東方Project  ―人生楽じゃなし―   作:ほりぃー

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みなみっちゃんめいん。彼女が悪い。ほりは悪くない


17話B

 旅館の一室で村紗 水蜜は目を覚ました。ぼけた視界がだんだんと光を帯びていく。彼女は布団の中でもそもそと動き、身を起こした。少し緩んだ浴衣から肩が見える。自然なしぐさで水蜜はそれを直す。

 

 首をこきこき鳴らしながらあたりを見るとほとんど誰も起きていない。並んだ布団にはそれぞれ少女たちが寝息を立てている。水蜜の横にいるのは青い髪をした一輪だった。彼女は寝ているときもまじめな顔をしている。ほかにこの部屋にいるのは河童数人と毘沙門天、ねずみである。聖もいたが流石にもう起きているらしい。布団がきちんとたたまれている。

 

 部屋の端っこにはねずみが転がっている。畳に顔からつっぷつして、お尻を突き出した奇妙な体勢をしていた。寝相が悪いなあと水蜜は思うのだが、まさか本当は寝相の悪いご主人に蹴り飛ばされたからこうなっているとは思わない。その寅丸は布団をかぶって寝ている。

 

「あっ早く起きすぎた」

 

 そこで気がついた。水蜜が部屋の置時計を見るとまだ時間は5時をまわったばかり、座敷の窓からは明るい光の入ってくる夏の朝。普段の水密ならばまだまだ起きていない。いつもならばお昼前までぎりぎりを攻めている。

 

 一輪はたいてい朝早くに起きているが今日はさすがに疲れたらしい。よく見るとうっすら笑っているから現実逃避に見えないこともない。たまに「んん」といいながら寝返りを打つ。水蜜はふうと息を吐いてころんと横になった。まだ誰も起きていないのであれば自分がおきる理由はない。聖はいないが同じ時間に起きる気はない。

 

 ただしそう思うと眠れない。昨日は働き詰めだったことを考えれば体が休息を求めてもおかしくはないはずであるが、肉体的には若いのであろう。体が妙に軽く、目が冴えている。水蜜はまた起きてから、少し考える。

 

 少々汗で体がべとつく。時間でいえば数時間前に風呂に入ったばかりなのであるが、水蜜は気持ち悪さを感じた。そしてどうせ眠れそうにはない。だから彼女は四つんばいでのそのそと動き出して部屋の隅にあるビニール袋をあさった。そして手に取ったのは昨日着ていたスポーツタイプの水着である。

 

「どうせお風呂に入れば着ますしね……」

 

 大きくあくびをしながら水蜜は独り言を言った。それに昨日の聖との会話から不穏なものを感じる。一輪のような水着を着せられてはたまらない。だから先に持っている物を着てしまおうという打算が彼女にはある。

 水蜜は立ち上がって部屋を出て行く。がちゃりとドアが閉められたと同時に、その瞬間に部屋に寝ていた河童たちの目がカッと開かれた。

 

 

 ☆★☆★

 

 朝お大浴場にはだれもいなかった。水蜜は貸切のような気分で気分よさげに体を洗う。並んだ洗面台も一人しかいない。彼女はバスチェアーに腰掛けてごしごしと体をタオルでこする。ボディソープをたっぷりとつけているから泡がいっぱいでる。

 洗い終えると彼女はシャワーではなく、お湯をためておいた桶を頭の上でひっくり返した。それで体中を洗い流せるというのだ。これは好みであろう。シャワーの方が使い勝手は良いはずである。しかし、水蜜は満足げにぷるぷると頭を振って水滴を飛ばす。汗が流れて気持ちいいと感じていた。

 

 体を洗ってからこれまた貸切の湯船に入る。水蜜はこのあと地獄が待っているとは知らずにご機嫌である。脱衣所にうごめく影に彼女は気が付けない。

 

「ああ」

 

 朝風呂。それは夜の疲れたときの風呂と別の爽快感のあるものである。水蜜は一番乗りでそれを堪能することができた。そもそも昨日の彼女は日焼けが痛くてまともに湯船に入ることはできなかったのだ。今日ももちろん痛いが、慣れと一眠りで多少緩和されている。

 

 それでも体がぴりぴりする。

 水蜜は大浴場の天井を見上げながら、一人でぼけえと口をあけてリラックスしている。黒髪に水が滴り、目を細く開けている。大浴場には外の露天とつながる入り口があるから電気がなくても明るい。

 水蜜は肩まで湯にはいって、お風呂の水面がきらきらと光るのを見ている。何か思案しているのではない。何も考えないでいいと楽なのだ。ただ、現在彼女はせまりきている危機には無頓着であった。

 

「今日の朝ごはんは何でしょう……」

 

 誰に聞くでもなくいう。昨日のハンバーグはおいしかった。作ってくれたのが多少なりとも因縁のある旧地獄の管理者だったがおいしいものはおいしかった。親しく話したわけでもないがさとりとは少し打ち解けられたような気もする。

 ハンバーグについては肉類ではなく「豆」で作られていたが、その点に水蜜はあまり関心はない。彼女は一応、仏門の一派であるが、別に宗教を信じているのではない。「聖 白蓮」を信じているのだ。聖が信じているから信じているのであって、仏教を信じているから聖とも「ウマが合う」のではない。

 それはそうと水蜜はぼわんと想像を膨らませていた。

 

「神戸牛っておいしいんでしょうか?」

 

 じゅるりと唾液の音を出して水蜜は夢想する。肉絶ちをしていなかったら彼女は居酒屋などに入り浸るかもしれない。ただ、仏門の正式な使いであるはずのナズーリンはねずみよろしく隠れて何でも食べている節がある。涼しい顔して実は食いしん坊なのだ。

 水蜜はあわてて腕で口をぬぐった。流石に自分でも情けない顔をしていたと思ったのだろう。ただ、おいしい物を食べたいという欲求などは消えない。煩悩と言うべきであろう。

 お風呂の中でおへそのあたりを水蜜は押さえる。なんだか空腹感が増してきた。仕方ないので部屋に備え付けられているお菓子でも食べてすごそうと湯船からあがった。そして昨日と同じようにタイルをぺたぺたと歩いて脱衣所に向かう。今度は迷い込まない。

 

 そして脱衣所について水蜜はバスタオルで頭をごしごし拭いてから、念入りに体をぬぐう。水着に着替えた上で湿っていたら気持ちが悪いからだろう、彼女はなにも知らずに鼻歌を歌いながら水着を取る。

 

 淡いグリーンのトップスを水蜜は手に取る。

 

「?」

 

 間違えたかなと脱衣籠に戻す。見れば昨日着ていた水着がない、しかも浴衣すらも消えうせている。残っているのはさっき持ったグリーンのトップスとこれまた淡いグリーンのボトム(パンツ) それに明るい緑の短いスカートが入っている。あとは腕につけるシュシュである。

 

「あ、ああ」

 

 そこで水蜜は気がついた。明らかにすりかえられている。わずかに湯船にいた時間。その間に何者(河童) かによるすり替えが行われたのだ。おそらく昨日のうちに聖の話が「実行者」に行っていたに違いない。

 

「しまったぁ……油断しました……」

 

 水蜜は先手を取られる形になった。水着を着てしまえばこっちのものだと彼女は考えたが、着ることすらもできなかったのである。それどころか着なければ全裸である。選択の余地すらもない。 

 かくんと肩を落としてしぶしぶ水蜜は水着を着始める。ただ、まだこの時点で彼女は重大なことには気が付いていない。だから何も考えずにボトムを太腿に通して穿く、そしてトップスも来た。

 

 上下とも淡いグリーンのビキニである。水蜜は少し顔を赤らめて、両肩を抱くように手で体を隠す。これで一日中浜辺を練り歩くと考えると、とても恥ずかしい。しかも妙にボトムが小さい。ただこれには理由がある。

 

 一輪とは違って明るい色のスカートが入っていた。水蜜は少しほっとしてそれも穿く。それでもわからない物が入っている。シュシュが二つ入っている。これは腕やまたは髪留めとして使う装飾具なのだが水蜜にはわからない。

 

「これは……何ですかね?」

 

 水蜜はうーんと見る。シュシュとはドーナツ状の飾りである。水蜜は伸ばしてみると、伸びるのでゴムだとは分かった。ただ使い方が分からない。

 

「髪?……」

 

 とりあえず二つとも黒髪を左右で挟んでみる。二つ結びになった。使い方としては間違っていない。水蜜はそれでよしと思って、脱衣所にある姿見の前に立ってみた。

 

 黒髪の少女が可愛らしく二つ結びにして、グリーンのトップスに明るい色のスカートを穿いている。水蜜はそれをじっと見てから、スカートの裾をぎゅっと握った。妙に着飾った姿、昨日に比べて肌色の多い恰好。そもそもトップスからスカートまでは健康的な肌をそのまま見せている。おへそは小さい。

 無意識に水蜜はお腹を隠す。両腕でお腹を隠すと、前屈みになる。そして無言である。

 水蜜はすすっと鏡の前からどいて、髪のシュシュを取った。そして右腕に両方付ける。ダブルで右腕だけに付けたのはあまり気取っていないという精一杯の主張なのだろうか。

 

「な、なんで一輪は平気なんですか……」

 

 言うが、一輪は平気なのではない。仏門のお経を無限に心に唱えることで耐え抜いているのだ。その点で言えば水蜜は修行が足りないのであろう。永い時間旧地獄に押し込められていて、外に出るなんて殆どなかった彼女だからこそ、この格好が恥ずかしい。

 

「と、とりあえず。部屋に。はっ!?」

 

 そこでやっと気が付いた。浴衣がないのである。つまり上に着ていくものなど何もない。だから水蜜はがたがたと震えだした。浜辺を水着で泳ぐのではない。旅館のエントランスを水着で通り、階段を上がり部屋までいかなければならない。

 

 水蜜の眼が泳ぐ。考えるだに恐ろしい。しかもおそらくであるが河……犯人たちはこの状況を考えて浴衣も回収したに決まっている。いたずらかそれとも他に何か目的があるかはわからない。

 

 水蜜は脱衣所の出口にふらふらと歩いていく。水着着たまま地獄への門をくぐらなければならない。ある意味着ているからましともいえるし、逆にそれだからこそ恥ずかしいともいえる。

 

 しばらく彼女は立っていた。顔は深刻である。青くすればいいのか赤くすればいいのかわからない。この可愛い船幽霊はいつもぞんざいで、なんとなく気だるげな態度をしている。他人に対しては律儀で礼儀正しい一面もある。

 ただ、それでも女の子であるらしい。

 

「よ、よし。行きますか」

 

 恥ずかしげにしながら水蜜は脱衣所を出ていく。目指す部屋は二階。エントランスの階段を上がってすぐの簡単な仕事である。

 

 ☆☆☆

 

 体をひんやりした風が撫でていく。お風呂場から出ると風の冷たさが身に染みる。そもそもホカホカの体に水着を着ている時点でかなり変でもある。水蜜はそんなどうでもいいことを考えながら思考を紛らわしている。

 廊下をびくびくと歩いていく。曲がり角からちょっと顔を出して、先を伺って進む。何をしているのだろうとこいしは思ったが、声をかけるのはやめた。

 

「よ、よし。だれもいないようですね」

 

 水蜜はおっかなびっくり進む。ぱたぱたとスリッパが歩くたびになる。左右の部屋の中には他の宿泊客がいるはずなので、いつ出てくるのかわからない。ちょっと物音がすると。

 

「ひっ」

 

 びくっと身をちぢこませて水蜜はおびえる。それから誰もこないと分かるとふうと息を吐く。どきどきしているのが自分でもわかる。水蜜はとととっと早足で廊下を過ぎていく。音を鳴らさないように廊下を行く。

 

 幸いエントランスには問題なくついた。旅館のエントランスは小さなカウンターと待合室がある程度なのであるが、彼女は運が悪かった。ここのカウンター横の階段を上らないと上階へ行けないのだ。

 

「おまえらならべー」

 

 ガタイの大きな野球のユニフォームを着た少年が言う。その周りには同じ姿の少年少女達がいた。

 つまり少年野球団が陣取っていた。ただしエントランスの端に整列しているので邪魔にはならない様になっている。おそらく保護者兼引率者がしっかりと指導しているからであろう。しかしどんなに良い子達であろうと水蜜にはクライシスである。

 

 少年野球団は二十人程度はいるだろう。要するにエントランスを水蜜が強行突破すればそれだけの少年たちに目撃されるのだ。まだ六時前であるから、他の宿泊客の姿はない。それだけは救いであろう。

 

 廊下の角でへなへなと水蜜はへたり込む。このままでは恥ずかしすぎてもう一度くらい死ぬ。しかも多勢に無勢、多少の小細工ではどうあがいても強行突破は無理であろう。水蜜は泣きそうになってきた。

 膝を抱え込むように座る水蜜。ぶつぶつと念仏を唱え始めている。精神的においやられているらしい。打開策がない時の仏頼みである。

 

「みなさん。それでは出発します」

 

 その念仏が届いたわけでもないが仏は意外と近くにいた。正確に言えば違うが、少年たちの傍に閻魔王こと四季 映姫は近づいてきた。手には何かのバインダーを持っている、少年たちのデータであろう。彼女はちらりと水蜜のいる角を見て言う。

 

「さて、みなさん。あまりここにいると他の宿泊客の方々にご迷惑がかかります。外で整列して、グランドまでランニングです。よろしいですね」

「「はいっ!」」

「声は小さく。それではいきますよ」

 

 映姫はいうがはやいか旅館から少年野球団を出発させる。自分は最後に行くつもりか入り口の前で最後の子供が出るまで見守っている。時折ちらりと廊下の角を見るが、何かを見ているのだろうか。

 少年たちの後ろからこいしが混ざって出ていこうとするので映姫は首の後ろの襟を抑えて止める。ぶうぶういう彼女を軽く説教して部屋に返す。

 

「全員出ましたね。エントランスにはだれもいません」

 

 映姫は最後に「確認するように」行って。自分も出ていく。まるで誰かに伝えているかのようであった。

 

 

 

 少年たちが出て行ってから水蜜はエントランスにおずおずと出てくる。なんだか配慮された気もしないではない。ただ、気が付かれていると思うと恥ずかしいので考えることをやめた。

 

「こ、これで帰れそうですね」

 

 部屋の方向を見る。水蜜は希望に満ちた顔をしつつ、階段に向かって掛けだした。もう一気に行ってしまいたい。カウンターには「呼び鈴」があるだけで今は誰もいない。細い手を振って走る。

 

「ふああ」

 

 階段に差し掛かったところで一輪が降りてきた。水蜜は階段に上らず、ユーターンした。廊下の角に逆戻りしたのである。一輪はとてとてとスリッパで階段を下りてくる。

 

 別にばれてもよさそうに見えるが、水蜜は昨日、一輪の姿をちゃかしていたからそうもできない。どちらかというと同僚にばれる方が恥ずかしいこともある。

 そんなことは知らない一輪は浴衣姿のままエントランスに来た。今日も一日が始まるんだなあと思っているのか、旅館の入り口から見える「外」をじっと見ている。彼女は両手でぱちんとほっぺたを叩いて気合を入れる。

 

「よし、今日も頑張ろう!」

(いいから、そこをどいてください)

 

 真面目に気合を入れる一輪に心からお願いする水蜜。一輪は元気を出そうがどうでもいいので、とりあえずどいてもらいたい。しかし、水蜜は思った。確かに一輪に今の状況をばれたくはないが、それでもさっさと戻らないととんでもなく恥ずかしい目に合う気がする。

 

(ここは恥を忍んで……でも。行くべきなのですか、ね)

 

 ちりーん。と音がする。一輪がカウンターの呼び鈴を鳴らしたのだ。

 

(え? え)

 

 水蜜はきょとんとした。一輪はカウンタ―にいつの間にかいる。店員を呼んだのだ。控室からよりによって男性店員がでてくる。柔和な顔をした彼に一輪は彼にこういった。

 

「部屋のお茶を替えたいのですが、どうすればいいですか?」

「ああ、それでしたら」

 

 朝の何気ない会話を聞きながら水着姿の水蜜は廊下の角で膝を抱え込んだ。どうでもいいことで店員を召喚した一輪へぶつぶつと念仏を唱え始めた。しかし、彼女は一輪を恨みに思っている暇はない。そもそも現在大きな目線で見ればピンチなのは一輪である。このビーチは後数時間で彼女のことを知ることになるのだから。

 

 しかし水蜜には男性の笑い声が聞こえてくる。しかも背後からである。風呂場がある方向からと考えれば水蜜は挟み撃ちにされている。

 

「えっ? ええ」

 

 どうしよう、水蜜は狼狽した。

 

 

 




おまけ<とある手記抜粋>


・今日は天狗を斬り損ねた。あの腹黒い天狗だけは生かしておくわけにはいかない。
・新曲ができた。
・こんどストームのメンバーと共演すると聞いたが、どういう意味だろうか
・天狗斬る
・幸子とかいう人と口論になったが。泣かせてしまった。反省。
・ポスターなんていらないと思う。

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