東方Project  ―人生楽じゃなし―   作:ほりぃー

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それぞれの夜。


13話

 妖夢は歯を磨きながら、テレビを見ていた。

 淡い緑色のパジャマに濡れた髪。カーペットにだらしなく座ったまま、歯磨きをする彼女は、まさに女の子だった。多少疲れと誰も見ていないことで油断もしている。

 芸能事務所から用意された、一人暮らしでのワンルームマンションにただ一人。そうはいっても、ほとんど家にはシャワーを浴びるためと寝るためにしか帰ってこないので殆ど物はない。

 

「ぜーろー」

 

 テレビから「ゼロ」という音が聞こえて、ニュースが始まる。内容は政治から始まり、最後には今度アジアで大きなスポーツ大会が行われるといったものである。だが、それが全て終わる前に妖夢はテレビを消してから洗面台に行き、うがいをする。

 

 妖夢は洗面台で歯磨きをしまい。眠たげな眼で寝室へと向かう。体が鉛のように重く、今すぐにでも眠りたい。しかし、彼女はそれでも眼をこすりながら、寝室のドアを開けた。それでもすぐにしっかりと整ったベッドへはいかない。

 部屋に備え付けられたシンプルなデスクに向かう。妖夢はそこに座ってから、引き出しを開ける。引き出しの中にも無駄なものはほとんどなく、一冊のノートと筆箱が入っている。彼女はその二つを出して、ノートを開く。

 

 ――今日は、天狗がやってきた。斬り損ねた。次は必ず。

 

 妖夢が書いているのは日記である。大体毎日の恨み言が書かれている。それも天狗の割合が多い。彼女は毎日忘れないようにこれを書いている、たまにノートを引きちぎりそうになったりするが、我慢している。

 

「あれ?」

 

 つらつらと本日の反省を書いていると妖夢はあることに気が付いた。彼女は机から立ち上がって、仕事場に持っていくカバンを引き寄せる。机の横に置かれていたのだ。

 妖夢はカバンの中を探す。彼女は一冊のノートを探しているのだ。それも日記同様にあらゆる「想い」を書いたノートである。仕事場に忘れてきたのかと、妖夢はくりっとした瞳をぱちくりさせてから、首をかしげる。

 可愛らしい動作だが、やりたいことは殺伐としている。彼女はおっとりとした主人から離れ、その上天狗詐欺にあい、全国区で恥をさらしたことで、いろいろとたまっているのだ。

 

「どこにやったのかしら?」

 

 もちろんのこと、妖夢の探しているのはフランの持っている「斬るノート」である。だからこそ探したところでありはしない。

 

 そんな時に、妖夢のカバンの中からスマートフォンの着信音が鳴った。慌てて、妖夢はカバンの中を探して黒のカバーを付けたそれを取り出す。画面には「鴉天狗」と書かれていて、妖夢は眼を見開く。完全に眠気も吹っ飛んだ。

 妖夢は電話に出る。

 

「はい」

『あっ魂魄さん! こんばんは!』

「……ええ、こんばんは」

 

 顔の筋肉が勝手に引くつく妖夢だが、ここはぐっとこらえた。電話の向こうの鴉をおろす手段はないのである。

 

『いやあ、今日はすみませんね。いきなり押しかけてしまいまして』

「気にしなくていいわ。また、来てほしいくらいよ」

『もちろんまた取材にうかがわせていただきますよ。でもですね、魂魄さんにちょっとだけ御用がありまして』

「なにかしら。できるならば会って話したいと思っているところね」

 

 話した後に斬るのは、この会話からは矛盾しない。妖夢はこの会話中に一度も嘘は言っていない。本当に会いたいと思っているし、本当にもう一度会いに来てほしい。まるで恋人への感情のようだが、そんなに生ぬるい話でもない。

 しかし、そんなことは電話口の天狗とて理解している。

 

『いやあ、明日ですね。十六夜さんのカフェに来てもらいたいのですが、夜の8時くらいにですね』

「……なぜ? 仕事があるから難しいかもしれないわ」

 

 多少警戒し始める妖夢。ほいほいとこの電話の相手を信じたことで、全国の妖夢ファンの前で愛を歌うことになったのだ。会いたいが、騙されるわけにもいかない。天狗の用意した場など罠に違いない。それでも妖夢は来ることになる。

 なぜならば、撒き餌があるからだ。

 

『それはですね。私の知り合いの名探偵が、とあるアイドルさんのノートを見つけてくれまして。それを返したいなあと思っているんですよ! もしかしたら同じアイドルの魂魄さんは……持主を知っているかと思いまして、相談したいのです』

「……!」

 

 妖夢は臍を噛む。まさか、最悪の相手にノートがわたるとは思ってもみなかった。

 

『来ていただけない場合は……私としても持主さんに返すために新聞の広告欄へノートを載せてみようかなあ、なんて考えているのですが……』

 

 妖夢は、苦虫をかみつぶした顔で明日何があっても行くと、天狗に伝えた。

 

 

 

 

 

 シャープペンをくるくると回して、風見幽香は居間で家計簿をつけている。すでにその横では蒲団が敷かれて、そこに3人の少女が安らかな寝息をたてて寝ていた。幽香は電気は小さくして、彼女達が起きないようにしている。

 それに家計簿などという俗的なものをつけているとは、幽香も誰にも見せたいなどとは思わない。彼女はキリの良いところで家計簿を閉じて、傍らに会ったレシートと一緒に金属の箱にいれて、それをテレビの裏に置く。その上から布をかける。

 

 この行為を行う、幽香は、髪をまとめている。つまりポニーテールである。彼女は桃色の寝間着を着て、小さく欠伸をする。それでも彼女の足もとで寝ている、少女達を起こさないように声はださない。

 

「う、ううん……」

 

 寝ている一人、黒髪の少女のスターが寝返りをうった。幽香は腰をかがめて、そのお腹からずれたタオルケットをかけなおす。その顔はつまらなさげではあるが、手つきは細やかである。

 幽香は静かに台所へ向かう。冷蔵庫をこれまた静かに開けて、中から麦茶を取り出して、コップに注ぐ。それを飲んでふうと少し、気の抜けた息を吐く。顔も少しだけだらけているのは、妖夢と同じように誰も見ていないからだろう。

 それでも明日も早いのである。幽香はコップを洗って、しっかり拭いてから食器棚に戻す。それから彼女は自分も寝ようとして、携帯が鳴った。

 

「!……」

 

 小走りで携帯を置いてある場所まで行き、電話を取る。誰が相手かは確認してはいない。もちろん確認して、この夜に電話してきたことを後悔させてやるつもりである。寝ている者が起きたら、そう幽香はめんどくさいのだ。

 

「どこの馬の天狗かしら」

『うまの天狗!? それを言うならば馬の骨じゃないですか??』

「ああ、なんだ。馬の骨か……こんな時間に何の用かしら」

 

 電話口に出たのは今日も懲りずに来た、あの黒髪の天狗だった。だが、幽香は彼女を「馬の骨」という。ちなみに幽香は静かに居間から出ていく。

 

「こんな夜に電話してきたということは……それなりに緊急の用でしょうね? もしもくだらない理由はなら切るわよ」

『あ、あやや。切らないでください。用事はあります!』

「あなたの髪を切るかは……内容次第ね」

『えっ? 切るって電話じゃないんですか……ま、まあいいです。明日の夜8時に十六夜さんのカフェに来てください』

「いやよ。今度バリカンを持ってきなさい」

『じ、持参ですか!? く、くこの、い、いいんですか? あなたが働いているところの写真を私は持っているんですよ。それが拡散されてもいいんですか?』

 

 天狗は、脅してしまった。花の妖怪を。

 幽香はこめかみに筋を立てて、にっこりと笑う。無論、電話の先にいる天狗には見えないが、声のトーンが少しだけ明るくなった。彼女は相手を敵と認識したら容赦などしない。その点は妖夢とは違う。

 

「わかったわ。必ず行くわ」

『……ま、まあ当然ですね』

 

 強がる天狗の声に更なる怒りを覚えた、幽香。めきめきと携帯が音を立てるのは、なぜだろう。それでも幽香の顔はさらに笑顔になる、心底楽しそうに口元を綻ばせて、言う。

「そうね、当然明日はあなたに会うわ。何があろうともね。そこにあなたがいなくても、家まで行ってあげる。ああ、そうだ。明日のお昼ご飯できるだけいいものを食べておくといいわ。夜からは食べられないかもしれないから……それじゃあ」

 

 幽香は携帯に言う。その赤い唇が、小さく動く。

 

「明日、ね」

 

 

 

 

 

 

「負けましたー」

 

 紅 美鈴はコントローラーを投げ出して、敷いた蒲団の上に寝転がった。その横ではフランが勝ち誇っている。蒲団は二つ、並んで敷かれている。その前には小さめのテレビ。そしてさらにその前には「ウィー!」というゲーム機。

 フランはきらきらした目で言う。

 

「美鈴は、アイクを使うけど動きが遅いからもっと、速く動かないと!」

「妹様は強いですから、私じゃもう敵いませんよ……」

 

 美鈴もフランも互いに寝間着である。寝る前に一勝負とフランが言い出して「スマブラ」を起動させたのだ。それで美鈴はもう何度も負けている。実際の戦闘ならばともかく、ゲームではフランに勝てない。

 しかし、フランは少し真面目な顔をして言う。

 

「だめよ、この前には咲夜が相手してくれたけど……負けちゃった」

「え、ええ? あの人、本当に何でもできるんですね。……よし、じゃあ妹様」

「えっ」

 

 にこっと美鈴は笑う。彼女は起き上がって、コントローラーを握り。言う。

 

「特訓しましょう! 今度は負けないように……」

 

 と言ったところで、美鈴は気が付いた。テレビの液晶が一瞬黒く反転した時に、見えた。その一瞬に「メイド」が「はよ寝ろ」と言う顔で美鈴の後ろに立っていたのだ。あわてて、美鈴は後ろを見る。

 誰もいない。しかし、部屋のドアが少しだけ開いている。美鈴はぞっとして、息をのむ。まさか誰かいたのではと彼女は考えてしまう。

 

「めーりん。特訓ね! さあ、やりましょう」

 

 無邪気にフランは言う。だが、美鈴はこれ以上続けると何かとてもまずいことになりそうな気がした。だから言う。そろそろゲームはやめないといけないことはわかった。

 

「えっ、あっ。そ、それなんですが、実は、妹様は今日どこに行かれたんですか? なんだかすごく疲れてかえってこられたと聞きましたけど」

「えっ、うん。なんだかいろんなところにいったわ。白髪と緑の苔とあっ公園で椛と遊んだ! あと、アヤともずっといたわ」

「は、あ」

 

 美鈴は頭の中がこんがらがってくる。特に「白髪」「苔」「紅葉」とは何だろうと考える。おそらく誰かのことなのだろうが、フランの説明が抽象的すぎて全くわからない。まさか「椛」とはぱっと頭に浮かばない。紅葉のことかと彼女は想う。

 フランはあれから、射命丸 文に背負われてカフェに帰ってきた。それからまた、メイドの背に乗って帰ってきたのだ。そのせいでよく眠ってしまい。今は元気いっぱいである。だからこそ、美鈴と遊びたいのだが、美鈴は遊んでいると身が危ない。

 

「妹様、よかったら寝ながら話しませんか? 今日のことを」

「……ゲームは?」

「あ、明日しましょう。私もサービス業とか、しているのであまり休みは取れませんけど。取れた時は一日中やりましょう」

「本当ね? じゃあ、ね。そうだな」

 

 フランはそのまま、話し始めようとしたから美鈴は慌てて、彼女に横になるようにただす。しぶしぶフランが横になると、ゲームとテレビを消して、消灯する。それから美鈴も横になる。

 それでもフランも美鈴も寝るわけでない。

 

「それでね、アヤがこう、首を絞められてね」

「ははあ、その相手の妖怪は相当な手練れなんですね……」

 

 薄暗い部屋で、寝物語は続く。美鈴はフランの話を飽きることなく聞く。フランは飽きることなく話す。流れる時間に時計の針が小さく音をたてる。それでも二人は、仲好く話している。

 

「だからね。私は、真犯人がわかったの!」

 

 

 

 

 射命丸 文は湯船につかったまま、大きく伸びをする。今日一日の疲れがお湯に溶けていくような、そんな錯覚に陥るほどお風呂が心地よかった。それが逆に文自身が疲れていることを表している。

 

「ふぁあああ」

 

 文は欠伸をして、太ももを手でもむ。張っている気がするが、原因はわかっている。長距離にわたって吸血鬼を担いで歩いてきたからである。どう考えてもそれが主な原因としか考えられない。

 だから、文は湯船の中で自らの体をマッサージする。幻想郷ではここまで疲れたことは長い間なかった。それなのにこちらに来てからというもの、疲労は大なり小なりいつでもある。それはそれで、文としてはお風呂が楽しみになると思っているから、天狗は図太いのかもしれない。

 

「とりあえず、明日の手配はしましたから、ああ、後ではたてにもRhineを送っときましょう」

 

 文は濡れた髪を指でつまみながら、やるべきことが終わったか自問する。最後に小さく頷いて、湯船に口元までつかる。ぶくぶくと息を吐いてから、もう一度欠伸をする。たまにうつらうつらとなりそうなので、彼女は湯船から上がる。多少未練はあるが、純粋な眠気もある。

 

 文は黒のシャツと半ズボンというラフな寝間着姿、ベッドへ寝転がる。体がベッドに沈み込んでいく感覚がとても心地よい。しかし、文はそのまま寝ることはせずに身をむくりと起き上がらせて、のそのそとベッドから離れる。

 彼女はデジカメを取り出して、画像を確認する。

 

「いろいろ撮りましたねえ」

 

 ――魂魄 妖夢のスカートの中が見えそうな恥ずかしい写真。

 ――風見 幽香のエプロン姿。

 ――犬走 椛の膝をついた姿。

 ――姫海棠 はたてのクビになったサラリーマンのごとくブランコに座る姿。

 写真を見て、思わず文は笑ってしまう。一枚一枚が数週間に一枚取れればよいくらいのものであるのだが、今日は彼女の言う通り「いろいろ」撮れたといっていいだろう。そして文はさらに画像を検索する。そこにはとある吸血鬼の少女の屈託のない笑顔の写真。

 

「これがいちばんですかね」

 

 他に人がいれば言わないかもしれない素直な言葉を文が言う。彼女はデジカメを部屋の片隅にある机に置いて、言う。

 

「たかが一つのUSBで、とんだ騒動になりましたね……これなら、失くしてよかったです」

 

 文は服掛けに掛けてあるスーツを見る。あの日は黒のスーツを着ていって、帰ってから服掛けにかけた。だからこそ朝に起きて壁に掛けてある紺のスーツの内ポケットを――。

 

「あれ?」

 

 文は、何かに気づきかけて思考を打ち切る。いや、無意識に服掛けにある、黒のスーツを手に取って内ポケットを探る。そこには小さな何かがあった。文はそれを掴んで、ゆっくりと取り出す。

 文の手元にUSBがあった。文は背筋が冷たくなっていく。勘違いとしか言いようがない。しかも明日、容疑者なる人たちが一堂に会するのだ。その中の二人は自分に敵意を持っているから、集まって自分が真犯人だとばれれば命が危ない。

 

「…………」

 

 文は何も見ていないことにしてスーツの中にUSBを戻して。はたてに連絡しようとスマフォを探す。明日ばれるわけにいかないと、彼女は想う。

 さて、フランは真犯人を見つけることができるだろうか。

 




今考えると難しかったかもしれません。余計なことはいわないほうがいいですね。

次回は二部最終回なので、どうぞ最後までおつきあいくださればうれしいです。
みなさんも、おやすみなさい。

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