プログレッシブのノリで攻略するアインクラッド第十層 (旧題:2023-01 アインクラッド第十層にて)   作:ki-sou777

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第七話

 そうして、目の前で寝袋にくるまって横になっている黒髪の直剣使いから、穏やかな寝息が聞こえてきた。こうして寝る時に見せる穏やかな顔は、普段の飄々とした態度とは異なり、幼い印象を与える。彼の年齢については、いまだに自分と同じなのか上なのか下なのか、検討がつかない。迷彩をかけていると言えばいいのだろうか。直接聞いてしまえばいいものだが、マナー違反であるし、それを抜きにしても彼ははぐらかしそうな気がする。無論、それはアスナとて同じなのだが。

 

 そう思いながら、アスナは10mほど先で燃える焚き火に視線を戻した。焚き火を挟んで反対側では、クラインとジャンウーがもう何度目かになる飲み比べをおこなっていた。ギルド《風林火山》については、細かいことをキリトから聞いたわけではない。道中で彼から聞いたのは、最初の挨拶でもあった通り、初日にキリトがクラインに対し、ソードスキルのコツを教えた、と言うことだけだ。それにしては、クラインと再会した時のキリトの表情や態度が、何か可笑しかったような気がしてならない。だが、それについて細かくキリトに聞くことは、何となくためらわれた。誰にだって聞かれたくないことの一つや二つはあるだろう。

 まあ、それにしたって自分に少しは教えてくれてもいいのではないか、と少しばかりつまらない気持ちが湧いている。アスナから見て、キリトは抱え込みすぎるところがあるように見えるし、第一アスナはつい昨日もキリトに自分の胸中をぶちまけ倒したーーー以上に大胆なことをしてしまったような気がするがーーーばかりなのだ。今のままではあまりにもバランスが取れていない、と思う。心の中に抱えたものを、少しだけでも分けてほしい。それで彼の負担が少なくなる方が、合理的ではないか、色々と。それとも、自分はやはり、彼に取ってはお荷物なのだろうか。彼の背負うものを、一緒に抱えられる相手として見てもらえていないのだろうか。

 ・・・いや、実際にお荷物なのだろう。九層から昨日までの三日間、ずっとキリトに迷惑をかけっぱなしだった。いくら事態が事態だからといって、相談もせず、フロアの攻略も放り出して、そんな自分に、キリトは何も言わず付き合ってくれた。それが、今は悔しい。もし、そんな自分の行動含めて彼に背負わせてしまっているのであれば、自分は早急にキリトから離れなければいけない。・・・きっと、彼は自分から言い出すことはないだろうから。

 だが、そうした合理的な部分とは全く異なるところで、キリトと離れることを選びたくない、と思っている自分がいることを知っている。黒い髪。夜空のような瞳。仮想空間の中に置いて、彼の姿、彼の体温こそが今、自分が一番安心できる場所である、ということを、悔しいながらも認めなければいけない。だが、それを一方的に求めることは許されない。隣に立ちたい。強くあらなければならない。そうした想いが、内混ぜになって自分の中に溜まっていく。この想いに名前をつけてしまえば、きっと自分は一人では立てなくなってしまうだろうことを確信する。それは、「私が私でいるため」と言ってはじまりの街を出た、かつての自分を裏切ることになる。その道だけは、絶対に選べなかった。

「ーーーはぁ」

 混ざった思考の全てをため息に乗せて吐き出す。再び隣を見れば、そこにあるのはあどけない寝顔。アスナは「こいつめ・・・」と呟きながらキリトの柔らかい頬をツンツンと何度か突いた。

 

「キリトは、よく寝てますか?」

「・・・ひゃいっ!?」

 

 声をかけて来たのはクラインだった。想定していなかった事態にアスナは思わず奇声を上げる。見回してみれば、既に飲み会は終わり、ジャンウーが焚き火のすぐそばで倒れているのが見えた。お初さんにしても、どこに持って来ていたのだろうか、寝袋に入ってすっかり就寝していた。

 

「・・・クラインさん」

「お疲れ様っす。一杯どうです?」

「ごめんなさい、私は飲めないので・・・」

 酒強いなーと思いつつも、一言断ると、クラインもそれ以上は無理に言って来なかった。アスナから見たクラインは、「おそらく悪い人ではなさそう」という印象だ。それは、今日の昼に出会った時、あのキリトに対して自分の感情をかなりストレートに(もちろん、推測に過ぎないが)ぶつけていた、という点に尽きる。無精髭はどうかと思うが、人を警戒させない当たりの良さ、と言う点においては、もしかしたら学ぶべき部分があるのかもしれない。

 ただ、それはそれとして、やはり気になるのだ。キリトと何があったのか。だが、これはキリト本人に聞くべきことであって、彼が話す気がないなら、アスナもそれ以上は詮索ができない、と思っていると、クラインの方から話題を振られた。

「アスナさん、こいつから何か聞きました?俺のこと」

「初日に出会ってソードスキルのコツを教えた、とだけ・・・」

 それは、ある意味では願ってもない問いだった。が、だからこそ、そこにかこつけて突っ込んで聞いていくのはやや卑怯な気もしていた。やや逡巡した結果、結局好奇心が押し勝った。心の中で「ごめんなさい」とキリトに謝りつつ、アスナはクラインに尋ねてみる。

「やっぱり、何かあったんですか?」

「いや、大したことはないんです。と言うより、何もなかったっすね」

 どういうことだろうかと思う。クラインはやや歯切れが悪くも言葉を続けた。

「あの日、茅場の野郎がデスゲームの宣言をしたすぐ後、こいつは言ったんすよ。一緒にはじまりの街を出よう。俺はテスターだから危険も効率的な狩場も全部知ってる。リソースの奪い合いになる前に、一緒に行こうって」

 アスナは、その言葉に少しばかり驚いた。だが、不思議だとは思わなかった。彼なら、そのくらい言うだろう、ということもこの短くも長い二ヶ月で理解していた。

「だけど、俺は一緒に来た仲間がいる、っつう理由でそれを断っちまったんですよ。こいつの誘いを無碍にしたのは俺の方です。だけど、キリトの方がまだそんなこと気にしてやがるような感じだったんで、強く言っちまっただけです。そんだけっすよ。だから、クエストついでに、こいつにこっちは上手くやってんだぞ、って見せたかったのもありますかね、今日誘ったのは。いやでも、こんなに長丁場になるとは・・・。アスナさんも、ありがとうございます」

「いえ、私は特に何もしてないので・・・」

 そう言ってクラインはアスナに頭を下げた。アスナは、聞いていて少し胸が痛んでいた。クラインは、実際のところどういう事情であれ、「キリトの重荷にならないこと」を選んだ人間だ。ベータテスターの知識に頼らないで、仲間と支えあってここまでやってきた。それだけで、彼らが強い人間であることが分かる。対して、今の自分はどうなのだろう。本当に、キリトと支え合えているのだろうか。と、またしても思考の迷路に陥りそうになる寸前、今度はクラインの方から質問があった。

「ところで、アスナさんもやっぱりテスターなんすか?」

「私?いいえ、私は全然。ここに来るまで、まともにゲームもしたことないくらいで・・・」

「マジっすか。手慣れすぎてたんで、てっきりなんかのランカーかと」

 ランカー、と言う言葉に聞き覚えはなかったが、恐らくゲーム用語だろう。

「いや、ほんと凄かったっす。ウチの連中なんか全員ポカンとしてましたもん。俺なんか、ちょっと安心したんすよ」

「安心、ですか?」

「あぁその、キリの字がきちんと背中を預けられる相手を見つけられたってことにっすかね。こいつ、俺様がいなくて寂しがってんじゃねーのかって思ってたんで」

 ガハハと笑うクライン。最後の方は、きっと彼なりの照れ隠しだろう。きっと、クラインの方も心配していたのだ。キリトのことを。それに、実際のところどうであれ、キリトの背中を預かっている、という認識をされるのは、今のアスナにとってそう悪いことではなかった。少し恥ずかしくはあるが。

「全く、みんなに心配かけるんですから、この人」

 と言って、とりあえず全ての責任をキリトに転嫁しておくアスナだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、アスナが目覚めたのは午前五時ごろだった。昨日はそれなりに遅くまで起きていたような気がするが、飲み始めが夜の七時で、三時間後には綺麗さっぱり皆潰れていたのを確認して寝たので、なんだかんだ十時過ぎには就寝についた気がする。とすると、結局七時間程度は寝ている計算になる。このアインクラッドでは、日の出と共に狩りを始めて、日の入りと共に就寝準備をする、という半ば原始人みたいな生活を送っている結果、現実世界よりも余程睡眠時間が長いのは何たる皮肉だろうか。だが、そもそも現実世界では今よりも余程睡眠が浅かったような気がする。それが何故、こちらに来てからはよく眠れるのだろう・・・と、理由に当たりをつける前に、アスナの目に入ったものがあった。

 

「おはようございます」

 

 アスナはそう言って、既に起きてお茶を飲んでいたお初さんに話しかける。

 

「アスナさん、おはようございます。お茶入ります?」

「ありがとう。それじゃあ、もらえるかしら」

 

 言いながら、湯呑みに入ったお茶を飲みながら、彼女を見た。

(・・・むしろ分からないのは、彼女の方なのよね)

 昨日夜に話したクラインは、その人柄や心情について、理解が及んだし、一緒にいるキリトなどよりも余程分かり易い方だと感じる。

 一方、今目の前に座っている「お初さん」というNPC。分かりにくいのは彼女だ。彼女がどういう性格で、どうやってこの世界で生きているのか、未だその輪郭を掴めていない。今回、彼女のクエストのメイン担当はクラインたち風林火山であって、アスナとキリトはあくまでサポート役である、というのは理解している。とはいえ、クエストの内容が内容で、フロアボスに関係する可能性がある以上、自分達が積極的に関わらないのもどうなのか、と思っている。ちなみに、攻略集団にこちらのクエストの状況を伝えるかどうかは、現状アルゴに一任しており、連絡役のキリトが、こちらの情報を対価に、攻略集団の進み具合を逐一アルゴから仕入れている、という状況だ。

 

 そんな状況も相まって、彼女との距離感を図りかねている自分がいた。それは、単純に今回のクエストへの関わり方だけではなく、彼女がNPCだ、と言うことにも起因しているのだろうが・・・

 

(キズメル・・・)

 

 思い出すのは、五日前、その身を青白いポリゴンへと変えたダークエルフのこと。意識するだけで、未だに胸が空く。それは明確な傷であり、きっと、未だ治ってはいないのだろう。湧き上がる感情に多少なりとも蓋をできるようになったのは、きっとキリトがいるからだとも思う。果たして、時間が経てばこの傷が治ってくれるのか、そもそも治ることが正しいことなのかどうかも分からない。

 

 だからこそ、アスナは「初」というNPCから一歩距離を置いていた。既に彼女が、今までアスナが接してきたような、自律した思考をもつAIであることは、なんとなく勘づいているからこそ、彼女に深く立ち入ろうとしない自分がいるのを感じる。

 

 まあ最も、性格的な問題もあるのだろうが。彼女と話せば、何故だか、女子校当時のような、腹の探り合いになりそうな気配がしている。無論、そればっかりは自分の気のせいであることも否めないのだが。などと考えていると、彼女の方から自分に話しかけてきた。

 

「アスナさんは、言いにくいのですが、その、随分私のことを警戒してますよね」

「えっ?」

 声が上ずった。というか思いっきりバレている。腹芸が得意と言ったのはどこの誰だったか。

「いえ、私は何も気づかなかったんですけど、この子が教えてくれて」

 と言って袖から出てきたのは白蛇。

「その子、思考が読めるの・・・?」

「具体的に何か分かるわけじゃないんですけど、言ってることが本心かどうか、くらいは」

「ええっ」

 今まで話していたことも、全てその白蛇にはお見通しだったのか、という羞恥のせいか、顔が少し赤くなるのがわかる。一方で、そんな子が昔の私にもいたらなぁ、と一瞬思う。女子校での腹の探り合いは正直面倒だった。だが、仮に相手の嘘が判ったとて、皆どうせ本心ではなかったのだし、全員嘘ついているのが確定するだけで嬉しくはないか、と思い直す。とはいえ、一体なぜ彼女はそんなことを自分に教えてくれたのか。

 

「アスナさん、ご家族はいらっしゃいますか?」

 彼女から投げかけられた一つの問い。それは、予期せぬところからアスナの心を抉った。現実世界に置いてきた家族。今、一番思い出したくない話題の一つ。だが、この世界に生きる彼女にとっては、両親が別世界にいることなど露程も考えていないのだろう。ここで話さないのも変なので、最小限の動きで、こくりと頷く。

「ごめんなさい、詮索するつもりはないのです」

「いえ、こちらこそごめんなさい。ただ、私もあまり話したくはなくて・・・」

 と言って、面と向かって断ってしまった。変に誤魔化すよりは、そちらの方が余程面倒でない、というだけだ。だが、それを聞いた彼女は、「そうですよね・・・」と、何故だか同意を示した。

「・・・その、よかったら、私の話を聞いていただけませんか?」

 だが、彼女の押しはやや強く、思わず、話を聞くくらいなら・・・と思い、頷かされてしまった。

「ありがとうございます。・・・私には、今日向かう武家地の方に、家族・・・父と、兄がいます。父は厳格でした。幼少の頃より、白蛇大社の娘として礼節を持て、とずっと言いつけられて私と兄は育ちました。兄は、そんな私をよく庇っていたものです」

 それは、彼女の家族の話だった。どこかで聞いた話だ。いや、何処かどころではなく、その家庭状況は、少なからず明日奈自身に身に覚えのあるものだ。最も、結城家の場合、厳格だったのは父以上に母だったのだが。

 結果、否応なく、現実世界にいる家族のことを思い出さざるを得なかった。きっと、自分の体は病院に繋がれているだろうが、家族は私のことをどう思っているのだろうか。そのことを考えるだけで、心が粟立つのを感じる。だが、こうしたことを考え続けても、ただ心が深淵に落ちていくだけだということを最初の一ヶ月で学んでいるので、アスナはその思考を強引に押し殺した。

「・・・正直なところ、今、私は怖いのです」

「怖い?」

「はい。私は、父の言うことを全て無視して、こんなことをしています。今頃きっと、私を探しているかもしれませんし、帰ったら何を言われるか分かりません。三日前、武家地を出た時には、確かにあったはずの勇気は、今、消えてしまいそうなのです。だからこそ、アスナさんに聞きたくて・・・。アスナさん、あなたは、家族と離れてまで、どうして旅をしているのですか?」

 その問いに、なんと答えたらよいのだろう。家族と離れてしまったのは、アスナとしては結果論に近い。自分は、兄の持っているナーヴギアを被っただけだった。旅をしている理由を答えるだけなら簡単だ。生きるため。ゲームクリアをしなければ、一生ここに閉じ込められて終わってしまう。だが、彼女はそうしたことを聞きたいのではないのだろう。白蛇がこちらを見ている。下手なことは言えない。というか、これを聞くために白蛇の話を先に出したと言うのであれば、やはり彼女は相当に強かであると認識を改めざるを得ない。到底、NPCの思考回路ではないだろう。

「・・・旅に出た理由は、偶然よ。本当に、偶然。最初は出る気もなかったし、出たくないと引きこもっていたこともあった。家族と離れるだなんて、最初は思ってもなかったわ」

 言葉を慎重に選ぶ。嘘がバレると知りながら、それでも適当なことを話して、本心を見せる気はない、という選択もできたはずだ。だが、アスナはそれをしなかった。何故なら、旅に出る理由を誤魔化すことは、はじまりの街を出た自分を裏切ることに他ならないからだ。あの暗闇の中、何も分からずとも、それでもこの世界にだけは負けたくないと思った、結城明日奈の心を。

「でも、私は、私で在りたいと願った。そうしなければ、きっと、心が死んでいってしまう。それだけは、許せなかったのよ。」

 端的にそこだけ伝え、言葉を切った。あまりにも言葉足らずな気もした。だが、もし彼女が本当に家族と戦って、それでも自分の良心に、あるいは信念に従ってここまで来たのであれば、これだけでなんとなく伝わる気がしたのだ。

「・・・アスナさんにとっては、決断するのに家族のことは関係なかったのですね。」

「・・・うん。そうね。生まれて初めてかも知れなかったわ。そんなこと。でも、私は前に進まないといけないから」

「・・・ありがとうございます。少しだけ、覚悟ができました」

 そう言った初は、少しだけ微笑んでいた。

 今、理解しているのは、私は前を目指さなければ、死んでしまう、ということだけ。そのために強く在りたい。私の原初の理由は変わらないのだ。私が私で在るために。最も、最近はそれだけが理由ではなくなってきているような気もするが・・・と思いながら、アスナはキリトの方をチラリとだけ見遣った。

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