東方Project  ―人生楽じゃなし―   作:ほりぃー

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注意 作者は地元民ではありません。取材で遅くなりました。この駅は実在しまえん。
   アンケートから遅くなり申し訳ない。それと、今回は少し雰囲気が違う気がします。


おまけ 守矢の三人、太宰府天満宮に行く

 長い駅のプラットフォームに電車が入ってくる。車両を連ねた箱型の電車の表面は照り付ける太陽を反射して光っていた。キキィと高いブレーキ音を出して、車両が止まる。最前列の電光掲示板に表示された「大宰府駅」の文字がこの駅の名前を教えてくれる。

 

 大宰府とは九州北部の地名である。過去は大陸との交易などで栄え、時の朝廷に九州の政治の中心地と位置付けられ「遠の朝廷」と呼ばれたこともある。つまりはこの地域の政治、経済の中心地であったと考えればよい。今ではその影もない。

 

 その大宰府に作られた駅に入った電車のドアが開く。プシュウと空気が抜けるような音がして、中で待っていた乗客たちが早足に降りていく。彼らは急いでいるわけではない。後ろが詰まっているから自然と早足になるのだ。それだけ乗客が多かったのであろう。

 

「よいしょ」

 

 電車とプラットフォームの間の「溝」を飛び越えた少女もその一人だった。肩まで伸びた金髪を束ねて、顔の左右でおさげにしている。彼女はそれを揺らしながら歩き始める。黒のジャンパーは袖でまくって、白い腕を出している。下はスカート、それに背中には小さめのバックを背負っている。

 ジャンパーの胸元にはワンポイントがある。白い線で書かれたそれは、目つきの悪いペンギンの模様であった。さらに小さく「MARUBATUkun」と書かれているが少女はそれが何なのかは知らない。

 

 それよりも奇妙なことがある。彼女は「市女笠」を被っているのだ。その言葉を聞いてなんのことか連想できるものは少ないだろう。それに彼女の帽子は変な特徴があった。頂点にぎょろりと大きな「目玉」が二つ付いている。

 

 そんな彼女の名前は洩矢 諏訪子、れっきとした神様であった。もちろん幻想郷からの来訪者であるのだが、彼女の場合つい最近に現代から幻想郷へ引っ越したばかりなので、どちらかというと「里帰り」とでもいえるかもしれない。

 諏訪子はプラットフォームの出口に向かって軽やかに歩く。小さく鼻歌を唄いながら、足を上げて、腕を振る。彼女を知らぬものが見れば、何かにわくわくしているような子供にしか見えないだろう。

 

「す、諏訪子様! 先に行かないでくださいよー」

 

 諏訪子の後ろから声がする。その可愛らしい声に、諏訪子は腰を回してくるっと振りかえった。その仕草は愛らしいが、そのあとやれやれと首を振る。

 諏訪子が見ると人込みをかき分けて一人の少女がこちらに向かってきている。元々電車の中では隣に座っていたのだが、とある事情で出遅れたらしい。

 背は諏訪子より高い。髪は緑色で長い。ただ頭には黒のキャスケット(帽子) を被っている。上着は七分袖で赤いタータンチェックのシャツ。それに深い紺のデニム。諏訪子の恰好よりはお洒落に気を使っているのだろう。体のラインにぴったりと合った服装はスレンダーである。

 その少女、東風谷 早苗はゴロゴロゴロとキャリーケースを引きづっていた。これが諏訪子から出遅れた理由であろう。だから諏訪子も「そんなものを」と呆れた仕草をしたのだ。

 

「早苗。そんなに荷物を持って来たらじゃまじゃない?」

「い、いや。これ諏訪子様と神奈子様の荷物も入っているのですけど……」

「そうだっけ?」

 

 忘れてたなあ、ととぼける諏訪子。しかし、彼女はちょっと思いついたらしく言った。

 

「それじゃあ神奈子の荷物だけ捨てよう。軽くなるわよ。ね?」

「……………い、いや、頑張ります。それよりも本当によかったんですか……神奈子様にあんなことをして」

 

 早苗は少し問うようなまなざしを諏訪子に見せる。なぜならこの「旅」にはもう一人同行者がいたのだ。そう、これは「旅」である。彼女達は自分たちの住む町から離れて、遠くに来ているのだ。

 それはそうと、もう一人の同行者こと八坂 神奈子は電車から降りてこない。その間に他の乗客が早苗と諏訪子の横を通りすぎていく。それでも神奈子は出てこなかった。そもそも彼女は「電車に乗っていない」のである。

 これは諏訪子が早苗の言う「あんなこと」に起因する。そうはいっても大したことではない。いたずらを仕掛けただけのことなのだ。

 

 それは簡単なことであった。この大宰府駅に在来線で来ると「乗り換え」が必要になるのだ。つまり途中の駅で一旦降りて電車を変えなければならない。その時に諏訪子は神奈子にこういった。

 

『次の電車は20分後だって、結構待つわね。ねえ、今のうちに駅の売店にいかないかしら?』

 

 その後、諏訪子は早苗だけを連れて5分後に電車に乗る。神奈子が気が付いた時は遅かった。すでに電車のドアは閉まり、動き出している時だったからだ。電車のドアについて窓から諏訪子はニコニコしながら手を振り、口をこう動かした。

 

「ば」「あ」「か」

 

 口には出していない。口を動かしただけだ。だから悪口でも罵倒でもない。しかし、何故か神奈子はなんともいえぬ表情をしていた。諏訪子はそれを見て、わざとらしく「どうしたの?」と言わんばかりにキョトンとした。

 それがさっきまでのことだ。早苗はある意味では共犯であるのだが、彼女は巻き込まれただけともいえる。

 

 

 

 諏訪子はとりあえず「悲しい事件だった」と悲しそうな顔をして、踵を返す。過去を悔やんでも仕方がないから「神奈子の分まで生きよう」と言う。早苗は何と言っていいのかわからない。だから諏訪子の後ろをため息一つだけ吐いてついていくしかない。

 

 駅の改札を抜けると構内は吹き抜けの作りになっていて、駅前のロータリーが見える。そこをバスやタクシーが利用しているのだろう。諏訪子は早苗に荷物をコインロッカーに預けてくるように指示して、自分は近くに合ったベンチに座る。

 

 そこで諏訪子はぼんやりと考える。口を小さく開けて、虚空を見ながらとりとめのないことを考えるだけだ。癖なのか、一人になるとそうしてしまう。どことなくカエルの様だ。そうやって彼女は動かない。

 しばらくすると早苗が戻ってきた。諏訪子はそれに気が付くと「よっ」と身軽にベンチから立ち上がる。ぼんやりしていてもそれなりに鋭い。

 

「早苗。荷物は預けてきたかしら?」

「え、ええ。す、諏訪子様、そ、その神奈子様も……」

「私も一緒になったからちょうどよかったわ」

 

 帰ってきた早苗の後ろに女性がいた。もちろん諏訪子も気が付いていたが、わざと無視していた。彼女は今気が付いたように「あっ」と声をあげた。

 女性はボウ(長い布を蝶結びした物) 付の赤いブラウスを着ていた。それにデニムを穿いている。髪は紫で艶やかであるが、後ろで結んで一つ結びにしている。そして白い肌と整った顔立ちが気品を感じさせる。

 もちろん彼女こそ、八坂 神奈子である。腕を組んで毅然とした態度で諏訪子を見ている。少々視線が冷たいのは仕方ないことなのかもしれない。その片手にビニール袋が掛けられているのは「駅の購買」で買った物だろう。それを買っている間に置いてけぼりにされた。ここ最近で一番の屈辱であった。

 そんな神奈子を諏訪子は見て言う。意外に早く来たことに驚いたが、別に態度には出さず淡々と言葉を発する。

 

「あっ。来たんだ。それじゃ、いこうか」

「それより前に言うことがあるのじゃないかしら? 諏訪子」

「え? 特にないわよ」

 

 神奈子はにこりと笑う。諏訪子もにこりと笑い返す。お互い笑顔なのに、空気が重い。早苗は帽子のつばを掴んで、少し顔を下に向ける。何故かはわからないが手に汗が滲む。しかし、この場を治めることができるのは彼女しかいないのだ。

 早苗は神奈子に聞いた。

 

「か、神奈子様。早かったですね……電車、すぐに来たのですか?」

「……タクシーで来たのよ? 早苗」

「あ、ああ。それで早かったんですね! よ、よかったです」

 

 あははとできる限り明るく笑う早苗。神奈子もくすとして、気を取り直した。早苗が気遣っていることがわかったのだろう。だから神奈子は早苗の肩をぽんと叩いて言う。その時、チラリと諏訪子を見たがすぐに視線をそらす。どことなく挑発的である。

 

「ふふふ」

 

 と笑う神奈子。彼女は続ける。

 

「やはり早苗は私の味方みたいだなぁ」

「えっ?」

 

 神奈子の言葉にクエスチョンマークを浮かべる早苗。彼女は神奈子の敵になった覚えもなにもない。だから当たり前のことを言われただけなのだ、だから理解できない。しかし、神奈子がこの言葉を聞かせたかった「相手」は早苗ではない。

 神奈子は手を早苗の方に置いたままチラリともう一度諏訪子を見る。諏訪子はいつの間にか不機嫌そうに顔を暗くしている。何も言わないがじとっとした目で二柱を見ていた。それをみて神奈子は少し満足気に表情を崩した。

 

「??」

 

 早苗には訳が分からない。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 大宰駅は市内の中心とは少し離れている。何故ならばこの駅に来る者のほとんどが別の目的を持っているからだ。先に過去の大宰府は政治、経済の中心地で有ったと書いたが、現在では少し別の見方をされている。

 

 学問の街。現代の日本ではどちらかというとそのように見られている。だが、別に有名な大学があるわけでも現在の常陸のように「学園都市」があるわけでない。それはとある「神様」の祭られている神社があるためである。

 

 太宰府天満宮。駅を出たらすぐにその参道に入る事が出来る。

 彼の有名な「菅原道真」の終焉の土地にして、その廟を作られたことに端を発する日本でも有数の「神社」と言える。道真は過去に雷神や祟り神として恐れられてはいたが、今ではもっぱら「学問の神様」としてあがめられている。

 

 ちなみに参道と言ったが、自然道などでは決してない。大きな石造りの鳥居をスタートとするそれは、神社までしっかりとした石畳が続き。その両側には土産物屋や「お餅屋」またはカフェ、それでなければお食事処と店々が軒を連ねている。人通りも多い。

 

 店の殆どが古民家風の作りをしている。瓦葺の屋根に漆喰で塗り固められた白い地肌を持つそれは、来る者に風流を感じさせてくれるのかもしれない。もちろん例外もある。

 そんな大宰府の神社、その参道を歩いているのは二柱の「神様」と一人の「巫女」。カジュアル恰好をしている三人の本職をわかる物はほぼいないだろう。

 

「うわーすごいですね。ウチとは大違いです」

 

 ソフトクリームを片手に眼をきらきらさせる巫女。確かに彼女が巫女を務める「守矢神社」と比べれば天と地の差はあるだろう。彼女は今日は女の子らしくお土産屋があれば立ち止まり、軒先に置かれたそれを物色する。

 彼女はとある一軒のお店の前に留まり、何故か売られている木刀を持って振り返った。

 

「神奈子様、諏訪子様。帰りにお店を回りましょう!」

「………」

「………」

 

 早苗が振り返った先にいた二柱の「神様」はそろって張り付けたような笑顔で立っていた。彼女達、諏訪子と神奈子は無言で早苗を見る。

 

「ど、どうしたんですか、お二柱とも」

 

 少しおどおどしながら早苗が聞く。それには諏訪子が応えた。

 

「もう、早苗はここの子になっちゃいなさい」

「え!?」

 

 どこかの毘沙門天のように急にお母さんのようなことを言い出した諏訪子。もちろん冗談であるがそれにびっくりする早苗。彼女はそれでも意味が分からないらしい、だから神奈子が諭した。ちなみに「ここ」とは太宰府天満宮のことである。

 

「早苗。ここに来た本来の目的を忘れてはいけないのよ?」

「本来の……理由……ですか」

「そうよ。私たちここに来たのは目的はただ一つ」

 

 そこまで言ってびしっと早苗に指を突き付ける神奈子。彼女は目を見開いて、きらっとした眼光を見せる。それから叫びように言った。

 

「市場調査よ!」

 

 早苗は眼をぱちくりさせる。木刀を握りしめたまま、小首を傾げる。だが、ここに来たのはそんなに難しい理由などはない。つまり八坂 神奈子は「守矢神社」を経営する神様なのである。だからここは「同業他社」だと考えればいい。だからこその「市場調査」なのだ。

 神奈子は補足するように言う。その前にコホンと咳払い。

 

「いい、早苗。ここは日本でも有数の大神社よ。流石に伊勢神宮や出雲大社ほどではないけれど、神様に由緒もある」

「若造だけどねー」と茶々を入れる諏訪子。

「そう、だけど大いに学ぶこともあるはずよ。これだけの信仰を集めている上に」

 

 神奈子はそこで言葉を切ってあたりを見回す。すぐそばをとある男性が通りすぎる、彼はなにか独り言を「英語」で喋っていた。同考えても彼が神道の信者であるとは思えない。つまりは純粋な観光客であろう。

 

「商売もうまくいっているようで……」

 

 少し悔しげにする神奈子。何故かそちらに反応するあたり、本音が出ている。しかし、早苗を振り返った彼女の眼はギラギラと光っている。まるで鏡のような美しい瞳が、彼女の心を表しているようだった。

 

「兎にも角にも我々も幻想郷に帰った暁には、この神社を中心とした街を建設するくらいの気概を持たなければならないのよっ!」

 

 情熱的な言葉を吐く神奈子。経営者向きなのかもしれない。一度現代で倒産して、幻想郷に移ってきた彼女をどう見るかは人それぞれだろう。力づくの博麗神社のM&Aにも失敗したこともある。

 

 だが熱意は伝染する。早苗は「おぉおお」と木刀とソフトクリームを握ったまま、感嘆の声をあげる。瞳に星が出てきそうなほどきらきらと眼を輝かせている。確かにこんな風に店が軒を連ねている神社であれば退屈しない。

 気を付ける点がある。早苗は信仰を集められそうと燃えているのではない。自分の務める神社を中心に街ができれば、毎日が楽しそうなのだ。この主従のリアリストとロマンチストの混ざり合った性格は似ているかもしれない。

 

「さ、流石は神奈子様。私もが、頑張ります」

「そうだ、早苗。とりあえず木刀はおいて……いや待てよ。これならうちの神社でも売れるんじゃないか! 他にあるかもしれない」

「はっ。た、確かに!」

 

 きゃきゃと店先ではしゃぐ二柱。結局は土産物の物色になってしまった。諏訪子は少し距離を置いた場所にいつの間にか移動している。なぜなら神奈子と早苗は結構目立っているからだ。道行く人々に見られている。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 参道を少し進むと店の「軒」が途切れていた。その代わり、参道をまっすぐ進むと勇壮な門構えが見える。門扉は開いているが何故か仕切りがありは入れない。中を見ればお堂が見える。その門の前には「牛」を象った銅像が一つ。

 

「あれ、神奈子様。これ……お寺……ですか」

 

 早苗は気が付いた。参道の先に合ったのは「寺」である。神社は「同業他社」であるが、お寺となればそれは「競合他社」である。しかし、早苗にはわからない。神仏混淆と言われる日本でお寺と神社が同じ敷地にあるのは別段珍しくはない。それを神奈子は嫌いでもだ。

 しかし、参道をまっすぐ歩いて行って到着するのがお寺では意味が分からない。見れば参道の石畳は左右に分かれている。まだ、どこかに行けるのだろう。

 

「ふふっ」

 

 早苗の疑問を受けて、どことなく誇らしげに神奈子は胸を張る。彼女は早苗に説明してやろうと口を開こうとして、ぱっと目の前に諏訪子が飛び出してきた。何故か腰には木刀を差している

 

「おっと、そこからは私が説明してあげよう!」

 

 諏訪子の先手必勝である。説明の権利を奪い取った彼女は「早苗や」と笑顔で言う。間髪入れないその行動に神奈子は口を開けたまま固まってしまった。どうやら諏訪子はお土産屋で巫女を独り占めされたことを気にしていたのかもしれない。

 諏訪子は左を見る。

 

「ほら、早苗。あっちが本当の天満宮だよ」

 

 左手にはまた鳥居がある。そこへ続く石畳は奥の「橋」につながっていた。それはいわゆる中腹が反りあがった太鼓橋で朱塗りの手すりには擬宝珠が並んでいる。橋の下はもちろん池になっている。まだ「天満宮」は見えない。

 

「??」

 

 ますます早苗にはわからない。折れ曲がった道の先に本丸というべきものがあるのだ。何故だろうと考えていると、にやにやと諏訪子している。神奈子は牛の銅像を触りに行った。

 

「わからないようだね。早苗。それじゃあヒントをあげよう!」

 

 ぴっと一指し指を諏訪子は立てる。ヒントが「一つ」という仕草であろう。

 

「早苗は家に入るとき、どこから入る?」

「えっ……。ひ、ひっかけですか?」

「ちがうよ。純粋な質問」

「玄関……ですか」

「正解っ!」

 

 諏訪子はぱっと花が咲いたように笑顔になるが、こんなことに正解しても早苗は嬉しくない。だが、諏訪子は続ける。

 

「それじゃあ、もしも玄関のかぎが開いていて、そこに泥棒が来たら。どこから入ると思う?」

「…………げん、かん。ですか」

「そうね。例外もいるだろうけど、わざわざガラス割ったりして入らないよ。それじゃあもう一つ問題」

 

 諏訪子は言う。そうしながら彼女は今歩いてきた道を振り返った。遠くに彼女達がくぐった鳥居が見えて、店が軒を連ねたにぎやかな道がそこにある。誰も拒まない、自由な往来。

 

「神社の玄関は鳥居とその参道だね? 今私たちはそこを歩いてきたけど、悪い奴はどこから入ってくるでしょう?」

「同じ、ですか」

「そう正解! 私たちは誰が来るのも拒んだりしないけど、わるーい奴も入ってくることもあるんだよ。だから――」

 

 諏訪子が親指をたてて「お寺」を指す。

 

「ボディーガードがいるのさ」

「あっ」

 

 早苗は声をあげた。ここで諏訪子の言う「悪い奴」とは泥棒などの人間ではない。要するに悪意を持った妖怪や悪霊のことである。ゆえに参道をまっすぐ歩いてくると「お寺」にぶつかるのだ。その聖なる力で先には進めない、という構図である。効果があるかはわからない。

 

「なるほど……それじゃあウチの神社にもこれを取り入れられるかもしれないですね」

「い、いやあ。それはどうかなあ? 第一、分割できる土地がないからねぇ」

 

 急に現実的なことを言い出した諏訪子は苦笑せざるを得ない。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 太鼓橋をわたる。下を見れば鯉が優雅に泳いでいる。神奈子は橋を自分の神社へ作れるか思案するが、山の上の神社でそんなことは難しい。しかし、河童を動員してこき使えば技術的には解決できる可能性はある。一応湖もある。もっともそれをすれば河童労組による訴訟は免れないだろう。

 池には小さな島があり、樟の木が植えてある。それは大きく、太鼓橋の上に「枝と葉の屋根」を作ってくれている。下が水場ということもあり、涼しい。

 神奈子はそんな風に思案しながら、早苗を見ると彼女は、

 

「河童さんに頼めばこれも……」

 

 とブツブツ言っている。どうやら同じことを考えているらしい。くすっとしてしまった。神奈子は笑えば少女の様にあどけない。彼女は謀略も練ることのできる女性だが、だからこそこのような時に自然に笑える。裏を使うかどうかは考えられるからだ。

 

 そんな中で諏訪子は別のことを考えていた。

 

「ラジコンを浮かべられそうね」

 

 神社の池で機械仕掛けのおもちゃを使おうとしている彼女。最近は公民館で暇つぶしがてら子供と遊んでいるが、少し感化されているかもしれない。彼女は昔河童をこき使って「非想天則」なるロボットもどきを作ったことがある。

 その一連の事件でロボットを期待していた早苗に怒られ、現代に来てからは少しその方面を勉強しつつ、遊んでいる。ラジコンはその過程で詳しくなった。

 

 

 太鼓橋を渡りきるともう一つ太鼓橋がある。小さな島のようなところに一度降りると、右手に社があった。早苗はとりあえず、あいさつ程度にぱんぱんと手を鳴らしてお参りする。もちろん他の二柱はしない。

 蛇足かもしれないがこの太鼓橋は仏教思想を元に作られている。このところも神社という物の性格を表しているのかもしれない。

 

 そんなこんなで橋を渡りきると、あっと早苗は声を出して指を指す。

 彼女の見ている先に赤い「楼門」があった。つまりは巨大な「門」と言えばわかりやすいかもしれない。檜皮葺の二重門、朱に塗られた雄大なその姿。大きな屋根を持つ、その造りを入母屋造という。そしてその入り口には大きな提灯が吊ってある。

 

 少なくとも守屋神社に建てられる代物ではない。金銭的にも土地的にも厳しいだろう。だから神奈子は黙っていた。ただ、諏訪子は「燃やしたら綺麗かもしれない」と不穏なことを言い出したりしている。

 

 三人が近づくとさらに楼門の大きさが分かった。吊られている提灯の大きさですら「早苗より」大きいのだ。これが神奈子の気持ちを多少揺らがせている。彼女から見れば「菅原道真」とは若造である。それこそ数千年の差はある。

 

 楼門の前にある手水舎(手洗い場) も大きい。しっかりとした屋根の下で、頑丈な石造りのそれには透明な水が満々と入っている。多くの柄杓が整然と並べられている。早苗は左、右と手を洗い、口をゆすいでから柄杓を洗う。意外に作法はしっかりしているようにも見えるが、

 

 早苗は手を拭かず、ぱっぱと虚空で水気を払う。全て台無しである。

 

 神奈子と諏訪子もとりあえず手を清める程度にした。あまりしっかりしても沽券とかに係わる様な気がしないでもない。彼女達はハンカチを取り出して並んで拭いた。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 楼門は漆を塗ってあるのだろうか、早苗はそう思って触ってみる。すべすべのそれが、手に心地よい。ただ手を洗った意味すらも彼女は消してしまった。彼女はどことなく抜けているところがある。ただ、そこが魅力なのかもしない。

 

 楼門をくぐると「社殿」が眼に飛び込んできた。

 駅から続く参道がすっと続いたその先、そこに佇む朱塗りの本殿は檜皮葺屋根。それが向拝(屋根が出っ張っていること) になっており、その正面には唐草模様と金色の飾りを付けている。そもそも周りを楼門に繋がった社務所を兼ねた建物と回廊で囲んでいる。それも守矢にはない。そして庭池と小さな石橋がありまたも、鯉が泳いでいる。

 本堂の左右には「梅の木」が植えられていた。東風に舞ってきたのかはわからない。

 

 

「これはすごいですね。ウチとは大違い」

 

 神奈子の心にぐっさり来る言葉を早苗は吐く。悪気はない。

 よくよく見れば参拝客も多いが、巫女服を来た少女達も忙しく立ち回っている。早苗はそれに興味をそそられたが、どうにも動きが悪いと早苗視点では思う。ふっと笑う早苗の顔は多少あくどい。

 

「まだまだですね。それじゃあ、私はお参りに」

 

 と早苗はお参りに行こうとするのを神奈子と諏訪子が服を引いて止める。神社があればどこであれば手を合わせようとする早苗は、ある意味では典型的な日本人と言えよう。だが、他の二柱は、いや正確にいえば二柱は違う。

 神奈子が言う。

 

「早苗。今日は遊びにきたんじゃないわ。別に手を合わせに行く必要はないのよ」

「か、神奈子様。でもとりあえずあいさつ程度に」

「一応……相手は商売敵なのよ?」

「う、うう」

 

 じゃあいいかと早苗もあきらめる。別にこだわりがあるわけではないのだ。ただ、彼女は別の物を見つけた。彼女の見つけたのは「おみくじ販売所」である。とはいっても店ではなく、まるで柱の様に立っている自動販売機である。このような物も自動とはある意味では時代であろう。

 

「か、神奈子様」

「なに?」

「それじゃあ、あれをしましょう」

 

 神奈子もおみくじを見つける。神がやる物とは思えないが、おみくじも守矢で行えるだろう。だから参考がてらにやる意味はある。だから仕方ないと息を吐く。少し呆れているように見えるが、可愛い巫女の頼みをむげにする気はさらさらない。

 

「仕方ないわね」

 

 

 

 おみくじは一枚百円。神奈子、諏訪子、早苗の三人で三百円である。ということは守矢神社でもこれをやれば、収益にと神奈子が考えても仕方がないことではあった。

 その神奈子の手には小さな紙片のような物が掴まれている。表面には「御御籤」と紅く書かれている。買ってきたのは早苗で諏訪子も同じものを持っている。

 

 最初に開けたのは早苗だった。びりっとぞんざいに開けたから、中央まで破けてしまう。神奈子はやれやれと困った子を見るように言う。諏訪子は「こうやるんだよ、早苗」と目の前で綺麗に開けてみる。

 

 そして神奈子も開けた。彼女の細い指が、意外に繊細に開ける。

 

 ――御御籤。東風谷 早苗の場合

 ――大吉。願い・叶う 

      健康・よし、ただし気を付けよ

      仕事・万事うまくいく。上司に恵まれず

      金運・身を慎め。されば良い。

      学業・捗る。続けよ。

      転居・まだ。時期を見よ。

      相場・上がる。

      待人・来る。気長に待て。 等

 

 ――御御籤。洩矢 諏訪子の場合

 ――大凶。願い・叶わず。

      健康・おぼつかず

      仕事・空振に終わる

      金運・悪い

      学業・うまくいかず

      転居・すぐにおこなえ

      相場・下がる

      待人・来ず

 ――御御籤。八坂 神奈子の場合

 ――去れ

 

 

 

 

「やった! 私大吉ですっ」

 

 ぴょんと飛び跳ねて喜ぶ早苗。もももと邪悪な気を高めている二柱。そんなことは露知らず早苗は神奈子と諏訪子に話しかける。

 

「お二人はどうでした。私はだ・い・き・ちでしたよっ」

「……」

「……」

 

 神奈子と諏訪子はぎぎぎと冷たい笑顔を張り付けて振り返る。びりっびりっと手の中で御御籤を引きちぎっている。それを見て早苗はびくびくし始めた。

 

「ど、どうしたんですか。お二人とも」

「早苗ぇ」と諏訪子。

「は、はい」

「マッチ持ってる? 燃やそう、ここ」

「え?……えええええ!? だ、駄目ですよいきなり。国定の文化遺産を燃やしたら政府から追われますよっ!?」

「大丈夫、大丈夫」

 

 諏訪子の眼が据わっている。やりかねないような顔をしている。だから早苗は神奈子に助けを求めた。

 

「か、神奈子様も諏訪子様を止めてくださいよ……」

「私の御御籤は印字がミスされていて、良く見えなかったのよ」

「え?」

「あぶり出しかもしれないわ」

 

 よく見たら神奈子も眼が据わっている。そもそも炙りだす御御籤とはなにか、そしてそれには「火」がいる。要するに神奈子も諏訪子と同じことを言っている。早苗は二柱を止める。

 

「だめ、ですよ。ねえ、神奈子様、諏訪子様。も、もしかしておみくじの結果が悪かったのですか?」

 

 悪いとか悪くないとかの話ではない。すでに神々の戦いは始まっているのだ。そこで諏訪子は早苗の疑問をあえて無視する。そして神奈子に話しかけた。

 

「そうだ、神奈子。せっかく来たんだから、ここの神に挨拶くらいしておこう。これで」

 

 すっと取り出したのは1円玉。神奈子も頷く。二柱は黒い邪気を出しながら、拝殿に向かう。早苗は「あ、あああ」とよくわからないオーラを感じて立ちすくんでいる。どうやら参道の途中にある寺の意味はなかったらしい。

 

 拝殿だけでも豪華である。中には祈祷を行う場が整えられているが、無論仕切りがあるので入れない。神奈子と諏訪子の二柱はぞんざいに手を鳴らす。二礼二拍手一拝というが、てきとうに手を鳴らしただけで頭など下げない。

 

 そして二柱は同時にお金を投入する。一円玉が二枚宙を舞う。

 無論お賽銭であるが、これは最低額であるといわないでもわかるだろう。売ってきた喧嘩を「二円」で買おうというのだ。これが神の戦いである。慈悲も容赦もない。

 投げられた一円玉がくるくると宙を舞いながら落ちてくる。太宰府天満宮の賽銭箱は大きく、年季の入った物なので外れることはそうそうない。だがここで、奇妙なことがおこった。空中で一円玉の軌道が少し変わったのだ。

 

 そしてしゅっと神奈子の顔の横を何かが通り抜けた。それはかんかーんと一円玉二枚を弾き飛ばして、遠くに飛ばした。はっとした二柱が見ればそれは五百円玉である。黄金に輝くそれがアルミニウムの塊を弾き飛ばしたのだ。5百円は賽銭箱に入った。

 

 二柱が後ろを見れば子供がふざけて投げたらしい。繰り返して言うが単なる偶然である。ただ、神奈子には一円玉が何故か虚空で動いた気がする、だから彼女はこめかみに青筋を立てる。諏訪子も同様ににっこりと冷たく笑う。

 諏訪子は言う。

 

「よーし。菅原の奴に梅ヶ枝もちぶつけてやる!」

 

 梅が枝もちとは管原道真がお餅と「梅」が好きだったことに由来する名産品である。ちなみに「うめがえもち」と読む。それを諏訪子は彼の口にダイレクトに叩き込んでやろうと可愛らしい顔で思う。もちろん「菅原」とは新人のことである。古事記にも日本書紀にもでない分際だった。

 

「ははは。諏訪子。ちゃんとあつあつの物を買って来よう」

 

 熱い餅を喉に放り込もうと神奈子は言う。笑顔である。二柱は、あはははと互いに笑いながら、拝殿から踵を返そうとした。その時、

 ぱしーんと二柱のオデコに一円玉が二枚、突き刺さった。見れば幼稚園児くらいの子供が投げたらしい。それが「運悪く」ぶつかったのだ。神奈子と諏訪子は幼稚園児に怒るでもなく、額から一円玉を剥がす。

 幼稚園児はおどおどしている。罪悪感があるらしい。何故だか全然わからないが急に一円玉を諏訪子、神奈子に向けて投げつけたくなったのだ。

 

「だめよ。君。他人に当てたら」

 

 諏訪子は膝を折って、目線を合わせた上で言う。優しげな顔と頭に付けた市女笠のおかげで幼稚園児は泣くこともなく「ご、めんなさい」としっかりと謝った。

 

「いいのよ。悪いのはきみじゃない」

 

 神奈子も許す。ただし別の物を許さない。しばらくすると幼稚園児の親らしきものが来て、彼女達に謝ってきたが、二柱にはそれを追及する気はない。笑って許して、むしろ感謝された。その間に早苗もやってきた。

 

「お二人とも、なんだかさっき何かが頭に当たっていたみたいですけど……大丈夫ですか」

「大丈夫よ。早苗。私も諏訪子も」

「……それならよかったです」

 

 早苗は少し上目遣いで窺うように言う。どことなく神奈子たちの雰囲気を感じ取っているのかもしれない。だが、そんなことよりも神奈子達はまた別のことを言い出した。正確にいえば口を開いたのは諏訪子である。

 彼女は拝殿の傍らにある梅の木を見つめながら、ぼそっと言った。

 

「枝を折るか」

 

 ざざざざと風もないのに梅の木が揺れる。木と言っても背の高い木ではない。だから小柄な諏訪子でも十分手が届く。彼女は手をのばして、枝を一朶掴む。葉が揺れているのは、どうしてだろうか、ともかく諏訪子は黒い笑みを浮かべて手に力を入れようとした。

 神奈子は止めない。止める理由などない。一応ご神木になるのだが、こちらは本物の神である。だが、ここに止める者いる。

 

「やめなさーいっ!!」

 

 声が響く。諏訪子はびくっと肩を震わせて枝を離す。彼女が振り向くと、ふうふうと怒った顔で早苗がいる。あまりに傍若無人な諏訪子の態度に怒ってしまったのだろうか。

 

「さ、さなえ。これはわた」

「いい加減にしてください。諏訪子様。大人気ない!!」

「ふえ!?」

 

 きっと諏訪子を真正面から見つめる早苗。巫女が神を怒り出したというのは前代未聞なのだろう。あたりの人々や神社の関係者達も彼女を見つめている。だが、止まらない。

 

「いいですか。諏訪子様、それに神奈子様!」

「わ、私もか」

 

 いきなり呼ばれて焦る神奈子。それでも早苗の剣幕にたじろぐほかない。

 

「神奈子様。たかが御御籤で悪い結果だったからって八つ当たりしてどうするんですかっ!」

「ち、違うのよ。早苗。これは八つ当たりじゃないの」

「問答無用です!」

 

 神託を聞く巫女が「問答無用」という。職業否定にもほどがある。しかし、応援するかのように梅の木がざざざと葉を鳴らす。それを聞いて神奈子と諏訪子は歯噛みするが、どうしようもない。しかし、早苗は続ける。

 

「こんな子供のようなことをする神様なんて他にいませんよっ!」

 

 とたんにしゅんとなる梅の木。どことなく元気がなくなる。その代わりに早苗がヒートアップし始める。一度興奮すると止まらない性格なのだ。そのせいで普段失敗することもある。だが、今はよかったのかもしれない。

 

「諏訪子様!」

「な、なに?」

「今朝からいたずらをし過ぎですっ。もっと神様としての自覚を持ってください!」

「う、うう。いや、だからね早苗」

「なんですかー!」

 

 がああと怒る早苗。まるで酔っ払いのようである。これでは諏訪子も反論できるような雰囲気ではない。彼女はしょぼんとして、肩を落とす。市女笠の目玉まで下を向いているかのようだ。

 早苗は矛先を変えた。

 

「神奈子様!」

「早苗、何でも言いなさいっ!」

 

 度量の大きいところを見せようとする神奈子。反論が無理なら可愛い巫女の言葉を全て受けいれる気だった。

 

「他の神社に嫉妬しないでください!」

「ぐ、ぐぐぐ」

 

 思ったよりきついことを言われてたじろぐ神奈子。早苗も今では容赦などできない。それには理由がある。何故怒るのかには意味があった。早苗は顔を真っ赤にして神奈子に詰め寄る。

 

「神奈子様。お二柱が情けないことをされると、わたし」

 

 神奈子の目の前に早苗の顔がある。だからその目元に涙が溜まっていくのもわかる。早苗はだんだんと湿っていく声で言う。諏訪子は「情けないこと」と言われてショックを受けている。

 

「わたしは、なんだか無性に、かなしくなって」

 

 早苗の眼からこぼれるように涙が落ちる。

 そう、「怒る」という行為は特別なことである。

 喜ぶことは一人でできる。

 哀しむことも一人でもできる。

 怒ることは相手がいないとできない。

 

 それも「怒ることのできる」ほど親しいものにしかできない。自らの思いのたけをぶつけても受け止めることのできる相手にしか、伝えることができない。早苗にとってそれは諏訪子である、神奈子なのだ。だから彼女達が早苗から見て「悪いこと」をしていたら、言わざるを得なくなった。

 

 神奈子は目を開いて。それから優しげな表情した。作ったのではない。自然にそうなった。そうして、彼女は早苗の背中に手を回して、柔らかく抱く。

 

「悪かったわ早苗」

 

 ぽんぽんと背中を叩く神奈子。早苗に伝えたのはそれだけである。だが、この巫女は小さく頷いて顔を神奈子の肩に埋める。

 

「はっ!」

 

 置いてけぼりを食らった感のある諏訪子も早苗の後ろから抱き付く。この巫女が愛おしいことは諏訪子も変わらないのである。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 池のほとりに演舞場がある。大層な名前だが、神事やその他の俗的なイベントがあれば使う程度の場所だった。屋根がある以外は野天と変わらない。ただ、ここには観客用の長椅子がある。

 

 三人は並んで座っていた。諏訪子と神奈子が早苗を挟み込むようにしている。

 諏訪子の手元にはビニール袋。その中にはさっきまで「菅原」にダイレクトで食べさせようとしていたモチが入っている。つまりは梅が枝もちである。彼女は早苗と神奈子に一つずつ配った。

 

 早苗が持つとカリカリになるまで焼いた表皮に焦げ目がついている。「おこげ」がついていて、餅にしては固めだった。諏訪子が買ってきた間に多少冷えたのか、手に持っても大丈夫だった。余談だが諏訪子が買って来た店で何故か「おまけ」をしてくれた。急に店長がしたくなったらしい。

 

「ほら、早苗。食べようか」

 

 神奈子が言う。早苗はすでに落ち着いたらしく、「はい」と答える。おもいきり怒った後は多少気まずいらしい。だから先に諏訪子が餅を口に入れる。香ばしい香りのするそれを、彼女ははむと食べる。

 

「ぁつ、これ尻尾までアンコが入っている」

 

 もにもに口を動かしながら言う諏訪子だが、彼女の言葉に早苗は困惑した。彼女は手元にある自分の持ちを見る。半円形のそれはどこが「尻尾」なのだろうか。

 早苗はとりあえず自分のモチをがぶっと食べる。口の中に広がる甘い味は諏訪子の言うアンコであろう。しかし、ここで神奈子が叫んだ。

 

「あー」

「ななんふぇすがかなごさざ」

 

 口に物入れて喋ると何を言っているのかわからない。それでも神奈子は言う。

 

「早苗。頭から食べるなんてかわいそうじゃないか……」

「え、ええ!」

 

 頭、尻尾。何か別の物を連想する早苗だが、二柱に言われて慌ててしまう。一応は神社の名産品であるからには、食べ方があるのかと思ってしまった。ただ、諏訪子が噴出してしまう。

 

「あ、ははは。早苗は可愛いなあ」

「えっ?」

 

 つられて神奈子も笑う。

 

「はははは」

 

 やっと早苗はからかわれたということに気が付く、彼女はバッと立ち上がって。

 

「もう、二人ともひどいです!」

「あはは」

「ははは」

 

 笑いはやまない。ただ、風が吹いた。

 早苗は髪を手で押さえて、風来た方向を見る。

 

 東からだった。

 

 


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