東方Project  ―人生楽じゃなし―   作:ほりぃー

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16話A

 リサイクルショップの二階で秦 こころがチルノにかかと落としを食らったころ、下の階のリビングでスマートフォンが鳴っていた。早朝のことであるから、誰かが連絡をしてきたのではない。スマートフォンには目覚ましの機能があり、其の為に鳴っているのだった。

 

 ぴぴぴ。

 

 狭いリビングで音が鳴る。この「リサイクルショップ永江」は住居と一体の店舗の形をしている。ただ、流石にメインになるのは「店」としての空間である。だからリビングとは言っても小さな机に本棚、それにソファーとテレビくらいしかない。

  ちなみにこのリビングから「店」のスペースへの入り口がある。そこにはドアなどは付いていないが、のれんが付けてあった。そこからリビングを出ると「沓脱石(くつぬぎいし)」という長方形の石が置かれていて、その上にあるサンダルに履きかえる必要がある。もちろん沓脱石は中古である。

 

 リビングのカーテンが閉まっているが、その隙間から朝の陽ざしが入ってくる。その光の中で、小さな埃が舞っているのが見えた。そしてもぞ、とソファーで何かが動く。タオルケットを被って寝ている女性がそこにいた。

 

 その女性は紫の髪をして白いシャツを着ている。ゆっくりと開けた瞳は紅い。彼女は体を起こして机の上に合ったスマフォを手に取ると音を止めた。どうやら彼女が設定したものであるようだった。

 

 彼女は永江 衣玖。このリサイクルショップの名字と偶然同じだが、やとわれの上に店長代理で働いているものである。店長は今だ帰ってこない。もちろんのことであるが、店の名前ともなんら関係はない。

 衣玖はスマフォの液晶画面にその細い指をなぞらせる。発光する画面に彼女の白い肌が照らされて、赤い瞳が光る。彼女は流れるような手つきで「目覚ましタイマー」の項目を開いた。

 現在は7時00分と表示される。この時間にセットしておいたから、目覚ましは問題なく起動してくれた。ただ、衣玖は別の画面を開く。それは「時間設定」の項目だった。彼女は何故かわからないが目覚ましの設定をさらに行うつもりなのだ。

 

 目覚ましの時間はいくつか設定できる。それも機械が記憶していてくれるので、昔設定した時間を選ぶだけで良い。今、衣玖の手に持たれているスマフォはその画面が表示された。

 

 ――7時10分

 ――7時15分

 ――7時25分

 ――7時32分

 ――7時45分

 ――8時00分

 

 繰り返すがこれは過去に衣玖が設定した「目覚ましの時間」、その履歴である。何故かあまり時間が離れていない数分後等の履歴が多い。そもそも衣玖は毎日「一旦」は7時に起きるので、このほとんどは必要がないはずだった。本来であれば。

 

 衣玖の指が止まる。

 

「……30分は眠りすぎですね」

 

 何かを言いながら「7時25分」に目覚ましを再設定して、スマフォを机に放り投げる。それからころんとソファーに横になってくうくうと眠り始めた。先ほど起きたはずなのに目覚ましを再設定して眠りに入る。しかもその手つきが慣れているところから、今日昨日の癖ではないとわかる。

 

 ある意味現代病かもしれない。しかし、衣玖はすぐに起こされることになる。

 二階からドタドタと音が聞こえてきた。衣玖の眉がぴくっと動く。どうやらこころ達が本格的に起きだしたようである。しょうがないと衣玖も体を無理やり起こした。

 

 そんな目覚めであるが衣玖の表情は涼やかである。しかし、行動が芋虫のごとく遅い。タオルケットをゆっくりと体から剥がして、首を鳴らして。立ち上がる。彼女は基本的にめんどくさがりやであり、本来であれば店長代理などやる気はない。だが、こころに任せるわけにはいかないし、ろくろ首はやりたがらないので仕方なくやっている。

 

 ふぅーと衣玖は息を吐いて、ソファーに掛けてあったズボンを取る。それはピッチリした履き心地のジーンズである。現代に来てからの衣玖はその手の服装が多くなってきた、元々の服のセンスでそろえようとすると「高い」上に「ない」のである。

 

 ゴスロリショップにはあるのかもしれないが、衣玖はその存在自体を知らないからどうしようもない。実際服装の悩みは幻想郷の少女のほとんどが共有しているかもしれない。そのせいで一部の無頓着な者たちはジャージが普段着になっている。もしくは「アイランド・ウィレッジ」である。

 

 そうやって着替えると、ぬっとリビングに顔を出した桃色頭が一つ。無表情でじっと衣玖を見てくる彼女は、秦 こころである。彼女は衣玖が起きているのを確認してから「おはよう」と手をチョップの形にして挨拶してくれる。

 

「ええ、おはようございます」

 

 衣玖も丁寧に返す。柔らかな微笑を浮かべた彼女はそのまま、こころに言う。

 

「こころさん。実は今日の私は急用がありまして……いまからでなければならないのです。その間、お店番はよろしくお願いいたします」

「……衣玖」

「はい?」

 

 こころは無表情で首を横に振る。桃色の髪が揺れて、少し甘いにおいがする。ただ、次に言う言葉ははっきりしていた。

 

「騙されない」

「…………」

 

 またもや無表情のまま言うこころ。衣玖は先ほど起きて、二度寝したほどであるから急用などない。ただ「出かけたい」だけである。散歩へ。のんびりとしたい。ある意味それが急用と言えばそうであろうが、こころは騙せない。過去に何度となくフラフラと出ていく衣玖を見ていたからだ。

 衣玖は肩をすくめて、やれやれと首を振る。どうやら今日の店番はしっかりと行わなければならないらしい、ろくろ首が来たら任せて外に出ていくことも考えないでもない。そう思って、部屋のカーテンを開ける。

 

 光が部屋に入ってくる。夏の日差しは強い、衣玖は眼を細めて光をさえぎる。考えてみれば朝起きてから体にじっとりと纏わりつくような感覚がある。それは寝ている間に汗をかいたかららしい。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 衣玖はエプロンをつけて、店の中をのんびりと歩く。雑多に置かれたもの達の間を縫うように彼女は歩く。それは何をしているかと言うと、別になにもしていない。ただ、棚に置かれたものを見ながら店内を「散歩」しているのである。

 

 リサイクルショップと横文字を使っても、近くにいる者が売りに来た物を買い取り、それを店内に並べているだけである。レジまでもが中古品なので液晶ディスプレイが割れている。店長が「使える」と言ってまだ使っているのだ。

 

 古ぼけた大きな柱時計、立てかけられたその上に佇む一匹の「招き猫」。

 並んでいる箪笥たち。傷痕のついたそれらは、いつか誰かの下で生活をしていた証。

 誰が売ってきたのかわからない「水牛の角」それに「木彫りのクマ」何に使うかは衣玖にはさっぱりわからない。ただ、妙に数だけはある。完全に調度品としての価値しかそれらにはない。

 衣玖はその商品たちの内から椅子を一つ取って座る。店内は少々暗いが、入り口は開け放たれていて焦げつきそうなほど日差しを浴びたアスファルトの道路が見える。耳を澄まさなくても衣玖には蝉の声が聞こえてくる。

 

 それに合わせて聞こえてくるのは水の音と子供の叫ぶ声。お風呂場から聞こえてくる。

 

 ――ルーミア! 背中流してあげるわっ。それ

 ――つめたっぁ!!?

 

 お風呂場からは少女の悲鳴のような声が聞こえるが、衣玖は静かに椅子に座っている。できれば汗を流したいのであるが、客人もいるのに先に入ることは難しい。それは空気を乱しかねないのである。

 

「蛮奇さんは遅いですね。大切な仕事がありますのに……」

 

 ぽつりと言う。蛮奇とはアルバイトの名前のことである。遅いとは言ってもまだ早朝であるから、別に遅刻しているというほどでもない。シフトがアバウトに決まっているので、何時に来るかはよくわからない。たいていそのアルバイトは「マツモトキヨハル」に寄って朝ごはんのウィンダーを買ってくるのでまだだろう。

 

 それに衣玖の言う大切な仕事とは「店番」のことである。彼女は外に出ていきたいのである。蛮奇が来ればちゃんと店を任せた状態で外出できる。大体お昼までに客が十人も来ればいい方なので、簡単な仕事ではある。反面暇だった。

 

 暇である。衣玖はただ黙って座っている。彼女は目を閉じて、椅子に深々と身を預ける。手をだらんと垂らして、できる限り楽な体勢を取る。店に誰か来た場合には心配になる姿勢ではあるが、彼女はこれがよい。

 

 遠くで風呂場のドアが開く音がする。衣玖の眼がぱちっと開いて、すくっと立ち上がる。無駄に背筋が伸びていて、立てば姿勢がいい。シャツが少し小さめなのか、体のラインに引っ付いている。

 

 衣玖はとてとて、のろのろと台所へ向かう。店のスペースと住居のスペース行き来できるようになっているから、彼女は沓脱石でサンダルを脱いでリビングに入る。それから台所へまっすぐに向かう。

 

 こころ達が風呂から上がったのであれば、次に要求してくるのは明らかに「朝飯」である。ただ、衣玖は朝食を作るような面倒なことはしない。台所には冷蔵庫に詰め込まれた「御飯のおかず」が大量に備蓄されているのだ。

 

 台所に衣玖は着く。狭いが綺麗でピカピカのシステムキッチンがある。要するに殆ど使っていないのである。ただ流し場には多少の食器はある。それは後で洗浄しなければならないだろう。

 衣玖は台所の隅にある小さな冷蔵庫を開けた。大きさが衣玖の首元くらいまでしかないが、少人数の食料を保存するには十分である。中には「ごはんですか?」というラベルの張られた黒い瓶が幾つか。それに「食べよラー油」やイカの塩辛というとりあえずはホカホカのご飯にかけるだけで食べられるものが入っている。

 

 そのほかはゼリーや奥の方には何故かバニラエッセンスなどが入っている。このリサイクルショップで料理をするものなどいない。衣玖はできない事は無いが、空気を読んでしない。

 

「大丈夫ですね」

 

 栄養的に大丈夫ではなさそうなおかずを見てから衣玖は言う。後はと彼女は振り向いた。そこには文明の利器である赤い「炊飯ジャー」があった。

 

 幻想郷に住むものであれば、この炊飯ジャーの有難さはわかるであろう。なんといっても薪を拾ってきて火にくべ、数時間ほど炊き続ける原始的な炊飯とは一線を隔す、それこそ世紀の大発明である。現代人には殆どわからないが、これを見たとある巫女は炊飯ジャーだけは幻想郷に持って帰ると決心した。電気は後でどうにかする。

 

 衣玖も気にいっている。彼女は無洗米を昨日のうちに炊飯ジャーに入れていた。これで今炊飯ジャーを開ければホッカホカの御飯が現れるだろう。それこそ良い香りと共にだ。最近の炊飯器は過去の竈で炊いていた時とも遜色がない。

 

 何と言ってもめんどうくさくない。衣玖は炊飯ジャーを開けて、これからこころ達が「ごはんー」と言ってくることを先に空気を読んで準備しておくことにした。

 

 ぱかっと蓋が開いた。中には水に浸った無洗米がある。衣玖はそっと蓋を閉じた。

 

「さて、どうしましょうか」

 

 うーんと衣玖は悩んだ。まさか時間をセットしておくのを忘れるとは思っていなかった。過去には風呂の栓を抜いたまま、お湯を張ろうとして「お湯を排水管に流す作業」を一時間ばかりしたことがあるが、今回はまだ可愛いほうであろう。

 

 そして台所に現れた影が三つ。真ん中に桃色髪の秦こころがいる。彼女は首にタオルをかけて、しっとりとした髪が眼にかかっている。表情は変わらないがどことなくさっぱりしている。ただ、髪が乾くまでは煩わしいことはある。

 服装は緑のチェックシャツ。それに短めなスカート。胸元には大きなリボン。幻想郷の服装に似ているがどことなく違う。かぼちゃスカートは穿いていない。あれを着ていると街中を歩くときに恥ずかしいのだ。

 

 残りの二人はチルノとルーミアである。チルノは青いワンピースを着ている。シンプルなものだが、腰をくるっと巻いた大きなリボンが愛らしい。ルーミアは紺のワンピースであるが首元が白く、細いボウタイが巻かれている。よく見るとスカートの裾はレースで、少し動くとそれが揺れてお洒落である。自分で選んだのかもしれない。

 余談ではあるが、どちらの服も古明地 さとりと同じ店で買っている。

 

「衣玖」

 

 こころが口を開く。衣玖はすっと眼を閉じて、思案する。この場における最適解は何かを考えているのだ。それは数秒の内に答えを得る事が出来た。

 

「ごはん」

 

 そのこころの声にくるっと振り向く衣玖。彼女の眼がキラんと光るが表情はこころの様に変わらない。傍から見れば冷静沈着な落ち着いた女性である。

 彼女はこころが次に何かを言う前に言った。

 

「こころさん。今日はピザを取りましょう」

「えっ? ぴ……ざ?」

 

 こころは一歩下がった。それから言う。

 

「まじか」

 

 呆然と言うこころ。まさかこんな朝早くから「ピザ」を食べられるとは夢にも思わなかった。今日は何か祝い事があったかと思っても何もない。いつも通りの朝であるはずなのに、嬉しくてたまらない。こころは無表情でふふーと鼻を鳴らす。彼女はチルノ達を振り向いてガッツポーズをした。

 

「ピザだっ! 朝御飯にピザを食べられるっ!!」

「な、なんですって! あ、あの丸いあれを? まじか!」

 

 チルノはこころと同じように興奮して同じように反応する。ルーミアも「そ、そうなのかっ!?」といつもとは違うニュアンスで言う。三人はそれぞれ眼をきらきらと輝かせた。チルノに至っては「全部食べていいの!?」と凄まじい発言をする。

 

 それもそうだろう現代のピザは高い。特に文化的にピザを食さない日本では値段が高騰している。だからボロアパートに住んでいるチルノとルーミアが「ピザ」を食べたことは過去で一度しかない。一枚頼んで、一枚の紙幣と引き換えになるからだ。

 

 その時には一枚のピザを子供は二切れずつ、大人は一切れずつで分け合って食べた。人数を考えれば分け前の少なさがわかるだろう。最終的にチルノが三切れ目に手を出して「霊夢・チルノ戦争」が勃発した。醜い争いである。

 

 ただ、それだけうまかったのであろう。質素な食事を続けているとファーストフードの「わかりやすい味」はとても美味に感じる。サクサクの生地に、とろとろのチーズ。それにベーコンなどのトッピング。考えただけでこころを初めとした三人の涎が止まらない。

 

 衣玖は炊飯ジャーをちらっと見て。ほっと胸をなでおろした。どうやらこの場を問題なく治める最適解を導き出せたようである。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 衣玖はとりあえず近くにあるピザ屋のチラシを何枚か取り出した。「ピザラ」や「ピーザ・ブラック」や「オセロ・ピザ」などである。どれに頼んでも電話一本で来てくれるので衣玖としてはどれでもよかった。だから選ぶのは他の三人に任せたのだ。

 

 こころを中心にリビングで三人の少女がピザを選んでいる。メニューには数多くのピザの写真が載っている。エビやカニなどの海産物を中心とした物、スタンダードにサラミを載せたシンプルな物。それ以外にも野菜とお肉がたっぷりと載っている物などなど、見ているだけで食欲が湧いてくる。

 

 事実チルノのお腹が鳴っている。彼女は自分の取り分を頭で夢想しつつ、ルーミアの分をどうやって減らすかを考えている。「あっUFO」と言えばアホなルーミアは簡単に騙されるだろうと、巧妙な策を練る。

 

 そんなことをチルノが考えているとルーミアが「シーフードがいいわっ!」と手をはーいと上げて主張したので、半分はそれになった。半分というのは一枚のピザをに上下半分ずつトッピングを変えることができるからだ。一枚で二種類の味が楽しめるという形もある種の企業努力かもしれない。

 

「しー、ふーど??」

 

 チルノは顎に手を当てて言う。明らかに意味が分かっていない。ルーミはにこっと笑って説明してあげる。

 

「すごくおいしいやつよっ」

「お腹減った!」

 

 おいしいという単語を聞いただけでチルノは堪らない。それこそさっきまで考えていたことは全て忘れた。上に何が載っていようがどうでもいい。究極的に言えばもっとも幸せな食癖であろう。

 チルノの「お腹が減ったという」のは全くの本音である。そうやってチルノが涎を垂らしながらおなかを抑えていると、見えないところでルーミアがペロっと舌を出して、あっかんべーとチルノにする。大体チルノがどういう思考をするかわかっているらしい。

 結果だけを見ればルーミアはチルノをどうでもいいことで煙に巻いて、自分の主張を無条件で通したと言える。後の半分はこころがスタンダードの物を選んだ。何故かというとそれが好きだからである。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 30分して届いたピザの箱はリビングのテーブルに置かれた。それを囲むようにこころとルーミア、それにチルノが座っている。少し離れて衣玖が見ていた。

 箱は六角形。表面には店のロゴが書かれているが、蓋を閉めた状態でもどことなく良い香りが漂ってくる。チルノが飛び出そうとして、こころが「どうどう」と言いながら抑え込む。ルーミアの眼は真剣そのものであるのだが、口元がにやけていて少女らしい。

 

 

 とりあえずこころが蓋を持って開けると。一枚のピザが中に閉じ込められていて、暖かい空気と共に現れた。焦げ目のわずかについた生地に、半分はエビやカニがマヨネーズとともにトッピングされていて半分はとろけたチーズにサラミやピーマンきのこ何かがトッピングされている。

 

「お、おおお」

 

 チルノが何故かガッツポーズをして目をキラキラと輝かせる。いい匂いに小さな鼻がくんくんと動く。すっと出して手を誰も止めない。彼女はピザの一切れを掴んで持ち上げる。

 

 チルノの腕が上がるままに、チーズが伸びていく。それを覗き込むこころとルーミア。物珍しいと思うのは、普段は金銭的なことで食べられないからだ。

 

 チルノぱくりと齧り付く。大口を開けて、ピザの一切れのほとんどを口に入れた。ピザは配達する間に食べられる程度には冷えている。それは「ちょうどいい」熱さであった。

 

 口に広がるのはチーズの味。チルノのほっぺたが上下に動いて、はむはむと食べる。

 どことなく満足げな顔をしているのは堪能しているのであろう。彼女は良く噛んでから、ごくりと食べて言う。

 

「ウメェ!」

 

 何を食べても最終的にチルノはそういうが、その一言でこころとルーミアも生唾を飲んだ。あまりにチルノがおいしそうに食べるから、早く食べたくなってしまう。

 

 ルーミアはペロッと唇を嘗めてから、自分で頼んだシーフードピザを手に取った。エビが上から落ちないように両手で持って、ガブリと噛みつく。噛むとエビの歯ごたえ。じゅわと広がる赤身エビの味。

 

「……」

 

 ほっぺたが落ちそうである。ルーミアは頬を紅くして、眼をとろんとさせる。普段見せないような顔である。もちろんさとりのご飯も美味しいのであるが、野菜中心の食生活はどうかと思う。カレーにも肉がないのは普通である。

 

 こころは二刀流であった。片手、片手にスタンダードのピザとシーフードのピザを持ったのだ。

 

「おおたに」

 

 何か言うこころ。チルノもルーミアも意味が分からないが、二切れ一気に取られたことに戦慄した。二人の少女の眼がぎょろっと動いてこころを見る。

 

「こころっ! それはずるいわ」

 

 チルノはがたっと立ち上がってこころを指さす。だが当のこころ「ふっふっふ」と無表情で不敵に笑い、かぶりかぶりと二切れそれぞれに噛みついた。それからリスの様に頬を動かして食べる。

 

 にこりともせずに夢中でこころは咀嚼する。チルノとルーミアの唖然とする表情を勝者の余裕というべきか、全く動じずこころは見返す。ごくんと食べて言う。

 

「うまい」

 

 短く感想を言いつつ、さらに二切れのピザを手に取る。それにさあと青くなったのは二人の少女である。彼女達も負けじと食べ始めた。

 

 

 それを見ながら衣玖は思う。

 

「食べられそうにはありませんね」

 

 別にいいのだ。彼女はピザを頼むついでにピザ屋のやっている「お好み焼き」を頼んでいる。それは隠しておいたので、後で食べればよい。だから彼女は同じく頼んでおいた缶のコケコーラを飲む。少し身を引いて胸を張って飲む。

 

 お腹いっぱいになりそうだった。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「ごめんくださ~い」

 

 のんびりした声がリサイクルショップに響く。お客であろう、衣玖はこころに接客を頼もうと思ったがピザを口に入れたまま、チルノにプロレスを挑まれている。今は無理だろう。だから衣玖はとりあえず立ち上がって店に向かった。

 

 

 店の前にはよれよれのスーツを来た少女がいた。カッターシャツもよれている。ただ、衣玖を見た瞬間に歯を見せて笑った表情は、その少女の魅力をそれだけで表している。

 

 髪は白く長い、リボンは赤い。藤原 妹紅である。何でも屋みたいなことを地域限定で行っている彼女がなんの用で来たのか、衣玖には見当もつかない。ただ挨拶はする。何度か来ているので面識はある。いや幻想郷の少女のだいたいはリサイクルショップに来たことがる。花の妖怪は除く。

 

「いらっしゃいませ。もこおさん」

「妹紅よ」

 

 くっくと笑う妹紅。衣玖の言う名前のイントネーションが可笑しくてつい笑ってしまう。それだけで笑顔になれる。彼女は店内を見回して、衣玖に近づいてくる。どことなく猫背である。

 

「今日はちょっとした物を買いに来たのよ」

「それはどうも、何をお探しなのですか?

「バケツが幾つか欲しいわ」

 

 妹紅は店内をてきとうに物色して、良さげなバケツをてきとうに手に取った。あまり品定めはしていない。衣玖は何に使うのかはめんどくさいので聞かなかった。だから妹紅が聞いた。

 

「おいくらかしら?」

「そうですね、それは……そんなに良い物でもなさそうなので差し上げます」

「えっ、そう? それでいいの?」

 

 くすくす笑う妹紅。ただ「悪いからいい値でかうわ」と付け加えた。仕方ないので衣玖は。

 

「では、ひゃくまん」

「高い。もう少し安く」

「あら。ではもう少しお安くして……じゅう……えん?」

「安い。もっと高く」

 

 なかなか交渉がまとまらない。衣玖は商売など殆ど興味がない。妹紅はタダでもらう気はない。だから話は平行線になってしまう。面白いのは双方とも利益には全く頓着していないことであろう。

 

 あーだこーだ言い合っているうちに。衣玖と妹紅は座って世間話をしながら、価格交渉を進めた。時に億単位の価格が提示される。株価が上がった下がったと世の中では大騒ぎするがこのリサイクルショップのバケツ相場はさらにめまぐるしい。

 

 しかし、衣玖が「では」とこういう。

 

「八百円で如何でしょう」

 

 ぱんと妹紅は膝を叩いた。

 

「買った! なかなか妥当なお値段ね」

 

 妹紅は価格に満足しつつ、財布から八百円ちょうど取り出す。何枚かの小銭を衣玖につかませた。衣玖はお礼をいいつつ、レシートを取り出す為にレジに向かった。その時、ちょうどチルノが店に顔を出してきた。手にはピザ屋の箱を持っている。

 

「あ! カッパノテサキだ」

 

 チルノは妹紅を指さす。妹紅は妹紅で苦笑しつつ。

 

「ああ、巫女のところの妖精じゃない。しかし、河童の手先とはひどいなあ」

 

 と言いつつも全然ひどいと感じていないようだった。チルノも別に深く思っての言葉ではない。だから妹紅は話を変えた。

 

「朝ごはんにピザ? 豪勢ね」

「ちがうわ! あたい、なんか奥の方でお好み焼きを発掘したのよ!」

「発掘? それはそれは」

 

 くすくす笑う妹紅は事情をしらない。レジを打ちながら衣玖の眼が見開かれて、チルノを見る。よくよく見ると「ピザ屋の箱」であるが、中身はピザではない。チルノの手にあるのは「お好み焼き」である。

 

 チルノは手でお好み焼きを掬い取り口に運んでいる。青のりが顔に張り付いて、ソースが顔についている。衣玖はお腹を押さえて、空腹を思い出したがどうしようもない。

 妹紅はチルノの喰いっぷりにさらに苦笑しつつ、あっと思い出したように言った。

 

「ごはんが終わったら、神社に遊びに来るといいわ。楽しいこともあるかもね」

 

 言って、立ち上がる。手にはバケツがある。

 

「それじゃ、私はそろそろ行くわ。バケツ、ありがとう」

「おう!」

 

 何故か威張っているチルノに軽く頭を下げてから妹紅はお店から出ていく。衣玖はその後ろ姿をみつつ、どうしようかと考えていた。何故か耳元には蝉の声がとてもクリアに聞こえてくる。お腹が減っているからかもしれない。

 

 


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