東方Project  ―人生楽じゃなし―   作:ほりぃー

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時系列的には。一番早いです。


おまけ:優曇華事件

 夜。空を見るとまばらな星々と、満月でも新月でもない中途半端に欠けた月の見える日だった。とある少女は近くの24時間開いているスーパーマーケットに行こうと夜道を歩いている。

 

 街灯が点滅しているのは電燈が切れかかっているのだろう。少女は「LEDにしなさいよ……」と最近覚えた言葉を使って呟く。幻想郷の美しい星々が見える夜でも怖いのに電燈がばちばちっと点滅する夜道などはもっと怖いのだろう。

 彼女は頭にキャップをかぶり、眼には黒い丸縁のサングラス。夜にそんなものを掛けているからたまに足もとがふらついている。髪は長く、薄い紫色をしている。その艶やかな髪はほのかに月明かりで光りながら彼女が歩くたびに揺れている。

 服装はシャツの上に黒のパーカー。それにホットパンツを履いている。だが太ももをさらけ出しているかというとそんなことはなく、レギンスを履いている。全体的に暗い。そんな姿だった。

 彼女の名は鈴仙・優曇華院・イナバという。元々の名前はもっと短かったのだが、色々な事情があり妙に長ったらしい名前になってしまった。そして、彼女も他の少女達の例に漏れることなく現代へ放り込まれていた。

 

 それもつい最近のことなので、まだ社会に慣れてはいない。彼女の師匠は河童と協力して何かやっているようだが、そんなことは彼女にはわからない。もう一人の主人に至ってはパズルだがドラゴンだか知らないがいつも何かやっている。

 

「はあ……早く幻想郷に帰りたいなあ」

 

 と鈴仙はぼやくが今すぐには帰れそうにはない。先の師匠は心配することはないと言っているが、それを信用しても問題の本質はそこではない。

 夜道の向こう側から誰かやってくる。鈴仙はびくっと震えて、物陰に隠れた。するとスーツを着た男性が歩いてきて、すたすたと歩いていく。おそらくは何の変哲もないサラリーマンだろうが鈴仙は彼がどこかに行ってから物陰からでてくる。

 

「……いったわね」

 

 ふうと息を吐く。鈴仙はともかく人間が苦手なのである。幻想郷では人里に来て薬を売ったり「ウルトラソニック眠り猫」なる奇妙な物を売りつけたりしているが、別に好きでやっているのではなく、孤立を恐れて行商をしているのだ。

 幻想郷の人里には多少なりとも慣れがあるが、現代の社会ではそうもいかない。そもそも彼らはなにを喋っているのかよくわからない。「すまほ」だとか「かいらんばん」だとか「りさいくる」だとか「敷金礼金」だとかあまり聞いたことのない単語を使うので、あまりしゃべりたくはないのだ。

 それでもスーパーマーケットに行って食料品を買い込まなければならないので、彼女はまた歩き出した。お昼時には人が多いのと夜には売れ残った物が安くなっていることがあるのでどうしてもこの時間に出歩かなければならないのだ。

 

 鈴仙はポケットに手を突っ込んだまま歩く。背が少し丸くなっているが、それは姿勢が悪いというよりはおっかなびっくり歩いているからのだろう。しかし、彼女を正面からみればどことなく威圧されるような印象を受けるだろう。

 

 そんな恰好をしているから、彼女は災難に会うことになったのだ。そして、後々に語り継がれる「事件」へと発展することになる。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 あれから買い物を終えた鈴仙は懐から懐中時計を取り出して見た。そこで時間を確認して、食料の入ったビニール袋を手首にかける。それから来た方向とは逆に歩きだした。つまりは帰宅の途についたのだ。

 

 黒のサングラスをかけているから前があまり見えない。少しずらして歩く。そこから見える紅い瞳がきらりと光る。それこそ彼女がサングラスをかけている理由であるのだが、だからと言っても歩きにくいことは変わりない。

 

 住宅街を歩く鈴仙。家々には明かりがともっているがそこから声など聞こえない。現代の住宅は防音がしっかりしていて昼ならともかく夜は静かである。それに住宅街は人通りがすくないから不気味でもある。

 鈴仙は少しだけ怯えるように眼を動かしてあたりを警戒する。たまに後ろを振りむいて誰もいないか確認する。人は苦手で会いたくないが、いなければ怖い。それが鈴仙の今の気持ちだった。ともかく鈴仙は早足に歩いている。

 

「…………あっ」

 

 鈴仙は声をだした。ちょっと先に二人組の人間がいたのだ。服装は青いシャツの上にジャケットを着ている。頭には大きなエンブレムのついた帽子を付けているようだ。鈴仙はそれをみて物陰に隠れてしまったが、逆に二人組が気づいた。

 

「こんばんは、お姉さん」

「えっ? あ」

 

 二人組が近づいてきてその片方が鈴仙に話しかける。よくよく見ると胸元には「警視庁」と書かれている。要するに警察である。彼らはパトロールの途中で鈴仙を見つけたのだろう。ただ歩いているだけなら話しかけることもなかったが、隠れた彼女を不思議に思って声をかけたのだろう。

 警官の片方は若い男でもう一人は髭の生えた中年だった。声をかけたのは中年の方で、つまり髭の警官である。

 

「えっえ? こ、こんばんは」

 

 いきなり声を掛けられて鈴仙はしどろもどろになってしまった。警官の二人は鈴仙の挙動不審な様子に顔を見合わせた。だからと言っても鈴仙の声はどうみても若い女の子である。あくまで優しく髭の警官が聞いた。夜道を女の子が一人で歩くのは純粋に危ないこともある。

 

「お姉さんは、ここで何をしているのかな?」

「……何を? そ、そんなに大したことじゃないわ」

 

 鈴仙はなんとなく隠してしまう。ぼかして答えるのは答えたくないときの常套手段だが、この場合はまずかった。警官の前で隠すということはあまりいい印象は与えられない。それどころか疑われる原因になりうる。

 

「……お姉さん。名前は? どこに住んでいるの?」

「…………」

 

 案の定疑われたらしく少し問い詰めるように髭の男は聞いてくる。鈴仙も鈴仙で警戒してしまい、一歩後ろへ下がってしまう。そもそも彼女は彼らが「警官」などということ自体あまりピンと来ていない。つまり彼女にとっての彼らは「不審者」なのである。

 もちろん鈴仙自身も警官から見れば「不審者」である。ある意味では異文化同士の交流なのだが、この場合は最悪であろう。お互いが不信感を持っているのである。

 

「お姉さん? 身分証出してくれるかな」

 

 若いほうの警官が詰め寄る。すでに彼らの質問は「職務質問」になっている。むろん鈴仙にそのようなことはわからない。だから無言でさらに下がる。サングラス越しに睨み付ける。そもそも身分証などまだ持っていない。

 

「……あなたたち。何者なの?」

 

 鈴仙は聞く。何者もなにも公務員であるが、そんなものは幻想郷にはいなかったのだからわからない。彼女からみれば、夜道でいきなり話しかけてきて「身分」などというものを聞いてくる謎の二人組である。

 そして鈴仙が相手に話を聞いたこと自体もとある考えがあったからだ。時間稼ぎである。

 

 意味の分からない質問で困惑する二人の警官の前で鈴仙はサングラスを取った。彼女の瞳、怪しげに光る紅い眼。見た者を魅了しそうなほどに美しかった。

 

「わるいけど……少しだけ『狂って』もらうわ。手加減してあげるから、安心しなさい」

 

 鈴仙はその紅き瞳で警官たちを凝視する。二人の男はその怪しさに魅かれるように見てしまう。それを見て鈴仙はにやりと笑う。「かかった」とほくそ笑んだのだ。

 そう、鈴仙の瞳には力があった。その妖艶な光の宿る両目を見ると人は狂気に陥るのだ。だからこそ彼女はサングラスを掛けて力をセーブしていた。うっかり何の魔力もない一般人と眼が合っては大変なことになるからだ。

 狂気を操る程度の能力。それが鈴仙の力である。実際にはもっと大きな「波長」も操れるが、今は目の前の二人が「狂え」ば問題ない。

 そして鈴仙の目の前で二人の警官は呆けている。彼女はうまくいったと思い、ふふんと得意げな顔をした。彼女の言った通り多少感情の波を「狂わせた」だけで、手加減したから後遺症もないだろう。

 そう思って鈴仙は髪をかき上げて「狂っている二人」の横を通りすぎようとした。

 

「い、いや。お姉さん。どこにいくの?」

「ふえっ!?」

 

 その鈴仙の肩を髭の警官が掴む。月のウサギあまりのことに奇妙な叫び声をあげた。

 

「えっ? え。あ、あなた平気なの?」

「えっ? な、何がでしょうか? い、いきなりサングラスを外して意味の分からないことを言われても……」

 

 鈴仙は眼をぱちくりさせる。どうにも目の前の男は平気そうである。それどころか彼らが呆けていたのは「鈴仙の意味の分からない行動」を見たからで、別に感情の波長に乱れなどない。そこではっと鈴仙は気が付いた。

 

「ま、まさか。何かしらの訓練を受けているの?」

「く、訓練ですか? まあ、それなりに鍛えていますが……」

 

 やはりと鈴仙は警官の手を力強くはらい、ばっと身構える。まさか自分の能力が効かないほどの使い手だとは思わなかった。それに現代では空を飛べないから能力自体も減退しているのかもしれない。悪い条件が重なってしまったのだろう。

 彼女はごくりと息をのんで、右手を上げて人差し指をのばして親指を上にむける。つまり指を「銃」のような形をしたのだ。

 能力が効かないのであれば、実力行使しかない。鈴仙は右手を警官に向けた。それはまるで銃を突きつけるような恰好だが、警官たちから見れば指を指されているようにしか見えない。

 

「……動けば撃つわ」

「……」

「……」

 

 鈴仙は人差し指を男達に向けながら、少しずつ後ろへ下がっていく。人間を傷つける気は全くなかったが、能力も効かない相手であれば仕方がない。彼女はいつも「弾幕ごっこ」で銃弾のような弾幕をつくるが、無論のことそれを人間に当てれば相当なダメージになる。

 ゆえに手を「銃」の形にして脅したのだ。あくまで自分の能力も効かないほどに「訓練」している二人に対しての非常手段である。しかし、髭の警官には彼女の行動の意図が皆目見当もつかない。

 

「あ、あのお姉さん。だ、大丈夫?」

 

 警官は動いた。脅しているにも関わらず鈴仙の言葉を無視したのだ。だが彼女もいきなり本人を撃とうとは思わない。きらっと鈴仙の眼が光り、その右手が地面を向く。その指先から『弾丸』が発射されて、警官の足もとを穿つ――

 

 ――はずなのに何もでない。

 

「あ、あれ?」

 

 鈴仙は驚愕した。弾丸がでない。確かに現代に来てから忙しいこともあり「弾幕ごっこ」なぞやってはいないが、それでもおかしい。

 

「……お姉さん」

「よ、よらないでっ」

 

 鈴仙は手を髭の警官本人に向けてから、人差し指に神経を集中させる。でもなにも起きない。煙もでない。

 

「な、なんでよ!」

「なにがですか!? さっきから大丈夫ですかお姉さん? お酒飲んでる?」

 

 警官が近づく、鈴仙はびくっと震えた。能力が効かない、弾幕もできない。彼女はがたがたと体が震え始めたのを感じざるを得ない。元来臆病であるのに「力」が使えないのであれば、それに拍車がかかる。

 慌てた鈴仙は左手も上げた。そちらも銃の形を作って、集中する。しかし右手と同じく「弾丸」はでない。それで更に彼女は動揺した。逆に警官の達は彼女を心配して近づいてくる。それがなおさら鈴仙には怖い。なんで近づいてくるのか訳が分からない。

 

「こ、このお」

 

 鈴仙はぱっと下がる。眼には涙が溜まっている。両手は前に突き出して、二丁拳銃の構え。買ってきた食料のビニールはいつの間にか地面に落ちている。それでも彼女は必死に「弾丸」をだそうとした。鈍っているにしても身を守るにはなんとか出すしかない。

 この月のウサギには迫ってくる警官が歪んで見える。涙で目の前がぼやける。そんな状態だからこそ、彼女は叫んだ。いや気合を入れればなんとか「弾丸」出るのではないかと期待したのだ。しかし、彼女の叫びは――

 

「ば、バババばーん!!」

 

 口で銃声を叫ぶ鈴仙。静かな夜に恥ずかしい叫びがこだまする。

 警官たちは顔を見合わせてぴたりととまる。もちろん「弾丸」は出ていない。しかし、鈴仙の行動は二人の警官に明確な変化をもたらした。

 髭の警官が鈴仙に眼を向ける。憐れなものを見る目で、彼女を見る。

 

「…………」

 

 鈴仙もそれに気が付いて、顔がゆでだこのように赤くなっていく。そろそろ自分の恥ずかしさが分かってきたらしく、彼女は震える。先には恐怖で震えたが今は羞恥で震えている。

 

「ち、ちがうのよ」

 

 涙目で顔の赤い鈴仙は言う。彼女は自らの手を警官の前に示しながら、言い訳する。

 

「こ、ここから弾丸がでるのよ……!」

「……だ、んがん?」

 

 ついに口で説明し始めた鈴仙。二人の警官の眼は慈しみに溢れた優しさを見せる。意味自体はわからないが髭の警官はニコッと笑ってうんうんと頷いてくれはじめる。だが、流石の 鈴仙にも自分が哀れまれていることは気が付いた。それで一気に目から涙をあふれだした。

 

 

 

 

 

「あ、ああああああああああああああああああああ!」

 

 あまりの恥ずかしさに鈴仙は身を翻して逃げた。後ろでは「あっお姉さんっ!?」と聞こえるが鈴仙は必死に走った。能力も弾幕も発動できないが、流石に人間に追いつかれるわけないと思ったのだ。というかそれが最後の希望だった。

 

 ――「わるいけど……少しだけ『狂って』もらうわ。手加減してあげるから、安心しなさい」

 ――「……動けば撃つわ」

 

 自らの言った言葉が頭の中でよみがえる。鈴仙は顔を両手で覆い、くぐもった悲鳴を上げる。もう、殺してくれとすら思う。恥ずかしすぎて本当に死にそうである。このまま家に帰ってベッドに潜りこんでしまいたい。

 

 しかし、早々世の中は甘くはない。

 

「確保おぉ!!」

 

 だっだっと鈴仙の後ろから叫び声とともに警官が迫る。日頃から鍛えている警視庁の精鋭の脚力は生半可な物ではない。鈴仙は後ろを走りながら、振り向いて絶望を感じた。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「それで、何で逃げたの?」

「こ、怖くなって。それで」

 

 町にある交番で鈴仙は取り調べを受けていた。彼女は椅子に座っていて間に机を挟んで向かいに髭の警官が座っている。ただ詰問されているというわけでもなく、髭の警官の入れてくれた日本茶が彼女の傍で湯気をたてている。彼女は帽子を取っているから、頭にはヨレヨレのウサギ耳が見えている。

 それを見た時、警察官たちは眼を見開いたがなにも言わなかった。

 

 そこにあの若い警官が入ってきた。手にはラップを張った丼を持っている。それを鈴仙の前にことりと割り箸と一緒においた。それを見届けてから髭の警官が言う。

 

「さっ、お腹が減っただろう。食べなさい」

「…………」

 

 もう言うがままなすが儘に鈴仙は丼からラップをはずす。いい匂いがした。

 卵の絡んだカツが御飯の上に載っている。出前で取ったのだろうか、暖かい。鈴仙はそのカツを箸でつまんで、食べる。

 

「美味しいかな?」

「……ええ、おいしいわ……」

 

 口の中に肉汁が広がる。美味しいからだろうか、涙の味がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 交番の近くの電柱からその少女は顔を出した。

 癖のある髪が肩まで伸びて、鈴仙とは違う綺麗なウサギの耳をした少女。

 

「は、はらが、よ、よじれる」

 

 電柱をばんばんと叩いて声を押し殺す少女の名は因幡てゐ。彼女は暇なので夜道を帰ってくる鈴仙を驚かそうと待ち構えていたところ一部始終を目撃していた。それから連行される鈴仙を尾行してきたのだ。

 てゐは一度笑いを抑えて、誰に言うでもなく言う。

 

「でも、力を使えないのはまずいね。これはみんなに教えないと」

 

 にやにやと笑いながら彼女は夜道を走っていく。この夜のことが幻想郷の少女達に広がり、のちに「優曇華事件」と言われるようになるがその伝道者は、彼女だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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