東方Project  ―人生楽じゃなし―   作:ほりぃー

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12話

 物事には必ず原因がある。古明地さとりがこの世の地獄を見てしまったことにも、もちろん原因があったのだ。

 

「とうもろこしいりませんかー」

 

 その原因たる少女、村紗 水蜜はとうもろこしの載った紙の皿を片手に客引きをしていた。先ほど主人から怒られたが仕事もあるので短く切り上げてもらえた。そのまま主人と恥ずかしい恰好をした同僚は飲み物を売りに行ったのだ。

 

 水蜜は本当にあんな水着を着なくてよかったと思う。同僚こと雲居 一輪の姿を思い浮かべるたびにそう思っていた。彼女はパーカーの裾で額の汗を拭いて、道行く人に声掛けをする。

 それでも彼女は水着などというものを着たのは初めてだった。少なくも数百年間は地底に封印されていたのだから、彼女の活動していた時代に水着などという物はなかった。甲冑を着たまま泳ぐものはいたが、それは別の話である。

 

(あつい)

 

 水蜜は網でとうもろこしを焼きながら売っているのでとても暑い。一応のこと海の家の軒先で商売しているので本当に気分が悪くなれば、中に入ることはできるだろう。彼女は一度とうもろこしを傍らに置いて、手で顔を煽ぐ。

 汗がべとついて気持ちがわるい。目の前で海岸では大勢の人間が海に入って遊んでいることが羨ましいと感じた。しかし、これをサボればまた怒られるだろう。水蜜は気を取り直して客引きを続けようとした。

 

 その前に遠くから歩いてくる三人組が眼に入った。その中の二人はよく知らないが、もう一人は「弾幕ごっこ」をしたことがある。それに主人である聖 白蓮とも多少因縁のある相手である。近づいてきた三人も水蜜に気が付いたようで、彼女を見ている。

 

「おや……博麗の巫女さんじゃないですか? 何であなたもここに?」

「誰よあんた」

 

 博麗の巫女こと霊夢は訝しげな眼で水蜜に向けて聞いた。水蜜は一瞬固まってしまったが、今の自分の姿を思い出した。水着だからわからないのだろうと思ったのだ。

 

「ほ、ほら。命蓮寺の。キャプテン村紗です。前に会ったではないですか?」

「ああ、聖の所のたしか船が勝手に動くからなんもしてない……やつだったわね」

「……ひ、ひどい覚えられ方だなぁ」

 

 水蜜はたははと頭を掻く。それから彼女は残りの二人に眼を向ける。慧音も水蜜の視線に気が付いて軽く会釈している。もう一人の少女比那名居 天子は水蜜の手元のとうもろこしを見ている。何も言わない。眼が少し本気である。

 天子と霊夢は荷物を浜辺におろす。それを待って水蜜は声をかける。

 

「そちらは? 霊夢さん」

 

 と水蜜が霊夢に聞いたが、慧音が一歩前に出て挨拶する。自分で自己紹介しようとしているのだろう。慧音が動くとその青白い髪が太陽にきらきらと光る。水蜜はちょっとうらやましい。

 

「あまり会えたことはなかったな。あなたのこと見たことはあるよ。私の名前は上白沢 慧音。……なんというか霊夢の同居人だ」

 

 ぺこりと頭を下げる慧音。

 

「どうも。私は村紗 水蜜です。一応キャプテンをやっています」

「キャ……プ……テン?」

「ま、まあ。今は船がありませんけど」

「ああ。確か以前宝船が飛んでいるとかで……騒ぎがあったな。アレの降りたところがお寺になって……そうか、その命蓮寺ね」

「そうです。そうです。あの船を操縦していたのは私でした」

 

 微妙に誇張して水蜜は胸を張る。ちょっと得意気だが霊夢は胡散臭げにしても何も言わない。なので水蜜は続けた。

 

「それで、上白沢さん」

「慧音でいいわよ」

「それでは慧音さん。あなたはお仕事は何をされている方なのですか?」

「さて、天子の方も紹介しておかないとな」

「えっ? いや、あのご職業は……」

 

 慧音は天子の肩を掴んでずいと前に出した。「おっ?」と驚いた声を出す天子だったが、流石に水蜜に挨拶する。慧音がいきなり話を切り上げたことに水蜜は戸惑ったが、天子が挨拶して来たのでそれ以上聞けなかった。

 

「こんにちはとうもろこしさん。私は比那名居 天子よ。あっ話は聞いていたからあなたの名前はいいわ」

「そ、そうですか? どちらかと言うと説明しておいた方がいいと思うですが……」

「? 大丈夫よ。というよりも前に宗教がどうのって霊夢達がなんかよくわからないけど喧嘩していた時があったじゃない? その時にあなたのことを見たことがあるわ」

 

 天子はくりっとした目で水蜜を見ながら、小首を傾げる。何故名前を聞いたのにもう一度聞かねばならないのかと顔に書いてある。なので水蜜はそれ以上追及はできなかった。しかし彼女は一つだけ疑問がある。

 

「あれ? 霊夢さん。さとりさんはいないのですか?」

「さとりのことは知ってるの? ……今は妹と遊んでいるわ」

「そりゃあ私は地底に封印されていましたから多少は。いや、それよりもこいしさんのお姉さんですから、あまり話したことはないですけどよく寺に来られますし、それに」

 

 と不意に水蜜は目線を海の家の中にやる。そこには一枚のポスターが貼ってあった。あのさとりポスターである。店の入り口に「おいでませ!さとり様ご一行様」とポスターがお出迎えしてくれている。

 つまり店に入る全員にさとりがピースしてお出迎えしてくれるのだ。

 

「あんなの見てたら、今日来られるということはわかりますよ。誰と一緒に来られるかは知りませんでしたけど」

「……剥がしといてあげなさいよ」

 

 霊夢ははあとため息をつく。慧音は無言でポスターに寄ると丁寧に剥がして折りたたんだ。破り捨てるようなことは彼女はしない。折りたたんだそれをポケットに入れて、後でお燐かお空に返そうと思っていた。

 

「あはは、なんだか頑張って貼っていたので剥がしにくくて……それにおもしろ……いや、あれがあるとわかりやすいかなーと思いまして」

 

 霊夢がうさん臭そうな眼を水蜜に向ける。やはりこの少女を信用できないと思い直して、ふと遠くから歩いてくる「ピンク」頭に眼が言った。両手で顔を隠しているのは何故だろう。彼女はよろよろと海の家に歩いてくる。近くにこいしはいない。

 無論のこと彼女はさとりである。近づいてわかったが、さとりの耳まで赤い。霊夢と慧音、それにいつの間にかとうもろこしを食べている天子は近づいてきたさとりを痛ましげに見る。

 ふらふらと霊夢達に近づいてくるさとりの背景に霊夢は闇が見えた。はっとして目をこすると普通に蒼い空が彼女の後ろに広がっている。気のせいかと安堵しつつ、海の家の前に来たさとりに声をかけた。

 

「だ、大丈夫なの? さとり。妹は?」

「れいむ……あの子は途中であったお燐についていったわ」

 

 顔を隠したままさとりは言う。絞り出すような声は地の底からか響くかのようだった。

 

「私は……二度とフュージョンはしないわ」

「そ、そうね」

 

 どれほど辛い思いをしたのかはわからないが霊夢は頷いた。少なくとも天子とこいしが模範演武をしていたので、さとりがどんな恥ずかしい目にあったのかだけはわかる。あれを自分がやれと言われれば逃走しているだろう。

 天子は自分の姿を思い出したらしく渋い顔している。ただ、水蜜はなぜさとりが恥ずかしがっているのかわからない。彼女は慧音の服を指で引いて、聞く。

 

「どうしたのですか? 彼女」

「あ? え。ああ、えっと妹さんとなんのことかわからないけれど、ふゅーじょんとかいうものをしたんだ」

「ふゅーじょん?」

 

 水蜜はその言葉を何回か繰り返す。そこではたと思い至ったように言う。

 

「ああ。私が貸している漫画のアレですね。このごろこいしさんはあの漫画に影響されていますからね」

 

 私が貸している。それがさとりの耳に入った瞬間であった。彼女の両手の指、その隙間からまっすぐ水蜜を見た。指の間から覗く眼は手の陰に隠れているが、光っているかのようだ。

 

「実はこいしさんはですね……」

 

 そんなことは知らない水蜜はとあることを話始めた。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 全国チェーンの古本屋という物がある。「古本屋」というととかく野暮ったいような、古臭いイメージが付きまとうが、その店はそれをかなり緩和して今では日本人の生活に深く根ざしている。

 

 店の名前はブック・オンという。古い漫画本を中心に売るその店は、店内は広く明るい。音楽が緩やかに流れており、古臭いようなイメージは全くしない。それでいて店内にはびっしりと本の詰まった棚が配置されている。それも整然とだ、まるで図書館の様である。

 以前吸血鬼の妹が本を売り払われそうになったときにこの店の名前が出てきた。つまりは気軽に入りやすいということでもある。

 もう一つその店には特徴がある。店員が明るいのである。これは個人個人の適性というよりは社員教育的にそうなっているのだろう。

 

 霊夢達の住むとある街にもその店はあった。そしてそこには一人のキャプテンがアルバイトしていたのだ。

 

「いらっしゃませー」

 

 やる気があるのかないのか、水蜜は売る本に値札を付けながら声を出す。ポロシャツと黒のパンツ(ズボン) の上から前掛けをしている。彼女はカウンターに立って本に「値札」を付けている。ラベラーという専用の道具を使っている姿は様になっている。本人は嬉しくとも何ともないだろう。

 

 店内には客はまばらである。水蜜が働いているのは昼過ぎから夕方にかけてであり。平日には一番客が少ない時間帯であったのだ。もちろん意図的にその時間を彼女は選んでいる。夜は寝たいし、朝も寝たい。

 

 彼女は本に値札を付けると、本棚に持っていき詰める。

 

「世の中、本がいっぱいだなあ」

 

 などと言いながら、一冊一冊本棚に並べている。ほとんどが漫画である。なので、ここ数か月で水蜜は幻想郷の少女の中でかなり漫画に詳しいほうになっていた。彼女は基本的に活字本は読まない。

 漫画はいろいろある。死神がいろいろな物と戦う話やラーメンの具のような名前の忍者が主人公の話。それにたまに少年漫画なのに、少し艶めかしい漫画を水蜜が読んでしまった時には赤くなって「わっ!?」と漫画を投げてしまったこともある、まさに事件というかトラブルだった。

 

 水蜜は漫画をアルバイトの帰りに一冊二冊買って帰ることが日課になった。一冊200円程度であるから50冊買っても一万円である。彼女はそれを寺の縁側で寝そべって読むことが一日の楽しみになっていた。

 

 「おーい」と歴史上の人物を呼んでいるような間抜けな題名の漫画にはまり。次には金だが銀だかの漫画に興奮し、「私を殺して」などというよくわからない漫画を知らず知らずに全巻集めてしまった。別に面白くなかったのに不思議であった。

 

 次第に一日に買ってくる漫画の量が増大した。水蜜はそれでも自分のお小遣いのみでそれを買っていたので、誰も咎める者はその時点ではいなかったのだ。しかも彼女は手当たり次第に買ってくるので彼女の読みものが縁側の端っこに積みあがっていったのだ。

 

 皇国を守る男の話や大きく振りかぶって野球する話。それに「笛」とかいうサッカー漫画。このごろ放映されたドラマに影響されて鬼の手を持つ男の漫画も買ったが、水蜜は幽霊の癖に怖くなった。それでも全部読んだ。

 一番読むのに困ったのはドラゴンボールとかいう漫画だった。買うことは難しくないが縁側に置いておくと「消える」のである。まるで誰かが持って行っているようであった。

 このころから古明地 こいしの挙動が何故か変わってきた。重たい服やターバンを自作して着たりするようになっていた。三時のおやつが消える事件が寺に起こった時には「魔」と書かれたメモが置いてあったりした。

 

 朝起きてはごろんごろんと日差しの当たる縁側で転がる水蜜。それが当たり前の光景になっている。しかもお昼まではいるので、お昼ご飯を作るのは彼女の役目になっていたから立場が強くなっている。まだ誰も片付けろとは言わなかった。

 

 そして本が積みあがっていく。たまに大きな傘を持ったクリーニング屋や、いつも笑顔の山彦も水蜜と一緒にごろごろして読んだ。別に水蜜は呼んでいない。これはあくまで自分の趣味なのである。

 水蜜の蔵書は増大し続けた。殆ど漫画で、たまにそうでない物もあるが単に間違えて買っただけである。彼女はさらに軽音学というものを漫画で知り、学園生活に多少憧れ。有名な北斗だかなんだかの漫画を買ってもみたが、買う時に最後の「いちご味」に気が付かずにそういう話だと理解してしまったりした。

 たまに漫画に影響されて、アルバイトが終わった夕方に、縁側で起き上がった水蜜は遠くの夕日と地平を眺めながら言う。手に持っているのは三国志の話である。ぼろぼろで一冊100円だったのをまとめ買いしたのだか、普通に面白かった。

 

「あの夕日の境はどこなんでしょうね」

 

 誰も聞いていないのでは恥ずかしくはない。見ているのはこいしだけだった。

 

 さらに蔵書は増えていく。縁側に積まれた本のタワーが並び、まるで書生が勉強しているようであるが、水蜜が読んでいるのは漫画である。もはや、この時には水蜜のテリトリーとかしていた。

 

 そこで怒ったのが寅丸である。流石に縁側に並べられた本の山に辟易したのだろう。一応は整然と積まれているが、邪魔である。

 

「水蜜っ! 少し片付けなさいっ」

 

 お母さんみたいなことを言いだした毘沙門天に水蜜は困惑しつつ、頭を悩ませた。片付けろと言われても場所がないのである。彼女は寺の座敷に寝ているが自分の部屋はない。だからといって本を処分する気もないし売る気もない。また読むかもしれないのだ。

 

 そこで提案したのがナズーリンだった。

 

「寺の庭の端に小屋があるじゃないか。そこに全部移して、自分の部屋にすればいい」

 

 なるほどと思った水蜜は聖の許可を得て、そのようにした。小屋と言っても「納屋」と言った方がいいような場所である。狭い室内にはものが詰まっていたが、殆どを捨てた。だが漫画をそのまま置くのは汚いので水蜜は中を全て掃除した。

 奇妙なことにナズーリンも協力した。それに雲居 一輪も縁側が広くなるのならと積極的に参加した。聖も参加しようとしたが全員でとめた。

 

 納屋が片付くと意外にきれいであった。水蜜達はそこにリサイクルショップから買ってきた椅子を用意して、ビニールシートを敷いてそこに本を並べた。水蜜ハウスのできあがりである。

 水蜜と一輪、それにナズーリンにこいしは四人で喜んだ。古明地こいしがどのタイミングで混じったのかは他の三人は気が付かなかったがどうでもいいことだった。ちなみにナズーリンの提案でこの納屋には鍵がかかるようにしている。防犯の為だった。

 

 もちろんネズミが協力するのには裏があった。水蜜ハウスで彼女も水蜜と一緒に漫画を読むようになった。こいしもドラゴンボールを何度も繰り返して読むようになっていた。この家に近づくのはこの三人と掃除をして愛着がわいたのか、たまに見に来るようになった一輪のみだった。

 

 とある日のことである。水蜜は椅子に座って「一繋ぎの財宝」と書かれている漫画を読んでいる。ぺらぺらと不愛想に読むのも彼女の日課であるが、集中しているだけでおもしろいとも感じているのだ。

 ナズーリンは床に直に座りあたりを窺い。一輪は漫画を「左から右に」読んで頭に「?」を出している。こいしはドラゴンボールをいつものように読んでいる。すでに服装は甚平であり、たまに変なことを口走るようになっている。

 

 ネズミはにやりと笑った。今日ならいけると。しかしこいしだけが問題なのである。だから彼女はこいしに話しかけた。

 

「ねえ、君」

「何?」

 

 こいしが振り向くきょとんとした大きな瞳がきらりと光る。

 

「いや、いつもその漫画をよんでいるようだけど。最近では妖怪ウォッチだとかポケモンだとかが人気なんじゃないかな? ほらこれだよ」

 

 とナズーリンは本の中から「ポケモン」の漫画を取り出して立ち上がり、こいしに見せた。表紙には黄色のネズミである。電気を出すことくらいはこいしも知っていた。

 この純粋な少女はぱちくりとまばたきして、その漫画を見る。そして言った。

 

「よわそう!」

 

 にこっと笑って辛辣なことを言う。彼女の持っている漫画は「星」を消し去る力を持つキャラクターが大勢出てくる。規格外の力を持った者たちのお話であるのに、それに比べられる方がかわいそうだろう。

 しかし、こいしは続ける。

 

「興味ないなぁ。その黄色いのはサイバイマンにも勝てない気がするわ!」

「そ、そうかな。よくわからないけど。そうだ。実はいいものがあるんだ。リサイクルショップに売っていたのだけど」

 

 ごそごそとナズーリンはポケットから取り出す。それは手のひら程度の球体だった。オレンジ色の透明なその中に、小さな星が四つ入っている。それを見た瞬間こいしは口を開けて、眼を見開いた。ぱさっと漫画を取り落した。自分の漫画が床に落ちた水蜜は「あっ」と椅子から立ち上がりかけた。しかし、こいしには気にならない。

 

 

「ど、ドラゴンボールだぁ!!」

 

 そうナズーリンの持っているのは、彼女の好きな漫画の重要な「アイテム」だった。眼をキラキラキラ光らせてこいしは興奮した。ネズミの持っているのは単なるゴムの玩具に過ぎないのだが、そんなことはどうでもいい。

 

「ほしい、ほしい、ほしいい! 頂戴!」

 

 どこかの吸血鬼の妹のようなことを言い出すこいし。ナズーリンはかかったとほくそ笑み。やれやれとわざとらしく呆れたような仕草をした。

 

「仕方ないなあ、これをあげてもいいけれど」

「本当っ!?」

「ああ、そうだね。あげるよ。でもこれだけじゃあだめだね。そうだろう?」

「た、確かに。七つ集めないといけないわ」

 

 ナズーリンの持っているアイテムは七つ集めると願いがかなうという「設定」があるものだ。だから、彼女はそういったのである。それも布石だった。

 

「実はこの石は」

 

 ゴム玉を「石」というネズミ。

 

「寺の敷地から出てきたんだ、だからこれ以外にもあるかもしれないよ」

「!!」

 こいしは真剣な顔になった。そこにナズーリンは畳みかけるように言う。こいしにドラゴンボールを渡しながら言う。

 

「探してみるといい、これはあげよう」

「うん! ありがとう!!」

 

 こいしはお礼を言うと水蜜ハウスから飛び出して言った。その後にはナズーリンが笑顔で小さな幼児のような可愛らしい手をグーパーグーパーと動かす。「バイバイ」の意だろう。彼女はこいしが出ていったドアを閉めて、鍵をかけた。

 

 水蜜と一輪は訝しげな顔でナズーリンを見ている。二人は流石にあれがおもちゃだと分かっている。だからネズミの意図が分からなかったのだ。

 

「ナズーリン。いったいどうしたんですか?」

 

 と水蜜がきいた。一輪も「しょうもない嘘をついて……」とあきれる。しかし、ナズーリンは二人を見てにやりと笑ったあと。部屋の隅にあるいて言った。そこから箱を取り出す。パカッと蓋を開けるとビニール袋が入っていた。

 

「なんですか、それ?」

 

 と水蜜。ナズーリンはその質問を黙殺して、袋を取り出した。そこには大量の缶が入っていた。

 

 酒の缶である。ビール類やチューハイなど、または日本酒の缶もある。

 

「! 貴様っナズーリンっ」

「おいおい、やめてくれよ」

 

 それを見て激昂したのは一輪。それを見やってにやりと笑うネズミ。ここは寺である。禁酒しておかなければならない場所なのだ。しかしネズミは気にせずに缶を一つ取って、ぷしゅっと開ける。

 それからごくごくごくと飲んだ。

 

「あ、き、きさ、ま」

 

 などと言いながら生唾を飲む一輪。彼女はお酒を幻想郷でもこっそり飲んでいた少女である。目の前でおいしそうに飲まれるとたまらない。水蜜も同じような心境であった。

 

 

 そう、ネズミが提案したのも片づけを手伝ったのもこのためだったのだ。ここには寅丸も聖も殆ど来ない。鍵もしまる。匂いも母屋まで届かない。絶好の場所であった。

 もちろんナズーリンがこの二人を巻き込んだのにも理由がある。彼女は幼い容姿をしているからお酒を買えないのだ。この袋の中身を確保するだけでも大変だった。しかし、水蜜ハウスの為の水蜜。

 

 そして見た目的に大人と言えないこともない一輪。彼女にお酒を買ってきてもらう気だった。小傘や山彦は駄目である。寅丸に言えば本末転倒。聖に言えば怖い。当たり前の人選であった。

 ナズーリンは呆然と立っている水蜜と一輪に今気が付いたようなとぼけた顔をして、言う。

 

「あれ? 飲まないのかい? それじゃあ私一人でのむしかないな、ごくごく」

「あっああ、あ」

 

 しばらくしてわざとらしい声を出したネズミの飲みっぷりに、青い髪少女は落ちた。そして水蜜も同じようになる、彼女の方がそこまで気にしていないから、すぐに酒宴を愉しんだ。このことが後に大変なことを引き起こすとは三人はまだ知らなかったのだ。

 何度か繰り返すうちに河童に見つかったのが今回の浜辺送りの原因である。

 

 

 

 

 

「ふぁああ」

 

 深夜。欠伸をしながらぶかぶかのパジャマを来たまま寺の廊下を歩く多々良 小傘は傘を閉じて引きづっていた。眼はしばしばして髪にはちょっと癖がついている。さっきまで寝ていたのだろう。

 人間を脅かしに行きたいところだが、眠い。クリーニング屋の仕事をやっているうちに、完全に朝方になっていた。おばけとしてそれはいいのかと思うが、休み気もない。

 寝ぼけたままお腹を掻きつつ、一瞬だけ見えたおへそに肌寒さを覚える。彼女は起きて台所で水を飲もうとしていたのだ。水蜜、一輪、ナズーリンは納屋で寝ていると聞いていた。

 

 ――かい……お……けん。

 

 遠くから声がするはっと小傘は後ろを向く。地の底から響くような声。

 

 ――じゅ……ばい……だ

 

 外から聞こえる。眼が覚めた小傘はおそるおそる外の庭の見える縁側にきた。水蜜がいつも寝ころんでいる場所である。外には美しい月が浮かんでいる。

 

 そこに、それは立っていた。庭の真ん中にいるのは黒い影。光る両目があたりを窺い、じりじりと縁側に近づいてくる。

 

「ひっ」

 

 びくっと体を強張らせる小傘。傘をぎゅうと両手で掴んでちょっと足を震わせる。

 そんな彼女に影が気が付いた。

 

 ――こ、が、さ

 

 影が名前を呼んだ。小傘は自分の名前を影が呼んだことに心底驚いた。あんな知り合いはいない。そうであるのならば、まさか呪術の類や怨念から生まれる存在、怨霊であるかもしれない。

 

「ゃ……」

 

 小傘はだっと踵を返して寝室に戻った。そのまま自分の布団をかぶってがたがたと涙目で震えることになる。少し蒲団の外を見ると部屋の押入れの襖から白い足が見えていた。

 

「!!っっぁ」

 

 蒲団の中で震えるおばけ。ふすまの足は封獣 ぬえの足である。かの猫型アンドロイド、ドラエまおんよろしく押入れに布団を敷いて寝ているのである。そんなことを忘れて。小傘は震える。山彦は八目うなぎを食べに行っていない。

 

「ひいい」

 

 

 

 

 外で古明地 こいしはぺっぺっと口に混ざった砂を吐きだしていた。彼女はドラゴンボールを探してあちこち行く過程で、どろだらけになっていた。帰ってきていつもやっている「修行」を庭でやってみたが、夜は寒いし疲れていた。

 

「おふろはいろー」

 

 こいしはそういって寺の中に戻っていく。「影」が入ってきたとビビる少女が居たのは、小さな話だろう。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「まあ、そんなこんなでこいしさんは漫画にはまりましてね」

 

 と水蜜が話終えた。途中自分に不利な話は端折ったが、大体は霊夢達、いや「さとり様ご一行」には通じた。要するに彼女こそすべての元凶なのである。本人はこいしに全く宣伝もしていないし、勧めてもいない。だが、そんなことはあまり関係ない。

 

「なるほど……」

 

 と頷くさとりの眼が座っている。霊夢と慧音は何故か背筋が冷たかった。いつも優しいさとりの声がチルノのように冷たい。妹の教育もかかっているから、そうなってしまうのだろう。

 

「なるほどね」

 

 と頷く天子の頭の中には水蜜への攻撃方法を思い浮かべている。一応彼女もこいしに恥ずかしい目にあわされたのだ。彼女は水蜜と同じく漫画を読んでいるので「筋肉バスター」をしてくれるように竜宮の使いにでも頼もうかとも思っている。

 旧地獄の管理者と天人の確執を知らぬ間に醸成した一人のキャプテンは「あっはっは」と何も知らずに笑う。

 黒い何かがこの空間に満ちていく。慧音はもちろん、「や、ばい?」といつも飄々としている霊夢も汗を流して危機感を感じる。しかし、それを破る声が、この場を救った。

 

「あれ? 霊夢さん」

 

 そう声を出したのは海の家から出てきた。河童、河城 にとりだった。彼女は冷やしたキュウリを食べながら外に出てきた。アイスもあるが、やはり冷やしキュウリだ。

 このままではとうもろこし焼き器が村紗焼き器になる僅かな可能性もあったが、その機会は先延ばしにされた。

 

「霊夢さん、明日からだったと思うけど、なんでいるんですか?」

「あしたっていうけど、私は工場があるから忙しいのよ。今日からにしなさい」

「べ、べつにいいけど。あっ、そうか、ちょうどいいんだ」

 

 にとりはにやりと笑う。

 

「ちょうど寺の坊主……尼? ともさっき話を付けたんだよっ。明日はみんなでぱあーとやるんだ!」

「宴会するの? にとり」

「違う違う、みんなで勝負するのさ。そんで集まった人間に品物を売りつけて、大儲けだよっ。霊夢さんたちにも参加してもらうよっ。多分すぐに四万くらい稼げるからさっ」

 

 霊夢は小首を捻る。よく意味が分からない。にとりはくっくっと笑う。聖や一輪、寅丸をビーチを練り歩かせていることの意味もこの言葉に集約されるのだ。美女に集まってくる人間はつまり「かも」である。

 だからにとりは叫んだ。自身に満ち溢れた声で宣言する。

 

「ビーチバレーをみんなでしよう!! トーナメントで!!」

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 とあるコンビニで四季映姫は荷物を落としそうになった・

 ここはあの少年野球部の合宿場所の近く。潮風の吹く、浜辺近くのグランドの最寄の場所であった。映姫は頑張る少年達にアイスを自腹で買いに来ていたのだ。手には麦藁帽を持ち、少し緩やかなブラウスにハーフのジーンズ。野球場で着替える気だったから、カバンにジャージが入っている。

 

 いろいろな手続きをしていたから、いまは少年達は彼女なしで練習している。それこそ彼女が鍛えた少年達である。なにも問題ないだろう。だから、彼女が荷物を落としそうになったのには別の理由があった。

 

 ポスターがある。ピンクの髪の少女の下に「おいでませ! さとり様ご一行様」と書かれているのだ。

 

「……」

 

 いろいろと複雑な気持ちだったが映姫は何も言わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




――文々。新聞

<土蜘蛛パンをねじり続ける。人を襲う擬態か!? >

 私たちがよく食べているパンの中にミルクをふんだんに使ったパンがある。ミルクねじりパンという安価なパンだ。今日はこのパン工場で働く一人の土蜘蛛「黒谷ヤマメ」さんにお話を聞いた。

――お食事中すみません
「いや、本当に邪魔なんだけどさ。お昼休み短いから」
――お昼ご飯にはミルクねじりパンを?
「そんなわけないじゃん。あれを見るのは仕事中だけでいいよ」
――あまり食べない?
「もう見たくもないね。あれを見ていると上司の首をねじりそうになるんだ」
――転職は考えているのですか?
「昔の仕事仲間がタンポポを刺身に乗せるよくわかんない仕事しているけど楽そうよね。紹介してもらおうかな?」

 (以下略)

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