東方Project  ―人生楽じゃなし―   作:ほりぃー

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おまけ。まったりと


おまけ 赤毛のメイドさん 前

 社会人の休日とはとても貴重なものである。日々仕事に追われる者にとっては日常の疲れをいやすために必要不可欠な時間であり、逆に平日にはできない事柄を行うことのできる時間でもあった。

 しかし、たいていの社会人にとっての休日とは「だらだらする」ための物であることが多い。貴重だからこそ、それをなにかの「用事」に使うことがもったいなく感じてしまうのかもしれない。

 

 それは幻想郷ではのんびり山の警護をやっていた犬走 椛には顕著に表れることになった。用務員として働く彼女には「祝日」がない。決まった休みもないから「土日」が休みかも運であり、他の者たちが朝早くに仕事へ向かうのをしり目にスーパーに買い物に行ったりするときもある。そしてかえってだらだらするのだ。

 

 今日も椛は畳敷き4畳半のアパートで座布団を敷いて一人、将棋のオンラインゲームに没頭していた――

 

 

 死んだような眼で椛は画面を眺める。モニターに映るのは電子化された将棋盤であり、相手方は「ハンドルネーム」という一種の偽名を使った日本のどこかの人間である。それでも河童くらいしか相手のいなかった椛には新鮮なことだった。

 先に書いた通り用務員として働く彼女には決まった休みなどはない。一か月何日という単位で休日を「設定」するのである。彼女はその休日を何するでもなく最初は過ごしていたが、友人の河童が組み立てたというパソコンをもらってからは大体ネットサーフィンか将棋や囲碁やらのネット対戦で過ごすようになった。ネット代は家賃に含まれてもいることが幸いではあった。

 

 

 外からは蝉の声が聞こえるが椛の部屋には扇風機の音とキーボード音だけが響いている。彼女は傍らにうぉーいお茶のペッドボトルを置いて、かちゃかちゃとマウスとキーボードをたたく。

 

「なかなか……手ごわい」

 

 椛はカチャと「飛車」を動かしてつぶやく。相手のハンドルネームは「Futo」という何をもじったのかわからないものだが、繰り出す手は定石にはないトリッキーな手である。守るべき時に攻め、攻めるべき時に守るという一見不合理な一手一手が椛の予想をことごとく覆していく。

 

「くっ、てきとうに打っているのじゃないのか?」

 

 椛はペロリと唇を嘗めて、画面の向こうにいるはずの相手に話しかける。もちろん返事はない。チャットもあるが、そんなことをしている暇もない。相手の手に困惑する椛だが、幻想郷では将棋を打つ相手など限られていたから強敵との勝負は心地よい快感もある。

 日本のどこの誰かはわからない。そもそも男か女かもわからない相手であるが椛はだんだんと眼を輝かせて、マウスを動かす。

 相手も中々の強者ではあるが幻想郷の外に来てからの椛はネットで数百戦もの経験を積み、その打ち筋は格段に精度を上げている。

 

「王手だ!」

 

 ターンとエンターキーを押す椛。その顔は勝利の確信に満ちた表情をしている。事実相手も投了を選択したらしく、画面には「勝利」の文字が現れる。そこで椛は一瞬だけぱっと笑顔になって小さくガッツポーズする。

 

 

 しばらくして椛はふうと息を吐くと背中から畳に倒れる。彼女は家にいることもあり、かなりラフな格好をしていた。薄手の白のシャツに黒を基調としてラインの入った丈の短いジャージ。明らかに外出する意思の感じられない恰好である。

 

 仰向けに寝ている椛の眼には天井は見える。彼女は勝利の余韻を味わうよりも頭を使った疲労感からぼんやりとそれを眺めることが好きだった。しかし、そんなことをしているから余計なことまで考えてしまうこともいつものことである。

 

「私は、このままでいいのか……」

 

 いつもいつも退廃的の一歩手前のような休日を過ごすたびに彼女は想う。一日中ネットをしていたのに「一日中なにもしていない」ような気がするのもいつものことである。だからと言って何をしたいということもない。

 

 椛はごろんと寝返りを打つ、座布団が腰のあたりにあるので、それを頭まで持ってきて枕にする。椛は部屋にある大きな窓を見つめたまま、少しだけ眼を閉じる。別に寝たいわけではなく眼が疲れただけである。

 だからすぐに彼女は起き上がった。シャツが少しはだけて肩口の肌が見えるが、ここは自分の家である。頓着などしない。昔は河童と一緒に暮らしていたが今は河童が「とても大切なこと」をしているので一緒にはいない。

 

 代わりに部屋の隅に大きなスヌーポーがいる。ぬいぐるみである。

 のそのそと椛はそれに近づく。彼女の上半身くらいはあるだろうそのぬいぐるみは、白い毛をした犬のキャラクターである。耳や鼻は黒いが垂れ耳で椛はそれがたまらく好きだった。数か月前に一目見て、惚れた。それからはスヌーポーのキャラグッズを友人には内緒で集めている。

 

 椛はそのぬいぐるみを引き寄せて、その顔に頬をすりすりとさせる。椛は心地よさそうに肌触りを楽しんでぎゅうと抱き付く。そう、「だきつく」ことができる程度の大きさのあるそれを椛は買う時に値段的な苦労したが、逆にいえばどうしても欲しかったとも言える。

 

「ふふふ、お前はかわいいなあ~」

 

 普段であれば誰にも言わないだろうことを言う少女。相手はぬいぐるみである。彼女はその犬のとぼけたような顔をみては微笑み、頬を赤くして笑顔で抱き付いたり、一緒にごろごろとする。よく一緒にお風呂を入っているから、毛並みは綺麗である。

 

 こんなことは家でしかできない。当り前であろう、こんな姿を誰かに見られでもすれば椛は真っ赤になってヘタな弁解でも始めるかもしれない。しかし、椛はとある脅威に気が付けずにいた。

 

 

 椛の部屋は狭い。いや、一人で住むならば別に問題がある広さでは決してない。どこかで同じくらいの部屋で五人で住んでいる者たちもいるが、ここには椛しかいない。しかし、問題はそこではない。

 部屋が狭いということは玄関もこの四畳半の部屋に隣接しているのだ。そのドアは椛の癖なのかチェーンで戸締りされていた。反対に言えばチェーンだけしかかかっていないのである。つまり人が入ることはできないが、ちょっとだけ開けて中をのぞき込むことができるということだ。

 

 そのドアの隙間から覗き込む眼が、二つ。音もなくぬいぐるみと戯れている椛を見ている。そうとは気が付かずに椛はスヌーポーの鼻づらを撫でながら、その手足を持ってぱたぱたと動かしている。

 

「こんどはリボンでも買ってあげようかな」

 

 椛は自分が付けもしないリボンをぬいぐるみに付けてやる気らしい。それも二つの眼はみている。じいと椛の恥ずかしい日常を見ている。

 

 ころころと部屋の中でぬいぐるみと転がる椛。いつもは固い口調も今日は崩れている。彼女はその至福の時を堪能しながら、ふと玄関の方に眼を向けた。しかし、その時にはもうドアは閉まっていて、椛は誰かに見られていたことに気が付いていなかった。

 

 

 姫海棠はたてはドアノブを掴んだまま、だらだらと汗を掻いていた。それは夏の熱さからではなく、冷や汗に似た類の物だった。彼女はごくりと息をのんで、片手に持ったビニール袋を握りしめる。中には大量のウインナーが入っている。いつかの残りである。

 

 はたては黒い半そでのシャツに胸元にはなにかのキャラクターのイラスト。それにスカートを穿いている。彼女はとある目的の為に椛の家を訪ねてきたのだが、インターホンを押す前に奇怪な声が部屋の中からしたため、こっそりと覗いてしまったのだ。

 

 ちなみに用事とは以前に文は大量に置いていったいウインナーのおすそ分けである。流石にあの日に全て食べきることなどできなかったのと、一人で処分できる量ではなかったからはたては椛にあげようと思ったのだ。

 

 そのせいで友人の恥ずかしい一面を見てしまった。

 

「…………」

 

 言うべき言葉がはたてにはない。普段の椛とは人が、いや天狗が変わったかのような姿に声音には驚きで思考が追い付いてこないのだ。それに今でも室内からは「毛がすべすべだね」と言う声がする。

 

 ドアノブから手を離して、はたては考え込んだ。このまま帰るにはウインナーの詰め込まれた袋を持って帰ることになるのだ。それは中々に重いため、あまりしたくはない。かといってこのままインターホンを押して、椛に疑われるのもいやである。

 

「あっそうだ」

 

 小声で言いながら、はたては服の中からスマートフォンを取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

「ん? 電話か」

 

 机の上で椛の携帯が鳴った。彼女はスマートフォンではなく所謂「ガラケー」であった。単純に携帯代と機種代が安かったのが、選んだ理由である。椛はスヌーポーを優しく離すと携帯を取って、画面を見る。はたてと表示されていた。

 

「はい」

『あっ椛?』

「どうしたの? 電話をくれるなんて、珍しいけど」

 

 文の前では固い口調な椛も、はたてにはどこか砕けた話し方をしている。警戒心が薄い証拠でもあり、仲の良い証でもあるのかもしれない。しかし、流石の椛も部屋のすぐ外ではたてが電話しているとは思わない。

 はたては椛の家にいきなり行くのではなく、いったん電話を入れてから訪問したという「形」にしようとしているのだ。これであれば、少し待ってからインターホンを押して、何事も「見ていなかった」かのように会いに行ける。

 

『いや、このまえね。文が大量にウインナー買ってきたのがウチにあるんだけど、一人じゃ食べきれないから、よかったらもらってくれないかなと思ったのよ』

「何しているんだ、あいつ」

 

 文はすでに「あいつ」呼ばわりである。いろいろとたまっているものが椛にもあるのだろう。はたてもあまり気にすることなく言う。

 

『まあ、ウインナーでのパーティは楽しかったけどね。椛も呼べばよかったんだけど、あれね、次の日私たちは休みだったけど、あんたは違ったから呼びにくかったのよ』

 

 休日が他の者と違うとこういう弊害もある。特に深夜まで飲み会などしよものなら翌日の仕事にはほぼ支障がでるのだ。

 

「まあ……呼んでくれてもよかったけど。それで? ウインナーだったっけ? くれるならありがたくもらうわ」

『ありがと。それじゃあ、今から行くわ』

「いや、いいだろう」

 

 いきなり椛の口調が変わった。声音も低くなる。

 

「さっきから、外から二重に声が聞こえてくるのだが、はたて。今どこにいる? いや、質問がおかしいな。何でそんな小細工をしている?」

 

 

 

 

 ――はたてはぞくりと背筋が冷たくなる感じがした。確かに椛に電話を入れてから訪問するという考え方は間違ってはいなかった。しかし、家の傍で電話をしたのはまずかった。

 

「な、なんのことからしら」

 

 はたては声を小さくしてから、そう聞き返してみる。少し椛も沈黙をしてから、聞き返してきた。

 

『わざわざそんなことする理由がよくわからないんだが、なあはたて。……一応聞いておくが何も見ていないな?』

「あ、当たり前じゃない!? なにも見ていないわ!!」

『その反応で確信した。なあはたて』

「なによ」

 

 はたての耳元でがちゃがちゃと金属音がする。それから電話口からこう、言われた。

 

『横を見てみろ』

 

 ツインテールの鴉天狗が震えながら首を動かす。そちらにあるのは椛の部屋、そのドア。先に説明した通りにチェーンしかかかっていないそのドアが、少し開いていてそこから血走った目をした白い髪の天狗がはたてを見ている。

 それから、はたての耳にこう聞こえてきた。電話越しにである。

 

『見……た……な』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 文ははたてに電話していた。駅の壁にもたれかかり、何度も続くコール音だけを聞いている。彼女は赤いブロックチェックのネルシャツとデニムのハーフパンツを穿いている。

 何度もかけているがどうにもはたては電話にでる気配がない。だから文は諦め顔でスマートフォンをポケットしまいこんだ。それから遠くにいる、少女に声をかけた。

 

「フランさーん。そろそろ行きましょう」

 

 文の声に金色の髪をした少女、フランがくるりと振り返る。彼女は白い半そでのパーカーで頭を多い、スカートを穿いている。パーカーは夏の暑い日差しを避けるために付けているのだろう、以前は陽の光に弱いから日差しを避けていたが、今は純粋に日焼け防止である。

 フランは少し離れたところにいたから、駆け寄ってこようとした、しかしすぐに足を止める。その止めた足がシャーと滑って文のところまでやってくる。履いている靴の裏にローラーが仕込んでいるから、足を止めても滑るのである。

 

「電話、終わったの? アヤ」

 

 フランはくりっとした目で文を見ながら言う。それに文は頷いた。

 

「なんでか相手が電話に出ないのですよ。なにをしているかはわかりませんけどね……まあ、大丈夫です」

 

 そういう途中に文の携帯が鳴った。彼女は返信が来たのかと思ったが、見るとRhineの着信である。しかし相手ははたてと表示されているから、文もすぐに確認した。

 

 →た 既読

 

 

「た?」

 

 メッセージは一文字だけである。流石に意味が分からずに文は首をかしげるが。おそらくタイプミスであろうと結論付けて、携帯をまたしまった。ミスであるならば、訂正した文が送られてくるだろうと思ったのだ。

 だから文は当初の目的を果たすために、フランを伴って切符を買い。プラットフォームに向かった。

 

 文の目的など単純である。フランに昼ご飯を食べさせて、少しの間遊ぶだけのことだった。依頼主は十六夜 咲夜であり、とある理由で深刻な金欠に陥っている射命丸 文に「千円札」を二枚ほど掴ませて承諾さえていた。文がはたてを呼んだのは、以前におにごっこをフランとしていたからである。肉体的な遊びをはたてに押し付けようとしていたのだ。

 

「何が食べたいですかね?」

「パフェ」

「うーん、それはご飯じゃないですね」

 

 文とフランは電車に揺られながら雑談をする。今日は単に昼ご飯を食べることと、それから夕方くらいまで遊びに行くことが目的であるから、以前のようにフランも気取っているところはない。

 

 文はふと、フランの好きそうなものを考えてみるが、ハンバーグやステーキのようなものは一食で千円札が一枚消滅する。かといってももらったお金でフランに節約させるのも気が引ける、なによりも器が小さい気もする。

 だからこそ文は考える。安くてもそれなりに食べることができて、フランも好きそうなものを考えているのだ。

 

「あっそうですね。あそこなら、きっと『割引』が効くはずですっ」

「なんの話なの? アヤ」

「ああ、今日のお昼御飯がフランさんだけ安く食べることができる……とも思う場所があるので、行きましょうか? 多分デザートとかもありますし」

「……いくわ。でも私だけワリビキできるってどこなの?」

「場所はわからないと思いますけど……まあ、知っている人はいるでしょうから大丈夫ですよ。私も行ったことはないので何とも言えないのですけれど」

 

 文は少し含みのあることをいい、フランもそれを感じたがよくわからないのでパーカーのポケットから4DSを取り出して、電源を付ける。考える興味を失ったのだ。

 

 今から行く場所は、ある意味ではその4DSが「買えた理由」でもある。

 

 

 

 

 

 

 


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