東方Project  ―人生楽じゃなし―   作:ほりぃー

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おまけから本編へ昇格いたしました。天狗会遅れてすみません。


13話 A

 月の綺麗な夜のことだった。時は春、いつかの時代。現在よりもはるか昔。

 いや、人間にとっては昔としてもそこにいる者たちには僅かな時間だったのかもしれない。何故ならばここは人の世界ではない。物の怪の領域でもない。

 

 閻魔の裁判を終えた死者達が安らぐ場所、冥界であった。

 静寂がこの世界の普通。死者の白い魂がゆらゆらと浮かんではどこかに漂う。そこで暴れる者はいない。居るとすればすでに地獄へ落ちている。それでも冥界は広い。大勢の死者の魂を優しく受け入れる場所しては最適だろう。

 

 広い草原、深い森、静かな湖。まるで現世のような冥界の風景。そこに浮かぶ魂がなければ見間違えるかもしれない。夜の暗闇を照らす月と星々を楽しむように、白い魂魄が至る所に浮かんでいる。

 

 それはまるで蛍の光の様。すでに体はなく、その魂を安らがせるために彼らは浮かんでいる。夜の闇に流れていく。

 

 そんな冥界の一角がほのかに光り輝いていた。優しく、美しい光。それは桃色にあたりを照らしている。自分から光っているのではない、月の明かりをその身に受けていじらしいほどに静かにそこに有るだけ。

 

 そう、桜の木がそこに合った。

 

 幹の太いそれは、枝に花を生い茂らせている。見上げれば心すらも洗われそうな澄明な美しさがあった。ふっと風が吹けば花弁がひらひらと舞う、静かな夜に小さな舞い踊っては散っていく。さあと音がなり、桃色の風になる。

 

 桜の花びらは散りながら色を変える。最初は桃色、そして母なる幹を離れてからはただ一枚で月の光を受ける。散って落ちる僅かな間に白く輝いては落ちる。

 

 その桜の下に一人の少女がいた。貌は幼い、銀髪の頭に付けているのは黒いリボン。白いシャツの上に緑のベストとスカートを着ている。しかし、それよりも彼女に不釣り合いなほど長い刀を手に持っていることが奇妙だった。それに肩には「半霊」が浮かんでいる。

 魂魄 妖夢と彼女は言う。後年には博麗の巫女や数多の者たちと数々の「異変」に立ち向かうことになる少女であった。今はまだ自分の運命など知らない。そもそも彼女は一人前ですらもないのだ。

 

 妖夢の持っている刀は長かった。ゆうに六尺はあろうかという刀身を黒塗りに鞘に納めている。彼女は桜の下で柄を握り、すうと抜こうとする。しかしうまく抜けずに手間取ってしまう。

 

 それを見ている男が一人、少し離れた場所にいた。白い髪を束ねた総髪。永い時を生きてきたことを思わせる、皺を刻んだその貌。彼は黒い道着とその上から白い緑の羽織を着ていた。腰には大小二本の刀剣を束ねている。長いほうを楼観剣という妖怪の鍛えたつるぎであった。

 もう一方の刀は「白楼剣」という魂魄家に伝わる家宝である。迷いを断ち切る剣という霊剣であり魂魄家の者にしか扱うことはできない。

 男の名は魂魄 妖忌という。彼は腕を組んで自らの弟子であり、孫娘でもある妖夢の様子を黙って見ている。それだけなのにあたりが凍り付きそうなほど、その眼光は鋭い。

 

 妖夢はあわてて剣を抜く。長い刀身は「楼観剣」を模した物だろう。その程度のことで動揺する彼女はまだまだ未熟なのだろう。

 彼女は鞘を腰にさして、構える。両足を開いてから、頭上で刀身を寝かせるように上段の構えを取る。吐く息を一定に保ち、只々心を静めていく。思うことは一つだが、頭に言葉では浮かべない。

 

 ――斬る

 

 妖夢は踏み込み、打ち下ろす。シュンと空気を切り裂く音と共に真っ直ぐな斬撃を放つ。そして構えを直して呼吸を整える。刀身が動くたびに、月の光を反射させて青い残光を残している。その傍を桜の葉が舞っている。

 花の散る場所で妖夢はそれを繰り返すが、構えは毎回変わる。呼吸を落ち着けて、斬る。それを何度も繰り返す。桜の散る場所で彼女の修練は続く。唯々斬ることだけを幾度となく繰り返す。

 

 一人の少女が桜の下で剣をふるう。何十、何百、何千とも刀を振り続ける。それも一閃ごとに集中して行うのだ。並大抵のことでない。その証拠に妖夢の額には大粒の汗が流れ、息が多少乱れている。構えた両手は刀の重さに震えている。

 

 妖忌はそんな妖夢を見て、踵を返した。今宵の修練はこれまでということだろう。彼は何一つ言葉を妖夢に掛けることもなく、何を教えることもなかった。唯、見ていた。手取り足取り教えることを彼は嫌う、物ごとは見て覚え、考えて身に着けるものだと思っている。

 

「あっお師匠……さ…ま」

 

 妖夢は乱れた息を何とか整えて構えを解く。それから鞘に刀を直して、つかつかと歩いてく師匠の後に続く。表情は暗い、自らの未熟さに妖忌が落胆していると感じたのだ。妖夢は真面目な少女で、その祖父の妖忌は寡黙にして厳格。だからこそ妖夢のプレッシャーは大きい。

 

 夜道を歩く二人、妖夢の下駄の音が音をたてて、妖夢は音をたてないようにしずしずと歩いている。ただ、歩く道が見えないということはない、月光が先を照らしてくれている。それを楽しむように霊魂が空を流れていく。

 

 ふと、妖忌が足を止めた。わっと妖夢はその大きな背中に鼻をぶつける。すぐ後ろを歩いていたから急に止まった彼に反応できなかったのだ。あわてて「す、すみません。お師匠様」と謝るが、流石にその程度で妖忌は怒らない。

 

 ただ、妖忌は空を見上げている。そこに静かに浮かんだ丸い月がある。彼は妖夢から離れるように数歩前に出てから腰の楼観剣をすらりと抜き放つ、ことも何気に少年の背丈はあろうかという刀身がそこに現れた。

 白刃、という言葉はこの剣の物。そういいたくなるほどに白い剣刃。優雅な抜刀とその剣の美しさに妖夢は鼻を抑えながら見ていた。妖忌はただ抜刀しただけである、だがあまりに自然なその動作には気負いという物が一切ない。だからまるで楼観剣はそこにあるべきだった、と妖夢は感じた。

 

 

 そこで妖夢ははっとした。

 剣は凶器である。その刃は人を斬るためにある。ゆえにどのような聖人が「刀」を持っていてもある種の威圧感があるはずだった。生物であるのならば武器には多少なりとも警戒するはずである。

 妖忌にはそれがない。どれだけの修練を重ねればそこまでできるのだろう。そう妖夢は祖父への畏敬の念を深めた。そしてすぐに彼女は気が付いた。もしも妖忌が彼女を斬る気であったのならどうなるのかと。

 

 おそらく妖夢はなに一つ抵抗することもなく、呆けた顔で両断されるだろう。それがわかって妖夢はさあと青くなった。もちろん妖忌にそのつもりはないことも分かってはいる。

 

 

 妖忌は右足を若干後ろへ引いて、楼観剣を掴んだ右手をだらりと下げる。その動きはゆったりだが妖夢に見せているのだろう。彼は深い呼吸を一つする。ゆっくりと吐く息は静かな夜に消えていく。

 

 そして斬った。

 

 それは「斬った」としか言いようがない。見ると妖忌はいつの間にか楼観剣を鞘に納めているが、その斬撃も彼の動きも音もなにもなかった。だがそれを見ていた妖夢は「斬った」と思った。何故そう思ったのかはわからない。おそらく妖忌は刀を振るったのだろうが、見えなかった。斬ったという結果だけ彼女は知っている。

 

 ざああと風が妖夢の頬を撫で、前髪を浮かせる。彼女は目をぱちくりとさせてから、両手で目をごしごしと擦る。それは見上げた空に異常を感じたからだった。

 空に浮かんだ月に一筋の黒い線がある。さっきまではなかったはずのそれに妖夢は驚愕した。その線は数秒だけ映り、すぐに消えた。もちろんのこと煌々と輝く月はそこにある。

 

 月が切れるわけがない。ならば妖忌の斬ったのは何だろう。妖夢は口を開けて、眼をまるくして空を見上げる。そして彼女は「ああ」と腑に落ちる答えを得た。

 

 ――そうか、空間を斬ったのね

 

 妖夢は感じた答えに納得する。そしてふと、自分はそれができるだろうかと不安になる。「空間を斬る」ということを疑問には思わない。それは彼女の祖父への信頼なのだろうか。それも妖忌に心ごと「斬られた」のかもしれない。

 おそらく妖忌は「斬る」ということを見せてくれたのだろう、言葉にはしないがそれが弟子への「教え」であった。剣士であれば「斬る」ことを昇華させなければならない。それ以外は些事である。

 妖夢は驚いた後に、しゅんと肩を落とす。妖忌の行ったことを自分が行うとすれば、それはどれだけ永い時が必要なのであろう。いや、そもそも時を掛ければ届くのだろうか。そう思うととても悲しくなって、視界が涙で揺らいでしまいそうになる。

 

 その妖夢の頭にぽんと大きな手が載せられた。撫でるのでもなく、置かれただけだ。無論手の主は妖忌しかいない。彼は一言だけ自らの孫娘に言う。

 

「励め」

 

 それから手を離して踵を返すと、妖忌は無言で帰っていく。その大きな背中を呆然と見ながら妖夢ははっとして、触られた頭をもう一度自分で撫でてみる。それだけで何故かわからないがとても嬉しくなってしまう。涙目で口元を綻ばせる彼女の頬は赤い。見た目通りの少女がそこにいた。

 彼女は一歩前に出る。それから言った。

 

「お師匠様、わたしは、わたしは――」

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 ――私は頑張っています

 

 

 妖夢は温泉に浸かりながらそう思った。白い肩を剥き出しにして、傍を大きな河の流れる田舎の温泉地。それが今回のロケーションの場所である。彼女は白いタオルで胸元から下を隠しているが、そんなことは彼女には何の意味もない。

 石造りの湯船は露天風呂。見上げれば檜の屋根があり、良い香りを漂わせる。妖夢はその中で湯船に浸かっているのだ、白い湯気が立ち上っては消えていく。

 あたりは夜。山からの虫の声が静かに響く。川を見れば若干の蛍が飛んでいる。

 

『中継のこんぱくさーん。お湯加減はどうですかー』

 

 そんな中で妖夢の耳元に付けたイヤホンから何か聞こえてくる。おそらくスタジオからの音声だろう。妖夢は顔を真っ赤にしながら、泣きそうになりながら返す。目の前にカメラに向かって。

 

「い、いいですぅ……」

 

 幸いなことに妖夢のアイドル生活は順調だった。今日はテレビの「全国中継」で温泉のロケである。九州のとある県にある、有名な温泉地でのロケーションに彼女が選ばれたのだ。彼女はそれが嬉しいのかカメラの前で涙目になっている。全国にその姿を映して貰って嬉しいのだろう。アイドル冥利につきるといっていい。

 

 ゆったりとカメラマンが近づいてくる。温泉地紹介番組でアイドルの姿を映すのは当たり前である。火照った妖夢の顔が少し引きつっているが、近づいてみると潤んだ瞳がどうにも可愛らしい。

 

 ――ひぃ

 

 妖夢は張り付けた笑顔のまま、心の中で悲鳴を上げる。近づいてくるのが少々恥ずかしいのかもしれない。彼女は少し離れた場所にいるディレクターに助けを求めるように視線を送るが、そこにいた一人の男はぐっと親指を突き出して「グッド。大丈夫!」と言うように、力強く頷いてくる。根本的に妖夢の苦悩は伝わっていない。

 

 湯加減がいいのは本当である。体から今までの疲れが流れだしていくような浮遊感があり、それでいて新しい精神的ストレスがドバドバと入ってきているのが妖夢の今の状況であった。

 このような状況だから彼女は過去のことを思い出していた。つまりは現実逃避である。今エンドレスに「おもひで」が彼女の頭を駆け巡っている。

 しかし現実からは逃れることはできない。今のお茶の間では彼女の顔がアップで映されているだろう。その愛らしい笑顔に白い首筋と浮き出た鎖骨はまだ彼女は少女であることを物語っている。

 

 妖夢はそんな中で視界の端に「カンペ」を持った女性スタッフがいることに気が付いた。そこには「上がって。腰掛けて」と書かれている。つまりは湯船から上がって、座った姿を映したいのだろう。

 

 妖夢は悩んだ。お湯が体を守るガードになってくれてもいるのである。それで恥ずかしさの数分の一は削られているはずではあったのだ。しかし残念なことに彼女は真面目だった。

 

「こ、ここは景色もいいですね!」

 

 カンペを見ていることを視聴者に悟られないように言いながら、妖夢は湯船からあがる。お湯を含んだタオルが体にちょっとだけ張り付く。そして遠くを見るふりをしながら、お風呂の縁に座る。細い両腿をぴったりとつけて座る。

 

 妖夢の髪はしっとりと濡れて顔に張り付いている。童顔だが整った顔立ちをしているから、ちょっと腰を捻ってカメラを流し目で見ると、まつ毛が色っぽい。ただ、彼女はあることを考えていた。

 

 ――帰ったら、天狗を斬ろう。

 

 天狗と言っても全員ではない。特定の人物が彼女の頭の中にはいた。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 すでに窓の外は夜になっている。遠くの海では巫女だとか住職代理だとかが寝床を作っている時間であった。

 同じ時間にとあるラーメン屋に備え付けられたテレビに数分間映った「魂魄 妖夢」の画面が切り替わり、スタジオに映像が切り替わった。そこでは視界役らしきスーツの男性がゲストを相手にトークをしている。ゲストはひな壇に大勢いるが今は演歌歌手が話している。

 

 ラーメン屋はそれなりに広い。しかし、街の中心部からは少し離れた立地のうえに、夜の十時を過ぎた時間帯では客は少なかった。いくつか並んだテーブルにはまばらに人がいる。

 カウンター席もあり、その向こうは厨房である。頭にバンダナと前掛けをした店員がそれぞれ作業をしている。

 

 奥のテーブルに三人女性が座っていた。一人は黒髪でスーツ姿。二人目は頭が真っ白でくりっとした紅い眼をしている。しかし何故か首元を開けた青い作業服を着ている。そして最後の一人は栗色の髪にツインテール。胸元にワンポイントの黒いシャツを着ている。ラフに見えるがワンポイントが「adedas」というパチモノなので全てを台無しにしている。

 

 その三人はそれぞれビールのジョッキを持って「カンパーい」と打ち合わせる。ジョッキがカーンと音をたてて、彼女達はぐいっと飲む。若い女性にしてはいい飲みっぷりで傾けたジョッキの半分はそれで消えた。冷たいビールが喉を通るのは快感なのは人間も「彼女達」も変わらない。

 

 その全員の前にはチャーシューメンが置かれていた。無論卵は入っていない。

 黒髪の少女、射命丸 文が割り箸をぱちんと割って言う。彼女の話題は先ほどまでテレビに映っていたアイドルの少女のことだ。

 

「いやあ、魂魄さんも遠くの存在になってしまいましたねえ」

 

 それに白い髪をかき上げながら犬走 椛が応える。彼女は割り箸を口にはさんで片手で割る。癖だろう。

 

「……どう考えても文のせいだと思うけどな。夜道には気を付けているほうがいいぞ」

 

 可愛らしい容姿とは裏腹に武人然とした口調で言う。それでいて麺を箸で掬うとふうふうと冷ます為に息を吹きかけている。それから麺を一本だけ口に含んでちびちびと食べる。もぐもぐと食べるのにいちいち頬を動かすので小動物のようだった。

 

「言いがかりも甚だしい……」

 

 いけしゃあしゃあと言いながら文はずずっと麺を啜る。そう「魂魄妖夢」がアイドルロードを歩き出すきっかけは彼女が作ったのだ。しかもそれをネタに会社に潜りこんでいた。ギブアンドテイクとは聞こえがいいが、彼女の取り分は多い。

 

「でもねえ」

 

 ツインテールの少女、姫海棠 はたてが会話に入る。彼女は割り箸をパキンと割って左右非対称に割れてしまったので悔しさを覚えながらつづけた。

 

「あれだけテレビに出てるんだから、芸能人とかと会ったことないのかな? モコ・ロードとか……アイドルなら……輿水とか。文なら知っているんじゃないの?」

「そうですね……基本的に会いませんね。私の会社はあくまで地方紙ですから、地方の著名人とかならあったことはありますよ。魂魄さんはたぶん会ったことはいっぱいあるでしょうけど……やっぱり興味ないでしょうね」

 

 はたての言っている芸能人はそれなりに有名な者だ。モコ・ロードはよく料理番組「ロード・オブ・キッチン」に出演している。イタリア料理が得意である。しかし、文は会ったこともないが興味もないようで答えた後はラーメンを食べるだけだ。

 

「それにしても文。なんで今回はラーメン屋なんだ?」

「椛はいやだったんですか?」

「いや、別にここでいいけど……でも月一の『天狗会』ならもっと高い店とかでもよかったんじゃないか? お酒も少ないし。それなら……」

 

 ちなみに天狗会とは女子会をもじったものである。命名したのははたてだった。段々とミーハーになっていく彼女を文は面白半分と心配半分で見ている。それはともかく椛は言う。

 

「焼肉屋とか」

 

 ぴたりと文は動きを止める。はっと気が付いたはたてが椛の裾を引くが、椛には訳が分からない。まさか十人くらいに焼肉を奢った経験が文にあるとは思わないだろう。しかもそれが尾をひいて、このごろ彼女は一枚の食パンを「朝、昼、おやつ、夜」に分割して蜂蜜を付けて食べている。

 そもそも文が他の二人をこのラーメン屋に呼んだ理由は、単にお金がないから割り勘すらもきついためだった。しかしプライドの高い文はニコリと笑った。

 

「まあ、それはおいおい。それよりもはたて」

「な、なに?」

 

 はたてが反応した隙に文は椛のチャーシューを奪う。あっと椛が驚いた時には文の口がもぐもぐ動いている。しかも白い髪の少女を見ない。反撃とばかりに椛も奪おうとするが、すっとよけられてしまう。

 

「はたて? 聞いてます」

「き、聞いてるっていうかあんた」

 

 文は椛の攻撃をかわしながらはたてに聞いてくる。涼しい顔をしているのだが、元々食えない性格をしているので、それが余裕の表情なのかはわからない。はたては呆れるべきか感心すべきか悩んでしまう。

 

「前に堀川さんとお酒を飲んだの覚えていますか?」

「忘れるわけないでしょ? あんた、あんなものを残しておいて」

 

 椛が二人の会話にぴくりと反応する。彼女は文に聞いた。ちなみに「堀川」とは堀川 雷鼓という少女のことである。雷鼓は赤い癖のある髪の毛をした特徴的な少女で、文の言う通り少し前に椛を除いた二人と飲み会をしたことがある。

 

「あんなものってなんだ?」

「ああ、映画のDVDですよ」

「へえ、そんなものを見ているんだな……」

「まあ、それはいいんです。それよりも二人に見てほしいものがあるのですが……」

 

 文はそういってポケットから一枚の紙きれを出した。くしゃくしゃであるが、それは文がやったわけはない。もらった時からそうなっていたのだ。

 それを文がテーブルの上で広げると「付喪神」と書かれている。これはあの焼肉屋の夜に彼女が伊吹 萃香からもらったメモである。

 

「なにこれ?」

 

 はたては訝しげに紙切れを見つめる。意味が分からない。彼女は髪を指にくるくると巻いてぱっと離す。意識しているのではなく、なんとなく考え事をするとしてしまうのだろう。それを見て文も口を開く。

 

「私たちがこちらの世界に来た原因、おそらくその犯人のヒントです」

「えっ? これが?」

「何っ!」

 

 はたてと椛は立ち上がった。がたんとテーブルが揺れて、ラーメンのスープがこぼれる。文はちゃっかりと自分のビールジョッキだけは手に持って避難させている。他の二人のそれがこぼれたわけではないが、この鴉天狗は抜け目ない。

 

「これは萃香さまからもらったものです。文面は付喪神と書かれているだけで炙りだしでもなければ小さな文字も書かれていません。つまりは今回の異変……とでもいいましょうか? この現状を引き起こした者がいるのではないかとその手がかりですね」

「文……あんた。そんな重要な物をこんな飲み会で……」

 

 はたては呆れるが、椛もこめかみに手を置いている。彼女も同じく呆れているのだろう。証拠物は「鬼」の伊吹 萃香から来たものであるから信用できるが、文が持ってくると途端に胡散臭くなる。椛は文を見下ろしながら言う。

 

「しかし、文。これを今わざわざ見せるということは何か考えがあるんだろう?」

「もちろんです。それよりも座りませんか? 椛、はたて」

「ぁ」

「あ」

 

 急に言われて二人はあたりを見回す。店員が何事かとこちらを見ていた。その視線に気が付いて椛は赤くなって座る。はたては逆に爪先立ちで伸びあがって、近くの窓から外を覗き込む。つまり「私は窓から外をのぞくために立ち上がったんですよ」と行動で説明しているのだ。だが、すぐに無駄な抵抗はやめて座った。

 

「文! これはさあ」とはたて。

「そ、それで文」と椛。

 

 二人は同時にしゃべってお互いを見る。はたてがどうぞと手のひらを椛に向けると、椛もどうぞとジェスチャーする。お互い譲り合いを行ってから、はたてがしゃべり始めた。

 

「それで、文。あんたの考えってなに? もしかして雷鼓を犯人と思っているの?」

「さあ? 犯人かもしれませんし違うかもしれません。一応彼女は付喪神だったと記憶していますからね。別の付喪神も当たってみるつもりではあります。それにこれだけの大規模な異変を彼女だけで起こせるとはおもえませんね」

 

 こほんと文は一呼吸置く。

 

「まあ、それよりも私の考えですけれど。そろそろ博霊の巫女さんなどを焚き付けてあげたいんですよ。ヒントを形としてリークすることで、ぜひとも異変解決に動いてもらいたい。そう思いませんか、はたて?」

「……ああ、あの巫女はこの前に見た時は死んだ魚のような眼をしていたわね。コンビニに来てから何も買わずに出ていった時には、声を掛けようか迷ったわよ。……まあ、あんまり親しくはないけど」

 

 はたてはとあるコンビニでバイトをしている。そこに巫女が来たことがあるのだろう。しかし、この少ない会話ではたては文の真意を理解した。それは論理的な結論でもなく、単に長い付き合いだからこそわかるものだった。

 

「あんた。それを取材して記事にしたいんでしょ?」

「……流石はたて」

「わかるわよ。解決したいっとかじゃなくて、そっちの方が面白そうってんでしょ?」

 

 はたてははあとため息をつく。しかし、彼女はちらりと椛を見る。この白い髪の少女もはたてと同じ気持ちだったのか苦笑しつつも頷いた。要するに協力するということだろう。どうせ文の言うことなどそれに決まっているとも分かっている。

 

「いいわ。いずれは幻想郷に帰らないといけないしね。今回は文に……いや『文々。新聞

 』協力してあげる」

「ありがとうございます! はたて、椛。持つべきは『花果子念報』とかいうブログを毎日更新している友人といい年してぬいぐるみを収集している友人ですね!!」

 

 協力の言質を取った瞬間に毒を吐く文。はたては後ろに下がって、椅子から転げ落ちそうになる。椛はすでにばれていることは知っているので、ただ紅くなる。しかしはたては別である。

 そうはたては幻想郷では文と新聞の発行部数で競い会った仲である。現代に来てからはパソコンを手に入れてインターネットの世界に活動を広げていた。つまりはブログである。文の相手は幻想郷の少女達だが、はたての相手は全世界である。ただし日本語の通じる地域に限定される。

 はたてはそのブログサイトに設置した閲覧数を表示するカウンターが増えるたびに一人でにやにやと笑う日課があった。そこまでは文も知らないが、ブログの内容は全てチェックしている。そもそも幻想郷で発行していた新聞名をブログ名にした時にはたての運命は決まった。

 

「あ、あんたなんでそれを知っているのよ!?」

「いいじゃないですかはたて。毎日のご飯とかを写真でアップしたり……それにドラマの感想とかを長々と書いたり……毎日すごく楽しみにしています」

「あ、ああぁ」

「いやぁ、『仲の良い友人』が焼肉を奢ってくれて嬉しかったと書かれた記事とかはよかったですね。お金のないことをすごく心配してくれたようで、ほろりときましたよ」

「うぁあぁ」

 

 自分の本音を書き募ったブログを「友人」に見られて両手で顔を覆って小さくなるはたてを文は満足げに褒め殺してから、椛に言う。はたてをからかうことに飽きたのかもしれない。

 

「そういうわけでとりあえずはさっき言った堀川 雷鼓さんを尋問しようかなと思っています。椛、拷問は任せましたよ」

「だ、誰がやるか! そんな役!!」

「まあまあ、それよりもラーメンが伸びてしまいますよ。明日の夜に近くの公園でお祭りがあるそうなのではたてが彼女を呼んできたところをふんじばりましょう」

「さらっとひどいことを言うな……でもお祭りか、こちらにもあるんだな。人の世界はどこでも同じか……あっ」

「どうしました? 椛」

「お祭りと言えば子供が来るだろう? ということはあのスーパーの店員も来るんじゃないのか? この前の新聞に一緒に暮らしていると書いてただろう?」

「ええ、それも可能性の一つに入れています。なーに三人でかかれば大丈夫ですよ。むしろ明日、やってしまいましょう」

 

 最後の方だけ文は真顔になった。恨み骨髄に染みわたっているのだろう。彼女は豪快にラーメンをすする。それは怒りを表しての武者震いならぬ、天狗震いかもしれない。しかし椛は心の中で「負けそう」と思ったことは言わなかった。

 

「あっそうですね」

 

 いきなり文はそういってカバンから一眼レフのカメラを取り出す。せっかくなのでこの場の写真を撮ろうというのだろう。ある意味記者の癖のようなもので深く考えての行動ではない。はたてはカメラではなくスマートフォンでラーメンを映していたのであとでブログにあげるのだろう。

 しかし、文の持っているカメラを椛は見たことがなかったので、聞いてみる。

 

「文。それは……また買ったのか?」

「そんなお金はありませんよ。レンタル品です」

「ずいぶん新しいけれど……」

「最近買ったらしいですからね。まあ、貸してくれた子は二つ持ってますしそれに――」

 

 文はぎりと歯を食いしばった。

 

「私のデジカメを……あの苔緑が……また……」

 

 そう悔しがる文を見ながら椛はただ「難儀だなあ」と思った。

 

 

 




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