東方Project  ―人生楽じゃなし―   作:ほりぃー

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最終話は長くなったので、ふたつに分割します。
後編は一時間後に予約しました。


現れたヒーローの名は! 前編

 カフェに掛けられた、長時計がカチコチと音を立てる。短針はだんだんと八時に近づいていく。それは約束の時間が近いことを表している。

 射命丸 文はスーツを着ていた。それでカウンターに腰かけて、コーヒーを飲んでいる。ここはもちろん、十六夜咲夜のカフェである。いや、仲間内では「咲夜の」と言われているが、彼女は別に経営者ではない。単なるバイトであるのだが、もはやこの店は咲夜がいないと回らない。

 文は前髪を指で払い、大きな瞳で時計を見ている。彼女は黒のスーツを着ているが、それには白いラインが入っている。どこか男性のような恰好ではあるのだが、細身の彼女には不思議と似合っている。大きな瞳も、黙っていれば可愛らしい。椅子の横にはバックが置いてある。

 

 文の目の前では、咲夜が洗い物をしている。時間はもう夜の8時ともなれば、このカフェにお客としてくるものも少ないだろう。閉めていてもおかしくはないのだ。だがこれから数人の来客があるはずだった。

 その来客は文の命運を握る者たちでもある。特に緑色の髪の少女とアイドル家業をしている少女の二人は、命に関わる。それを回避するためには、文は真実を隠しておかなければならない。まさか今日行われる、探偵劇の犯人が自分だとは気付かれるわけにはいかない。

 

 だからこそ、文は仕事装束でここに来たのである。それは本気を表している。彼女の足もとにはカバンもおいてある。それも普段から使っている物だ。

 

「…………おいしいですねえ」

「そう? ありがとう」

 

 文はコーヒーを飲みながら言う、咲夜はちょっと笑って返す。褒められても余裕のある返答が、店内に静かに響く。ここには今二人しかいないのである。主役の探偵もいない。だから洗い物のお皿が当たる音が、たまに響く。

 そんな静寂で文は、自らの生きる道について考えていた。哲学などという高尚なものではなく、純粋に今日を生き延びるにはどうすればいいのかである。犯人とばれてはいけないが、どうせならば新聞のネタを収集したい。そこは仕事のプロでもある。

 

 そんな時にからんからんと入り口の鐘が鳴る。そこから、灰色シャツにサスペンダーの半ズボンを着た少女が入ってきた。青みがかった髪に赤い瞳、彼女はその眼で文を見て言う。

 

「ああ、もういたのね。……一応、結果については聞かないわ。それはそれで楽しみにしているから。もうあなただけは、今回の勝負の結果が分かっているから……だまっていてくれると助かるのだけど」

 いきなり入ってきた少女は、レミリア・スカーレットである。彼女は文に「勝負の結果」について言わない様に釘をさした。それで文はドキリとする。まさか、もう自分がUSB持っていることを知っているのかと思ったのだ。

 

「えっ? な、なにを言っているんですか。レミリアさん?」

「何を言っているのよ、あなたはあの日にフランと一緒に、探しに行ったのでしょう? じゃあもう見つかったか、見つかってないかなんて知っているはずじゃない」

 

 はあ? とレミリアは呆れたように返す。そこで文はレミリアとフランがやっているのは「USBを探す勝負」だと思い出した。元々犯人捜しではないのだ。しかし、フランも犯人を捜し出せば「USB」は見つかると言い、どちらかというと犯人を捜している。

 それはともかく、文はほっとした。どうやらレミリアにはばれていないようである。いや、わかるわけがないのである。と文は思った。

 

 レミリアはいつもの席を文にとられていることに顔をしかめつつ。適当なテーブルに座り、咲夜に紅茶を頼む。咲夜はそれに返事をして、用意をし始める。

 咲夜は何かメモを取って、エプロンのポケットに会ったペンで何かを書く。そしてそれを射命丸に差し出した。一応レミリアには見えない。

 

 ――USB見つかったのね? その反応だと。

 

 文はメモを見て咲夜を見た。少々油断した行為にしまったと心の中で思う。だが、文のどこかそわそわしている態度に咲夜は何かを察したのか追及はしなかった。

 そんな時にまた入り口から誰かが入ってきた。

 

 最初は知り合いの誰かだろうと文何気なしに見ただけだが、危うくコーヒーカップを落としそうになった。

 マスクに合羽。黒いサングラス。本当に「誰か」が入ってきたのだ。その腰には大小の刀を差しているが、誰なのかさっぱり見当もつかない。

 

「き、きたわよ」

「だ、誰ですかあなた!」

 

 不審者は文に「誰」と言われて驚いたのかあわてて合羽を脱ぐ。サングラスもとり、マスクもとると中から現れたのは銀髪で黒いリボンを付けた少女、魂魄妖夢であった。暑かったのか汗を書いているが、服装は何時もの緑のベストにスカートである。この格好を崩さないのはかたくなさを感じさせる。変装まがいの服装は、単にアイドルとしての「嗜み」であるのだろう。もはや彼女は出歩くときも警戒を怠ることができないのである。

 

 妖夢は咲夜とレミリアを見て、ちょっと顔をしかめると「こんばんは」とあいさつする。本来であるならば、目撃者のいない場所で鴉天狗をあれしたかったのだが、それもできそうにはない。彼女はてきとうに空いた場所に行儀よく腰を下ろして。

 

「で、なんで私は呼び出されたのかしら?」

 

 当然の疑問を文にぶつける妖夢。しかし、当の鴉天狗はコーヒーを飲みながら余裕ぶった態度で、答える。

 

「まあ、まあ。役者さんもまだそろっていませんし。それに八時まで時間もありますから、何か頼まれたらどうですか?」

「……」

 

 妖夢は憮然とした表情をしたが、どうせ後で隙を見て斬ろうと思っているので、咲夜たちの手前もあることからコーヒーを注文する。その間にレミリアも席について、いつも間にか用意されていたコーヒーを飲んでいる。もちろん砂糖はいれた。

 レミリアが頼んだのは紅茶のはずだが、もはやこの吸血鬼の主人は一言も抗議しなかった。

 

 それからしばらくして、また入り口のドアが開いた。顔を出したのは紅い眼をした、美しい女性だった。黒いシャツに白地を基調とした花柄のハーフ丈のスカート。それにすらっとした足にはヒールの高いヘップサンダルを履いている。

 彼女も呼ばれた一人、風見幽香だった。今日は髪を一つにまとめて、ポニーテールにしている。肩にはトートバックと手にはいつの物傘を持っている。

 

「あ、き、来ましたね」

 

 いろいろな感情から上ずる声で文が迎える。幽香は笑顔を作って傘を傘立てに入れる。それからトートバックからバリカンを取り出して――。

 

「ま、ままま待ってください。来てからいきなりそれはないでしょう!? お、かしいですよ買ってきたんですかそれ!」

「無駄な出費だったわ。本当に……ああ、でも安心しなさい。今朝テレビを見ていると高校球児も同じような頭をしていたから、恥ずかしいことはないわ」

 

 高校球児の髪型というと一部例外を除いてほぼ8割は坊主頭である。それでも文がそれになって恥ずかしいかどうかは別の話だが、幽香の眼は本気だった。言っていることは単なる戯言だが、虚言ではない。

 

「お、落ち着いてください。きょ、今日呼んだのは他でもないんです」

「他だろうが何だろうがどうでもいいのだけど、これ使わないともったいないでしょう?」

「そうね、もったいないわ」と妖夢。

 

 いつの間にか応援している半分霊を背景に幽香が文に近づいていく。その後ろでこそこそと金髪の髪の少女が店に入ってくる。しかし、文もただで坊主にされるほどやわな鴉ではなかった。咲夜は困り顔で、レミリアはわれ関せずと冷ややかに見ている。

 

「い、いいんですか。あ、あなたの写真をばらまきますよ。ほ、本当にいいんですか?」

「黒髪をばらまくわよ? いいわね?」

 

 文は「いいんですか?」幽香は「いいわね?」。わずかな言葉の違いだが、その強制力と実行への決意に大きな違いが存在した。だが、文の言ったとおり幽香と妖夢を呼んだのはもっと他の理由があるからだ。

 

 

「役者はそろったようね!」

 

 突然の声。一同が見ると、部屋の隅の椅子に気取った格好で座る一人の少女。金色の髪に余裕のある笑み。トレンチコートはぶかぶかだが、探偵のようなたたずまい。フランだった。

 

「わあ、妹様いつの間にはいってこられたのですか?」

 

 わざとらしく咲夜もお膳立てしてくれる。それに満足するようにフランは頷いて、立ち上がった。その挙動をレミリアは見ているが静かにコーヒーを飲むだけだった。

 フランはきらりと光る眼で文たちを見て、腰に手を当てる。そのまま自信たっぷりにいった。特に前置きはなく単刀直入に叫んだ。

 

「犯人はこの中にいるわ!」

 

 

 言い切った顔でフランは胸を張る。しかし碌に状況の説明をされていない幽香と妖夢は全く状況がつかめない。それでも聡明な頭脳を持つ幽香は、ここ最近でのフランと文の同行から見当をつけた。

 幽香は文の胸倉をつかむ。

 

「ねえ、天狗」

「しゅ、種族名で呼ぶのはどうかと……」

「どうもでいいわ。それよりも、確か昨日、あの子を連れてきて『USB』がどうのと来ていたわね。それに犯人って言うのは、もしかしてあれかしら?」

 

 幽香の手に力が入る。文のシャツにしわが寄る。

 

「あなたは私たちがそんなものを盗んだって言いたいのかしら?」

「…………」

 

 幽香が真顔で文に聞いてくるが、その迫力に不覚にも鴉天狗は眼をそらしてしまった。そう、こうなることがわかっているからこそ文は「自分が犯人である」ことをばらすわけにはいかないのである。ばれれば二人がかりで殺られる。

 妖夢もじろじろと見てくるが、文は「い、いやあ。私は単に名探偵の取材にきただけで、あなたたちを疑っているわけじゃないですよ」と長い言い訳をするだけである。

 それはともかくフランはコホンと咳払い。彼女はそれから、レミリアに言う。

 

「お姉さま。ここで犯人を見つけたら。約束を守ってもらうから!」

「……いいわ。フラン、逆も考えておきなさいよ?」

「だ、大丈夫よ真犯人はわかっているから!」

 

 姉妹が静かに火花を散らしている時に、姫海棠はたてが入り口から入ってきた。八時五分前であるが、別の意味では遅刻している。彼女は胸倉をつかまれている文と睨み合っている吸血鬼の姉妹、それに手持無沙汰で仁王立ちしている妖夢を見て、状況が分からず困惑した。

 

「あれ、なによ? どうしたの」

 

 聞くはたては入ってきて早々にいないもののように扱われてしまった。タイミングが悪すぎたといってよい。さっきフランが役者はそろったといわれているが、彼女は換算されていなかった。

 場を収めたのはレミリアであった。いや、収めたというよりは話を前に進めた。

 

「わかったわ。じゃあ話を初めてもらおうかしら。名探偵さん?」

「……」

 

 レミリアの言葉にフランは頷く。幽香も仕方ないので文を離して、そのあたりに椅子に座った。

 フランが息を吐く。今から行うことに集中しているのだろう。だが彼女は目を見開くとびしっといきなり魂魄 妖夢を指さした。

 

「まずはあなたよっ」

「わ、私ですか」

「ええ、一番怪しいと思っていたわ」

 

 いきなりの指名と突然怪しいと言われて妖夢は狼狽した。確かに文を鳥肉にしたいというささやかな願いはあるが、断じて物を隠したりはしていない。そんなことは武道をやるうえで許される所業ではないのだ。

 

「ち、違うわ。私はやっていない」

「……ええ、そうね」

 

 あっさりと認めるフラン。それに拍子抜けた妖夢はほっと息を吐くが、文が口をはさんだ。

 

「えっ、何でですか。一番怪しいというのには同感なのですが? フランさん!」

「この人じゃないわ……それはこの」

 

 フランは懐から、一冊のノートを取り出した。それには「斬るノート」と書かれた妖夢の日記帳兼恨み節帖である。ぱらぱらとフランはそれをめくるが妖夢はそれが出てきた時にみるみる内に青ざめて「ち、違うんです」と何かに言い訳し始めた。

 

「このノートが証拠は動かぬ証拠よ。この人が無実というね!」

「あ、あわああ」

 

 無実と言われても、妖夢の顔色は悪くなる一方である。しかし、フランはとあるページを開いて「朗読」し始めた。妖夢の顔は土気色である。

 

「『今日は鴉天狗がやってきた』多分これはアヤのことね『とても嬉しくて斬ろうと思ったが卑劣な策に引っかかり逃してしまった。次こそは必ずに』と書いているわ……。そうよ、このページはアヤがUSBを失くした日のページなのっ。書いてないのはおかしいわ!」

 

 おおと咲夜と文が言う。文はメモを取りながら、ちらりと妖夢を見ると、全員の前で秘密のノートを朗読されて下を向いている。だがしかし、フランは徹底的な調査を行っていた。

 

「私はこのノートを全て読んだわ。毎日のように恨み言が書かれていて、こんなにアヤのことを恨んでいるのに、アヤの物を隠したことを書かないなんて、不自然よ……」

「ぴえ」

 

 変な声をあげる白い髪の少女。フランはノートをぱたんと閉じて、それを妖夢に差し出さす。返してあげるというのだ。フランは笑顔で言う。

 

「だからあなたは無実よ」

「……ど、どうも」

 

 恥ずかしさで悶え死にそうな妖夢だが、無事身の潔白は証明されたが、いろいろなものも証明された気分である。顔が熱くなり、今にも泣きだしたい気持である。これも全て鴉天狗が悪いとも思えて、恨みが一層深くなる。

 

 その鴉天狗はいけしゃあしゃあと言う。

 

「で、では真犯人は誰なのですか?」

「慌てちゃだめよアヤ! 次はそのアヤが『ミドリゴゲ』と言っていた、えっとなまえしらないけど、あなたよっ」

 

 フランは風見 幽香を指さした。幽香はにこっとフランに笑いかけたから、フランもつられて笑ってしまう。

 

「私は風見幽香よ。吸血鬼の妹さん……へえ、その鴉天狗は私を緑苔と言っていたのね……覚えておくわ」

「い、良いんですよ。忘れてくれても」

「いいえ? どんなことがあってもわすれないわ。あなたにはいろいろと償いが必要のようだけど、今のところは不問にしてあげる。まあ、お楽しみには取っておくべきよね」

「そ、そうですね。あ、あはははは……」

 

 フランは文と幽香の会話の意味が分からずに首をひねるが、しかし次にきっぱりと言った。

 

「ユウカも犯人じゃないわ! 初めて会った時にUSBについてほとんど知らなかったし……それに、アヤよりずっと強いのにそんなことをする意味もないわ」

 

 幽香はその言葉に満足したように頷く。文はぎりぎりと歯を噛みしめて悔しさを隠す。衆人の前で「幽香>文」と言われてしまったのだ。また天狗のプライドにヒビが入ってしまった。だが子供の遠慮会釈のない言葉は相手など選ばない。

 

「ユウカはスーパーで働いている時に、もうアヤの首を絞めていたし……やっぱり犯人じゃないと思うの」

 

 さらりと秘密をばらすフラン。幽香は笑顔のまま固まり、咲夜とレミリア、それにはたてと妖夢の視線に不快感を覚える。「スーパー」で働いていることは、あまり大勢に知られたいことではない。ひくひくと口元が動くが、辛うじて笑顔は崩さなかった。

 

 そして推理は進む。フランははたてを指さして言う。

 

「あの遊んでくれたのも、犯人じゃない気がする」

「た、確かに私は犯人じゃないけど! な、なんか推理がてきとうじゃない??」

 

 はたては急に話を振られて、一瞬で終わったことに声をあげたが、フランは特に気にすることなく腕を組んだ。しかし、それでは犯人はだれなのかということになってしまう。

 文がそこを聞いた。

 

「じゃ、じゃあこの中に犯人はいないんですか? このスーパーの店員さんとアイドルさんが犯人じゃないなら、もう容疑者はいませんよっ」

 

 少し復讐を織り交ぜる文。幽香は「あとでシメよう」と思ったが、声を出さない。それにフランも首を横に振った。まだ推理は終わっていない。

 

「違うわアヤ。犯人はこの中にいるの。間違いなくUSBを持っていたはずで、まだ名前の挙がっていない……犯人が」

「そ、それは誰なんですか!」

「……」

 

 フランは腕を上げる。指をのばして「犯人」を指さした。

 

「あなたよっ。アヤ」

「え、ええ!?」

 

 全員の視線が文に集中する。被害者が犯人とは殺人事件では起こりえないが、紛失事件では十分に起こりうる。しかも犯人は当たっている。だが、文も命は惜しい。慌てたふりをしながら聞き返した。

 

「そ、そんなわけないですよ。それじゃあただの狂言じゃないですか」

「いいえ。アヤあなたが間違いなく犯人よっ、全ての現場を回っても容疑者を洗っても出なかった……それならあなたが持っていると思うのが自然よっ」

「い、いえ。それはおかしいです。何の証拠にもなっていません!」

 

 文も食い下がる。認めた瞬間に冷ややかな目で見てくる花の妖怪か赤い涙目で見てくる妖夢にやられてしまうのだ。しかし、相手は名探偵であるその点に抜かりはなかった。

 

「アヤ。このカフェにきたときに、あなたは咲夜からメモを見せられたはずよ」

 

 ――USB見つかったのね? その反応だと。

 

 文ははっとした。あのメモはブラフなのだ。咲夜もフラン側だったに違いない。たしかにその仕込みをする時間など昨日から今日までの一日であったのだ。フランはそれを見せて、文の反応を咲夜に確認させたのだ。

 

「咲夜。アヤのそぶりはどうだったかしら」

「妹様の言いつけ通りにしたところ、ちょっと挙動不審でしたわ」

 

 やはり咲夜はすでにフランから指示をされていた。第三者と思っていたことが文のミスであったのだ。フランはこれで決まったとばかりに、もう一度言う。

 

「アヤ。やっぱりあなたが犯人ね。これでこの事件はかいけ――」

「ちがいますよ」

 

 文はフランの言葉にかぶせた。その声はとても冷たい。確かに一から十までフランの言葉は正しい。それでも死にたくないのが鴉天狗である。この危機的状況で文は腹を決めた。

 

「私は残念ながらUSBは持っていません。ええ、たしかに十六夜さんからメモを見せられたのですが……ちょっと驚いてしまって挙動不審になったかもしれません」

「えっ、あ。あや」

 

 文は無表情である。これこそが彼女の本気である。彼女のまっすぐな瞳が、フランを見る。

 

「それでも私は持っていません……。そうでなければこんなことはしないでしょう? 容疑者を集める必要もないですし……見つかりましたとフランさんかレミリアさんに言えばいいのですから」

「た、たしかにそうだけど」

 

 流石の名探偵も容疑者への収集の根回しをした後に文が自分がUSBを持っていることに気が付いたとは思わない。その情報がなければ文の説明は筋が通っている。しかし負けることができないのはフランも同じである。

 

「で、でも咲夜のまで変なそぶりになったのは本当のはずよ」

「はい。でも私が持っているとは、言ってませんし……実際に持っていませんから」

「そ、そんな」

 

 フランは頭を抱えた。絶対の自信が天狗の詭弁に揺らいでしまう。それでも今まで黙っていたレミリアは立ち上がった。咲夜は困った顔だが、どうしようもない。

 

「どうやら勝負は私の勝ちのようね、フラン」

「ち、違うわ。お姉さま……」

「何も違わないわ。みっともない負け惜しみは言ってはダメよ」

 

 レミリアが厳しい言葉を言うのは、底の底で妹を想っているからだがフランはびくっと震えた。トレンチコートを掴んで「う、うう」と唸る。頭の中でいろんな情報がぐるぐると回るが、言葉にならない。

 

「負けたら、しばらくゲームは禁止。それに漫画は売ってもらうと約束したわね。フラン」

「……で、でも。それじゃあめーりんと、あ、あそべない」

「仕方ないわ。この勝負自体はあなたが言い出したのだから……」

 

 フランはさらに強くトレンチコートを掴む。今にも泣きだしそうになってしまう。彼女にとって「ゲーム」は大きな意味を持っている。それが僅かな期間の禁止であったとしても、とてもつらいことだった。

 特に4DSは特別なゲームである。

 

「お、お姉さま。わ、わたし」

「いつもゲームを持ち歩いているくらいは知っているわ。今だしなさい、フラン」

 

 レミリアは厳しい。彼女はフランの前に手を出して、今持っているであろう4DSを出させようとする。咲夜がなんとか仲裁に入ろうとするが、レミリアは一睨みする。これは姉妹間での重要なことだと、威嚇している。

 

「早く、だしなさい」

「……う、うう」

 

 フランはポケットからごそごそと4DSを取り出す。文と遠出した時には持っていなかったが、カフェや家の近くでは必ず持っている。それが仇になった。彼女は震える手でレミリアにそれを渡そうとする。

 

 

 

「あや、あや」

 

 その光景を呆然と見ていた文にはたてが言った。はっと文は我に返ったようにはたてを見る。

 

「ど、どうにかならないの? あれ」

 

 はたてにどうにかならないか聞かれても、この勝負自体は文が頼んだわけでも提案したわけでもない。勝手に吸血鬼の姉妹が始めたことだったのだ。だからこそ、文は何もいうことはないはずであった。

 文の危機自体は去っている。場の空気の冷たさが彼女を守っている。この状況では幽香も妖夢も彼女の向かっては来ないだろう。しかし、心のどこかで文はおもっていた。

 

 ――「楽しかったわ」

 

 不意に文の脳裏に浮かぶ、フランの笑顔。昨日公園を走り回った天真爛漫な姿。文は一度目をつぶって、何かを想う。それからはたてに片目でウインクする。それはこの幻想郷以来の友人への合図。

 文は一歩前に出る。

 

「あっやややや。今回は犯人が見つからなかったようですね!! いやあ残念です」

 

 なんだとはたて以外の全員が文を見る。それでも文はわざとらしく両手を広げて、やれやれと首を振る。ちょっと彼女は妖夢を見る。

 

「私はぜったい、あなただと思っていたのですけれどね、どーみても怪しいですし。銃刀法違反ですし!」

「な、なん」

 

 いきなり喧嘩を売られた妖夢はいきりたつ。しかし文はすぐに標的を変えた。幽香だ。

 

「この、お惣菜を作るのが似合いそうな人でも良かったのですけど……違って残念としか言いようがありませんね。警察に捕まってくれればよかったのに」

「……」

 

 幽香は片手で口元を隠す。眼は笑っていないが、口元がほころんでいるのを隠したのだ。わざとらしいその仕草に思わず笑ってしまう。それでも文は続ける。次ははたてだった。くるりと振り返って文は言う。

 

「はたては、まあ影が薄いのでないとおもっていましたけど、あやや、残念」

 

 他の者が見えないところでウインクを繰り返す文。はたてはそれにはっとして、乗る。わざとらしくても乗るしかない。

 

「は、はあ!? 私たちよりもあんたの方が犯人に有力だったじゃない! ……あ、あんたおかしいんじゃあない。自分が無実になりそうだからって急に饒舌になって」

「はたてぇ。私が犯人だっていう証拠はあるんですか? 自分の物を隠して狂言的に事件をでっちあげるなんて……しませんよ! 私はいつもバックの中に大切なものは隠しているのですから」

 

 やれやれ何を言っているんだとばかりに馬鹿にした態度を取る文。しかし、幽香はその言葉じりを捕らえた。

 

「バックに、しまっているじゃなくて。隠す? その表現はなんだかひっかかるわね」

 

 幽香は文のメッセージを受け取る。それから促すように言う。フランにだ。

 

「ねえ、名探偵さん。おかしいと思わないかしら」

「えっ、う、うん!」

「あ、あやや怪しいことなんて何もないですよっ!?」

 

 くすりとする幽香。反対に文は慌てだす。後ろの方では咲夜が壁の方向を見て、笑いを堪えている。そしていちはやく妖夢は文のバックを確保した。彼女も多少勘付いているが天狗への信頼感が零な彼女は本気で確保した。

 

「だ、だめですよ。魂魄さん! それを開けては」

「何がだめなのよ。ん。パソコンが入って……それに刺さっているのは」

 

 妖夢はバックを開けて中から一本のUSBを取り出す。それは「実際に失くした物」ではない。それでも外観は文以外は知らないのだから、それを指摘など誰もしない。それに文も大慌てで妖夢から取り返そうとするが、はたてと幽香に取り押さえられる。

 幽香はまた、フランに言う。

 

「これで証拠はそろったようね。言うことがあるのじゃないかしら、名探偵さん」

「えっ」

 

 フランは目の前で繰り広げらることに瞼をぱちくりさせてから笑顔になる。彼女は元気よく文を指さしてこう叫んだ。

 

「文、あなたがやっぱり犯人ね!!」

「ち、ちがうんです。ころすつもりはなかったんです!」

 

 わざとらしく火曜サスペンスのようなことを言ってうなだれ、へたり込む文。しかし、フランは少し涙目でも笑顔でレミリアを振り返った。

 

「お姉さま!」

「はあ……こんな三文芝居が……」

 

 一度レミリアは口を閉じる。彼女も無粋ではない。

 

「どうやら、犯人は見つかったようね。まあ、一応あなたの勝ちでいいわフラン。有料チャンネルは入れないけど……」

 

 その言葉にフランは飛び上がった。両手をあげて、歓声を上げる。

 

「やったあ!」

 

 

 

 

 

 

「よかったですね」

 

 文はぽつりと言う。フランの喜んでいる姿に、多少の満足を覚えた。彼女はへたり込んだままではと立ち上がろうとしたが、その両肩に幽香が両手を載せてきて立ち上がらせない。

 

「さてと、あとはあなたの処分ね」

「……っ。い、いやあ、感動の場面でそんな、い、いらないんじゃ」

「なにを言っているの? あなたは犯罪者よ。それ相応の罰を受けないと駄目ね」

 

 幽香が強く肩を掴んでくる。幽香が味方したのはフランにであって文にではない。そして文にはもう一人の敵がいる。

 

「そうね」

 

 妖夢は文の目の前に腰を下ろす。やっと復讐ができるという歓喜と今までの苦労がかさなって睨んでいるのか笑っているのかわからない表情になっている。しかもそんな精神状態だからか文の目の前で彼女はいわゆる「ヤンキー座り」をしている。完全に無意識だった。

 

 文ははたてに助けを求めるように目線をやった。天狗の仲間とはいえこの状況ではどうしようもない。だからはにかみながらこういうしかなかった。

 

「わ、私焼肉をおごってほしいわ、ね」

 

 とりあず罰を限定すれば、文の命くらいは助けられるだろうと思ったのだ。

 

 

 

 

 


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