東方Project  ―人生楽じゃなし―   作:ほりぃー

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15話 A

 秦 こころは綺麗な夕焼けを見ていた。ここはどこだと見渡すと、目の前には川が流れている。ここはよく遊びに来る町中にある土手だろう。彼女はどうして自分はここにいるんだと考えて空を見上げる。夜になっている。星の散りばめられた空。

 

「?……」

 

 先ほどまでオレンジ色の空が、今は暗い。星が光り輝いている空はまさに「夜」だった。こころは無表情で驚いて、首をかしげる。いったいどうなっているかと考えてみるが、すぐに答えは出た。

 これは夢だ。たまに夢を見ている時に「夢」と自分でわかる時がある。それが今なのだろう。彼女は目を瞑って考える。昨日はチルノ達と遊んで、いつの間にか寝てしまったような気がする。いつ自分が眠ったのかは覚えてはいない。

 

 目を開ければ暗い空で星がきらきらきらと輝いている。いつの間にかあたりの風景も変わっている。だだっ広いそこは土が地肌を剥き出しにしている。こころがあたりを見回せば滑り台やブランコがある。

 いつの間にか顔をだした月がぽっかりと浮かんで足もとを照らしてくれている。月が出てきてくれたのはこころが望んだからなのだろうか、それは夢の「主」の彼女にもわからない。

 

「公園……」

 

 ぽつりとつぶやくこころ。そう、いつもここでチルノ達と遊んでいるから見知った場所である。記憶の中から出てきたのだろう。

 こころはブランコにふらふらと近づいていき、座る。錆びた鎖につながれたブランコがキイキイと音を出して揺れる。

 こころはそこに座ったまま、ぼんやりとしていた。夢だと分かっていても何をすることもない。当然眠たくはないが、かといってやる事は無い。起きるまでは暇だ。

 

 こころはそこで思う。現代に来て最初はやることなどなかったのだ。

 

 

 現代に来たこころは「お面」を持っていない。幻想郷では感情を表すためにお面を携帯していた。それは彼女の感情にしたがって周りを浮遊したり、パッと出したり消えたりする事が出来たから持ち運べたのだ。だが、今はそうはいかない。

 こころが幻想郷で持っていたお面は66種類。それの一つ一つは大切な感情の現れである。とは言っても普段は数種類しか使わないがそれでも多い。

 

 大量のお面を持って歩くことはできない。カバンに入れて必要な時に出そうとしたことはあるが、それにもたついてしまい、実用的ではなかった。ならばと手に全てを持っていたこともあるが、それはまさに『手に余った』状態になった。

 だから無表情で無表現でいることが多くなった。本来であれば「お面」が無くなったことで感情も不安定になるはずだが、現代に来た影響なのかそれとも他に理由があるのか、気分が変に高揚したりはしないことだけが救いである。

 

 

 現代に来て早々にリサイクルショップに紛れ込んだ奇妙な考え方をしている「店長」に雇ってもらったから、生活には困窮はしなかった。ただ接客業をしなければならなかったのには参った。

 

「いらっしゃいませ」

 

 とこころは無表情で言うしかない。その大きな瞳は傍から見れば可愛らしいが、目の前にすればじいとじいいと見てくるのだ。それに気圧されて逃げるように帰った客も多かった。お面をしていればふざけていると思われるから難しかった。

 店長は「気にしなくていいよ」と気軽に言う。だがこころとしては不本意なのである。自分の感情を有効に伝える術がないということはすごく、辛い。彼女は無表情だが、感情は豊なのである。

 

 ――ああ、そうだった

 

 夢を見ている「こころ」は思い出す。ブランコに座った彼女の前で、無表情の「過去のこころ」がいる。それはいつのかの自分の姿だろう。リサイクルショップの前に佇んで、暗い表情で一人物を考えている。公園にいるのにリサイクルショップが見えるのも「夢」だからだろうか。

 

 きいきい、とブランコを揺らす。段々と空が明るくなっていき、照り付けるような太陽が地面を焦がしていく。光り輝くそれはいつの間にか夜をどこかに追いやってしまったらしい。ころころころと変わる空は、まるでこころの「心」のようでいつだって定まらない。

 

 無表情だからと言って。感じないわけではない。

 無表情だからと言って。感情が無いわけではない。

 無表情だからと言って。心が傷つかないわけではない。

 

 本当に無感情であるのならば彼女は幻想郷で宗教戦争の発端になったりはしていないだろう。「希望の面」を失くす前にはすべての感情が備わって、何も興味を持てなかったが今は違う。それからは違っている。だから感情を表現できないのは苦しいのだ。

 

 

 ブランコの周りにぽたぽたと水滴が落ちてくる。「夢を見ているこころ」が空を見上げれば、厚い雲が空を覆い、そこから大粒の雨が落ちてくる。それはだんだんと強くなっていき、どしゃ降りになった。しかし、不思議とブランコに座っている彼女は濡れなかった。夢だからだろう。

 

 確かにブランコに座る「今のこころ」は雨にぬれることはない。だが、それでも冷たい雨に身を震わせる少女が一人いた。

 そう濡れているのは目の前にいる「過去のこころ」だった。彼女は何時も着ていたチェックのシャツを着たまま雨の中で空を見上げている。髪が肌に張り付いても無表情を崩さない。これは記憶の中の光景だから、いつかの雨の日に実際に有ったことなのかもしれない。

 

 

 ブランコからこころが立ち上がった。そしてつかつかと目の前に佇む「過去の自分」に歩み寄る。過去の自分は暗い顔をしているわけではない。いつも表情は変わらないがそれでも何を考えていたのかは覚えている。

 

 合わせ鏡の様に二人のこころが向かいあう。姿形も服装も、表情も一緒。ただ片方の頭上は晴れていて片方は雨。対照的な空は今の「心」の形なのだろうか。しかし「今のこころ」は立ち止まると、

 

 ――水平チョップを繰り出した。

 

 過去のこころの首に一直線。素早い攻撃を繰り出す。しかし「過去のこころ」もさる者で膝を柔らかく使ってしゃがんで躱す。空振りで体勢を崩した目の前の「今のこころ」にアッパーカットを繰り出す。

 

 スナップの効いた拳が「今のこころ」に迫る。彼女は後ろに体を傾けてぎりぎり躱す。それから間合いを取る為に一歩下がった。しょぼくれている過去の自分に喝を入れようとしたら、反撃して来たのだから無表情で驚いた。

 

「流石、わたし……」

 

 なんか感心する「今のこころ」。実際自分もいきなり攻撃されたらそうするに決まっているから、不思議というわけではない。それでも目の前でファイティングポーズを取って臨戦態勢を整える「過去のこころ」を見ると何とも言えない気持ちになる。自分はこんななのかと妙な気持ちになるからだ。

 だが「今のこころ」は戦いたいわけではない。単に昔の自分に元気を強制的に出させようとしただけなのである。だからどうすればいいだろうと考えた。自分対自分のようなことを夢の中でする気はない。

 

「あっ」

 

 と思いついた「今のこころ」は眼を閉じた。ここは自分の夢の中であるのならば、頑張って「あの時」を思い出せばと思ったのだ――

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 夏が近づいてきたころ、ものであふれたリサイクルショップにお客さんが来た。それは幻想郷では巫女をやっていた黒髪の少女である。こころは宗教家として彼女の姿と、現代に来て作業着を着こなしている姿を対比して「しょぎょうむじょう」と無表情でつぶやいた。

 巫女の傍に一人少女がいたが、こころは気にも留めなかった。

 

 本来であれば接客をしなければならないのであるが、今日は店長がいた。巫女はそちらに話しかけたからこころに出番はなかった。楽であるのでこころはホッとする。以前能楽を開く過程で協力してもらったが、今は感情を表す手段がなくて人としゃべる気はない。

 

 ――……さん。テレビが欲しいんだけど。二千円くらいで

 ――それは値切るというレベルではないね。あっ待ってくれ。

 

 店長は何かを思い出したように店の奥に行く。行先は倉庫で巫女もそれについていった。

 こころは店に一人、特にやることがない。今日は別のアルバイトはいない。竜宮の使いはふらふらと朝からどこかに行った。ろくろ首は朝に弱いらしい。

 こころはなんとなく手に付けた時計を見る。何時か確認したというよりは時間を確認する仕草が現代に来て癖になっている。ちなみに時計はリサイクルショップに転がっていたものを使っている。黒いデザインのデジタル腕時計。表面に「G-shocking」と書いている。

 

 こころは椅子に座って時計を覗き込む。すると頭にゴツンと何かが当たった。

 

「!」

「いったぁ!!」

 

 こころは頭がジンジンと痛むのを感じて、目の前を見る。すると青い髪の少女がうずくまって頭を押さえている。彼女の頭が当たったのだろう。

 少女は青と白のストライブのシャツを着て、短いスカートを穿いている。彼女は巫女についてきた妖精であった。名をチルノという。

 

「いったいわね! 気をつけなよっ!!」

 

 涙目で立ち上がったチルノはびしとこころを指さす。痛いのはこころもであるし、気を付けるのはどちらかというとチルノであるが勢いに負けて、こころは頷いてしまう。チルノは「まったく」と言いながら、腕を組んで鼻を鳴らす。

 

「少しかっこいい時計を付けているからって、あたいに体当たりしてくるんて……」

「??」

 

 いつの間にか体当たりをしたことになっている。こころは困惑したがそれよりも気になることがあった。

 

「かっこいい、時計?」

 

 こころはなんとなく自分の腕をチルノに見せる。そこに黒光りするデジタル時計が巻かれている。衝撃に強いことが売りらしく、無骨なデザインをしている。

 

「うおっ」

 

 身構えるチルノ。何でかわからないが効いているらしい。だからこころは一歩前に出た。腰を捻り、時計を付けた腕を頭上に高々と掲げる。以前宗教戦争で使った勝利のポーズだ。これでもかと印籠のごとく時計を見せる。

 

 チルノが眩しげに顔を背けて膝をついた。そして言う。デザインが彼女のストライクであっただろう。

 

「か、かっこいい」

 

 こころは「勝利にポーズ」のまま固まる。何をやっているのかは自分でもわからないが「かっこいい」と言われて悪い気はしない。彼女は鼻をふふーんと鳴らして、無表情で勝ち誇る。それに気が付いたのかチルノは急いで立ち上がり反撃した。

 

「あ、あんた見ない顔だけど誰? あたいの名は最強!」

「最強?」

「あっ、違う最強だけどチルノ」

「最強チルノ?」

「そう!」

 

 どうだ参ったかとチルノは胸を張り勝ち誇る。どこに「参れば」いいのか、何故勝ち誇っているのかはわからないが、こころはメラと心の中で闘志が湧き上がってくることを感じた。何故ならばとある尼のせいで彼女は「最強の称号」をかけて喧嘩して回ったことがあるのだ。要するに「最強」とはNGワードなのだ。

 

  こころはそのせいで勢いよく宣言した。彼女は逆にチルノを指さす。

 

「私と最強の称号を賭けて戦え!」

「受けてたつわ!! ついてきなさい!!」

 

 話がトントン拍子に進んでいるが、二人ともなぜ戦うのかとは難しく考えていない。そもそもこころは自己紹介もしていない。チルノも完全にノリで動いている。ただし本気であることには変わりない。

 

 リサイクルショップを二人は勢いよく飛び出していく。これから「最強の称号」をかけて勝負しなければならないのだ。こころは店番などやっていられない。チルノは巫女など待っていられない。二人はたたっと道を走っていく。

 

 

 

 問題になったのは勝負の方法である。弾幕ごっこはできないし、本気で殴り合いをするわけにもいかない。それをすれば警察がくる。もちろん逮捕されるのはこころである。この場合は体格が大きいほうが「悪い」ことになる。

 

 二人は考えたのは安全かつ、美味しい勝負であった。彼女達は商店街のとある店に向かった。そこには幻想郷の少女がいる。

 

 

 二人の目的地は小さなお店であった。入り口から入って左を見れば厨房。右を見れば畳敷きの客席。床よりも少々段を高くされているから客席に上るときには履物を脱がなければならない。

 その店にチルノはバーンと入り口を開けて、ドーンと客席にダイブする。そして間髪入れずに厨房にいる店員に言った。靴は脱いでいない。流石にチルノの勢いに呑まれたのか後からこころが静々と入ってくる。

 

「かき氷! ありったけ!!」

「お、お前は。いきなり入ってきて……ん、博麗の巫女にくっついている少女ではないか? そんなに汗をかいてどうしたのだ」

 

 店員が厨房でうろたえる。いつもこの店に入ってくる連中は妙な登場の仕方をするが、まだ天人と巫女が一緒に来るのは少し先の話だ。そして店員は銀髪にポニーテールをした可愛らしい少女だった。ただ、何故か烏帽子をかぶっている。

 物部 布都。それが彼女の名前である。実はもう一人店員がいたが、チルノがダイビングをしてきた瞬間にすうと奥に引っ込んでいった。逃げたのだ。ただ元気なチルノの様子に「妬ましぃ」と爪を噛んでいた。

 

 布都は状況が分からずにチルノに聞いた。彼女は厨房から出てきながらエプロンで手を拭いている。

 

「か、かき氷を食べたいのか?」

「食べたいけど、じゃなくて勝負よ。あたいとコイツが最強の称号を賭けて勝負するのよ!」

 

 そこでやっと布都はこころに気が付いた。いつの間にか入ってきている。こころはこころで布都と眼が合うと無表情で固まる。お面がないからどうしようもないのだ。だらだらと額から汗が流れている。どうしていいのかもわからない。

 

「お、お前は面霊気ではないかっ!? なんで、ふげ!」

 

 急に悲鳴を上げて布都が後ろにのけ反った。見るとポニーテールの先っぽをチルノが掴んで引いている。

 

「早く!」

「な、何をするかっ。我の髪を引くなっ。それに……勝負とは、最強の……?」

 

 そこで布都はハッと気が付いた。これは許せることではない。

 

「最強は太子に決まっておるではないか! 太子を差し置いてそのような不埒なことを考えるとは許せぬ!」

「なんだと! タニシなんかにあたいが負けるもんかっ!」

「た・い・し。だ!!」

 

 こころを蚊帳の外に置いてヒートアップしていく二人。だがチルノは言った。

 

「わかったわ。タイシだが体脂肪だが何だが知らないけど。まとめてかかってきなさい!」

「き、貴様ー。太子を愚弄するか!」

「グロウって何よ! 美味しいの!? タニシだとかグロウだとか意味わかんないことばかりいうんじゃないわよ!」

 

 わなわなと怒りに震える布都はきっとチルノを見て言う。彼女は両手を構えて、着ていたエプロンをバサッと払う。ちなみにチルノは「体脂肪」という単語は知っているが、意味は知らない。

 

「そ、そこまで言われて黙っているわけにはいかぬ! かき氷だと言っていたが、貴様にはたらふく我の自信作である布都コロッケを食させてやろう。残したらお代はきっちりいただく!! この前のような情けは掛けぬぞ!!」

 

 布都の言っている「この前」とはチルノとその一緒に住んでいる連中が店に来て「人数以下のコロッケ」を頼んできたので、金銭的なことと察しておまけをつけた話である。しかし、今回は容赦しないと布都は宣言した。彼女はくるりと踵を返して厨房に戻っていく。

 

「テーブルで待っておれ!」

「わかったわ! 早く。あ。あんたもまとめて相手してやるわっ!」

 

 チルノはそこでようやくこころを向き直った。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 ――ああ、こんなこともあった。

 

 夢を見ている「今のこころ」は思う。彼女が思い出しているのは昔の出来事だ。

 この後お店で物部 布都が大量に出してきたコロッケの山をチルノとこころが協力して平らげたのだ。

 

 ――いやいや違う

 

 こころは首を振る。彼女は腕を組んでよく思い出そうとする。そう、このお店ではまだ続きがあったはずなのだ。だから彼女はもう少しおもい出だそうとする。あの時チルノに言われた言葉をもう一度聞きたいからだ。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 夢の中でテーブルにコロッケの山が置かれた。布都がこれだけあれば食べきれまいと自信満々に持ってきたものである。布都コロッケの大盤振る舞いである。サツマイモにサクサクの衣をつけたそれが彼女の自信作なのだ。少し後に彼女は自分を「料理人」と自称するようになる。

 

「謝るなら今の内だぞ、青髪の妖精と面霊気よ!」

「いただきます!!」

「聞け。我の話を!!」

 

 チルノの元気の良い「いただきます」に布都が思わず叫ぶ。だがそんなことは意に介せずチルノは両手にコロッケを持ったままばくばくと食べ始める。こころもとりあえず両手に持ってもしゃもしゃと食べ始める。

 その様子を見てチルノはにやりと笑った。そして言う。

 

「勝ったわ」

 

 何に勝ったのかはわからないがこころの食べっぷりを見て宣言した。それが分かったからこころも無表情でむっとする。彼女はコロッケを三つ摘まむと大口を開けて、ばくりと食べる。

 

「お、おお!」

 

 布都が驚きの声をあげる。こころは口をリスの様に膨らませて咀嚼する。表情はないが、チルノをちらりと見る。だが青髪の少女もわかった。こころが「どうだ」とばかりに自分に見せつけていることがだ。

 

「あ、あたいは四つよ」

「む、無茶だ、やめよ」

 

 布都が何故か心配している。チルノはそんな声には耳を貸さずに四つ両手にコロッケを持つ。そして大きく口を開けて詰め込む。無論入らない。だが無理やり押し込み押し込みして、四つのコロッケを口に咥えた。食べたというよりは咥えたというほうがいい。

 

「ほうだふゃふぁか」

 

 チルノはからコロッケの出しまま、勝ち誇る。彼女は「どうだ、参ったか」といったのだろう。それを聞いてこころはごくりとコロッケを飲み込む。大きな瞳でチルノをじっと見る。そして彼女も四つコロッケを取る。

 

「あ、ああ」

 

 大量にコロッケを持ってきたはずが何故か一気に消えていくことに布都は不安におもった。材料を全て使い切ってしまったのはどう考えても誤りであった。今はまだ午前中である。これから来る客に自信作が出せない。

 

「ふ、ふん。貴様らもなかなかやるではないか」

 

 それでも震えた声で強がる布都。彼女は勝負の中止を求めたりはしない。そんなことをすれば豪族としての沽券に係わる。

 誰も止める者のいないこころはコロッケを味わうことなく口に放り込む。入らない。三個が限界だったのだろう。だが、負けるわけにもいかないので無理やり入れ込もうとしたら喉に詰まった。

 

「……!!」

 

 胸をどんどんと自分で叩くこころ。布都はびっくりして慌てて水を持ってくる。チルノは口を大きくコロッケで膨らませて頑張れとジェスチャーする。こころはそんな段ではない。無表情の目元に涙をためている。

 

「み、水だ。面霊気」

 

 布都が持ってきた水をこころは貰うと口に流し込む。こぼれた水が頬を伝うがそんなことを気にする余裕はない。ごくごくと飲んで、彼女はふうと息を吐く。死ぬかと少し思った。

 

 チルノもコロッケを食べ終わり、両手を自分の頭の後ろにまわす。そして少しだけこころをじっと見る。何故か先ほどまでやかましいくらいだった彼女が黙っている。

 

(な、なに?)

 

 こころはそれの意味が分からずに戸惑う。布都は横から「ほらもう一杯」と水を持ってきてくれた。妙に優しいのは地なのかもしれない。だがこころの顔は物を言わずに黙っている妖精に向けられている。

 チルノは少しして口を開いた。彼女は想ったことをすぐにいう。

 

「あんたって、わかりやすいやつね」

「……?……」

 

 何でもないようにチルノは言う。しかし、彼女の言っていることはおかしい。こころはずっと無表情である。ニコリともしないし、怒ったり悲しんだりも顔で表現できない。だが、チルノはその疑問には答えずコロッケを食べ始める。しかし、こころはその意味を聞きたい

 

「お前何を言っておるのだ? 面霊気は表情が変わらぬのだぞ?」

 

 こころの疑問を布都が聞く。何故かこころも自分のことなのに頷いてしまう。しかし、チルノはそれこそ意味が分からないという顔で返す。彼女はこころを見ながら言った。

 

「はあ? コイツってばあたいの強さに悔しそうにしたり、怒ったりしているじゃない」

「お、こる?」と布都。

「だーかーら。コイツ、顔なんて見なくてもなんかこう、わかるじゃない。あんた馬鹿ね」

「なっき、貴様に言われたくないっ!」

 

 むきーとまた怒った布都の横でこころは眼をぱちくりさせる。彼女はチルノの言っていることが理解できない。自分の表情が変わらないのはわかる。だがそれを「表情をお面」で表さなくても理解できるということがわからない。

 チルノはもぐもぐとコロッケを食べていく。本当に味わっているのかというペースでその小さな体に詰め込んでいくのだ。彼女は一度こころを見て言う。その顔はにんまりしている。

 

「食べないのならあたいの勝ちね!」

 

 いきなり言われてもこころに負ける気はない。だから負けるものか、とこころは無表情のまま気合を入れる。その時、チルノは言った。

 

「ふん! どんなに気合をいれてもあたいに勝とうなんて十年早いわ」

 

 こころは眼を見開く。そして聞いた。

 

「……なんで?」

「なんで、って決まっているじゃない! あたいは」

 

 チルノはバッと立ち上がって親指を自分に向ける。そして胸を張る。チルノは勝つのはいつだって自分であると確信している。だからいつでも彼女はこう言うのだ。

 

「最強ね!!」

 

 

 

 

 この場合「最強ね」ではなく「最強よ」というほうが正しいだろう。だが満足げに言い切ったチルノはどかりと座り直して「あんた、水」と布都に注文する。言われた銀髪の少女も勢いに負けたのか「あ、あう」と妙な返事をした。

 二人がそんなやり取りをしている間に、こころは思う。彼女が聞いた「なんで」には続きがある。それは「なんであなたが勝つの?」ではない。聞きたいことはそれではない。

 

 ――なんで、わかるの?

 

 こころは表情を変えない。言葉もあまり発しない。なのにチルノはこころの感情をわかってくれる。本人は全くそんな気持ちはないかもしれないが、それは現代に来てこころが悩んでいたことなのだ。いや、苦しんできたことと言っていい。わかってもらえないことほど辛いことはない。

 

 こころはコロッケを手に取る。それを口元に持ってきて齧る。その時、視界が少しだけ歪んだ。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 夢の中の小さなお店で「今のこころ」が「過去のこころ」を見下ろす。そういえばこんなこともあったと、彼女は想うのだ。それからチルノ達とよく遊びに行くようになって、ルーミアとも三月精とも不死の少女とも、最近は吸血鬼の妹とも仲良くなれた。たまには鬼や神とも遊ぶのも楽しみである。それでも彼女は想う。

 

「けっこう大変だぞ」

 

 過去の自分に「今のこころ」が言う。確かにどこに行くのも中心となる少女が元気全力だから、ついていくのは大変である。それでもやめる気はない。最近は表情豊かではなく、表現豊かになってきたような気もする。それはきっとチ――

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

「げふう」

 

 こころは腹部に強烈な打撃を食らって起きた。彼女はお腹を抱えてうずくまる。宗教戦争では殴り合いを散々やったが、別に殴られたり蹴られたりするのは好きではない。彼女のぼんやりした視界が開けていく。

 

 天井に吊ってある四角い箱の様な電灯が見えた。お腹を彼女が自分のお腹を見ると小さな足がかかとから載っている。つまり強烈な打撃は『かかと落とし』だったのだろう。こころはずれたパジャマを手で直しながらむくりと起き上がる。

 

 小さな足は横で寝ている青い髪の少女のものだった。彼女は呻くルーミアを枕にしてすやすやと眠っている。昨日ゲームを終えた後とは寝方が違うということは、ごろごろ動いていったのだろう。その過程でルーミアは枕にされ、こころはかかと落としの標的にされた。

 

「あ、あたいったら最強ね……」

 

 夢の中でも彼女は最強らしい。その様子を見て、こころは無表情で首をちょっと動かす。先ほどまで自分も夢を見ていた気がするが、全てきれいさっぱりと忘れた。起き方が強烈過ぎたのだろう。

 こころは起き上がり、部屋のカーテンを開ける。まぶしい光が部屋に入ってくる。空は晴天である。こころの気分もいい。

 昨日のままの部屋が明るく照らされる。置きっぱなしのゲーム機も、散らばったカセットも。食べきれず、開けなかったお菓子もある。楽しさの跡、これからの楽しみの形。遊ぶ時間はたっぷりとあるのだ。昨日の続きを今日しなければもったいないだろう。

 

 

 まばゆい朝日。その中で無表情のまま、こころはチルノとルーミアを振り返る。少しも変わらないその表情にはどんな感情が込められているのだろう。それがわかる少女は「もう食べられない……」と奇妙なことを言って眠っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




『四季桃月報・文月号』一部より抜粋


『旧き信仰の道を辿る』
晴天の下、まぶしい陽光の降り注ぐ空は夏盛りの証である。そんな中で今月は出羽の国に足を運ぶことにした。
こちらに来てからは翼が使えないので長距離列車での移動と相なった。流れゆく景色を横目に、涼しい車内で座席に腰かける。古書店で入手した地図を確認していると、幼い子供たちに声をかけられた。「外国のお姉さん?」と妙な言葉を投げられたので固まった私だったが、それを見ていた母親たちが手振りで謝って来たので、ますます困惑することになった。結局のところ誤解は解けたのだが、まさか人間でないと言うわけにもいかないので非常に参ってしまう経験であった。

さて、寂れた駅に降り立った私の全身をむわっとした夏風が蒸らす。そこに含まれるのは命の息吹き、ここは良い土地だと確信を抱かせる。青々とした草花を踏み分けて、これから私は霊峰へ挑む。未だに山岳信仰の残る彼の山には、一体どんな幻想が待ち受けているのか楽しみだ。
しかし日焼け止めと虫除けの準備は欠かせない。

ーー後編へ続く

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