴを責めている訳では全くない。俺にも十層到達時、一度アルゴに会って覚えている刀ソードスキルと敵を一通り伝えたのだが、クエストに関する情報はほとんど持っていなかった。だから、この事態は、今まで彼女一人が、そして《アルゴの攻略本》が、どれだけのプレイヤーを救ってきたか、と言うことの裏返しであり。そして、十一層以降は、ずっとこうした戦いが強いられることの現れでもある。俺を含めたベータテスターも、いよいよ行動指針を変えていく必要があるのだろう。それをまざまざと感じさせる二枚のチラシだった。
「アルゴが心配だな・・・」
と、俺が漏らした。これより上の層は、ベータテスターに頼らず、アルゴもこれまで以上に自分の足で情報を集める必要が出てくる。あるいは、今までとは逆に、二大ギルドがアルゴに情報を提供する側になる、というパワーバランスの逆転が起こる可能性があるのだ。そうなった際、彼女が一体どう立ち回る気なのか、今の俺には想像がつかない。
一方、アスナは眉間に皺を寄せ、俺以上に難しい顔をしている。なかなかお目にかかれない顔だ。何を考えているのか気になって聞いてみると。
「もちろんアルゴさんもなんだけど、これは・・・」
アスナは物凄く深刻そうな顔で、俺の方を見てきた。
「どうした?」
俺がそうと聞くと、一旦目を瞑った後、何かを絞り出すように、彼女は話し始めた。
「・・・ALSとDKBに差が付くかもしれない。いえ、もしかしたら、もう付き始めているのかもしれないわ」
その意見は、俺は全く予想していなかった。彼女が俺と全く別視点で物を見ていることがわかる。一体どこを見てそう思ったのかと気になって、続きを促す。
「というと?」
「ねぇキリト君、この二枚のチラシを見た時、どっちの方に情報を届けたいと思った?」
「うーん?強いて言えば、より安全性を重視してくれるALSの方が、好感度が高いかなと思うけど」
「何も考えずに見れば・・・ごめんなさい、言葉が悪かったわ。私たち攻略最前線のプレイヤーや、今も下の階層に留まっているプレイヤーならそう考えるでしょうね。でも・・・」
そういって、アスナはクラインにチラシを向ける。
「クラインさん、あなたはどちらに情報を届けようと思ってました?」
「おお?そうだな、俺たちはどっちかといえばDKBだったぜ。アイテムがDKBの方がレアだからな」
アスナは頷く。俺も、そこでアスナの言いたいことに気がついた。
「・・・そうか。ミドルレイヤーのプレイヤーは、より実利があるDKBの方に情報を渡した方がいいのか」
俺やアスナにとってみれば、ALSのアイテムも、DKBのアイテムも、普通に攻略していれば手に入るから何とも思わなかったが、ミドル層のプレイヤーにとってみればそれは大きな差だ。だが、ALS側が七、八層のレアアイテム、DKBが八、九層のレアアイテムというのは、現状の両ギルドの余剰人員の安全マージンがそのレベルということを指す。それが、アスナの言う二大ギルドの差なのだろう。
「そう。だから、ALSに入ってくる情報は玉石混合になりやすい。言い方は悪いけど、下層のプレイヤーが適当な情報を持っていって、実は全然情報と違いました、みたいな事態が発生する可能性はDKBよりALSの方が高いわ。チラシが丁寧だからこそ、初心者はALSに話を持っていきたい。ALSはそのために、戦闘用の人員を割くと堂々と言っているしね」
「一方、DKBには、より前線に近いミドルレイヤーの情報が集まるから、信頼性が高いし、自分達がプレイヤーを守るために出張る必要性が少ないから、効率も高いか。」
「そして、ミドルプレイヤーたちとより接点を持てるから、多分、リクルートもしやすいのよ」
そこで、俺は再び二枚のチラシに目を落とした。ALSよりよほど無骨で不親切なDKBのチラシの方が、結果的にリクルート力が高いのは、中々に嫌な皮肉だと思った。
「・・・私は、理念としては、ALSの方に共感しているのよ」
アスナの気持ちはわかる。キバオウはところどころ強引なところはあるが、それでもアインクラッドにいるプレイヤー全体のことを考えているような態度が、節々で見受けられる。「全プレイヤーに均等な分配を」という理念が、このチラシ一枚とっても感じられる。
「でも、ALSがやっていることは、理想の追求であって、地に足がついてないんじゃないかってことか」
「・・・もしかしたら、キバオウさんたちも、それはわかっているのかもしれない。でも、ALSがDKBと差別化するとしたら、『ギルド理念』とか『ギルド哲学』のところだと思うもの。少なくとも、大義があるように見えるのはALSの方。だから、多少の無理を押し通してでも、プレイヤーへの印象を良くしたい、のかもしれないわ」
「でも、今までALSはそんなことをやってきてなかったよな。ギルド理念を差別化の武器として使ってきているってのは、それだけALS側も切羽詰まり始めてるってことなのかもな・・・でも、それは。」
「ええ。そんな無理な体制は、長くは続かない。そうなると、待っているのはDKBへの一極集中よ」
今までの俺とアスナのALS評は、よくDKBに喰らい付いている、という認識だった。でも、その要因の、少なく見積もっても四割はアルゴの攻略本によるところが大きいと感じる。それがなくなりつつある今、ALSの推進力が落ちてきていると言う話は、とてもリアルに感じられた。だが、もしそうだったとして、何故アスナがここまで深刻そうな顔をするのか、まだ理解できていないところがある。だから俺は、一つ深くに切り込んでみることにした。
「でも、DKBが強くなることは、悪いことなのか?」
そう。仮にALSの力が落ちて、DKBが大きくなっていったとして、重要なのは「攻略を前に進めること」だ。であれば、仮にDKBがこの後巨大ギルドになったとしても、推進力さえ保てれば、俺たちにデメリットはそこまでないはずである。だが、アスナはそれを見越していたかのように、言葉を続けた。
「・・・あの人たちには、責任がないわ」
その答えに、かつてアスナが三層でリンド相手に見せた、怒気を感じた。
・・・久々に見たかもしれない。アスナが本気で怒っているところを。
「彼らは、自分たちこそがアインクラッドの最前線だ、という自覚がある。でも、その責任を、果たしてない。いえ、わかっていて無視しているのよ」
「責任?」
「彼らは、自分たちが他のプレイヤーより上に立っているという自覚があるわ。アインクラッド全体を一つのヒエラルキーとみなした時、DKBは間違いなく最上位よ。だからこそ、他のプレイヤーに対するそれなりの配慮が必要だと思う。少なくとも、このチラシの中で、ALSと同じくらいには、安全注意について記載しておくべきだと思うわ。でも、彼らはそれをしていない。あわよくばいい情報を手に入れて、あわよくばいいプレイヤーがいたらリクルートしよう。その過程で誰か死ぬような事態になっても関係ない。このチラシは、そういうことを言っているのよ。彼らは、これがゲームだから、レベルなんてゲーム上の数値でしかないからと言う詭弁を使って、ただリソースの独占だけを考えているように見える。規律もなければ理念もない。力の強いだけの無責任な集団。そんなの、猿の集まりのようなものよ」
それは、あまりに強烈な物言いだった。強烈すぎて、俺も思わず反論してしまう。
「・・・でも、個人個人で見れば、DKBのメンバーだって、アインクラッドのこと考えてるように見えると思うんだけどなぁ。DKB内での規律も大分きっちりしてそうだし」
リンドとそこまで喋ったことはないが、ハフナーだって悪いやつではないし、シヴァタに関してはそれこそ今朝方楽しくお喋りしてたではないかと思ってしまう。
「・・・集団と個人は違うもの。個人個人がいくら個別にそう考えていても、集団としての理念がなければ、いずれ力に飲み込まれる。もし個人に責任を求めるのであれば、それはリーダーであるリンドさんの責任よ。本来であれば、彼が対外的な規律と理念を、少なくとも片方を掲げなければいけない。」
アスナはそれを、ピシャりと切って捨てた。
「でもそれを言うなら俺にだって・・・」
責任があると思う、と言いかけてたところをアスナに強引に遮られた。
「いいえ。それは違うわ。」
彼女は、キッパリと断言した。
「あなたは、コンビプレイヤーという立場から、攻略集団のためにできることを、バランスを取ろうとしてるじゃない。自分の立ち位置を把握して、何ができるかを必死に考えて、行動に移している。なのに・・・。それなのに、あの人たちはできるはずのことをやっていない。そこに一番腹が立つのよ。」
なるほど、アスナの怒りポイントはそこかと、少しだけ理解した。恐らく、彼女はDKBのチラシの中に潜む、僅かな下心を見つけてしまったのだ。
「結果、ALSとDKBのバランスが崩れる。そうすれば、何が起こるかわからない。均衡が崩れて焦ったALSが、ボス部屋に突撃して大損害、みたいなこともあり得るわ。DKBはそれを止めないかもしれない。それだけじゃない。生じた歪みが集約される先は、きっとーーー」
そこまで言って、榛色の瞳が俺を見つめた。双眸が突き刺さる。俺は、たったのチラシ二枚からアスナが一体何を推測したのか、その奥行きを測ることができなかった。そしてーーー
(この人は、誰だ?)
今まで一度も感じてこなかった、この仮想世界における『アスナ』という輪郭が、今この瞬間だけ、ぼやけた気がした。
ーーーアスナ。君には何が見えているんだ。
「まあ、難しい話は俺にはわかんねぇけどよ」
戦慄すら感じる雰囲気の中、口を挟んだのはクラインだった。
「要するに、ALSとDKB以外にも力のあるギルドが必要ってこったろ?」
こいつ、あのアスナの話を物凄くはしょりやがったぞと思いながらも、言っていることは的を得ている。少なくとも、二大ギルド以外にもクラインのところやエギルのところのような、小規模集団が個々で力を持てば、DKBへの一極集中は防げる。
「まぁ、それは、その通りだと思いますけど・・・」
と、アスナも一瞬で毒気を抜かれてしまったようで、急激にその輪郭を取り戻していた。
「だったら、俺らがそうなってやろうじゃねぇか、なぁ!」
ーーーそうだそうだ!
とはしゃぐメンバーたち。
「つーわけで、俺らも頑張るぜ。お前らも、なんかあったらいつでも来いよ。ウチはノー履歴書ノー面接だぜ?」
「飲み会ばっかだけどな!」
後ろのメンバーもガハハと笑っている。その場の雰囲気が一気に弛緩したのを感じた。ああ、いい奴らだな、こいつら、と俺は直感的に思ったのだった。
「で、だ」
クラインが改めて仕切り直した。
「クエストの方、お願いできたりするか?」
そういえばそうだった、と俺も思い直す。二枚のチラシから思わぬ方向に話が広がってしまったが、そもそも最初の話は彼のクエストを手伝うかどうかという話だった。
「どうする?」
とアスナに聞いてみると。
「私は、キリト君が良ければ。元々レベリングかクエスト受注かしか選択肢はなかったと思うし、明日の午後までにここを出られればいいわ」
と、彼女の方も問題なさそうだったので、OKを出すことにした。
「分かった。と言うわけで、明日の午後一までっていう制限はあるけど、よろしく頼む、クライン」
そんな流れで、ここに、ギルド風林火山と俺たちの一時的な協力体制が出来上がった。