東方Project  ―人生楽じゃなし―   作:ほりぃー

30 / 95
3話

 ここはとある小学校にある屋外プールであった。

 縦25m、横15mの比較的一般的な大きさのそれに張られた水に太陽の光が反射して、きらきらと光っている。その中で大勢の子供達がばしゃばしゃと水しぶきをあげながら遊び回っている。中には青い髪や金髪の女の子も混じっているが、仲良く遊んでいる。

 

 空には太陽が燦々と輝き、大きな入道雲が遠い空に浮かんでいる。例えにわか雨が降ろうとも子供達の前には笑い話にしかならないだろう。そう思わせるほど、このプールには笑い声が響いていた。

 

 夏限定で開放している小学校のプールは基本的に無料で入ることができる。流石に入場は子供だけになっているが、それでもこれくらいの大きさがあれば遊び場には十分だろう。

 だが、やはり子供は子供である。時折危険な遊びもしたくなるものである、だからこそ監視員が常に目を光らせているのだ。

 

「…………」

 

 その監視員である古明地さとりは監視台に座って子供達を見ていた。

 実は小学校の監視員は教師がやることもあるが、外部から雇用することもある。期間限定でしかも雇用相手が公的機関ということもあり時給などについては中々よかったりもするのだ。だからこそこの桃色の頭をした監視員はここにいた。

 

 さとりは眼を皿のようにしてプールサイドから子供達を見ている。その恰好は黒いワンピース型の水着の上にパーカーと短パンを着込んでいる。短パンはスイミングウェアの一種であり、しかも上から下まで一式を比那名居天子に貸してもらっている。水着など買う金はない、ちなみに「眼」はパーカーの下に隠している。

 

「……サトー君。あんまり暴れない様に……」

 

 さとりは手元のメガホンを使ってやんちゃな子供に注意を呼びかける。だるそうな声を出してはいるが、それは元々からで任せられたからにはしっかり仕事をしているのだ。さらに子供の名前を憶えているところがマメな性格を表している。

 サトー君と言われた少年は「はーい」とてきとうな返事を返してきたが、さとりはそれに頷いて監視を続ける。面倒見がよい性格からか、プールの端から端までくまなく見渡している。彼女の首元にはホイッスルがかかっているが、今日もそれを使う時が来た。

 

 プールサイドの真ん中あたりでつかみ合いの喧嘩をしている二人の少女がいたのだ。片方は青い髪で片方は金髪をしている。さとりはそれを見た瞬間、監視台の上で立ち上がった。

 

 ぴぃいとさとりがホイッスルを鳴らす。それからメガホンで怒気をわずかに滲ませて叫ぶ。先ほど前のだるそうな声は鳴りを潜めて、少々激しい。それも身内相手には仕方ないのかもしれない。

 

「チルノ!ルーミア! 喧嘩しないっ!!」

「ちがうっあたいじゃない!」

「チルノがっ!」

 

 そう、喧嘩していたのはさとりの連れてきた二人だった。

 何が喧嘩の理由かはさとりのもわからないが言い分をするチルノとルーミアに、さとりはじっと睨む。普段温厚で優し気な表情をしているからこそ、威圧感があった。それに二人の少女はたじろいでお互いからフンと目線を反らす。蛇足だが彼女達はスクール水着を着ていた。借り物なのかチルノの胸元には「田中」と書かれている。

 

「……はあ」

 

 そこまで来て、やっと腰を下ろしたさとりである。喧嘩の仲裁などをする気は今のところない、この数か月間一緒に暮らしてきてわかったことだが、あの二人は些細なことで喧嘩するが十分もすればケロリとしている。

 それはともかく、さとりはこのやり取りで「実は怖い」という評価を他の子供達からもらうことになるが、そのことを知るすべは彼女にはないのだ。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 午後に差し掛かる時間。空から照り付ける太陽が地面を焦がす。

 小学校での仕事を終えたさとりは商店街の一角にある小さな店に来ていた。店自体は手狭だが烏帽子をかぶった奇妙な少女の作る料理が安く、そして速く食べられるという店であった。

 ここには屋内の席もあるが、既に同じようにプール帰りなのだろう小学生たちに牛耳られている。中からは「ええい、貴様らぁ。我の髪を引くなあ!」と聞こえてくる。

 

 さとりはそれを聞き流しながら、外に用意された長い椅子に座っていた。背もたれはないが座布団が敷かれているから、座り心地は悪くない。屋根もあり、陰になっていて多少涼しい。

 さとりは「アイランド・ヴィレッジ」で買ったシャツと以前から使っているデニムのハーフパンツを着ている。足にはサンダルと涼しい格好だ。先ほどまでの水着もパーカーも傍らにあるバックに入れている。

 

 それとさとりの横でチルノが食べている「かき氷」も暑さを和らげてくれる。

 チルノは少しだけウェーブのかかった短髪にリボン。それに青いワンピースを着ている。手に持ったかき氷もブルーハワイという青尽くしではあるが、おいしそうに食べる姿にさとりはふふと微笑んでしまう。

 

「おまたせ……」

 

 暗い声で前掛けをした店員がもう一つかき氷を持ってくる。それを取ったのはリボンを付けた金髪の女の子、ルーミアである。彼女はチルノよりは多少着飾っているのか、白いシャツに赤いミニネクタイ。それに黒のミニスカートを着ている。

 ルーミアはにぱあと笑顔になり、上にメロンシロップの載ったかき氷を持ってどっかり長椅子に座る。その間に店員はそそくさと店内に戻っていった。

 

 

 チルノとルーミアはそうしてしゃくしゃくとかき氷を食べている。先ほどまで喧嘩していたとは思えないほど、仲良さげに肩を並べている。もしかしたらかき氷に夢中になっているだけなのかもしれない。

 さとりは三時間ほど座って監視員をしていた疲れからか、ふうと息を吐く。パーカーの中に「眼」を入れていたから暑苦しくもあった。今でもシャツの中だ。

 さとりは自らの体にある「眼」を隠している。以前はそのままにしていたが、商店街の人間に「変な飾りを付けたピンク頭」という評判を聞いて隠した。その時心が読めれば、簡単にわかったのにと思ったが、後々考えるとそのようなことを考えていた自分が可笑しくて笑ってしまった。幻想郷では考えることは絶対にないことだからだ。

 

 さとりはそんなことを思い出しながら、少し疑問も思い出した。だからチルノに聞く。

 

「さっきは……なんで喧嘩していたの?」

「けんか? ……あたい、したっけ?」

 

 がくっと肩を落とすさとり。チルノはきょとんとしていたが、やがて何かを思い出したかのように持っていたスプーンでルーミアを指した。ちょっと水滴が飛んで、ルーミアのシャツに付くと金髪の少女の眼がギョロッと汚れを凝視する。

 

 でもそんなことは氷の妖精には関係ない。

 

「こいつがプールにまでリボンをつけていたから、とってあげようとしたら。とれなかったのよ!」

「それで怒っていたの? ……ルーミアも」

「このリボンはわたしにも触れないのよ!」

 

 いきなり怒り出したルーミアはチルノに掴みかかった。なぜ怒っているのかチルノにもさとりにもわからないが、氷の妖精は「なにくそ、いきなりなによっ!」と迎え撃つ。彼女は頭にきたのかこう叫んだ。

 

「アイシクルフォール!!」

 

 かき氷をルーミアの顔にぶつけるチルノ。一瞬呆然となったルーミアだがふるふると怒りに肩を震わせて、チルノを睨んで向かっていこうとする。顔からはぽろぽろとブルーハワイ色の氷が落ちていく。

 

「どうだ、おもいしったか!」

 

 チルノはそう言うが、その両肩を背後からつかまれてしまう。はっと振り向くチルノだったが、その顔はすぐに恐怖に染まることになった。

 

「食べ物を無駄にしてはいけないわ……」

 

 チルノの両肩を掴んださとりがそこに立っている。その顔は何時もと変わらないように見えるが、どことなく暗い。見下ろす眼にはチルノの顔が映るほど澄んでいるのにチルノはかたかたと震えてしまう。先にも書いたが普段温厚なものが怒るときほど怖いものはない。

 ついでになけなしのお金で買っているかき氷を無駄にした行為を見逃すわけにもいかないのである。家計を預かるものとしてもだ。

 そんなさとりに肩を掴まれたチルノは汗をかきながら言う。

 

「えっ、えっと」

「…………ルーミアに言うことは? チルノ」

「ご、ごめんなさい」

 

 迫力に負けてチルノは素直に頭を下げた。そこでやっとチルノから手を離したさとりだったが、実のところほとんど怒ってはいなかった。ただ悪いことをしたからには形だけでも怒って「みせる」ことが重要なのである。いわば理性的な怒りといってよい。しかし、怖いことにはかわりない。

 そのことはルーミアも青ざめた顔で目線を反らしていることからもわかる。チルノに謝られたことで感情の行き場を失った彼女だったが、これ以上ことを荒立ててさとりに怒られたくはない。

 

 しかし、さとりは彼女のことを心配していた。彼女はカバンから水泳用の「バスタオル」を出すと膝を折ってルーミアに目線を合わせてから、先ほどのかき氷の残骸を拭ってあげた。その顔はいつもの柔和な彼女に戻っている。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 それから商店街で簡単な買い物をしたさとり達は、途中にある寺で休憩してから帰宅の途についた。寺にはさとりの「妹」もいるから寄ったのだが、今日は生憎遊びに出かけているらしく会えなかった。

 妹に会えなかったさとりは多少がっかりしたらしいが、寺で熱いお茶をもらって聖白蓮という住職代理と談笑して寺を出た。チルノとルーミアは畳のある部屋で寝ていたようだ。ただ、いつもは見送ってくれる尼の姿が見えないことが気にはかかった。

 だが寺にいる間にルーミアはすこしぶかぶかなパーカーに着替えた。シャツは帰りがけにあるクリーニング店にさとりが出すつもりだったのだ。

 

 そのクリーニング屋で働く店員はいつも笑顔だが、反面いつも傘を持っている変人でもある。それでもさとりはよく利用していた。近所の評判も上々で子供とも遊んでくれるという噂もさとりは聞いていた。

 

 そんなこんなの用事を済まして道を歩いていたらいつの間にかルーミアとチルノは何かを話している。つかみ合いの喧嘩をしていたとは思えないくらい親しげに、二人は顔を寄せ合って小さな声で話していたのだ。

 それにさとりはくすりとしてからゆったり歩く。仲の良いことは結構だがまさか自分の怒った時がどれだけ怖いかを二人の少女が言い合っているとは思わないだろう。それでも共通の話題ではあるのだ。

 

「……かえったらそうめんでも作ろうかしら」

 

 さとりはぽつりというが、それを耳聡く聞き取った二人の少女が顔を見合わせて笑い合う。チルノなどは口元から涎を垂らしているから、いろいろと早い。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 さとりがアパートに帰ってくると、彼女達の部屋の前に誰かが立っていた。美しい銀色の髪を後ろで結んで、ポケットに手を突っ込んだまま身じろぎをしていない。ブラウスの胸元を開けて、下は黒のすらっとしたパンツ。どことなくだらしない恰好でもある。

 その少女は何かをのんびり待っているかのようにそこに立っている。両手を後頭部に回して大きく欠伸をすると、目元にちょっとだけ涙が見える。

 

「うちに何か用かしら?」

 

 さとりは少女、藤原妹紅に近寄って話しかけた。正確にいうと家に入るためには妹紅を無視するわけにはいかなかったのだ。しかし、いったい何の用で来たのか見当がつかない。慧音は今日いないのだ。

 

「おっ、やっと帰ってきたわね」

 

 妹紅は少し嬉しそうに振り返った、そしてチルノとルーミアを見てからさとりに言う。

 

「遊びに行っていたのかしら? ちょっと慧音に用があったから待たせてもらったわ」

「…………そう、今日は慧音は……忙しいのよ。でも、霊夢が留守番をしていたはずだから、中に入ればよかったのに……」

 

 さとりは慧音が「こんにちは! 仕事」に行っていると言いかけたがすんでのところで踏みとどまれた。流石に彼女の友人に伝えていいかどうかは、慧音自身に任せた方がいいだろう。

 しかし妹紅はあまり気にした様子は見せずに眼を閉じて、言う。

 

「ああ、じゃあ悪い時にきたわね。……あの巫女も部屋にはいなかったみたいよ? 何度か呼びかけてみたんだけどね」

「いない? 今日はお盆休みの延長で工場は休みだから、一日ぐうたらするっていっていたと思うけれど」

 

 巫女の情報はべらべらしゃべるさとり。一応働いている大黒柱の情報ならば、伝えたところで恥ずかしいことはないはずである。それでもさとりは霊夢がどこに行ったのかわからなかった。霊夢は例えば比那名居天子などの所に遊びには行かない。むしろ天子がいつも来る。

 それはともかく、さとりは妹紅と立ち話をしていることに少し申し訳なく思った。どんな理由であれ、せっかく訪ねてきてくれたのにこの炎天下では辛かっただろうと思ったのだ。

 

「……慧音も霊夢もいなくて悪かったわ。よかったらそうめんをゆでようと思っているのだけど……食べていかないかしら」

 

 さとりは妹紅にそう提案した。銀髪の少女は眼をぱちくりさせてから、にっと歯を見せて笑う。

 

「それじゃあいただいていこうかしら」

 

 その返事にさとりはちょっと嬉しくなる。自分が提案したことにニコッと笑って乗ってくれるとそんな気持ちにもなるだろう。気持ちのいい人だなとさとりは思った。

 

 

 

 

 

 さとりはポケットからキーを取り出して、錆びついたアパートのドアノブを開ける。カチャッと音を出して、ドアが開いた。チルノとルーミアがさとりとドアの間をすり抜けて中に入っていく。プールの後はごろごろしたいものである。寺で寝たが、もう少しと思っているのだろう。

 さとりはそれに苦笑して、部屋の中に入っていく。そこで彼女はおかしなものをみた。

 

 

 ――中にはラフな格好で座禅を組んでいる巫女が一人いた。いないはずの霊夢がそこにいたのだ。その静かな姿はまるで何かに「気づかれまいと」しているかのようだった。

 

 

 彼女はゆっくりと眼をあける。物音に気が付いたのだろう。

 霊夢はさとりの後ろにいる笑顔の藤原妹紅を見て驚愕の表情をした。彼女はさとりをあわてて指さして叫ぶ。

 

「だ、騙されないでさとり! そいつは河童の手先よ!!」

「えっ……? か、かっぱの……?」

 

 さとりは後ろを振り向くと、もはや「玄関にカギをかけることができない」位置に妹紅は立っていた。顔は笑顔のまま、ポケットには手を入れたままである。シャツのボタンが開いて、首元の肌が見えているが、それも暑さへ対策程度にしか思っていないのだろう。

 

 さとりに見られた妹紅はゆっくりと眼を見開く。紅い瞳がきらりと光って、さとりと霊夢を射すくめる。チルノとルーミアは部屋の影でタオルケットにくるまっている。

 

「手先……なんでひどいなあ。私は別に河童の手下じゃないわよ? ただ、依頼を受けただけで……それにお二人さん。いやもう一人いるから、お三方と言った方がいいかしら?」

 

 妹紅は切れ長の瞳をしているから、鋭い印象を人に持たせる。しかし、さとりはその柔和な笑顔に騙されたというより油断した。だから妹紅がパンツルックという仕事着で来ていたことに洞察は及ばなかった。

 妹紅は言う。

 

「払うもんは、払わないとね? きっちりと」

 

 妹紅は最初から仕事で来ていたのだ。ちなみに借金取りではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




前々回は聖のおこで今回はさとりのおこ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。