東方Project  ―人生楽じゃなし―   作:ほりぃー

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今回は閑話です。


10話 閑話

 神社とは日本文化の象徴的ともいえる施設である。古い物になると、日本最古の歴史書である古事記や日本書紀、いわゆる記紀にも記述されているものもある。少なくともほとんどの神社は江戸時代には成立していると考えれば如何に日本人と共にあったかということがわかるだろう。

 

 幻想郷にも神社はあった。明確に「神」を奉るための場所かというと少々違うが、そこには巫女の少女が住んでおり、異変があるやそれを治めることを生業としている。ただ、自分が何の神を祭っているのかを知らないという奇妙な巫女ではあった。

 

 とある日に幻想郷に外の世界から新たな神様が二柱やってきた。彼女達は自らの神社をお山の頂上につくり、巫女を一人連れていた。こちらは多少外の世界の巫女らしく、主人である神に対してどちらかと言うと忠実であった。

 

 だがその神様達も二人も巫女も今度の異変に巻き込まれ、幻想郷の外へと放り出されたしまった。もちろん外の世界にも神社はあるが前者の巫女は工場での単純労働に就職し、後者の巫女は本屋で働いている。つまり専門の巫女の二人は外では一般人になったのだ。

 

 しかし、外の世界の「巫女」も現代社会に順応するためにアルバイトの一種として成立していた。そして、生活の懸かっている幻想少女達の中でそれに従事する者が居てもおかしくはないだろう。実際、いた。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 蝉の声も最近ではけたたましさを増したような気がする。そう、伊吹萃香は思った。

 薄いブラウスに膝まで丈のあるスカートを穿いた彼女はサンダルをかつかつ鳴らして歩いている。片手にはひょうたんを持っているが、そこには「酒」が入っている。それに頭には二つの角が隠すことなく生えており、子供のような容姿とはいえ中々に怪しい姿ではあった。

 

 ただ、もしも鬼だとばれた場合はその時だと萃香は思っている。隠すことも嘘をつくこともどうにも性に合わないのだ。そう、カラリと割り切れるところも「鬼」らしくもあった。しかし、現代社会では彼女がまさかひょうたんに酒を入れているとは思う人は少なく、ましてや彼女を「鬼」と思う者はもっと少なかった。他人から見れば奇妙なアクセサリーである。

 

 くいっと萃香はひょうたんを傾けて、中のそれを口に含む。ぐびぐびと飲んで、ぷはあと息を吐きだす。それからまた、ゆるゆると歩く。行く道はアスファルトの歩道。流石の彼女も車の通る車道を歩こうとは思わない。

 萃香は左右に住宅のある往来をのんびりとした顔で行く。たまに開く口には八重歯が光る。一応で言えば「牙」なのであろうが、それには恐ろしさよりも彼女の愛らしさを引き立たせている。

 無論本人にはどうでもいいことだ。彼女はちょっと目を細めて、遠くを見た。何かを見つけたらしい。

 

「おお、あったあった」

 

 酒を飲んでも酔った様子のない萃香は言う。道の先には住宅が連なっているがその一角にひょっこり大きな木が見える。楠木だった。その周囲に大小の木々が連なって、小さな森の様になっている。

 萃香はちょっとだけ速く歩いていく。急いでいるのではない、単に涼みたいのだ。鬼でも暑いものは暑い。彼女はひょうたんにかけた紐を肩にかけて足を速める。

 

 

 遠くからは木々しか見えなかったが、そこには大きな鳥居があった。要するに神社の入り口なのだ。立派な朱塗りのそれを見て萃香は感心したように言う。見上げた鳥居の額にもこの神社の名前が金泥で書いてある。

 

「はあーやっぱり外の世界は豪勢だね。霊夢のところよりも大きいや」

 

 そうひとりごちて萃香は中に入っていく。鳥居の手前から石畳の道がすうと参拝客を導くように伸びている。少し先に本殿が見える。

 石畳の道の左右は土の剥き出しになっているが、綺麗に掃き清められている。そして柵で区切られた場所には大木があり、しめ縄が付けられている。

 大木はいつからあるのか、しわを刻んだそれにはところどころ穴が空いてるがすっと天まで伸びた巨体には青々と葉を茂らせている。萃香は顎をあげて、それを見上げる。先ほど彼女が遠くから見た木もこの大木だろう。

 

「おおきいねぇ」

 

 と感心したように言いながら彼女は歩く。それでも立ち止まることはしない。彼女には目的があるのだ。

 そう、今日来たのは別にお参りしに来たわけではない。ここにいる者に声を掛けに来たのだ。実は先ほど博麗 霊夢の家に行ってみたが誰もいなかったので、萃香は少々退屈していたこともある。海に言った彼女達と入れ違いになったのだろう。

 そっちの巫女には会えなかったが、今日は別の巫女に会いに来たのだ。

 萃香があたりを見回すと、近くでさっさっと何かを掃くような音がした。見ると巫女装束の二人組が落ち葉を箒で掃いている。萃香はそれを見て、にんまり笑う。ちょっといたずらを考えた子供のようだった。

 

「いたいた。おーい」

 

 巫女達はふと、その声に気が付いたのだろう。萃香を振り返った。

 一人は薄い紫色の髪をした少女だった。髪は二つ結びにしていているが、大きな瞳が愛らしい。それに白い花の髪飾りを付けていて、萃香を見てちょっと小首を傾げた姿は少女そのものだった。

 もう一人は少し萃香を訝しく見ている。茶色のショートヘアにカチューシャを付けている。彼女は目をちょっとだけ動かして、二つ結びの少女を見た。眼で「何の用だろう?」と聞いているのかもしれない。

 二人は同じ服装をしている。先に書いた通り巫女装束。少し大きな白衣に鮮やかな緋袴を履いている。陽光の中で並ぶ二人の少女は、絵になる。 

 

 だが萃香じゃこの二人を見て固まってしまった。彼女はぽりぽりと顔を指で掻いて言う。

 

「えっと……誰だったっけ?」

「え!?」

「え!?」

 

 呼んだくせに誰かと聞く鬼に二人はずっこけた。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「いやあ、わるかったよ。ここで巫女をやっている奴に会いに来たんだけど……まさか幻想郷の者、いや物が他にいるとは思わなかったからさっ」

 

 ゆるしてくれよとカラカラ笑う萃香。その横に先ほどの二人の少女もいた。

 彼女達は本堂の横にある、神社関係者の事務所の縁側に腰掛けていた。萃香は胡坐を描いているが、二つ結びの少女、九十九 弁々はため息をついた。

 

「いきなり鬼が訪ねてくるからなにかと思ったわ、ねえ八橋?」

「そうね、姉さん」

 

 もう一人の少女は九十九 八橋と言う。先ほど自己紹介したときに萃香から「饅頭みたいな名前だね」と言われたので、軽く萃香を睨んでいる。無論気づかれたら怖いので、すぐに目をそらす。

 ちなみにこの似ていない姉妹は血のつながりなどはない。少々特異な姉妹ではある。それは萃香がわざわざ言い直したように、彼女達は「物」だったのだ。自我を持った道具、つまり彼女達は付喪神である。付喪神になった時にたまたま近くにいたから姉妹を名乗っているのだ。

 弁々は膨れ面の八橋を少しだけ見て、萃香に聞く。

 

「それで? 今日はなんの用なのかしら」

「用? あんたらに用はないよっあっ、いやどうせなら、言っておいても損はないか」

 

 ふむと考え込んで萃香は言う。

 

「来月くらいに町内会で運動会をするんだよ。それで参加者を増やしているから、あんたらも参加してくれないかな?」

 

 弁々と八橋は顔を見合わせた。頭上には「?」マークがつきそうなほどきょとんとしている。そして八橋が萃香に聞いてみた。

 

「うんどーかい。ってなに?」

「ああ、そうだね。幻想郷じゃ、やったことはない……まあ、弾幕ごっこがそれの代わりみたいなもんかな。みんなで勝負するんだよ。いろんなことで」

「はあ? なんでそんなことを……でもちょっとおもしろそうかな……」

「だろう! だからわたしが方々を駆けずり回って参加者を募っているんだよ。……どうせならにぎやかな方がいいからね」

 

 ニコニコと話す萃香につい八橋もつられてうんうんと頷いてしまう。彼女が自我を持ったのはつい最近だからなのか、少し子供っぽい。

 

「こほん」

 

 そこに弁々は一つわざとらしい咳をした。それに八橋は気が付いて、姉を見る。

 

「どうしたのお姉ちゃん」

「……あんた。勝手に巫女のバイトを休んだらどうなるのかわかっているの」

「はっ!」

 

 びくっと震える八橋。肩を震わせて身を縮こまらせる。何かに怯えているようにも見えるが、違うようにも萃香は感じる。だから八橋の挙動を今度は萃香が訝しんだ。

 

「なんだい。仕事の一日や二日うっちゃってもかまわないさ。幻想郷にいたなら本職の巫女を見たことがあるだろう? 霊夢なんて気ままにやっていたよ」

「そういうことじゃないのよ……」

 

 震える八橋の肩を抱いて、弁々が応える。

 

「うちの神主さんは、ああ、私たちの雇主は結構厳しいから……ズル休みでもしようものなら……埋められるの……」

「……う、埋められる!? どこにさっ?」

「そうね。じゃあ、見てみる? 多分あなたの用があった巫女って、あいつのことでしょ」

「ああ、なんだもう一人いるんだね。あっ」

 

 埋めた埋めないという妙な話から「もう一人の巫女」の話が出てきたのだが、つまりはその巫女はどこかに埋まっているのだろうか。そう想像して萃香は興味がそそられた。どんな顔をしているのかを見に行こうと思ったのだ。

 

  ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 神社の境内の一角にあまり目立たない場所がある。楠木の陰になった場所で、参道から見えないが日陰になっている場所だ。

 そこに「頭」が地面から生えていた。その「頭」の横には「私はサボりました」と書かれた木の札が立てかけられている。

 頭は黒髪と白髪の入り混じり、前髪の一部は赤いというちぐはぐな髪型をしている少女だった。肩まで伸びた髪、と言いたくても肩までしっかりと地面の中に埋められているからよくわからない。そんな状態でも眼は爛々としていて、紅く光っている。頭には二本の小さな角もあり、彼女が人間ではないことを物語っている。

 

 その少女の名は鬼人 正邪。かつて幻想郷で純粋な反乱を起こした少女であり、その後の逃走劇を演じた少々有名なアマノジャクである。正確にいえばそのなれの果てなのかもしれない。

 

「くう……なんてこった。あのじいさん、本当に埋めやがった……」

 

 正邪は身動きが一切取れない。土の中に埋められると本当に指一本動かすことができないのだ。動くのはただ頭と舌だけだ。

 

「あのおいぼれ……ここから出たら覚えてろ。逆に埋めてやるからな」

 

 おそらく雇い主への言葉だろう。彼女は明らかに罰を受けているが、そこに反省しているような様子は全くない。只々復讐の言葉と悪態をついている。それでこそアマノジャクなのだろうか。

 以前は参道に箒を使って「砂をまいた」時には木から吊るされたこともある。正邪はあの時近所の子供に笑われたことを思い出して、唇を噛んだ。その時も復讐しようとしたら雇い主に逆に刀を持って追い回された。

 ある日にはお茶に「雑巾の搾り汁」を入れて雇い主に出したら、毒見させられそうになったのでコップごと投げつけたら「すさまじい辱め」を受けた。九十九姉妹にも笑われたのは屈辱である。

 

 

「人間の分際で……くそ。絶対に……ん?」

 

 正邪はふと、誰かがこちらにやってくることに気が付いた。三人組で二人は巫女装束を着ているから九十九姉妹だろう。しかし、背の低い角の生えた少女を見て彼女は戦慄した。

 

「伊吹 萃香……。な。なんでここに」

 

 以前正邪は萃香にも追い回されたことがある。なんとか逃げ切ったが、鬼の力の一端をかいま見た気がしたほどの強敵であった。少なくとも積極的に会いたい人物ではない。それでも今の彼女には何一つ移動手段がない。

 

「ほら、あそこに埋まっているでしょ?」

 

 二つ結びを揺らして、弁々が正邪を指さす。それに萃香は「おー埋まってる埋まっている」と変な声を出す。正邪は顔を少しだけ紅くして、恥ずかしがるが口には絶対出すことはない。

 

「ぶふー」

 

 そんな正邪の様子を見て、いきなり二人の後ろを歩いていた八橋が噴出した。彼女は正邪を見た瞬間に堪え切れなくなったのだ。先ほどまでの態度は笑いを堪えていたのだろう。

 

「あ、はははははは、ひい、ひい。あははははは! だ、だめあれ、な、なんどみても。あ、頭が地面から生えてっ」

「だ、駄目よ。あんた。あ、あんまりわらったら、ぷ、く」

 

 弁々も耐えきれなくなったらしくコロコロと笑う。二人はしゃがみこんで腹を抑えている。萃香はむしろその二人の様子にくすりとして、つかつかと正邪に歩み寄る。身長の低い彼女でも今の正邪は見下ろせる。

 

「久しぶりだね、天邪鬼」

「…………なんの用だ」

 

 正邪は萃香を睨み付けている。ただこめかみに筋ができているので、どこかの姉妹に怒っているのかもしれない。どちらにせよ萃香は正邪に言うことがある。彼女はどっかと地面に胡坐をかいて口を開く。後ろでは「ぜーぜー」という苦しげな声が聞こえる。笑いすぎるとなる呼吸である。

 

「いや、運動会に参加してもらいたくて来たんだ」

「運動会? やなこった」

「まあ、そういわないでくれよ」

 

 べっと舌を出して正邪は拒否する。人の言うことでも、鬼の言うことでも従う気など彼女にはない。萃香は苦笑して、続ける。だがその前にくいっとひょうたんの酒をあおる。口を潤しているといえば少々聞こえがいいかもしれない。

 萃香は少し小さな声で言う。

 

「今度の異変の犯人……。それが来るかもね」

「!」

「あんたも因縁があるんじゃないかな? こっぴどくやられたらしいじゃないか」

 

 正邪は眼をそらす。しかし、言う。

 

「なんの話か分からないな」

「へえ」

 

 くっくっと萃香は笑う。

 

「まあ、私も本当に全て知っているわけじゃないけどね。そのうちの一人だけを知っているだけさ……それでもやられっぱなしじゃ不本意なんじゃないのかい? 多人数でやられたんだろう、卑怯だね。よってたかっては好きじゃないなあ」

「……ふん」

 

 正邪は色のいい返事をしない。萃香もそれに多少呆れてしまうが、意固地なのは別段嫌いな性格ではない。嘘は嫌いだからアマノジャクとは合わないが、それでも今日は「切り札」があった。

 萃香は正邪に言う。

 

「お前は……おしりぺんぺんされたそうだね? 人間から」

「な、ま! な、なんでそれを」

 

 正邪は急に真っ赤になった。そう、彼女は雑巾の汚水入りのお茶を雇い主にぶん投げた罰で、緋袴の上からお尻を叩かれたのだ。子供のように、それも九十九姉妹の前で。永いこと生きてきた上で最も屈辱的な出来事である。

 

「天狗から聞いたんだよ。アレは私にはけっこう正直になってくれるからねえ」

 

 ちらりと萃香は後ろで笑いすぎて涙の出ている九十九姉妹を見て、言う。

 

「誰かがばらしたんじゃないのかな」

 

 萃香は九十九姉妹のことは知らなかったが、今日きてみて正邪の秘密をリークするのは彼女達しかないだろうと思った。しかし、誰が天狗に言ったのかはどうでもいい。

 

「まっ。いずれは新聞にされて拡散されるとおもうけど……止めてやってもいいよ。運動会に来てくれならね。天狗になら口を利けるからねぇ」

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

 

 正邪は頬を熱くして黙った。いろんなものがぐるぐると頭の中を回る。しかし、そもそも彼女の答えは最初から決まり切っているのだ。

 

「や、やなこった!」

 

 宣言するように正邪は言う。「おおっ」と感嘆の声を萃香は上げる。この状況でも首を縦に振らない矜持に、少し興を覚えたのだろう。だが、これ以上食い下がる材料もない。萃香は少々残念そうにしながら立ち上がった。

 

「……なかなか肝が据わってるね。見なおしたよ、ちょっとだけだけど」

「……と、とっとと帰れ!」

 

 正邪はちょっと涙目で言う。しかし一切媚びない。それがどんな結果を生もうとも、生き方を変える気など彼女にはない。正邪は萃香に向けようのない怒りを、後ろでくすくすと笑っている九十九姉妹に向けた。彼女達は萃香と正邪の話など聞いていない、ただ単に現在の正邪の状況が面白いだけだ。

 

「それにそこの雑魚姉妹! 笑うなっ」

「……ざこ」

「しまい?」

 

 弁々と八橋はお互いに顔を見合わせた。そしてにんまりと笑い合う。それに少し寒気を覚えながらも萃香は言う。

 

「それじゃあ。また来月。……天邪鬼も気が変わったらきておくれよ」

 

 と言い置いて、萃香は踵を返した。その時に弁々がポケットからマジック・ペンを出して、にやにやと正邪に近づいていくのが見えたが、無視した。

 

 

 萃香が境内を出ていくときに中から「どっらえもーんのおひげー」などと歌う麗しい声が聞こえてきたが、彼女は振り返らなかった。悲鳴とかが聞こえないのは、我慢しているのだろう。

 

 

 

 


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