海の家の店先で村紗水蜜はご機嫌でトウモロコシを売っていた。彼女の前には机の上に載ったコンロの上に載った銀紙の上に載ったトウモロコシがある。それは黄色の表面に黒い「焦げ」がついて、いい匂いをさせている。
水蜜はぱたぱたとそれを団扇で煽ぎながら「トウモロコシいりませんかー」と道行く人に宣伝している。やる気があるかと言われれば微妙だが、そんなに嫌な作業ではない。
なぜなら、彼女に支給された水着は水蜜の眼からすれば常識的な物だったからだ。
水蜜は黒を基調として、胸元に白のラインの入ったワンピース型の水着を着ていた。最初は妙に布の面積が少ない一輪のような水着を着せられるかとびくびくしていたが、にとりは水蜜にこれを支給した。
それでも何百年も地底にいて、しかも海など存在しない幻想郷にいた彼女は「肌を見せる」ようなことはほとんどない。それこそ風呂にでも入るくらいでしか服など脱がないのだ。だから、体をすっぽりと覆う水着にすら抵抗はあった。
だが、海に来てみれば水蜜とそう見た目的な容姿(無論、彼女の方がはるかに年上) の変わらない少女達が海辺で遊んでいる。水蜜もそれを見て、多少考えを変えた。少なくとも聖 白蓮や雲居一輪の着ている物よりは遥かにましであると。
水着を着た水蜜はしなやかな体つきのくっきり浮き出る水着で伸びをしてみた。動きやすくてそんなに着心地は悪くない。多少体が締め付けられる気はするが、まあそれは仕方ないと思った。
ただ、更衣室でお尻のあたりの布を指で伸ばしながら、彼女はあることを気にする。ワンピース型と言っても背中が大きく開いている。そこから白い肌を見えているのに水蜜は多少恥ずかしさを覚えた。だから彼女はにとりに言った。場所はにとりと聖のいる海の家であった。
「あ、あの壁にパーカーがあるみたいですが……着ていいですか?」
「……え? あ、いいよ」
思いのほかにとりは簡単に許可した。それにも多少驚いたが、水蜜はともかく水着の上から白いパーカー着込んでよいことになった。これでかなり恥ずかしさは緩和された。強いて言うなら健康的な太腿はどうしようもない。一応サンダルも履いている。
それで水蜜は気が楽になった。少なくとも一輪のような破廉恥な格好をしなくてもよくなったのである。あれだけは絶対に嫌だと思っていたから、彼女は飲酒の罰として与えられた仕事も嫌な顔一つせず行った。それが冒頭のトウモロコシ焼きである。
しかし、真実とは時に残酷な物である。
聖 白蓮たちが海辺に着いたのは霊夢達よりも多少早い。なぜなら河童の用意したタクシーで来たのだから、荷造りして天子を待ってとしていた霊夢達よりも早くなるのは自明だった。
「何で、増えてんの?」
海に着いた一行を出迎えた河城 にとりの第一声はそれだった。元々は飲酒をした水蜜とナズーリンの二人を連行する予定だったが、聖と寅丸 星もついてきた。別に人手が多くなる分にはにとりには全く異論などなかったが彼女の頭の中では冷静な「区分」が行われた。
――聖、一輪、星
――水蜜、ナズーリン
どこで区分したのかはにとりは言わなかったが、前者には多少色気のある水着を支給して、後者にはてきとうな水着を与えた。てきとうとはサイズを探して一番最初に見つけた物だ。だから水蜜がパーカーを着たいというなら着せた。働けば文句などない。それ以外にとりは彼女に期待していない。
寺にいる忘れ傘や「鵺」が居れば水蜜の位置も多少は変わったかもしれないが、今回の彼女は下の方なのだ。実際相手が悪い。
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そうして何も知らないキャプテンこと村紗水蜜は上機嫌なのだ。真実は知らない方がいいのかもしれない。
「トウモロコシいりませんかー。飲み物もありますー」
トングで網の上にあるトウモロコシを転がしながら水蜜は客引きをする。暑い中でトウモロコシなど売れるのかとも思っていたが、結構男性客に売れる。水蜜は不思議に思いつつも客の一部を店内に誘導する。テーブル席に連れていくのも仕事の一つなのである。
ちょっと癖のある黒髪を片手で払って、水蜜は汗をパーカーで拭く。肌には玉の汗が浮かんでいる。着こんでいるから首ともから胸元まで湿っている。もう脱いでもいいかもしれないと思えるほど状況には慣れた。
海の家では河童達が働いている。彼女達は普通に水着を着て、上からエプロンをつけているが、それは恥ずかしいからではもちろんない。料理を作っているからだ。
「…………」
水蜜はそれを見て多少羨ましいと思った。涼しそうである。彼女は水着の胸のあたりの布を指で伸ばして、中に風を入れようとするが焼け石に水ならぬ焼け村紗に風である、意味などほとんどない。
彼女の師である聖はそもそも水着の上にはなにも着ていない。先ほどから海の家の中でにとりと何かを話しこんでいるが、それでも拭きぬけの建物内である。水蜜にも時折その涼しげな顔が見えた。
「脱ぎますか」
水蜜はパーカーを脱ごうとした。暑いのだ。しかし、ぴたりとその手を止める。
遠くから青い髪の女性が歩いてきている。紫の水着を着ていてとても恥ずかしそうに、もじもじと向かってくる。雲居 一輪である。彼女の姿を見た水蜜は「あれを着なくてよかった」と心中深く安堵しつつ、パーカーを脱ぐのもやめた。
一輪はそのまま帰ってくるかと思ったが、飲み物を求めている海水浴客に止められて立ち止まった。彼女の方にかかったクーラーボックスには飲み物が入っているのだ。大きさとしてはそう大きくはないから飲み物が切れるたびに補充しているのだろう。サイクルとしては一時間に一度帰ってくるとにとりは水蜜達に言っていた。それが今なのだろう。
水蜜はトウモロコシを焼きつつ、一輪が帰ってきた時に言った。
「おいしーおいしーとうもろこしだよー、あっ一輪お帰り」
「な、なんでここに」
一輪はぎょっとしていた。ある意味では当たり前かもしれないだろう。しかし、理由自体は明確である。そもそも飲酒をしたのは「一輪、水蜜、ナズーリン」なのである。だから罰して一輪が海に来たであれば他の二人も送られてきたもなんら不思議はない。
聡明な一輪もそれはそう考えたのだろう。水蜜がここにいる理由についてはそれ以上聞かず別のことを言い出した。
「水蜜。何を着ているのですか?」
「えっ? 水着ですけど……?」
どこかおかしいのかと水蜜は自分の体を見る。特におかしいところはない。ただ一輪はクーラーボックスを地面に置いて、近寄ってくる。そしてガッとパーカーを掴んだ。
「これ、はなんですか?」
「パーカーですよ」
あっと水蜜もわかった。破廉恥な格好をしている一輪にしてみれば、妙に露出の少ない恰好の水蜜に納得がいかないのだろう。だからパーカーを掴まれたのだ。そして水蜜も白々しく「パーカーですよ」などとご飯にかけるアレのように返答したのだ。要するに一輪の気持ちを察したが汲んでやる気はさらさらない。
「へ、へえ。これ暑いでしょう? 飲酒をした事が聖様にばれたからここに来たとおもうのですが……熱中症になったらいけないわ」
「ご、ご心配なく。水分はしっかりととっていますから」
にこやかにパーカーを引っ張る一輪。にこやかにパーカーを奪われまいとする水蜜。ぐぐぐとひっぱり合っているので白いパーカーが伸びてきている。
「……い、いいえ。それでも水蜜だけが……いや、水蜜が暑いのは心苦しいですから」
「い、いや。大丈夫です。ちょ、離してください」
「いいから」
「よくありませんから」
「ずるいですよね?」
「ずるくないですよ?」
段々と本気でパーカーを引き合う二人。貌はにこやかだが、二人の後ろから黒い何かが出ているような錯覚を覚えさせるほど黒い笑顔である。傍からみれば美少女が二人で戯れているようにみるが、実際は陰湿な暗闘である。
「ええい! 脱げ!」
「嫌ですっ!」
ついにしびれを切らした一輪が本性を現す。元々人間でしかも女性なのに妖怪退治をしていた剛毅な彼女である。言葉遣いも荒々しくなっている。彼女は躍起になって水蜜のパーカーを脱がしにかかった。
「ずるいじゃないかっ! 同じことをしたというのにっ」
「…………っ」
水蜜の方の力が多少弱いらしい、パーカーごと引っ張られるがそれでも抗う。だから一輪も水蜜も顔を紅くして力比べをする。少女同士の力比べ等大したことはない上に、理由が小さい。それでも本人達は真剣である。
それでも彼女達は気がついていなかった。自分たちのことを見ていた者がいたのだ。
「一輪? 水蜜? どうしましたか?」
水蜜と一輪はその声を聞いてピタッと動きを止めた。さっきまでの笑顔は消えて、同じようにぎぎぎと首をロボットの様に動かして声のした方向を見る。そこには柔らかい笑顔で彼女達を見ている女性がいた。
一輪はごくりと息をのんで、その女性に言う。
「ひ、ひじりさま」
聖 白蓮がそこに立っていた。その笑顔が一輪には怖かった。小さな小競り合いをしていたことを見られたのだから、そうなっても仕方ないかもしれない。
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一輪と水蜜が聖の前で正座している時に「さとり様ご一行」は駅の近くにある食事処にいた。畳敷きの広い部屋にガラス張りの店内は開放的であった。外を見れば青い空と太陽の照り付けるアスファルトの道が見えるが、中は冷房が効いていて涼しい。
客もそれなりに入っているらしい。さとり達はとりあえず空いている席に座った。さとり、こいし、慧音、霊夢、天子という大人数なのでテーブルの周りを囲む形になった。
「さあ、なんでも好きな物を頼むといい」
すごくうれしそうに言う慧音に甘えた一行はそれぞれが好きな物を注文する。元々はみょうなことで傷ついたさとりを慰める為に慧音が「甘いもの」を求めてきたので、ほとんど全員がデザートを頼んだ。
だから、注文して店員が持ってくるまではそこまで時間はかからなかった。
天子はクリームソーダに載っていたチェリーを咥えてもぐもぐと口の中で動かす。それから器用に中身のない皮を舌にのせて言う。
「ほら霊夢、すごいでしょ」
「はいはい」
霊夢は適当に返しつつ、手元には天子と同じ物を持っている。クリームソーダとは緑色の飲み物で最初は霊夢も警戒したが、飲んでみると中々に美味しい。それに上に浮いたバニラアイスも冷たくて甘い。
炭酸には現代に来たすぐに飲んで「くわっ!?」と奇怪な声を出しておどろいたことのある霊夢だが、今では慣れた。さとりもその時に一緒に飲んで膝をついて悶えていた。喉が焼けるような感触には面食らったのだろう。
そのさとりは、先ほど店員が食べ物を持ってきた時に「ご注文は以上でしょうか、さとりさま」となぜか名前を呼ばれたので頭を抱えていた。どこまで広がっているのだろう。彼女の前にはあん蜜が置いてある。その横ではこいしがしゃりしゃりとブルーハワイ味のかき氷を幸せそうに食べている。
「どうしたのお姉ちゃん?」
「なんでもないわ……それよりもこいし、あんまり急いで食べないようにね」
「うん」
と言いながらこいしは器に山盛りになったかき氷をしゃくしゃくとスプーンで食べていく。中には練乳が入っているらしく、それを食べた時こいしの眼がきらっと光ってとろけるような笑顔になる。そしてスプーンを持ったまま両手を胸の前で組んで「んー」と可愛らしい仕草で眼をつむる。
しかしこいしには一つだけ疑問があった。
「お姉ちゃん」
「なに? こいし」
「ブルーハワイ味って、なに?」
「…………えっと」
さとりはこいしの前にある真っ青なかき氷を見る。そこからヒントを得ようとしたのがだ、さらにわからなくなる。青い食べ物とは何だろう。
「わ、わからないわ」
「そうなの? お姉ちゃんでもわからないなんて……。すごい」
うんうんとこいしは妙なことで感心する。彼女にとっては美味しいからこれが何だとしてもどうでもいいのだ。
そんなさとりとこいし、それに天子と霊夢を見ながら慧音はにやにやとしている。自分のお金で人に奢ることがここまで気分の良いことだとは思わなかった。数か月ぶりかもしれないのだ。
そんな慧音は霊夢に話しかける。
「なあ、霊夢。河城さんのところに急がなくていいのか?」
「あ? いいんじゃない、仕事自体は明日からでいいって言われたんだし」
「ああ、そうだ……言われてたな。あれ、じゃあなんで今日来たんだ」
「決まってるじゃない。仕事の給料なんて『時給』なんだから一日でも早く働いた方がさっさと終わらせて帰れるでしょ?」
「な、なるほど」
そんなもんかと慧音はうなずく。彼女は自分ではデザートは頼まずにコーヒーを飲んでいる。それはいつも十六夜 咲夜の働く店で一杯のコーヒーで粘りに粘るという日課からくる悲しき習性である。本人すらもその習性にとらわれているのに気が付いていない。
そんな慧音をじっとこいしが見る。彼女は慧音とはほとんど面識がない。顔を見たことはあるのだが、親しく話したことはない。だがさとり達と親しくしているのだから、悪い人には見えない。
こいしは慧音と仲良くなりたくなった。思ったら行動は速い。
「はい、あーん」
「えっ? あっ、え?」
こいしはスプーンに山盛りにしたかき氷を慧音に突き出した。それで口を開けるように要求する。慧音は何でいきなり「あーん」などと言われているのかわからずに戸惑う。しかしこいしの言っていることの意味は分かるので思わず口を開けた。
「むごっ」
慧音の開いた口にスプーンが突っ込まれる。こいしは手首を返して容赦なく喉のあたりにかき氷を落とす。それから素早く引き抜いた。慧音は眼を見開いて、胸を叩くが辛うじてかき氷は零さなかった。
「美味しい?」
「あ、ああ。ありがとう」
小首を傾げてこいしは聞いてくる。慧音はこくりと頷いてお礼を言う。だが一部始終をみていたさとりは慧音を気遣う。
「だ、大丈夫。慧音」
「い、いや大丈夫だ。えっと、こいしさんだったかな? 今日はなんで私たちについてきたんだ?」
「見かけたから」
「……」
妹は大丈夫かという顔で慧音はさとりを見る。さとりもこめかみに手をやって顔をしかめる。流石にさとりは姉として注意しなければならないと思った。行動が軽すぎる。ある意味ではそれも魅力なのだろうが、姉としては心配なのだ。
「こいし」
「お姉ちゃん!」
「な、なに?」
「前からお姉ちゃんとしたかったことがあるの。お姉ちゃんとしかできないことなの!」
「私しか……? いったい何がしたいの?」
「もしかしたら幻想郷での力を取り戻せるかもしれないわ!」
「!!」
さとりは眼を見開く。霊夢と慧音も驚いている。
「すみませーん。かき氷くださーい」
だが天子は全然関係ないことを店員に要求している。すでに彼女のクリームソーダは空になっているのだ。それでもこいしをのぞいた三人は天子には何も言わない。霊夢のクリームソーダのアイスを天子が食べたが、それでも巫女は反応しなかった。後で、減っていることに気が付いて怒ることにはなる。
「こ、こいし。幻想郷でのちからをと、取り戻せるって」
「お姉ちゃんとならできると思うの。同じくらいの背丈で、同じくらいの力の二人じゃないとできないことなのよ。ごてんととらんくすもそうだったわ」
「ご……えっ? 二人ですることなの?」
「ええ。そう。それをすると大したことのない戦士でもすごい戦士に早変わりするのよ」
「せ……んし?」
妙な単語にさとりは首をかしげる。だが、こいしの眼は本気である。
「お姉ちゃん! 私と試してみてほしいのっ」
「……こいし」
「お姉ちゃんにしか……頼めないのよ」
うるっとこいしはきらきら光る眼でさとりを見る。その姿に姉としてさとりはくらっとした。妹が必死に頼んでいるのだ。それをむげにはできないだろう。それにこれが成功すれば幻想郷での力が戻るかもしれないというのだ。何をするのかは知らないがこれに答えてあげようと心優しいさとりは思った。
「わかったわこいし。私ができることなら、やりましょう」
「ありがとうおねえちゃん! 大好き」
こいしはがばっとさとりに抱き付いて頬ずりする。頬をすりあわせて、二人のもちっとしたほっぺたが合わさる。だが、慧音たちの手前さとりは恥ずかしくなった。天子は新しく来たかき氷をイッキ食いしたらしく頭痛でのたうち回っている。
「こ、こらこいし。は、離れなさい」
「えへへ」
さとりはこいしを離して、こほんと咳をする。それから聞いた。
「それでこいし。今から何をやるの?」
「それはね。外でやらないとここじゃ狭いわっ」
こいしは自信に満ち溢れた顔で立ち上がる。そしてふふーと鼻を鳴らして、笑顔のままさとりに言う。
「お姉ちゃんとならきっとできるわ! フュージョンがっ!!」
さとりはこの後、地獄を見ることなる。
――文々。新聞
<外の世界の古本屋に出る幽霊!>
古本屋といえば幻想郷でもいくらかある。しかし現代のそれは規模が比べ物にならない。
そこで現代の古本屋「ブック・オン」を訪ねた。店何は巨大な本棚が並び、壁備え付けられたスペースにも本が並んでいる。そこにあるのは悪くいえば雑多、良く言えば多彩な本の群れだ。漫画、小説、雑誌、その他諸々の本が置いてある。
そこに働く店員さんにお話を聞いてみた。
「ええ。私もここに来た時は驚きました。私たちが封印されている間にこんなに本が書かれたのだなあと灌漑に耽るときはあります……まあ、私は漫画ばかりよんでいるのですけど。最近は寺にも買って持って帰っています」
と語るのは幽霊こと村紗 水蜜さんだ。彼女は(以下略)