東方Project  ―人生楽じゃなし―   作:ほりぃー

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幽香と文の決戦はいかに。


9話

 花の妖怪の朝は早い。

 

 太陽の上る数時間までに起きだして。「子供達」がだらしなく寝ているのを起こさないように、アパートの部屋を出る。こっそりと出ていくのは子供を気遣ってのことではない。あくまで自らのプライドの為であった。

 

 冷たい空気が彼女の頬を撫でる。夏の朝とはいえ、肌寒さを感じさせる。しかし、それが逆に心地よい。そこに多少の眠気がなければよいと彼女は想う。

 しかし、不満ならばいつももう一つある。これが散歩だったら、ということであった。

 

 花の妖怪の朝は全くを持って優雅ではない。そもそも恰好からしてジャージ姿である。これも朝早くに出ていく理由の一つでもあった。同居している者たちにも見せたい姿ではないのだ。無論、知り合いにも見せたいなど微塵も思わない。

 

 やっていることは新聞配達である。自転車のかごに目いっぱい紙の束を詰め込んで。彼女は配達する。少なくともいつも太陽が昇る前には、絶対に終わらせるということをしていた。やる気があるのではない。とっとと終わらせたいだけである。

 その配達先には、吸血鬼の家や、閻魔の家などがあるが、そこに近づくときは細心の注意を払って、新聞をポストに突っ込む。たまに朝早くだというのに、メイドが外で体操をしていたり、閻魔がぼけえと空を眺めて悲しげな顔をしていたりするが、彼女は「寝てろ」くらいにしか思わない。同情などしている余裕もないし、余裕があってもしない。

 

 できれば新聞をポストではなく、庭にでも投げ捨てて帰ってきたいと彼女はいつも思っている。傍目から見れば、やる気が漲っているかのような仕事ぶりをする彼女も、その実やる気が全くないからこそ頑張っているのである。さっさと終わらせたいことと、誰にも見せたくないということが行動力の源泉であった。

 

 一度、女子高生のような月のウサギと出くわしたときは、背後から蹴り飛ばして。発覚を免れたことがある。幻想郷の人々の中で流通している新聞で「ウサギの朝歩き 危険!?」というタイトルで特集をされたことがあるが、花の妖怪の家ではそんな「紙切れ」は取っていないので知るすべはない。どうにもカラオケ帰りではあったらしい。

 

 もちろん、花の妖怪とは風見幽香のことである。

 

 

 朝の幽香はできるだけ早く帰ってくる。しっとりと汗に濡れて、緑の髪が額に張り付いて、ジャージの下は気持ちの悪さしかないのは何時ものことであるが、新聞配達が終わった解放感もいつものことである。ばれなかったという一時でホッと胸をなでおろすことも毎日のことだ。

 

 幽香は子供たちを起こさないように、アパートの電気を付けずに部屋へ入っていく。しかし、すぐにリビングに戻るようなことは絶対にせず。洗面所で顔を洗い、汗まみれのジャージをその横にある洗濯機に放り込む。下着も同様だった。

 要するに帰ってきた時に、シャワーを浴びることが日課になっているのだ。幽香は狭いバスルームのドアをゆっくりと音を立てないように開けて、中に入る。床が冷たいがちょっとだけ顔がにやける。もちろん誰もいないからだ。

 

 幽香はきゅきゅとシャワーの蛇口をひねる。冷たい水が最初にでてきて、彼女は手を洗う。少しずつ水が暖かくなっていくが、熱いほどにまではならないように調整する。体は火照っているので冷たいほうが幽香もよかった。

 幽香はよい温度になってから、シャワーのノズルを掴んで、頭にかける。汗が洗い流されていく気持ちよさに彼女の肩から力を抜かせる。白い肌に、お湯が流れていく。幽香はバスチェアーに座って、体の隅々までシャワーを浴びる。

 

 それから大きく息を吐いて。シャワーを止め、ノズルを壁にかける。それから、ボディタオルで体を洗う。ボディソープは使うし、タオルも100円ショップの安い物ではない。その点にはどこかの家族みたいな連中とは違うのだろう。

 

 金銭的に余裕はないが、そこで無駄な節制をすることは幽香には耐えられないのだ。

 

 

 幽香はじっくりと「朝シャワー」を愉しんでから、風呂を一度出る。脱衣所で体を拭いてからブラウスとズボンを着て、リビングに戻るでもなく、次の作業に移る。洗濯機に湯船の残り湯を入れる作業である。風呂を桶で汲み取ってから、すっかり冷たくなった風呂水を洗濯機に入れる。何往復かする作業でいつも子供が起きてこないか、幽香は少し心配だった。

 重ねて言うが、子供のことを気にしてのことでは決してない。あくまでも、自分のプライドの為である。

 

 

 それから、簡単に風呂を掃除して。夜に自動的にお湯を張る「予約」を機械で行う。ちなみに彼女は昨日の残り湯を追いだきして、再利用などしない。水道代はバカにならないが、いつもあったかくて、綺麗なお風呂に入りたい。

 

 幽香はそれが全て終わってから、朝のご飯の支度をする。

 台所に行って、冷蔵庫からウインナーや卵を出して並べる。フライパンを洗い、清潔にしている布巾でそれを拭き、少しだけ油を入れる。そしてコンロに乗せてもまだ火はかけない。幽香はその前に、食パンを二枚取り出してオーブントースターに銀紙を敷いてから入れる。タイマーは時間をかけて、他の作業と時間的に調節する。

 

 

 オーブントースターのドアを閉めて、お皿を用意しから、幽香はフライパンでウインナーを炙る。こんがり焼けたら、お皿に均等に盛り付ける。そして、冷蔵庫から牛乳やバターを取り出して、次の料理にかかる。手際の良さは、毎日の作業だからだろうか。

 

 作るのはスクランブルエッグである。幽香はボウルで卵や牛乳を混ぜてから、バターを溶かしておいたフライパンに流しこむ。このあたりで、トーストが焼けたようなのでオーブンから取り出して、程よく焦げ目のついたそれを取り出す。もちろん、やけどしないように手に新しい銀紙を持って、素早くおこなう。

 

 そんなこんなで幽香は朝ごはんをつくる。いつも、子供達が起きだすのはこの匂いに釣られてからだ。ちなみにこの子供達は幽香から見て子供なのであって、短い時を生きる人間には途方もないほどの時を生きている。

 

 

 

 トーストの上にスクランブルエッグを乗せて、ケチャップをかける。横には添えられたウインナーにそして、冷たい牛乳。幽香はそれらをリビングの台に並べる。その横では三人の女の子がカーペットに正座して、待っている。

 

 三人は、三月精と言われる少女達だった。サニー、ルナ、スターは口元から涎を垂らして、何も言わずに座っている。彼女達は手伝うでもなく、幽香の挙動を見ている。

 

 幽香が三人を見る。それに三月精はぱあと笑顔になる、しかし幽香は何も言わずに眼をそらす。それで反対に三人の少女はうつむく。すでに目の前には朝の用意ができているのだが、食べることができない。

 幽香は準備が終わっても三月精に何も言わない。じっと三人をみて、腰に手をあてて見下ろす。三月精はチラチラと朝ごはんを見ては涎を垂らす。幽香はその姿にも眉ひとつ動かさずに見下ろすだけで、何一つ言わない。

 

 マンションの一室は静寂だった。幽香は三月精に何も言わないし、三人の妖精は涎を垂らして幽香を見ている。なぜこんなことをしているかと言われれば、理由は一つしかない。幽香が面白いからである。

 しかし、静寂が破られる時が来た。

 

 三月精のお腹が同時になる。幽香はそれで「よし」というと、三月精は歓声を上げて、朝ごはんに齧り付いた。幽香はその姿に苦笑しつつ、まるで妖精を犬のように扱ったことでわずかにストレスが解消されたのでくすりとする。

 幽香も妖精達と同じ台の一角に座って、自分で焼いた食パンを両手で持って、さくりと食べる。そのまえでサニーが口元にケチャップを付けて、おいしそうにスクランブルエッグの載ったパンを食べている。

 

 幽香と三月精は簡素な部屋に住んでいる。簡素と言っても、部屋は2DKで二つの部屋に分かれているので四人で暮らしていても十分に広い。それは四人のうち三人が妖精だからだろう。では何が簡素かというと、無駄なものが置いていないのである。

 

 品のいいカーペットの上で彼女達は台を置き、食事をとっている。その横には薄型のテレビがテレビ台に乗っており、特にDVDプレイヤーなどのデバイスはおいていない。あくまで現行放送されている情報を収取するために置かれているのだ。

 窓際にはHDリバイバルパーフェクトジオング。

 観葉植物などはおいておらず、意外なことに花もおいていない。それは幽香が狭い空間で植木鉢などに花を閉じこめるのを嫌ったからだ。ちなみに同様な理由により、花屋も花の妖怪は嫌いだった。

 物が少ないことも先に書いた通り、花の妖怪の趣味趣向に合わせてのことである。昔は城に住んでいた彼女だが、最近はいろんなところを転々としている癖で必要最低限な物品以外は置かないようにしているのだ。

 ベランダには洗濯物が干されている。ピンク色のパジャマは誰の物だろう。

 とにもかくにも、無駄なものは一切置かれていない部屋なのである。三妖精はその点が多少不満でもっとものがないのに、氷の妖精の家に行って遊んだりしていることもある。たまに巫女もいるのでいたずらもついでにする。

 

 

「幽香さんは今日は何時ごろかえってくるんですか?」

 黒髪の少女、スターが聞く。幽香は「明日までに」とてきとうに返事をする。嘘はついていないが、特定が難しいアバウトな返答にスターは頭を抱えた。こういった場合には追及しても無駄なのはわかっている。

 

「それよりもあなたたちは、今日も日が落ちるまでに帰ってくるのよ」

 

 幽香そう言って牛乳を飲む。彼女は三月精が帰ってくる時間については、いつもうるさい。自分が帰ってくる時間については全く頓着しない。朝ごはんを作っているのは彼女だが、別に三月精は作れないことはない。幻想郷の神社の敷地で三人は暮らしていたのだから、家事は一通りできる。

 ただ、妙な早起きを三人にされては幽香が困るのである。何を困るかというと目撃されると困るのだ。あくまで三人は妖精なので口も軽い。そこからバカな他の妖精に話が漏れると必ず話がねじけて伝わる。

 

「……」

 

 幽香はもぐもぐと口を動かす。もうすぐに家を出なくてはいけないが、それを感じさせないほどに余裕のある挙動である。

 

 

 

 幽香がお昼に働いているのはとあるスーパーである。親会社は昔はプロ野球球団を持っていたらしく、休憩中に幽香にもおばさんのパートから話が振られることがあるが、彼女には興味がない。

 幽香はエプロンに三角頭巾をしていろんなことを行い。いろんな事とは、そのとおり商品の陳列、野菜の袋詰め、レジ、試食コーナーなどなどである。朝をピークに幽香はテンションが下がり続けて、どんより濁った眼になっていくのも仕方がないのかもしれない。

 しかし、生活がある。節制などしたくない幽香は働かざるを得ないのである。それに三人の大飯ぐらいを養う必要もあり、紅魔館の者たちのように四人で働いているのとはわけが違うのである。

 

「あのひじきみたいな髪の鴉天狗。今日は来ないかしら」

 

 妖夢のように言う花の妖怪。しかし彼女の場合は半分霊の人とは違い、純粋な期待からの言葉だった。手にはお菓子が詰まった箱を持っているので、その重さから多少よろける。力も幻想郷から比べれば弱くなっているので、軽々とはいかない。

 幽香ははあ、とため息をついてサンドバックの顔を思い浮かべる。頭の中では「へへー幽香サマー」と土下座している黒髪の鴉天狗である。記憶のねつ造のようにも見えるが、幽香の場合はいつか「してやる」と思っていることなので、将来的に実現するかもしれない。

 ちなみにこのことは幽香の中では、あの幻想郷での強者である天狗も脳内ランキングが三月精以下なのを表しているかもしれない。

 それはそうと幽香はお菓子コーナーで箱を下ろして陳列を開始する。妖怪ウォッチのお菓子から、彼女は始めた。おまけがついているお菓子である。

 

 

 

 

 ぶるっと文は身を震わせた。訳が分からずにあたりを見るが、なにもない。厚着のフランが振り返って「?」と首をかしげるが、文にも今の寒気の理由などわかりはしない。彼女は手に持った日傘の影からフランが出ないようにして思う。

 

「風邪、ですかね?」

 

 文はそう結論づける。しかし、風邪ごときで今から行く場所を断念するわけにはいない。この地球上で最近では因縁深い妖怪に一泡吹かせに行くのだ。それも文にはフランという、最強の盾があるから勝算は十分だった。

 文はフラン言う。

 

「いいですか。今から行く場所にいる緑の苔みたいな髪をした人は、とっても悪い人なので根堀葉堀にアリバイを聞き出してください。その間に私は証拠写真を撮りますから」

 

 文は先日取れなかった「働いている花の妖怪」を至近距離でカメラに収めて辱めやろうと考えている。ウインナーの恨みは深いのである。一人暮らしの社会人には福沢諭吉一枚と樋口一葉一枚がどれだけ重いか、天狗の心の黒さからわかるだろう。彼女はもはやUSBなどどうでもいい。

 復讐の公算ににやりと笑う文の頭の中では、幽香が泣いて謝っている。まさか、幽香の頭の中で自分が土下座しているとは思わない。それも江戸時代の農民のような言葉を吐きながらである。

 文は幽香の姿を幻想郷の全員に新聞で拡散するつもりだった。そんなことを知らないフランは彼女の言葉を鵜呑みにする。

 

「わ、わかったわ。その妖怪はとっても悪い奴なのね。あの白髪と同じように……」

「いえ、残念ですが。妖夢さんよりははるかに悪い妖怪です。……野放しにしておいては危険ですから私たちでとめないといけません。ついでに写真をいっぱいとってみんなに注意を喚起しましょう!」

 

 それを聞いてフランは深刻そうな顔で頷く。彼女もすでにUSBについては頭の片隅にやられている。忘れていないのは姉の件があるのと、犯人を見つければ自動的に帰ってくると思っているからだ。

 フランはきっと紅い眼を光らせる。それでも八重歯が可愛いので、恐ろしいなどとは誰も思わないだろう。しかし、彼女の心には燃えるような正義感が渦巻いていた。闇に系統しているレミリアが聞いたら頭を抱えるかもしれない。

 

「さあ、いきますっ!」

「ええ。光彦っ!」

 

 テンションが上がったフランに文はなんとも言えない顔をして、小柄な金髪の少女から日傘を外そうかと小一時間悩んだ。最終的にやらなかったが、彼女の耳には蝉の声も聞こえないほどの心理的葛藤があった。

 

 

 

 

 決戦の場所。スーパーの自動ドアが開く。店内から魚のBGMが聞こえる。

 花の妖怪がそちらを見て、やる気のない挨拶をしようとするがすぐにその眼が開かれる。それは歓喜からだった。口元が開き、思わず口角が上がる。

 

 そこには鴉天狗がいた。不敵に笑う、幻想郷最速の彼女。目的は買い物ではないことは明らかで、彼女の瞳はまっすぐ花の妖怪に向けられている。その後ろでちょこんと金色の髪が見えるが、花の妖怪は気が付かない。

 

 今、龍虎相打つ決戦――いや、花と鴉の相打つ、語呂の悪い戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 




次の更新は来週に。ちょっと諸事情により、今週は木曜から出張するので、いません。
木曜以降はコメントは返すのが遅くなるかと思いますが、していただければ喜びます。

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