東方Project  ―人生楽じゃなし―   作:ほりぃー

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4話

 空に輝く太陽のように上白沢慧音の心は晴れあがっていた。

 商店街のアーケードを早足で歩く軽快な足取りは彼女の機嫌の良さを表しているのだろう。その姿は何時もの通り、紺のスーツ姿。頭には小さな青い帽子をかぶっている。

 しかし、その顔は普段からは全く想像がつかないほどにやけていた。

 

「くふ、くふふ」

 

 気味の悪い笑い声を出しながら、上機嫌で彼女は歩いていく。その手にはそれなりに厚みのある封筒が握られている。それこそが慧音の心を軽やかにする最大の要因であった。

 

 慧音はいわゆる無職である。働く意識自体は旺盛であるのでニートではない。

 その無職の辛いところは「職のない」ことではない。それよりも何よりもつらいのは唯一つである。つまり「社会的地位が皆無」であるという一点にこそ辛さが凝縮されているといっていいだろう。

 その点で言えば上白沢慧音はここ数か月間、胃に穴が開かなかったことが不思議なほど辛かった。幻想郷では一応というよりは、彼女の知り合いの中では最も働いていた。寺子屋という天職と本人は思っている居場所が心地よかった。

 

 だが、幻想郷から放り出されてからの彼女は人に養われ続けてきた。その扱いは子供とあまり変わらない程度という真面目な彼女には周りに申し訳なさすぎる状況でもあったのだ。

 だからこそ毎日のように就職斡旋の施設に入り浸っては、塾の講師や家庭教師などを中心に働き口を探した。しかし、彼女はあまりに真面目過ぎたのだ。

 

 基本的に幻想郷からきた少女達は皆が住所不定無職からスタートしている。それから血の滲むような努力を積み重ねるか、天狗のように他人(アイドル) を売って組織に入り込んだり、または履歴書にうそをつきまくって必死に生活基盤を構築した。とある尸解仙の少女などは「東大卒」などと自称したこともある。

 

 慧音は嘘を付けなかった。それに人を陥れる天狗の狡猾さもまねできず、かといってなんでもかんでも妥協できるような性格でもなかったのだ。そうなると履歴書にはよくわからない経歴が並ぶことになる、それは如何に本人の心が清純、誠心そのものでも企業としては取るわけにはいかない。現代での雇用は人物判断よりも肩書競争とでも言った方がいい。

 そんな中で、寺子屋で子供達に教えていたなどと面接の席で喋ろうものなら落ちるのは当たり前といっていい。しかも経歴がへんちくりんなのであるからなおさらだ。

 

 慧音はだからこその無職だった。ある意味ではその状況は慧音の嘘偽りの付けない性格を表しているといえるが、現実には生活があるのだ。

 

 

「くふふふ」

 

 しかし一時的とはいえ今日の慧音は晴れやかな気持ちだった。就職したわけではないのだが、彼女達の住んでいる隣町に臨時のアルバイトを見つけ、ここ数日の間だけ通っていたのだ。封筒はその給料が入っているのだ。それも福沢諭吉が数枚入っている。

 

 臨時のアルバイトのよいところは、あまり長期雇用などは考えられていないため、給料は高い。それに欲しいのは長期的な人材ではなく単純な人手なので早くに応募すればそれなりに採用されやすい。ちなみに慧音のやっていたのは福引の手伝いである。

 

 

 

 にんまりと笑いながら道を歩く慧音は、頬をほんのり赤くして子供の様に喜んでいる。

 封筒の厚みを見るたびに知らずしらず顔がにやけてしまうことも、彼女には止めることができない。少なくともこれで生活に貢献することができるわけであるから、今までの「チルノ、ルーミア、慧音」という三人並べられる状況からは少しだけ脱却できる。

 

「霊夢達は喜ぶだろうな……あっそうだチルノ達には何か買って行ってやろう。さとりにも……ああ、そうだ何か本がいいな、ハードカバーかなぁ」

 

 ハードカバーの本は新品であれば、二千円近くはかかる。お金を持ったことで気持ちの大きくなっている慧音は自分のお金で誰かにプレゼントすることを想像して、えへへとまた変な笑い声をあげる。嬉しすぎて普段の冷静な性格を保てないのである。

 

 あんまりにも気分がよすぎて、彼女は道端に立ち止まり封筒を額に付けて、すりすりとする。その顔は幸せそのものであった。お金よりも誰かの為になることが嬉しいのだ。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 車座になってルーミア、チルノ、霊夢、さとり、妹紅はそうめんをすすっていた。彼女達の真ん中には大き目のボウルが置かれており、冷たい水に氷が浮かび、白いそうめんがぎっしりと入っている。なぜボウルが一つなのかというと、それしかないからだ。

 一人一人には小さなお椀が渡されており、その中につゆが入っている。だから真ん中のボウルから一口一口取っては食べているのだ。

 ちなみにそうめんはさとりがゆでた。その間に霊夢と妹紅は話合いを行っていたのだ。不死の少女いわく、彼女は河童にアパートに住んでいる者たちから「例の物の使用料」を徴収する手伝いをしてほしいと言われたらしい。だからこそ霊夢達のアパートの前で粘っていたのだった。

 実のところさとり達が帰ってくるまでに妹紅と霊夢は接触していたが、霊夢が逃亡しアパートに立てこもった為、妹紅はのんびりと誰かが帰ってくるのを待っていたのだ。彼女が最初言った「巫女がアパートにいない」というのは嘘である。

 

 そんな妹紅も今はずるずるとそうめんを食べては、もぐもぐと口を動かしている。生来のというわけではないが、のんびり屋である彼女には急いで河童の依頼を片付ける気もない。それよりも今は腹ごしらえだった。

 

「はい……麦茶」

「どうも」

 

 さとりが麦茶の入ったコップを妹紅に手渡すと、彼女はにっと笑う。その屈託のない笑顔には邪気が全くない。それなのに今日彼女が来たのはお金のことなのである。

 妹紅はごくごくと一気に麦茶を飲んでからコップから唇を離す。それからふっと息を吐いてからポケットから出したハンカチで口元を拭く。そうしてから言った。

 

「じゃあ、本題に入りましょうか? たしか5人分……でも、そこの氷の妖精と金髪の妖怪は割引されているから実質には3人分だから……四万二千円ね」

 

 妹紅の紅い目がきらりと光り、それを受けて霊夢の箸が止まる。

 

「お金ならないわよ」

 

 霊夢は即座に言う。あまりに堂々としているので、藤原妹紅も一瞬だけ反応できなかった。さとりはその後ろではあとため息をつきながら、汗を掻いている。結構恥ずかしいらしい。

 妹紅はやっと霊夢に言う。

 

「……え、えらく。堂々として言うわね」

「事実を言ったまでよ。私たちが月の中ごろに無駄金を持っているわけないでしょう?」

「そういう言葉は月末にいう物なんじゃない?」

「月末もないわ……ていうかお金はないわ」

 

 こめかみを抑えて妹紅は小さく唸る。しかし、霊夢の言う通りこの部屋に金目の物も金もない。巫女は嘘を言っているわけでもなく、追い払うためにてきとうなことを言っているわけでもなかった。つまり事実を述べているだけなのだ。

 しかし、そのようなことを言われたからと言ってもはいそうですかと帰るわけにはいかない。妹紅はため息をついて、肩をすくめる。

 

「まあ、私もいろいろと出費もあって苦労しているからわかるけど……払う物は払っていかないとダメなんじゃないかしら?」

「払って餓死するくらいなら踏み倒すにきまっているじゃない」

 

 霊夢はにべもない。しかしストイックなほどに達観している。生活が崩壊するくらいなら金は払わないという彼女は善悪よりも利害で物事を計算する冷徹さがある。

 妹紅はそこで言葉に詰まってしまった。元々ただ単に河童からはとある料金の徴収の「手助け」を求められているだけなのだ。彼女は自分で無理やり徴収するようなことをする気もなかった。

 だからこそ、妹紅はもう一つため息をついてからポケットから携帯を取り出して、どこかに連絡する。

 

『はい、河城商会のにとりです』

「ああ、こんにちは。例の巫女の部屋に来ているのだけど……どうにも払えないの一点張りで困っているのよ」

『しかたないなあ、じゃあ物品で押えよう』

 

 妹紅が電話したのは河童の親玉だった。正確にいえば、幻想郷の外に放り出された河童をまとめている親玉である。彼女はその数の力と、技術力を使ってとあるサービスを提供しているのだ。その過程で資金を手にしており、最近ではいろいろなことをやっているという。

 

 妹紅が携帯を切る。その数秒後、バンと玄関が開いた。

 

 

「はい、こんにちはー」

 

 その親玉である河城にとりが玄関のドアを開けて入ってきた。彼女は携帯を持ったまま入ってきたのだから、すぐ外で待機していたのだろう。

 にとりの姿は幻想郷と変わらない。その姿が気に入っているのか、緑色の帽子をかぶり青い髪は二つ結び。中にきた白いブラウスが首元から見えるが、青い上着にポケットの一杯ついたスカートを穿いている。さらに大きなリュックサックを背負っている。

 いきなりのことにギョッとする霊夢とさとりであるが妹紅は驚いていない。そう、この状況は最初から考えられていたことなのだ。

 

 妹紅の依頼されたのは重ねてにはなるがあくまで「手助け」である。そう、最初からにとりは自分で乗り込むつもりであったのだ。ただ最初から自分だけでくると警戒されて逃亡されるケースもあった。

 数か月前には「今月はデジカメをかったんでお金ないんですよ……テヘペロ」などと嘗めたことを言った者を河童集団で追いかけまわして取り逃がしたこともある。特にテレビか何かで得たのだろうスラングを使ってきたところがにとりには許せなかった。

 

 以来にとりは料金の徴収には細心の注意を払うようにすることにした。妹紅を雇ってワンクッション置いたのはその一環である。

 

 

 にとりは靴を脱いでから、部屋の中にずかずかと入ってくる。そして両手を組んで仁王立ちをする。霊夢達は座っているから見下ろす形になった。

 

「……あ、あんたが来てもうちにはお金なんてないわよ」

「それはどうかな? 霊夢さん」

 

 多少驚いた霊夢だったが、にとりが来ようと来るまいと状況は変わらないのである。そう思ってにとりに言ったが、河童の少女は不敵に笑う。何か秘策のありそうなその笑みに霊夢は不気味さを覚えた。チルノとルーミアと妹紅は部屋の隅にそうめんの入ったボウルと一緒に避難している。さとりは霊夢と並んで座っている。

 

 にとりは腕を組んだまま口を開く。

 

「お金がないない言っているけど、それは口頭でしかないじゃないか! そういうことを言う者に限ってあるもんなのさっ。家探ししてもないって言い切れるかな?」

「言い切れるわ」

「えっ?」

 

 霊夢はきっぱり言い切った。あまりに明快な答えににとりは素に戻ってしまう。それを畳みかけるように霊夢がポケットから何かを取り出した。それは赤い財布だった。

 

「これが私の財布よっ。さとりも出して」

「えっ……」

 

 さとりもポケットから小さな袋のようなものを出す。少し形は変だが財布らしく、中で硬貨のこすれる音がする。霊夢は立ち上がって自分とさとりの財布を合わせてにとりに渡した。河童の少女は渡されるままに受け取るが、はっと気が付いてふんと鼻をならす。

 

「ないって言っても。この中にあるに決まっているよ。それじゃあ見させてもらうからね」

「いいわよ」

 

 自信満々と言った風情で霊夢は言う。にとりはそれに怯みそうになるが、まずは赤い財布を開けようとした。

 

 ――ばりばり

 

 にとりが渋い顔をする。手に持っている財布はまず間違いなく「安い」。マジックアイテムじゃないのに「マジック」がついた素材が使われているのは間違いない。しかし中身は別だろうとにとりは確認する。

 百円玉が数枚出てきた。あとは何かのポイントカードだけである。強いていうのならほこりくらいなら入っていた。

 

「…………これはもういいわ」

 

 にとりは赤い財布を霊夢へ返す。「だからいったのに」と彼女は言い、がっくりと河童は肩を落とす。それでも気を取り直してもう一方の財布を持ち直した。こちらは中に紙のような感触がある、お札だろうとにとりは少し期待して開けてみた。

 

 レシートだった。しかも束になっている。

 一応で言えば二枚ほど千円札が入っているが、それでは全く足りない。小銭も多少はあるが、焼け石に水である。

 

「それ……今月の生活費の残り……」

 

 なにか悲しげなことを言うさとり。博麗の巫女と旧地獄の管理者という幻想郷の要人二人合わせて三千円くらいしか持っていないのだ。一応すでに家賃や光熱費は払い終わっている上に、食料などは買い込んでいるので生活できないことはないが、にとりにまわす金など一切ないという霊夢の言葉は実証された。蛇足だがにとりはあと一人には期待していない、無職という情報はずいぶん前から入っている。

 

 にとりは無言でもう一方の財布も返した。なけなしの小銭を奪っても後味が悪いだけである。しかしだからと言ってもあきらめたわけではない。しかし、さとりは今日の帰りに二人の少女にかき氷を食べさせてしまったことを霊夢にばれずホッとしている。財布を出せと言われた時ちょっとドキッとした。

 そんなことは知らないにとりはなお粘る。

 

「く、くく。甘いね霊夢さん! ほいほいと見せてくれる財布なんてブラフに決まっているよ。きっとこの部屋のどこかにへそくりが隠されているに決まって――」

「どこにそんな場所があんのよ」

 

 霊夢が呆れたように言う。彼女は目で部屋の中を見回す。ほとんど家具のない部屋であり、ミカン箱の上に小さなテレビと部屋の隅に折りたたまれた敷布団が二つ。それ以外は見当たらない。たしかに物を隠す場所なんてどこにもない。部屋の中にはトイレもシャワーもない。二つとも外に共用がある。

 にとりは冷や汗をかき始めた。しかし、お金がなければ物品で補うというのは先ほど彼女の発した言葉である。そこで彼女はミカン箱の上にあるテレビに眼を付けた。

 

「……い、いや。そ、そうだっ。このテレビ! これなら多少の補てんに」

「それは八チャンネルが付かないわよ?」と霊夢。

「な、なぜぇ?」

 

 にとりはあまりのことに叫んだ。一応薄型テレビだから、地上デジタルには対応しているはずなのだ。だからこそ民放が一部だけ映らないなんてことはあり得ない。しかし、霊夢は肩をすくめていう。

 

「知らないわよ。リサイクルショップの倉庫に転がっていたものを格安で買ったら、そうなっていたのよ。ついでにいうなら、それ音量の調節もできないわ」

「なぜぇ!?」

 

 もう一度河童は叫ぶ。意味わからない。

 

「本体についているボタンが押し込まれたまま戻ってこないのよ、あっリモコンがあるからそっちからなら音量は調節できるわ」

 

 リモコンがあるという普通のことを付加価値の様にいう巫女の言葉ににとりは混乱した。しかしわかっているのはこのような物を押収しても一文にもならないということである。一部チャンネルが映らず、音量調節も不具合のあるテレビに値段などつくわけがない、これはテレビという名のスクラップである。

 

「……ふ、ふふ」

 

 にとりは薄気味悪い笑い声をあげて、テレビから離れた。それから霊夢とさとりの横を通ってキッチンに行く。彼女はそこの食器棚を開けて、言う。中には数枚の皿や調理器具が入っている

 

「はは、物がないっていっても食器くらいならいくらかはあるじゃん! わるいけどこれくらいは……」

 

 そこで気の毒そうにさとりが言う。

 

「あの……それ全部百円均一で買ったものだから……あんまりお金にはならないんじゃないかしら」

「……」

 

 にとりは何とも言えない顔をする。どういっていいのかわからない。唯一つだけわかったことはある。

 

 ――何もねえ

 

 あまりの貧苦ににとりも絶句せざるをえない。あとはさとり達の衣服などがあるが、そんなものはほとんど金にならない。服は買えば高いが、売れば百円にもなれば御の字である。だからこそ流石の河童も手の打ちようがなく、膝をついて肩を落とした。

 その様子を見ていた霊夢は小さなつぶやく。ただ両手は組んでいるから、態度は大きい。

 

「勝ったわね」

 

 即座にさとりが悲しげな声で返す。

 

「やめて霊夢。どちらかというと、私たちが敗者よ……」

 

 

 少し離れて河童の敗北を見届けた藤原妹紅はやれやれと立ちあがった。どうやら、この案件から料金の徴収は無理だと思ったのだ。彼女の横では残りのそうめんをすする二人の少女がいる。

 妹紅はにとりに近づいて、ぽんと背中を押すと優しげに声をかける。

 

「今回はちょっと無理そうね、私も助けになれなかったからこの仕事についての報酬はいいわ。もう一件あることだしね。ねえにとり」

「……うう、あ、ありがとう」

 

 妹紅は一度頷くと、さとりにそうめんの礼を言ってから、玄関に向かう。その時一度振り向いた。

 

「まあ、来月には給料もあることだろうし、ちゃんとはらうことね。それじゃ」

 

 妹紅はそれだけ言って玄関から外へ出ていく。彼女はあくまで雇われただけであまり執着はなかったのだろう。

 

 

 

 

 

 ――妹紅の姿はそれで見えなくなったが、外から声がする。

 

『あ、今帰り?』

『なんだ来ていたのか。上がっていかないのか』

『今しがたお昼をごちそうになったところよ。その包みはどうしたの?』

『大判焼きを買ってきたんだ……臨時収入があったんだが一つやろう』

 ぴくりとにとりの耳が動く。

『どうも、じゃあ私はいくところがあるから』

『そうか……また』

 

 そんな会話が聞こえてきたあと、玄関の前でごほんごほんと咳払いが聞こえる。明らかに上白沢慧音の声だったと霊夢とさとりは気が付いている。案の定慧音が顔を出した、その手には大きな包みを抱えている。

 

「た、ただいま。霊夢、さとり」

「お、お帰り」とさとり。

 

 慧音はちょっと一度だけ眼を反らした。そうしてないと口元がにやけることが止められないのだ。しかし、二人には伝えたいことなので片手で頭を掻きながら言う。その表情は幸せがあふれるかのように、抑えきれない笑顔がこぼれている。

 

「い、いやあ。じ、実はだな、秘密だったんだが私はこのごろ臨時でアルバイトをしていたんだ。それで今日が、そ、その給料日でな。生活費の足しになるくらいはもらったんだっ! それで大判焼きもチルノ達に……」

 

「ほう」

 

 いつの間にかにとりが立ち上がっていた。彼女は慧音と眼を合わせて、じりじりとちかよってくる。目的は明快である。目の前で親切にも説明してくれた「教師」の持つものが欲しいのだ。

 慧音は眼を見開いて、がたがたと震え始めた。表情が笑顔のまま強張り、さあと青くなる。

 

「か、わしろ、にとろ」

 

 慧音はあまりの驚愕に噛んでしまった。にとりはそれには頓着せず、彼女の前でにっこり笑って両手を突き出す。手のひらを上に向けてから言う。

 

「ありがとう!」

 

 慧音は心が抜けたように口を開けて、突っ立っている。

 

 

 

 

 

 

 


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