東方Project  ―人生楽じゃなし―   作:ほりぃー

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8話

 夏の太陽が砂浜を熱く焼き焦がす。

 白い砂がきらきらとひかり、海へと続く緩やかな坂になっている。見渡すと空の青さと海の蒼さが大きな入道雲を脇に置いて、水平線でまじりあっている。

 あたりではきゃあきゃあと多くの人々が遊んでいる。家族連れもいれば、若いカップルもいる。砂浜には彼らが立てたのであろうビーチパラソルが並んでいた。

 

 ただ、お盆もわずかに過ぎて「ごったがえす」ほどの人はいない。だが、そんなことは関係なく彼女はその浜辺を歩いていた。

 ウェーブのかかった青い髪をなびかせ、白い肩が太陽の光で映える。すらりとした体つきをしているが、少しだけ胸は大きい。普段ならそんなことはわからないのだが、今は彼女も「水着」をきている。

 トップスはホルターネックという首にひもを掛けて留める形のものだ。もちろん背中でも留まっている。

 胸元は大きく開いていて左右の胸当ては「紐」でつながっている。下のパンツは多少布の面積が少ないのか彼女は時折端を摘まんで直している。これもサイドが紐でつながっており、リボンが付いている。

 彼女こそ雲居一輪。数日前に仏教における禁酒を破り、この地獄に落とされた少女である。彼女は小さなサンダルを履いて。もじもじ歩いているが、別に遊んでいるわけではない。その肩からクーラーボックスを掛けてこういっているのだ。

 

「つ、冷たい飲み物はいりませんかー! 空いた容器は後で回収しますー!」

 

 要するに一輪は「売り子」をやっていた。河童に押し付けられたのだろうがそれなりに売れている。つまりはそれなりに大勢からその姿を見られている。彼女の眼は涙でうるうるとしていて、顔が紅いので若い男性には毒かもしれない。

 一輪が何かを言うたびに誰かが彼女を振り返るので、彼女はびくっと反応してから心の中で念仏を唱える。緊張と羞恥を紛らわすためにやっているのだが、まさかこんな可愛らしい売り子が「観自在菩薩行深般若波羅蜜多時、照見五蘊皆空……」などと唱えているとは誰も思わないであろう。

 

「な、なんでこ、このような恥辱を」

 

 なんでもなにも自分がやったことの罰なのだが、流石に一輪はぼやく。いつもは尼らしく法衣を着込んでいるので二の腕すらも人には見せない。だからこそ恥ずかしさが倍増している。

 

「お姉さん。コケコーラあります?」

「あっはい」

 

 ただ根が真面目なので海水浴の客に呼び止められるとニコリと笑って返す。いや、正確に言うならば顔が引きつっているのでニゴリかもしれない。ともかく一輪は呼び止めてきた若い男性に飲み物を渡すと会計をする。

 ただおつりを渡すときに間違えてはいけないので彼女は自分の掌に小銭を載せて「ひー、ふー、み」とたどたどしく数えてから渡す。大人っぽい恰好で子供のようなしぐさをするのでその若い男は困った。何がと言えば野暮であろう。

 

 一輪からすると貨幣経済の発達していない幻想郷の癖がでているだけである。それはそれで初々しいとでもいえばいいのだろうか。ともかく一輪はしっかりとおつりを確認して男に手渡す。彼女はそれからまた笑顔を作ってお礼を言う。

 

 

 だいたいこんな形で雲居一輪は精力的に仕事に励んでいた。先に書いた通り根は真面目なのである。禁酒を破ったのはある意味では彼女の欠点というか愛らしさというか、ともかく諧謔的ですらある。

 彼女としてはひっそりと仕事をして、ひっそりと帰りたいのだが皮肉なことにその容姿と恰好が災いしてこの浜辺の有名人になっている。余談だが、この浜辺に来ている中で「電車」で来た者は「ピンク頭のなんたらさとり」も知っている。駅の前で昼過ぎくらいから横断幕があったのでみんなが見ていた。

 

 一輪はふうと息を吐いて空を見る。

 燦々と太陽の照り付ける浜辺で佇む一人の少女。肩にはクーラーボックスを担いでいるが、彼女もまさか自分がこんなことをするとは思わなかった。これを押し付けてきた河童ならともかく知り合いに見られればたまったものではない。そう思っている。

 

 彼女はまだ、自らの師や同僚がこの海にきているとことを知らない。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 古明地さとりは怒っていた。いつもは温厚な彼女にしては珍しく、腕を組んで目の前に正座している二人を見下ろしている。片方は長身で長い黒髪をした少女である。恰好は胸にシャツにホットパンツという涼しそうな恰好だ。もう一人は赤い髪を三つ編みにした猫顔の少女である。こちらは何故か頭にサングラスを掛けて、アロハシャツを着ている。

 さとりが怒るのも無理はないだろう。自分の絵の描かれた横断幕が「名前付き」で掲げられていたのだ。恥ずかしい上にさっきから道行人々が指さしてきて「あれ、あの人だよ」と言ってくる。知らない人にもすでに浸透しているらしい。

 二人はしゅんとして、下を向いている。ただ、さとりの心遣い、というよりは単に甘いだけなのだろうか二人の正座している場所は道の隅でしかも木陰になっている。

 

 

「何かいうことはあるかしら、お燐。お空?」

「……にゃ。にゃあ」

「……す、すみませんでした」

 

 お燐と言われたのは猫顔の少女だ。名前を火焔猫燐と言う。長い名前の上に読みにくいので本人も周囲には「お燐」と呼ぶようにただしている。彼女が口を開いた時に尖った牙がちょっとだけ見える。ただ、それは八重歯のような物だろう。彼女は何故か鳴いた。

 そして以外にも素直に謝っているのは霊烏路空という。彼女こそお空である。長身だがどことなく幼い顔つきの姿からはあまり想像しにくいが、意外にも言葉遣いは丁寧らしい。ある意味さとりの教育の賜物なのかもしれない。

 

「お燐?」

 

 だからさとりはお燐をじろっと見た。赤い髪の少女はびくっとして、さらに肩をうなだらせて「ご、ごめんなさい」と謝る。幻想郷では怨霊渦巻く旧地獄にいた化け猫もさとりには敵わないらしい。当たり前かもしれない。

 しっかりと反省したような態度を見せる二匹にさとりはふうと息を吐いた。もはや何を言っても詮無きことであろう。実はお燐とお空が目配せし合っているとは流石に気が付いていない。

 そんなさとりの肩をぽんと叩いたものがいる。さとりが見ると、慧音が居た。

 

「まあ、もういいんじゃないか? この子達も反省しているようだ」

「……そうね。でも」

 

 さとりがあたりを見回す。遠くでは霊夢と天子がベンチで何かを喋っている。いや、天子が霊夢に絶えず話しかけている。霊夢もいつも通りめんどくさげにしながら返答している。だがそんなことよりはさとりは、もっと気になるものがあった。

 

 霊夢達の近くの電柱に横断幕と同じくさとりの似顔絵の書かれたポスターが書かれている。「おいでませ! さとり様」と描かれているのだ。その下には簡易な地図が書かれていて「さとり様ご一行」がどこに行けばいいのか一目瞭然である。

 元々霊夢達が電車で来るとは確定していなかったので、海にどこから来てもわかるような配慮であろう。お燐とお空も常にここにいたわけではないのだ。其の為に案内板としての役割を果たすのが「横断幕」と「ポスター」である。

 

「あれ、何枚張ったのかしら」

 

 冷たい目でさとりがお燐を見る。お燐も「にゃ!?」と怯えて、おずおずと胸の前で手のひらを広げる。要するに5本指を立てたのだ。

 

「5枚? お燐」

「ご、ごじゅうまい」

「……」

 

 さあと顔色を青くしたさとりがこめかみを抑える。といことは至る所に「さとり様」が浸透しているであろう。ただのポスターなら目立たないが、ピンク頭の少女は目立つ。これには慧音も乾いた笑いをするしかなかった。

 ちなみにポスターは一枚原本を作って、コンビニでコピーしたのであろう。ある意味文明の利器を使いこなしている。河童もそれを黙認しているあたり、面白がっているのかもしれない。

 

「剥がしてきなさい。二人とも……早く」

「「は、はい!」」

 

 同時に答えたお空とお燐は立ち上がって走り去っていく。さとりはその後ろ姿を見ながら、死んだ魚のような眼をしている。怒っても仕方ないが、ポスターがいろいろな場所にあることも恥ずかしい。彼女はアイドルではないのである。

 

「あ、あまい物でも食べるか? さとり。きょ、今日は私が奢ってやろう」

「そうね……。お言葉に甘えさせてもらおうかしら」

 

 少し誇らしげな慧音の言葉に古明地こいしもうんうんと頷く。甘い物は大好きである。彼女は顎に手をあてて、何を食べようかと思い浮かべながらさとりに聞く。

 

「ところでお姉ちゃん。なんで今日は海に来たの?」

「……ああ、それはねこいしっ!??」

 

 さとりは驚いて飛びあがった。いきなりあらわれた妹に面食らったのだ。慧音も同様に驚いている。当のこいしは不思議そうな顔で、小首を傾げる。愛らしい仕草だが、何故か服装は甚平に下駄。いつもつけている丸帽子はかぶっている。

 

「ど、どうしてここに」

「? 同じ電車に乗ってきたじゃない。お姉ちゃんの後ろにいたよ」

 

 さも当然のような顔でこいしはいう。そんなことに気が付かなかったさとりは考え込むが、やはりわからない。居た気すらもしない。慧音に目配せしてみるが、彼女も首を横に振る。知らないのだろう。

 しかしそんなことにこいしは構いはしない。いきなり彼女はぱあっと花の咲くように笑顔になり困惑するさとりの腕を引く。その眼がきらきらと期待に光っている。

 

「それで、お姉ちゃん。なにか食べにいくんでしょ! はやくいこうよっ」

「え、ええ」

 

 困惑していたさとりだが、実の妹には甘い顔を見せる。どうにも妹には弱いらしい。その間に慧音は霊夢と天子を呼ぶ。彼女達はのそのそと立ち上がって、重たい荷物を二人で持ちつつ歩いてくる。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「…………」

 

 河城にとりは両腕を組んで座っていた。彼女の服装は何時もの合羽姿だが、少し暑そうにしているから後で脱ぐかもしれない。彼女の目の前にはテーブルがあり、その上には帳簿とスケジュール表が載っている。

 場所は浜辺にある海の家の一つ。その座敷に彼女はいた。座敷とは言っても敷居が高くなっているだけで、仕切りのドアや障子などはない。店内は窓どころか四方に柱のあるだけの吹きぬけの構造なので、解放感がある。

 店内のテーブル席にはそれなりに客も入り、厨房として区切られた箇所にはにとりの仲間であろう河童が何かを作っている。みんな水着の上からエプロンをかけている。

 外の炎天下に比べれば扇風機の風の当たるここは天国のようなものだ。にとりはここを拠点に商売していた。ただ、当たり前だが建物自体は彼女の所有ではない、単に借りているだけである。

 他の河童達は一輪と同じく浜辺に散って働いている。売り子としても働いているが、他の海の家に手伝いに行っている者もいるのだ。

 

 にとりがやっているのは人材の派遣であった。彼女は河童達というマン・パワーならぬカッパ・パワーを使ってこの浜辺にある海の家やその他、人手が必要なところに低賃金で働き手を派遣しているのだ。儲けも少なくなるだろうと考えるかもしれないがそもそも、河童達は共同体なので一人、二人で儲けるより全体の利益が多ければ裕福になるのだ。

 その点でいえば企業というよりは江戸時代などの「商家」に近い。

 それでも八月上旬の繁忙期にはにとりもそれなりに忙しかったのだが、最近は注文も少なくなっている。だから一部の河童を町に戻して、反対に借金の形に連れてきた幻想郷の少女達を派遣している。

 

 

 

 そんなにとりの目の前には一人の女性がいた。穏やかな笑みを浮かべていて、その表情を見れば「安心」してしまいそうな不思議な魅力を持っている。頭のてっぺんが紫色だが、緩やかなウェーブのかかった長髪は先に行くほどに鮮やかな小麦色になっている。

 ほのかに甘い匂いがするのは、彼女の香りだろう。

 

 聖 白蓮。それが彼女の名前である。寺で住職代理をしている彼女だが、弟子への監督不行き届きを嘆きこの海にやってきたのだ。にとりも彼女が他の弟子を連れてきて来た時には驚いたが、人手がふえることには賛成なので気にしなかった。

 聖はニコニコしているが、その姿は何時もの恰好ではない。海に来ているのだから、当たり前のように水着をきている

 

 肩から紐で吊った黒のトップスが彼女の胸をささえている。ただ胸元はちょっとだけ開いているので「谷間」が見える。そこに小さな黒子がひとつ。ただ、そんなものを気にするものなどここにはいない。そして胸元にはリボン。

 下にはビキニの上からスカート状のスイムウェアを着ている。しかしスカートは少々透けていて中がうっすらと見える。お腹から腰に掛けてはくびれがくっきりとしている。要するに無駄な物が付いていない。

 にとりはその彼女に聞いた。

 

「そんで、今あんたの仲間に働いてもらっているわけだけどさっ。本当に給料はいらないの?」

「ええ。これも修行の一貫です。……それに施しを受けるのは仏様のお教えにありますが、金銭で受け取るわけにはいきません」

 

 にとりは「やりぃ」と小さくつぶやく。人件費が浮くことほど嬉しいことはない。聖は別に借金しているわけでないので元々給料自体は払う必要があるのだ。それをいらないという聖はどこかの巫女とは違って話になる。「あれ」はお金を徴収する顧客として連れてくるよりも、仲間にしたいとにとりは思う。ずけずけ物を言う性格は使いようによっては巨万の富を生むだろう。

 

(ま、こっちで富を稼いでも意味なんてないんだけどね)

 

 にとりは心中でつぶやく。ただ聖には伝えない。その意味を聞かれたら困るからである。彼女はそれからまた、聖に向き直って言う。

 

「うーん。ま。いろいろと役所的にめんどくさい縛りがあるからさ。多少給料は払うよ。別にもので払ってもいいけど……そんじゃ、一応身元の書類がいるから」

 

 にとりは手を出し言う。

 

「保険証だして」

 

 聖は頷いて。近くにあったポーチを引き寄せて。仲から財布を取り出す。そこから出したのは一輪を覗いた四枚の保険証である。表面には国民健康保険証と書かれている。

 

 ――聖 白蓮

 ――村紗 水蜜

 ――寅丸 星

 ――長宗我部 ナズーリン

 

 この四人分の保険証をにとりは受け取った。それをじっと見ているが真贋をはかっているのではなく、単に彼女は全員分あるかどうかを見ているのだ。これは間違いなく本物だということは彼女にはわかっている。

 

「んじゃ。あとでコピーしてから返すよ。……」

「ええ。お願いしますね……それじゃあ、私は何をすればいいのかしら」

「そうだね、お仕事をしてもらうのだけど。料理は……肉を使うから駄目だね。それじゃあ、あー。あのムラサとかは客引きに出しているしね。……うーん。あっそだ」

 

 にとりはにやりと笑って聖を見る。逆にこの聖女は不思議そうににとりを見返してくる。何をするのかわからないといった顔だ。彼女は聡明で、人を疑わないというほどに愚鈍ではないがそれでも表情は涼やかだった。

 にとりはその聖と仲間達、それに今からやって来るであろう巫女たちの人数を換算してとあることを思いついた。多少儲けることができるだろう。だから彼女はにやりと笑った。

 

「ただ働いてもらうよりも面白いことをしよう。それじゃあ。まずは……」

 

 にとりは「けけ」と笑う。聖は多少その笑みに邪悪な物を感じたが、もしも河童が邪なことを考えているのであれば多少手荒なことになる、と考えていた。

 

 外からは「おいしーおいしーとうもろこしだよー、あっ一輪お帰り」と村紗の声が聞こえてくる。少し間をあけて「な、なんでここに」と一輪の声もした。

 

 




全員が合流するまで、まったりいかざるをえない。あんまり遅くなるようなら覇王翔吼拳を使わざるをえない。

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