プログレッシブのノリで攻略するアインクラッド第十層 (旧題:2023-01 アインクラッド第十層にて) 作:ki-sou777
この千蛇城下町を貫く川を、「白河」と言うらしい。白河の白は白蛇の白なのだろうか。川沿いに立ち並ぶ木々の葉は、紅く色づいている。その葉が風に飛ばされ川へと落ちる。結果、白川は今、橙に色づいていた。俺たちは、クラインに先導されるまま、川沿いをかなり長い間下っている。
「ちなみに、クエストの内容ってどんなものなんだ?」
「あー、内容自体は夜藤の河原にある「とある物」を取りにいく、って物なんだがな。」
「とある物?」
クラインの歯切れの悪い言い方にやや引っ掛かりを覚える。
「ああ。実際何なのかは俺も知らないんだよ」
おいおいそれ大丈夫なのか、とは思うが、クエストの内容によってはそのようなことも多い。
「多分、本人から直接聞いたほうが早いぜ」
と言うクラインが指差したのは、京都の宇治橋に似た「ホオヅキ橋」の、橋梁下。普通に橋を通っただけでは気づかない場所。そこに、女性が一人、佇んでいるのが見えた。遠目からカーソルを確認する。色は黄色。少なくとも俺の目にはNPCという存在として映っていた。
クラインたちがスタスタその女性に近づいていくので、俺とアスナもその後ろから追っていく。何でこんな分かりづらい場所にNPCがいるのだろう、と思ったが、それはこの後聞けばわかることだ。
「お初さん」
と、クラインが口を開いた。その声を聞いた女性が振り返る。
そこにいたのは、割と年若い女性だろうか。アバター上では年齢はせいぜい十代後半くらいに見える。エルフのような例もあるので、この子が見た目通りの年齢ではない可能性も全く捨てきれないが。容姿は黒髪ショートで後ろをお団子ヘアまとめており、薄い藍色の着物を着ている、中々に可愛らしい女性だった。
「クラインさん!みなさん!」
どうやら、彼女の方もクラインや風林火山のことを既に知っている様子らしい。
「遅くなってすまねぇ。こっちもようやく準備が整ったんで、改めて話を聞かせてくれねぇかな」
と答えるクライン。一方、彼女の視線もこちらに向いた。俺を見て、その後、アスナに目線を移す。アスナとやや目が合う時間が長かったようだが、やはり、女性が珍しいからであろうか。
「クラインさん、この人たちは・・・」
「ああ。ちょっと助っ人を用意したんだ。この二人は、今、この天柱の塔の最前線を突っ走ってる奴らだから、強さは保証するぜ」
クラインの方も中々にこのアインクラッドの世界観に合わせた説明をしてるなと、少しばかり感心する。一方、それを聞いた彼女の方も少し驚いた様子で言った。
「それは心強いです!」
あんまり期待されても困ってしまうが、とはいえクラインの言っていることは間違いではないので、やんわり肯定しつつ、俺とアスナも挨拶した。
「あぁ、まあそんなところかな。俺はキリト。剣士です」
「わたしはアスナよ。同じく剣士」
そう言うと、彼女はアインクラッドお決まりの発音調整シークエンスを行った。
「キリトさんとアスナさん、でよろしいでしょうか」
その言葉に頷く。
「初めまして。私は初と申します」
そう名乗った彼女への印象をやや改める。見た目は柔らかいが、その目や話し方からは、彼女の意思を感じた。彼女も今まで俺たちが出会ってきたAIのように、自律した思考を持っているのではないか、と俺は直感で感じとった。一方、NPCのカラーカーソルを見やると、Hatsuと書いてある。古い日本人の名前をローマ字にすると違和感が凄いが、今更そんなことを気にするでもない。
「クラインさんから何かお話を聞いてますか?」
「夜藤の河原にものを取りにいくってことは聞いたよ。でも詳細は何も。よかったら話を聞かせてもらえるかな」
そう俺が言うと、一瞬の間の後、彼女が言った。
「・・・わかりました。では、改めて私の方からお話させて頂きますね。依頼の内容は、キリトさんのおっしゃった通り、私と一緒に、夜藤の河原の奥地にある、とある物を、取りに行って欲しいのです」
彼女はクラインと全く同じ言い方をした。随分曖昧な表現だなと思うが、続きを促す。
「その、とあるものって、何だ?」
「中身は、私も知らないのです。ただ、夜藤の河原の奥地には祠があり、その中に祀られているものが、大名を倒す手段になるかも知れなくて・・・」
「大名・・・?」
この十層に大名なんていたっけかなと記憶を辿ろうとした時、お初さんが驚愕の追加説明をした。
「はい。千蛇城にいる、大名様です」
「千蛇城って、まさか、フロアボスの・・・?」
俺 と同じようにアスナも目を丸くして聞いている。これはもしかして、この層における最重要クエストを引き当てたのではないだろうか。あまりの急展開に、一瞬思考が停止してしまう。
「キリトさん・・・?」
フロアボス、というプレイヤー特有の単語に馴染みがないのだろう。しまったと思いつつ、慌てて取り繕う。
「あぁ、いやごめん。その、俺たちもあの城にいる大名を倒す必要があったから、願ったり叶ったりだよ。ただ、話が急だったから驚いてただけで。」
「・・・そうですよね、大変申し訳ありません」
「いや、いいんだ。ところで、何で俺たちにそんなことを?っていうか何故そんなことを知っているんだ?」
などと、思わず思考を全部質問に変換してしまった。何も取り繕えていない。結果、隣にいるアスナに思いっきり嗜められる。
「ちょっとキリト君。いきなりそんなたくさん人に聞かれても答えられないでしょ。・・・ごめんなさい。この人、ちょっとせっかちなところがあって・・・」
「いえ、こちらこそ旅のお方に無理なことを言っているのはわかっていますので、どうかお気になさらないでください。・・・そうですね、ことの経緯を最初からお話致しますね」
彼女はそう言って、俺とアスナと、それからクラインたちにも一度目をやり、話し始めた。
「あなた方は、夜藤の河原にはもう行きましたか?」
俺とアスナは揃って頷く。
「あそこに大名の配下がいませんでしたか?」
配下、というと、《オロチ・ザ・フットソルジャー》のことを指しているのだろうか。
「落武者みたいな奴らはうじゃうじゃいましたが、あいつらですか?」
落武者、と言う言葉が通じるかどうか怪しいところではあったが、彼女は問題なく頷いた。
「はい。彼らは大名の配下なのですが、夜藤の河原に現れたのは、割と最近のことなのです」
「えっと、最近っていうと、いつくらいになるんだ?」
「だいたい二ヶ月半前くらいですね」
二ヶ月半前、というと、ちょうどSAOのサービス開始時だ。おそらく、ゲームの開始時点から、フィールドにモンスターが現れた、と言うことなのだろう。
「彼らは、大名を城から解放するために、あるものを探している、らしいのです」
「あるもの?」
「中身は分かりません。ただ、『それ』は大名の泣き所であると同時に、彼を城に縛り付けている封印の要らしくのです。配下に見つかって壊されてしまうと、大名が城の外に出てきてしまう可能性があります。それを避けたくて、みなさんにこうしてお願いをしておりました」
それはつまり、放っておくとフロアボスが迷宮区から出てくる、と言うことだろうか。そんなことなんてあり得るのか?と理性は訝しんでいるが、一方で直感の方はあり得る、と言っている。このアインクラッドでは、物理的、あるはゲーム的に起こりうることは全て起こりうると、俺は今までの九層分の経験から学んでいる。であるならば、このフロアでもたついていると、フロアボスの方からプレイヤーを殺しに来ることを念頭に入れておかねばならない。
ただ、それはそれとして。その情報を持っている「初」は何者だろうか。今のところ不穏なものは特に感じていないが、フロアボスの弱点が手に入るかも知れない都合の良さを前にして、俺は疑念が先に来ていた。
「事情は何となく分かったよ。確かに、大名は俺たち旅人にとっても倒さなければいけないものだから、お初さんの依頼を受けたいと思ってる。でも先に一個教えてほしい。君はなぜそんな情報を知っているんだ?」
なんとなく名前の呼び捨てを避けたくて、クラインが言っていた「お初さん」という愛称を借りながら聞くと、彼女はやや観念したように話し始めた。
「これは、他の旅人の方にもあまり言わないで欲しいのですが・・・」
その言葉に俺とアスナは同時に頷く。それを見た彼女は言葉を続けた。
「私の家は、ここよりしばらくいったところの武家屋敷の方なのです。私の父は、そこで神社の神主をやっています。」
その情報だけで、俺は何となくの事情を察した。
なるほどこれは和風ファンタジー、あるいは伝奇モノで定番のやつ、と思いながら話を進めてみる。
「お初さんは《白蛇大社》の神主の娘ってことか。もしかして、《白蛇大社》ってこの辺で一番力が強かったりする?」
「・・・はい。よくご存知ですね。流石は旅の方。」
「いや、あの立派な神社を見れば、何となくは想像がつくよ」
隣でどう言うこと?という顔をしているアスナを見て、お初さんがさらに補足をした。
「キリトさんがおっしゃった通り、この十層、《千蛇ヶ原》では、《白蛇大社》が昔から信仰を集めていて、非常に力が強いのです。力だけではなく、ここの歴史の編纂を行なっていたり、祭事を執り行っていたりと、この平原に住む人々の中心である、と思っています。自分で言うのもどうかと思いますが」
「なるほど、そういうことね」
と、アスナも得心がいったのか、頷いている。要するに、この十層の中心が《白蛇大社》で、そこで過去の歴史の編纂もしている。だから、神社の娘であるお初さんも、大名の封印や弱点のことを知っている、と言うわけだ。
が、そうなってくると今度は別の疑問が頭をもたげてくる。この際だから全部最初に聞いてしまえと思い、質問を重ねた。
「ごめん、重ねて質問なんだけど、何で君はこんなに分かりにくい場所で人を待っていたんだ?神社の娘さんなら、それこそ《白蛇大社》で旅人を捕まえたほうが早いと思ったんだけど」
そう聞くと、お初さんは視線を下げ、やや答えにくそうな態度を取った。正直こちらとしても尋問のような形になっていて申し訳なさが込み上げてくるのだが、こちらも命が掛かっている以上、聞くべきことは全て聞いておかねばならない。俺は彼女が口を待っていると、お初さんは観念したかのように口を開いた。
「・・・父に見つかりたくなかったためです。」
「お父さんに?」
それは、お初さんのお父さん、つまり《白蛇大社》の神主が、大名の封印が解かれても良い、って思ってるってことなのだろうか。もしそうであれば、敵はフロアボスだけではない、ということだが・・・と思考を巡らすと、それを見越したかのようにお初さんも説明を続けた。
「実は、既に一度、父を含めた神社の者が、今回の事態に際して夜藤の河原に物を回収しに行きました。ですが、大名の配下が思った以上に強くて、結局祠に辿り着けなかったのです。そんな時、この天柱の塔を登ってくる旅人が来ると言う噂を聞いて、私はその者たちに協力を依頼したらどうかと父に頼みました。ですが、頑固者のため、『余所者の力を借りるなど言語道断』などと言って、その案を突っぱねられてしまったので、こうなったら私一人でもと思い、父の目を抜け出して、城下町の方までやってきた・・・ということなのです。うちの父はここの城下町でも有名で、私もこんな立場なので大通りの方に出ると顔が割れてしまうので、ここの橋梁の下にいるしかなかったのですが・・・。それを見つけて下さったのがクラインさんなのです」
『余所者を嫌う頑固者の神主』というところに、ほんとに和風ファンタジーにありがちなやつ〜と妙なところで感動している同時に、クライン超ファインプレーでは?という賞賛の念が湧いてきた。ここまでの情報が正しければ、恐らく、彼女はこの階層のキーパーソンの一人だ。
「そういうわけだ。勿論手伝ってくれるよな?キリの字」
などと、クラインからは妙な名前の略され方をしたが、内容に相違はない。
「勿論。お初さん、言いにくいことを色々答えてくれてありがとう。俺とアスナも、一緒に祠に向かわせてほしい」
と、俺が言うと、彼女が柔らかな笑みを浮かべてお礼を言った。
「ありがとう、ございます」
その、アスナとは違ったタイプの笑みを真正面から喰らって、思わず顔が赤くなったのは気のせいだし、隣でアスナが「ほーう」というような表情で俺を睨んでいるのも断じて気のせいだということにしておく。しておくったらしておく。
その時、カラーカーソルの上にクエスト受注開始マークの【!】が浮かんだ。
(・・・ん?)
俺はそこで、一つの違和感を覚えた。
(どうしてこのタイミングでクエスト受注マークが出るんだ?)
基本的に、SAOのクエストは、どのNPCからクエストを受注できるかが遠目でも分かりやすいように、話しかける前からクエスト受注可能の立体マークが浮かぶようになっている、はずだ。これは今のところ例外はない。特に、ストーリーの一番最初となるクエストに関しては。
だが、今回のお初さんに関して言えば、挨拶をして、名前を確認して、一通り話を聞いてからクエスト開始マークが出現した。これは、先にクラインたちがクエストを受注していたために発生した処理なのか、あるいは何か別の判定があって、その結果出現した処理なのか、どちらなのだろうかーーー
◆
さて、そんなわけで、合計九名パーティでやってきた夜藤の河原。お初さんが言うには、祠の具体的な場所まではわからないのだが、大まかな場所はこの層の北北西の部分らしいので、ひとまずそちら側に向かって歩いていくことにした。
流石に一塊で動くには人数が多いなと感じたので、風林火山の面々に前衛を、お初さんをパーティの真ん中に置いて、俺とアスナがお初さんの護衛兼、後方への不測の事態への注意をする、という体制にした。安全マージンのことを考えるなら、風林火山の面々は本来後衛におくべきだが、彼らの平均レベルはLv18〜19程度だったので、相手モンスターが一、二体であれば十分に戦えると判断し、前衛に置いて戦闘の様子を見させてもらうことにした。
「スイーーーーッチ!」
パーティのタンク役のトーラスが、《オロチ・ザ・フットソルジャー》の刀ソードスキルを弾きながら叫んだ。技後硬直の隙を逃さずに、クラインとカルーの二人が、ソードスキルで敵を青白いポリゴンに変える。俺もアスナも、何かあったらいつでもサポートに入れる体制にしておいたのだが、思った以上に彼らの戦闘が安定しているため、その必要はなさそうだった。
「皆さんお強いですね」
と、お初さんも言っているが、俺もそう思う。
「顔に似合わずクラインが慎重なんだよな。」
「そうなんですか?」
「うん。ほら、HPバーがあと少しってところで、無理な追撃に行ってないんだ。戦闘だと、安全の確保が一番大事だからな」
と言うが、お初さんの方は戦闘にあまり知見がないのか、頭にはてなマークを浮かべている。
「HPバーって言われてもわかんないわよ」
「あっ」
などと微妙に棘のある指摘がアスナから入り、発言を訂正する。
「要するに、相手の体力が少なくなってきてからも、無理せず確実に行ってる、ってことなんだけど・・・わかるかな」
「えっと、手堅い、ってことですよね?」
「うん、まあそんな感じ」
などと、どうにもふにゃりとした返し方をしてしまった。最近、アスナとの会話があまりにもSAOの攻略に寄りすぎていたのか、話の内容を人に合わせて調節することをすっかり忘れてしまっていたようだ。これ、現実世界に戻った時に人ときちんと話せるかな・・・などと要らない心配をしていると、クラインたちが戦闘を終えたようだ。
「どんなもんよぉ!!」
とクラインたちがドヤ顔でこちらに向かって手を振っている。はてさて、アピールしたいのはお初さんなのかアスナなのか・・・。少なくとも俺ではないだろう。と思っていると、野武士たちが戻ってくる。
「どうだ、中々のもんだろう」
「おう。見た目に反して連携が取れててびっくりしたよ」
「そりゃどーいう意味だ」
などと軽口を叩いていると、クラインが「そういえば」と言う顔をして言った。
「ところで、お前さんたちの戦闘も見せてくれねぇか?」
「合わせるぞ!」
「了解!」
十層の強敵である《オロチ・ザ・フットソルジャー》だけでなく、羽虫型Mob《ブラック・クリーピー》、狛犬型Mob《ホワイト・ガーディアンドッグ》が同時出現したが、複数のモンスターが同時出現した際のセオリーはいくつかある。そのうち一つは、一番弱いモンスターを速攻で倒し、とにかく囲まれないように立ち回ることだ。
この中で一番体力の低い《ブラック・クリーピー》に対して、俺が《ソニックリープ》を、アスナが《リニアー》を同時に当て、撃破と同時に包囲網をくぐり抜ける。
その後、《オロチ・ザ・フットソルジャー》の持つ刀が光ったのが見えたので、即座に敵の刀身に俺の刀身を当て、ソードスキルをキャンセル。
「スイッチ!」
通常のソードスキルの技後硬直より短い敵のノックバックのタイミングを狙って、アスナの持つ細剣の鋒が閃いた。彼女の持つ《シバルリック・レイピア》もついに+13になっており、いよいよ強化限界が近づいているが、お陰でその恐るべきスペックを十層でも遺憾無く発揮している。彼女の一撃で、六割近く残っていた《オロチ・ザ・フットソルジャー》のHPが一気に消し飛んだ。
一方、残っていた《ホワイト・ガーディアンドッグ》が、アスナの技後硬直を狙って突進をするが、こちらは俺がタイミング良く単発斜め切りソードスキル《スラント》を発動させ、敵を真っ二つにしたところで、戦闘が終了した。
「GJ」
と、アスナもすっかり慣れた業界用語を使って拳を突き出してきたので、俺も「GJ」と返して拳を合わせる。昨日夜まで続いた不調も、ぐっすり寝て元に戻ったのか、スイッチのタイミングのずれもない。俺たちは小気味良いスピードで敵を青白いポリゴンに変えていけた。
ちなみに、俺が今使っている剣は、《クイーンズ・ナイトソード》と言って、エルフクエストの報酬で女王陛下から賜ったものだ。刀身の紋様がオニキス色をしており、鍛治士のランデレン曰く、ダークエルフ最高傑作の一品。筋力と敏捷の強化、ソードスキルのクールタイム短縮、スキル《隠蔽》成功率の補正の効果が素でついており、その強化回数はアスナの愛剣《シバルリック・レイピア》の+15を超える驚きの+21。おそらく、十七、八層あたりまでなら、強化していけばなんの問題もなく使えるだろう。
そんなこんなで、敵を倒してクラインたちのところまで戻ると、全員ちょっと引き攣った顔をしていたのが見えた。
「ど、どうした?」
「いやそのだな。攻略集団ってみんなこうなのか?」
「こう・・・っていうと?」
歯切れの悪いクラインに俺が聞き返す。
「だからその、敵を倒すスピードとか、連携の精度とか・・・」
「あぁ、まあ、俺たちは二人揃ってアタッカーだからな。中途半端に敵の攻撃を受けるより、先に攻撃して敵を少なくした方が安全なんだよ」
と俺が答える。このスタイルを確立してからも、試行錯誤の連続だったのだが、今後もより精度は上げていかねばなるまい。
「にしたって早すぎねぇか。てかなんだよ。敵のソードスキルってあんな簡単にキャンセルできるもんか?」
「いやぁ、俺たちここ三日ずっと夜藤の河原で敵を倒してたからな。スキルの見切りの精度が上がってきただけだよ」
これは謙遜でもなんでもない。十層に上がった初日なんかは、記憶を頼りに相手のソードスキルを見切ろうとするも、やはりタイミングを思い出すまでは結構苦労したのだ。ソードスキルのキャンセルは、タンク役がいない我がコンビの唯一の生命線と言ってもいい。だからこそ、十一層以降の未知なる敵に対しては、俺たちもより慎重にならざるを得まい・・・などと、会話中にも戦闘の批評を脳内で行なっていると、お初さんの柔らか目な声が届いた。
「皆さん、そろそろ目的地に着く、と思います」
やや歯切れの悪いお初さんの言葉がちょっと気になり、俺も聞き返す。
「そういえば、具体的な祠の位置って、お初さんもわからないのか?」
「私も直接は言ったことはなくて・・・。ただ、父が言うには、それはもうたくさんの藤の花が咲いていたらしいので、まずは、それを目印にできればと。あとは、この子が教えてくれると思います」
「・・・この子?」
そう言って、お初さんは腕を横に伸ばした。その、薄い藍色の着物の中から、ニョロニョロとした白いものが、顔をひょっこりと出した。
「ひゃっ・・・!!!」
思わずビクゥという擬音が聞こえるくらい体を仰け反らせたアスナの薄い悲鳴が聞こえてきた。無理もない、俺も一瞬びびってしまったくらいだ。
「白い、蛇・・・?」
「ごめんなさい、そういえばまだこの子の紹介をしていませんでしたね」
お初さんはクスクス笑って、なんでもないかの様に言った。そこにいたのは、全長1m程度の、小さな白蛇だった。目は赤くくりくりしており、現実世界でもそうそうお目にかかれない代物ではないだろうか。
「は、初めて見ました」
「わ、私も・・・」
今まで散々クソデカ羽虫やクソデカ熊なんかと戦っているので、見た目上はそこまで驚く要素はないのだが、人間の袖から急に蛇が出てくること自体がちょっとした異常事態だと思ってほしい。俺とアスナは未だ驚愕の余韻にいたが、一方クラインたち風林火山の面々はワイワイガヤガヤと賑やかだった。
「おお、こいつ中々かわいい顔してるな」
などと、白蛇に手を当てて怪しいことを呟いたりしている。その蛇は細く、クラインたち大の大人の手であれば、簡単に握りつぶせてしまいそうだ。
「お初さん、こいつの名前、なんて言うんです?」
とクラインが尋ねる。おいおい馴染むの早いなと思っていると、お初さんが言葉を返した。
「名は、ありません。蛇に名を与えるのは、太古の昔から禁じられているので・・・」
「おぉ、そうなのか」
「元々、白蛇は幸運の象徴で、その名の通り、白蛇様の化身なのです。なので、無闇矢鱈に名前をつけるのは、神の格を落とすことに繋がりかねない、と言うのが、私たちの習わしで・・・」
それを聞いて、俺はなるほど、と思った。蛇は神であり、人間が蛇に名を付けることは、神と人の立場が逆転してしまう、ということなのだろう。なんとも日本っぽい信仰の在り方だなぁと思うと同時に、九層までのエルフ達とは大分異なる信仰の在り方だと思う。おそらく、大地切断までは一〜九層は割と近い土地同士が重なり合っていたのだと思うが、この十層以降はまた全然異なる土地が重なっているのではないかと予測する。十一層以降は十層と同じく和風の街並みがしばらく続くのか、あるいは全く別の光景になるのかは、今の俺では予測がつかなかった。
「じゃあお初さんも神の使いってことっすね!」
一方、クラインはそんな軽口を叩いている。その口の軽さは見習いたいとこだが俺がアスナに軽々しくそんなこと言ったらぶっ飛ばされそうな気がするので、あまり参考にはならない。などと、実のないことを考えていると、今度はおずおずとアスナが口を開いた。
「ちなみに、お初さん、今までずっとこの子と一緒に・・・?」
恐らく、「お初さんは今までずっとこの小さな白蛇を着物の袖に隠していたんですか?」というようなことを言いたいのであろうが、アスナにしては珍しく口がちゃんと回っていない。
「はい。少し前・・・。大体三ヶ月ほど前に私の前に現れてからずっと一緒にいます。」
(三ヶ月前・・・か)
お初さんは、SAOサービス開始前の出来事を口にした。エルフクエストの時も再三感じていたことではあるが、サービス開始前のアインクラッドは、どういう状況だったのだろう。この量のシナリオは、もはや単純にシナリオライターが人力で描ける量を超えているし、恐らくこれがきっと百層分続くであろうことは、想像に難くない。であれば、やはりAIたちがベータの時のプレイヤーの会話を元に、与えられた設定を土台として「成長した」、と言うことなのだろうか。だが、二○二三年現在の技術を使っても、いくらディープラーニングで会話を学習させたとしても、ここまでの精度で会話を再現できるものなのだろうか。あろうことか、彼らAIは、俺とアスナの心に明確に傷を残している。茅場晶彦は、一体どんな技術を使ったというのだろう。
訝しんでいる俺を他所に、お初さんは言葉を続けた。
「白蛇が現れた際には、本来であれば、大社総出で盛大に祀るのです。私も、最初は父にこの子のことを知らせようと思ったのですが、この子がそれを嫌がるそぶりを見せました」
彼女は思い出すように目をやや細めながら言った。そこに、アスナが質問を入れる。
「お初さん、この白蛇さんの言うことがわかるんですか?」
「なんとなく、ですけどね。ただ、この子が私の前に現れたことには何か意味があると思っていたら、今回の事態が起きました。元々、この子がうちにあった地図を勝手に開いて、祠の場所を示したので、これは私に与えられた神託だと思って、動いているのです。」
「・・・そりゃあ完遂しないとな」
決意を新たにしたのはクラインだ。顔が真剣だったのだが、彼の場合本気でそう思っているのかカッコつけてるのか若干判断に困る。が、お初さんにはストレートに伝わったようで。
「よろしくお願いしますね」
と、微笑みながら頭を下げていたのが見えた。
さて、時刻は既に夕方だ。藤の花が夕焼けに照らされており、非常に色彩豊かではあるが、もうすぐ夜となると、これは今夜はインスタンスで野営になるなと考える。犯罪防止コードがあるのであんまり心配してはいないが、男が七名もいるパーティーなので、アスナがきちんと寝付けるようフォローはしておこうと思う。というか、今までのパーティーメンバーを思い返せば、アルゴ、キズメルにはじまり、ミィア、セアーノ、キオ、ニルーニル、etcetc・・・。挙げ句の果てに女王陛下まで、ほとんど女性であったことを思い出す。なので、今回の男が多いパーティは、それはそれで新鮮だったりするのだ。
だが、野営のことを考える前に、今進行中のクエストは終わらせておかねばならない。そう思っていると、ちょうどお初さんの方から声がかかった。
「こっち、だと思います」
そう思って歩いって言った先には、見渡す限りの藤花の山があった。こいつは凄いな・・・と思っていると、彼女はどんどん先導していく。そして、たどり着いた先には、岩戸、と表現するのが正しいのだろうか、大きな岩山が、道を塞いていた。この奥は切り立った崖であり、何もなさそうだが・・・などと思った瞬間、お初さんが手を翳し、何かを唱えた。
瞬間、青白い光と共に、岩山が動く。いや、開くと表現した方が正しいだろうか。10mはあったはずの岩が横にずれていった。
「・・・えっと、今のは?」
「この地に伝わる古いまじないのようなものです。大地切断のお陰で、残っている秘術はほとんどないのですけどね」
なるほど、と強引に自分の中で納得させた。クライン以下六名も全員固まっている。それを見て、俺は頭を瞬時に切り替えた。
お初さんが開けた先は崖の中に通じる洞窟である。ここから先は、どんなモンスターが出てくるかわからない上、暗闇で視界が悪い。幸い俺には索敵スキルがあるので、敵が出現した時にも先手を取って対応できる。欲を言えば吸血鬼化していた時の暗視があればな、と思うも、ないものねだりをしてもしょうがないので、クライン達に少し相談をする。
「クライン、前衛と後衛、交代した方がいいかもしれない」
安全マージンの足りない彼らに、視界の見えない先頭を行かせるのは危険だと判断した俺は、戦闘とお初さんの護衛の役割を入れ替えることを提案した。だが、クラインは俺の提案にかぶりを振った。
「いや、いい。俺たちに先導させてくれ」
おいおい、ここでカッコつけてる場合じゃないぞ、と言いかけたところを、クラインに静止された。
「ちょっと静かに」
一体何を・・・と訝しむ俺を他所に、クラインは目を閉じて何かに集中している。俺は、その動作から、とある一つのスキルの存在に思い至った。
「・・・まさか、聞き耳スキルか?」
本来、スキル詮索はマナー違反ではあるが、思わず聞いてしまった。それに対してクラインは頷く。なんでそんなレアなスキル取ってるんだ、と突っ込みたかったが、そこまで踏み込むのは失礼だろうと思い、追求は避ける。だがしかし、聞き耳スキルがあるなら話は色々と変わってくる。暗視のない現状、モンスターの足音やリポップ音で、どちらから敵がやってくるのか分かるだけでも、パニックを避けることができる。
「取り敢えず今のところ中には敵はいなそうだ」
とクラインがメンバーたちに向けて声を上げた。なるほど、中々様になっているじゃないかギルドリーダー。と、内心感心しながら、俺とアスナは風林火山の後をついていった。
結局、最奥にたどり着くまで、敵が出ることはなかった。暗闇のダンジョン内では特に鉢合わせの戦闘があるだけに、聞き耳スキルの与えてくれる安心感の影響は大きかった。現状のスキルスロットに空きはないが、カレス・オーの水晶瓶などがもし手に入れば検討してもいいかもしれない、と少し思う。
洞窟の最奥には、小さな祠があった。さて、目的の場所に着いたがこれからどうするかな・・・と思っていると、お初さんがおもむろに祠を開けた。
「お初さん!?」
と声を出したのはクラインだ。俺も気持ちはわかる。なんかちょっとバチ当たりっぽいし。だが、彼女は中にあった物を取り出すと、俺たちにそれを見せて来た。
「ありました。多分、これだと思います」
そう言って彼女が見せて来たのは、藤の蔦だった。なんだこれ?と思っていると、それを受け取ったクラインが、おもむろに指でタップし、プロパティウィンドゥを表示させた。
「《左巻きの藤の蔦》・・・?」
クラインが呟いたのは、おそらくアイテム名だろう。その下に詳細な使い方が書いていないか聞いてみるが、「いや、書いてない」と答えが返って来た。恐らく、まだ何か開放しなければいけないフラグがあるのだろうと思っていると、お初さんが口を開く。
「私にも、現状は使い方がわかりません。多分、ウチの蔵書を漁れば、使い方が書いてあると思うのですが・・・」
なるほど、この後はそっちに向かう必要があるのか、と思い、クエストウィンドウを開く。そちらにも同じく『武家屋敷に行き、蔵書を確認せよ』と記載してあったので、無事クエストが進行したことに安堵した。
ーーーその瞬間、クラインの聞き耳が、次いで俺の索敵スキルが、敵の存在をとらえた。
「敵が来るぞ!」
端的に伝え、体制を整えさせる。
「リポップ音が聞こえた!状況から見てイベント戦かもしれねぇぞ!」
クラインが俺の説明に補足する。そうして現れたのは、巨大な蛇だった。文字通り、オロチ、という表現がぴったりだろうか。
「でっか・・・!」
「恐らく、白蛇様が用意した罠だと思います!万一のことがあった際には、侵入者を撃退させるようにと・・・!」
というお初さんに対し、なんで俺たちにも作動するねん!と突っ込みたい気持ちは山々だったが、今はそんなことを言っている場合ではない。お初さんを壁の奥に退避させて、俺たちは全員蛇に向き直った。
「ボス戦だ!気張れよぉ!!」
クラインの掛け声と共に、戦闘が始まった。
◆
「なんか、あたま痛い気がする・・・」
この世界にある酒で、本当に酔う訳ではないのだが、これが雰囲気酔いというやつだろうか。クライン達から散々飲まされた結果、体が酒の匂いを受け付けないところまで来ていた。
「はい、水」
「ど、どうも・・・」
結果、アスナに介抱されている訳で。ちょっと申し訳が立たないなと思いつつも、もう何杯目かになる水を飲み、横になった。今は横にならなければ仮想の胃の中から液体が逆流してしまいそうな気がした。
祠に着いた後、なんとかボスを討伐した俺たちは、洞窟を出た。改めて全員で状況を確認し、クエストの進行のためにも武家地に向かう必要を認識。ただし、その時点で既に日没していたので、本日はインスタンスマップで野営することになった。結果行われた飲み会。半ば無理やりクラインに引っ張り出され、焚き火を囲みながら、どこにそんな持ってたんだと言う量の酒を飲まされた。今まで、アインクラッドに来て、酒を飲んだこと自体はあったが、飲み方が全く違う。既に死屍累々で、残っているのはクラインとジャンウーくらいのものだ。一番恐ろしいのは、お初さんが嬉々として風林火山を煽てまくって潰していたことだ。あれが社会の怖さか・・・と現実世界より六歳も早い飲み会デビューに戦慄を覚えざるを得なかった。
「あなたの酒癖が悪かったらどうしようかと思ったわ」
「悪かったらどうなるんです・・・?」
「全力でそっと逃げるわ」
と、唯一酒を飲まなかったアスナは言う。どうやら、一応こんなんでも酒癖が悪くない判定が下されたようなので、一安心である。今アスナに介抱されなかった確実に明日二日酔いが残っていただろうなと、俺の頭の先で座っている細剣使いを眺めながら思った。
「・・・」
「・・・何見てるのよ」
「いや、アスナが隣にいてくれて良かったと思って」
「な、何言ってるのよ」
あまりにもジッと見ていたら、そっぽを向かれてしまった。見るくらいいいじゃないか。その横顔も髪も綺麗なんだし、と普段あまり意識しないことを考える。酔っているのか思考が上手くまとまらない。
焚き火の音が聞こえてくる。今日も天蓋に輝いているだろう星は、酔いで目がぼやけているせいかよく見えない。今日はもう寝てしまおうかと目を閉じると、ふと、温かな手が俺の頭を撫でているのを感じた。
「おやすみ、キリト君」
その声があんまりにも優しかったものだから、俺は、安心感に身を包まれ、そのまま意識を手放した。