東方Project  ―人生楽じゃなし―   作:ほりぃー

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6話

 今の日本の地域にはお年寄りが大勢いる。限界集落という言葉に代表されるように、少子高齢化社会という物を如実に表す減少と言えるだろう。しかし、やはり年配になると力は衰えて色々なことが億劫になる、または純粋にその能力が無くなるという事例がある。

 

 例えば遠くに買い物に行けない。

 例えば屋根の掃除ができない。

 例えば、例えばと次々に生活に支障がある事柄を並べることができるように、やはり人間は老いればほとんどの人が純粋に「困る」のである。もちろん矍鑠として元気な老人も大勢いてもそれは全体から見れば少数派であろう。

 

 ゆえに、地方には「何でも屋」が存在することがままある。それは何か決まった仕事を生業としているのではなく、報酬をもらって可能なことであれば依頼されたことをやるという本物の「何でも屋」である。

 普通に企業がそれを担っている場合もあるし、地域の自治体でそれを行っている場所もある。まちまちだが、それで多くの人々が助かっているのも事実だろう。

 

 藤原妹紅はその仕事が気に入っていた。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「とーんとーんっと」

 

 とある民家。その居間で妹紅はそう言いながら目の前に座った女性の肩を叩いていた。つまりは肩たたきである。部屋の中には箪笥などの家具があるだけの質素なものだ。傍らで扇風機が風を出しながら首を回している。

 妹紅に肩を叩かれている女性はふくよかな体をしているが頭髪は真っ白で、顔には長い人生から刻み付けられたしわがある。それでも目じりがさがり、気持ちよさげに銀髪の少女の肩たたきを受けている。

 

 テレビの音もない。静かな空間でトントンと肩を叩く妹紅。痛がらない様にかといって気持ちよくなければ意味のないそれを、妹紅は心を籠めてやる。しかし、その恰好はヨレヨレのブラウスにパンツルック。だらしなさを感じさせるものだ。

 

「どーだい。おばーちゃん?」

 

 肩を揉み始めて妹紅は女性に聞く。女性はこくりと小さく頷いて、気もちいのだと意思を表示する。それで妹紅はニッと歯を見せて笑う。「そりゃよかった」と軽く言いながら。

 

 

 

 

 藤原妹紅は不死の少女だ。平安の世の中でとある人物と因縁があり、それから永い永い時を生きてきた。いや、他の妖怪たちもそうなのだからその点ではあまり変わらないのかもしれない。しかし、人間としては狂うに足りるほどの時間を彼女は生きた。

 

 時には蔑まれて、気味悪がられて、自らの境遇を恨んだことも一度や二度ではない。それでも彼女は死ぬことはできないので、生き続けた。たまに現れる好意的な人物たちは先に死んでいった。

 

 千年。その長い間に考えたことはのんきに生きている妖怪や妖精、それに短い時を生きる人間には想像もつかないほどの感情の波と言うべきものだった。彼女はその中で孤独や怒りといった感情を飲み干して、死にたくても死ねなかった。

 それでも彼女はだんだんと心を穏やかにさせていった。根源的な恨みは消えなかったが、性格がのんびりとした物に変わっていき、幻想郷に来た彼女の趣味は「竹林での人助け」という形で集約された。

 

 今では外の世界に放り出されたが、自治体のやっている人を助ける仕事に就けて彼女は嬉しかった。人助け自体は趣味なので、できれば報酬はいらなかったが腹も減るのでそうも言っていられなかった。

 

 だから一仕事「千円」。妹紅はそれ以上取ることはないし、取り忘れることも多々あった。彼女の所属しているのは町内会のような緩やかな組織である。だからこそ、報酬については殆ど誰も文句は言わないし、逆に「藤原妹紅」の名は好意的に受け取られるようになった。

 多少奇抜な格好をしている彼女だが、そんなのは街を探せばたくさんいる。近くのクリーニング屋の変人や緑の髪のバッティングセンター事務員、それに商店街をうろつくピンク頭などなど、と言った風情である。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「……おばあちゃん。私はいくわ」

 

 妹紅はあの女性の家の玄関で靴を履きながらそう言った。後ろで名残惜しそうにしている女性は妹紅にいつも来てもらっている「常連」なのである。名目は買い物や掃除と様々だが、本当は話し相手が欲しいのだ。その点は妹紅もわかっている。

 

「そんじゃあ。一か月の割引で3000円ね」

 

 妹紅はそういうと女性はお金を出す。よくよく考えれば一日千円の仕事を毎日のように来ていながら、月額を「一か月分の割引」などという名目で三千円である。これはもう利益など完全に考えていない。どんぶり勘定というよりは小さじ勘定だ。

 

「はい、妹紅ちゃん」

「……はい、どうも」

 

 

 妹紅は千円札を三枚受け取る。裸で渡されるのは以前から妹紅がそうするように頼んだからだ、それにこの時妹紅は「これでばあちゃんに何か買って来よう」と報酬をもらった人の為に報酬を使うという、奇妙な考えを練っていた。

 妹紅はあくまで生活費の最低限しか欲しくはないのだ。それ以上のお金はいつも人の為にぱあと使ってしまう。趣味の延長だからこそできることだろう。

 

「じゃ、また」

 

 妹紅は立ち上がって、腰に手をあてて振り返る。さあと光に当たって髪が白く流れる。その顔は薄く笑みを浮かべて、優しく女性を見ている。それからまたニッと白い歯を見せて笑う。人なつっこい笑顔が、彼女の魅力なのかもしれない。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 妹紅はそんなことをしながら日々を過ごしていた。確かに現代に来ていること自体は驚きに溢れているが、だからと言っても長い人生の一部でしかない。それならそれで楽しく生きる方が、いい。それが彼女の考え方なのだ。

 

 そしてたまには幻想郷の仲間、と言えばおかしいのかもしれないがそこからも依頼が来ることもあった。今回の依頼主は河童である。

 今朝に博麗の巫女への依頼もあったが、それは完遂できなかったので報酬は貰わなかった。しかし、河童にはもう一つの依頼があったのだ。それも博麗の巫女に対する依頼とほとんど同じ内容であった。

 

 だからこそ、妹紅は寺の石段を登っていた。そう長くないが、空から降り注ぐ陽光が肌にべっとりと汗を浮き上がらせて、ブラウスがひっつく。妹紅は首元を指で広げて、中に風邪を入れるようにしてみるが焼け石に水だろう。

 

「とっととと」

 

 変な声が上から聞こえてくる。妹紅が見ると、淡い緑の髪をした「じんべい」を着た少女が寺門から出て、石段を下りてくる。だんだんと近づいて来る少女に妹紅はとりあえず挨拶をした。

 

「こんにちは」

「……おっす!」

 

 一瞬目をぱちくりさせた少女だが、何故か片手でチョップを作ってそういう。それから言った。全て考えるよりも前にやっている。しかし、少女のやったことは単なる自己紹介であった。

 

「おら。こいし」

「そ、そう」

 

 それだけ言ってこいしは石段を下りていく。何をしに行くのかは妹紅にもわからないし、今のやり取りの意味もわけわからない。まあ、遊びに行くのだろうと妹紅は納得して逆に寺に向かう。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「おや。やっと来ましたね」

 

 寺門をくぐると、そんな声が妹紅を迎えた。彼女が見るとそこには一人の女性が立っていた。声の主も彼女だろう。

 その女性の癖のある短い髪は金と黒が混ざり合っている。眼は多少鋭く、頭の上には蓮のような髪飾りを付けている。随分と目立つ姿だが、彼女の格好のほうが奇妙だった。

 白いゆったりとした法衣の上から赤い上着を着て、腰には虎柄の腰巻。それに片手には錫杖を持っている。本当ならば鉾(槍のような物) を持ちたいのだが、そんなものを持っていると捕まる。毘沙門天が刑務所などシャレにもならない。

 ちなみにもう片方の手には「板」のようなものを持っている。

 そう、彼女は毘沙門天の化身。寅丸 星だった。多くの幻想郷の少女達が現代の恰好をしているというのに彼女はそのままの姿をしているのは、信仰の対象がモダンな姿になるわけにはいかないからだろう。

 彼女はふうと何か緊張が解けたような顔をして、はあと息をもう一つ吐く。顔には引っかかれたような傷がついていた。

 

「こんにちは。その傷はどうしたのかしら」

「……いえ、ネズミが暴れまして……それに逃げようとした者もいたので」

「……? あ、ああ」

 

 合点がいったと頷く妹紅。そのネズミは本家毘沙門天からの使者ではあるのだが、妹紅は「ネズミ」としか認識していない。しかし、今日来たのはそのネズミともう一人が目的なのだ。その点については寅丸も知っているから迎え入れたのだ。

 

「それじゃあさっそく、連れて行こうかしら」

 

 妹紅は寅丸に言う。

 

「ええ、早いこと連れて行ってください……全く嘆かわしい。聖に隠れてこそこそとネズミみたいに……それに主人に向かって……」

 

 ぶつぶつ言いながら寅丸は歩いていく、妹紅はその後ろから頭を掻いてついていく。ただ、寅丸は「ネズミ」を神の使いと認識しているが妹紅は「ネズミはネズミ」程度にしか思っていない。そもそも寺の者たちとは幻想郷ではほとんど交流がなかったのだから仕方がないだろう。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 妹紅の目的はもちろんのこと「ナズーリン」と「村紗 水蜜」を連行することである。とは言っても外にはにとり傘下の河童の集団が待ち構えているからそれに引き渡すだけでいい。河童集団で暴れまわるのは彼女達にもイメージがよくないので妹紅に頼んだのである。

 

 なぜ連れていくのかは妹紅も知らないが寅丸が「連れて行って」と言うからには仲間内でも公認なのだろう。ただ今朝この寺の尼さんが連行された時に、一網打尽にされなかったのには理由があった。

 しかし、妹紅は「尼さん」のことも連れていく二人のことも知らない。それでものんびりと寅丸の後ろを歩いていく。金髪の女性は本堂ではなく、庭の外れにある土蔵に向かっていく。遠くから麗しい声で念仏が聞こえてくるのはこの寺の住職代理の声かもしれない。

 寅丸は言う。

 

「この土蔵に閉じこめています。まあ、仕方ないので縛っていますから……暴れることはできないでしょう」

「縛る?」

「ええ、嘆かわしいことですが無駄な抵抗をしまして……」

 

 寅丸は口を動かしながら、土蔵のドアを開ける。金属の重々しい音が響き薄暗い土蔵の中に光が入ってくる。そこには二人の少女が縛られて重なり合うように寝ころんでいた。

 片方は黒髪でノースリーブのシャツにホットパンツ、片方は頭に丸い耳を持ったくすんだ灰色の髪の少女で黒いワンピースを着ている。

 

「げっ!」

「も、もうきた」

 

 重なり合っている二人はただそうしているのではなかった。よくよく見ると黒髪を縛っているロープを耳を持った少女がガジガジと噛んでいる。つまり脱走を図っているのだ。そこに気が付いた寅丸は髪を逆立てて怒った。

 

「こらっ! 往生際が悪いぞっ。ナズーリン! 水蜜! そんなことだから、飲酒の禁を破るんだっ」

 

 そう黒髪は村紗 水蜜、丸い耳を持っているのがナズーリンであった。彼女達も頭髪がぼさぼざで衣服に乱れがあるから、おそらくここに閉じこめたであろう寅丸に反抗したのだろう。そう妹紅は思う。

 しかし、縛られた二人は観念した様子も見せず寅丸に食って掛かる。

 

「ご主人様! さ、さきっきのをみたでしょう!? あ、あんなの着るくらいなら死んだ方がましだっ!」とナズーリン。

「そうですよ。あ、あれはあんまりです!」と水蜜。

 

「問答無用! あのていど……」

 

 そこで言葉を切って寅丸はかあと顔を紅くする。それから取り繕うようにコホンと咳払いした。ただし、それを見落とすナズーリンではない。

 

「ほ、ほらっご主人様だって恥ずかしいと思っているじゃないか! あ、あれじゃ見世物だっ」

「う、うるさいですよナズーリン、元はと言えば貴方達が悪いのですからっ」

 

 ぎゃーぎゃーと喚き合う主従を見て、妹紅は首を傾げた。どうにも要領を得ない。何かを見せられたらしいが、それが何なのかわからないのだ。ちなみに横で芋虫みたいに這いつくばって水蜜が逃走を図っているが足も縛っているので遅い

 だから妹紅は水蜜には気にせず、寅丸一歩近づいて聞こうとした。だが反応したのはネズミであった。

 

「来るなああ、河童の手先めえ!」

 

 本気で首を横に振ってずりずりと後ろへお尻で逃げようと這いずるナズーリン。妹紅はさらに謎を深めて、寅丸に聞いた。

 

「い、いったい彼女達は何を嫌がっているのかしら……」

「あ、ああ。……実はもう一人不届きものがいて、そちらを遠くに働きに出したのですが、彼女が河童の下で白状したのです」

「白状?」

「ええ、さっきムービーメールで送られてきました」

「ムービーメール?」

 

 妹紅はおうむ返しに聞く。よくわからないのだ。だから寅丸は手元の「板」を妹紅に見せた。それはよく見ると液晶の画面を張り付けた板で、表面に「リンゴ」のマークがついている。

 寅丸がその板についたボタンを押すと、ぱっと画面が光り多くの「アイコン」が現れる。つまりは「板」はタブレット端末だったのだ。金髪の戦神はタッチパネルをポンポンと押して、画面を変えていく。

 妹紅はそれに素直に驚いた。

 

「あなたこんなの使えるのね」

「たいして難しい物ではありません。造作もないことです」

「へえ」

 

 感心したように頷く妹紅だが、床に転がっているネズミがうめくように言葉を発した。

 

「ち、ちがう。ご主人様が見たCMをすごいすごい言うから……私が使い方を覚えて、教えたんだ。買ってきたのも私だっ。使い方を教えるのに本当に苦労したんだよ!」

 

 ――な、ナズーリン! 今のCM見ましたか? 手で触れると画面が変わるんですよっ!

 

 急に過去の自分を思い出して寅丸は無言で下唇を噛む。頬が赤くなり、ふるふると肩が震えるが何も言わない。妹紅も「あっ」と察して苦笑いする。要するに強がって見栄を張ったわけである。

 

「こ、これです」

 

 寅丸は取り繕った表情を作って妹紅に画面を見せる。そこにはムービーが流れていた――。

 

 

 そこには麗しい女性が海をバックに正座していた。砂浜に直に座っているから、中々に熱いはずだがそれよりも気になるのか彼女は自らの体を抱くように両手で胸を覆っている。もじもじと恥ずかしそうに身をよじる。

 太陽に輝く青い髪はウェーブがかかり整った顔立ちと相まって似合っている。それでいてその腕は女性らしく細い。摂生を普段から考えているからか、その体つきもしなやかだ。

 なぜそんなことがわかるかというと、彼女は水着を着ている。上下ともに「紫」の妙に艶めかしもので、トップスは首に引っかけるような紐の形であり、頭の後ろでリボンのように結んで留めている。ただしその胸元は谷間が見えるように設計されている。白い肌が見えるのが恥ずかしいからこの女性は胸を隠しているのだ。

 しかし、その下は正座した腰回りにはくびれができていて、合わせた太腿も剥き出しになっている。腰のあたりで紐を結んで支えるそれは、つまりビキニである。

 

『ひ、ひじりざま』

 

 画面の女性が涙目で喋る。赤面した顔が妙に可愛らしい。

 

『わ、私の思いが至らぬばかりに不届きな真似をしてしまい、も、申し訳ありまぜんでしだ。こ、これも修行の一貫として……た、耐えます。でも、い、いんしゅをしたのは私だけではありません。水蜜とナズーリンも一緒にし、しました』

 

 画面に映っているのは雲居 一輪の変わり果てた姿である。謝罪ムービーというべきか懺悔ムービーというべきか、彼女はすさまじく恥ずかしそうにしながら座っている。普段長衣しか着ないからこそ、余計に顔が紅い。

 

『……だ、だめ。やっぱり恥ずかしいでず! ほ、ほかのことならなんでも、ゆる』

『あれ、おりんこれボタンどれ――』

 

 

 

 

 

 変な声が混じってから、そこで映像が途切れる。おそらく撮っていた地獄鴉がボタンを押し間違えたのだろう。しかし、この映像からわかるのは水蜜とナズーリンの末路である。

 

「うわぁ」

 

 同じく肌など見せない妹紅はそう言って一歩引く。見ていて寅丸も顔が紅い。あんなものを着るくらいなら死んだ方がいいとネズミは言ったが、なるほどと二人は思う。

 

「た、確かにあれは恥ずかしいわね」

 

 と妹紅は言うが、寅丸も頷きそうになってあわてて顔を横に振る。それを認めていては話にならないのだ。

 

「ま、まあ。これも折檻の一部ですから。聖には見せられませんけど」

 

 はあとわざとらしく息を吐いて、寅丸は言う。彼女の額に汗が流れているのはあんなものを見るのは初めてだからだろう。自分がそうなればと考えればぞっとする。だが、床に転がっている二人は切実だった。

 

「ふ、藤原さん、み、みのがしてください」

 

 いつの間にか妹紅の足もとに水蜜がまとわりついて憐れみを乞いている。彼女にしてみれば縁側で漫画を読んでいたら卑猥なムービーを見せられて、同じようなことをしろと言われているわけだからたまらない。

 一方のナズーリンは流石にプライドが邪魔して、人間に憐れみを恵んでもらう気はない。水蜜が許されれば自動的に自分も許されるだろうというネズミらしい姑息なことを考えている。

 もちろん妹紅も困ってしまった。

 

「そ、そうはいわれても……」

「なんとか口添えしてくれるだけでも」

「それはだめですよ」

 

 急に柔らく響く声が、土蔵に混じった。ハッとして全員が入り口を見ると、そこには柔らかく微笑むを浮かべた僧侶が一人、いた。髪の色が頭長が紫で先になるほど熟れた稲穂のような黄金色である。彼女は袈裟を付けている。

 

 むろん、彼女は聖 白蓮である。確かに笑ってはいるものの、彼女の後ろには赤い怒りの炎が見える。だから、水蜜達は口を開けて呆けてしまった。

 聖は土蔵に入ってくる。この騒ぎを聞きつけてきたのだろう。

 

「お話は全て聞かせていただきました……。私の弟子たちがそのような行為を皆で働いているとは嘆かわしい限りです」

 

 南無南無と手を合わせながら言う聖。妙に怖い。誰も声が出ない。

 

「ですが、これも私の不徳の致すところ……弟子の教導ができないのも私の罪でしょう……よいしょっと」

「ふあ!?」

 

 つかつかと水蜜に近寄り、聖はその腰を掴んで持ち上げる。やっと声をあげた水蜜だが、見上げると聖の冷たい笑み。そのせいで目が泳いでしまった。

 聖は同じように転がっていたナズーリンも片手で担ぎ上げる。

 

「な、何をするっ」

 

 ナズーリンは他の面々とは違って聖への尊敬は薄い。しかし、怖いのには違いなくすぐに黙ってしまう。

 

「ひ、ひじり様。何を!? 何をされているのですか!」

 

 寅丸はハッとして言う。彼女が聖を呼ぶときは、本人に対しては「様」だが他人に言うときは呼び捨てである。それも寅丸と聖の微妙な関係を表しているのだろう。だが、そのような些事を気にすることはない聖は振り返って言う。二人を軽々と担いでいても表情には余裕がある。

 

「私も一緒に罰を受けます。これも弟子のみちびきができない私の未熟への戒めの為です」

「は!?」

「へ!?」

「あ!?」

 

 寅丸、水蜜、ナズーリンはそれぞれ素っ頓狂な声をあげる。聖はそれにくすりとして、寅丸に逆に聞く。妹紅は妙なことになったと頬を掻いている。

 

「あなたはどうしますか?」

「えっ……!?」

「あなたは戒律を破ったわけではありません。それに……私が強要できるようなことでもありませんから」

 

 寅丸は聖の言わんとすることはわかる。要するに毘沙門天として崇められている彼女は聖の弟子とはいえ、その言葉に対してある程度の自由権があるということだ。だが、生真面目な彼女はどんと胸を叩いて言った。

 

「何を言っておられるのですか。聖様がいかれるのなら私も行きますよ、はっはっは」

 

 豪快に笑う寅丸に聖はこくりと頷いて、また軽く念仏を唱える。ちなみに寅丸は一度妹紅を振り返って「私は何を言っているんだ?」と悲壮な表情で問いてきたが、妹紅はどうしようもなかった。

 

「じゃあ行きましょうか? お寺は住職様がしばらくおられるようですし……こいしさんやぬえさんも面倒を見てくださるそうです」

「そ、それならば安心ですね」

 

 と「寺の留守番」という退路を断たれた寅丸は安心したように頷いた。額には汗が浮かんでいる。ちらつくのは一輪の姿である。それには気が付いていないのか聖は妹紅に向き直る。

 

「それでは藤原さん、御足労いただいて申し訳ないですが……」

「いえ、別に気にしてないわよ……あと、外に河童がいるから」

「ええ、ありがとうございます。さっ行きましょう」

 

 聖は妹紅に丁寧に一礼して、土蔵から出ていく。その手にある二人はわめくこともできず、逍遥としている。それにその後ろからついていく寅丸は何とも言えない顔をしていた。

 

 

「これは……報酬をもらうわけにはいかない、かな」

 

 妹紅は全員の背中を見送って、言う。最初から報酬などどうでもいいが、今日これからどうしようかとは思っている。

 

 

 


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