東方Project  ―人生楽じゃなし―   作:ほりぃー

29 / 95
2話

 朝の陽ざしに眼を細めながら、雲居一輪は庭を歩いていた。

 夏の早朝とはいえども肌を撫でる風は冷たい。しかし、それが逆に気持ちいいとも感じることができる。

 一輪は袈裟を着て、頭巾をかぶっている。だから青い髪セミロングの髪はウェーブのかかった前髪しか見えない。首には赤い球体のついた飾りをかけている。実は袈裟の下にチラチラとフリルのついた白衣が見えるのは、隠れたオシャレだろうか。

 

 一輪は「命連寺」の境内を見回ることを朝の日課にしていた。彼女の師はともかく、他の者はまだ起きていない時間だからこそ、なんの気兼ねもなくそれができるのだ。もう少し遅くに見回りをすれば「おはようございまーす!!」と大声で挨拶されかねない。返すのが恥ずかしいのである。

 

 無論、ここは「命蓮寺」ではない。幻想郷でもない。

 一輪達も他の例に漏れることはなく、幻想郷の外へ飛ばされてしまったのだ。しかし、そこは彼女達の頭である聖女「聖白蓮」の人徳もあり、とある幸運に恵まれることができた。

 

 現代日本では「寺」などの継承問題が起こっている。昨今問題となっている農業、漁業、林業などの一次産業の後継者確保問題と同じ問題が宗教機関の間でも起こっているのだ。

 ここ「命連寺」もその問題から逃れることはできていなかった。つまり、聖がやってくるまではである。

 元来的に仏教徒は禁欲的な教義を主とする。それは開祖たる釈迦自体が世の中からの「解脱」を説いたから当たり前と言えるが、敬虔な仏教徒である白蓮もこの現代にきたときの貧しさには耐え抜くことができた。信仰心がそれを支えたともいえる。

 

 もちろん船を操舵することを仕事としていた少女やネズミなどは、かなり苦労はしていたようではあるが、それでも幻想郷からきた他の者たちに比べれば「まし」だったのかもしれない。

 

 そんな中で聖はとある真言宗派の寺である「命連寺」に立ち寄った。

 元々そこにいた住職も継承者に不安を覚えていたこともあり、深い仏教への理解を示す白蓮と意気投合した。そこから一行は居候をするようになり、数か月たった今では住職も寺の継承者として「聖白蓮」を説得にかかっていた。流石にまだ、受けてはいない。

 

 女性の継承者を奇異に見る者もいるが、前例のないわけでもないうえに白蓮の人柄に一度触れれば皆が納得した。蛇足だが女性の住職で天台宗の聖地「比叡山」に勤めて、書物を多く著している者もいる。

 

 そんなこんなで白蓮一行は屋根のある寺に寄寓することができた。住職は別の家があるらしく、寺のことについてはほとんど白蓮に任せている。寺ということもあり生活整備も最低限の物しかないが、それでも幻想郷で七輪で飯炊きをして五右衛門風呂で生活していた少女達には何の苦にもならなかった。

 

 

 

「うーん」

 

 一通り境内を見回ったあと、一輪は大きく伸びをして体をほぐした。彼女が振り向くと、本堂が見える。瓦葺きの一階建て木造建築は、伝統的な和様の寺院建築である。最近では鉄筋コンクリートで造ることも多くなっているから貴重な文化遺産ともいえる。

 

 一輪はさらに大きく体をのばす。袈裟を着ているから体のラインが分かることはない。まさか、数日後にとんでもないほど恥ずかしい目に合うとは現在の彼女は気が付いてない。

 だからのんきに一輪は体操をする。見回りをするといっても、何か目的があるわけでもないし。幻想郷のように妖怪が紛れ込むようなこともほとんどないから、健康的な日課くらいにしかなっていないのだ。

 

「おはよう。一輪」

 

 声にはっとして一輪は振り向いた。そこには一輪と同じく袈裟を羽織った女性が立っていた。ただ下は黒衣を着ており、長い髪は頭頂が紫だが、下になるにしたがって色が変わり、毛先は黄金色になっている。その美しい髪が風に舞い、女性は手で押さえる。

 

「おはようございます。聖様」

 

 一輪はかしこまって挨拶する。そう、この目の前に立っている女性こそが聖白蓮であった。彼女は一輪のあいさつを聞いて、柔和な笑みを浮かべる。その表情を見るだけで何かに包まれるような優しさを感じさせることができるような、自然な微笑みであった。

 

「精が出ますね……水蜜なんてまだ寝ていましたよ?」

「はあ……ほおっておくと、鵺さんよりも遅く起きてくることがありますからね」

 

 一輪と聖はふふふと顔を合わせて笑う。身内のだらしない姿を思い浮かべて、思わず笑ってしまったのだ。そこで聖は微笑んだまま「少し、歩きましょうか?」と一輪を誘う。無論のこと、青い髪の少女には断る理由などない。

 

「お供させていただきます」

 

 と頭を下げる。まさかこれが、自らの恥辱の始まりだとは思ってはいない。しかし、それは自らが撒いた種であるということは、少し後にわかるのだった。

 

 

 

 聖と一輪はゆっくりと境内を散歩する。砂のざっざっと言う音だけが響く静寂が、どことなく心地よい。蝉もまだ寝ているのか、ほとんど鳴いてはいない。

 二人は今日の天気だとか、昨日のことだとか、同じく修行している者たちの話だとかをゆったりと話す。時折漏れる小さな笑い声はどことなく優雅で趣がある。

 

 一輪はこの時間をなによりも好きだった。朝の時間が少しずつ過ぎていき、だんだんと周りがあたたかくなっていく中で、聖と会話する。それだけで心が清らかになっていくような気がする。

 

「そういえば、一輪?」

「はい、なんでしょうか?」

 

 聖はふと振り向いて、にこっと一輪に笑みを向ける。しかし、何故か一輪はぞくっとしたものを背中に覚える。笑っているはずなのだが、目の前の女性を恐ろしく感じるのは何故だろう。

 もちろん理由はすぐにわかった。

 

「おととい飲んだ、チューハイは美味しかった?」

「……がおっ!?」

 

 思わず後ろに下がる一輪。「チューハイ」とは酒類の一種であることには説明の要はないだろう。しかし、問題はそこではない、一番の問題は「仏教徒」である「一輪」が「飲んだ」ということが何よりも問題なのである。

 

「……な、なぜそれを」

 

 汗をかいて震えはじめる一輪。彼女は堂々と酒を飲んだのではなく、隠れて飲酒を行っていたのだ。基本的に敬虔な仏教徒である彼女だが「禁酒」の戒律にだけは納得していなかったためである。だが、聖にばれていることで彼女の心臓がどくどくと音を立てている。

 

「河童さんが、昨日こんなものをもってきたのよ」

 

 聖が懐から出したのは一枚の写真だった。そこにはわざわざ法衣を脱いでスーパーの酒類のコーナーを物色している青い髪の少女が映っていた。説明するまでもなく一輪である。

 

「……」

 

 目が泳ぎ始める一輪。変装して、遠くの町のスーパーに行ったというのに証拠写真をばっちりと撮られていたのだ。もちろんこの後、隠れて飲酒をしている。それは一人でやったわけではないが、そんなことは今重要ではない。

 

「さて、どうしたものかしら……。この写真も一枚千円だったのですが……。これも弟子の更生の為と購入しました」

「っ。かっ河童め、ひ、聖様にう、うりつけるとは、ふ、ふとどきな」

 

 河童に責任を擦り付けはじめる。しかし、そのような小細工が通用するほど聖白蓮は甘くはない。彼女は笑顔のまま、一輪に近づいてくる。普段温和な者が怒った時ほど怖いことはない。

 だがしかし、ここで一輪も肚を決めた。昔からの疑問をぶつけようと思ったのだ。彼女はぐっと腹に力を入れて、多少挑むかのように聖に言う。

 

「ひ、聖様は禁酒の戒律についてどう思われますか?」

「…………」

「確かにわが宗教においては、飲酒は禁じられております。しかし、世を楽しみ、人のともにあるには『酒』という物が重要なのではないでしょうか?」

「…………」

「度が過ぎたるは及ばざるがごとしと申しますし……一切の禁酒となれば、それには弊害があるかと……おも、う、のですが」

「…………」

 

 目の前に聖がいる。笑顔のまま。一輪はだんだんと声が小さくなり、今にも泣きだしたくなってしまう。だが、聖の次に発せられた言葉は予想外の物であった。

 

「確かに一輪の言にも一理あるのかもしれません……」

「!?」

 

 聖はいわゆる原典主義者ではない。新たな考えを許容する大らかさを持っている、そうでなければ「妖怪を救済しようとして封印」などされるわけないのである。

 

「お釈迦様が入滅なされてから天竺より、唐(から) を通って我が国にお教えが来るまで……いろいろな考えの変遷がありました、それは我が国でも平安、鎌倉の世にも多くの聖人により考えが深まりました」

 

 聖は手を合わせて祈るようなしぐさで、静かに言う。まるで一輪に言い聞かせるかのように。

 

「その流れの中で仏様のお教えは体系化され、現代に至っています……たしかに嘆かわしいこともありますが、それもまた一輪の考えの通り人の営みの上に成り立ったものなのでしょう……」

「そ、それではっ」

 

 ぱあと許されたかのような顔をする一輪は、聖が自分の意見を肯定してくれたかのように錯覚したのだ。だが聖の言っていることはそんなことではない。

 

「しかし一輪? 物事をよく考えて行うことはよいことですが『やったことを後でやっていい』と言うことは違いますよ?」

「あ」

 

 駄目だ。一輪は思った。完全に墓穴を掘った形になっているとやっとのことで理解したのだ。唯飲酒したのではなく、飲酒して「いいわけ」した形になってしまった。

 事ここに至っては一輪には一言も言うべきことはない。それも言い訳に過ぎないのである。だからこそ彼女は素直に頭を下げて言う。

 

「け、軽率でした聖様。どのような罰もお受けいたします」

「そうですか……わかってくれたようでなによりです。それでは連れて行ってください」

「連れていく? うわああ」

 

 いきなり一輪は目の前真っ暗になった。いや隙間から光が見えるが、もがけもがくほど何かが体に食い込んでくる。しかし、その感触から一輪は自分が何にとらわれているのかを理解した。投網である。

 

「ひ、聖様こ、これは」

「一輪。あなたはしばらく寺の外に出します。河童さんたちの下で少し働いてきてください」

「……あ、そ、それは、な、なにさせられるかわからないではないですか!?」

 

 投網の中でもがく一輪もまさか、自分が魚のように網にとらわれることがあるとは思わなかっただろう。そしてもちろんその投網を投げたのは聖ではない。物陰から青い髪をした少女が出てくる。頭にかぶった緑帽子には「L」の文字。河童である、その後ろからも同じような格好をした少女達が現れる。つまり、河童は一人ではない。

 一輪の網を持った少女達はぐるぐると彼女へ網をくいこませていく。人の力では網を引きちぎることなどできはしない。それこそ鉄でできた格子のほうが破壊できる可能性があるくらいだ。

 河童の一人、河城にとりが聖の前に出てくる。大きなバッグには何が詰まっているのか膨らんでいる。

 

「じゃあ、こいつを連れていくよ! しっかり働いてもらうからねっ」

「はい。どうぞお手柔らかに」

 

 網の外で自分を譲渡する声を聞きながら、わっしょいわっしょいと河童たちに一輪は担がれる。彼女はくぐもった悲鳴を上げるが、網の中ではどうしようもない。マグロでも突き破れないそれをか弱い少女にどうこうできるわけなどない。

 

「ひじりざまあぁ」

 

 こうして、雲居一輪は河童たちに合法的形で拉致された。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 比那名居天子はベッドの上でごろごろとしていた。手には漫画を持っているので、それを読んでいるのだが姿勢が決まらないらしく、ねがえりを繰り返している。漫画のタイトルは「メタル・アルケミスト」というタイトルだった。

 天子は家にいるためか、シャツにハーフパンツというラフな格好である。太腿を組んで、寝そべったまま漫画を読むくらいしか、今はやることがないのである。最近はアルバイトの頻度は減らしたうえにいつもやっているランニングなどは今朝終えている。寺の近くを通った時に悲鳴を聞いた気がするが気のせいだと思った。

 

 天子はぱっと状態を起こして、漫画を放る。それから両手をパンと合わせて、ベッドに両手を付ける。それからしばらくその体勢だったが、何もおこらないので怪訝そうな目で自らの両掌を見て、またベッドに寝そべる。

 

「暇ね……」

 

 寝そべったまま言う。

 外は快晴であるから、出かけてもいいのだが一人で行きたいとは思わない。彼女はあっと思いついて、傍らにあったスマートフォンを取った。それからとある人物に連絡する。

 しばらく着信音が鳴って、がちゃっと相手が出る。

 

『はい。何?』

「霊夢! 遊びましょ?」

『……い、いきなりね』

 

 

 相手は博麗の巫女でありながら工場で働いている博麗 霊夢であった。依然とあることで遊びまわってから、ちょくちょく天子は霊夢を遊びに誘っている。今日もそのつもりだった。

 

『今日は無理よ』

「そ、う……じゃあ、明日は?」

 

 急にテンションの下がった天子だが、さらに食らいついていく。しかし、霊夢は少しだけ沈黙してから言った。

 

『今日から海に行くのよ。泊まり込みでね……。別に遊びに行くわけじゃないけれど、それだからここ数日は無理ね』

「………………………………………………………………………………」

『ねえ、天子?』

「………………………………………………………………………………」

『あ、あんたも来る?』

「えっ!?」

 

 ぱっと眼を開けて、にやっと口元を綻ばせる天子だが、できるだけ落ち着いた口調で返す。

 

「ど、どうしてもって言うのなら、ついていってあげてもいいわ」

『はあ……どうしてもついてきてほしいんだけど、まあ人手は欲しいこともあるし』

「し、仕方ないわね」

 

 天子は片手でガッツポーズする。もちろん電話越しには気づかれることはない。ちなみに顔はニコニコしている。これも相手にはわからない。いつも間にかベッドの上で立ち上がっていることも、霊夢にはわからない。

 

『本当に来るのなら、今日の二時までにうちに来なさい。遅れたらおいていくからね? あと念を押すけど……遊びに行くわけじゃないわよ?』

「わかってる、わかってる。それじゃあ準備していくわ! 泊まり込みなんでしょっ?」

『そうね。……本当に遊びに行くんじゃないからね?』

 

 念を押してくる霊夢にまた軽く相槌をうって「あとで」というと、天子は電話を切った。

 

 ベッドから飛び降りると、天子は体を折り曲げて嬉しそうな表情をする。電話を切ったから両手でガッツポーズもできる。

 

 しかし、はっとして天子は旅行の準備にかかった。とりあえず持っていくものは、水着とUNOとトランプと、本当に霊夢の言葉を聞いていたのかという感なものを部屋のあちこちから引っ張りだしてくる。

 それに用意したトランクケースは大き目なものだ。中に入れるのは生活の為に必要な物よりも遊びに使う物が多い。「デッポ」で買ってから遊ぶ相手がいなかった水鉄砲も詰め込む。中々にスペースを取るが、そんなことはどうでもいい。

 

「……何しようかしら!」

 

 鼻唄をうたいながら、天子は準備している。霊夢達が何をしに行くのかなど、どうもいい。一緒にいければいいのだ。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。