東方Project  ―人生楽じゃなし―   作:ほりぃー

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二部折り返し地点。名探偵登場。

あと、実在の企業名は出ていません。


5話

 レミリアは椅子に座っても、つま先しか床に付かない。固いブーツの先を、床でトントンとついて、彼女は手元にカップを引き寄せて飲む。

 中に入っているのはメイドの入れたコーヒー。黒い、それから香り立つ匂いを少しだけ楽しんで、彼女は口に含む。小さな唇を薄く開いて、音もなくコーヒーを飲む。甘い。今日のコーヒーは「当たり」だと、彼女は思った。

 レミリアの居るのは、十六夜 咲夜の働くカフェのカウンター。このごろは彼女の、指定席になっているその場所。レミリアはカップをソーサー(受け皿のこと) に置いた。小さな波紋がコーヒーの表面を乱して、すぐに元に戻った。

 その仕草は優雅としかいいようがないほど、様になっている。

 レミリアは両肘をついて、指を組み、その上から自らの顎を乗せる。そして薄く笑いながら、彼女は目の前でコーヒー豆を挽いている銀髪のメイドに語り掛ける。

「咲夜。今日のコーヒーは、なかなかね」

「ありがとうございます。お嬢様」

 咲夜は手を止めずに、にこっとレミリアに笑いを返す。レミリアはそれに多少満足して、こう思った。

 (まったく、いつもこれくらいのものを煎れてくれたらいい……!?)

 レミリアは気が付いた。彼女の今飲んだコーヒーカップには、彼女の見ていなかった裏側には絵が付けられていることに。今使ったカップはいつも彼女の使っているカップと似た雰囲気をかもし出すものだったが、それで別物だとやっとわかった。

 レミリアがカップを手に取り、恐る恐る手首を返して、裏側を見る。

 

 そこにはリラックス熊が書かれたイラストがあった。そのクマは「あったまりますね」とおいしそうにコーヒーを飲んでいる。そんなイラストである。

 

 

「前言撤回するわ。咲夜」

「ひどいですわ。お嬢様」

 レミリアは呆れて、カップを下ろす。今日はコーヒーによくわからないいたずらをしなかったと思えば、今度はカップにきた。先ほどまでレミリアは優雅にコーヒーを飲んでいたが、咲夜側から彼女を見ると、可愛らしいカップで砂糖入りコーヒーを飲んでいるようにしか見えなかったはずである。

 咲夜はこのためだけに、レミリアも自分の愛用のカップと見抜けないほどの物を買ってきたのだろう。

「全く……」

 レミリアは頭を振って、はあとため息をつく。咲夜はどこ吹く風とコーヒーを挽いている。レミリアの静かな抗議に「ひどい」と言ったが、それも冗談であろう。流石に吸血鬼の少女も言葉がなく、横の席に置いてあった新聞を手に取る。それは市販の物ではなく、表面にデカデカと「文々。新聞」と書いてある。発行日は先週の物である。彼女はその薄い新聞を開いて、流し読みする。

「へえ。霊夢が逃亡したのね……。余罪を追及中……。お手柄天人?」

 レミリアは脚色に脚色をされた記事を読みながら、疑問を思った。記事には仕事の疲れから逃亡と書いているが「余罪」とは何を示しているのだろう。そもそも目元の隠された天人の写真とインタビュー記事もあるが、それを総括すると「らーめんがおいしかった」とよく意味がわからない。

「ねえ。咲夜。この新聞とるくらいなら、駄菓子でもフランにあげたほうが有意義なんじゃないかしら」

「あら、なかなか面白いと思いますけど……先々週はたしか、例の『優曇華事件』を特集してましたし」

「ああ、あれね……」

 優曇華事件。それは幻想郷の者たちが自らの力の減退を知った、衝撃的な事件である。当のウサギは二度と思い出したくないと口を噤んでいるが、鴉天狗が関係者に聞き取り調査を行い、そこから事件の全貌を明らかにしたというものだ。

 余談だが、ヨレヨレ耳のウサギはそのことで鴉天狗を恨んでいるらしい。

 

 レミリアはとりあえず、新聞の内容を流し読んでいく。正確性はともかくとしても、暇つぶしにはなかなか使えないことはない。咲夜の言う通り、新聞の購読を続けるのも悪くはないだろう。

 

 カランカラン。そんな音が店内に響く。咲夜が「いらっしゃませ」と澱みなくあいさつする。その音が、入り口のドアに付けられた鈴の音だと、彼女は何度も聞いているのだから間違えるはずがない。

「どうも」

 入ってきたのは射命丸文であった。短い黒のスカートに、白い半そでブラウス。そして胸元に赤い紐のリボン。昨日までの、きっちりしたスーツ姿とは少し印象が違う、私服姿だが、どこか幻想郷での服装と似ている。

 

 

 射命丸文が頭を掻きながら、店内に入ってきた。彼女は咲夜とレミリアに挨拶すると、店内の床を一通り見る。時にはかがんで、机や椅子で陰になっている場所にも見た。

「?」

 レミリアと咲夜はお互いに眼を合わせて、首をひねる。文は明らかに何かを探しているのだが。意図していることが彼女達にはわからない。だが、それを文に聞くまえに、彼女の方から聞いてきた。

 文はかがんだまま、顔を上げる。

「このあたりに、USBが落ちてませんでしたか?」

 

 

 咲夜は目をぱちくりさせて、から少し考えるように顎に手をつける。上目づかいのまま、彼女は思案するが、文を見て言う。

「知らないわ。……お店の掃除なら、私がしているから……たぶんここにはないでしょうけど。失くしたの?」

「ええ。昨日は間違いなくスーツの内ポケットに入れた記憶があるのですが……今朝気が付いたらなくて。とはいっても、仕事のデータは会社のノートパソコンにもありますし、盗まれて困ることはないんですが……個人的に新聞用のデータも入っているのですよね」

「そう、たいへんね……会社は?」

「一応朝早くに行ったのですが、ないみたいですね。休みなので、他の人には聞けなかったのですが。ほとんど昨日は社内にいなかったので、違うと思います」

 文はそれで一つため息をつく。彼女の様子から咲夜は火急を争うことではないと察した。

「どうせ、今日は休みなんでしょう? だったら昨日行った場所を回ってみたらどうかしら?」

「……」

 文は咲夜の提案をもっともだと思ったが、そう簡単にはいかない理由があった。その理由を他人に説明するとしたら特に難しいことではない。主に昨日文が「長居」をした場所は、三つしかないのだから、回るだけならば難しいことは全くない。他にも細々とした用事でいろんなところに行ったが、内ポケットの物を落とすような動きはその三つしかしていない。

 だが、一つ目の訪問先は明らかに文を抹殺しようとしている危険人物がいる。紛失事件が殺鳥事件になりかねない。そして二番目の訪問先は逆に文が抹殺したい妖怪がいるが、無理だろう。しかも反撃を受ければ破産しかねないのだ。そして最後の訪問先が一番尋ねるだけなら容易だが、あまり軽率に訪問すると返却するべき「アイテム」を押し付けられる可能性がある。

 

「私の周りはトラブルメーカーばかりですね……」

 文はそうひとりごちて、完全に自らを棚にあげる。咲夜はなんのことかわからずに、また首をかしげてしまう。文は、この目の前にいる瀟洒なメイドを見ていった。もしかしたら、彼女を連れていけば何かしらの「敵」への備えになるかもしれない。

「よかったらついてきてくれませんか……? 理由があって、できれば誰かついてきてもらわないといけないんです」

「えっ? 私がかしら。……悪いけど、ちょっと無理ね」

「お店があるからそうですよね。後は」

 文が目線を動かすと、そこにはレミリアがいる。彼女は肘をついて、二人の会話を聞いていたが、見られて反応する。最初の反応は拒絶であった。彼女は首を横に振りながら言う。

「ただの落し物でしょう? 私は行かないわよ」

 レミリアは会話に参加せずとも、文の状況も、彼女がレミリアに何を望んでいるのかも理解していた。流石に文の「理由」が命と金と恥がかかっているとは見抜くことはできなかっただろうが、彼女は行く気などないとコーヒーを飲む。

 だが、文とてレミリアを連れていけば、最初の危険人物もまさか刀を抜くことはないだろうという打算から、手を合わせた。頼みごとをするだけで、斬られる危険性が減るのだ。

「どうか、この通りです。横にいてくれるだけでいいんです」

「いやよ。めんどくさいわ」

「なにかしら埋め合わせはしますから」

 レミリアはそれでも、首を縦に振らなかった。だが、文がその言葉を言った瞬間に、その音は響いてきた。どたどたと、何かが走り回るような音である。それはカフェの奥にあるドアから聞こえてきた。それは店に奥にある部屋につながっている。

 さらにドタドタと音が大きくなり。カフェの奥の扉が勢いよく開いた。ばあんとドアが壁に当たって、音が鳴る。

 

 そこには小柄で金髪の少女が立っていた。赤いワンピースに黄色のリボンを付けた、その女の子は何故か「トレンチコート」を着ていた。そして頭には小さな麦わら帽子をかぶっている。彼女はにやりと八重歯を見せて、言った。

「その話、聞かせてもらったわ!」

「フラン。ドアは静かにあけなさい」

「あっ……」

 意気揚々と登場したフランドール・スカーレットだったが、レミリアに注意されて、ドアノブをもって、静かに閉めた。それから。文たちに向き直って言い直す。

「さっきの話は……その、聞かせてもらったわ……えっと、その」

 かみかみでフランは言う。一度テンションが下がってしまい、口調が戻らないのだ。考えていたであろう、台詞もうまく出てこない。それでもフランは頑張ってつづけた。

「よ、要するに、そのゆーえすびーを探してあてればいいのね? それだったら名探偵の私が手伝って……」

「だめよフラン。外は危ないわ。外に行くときは咲夜か美鈴と一緒にいきなさい」

「えっ……はが」

 フランは言いかけてまたも、噛んだ。彼女はぷるぷると肩を震わせて、レミリアを涙目で睨み付ける。彼女はレミリアの少年のような恰好を見て、ぼそりという。それは静かな抗議だった。

「……えせこなんお姉さま」

 レミリアはくすりとして。椅子から降りる。彼女は妹の方を見ることなく、言った。小さく笑った彼女だが、その笑顔には人を威圧するような迫力がある。ようするに今のフランの一言で怒っているのだ。

「フラン? アニメマックスを解約されたいようね?」

「っ??」

 フランは一歩下がった。最初は文の話だったが、そんなことはどこへやら、フランとレミリアはCSの有料チャンネルの話をし始めた。それもアニメしか映らないチャンネルである。

「そ、それはひどいわ。お姉様! いくらなんでもひどいっ。やることがなくなるじゃない!」

「いい? フラン。新聞に書いてあったのだけど。あまりゲームやアニメに影響されるとよくないわ。その証拠にこのごろはポケモンの話しかしないじゃない。なによ、がぶりあすのめざめるぱわーとか言われても私にはわからないのよ?」

 レミリアはフランを振り返って、腕を組む。その余裕のある態度からは想像もつかないが、凄まじくしょうもないことを言っている。だがフランにも、反論の余地はあった。

「妖怪……ウォッチだってしてるわ」

「ええ、そうね。この前映画に行ってきてたわね。美鈴と一緒に。帰ってきてから、懸賞だかなんだか知らないけど、夜通しオリジナル妖怪のはがき描いていたのも知っているわ……あなたのつくった妖怪モケーレ・ムベンベが私に似ていたのも、ね」

 レミリアはこめかみに手を当てて、はあと息を吐く。あまりにどうでもよい口論に咲夜と文は入ってこられない。しかし、当事者であるフランドール・スカーレットにとっては死活問題なのである。そう大切なものを守るためには小さなことに拘ってはいけない。例え、映画での懸賞の為に姉をモデルとした化け物を創作した冷酷さを彼女は持っているのだ。

「お姉さま」

 きっとレミリアを睨み付けるフラン。彼女の鋭い眼光が吸血鬼の少女に向けられる。しかし当のレミリアは涼しい顔である。それでも、フランは彼女に「宣戦布告」した。

「勝負よ。お姉さまっ! 私があの天狗のUSBを見つけることができたら、そのアニメマックスの解約はしないで! あとウォウウォウとAT=Xを契約して!」

「フラン……。家には見もしない有料チャンネルを二つも入れるような余裕はないのよ」

「咲夜も美鈴も働いているじゃない! それに私がみるわ!!」

「そういうんじゃないわ……でもそうね、これもいい機会だわ。これが勝負なら、フラン」

 レミリアの口がゆっくりとひらく。赤い口に吸血鬼としての牙が光る。

「もしも見つけることができなかったら、アニメマックスは解約するし、ゲームは禁止よ。そして今ある漫画もブックオンにもっていってもらうわ。しばらくの間、パチェと一緒に活字本を読みながら、ティッシュにチラシを入れなさい」

 フランの額に汗が浮かんだ。あまりに情け容赦のないレミリアの条件に戦慄を覚えたのだ。しかし、彼女とてここまでくれば引き下がることはできない。強く胸を張って、答えた。

「いいわ。お姉さま! ねえ、その、天狗の」

 文ははっと自分が呼ばれていることに気が付いた。彼女は片足をついて、愛用のデジタルカメラで黙って彼女達を写していたのだ。もちろんあとあと、新聞のネタにするためである。その横で咲夜が黙って立っている、少し眉がよっているのはその感情を表しているだろう。それはともかく、文はフランに反応した。初対面ではないが、特に親しいわけでもないから、名前を聞いているのだろうと思ったのだ。

「あ、はい。私は」

 フランは返答を聞く前に、横にいる咲夜に眼をやった。そしてつぶやく。

「アガサ……」

 次に彼女はレミリアを見る。姉は冷ややかな目で見ている。

「ハイバラ……」

 そして、もう一度文を見た。少し考えて、からいう。

「光彦ね……あとは、ゲンタだけど。居ないからしかたないわ」

「えっ? ちょっとまってください。なんかひどいことを言われている気がするんですが」

 

 

 文の言葉は無視して、よしとフランは頷く。彼女は麦藁帽を掴片手で掴んで、トレンチコートをもう片方の手で整える。レミリアはこの時、やっとフランが「探偵っぽい」恰好をしていると気が付いた。わざわざ着替えてきたのかもしれない。ハンチング帽ではないのは、単純になかったからだろう。

「お姉さま! 負けないからっ」

 慈悲も何もない戦いが今幕を開ける。二人の吸血鬼の姉妹には、もはや骨肉の争いを避ける理由はない。この二人の戦いに、一人の鴉天狗は否応なしに巻き込まれていくのである。

 

 

 文はバチバチと火花を散らす姉妹を見ながら、デジカメで撮った写真を確認している。そして、呟いた。

「まあ、私としては来てくれるのはありがたい話ですけどね……あのUSBには新聞に使えるネタがいっぱい入っていましたし……」

「そういえば、何が入っていたの?」

 咲夜が画面をのぞき込みながら言った。文は特に気にすることなく、彼女に言う。顔はデジカメの画面を向いたままなので、無意識の行動なのかもしれない。

「ええっと、あの巫女の写真や……あと、最近で面白いのは、赤毛のメイドとか、ですかね」

「あかげの……めいど?」

 咲夜はふむ、と考え込んだ。文は只々デジカメのデータの整理をしている。

 

 

 

 




次は8月23までに。

あと、3話以内に二部を終れるように頑張ります。

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