東方Project  ―人生楽じゃなし―   作:ほりぃー

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18話 B

 

 旅館の窓から入る朝日。室内を明るく照らしている。

 遠くには蝉の声。門から出れば丘の上の旅館だから、海が見える。きらきらと光る水面が見る者の心を惹きつけてくれるだろう。そんな清々しい朝のことであった。

 

 早朝の旅館、その受付で青色の髪をした少女が世間話をしている。相手は旅館の店員である。少女はもちろん、使うべき入道がいない「入道使い」である雲居 一輪である。彼女は屋で使うべきお茶葉が無くなったのでもらいに来たのだ。人数が多すぎるからだろう。

 

「へえ、ここで使っているお茶は嵯峨のものなんですか」

「ええ、佐賀の嬉野茶ですよ」

 

 微妙にかみ合っていない会話を店員としつつ一輪はへえと頷く。とはいっても別になんてことない会話である。数分もかからない他愛のないものだ。平和そのものといっていいだろう。

 だから雲居 一輪はこんな気持ちのいい朝に現在進行形で進んでいる自分の不幸には全く気付くこともなく、また同僚が近くで隠れていることにもさらさら気が付かずにいた。

 

 (いちりん。はやくどっかにいってください)

 

 曲がり角から少しだけ顔を出した船長がいる。村紗 水蜜である。彼女はもじもじしながら、汗をかいていた。何でかなどとは説明の必要もないだろう。旅館の廊下で水着、そんな異常な状況に彼女は置かれている。上下とも淡い緑のビキニタイプにスカート、海で着ていれば可愛らしいだろう。ここで着ていると可愛そうだった。

 しかも水蜜の後ろから聞こえてくる笑い声。おそらく彼女とは関係のない旅館の宿泊客の声だろう。男性の者であるが、朗らかに笑い話をしている。こんなよい場所に来て、湿っぽい声を出すはずもないし、少し廊下を歩けば水着の少女がいるとか思うはずもない。

 

「ぎぎぎ」

 

 水蜜は歯を食いしばって一生懸命に焦燥をかみ殺す。漫画で覚えた台詞が気付かず出たが気にならない。手にじんわりと汗がにじむ。前に出ることもできず、後ろに行くこともできはしない。息が乱れてくる。

 前門の一輪、後門の他人。ある意味ではどちらも対して変わらないであろう選択肢を彼女は与えられている。どっちに水着姿で徘徊しているところを見られても恥ずかしいが、一輪には店員というおまけもいる。

 というかそもそも一輪が会話をさっさと切り上げてしまえば解決するのだが、彼女は気が付かず世間話を続けている。今はお茶の産地の話から、この海辺の町の話になった。

 

「私の暮らしていたところは海が見えないところだったから、とてもいい場所だなぁと思いますね」

 

 にこやかに一輪は店員に言う。嬉しそうに言うものだから、店員も「そうですか」と嬉しそうに返す。そして物陰の水蜜は「は、はは」と小声で笑うしかない。恨めしくて仕方がないのだ、とっととどこかに行ってほしい。

 

 (いちりん、お願いですから、どっかにきえてください)

 

 焦っている心臓が鳴る。水蜜の心の中で一輪の消却が願われる。余裕がない。だんだんと後方から男性の笑い声が近づいているような気がする。真っ直ぐ向かっているというよりは世間話をしながら少しずつ近づいてきている。

 

 それでもあと一分もないだろう。クライシスである。

 水蜜はぺろっと唇を嘗めた。きらっと眼が光る。ここであきらめるような性格を彼女はしていない。この黒髪の少女はちらっと一輪の様子をうかがって考える。まだ、何か話している。

 

「こ、ここは一か八か……」

 

 受付をダッシュで横切り、階段を駆け上がる。そして部屋まで一直線に走る。そう考えた水蜜だが、このプランではどうあがいても一輪と店員に見つかるだろう。想像するだに恥ずかしい。

 かといっても時間はない。水蜜は左胸を手で押さえる。彼女は覚悟を決めるようにすう、はあと呼吸を整える。どうせどうにもならないであれば、駆け昇るべきなのかもしれない。

 

 水蜜は飛び出すタイミングを測ろうと物陰から顔を出した。受付、ソファーとテーブルの置かれた待合のスペースと漫画などの置かれた棚、玄関、そして部屋に戻る階段。水蜜はそれらを眼だけを動かして見る、一輪と店員以外いないか確認したかったのだ。

 現実は非情であるようだ。

 階段から誰か降りてくる。灰色の髪の背の低い女の子である。シャツを着て、半ズボンを穿いている。ナズーリンである。すでに浴衣から着替えているらしい。

 

「こ、こんな時にぃ」

 

 泣きそうになる水蜜。階段をとと、と軽快に降りてくるネズミは一輪達をちらっと見て少しだけ眼を見開く。彼女は何も言わず、階段を降り切る。あまりに静かに降りたものだから一輪は気が付いていないようだった。

 そのままナズーリンは何故かこそこそと待合スペースに歩く。水蜜は何をやっているのか、見ている。ナズーリンは体をかがめて、ソファーとテーブルの間で身を隠すようにしている。そしてナズーリンはきょろきょろとあたりを見回した。水蜜はとっさに顔を引っ込めるが、本当はこんなことをしている段ではない。

 

 幸いネズミには見つからなかったようだ。水蜜はもう一度顔を出して、ナズーリンを見た。何をやっているのかさっぱりわからない。何で警戒しているのかも意味が分からないだろう。だが、次の瞬間には全てわかった。

 

 待合スペースのテーブルの中央には、木製の容器が置いてある。それには蓋がしてあり、小さいものだ。それをナズーリンは開けた。中には袋入りの飴玉が詰まっている。色とりどりのそれは宿泊客の為に置かれているのだろう。

それをナズーリンはむんずと鷲掴みにする。そして自分のポケットに詰め込んだ。

 

(…………)

 

 見てはいけない物を見た気がする。水蜜は普段、毘沙門天の化身として、かっこつけているネズミの妙な一面をみてしまった。確かにこれは警戒するだろう。ナズーリンは何も気が付かず、飴玉を一つ袋から出して口に入れる。

 何を言わないがもごもごとほっぺたが動いているのが水蜜には見えた。「飴が好きなんだなぁ」と素朴な感想が頭をよぎる。多少呆けている。目の前で知り合いが飴玉を大量にポケットに詰めこむところを見れば、何を言えばいいかわからないだろう。

 余談だがナズーリンは飴玉が好きなのではなく、小柄だがなんでもよく食べる。そのあたりはネズミであろう。やり方もこすい。

 

 水蜜ははっとする。自分は危機なのである。ネズミにかまっている時間などない。

 

「そ、そうだ。……ひっ」

 

 可愛い悲鳴を上げた水蜜の後ろで声がする。無駄な時間をネズミに食わされたせいで危機がすぐそばにまでやってきている。水蜜はびくっと肩を震わせる。いろんな要素が全て彼女の不幸にかかってくる。厄日とはこういう日をいうのだろう。

 進むも地獄。引くも地獄。待っているのも地獄。水蜜はどれかを選ばなければならない。普通の少女ならばその場でうずくまるかもしれない。

水蜜は一瞬だけ下を向いた。そしてふっと眼を閉じる。

 

たしかにどこにいっても地獄だが、彼女は千年近く地獄にいたのだ。

見開いた水蜜の瞳が光る。彼女は意を決してどっと曲がり角から飛び出した。それは一輪側である、つまりはフロントに飛び出したのだ。だが、水蜜は階段には向かわない。そちらは必ず見つかるだろう。

 

一輪が物音に振り向こうとする。

水蜜は駆け抜ける。

ナズーリンが眼を見開く、しまったという表情。

水蜜は玄関のガラスドアを開けて――

 

外に飛び出した。このまま、海まで駆けてしまえば水着でも恥ずかしくはないだろう。それに受付にいた者の中で一輪は気が付いていない。ダメージは最小限に抑えられていた。

 

★★★

 

やっぱり恥ずかしかった。ぺたぺたとコンクリートで舗装された道を走る少女が一人。

勿論、村紗水蜜である。彼女は旅館を飛び出した上で浜辺まで一直線に走ろうとしていた、だが意外と遠い。坂の上の旅館なので、目の前が海なのであるが走るとなると中々近づいてこない。

 

太陽の降りしきる坂を駆ける、水蜜。

水着のスカートを揺らしながら、健康的な姿であるが、横を車が通るたびに速度が落ちる。それにはだしだから、小石が痛い。

 

「……」

 

 普通に恥ずかしい。燦々と光る太陽も、きらきらと輝く海も気にならない。早く浜辺に行きたい。水蜜はへえへえとばて始めても足を止めない。止めると恥ずかしいし、走ってても恥ずかしい。

 途中の電信柱には「ビーチバレー大会やります」と書いたポスター。モデルは青い髪の美人である。水蜜には見る余裕はなかった。

 

 

 そんなこんなでやっとのことで浜辺に付いた時には、二桁以上の人間に目撃されていた。

 水蜜はよろよろとビーチの入り口から、入る。眼前に広がるのはきめ細かい白い砂の浜辺。そして広がる大海原。

 

「……」

 

 水蜜は無言で浜辺に手をついて、息を整える。やっと着いたくらいと思うと、恥ずかしさがすうと消えていく。ここで水着ならば何も恥ずかしいことはない。ただ、彼女は最後の力を振り絞って立ち上がる。

 

「う、うみのいえ」

 

 足が痛い。喉が渇いた。お腹が減った。そう考えると、水蜜は河童の海の家に向かう。すでに汗だくでぜえぜえまだ、息が整わない。できればもう一度眠りたい。

 

 

★★★★★★★★★

 

「こんどはいったい何を始めたの? 霊夢」

「ん?」

 

 霊夢は畳の上で胡坐をかきながら、声のした方へ顔を向ける。そちらは縁側で一人の少女が居た。顔は見えない。ただ、桃色の髪にシニョンキャップを二つ。それだけで霊夢は彼女が誰なのかわかった。

 桃色の髪の少女は手に五角形の薄い木の板を持っている。それはそこまで大きくはない。それに神社では珍しいものでもない。だから霊夢は簡単に答えた。

 

「ああ、絵馬よ」

「それはみればわかるけど……」

 

 絵馬。それはその名の通りに「馬の絵」を描いて神社に奉納する板であった。とはいっても今ではそのようなことをしている物はむしろ少数派だろう。それは現代でも、幻想郷でも変わりはしない。

 今では願い事を書いて、神社に奉納する。あまり説明の必要のないほどありふれた習慣に今ではなっている。ただし、霊夢の神社ではあまりそれをやっていなかった。別に理由はないだろう。そもそも「能」や「祭り」でもしないと人が寄り付かない場所なのだ。

 

「そうじゃなくて、なんで絵馬をほとんどタダにしているのかと思って」

 

 桃色の髪を揺らしながら少女は聞く。ミンミン蝉の音がうるさい。

 霊夢は口を開けて、何かを言おうと思ったが、何故か言葉が出てこない。それもそうだろう、いつ自分は「絵馬」なんて物を神社に置いたのだろう。うまく思い出せない。

 

「…………絵馬ってなんの話だっけ?」

 

 ずるっと縁側で桃色の髪の少女が姿勢を崩す。変なことを言った霊夢に驚いたのだろう。彼女はくるりと振り向いたが、逆に霊夢はぼうと天井を見てしまったから、やはり顔は見えない。声だけは聞こえる。

 

「なんの話って……また、しょうもな……いえ。あなたが儲かるからって人里の材木屋から取り寄せたんじゃない?」

「そうだっけ……?」

「はあ、あんなに張り切って性懲りもなく商売しようとしてたのに……まったく、ほら」

 

 霊夢は気配で桃色の髪の少女が立ち上がったのがわかった。包帯のこすれる音がする。霊夢はゆっくりと視線を彼女に向けると、また桃色の髪の少女は縁側から庭を見ている。立ち上がっていることがさっきとの違いだろう。

 縁側から見える外は、草が少し茂っている。少し目線をあげると、遠く見える入道雲と青い空。太陽の光る、夏の空。

 

 ――そもそも、ここはどこだろう。

 

 霊夢は思った。こんなに間抜けな問いもない。自分の家なのだ。しかし、彼女が深く考えようとして、目の前で立っている少女の声に思考を打ち切られた。

 

「あれを立てたのは霊夢でしょう? なし崩し的に私も手伝ったけど」

 

 桃色の少女は庭の一角を指さす。そこにあったのは二本の柱に支えられた屋根付きの絵馬掛。要するに奉納する絵馬を掛ける場所である。これは霊夢と彼女の手作りであった。だからところどころ稚拙な作りになっている。

 ただ、かかっている絵馬は多い。風が吹くたびに、

 

 カラカラカラカラ

 

 絵馬と絵馬がぶつかって音を立てる。心地良い音。願いを書いた板の音と言えば、少し詩的なのかもしれない。

 

「……」

 

 霊夢は思い出せない。あんなものを作った覚えはな――と思ったところで、彼女はこめかみを抑えた。作ったような気もする。だが、あんなめんどくさいことを工場から帰ってきて作るだろうか、日曜日には寝ころんでいることが多いのだからするわけがない。

 

「……こう、じょう? にちよう?」

 

 霊夢は呟く。意味の分からないことを言った。自分で思ったことなのによくわからないのだ。それに絵馬掛のことも思い出せない。しかし、自分で作ったような気もする。目の前の少女もいやいやながら手伝ってくれたような気もする。

 霊夢はよろよろと立ち上がる。視線を下に向けると、いつも着ている赤白の巫女服が見える。腋は涼しい。彼女はおぼつかない足取りで縁側にいき、とっと飛んで庭に下りた。靴下のままである。だから桃色の髪の少女はぎょっとした。

 

「霊夢!?」

 

 霊夢はふらふらと絵馬掛けに近づいていく。草が音を立てる、気分が悪いわけでもないのに視界がゆがんでいる。彼女ははあ、はあと息を切らしながら、数歩の距離を行く。後ろからはおろおろとする少女がいる。

 

 カラカラカラカラカラカラ

 

 絵馬が鳴る。そもそも神社なんて久しぶりである。

 

 カラカラカラカラカラカラ

 

 絵馬が鳴る。聞き慣れているのは神社にいつもいるからだ。

 霊夢は絵馬掛けに手をついて、息を整える。そして一枚絵馬を持って、見る。そこに描かれているのは「さんじゅつがうまくなりますように」と他愛のない願い事だった。他の物をみると「美味しいものがたべたい」という素朴な願い。

 

 最初はお金を取っていたはずである。ただ、霊夢は今ある絵馬の在庫にはもうお金をかける気はない。何故かは思いだしにくい。霊夢は一枚一枚絵馬を見ていく。そこに答えがあることを彼女は知っているからだ。

 

――足が速くなりたい

――妖怪に会いませんように

――文々。新聞お買い得ですよ 

――雨がふりますように

 

 簡単なお願いが続く。

 

 ――子供が生まれました。感謝いたします

 ――お兄ちゃんが元気になりますように

 ――出世祈願

 

 続く。

 

 ――あの子があちらでは元気でありますように

 ――お兄ちゃんが元気になりますように

 ――父がもとにもどりますように

 

 霊夢は絵馬を離す。カランと持っていた絵馬が、他の絵馬にぶつかって音が鳴る。そこで彼女はなんとなく、自分は絵馬の料金を取らなくなった理由を思い出した。なんとなくなのだ。そう、これだけの文面だけではわからないから、なんとなく。

 霊夢は後ろを振り返る。そこにあるのは、いつも見慣れた神社の姿。

 そこは願いが集まる場所、それを聞くのは神様だが取り次ぐのは巫女の仕事である。

 また風が吹く、カラカラと音が聞こえる。

 霊夢は縁側に立っている桃色の少女が何かを言っているのが聞こえた。

 

「れ……あな……も……」

 

 カラカラカラカラカラと音が聞こえる。作った覚えのない自分で作った絵馬掛で願いが音を鳴らす。

 

★★★

 

 

 水蜜が海の家につくと、奥の座敷席をとある巫女が占領していた。タオルケットを体に駆けて、扇風機からの涼やかな風の中で眠っている。河童と一緒にいた時は、扇風機が置いていなかったから誰かが置いたのだろう。

 

 水蜜は座敷に腰を下ろして、はああと息を吐く。疲れた。朝なのに肉体的にも精神的にも疲れてしまった。元々は海の家に来て、畳に寝そべって休もうと思っていたのだが、黒髪の巫女が居てはそれもできない。

 水蜜は巫女こと博麗 霊夢を見る。いつもは凶暴な彼女もすうすうと寝息を立てている。本当は水蜜がしたかったことであるが、気持ちよさそうに寝ている。それを水蜜は恨めしそうに見て畳の上を這って霊夢に近づく。

 顔を近づけてみるが、霊夢は起きない。

 

「……ふ」

 

 なんだか可愛らしい。水蜜はそう思ってしまう。昔に一度ボコボコにされたとは思えない。しかもそのことをあまり覚えられていなかった。

 

 水蜜は霊夢のほっぺたをやさしく摘まむ。弾力があってモチみたいである。触っていると心地よいが、まだ起きない。だから海小屋で水蜜は調子に乗っていった。うりうりと寝ている霊夢のほっぺたをつねり、ひっぱりと苛めた。それでも水蜜は心の底で霊夢を可愛く思う。元から歳は離れている。

 

「ん、んん?」

 

 霊夢がびくっと震えた。水蜜は「やばい」と顔に出して手を離す。ただ、霊夢が眼を覚ます前に逃げることはできなかった。この巫女は眼をゆっくりと開ける。

 

 霊夢が見上げると、目の前にはキャプテンのぱっちりした青と緑の混ざったきらきらと光る瞳。お互い眼が合う。もちろん霊夢は疑わしげに彼女を睨むが水蜜はとりつくろうようににへっと笑った。

 

「おはようございます」

「……あんた、なにやってんの?」

「……よく眠っているなあ、と思いまして」

「なんだか、頬が痛いんだけど?」

「だ、大丈夫ですか? それは大変ですから、直ぐに冷やすものをもって、ぎゃあ!?」

 

 姑息に水蜜は逃げようとしたが、霊夢はすばやくそのお腹を掴んだ。比喩ではない、霊夢はその手で水蜜のお腹を側面から掴み、指を喰いこませてから握りこんだ。剥き出しの肌には地味だがかなり痛い。そのまま、ぎゅううとお腹のお肉を握る。

 

「いっだだだ?」

 

 水蜜は自分のやったことが数倍になって帰ってきたことを実感しながら、畳の上でのたうちまわった。内臓に響く握撃、それが水蜜には効果抜群だったようである。数秒後にやっと霊夢が手を離すと、彼女はお腹を押さえてうずくまった。

 そんなキャプテンの横で霊夢が体を起こした。頭を掻く。さっきまで変な夢を見ていた気がするが、内容がよく思い出せない。

 

「ねえ、今何時よ?」

「ふえぇ?」

 

 うずくまっている水蜜に対して普通に時間を聞く霊夢。その緑色の水着には「変な奴」くらいにしか感想を持っていないし、のたうち回っていることも割とどうでもいい。逆に水蜜は半泣きになりながら霊夢を見る。冗談じゃなく痛かったらしい。

 

「は、はちじ、くらいじゃないですが」

「八時? そう、プリキュアの時間ね」

 

 妙なことを口走る霊夢。別に見たいわけではない。単にそのイメージが強いのであろう、もう少し早いと「仮面ライダーの時間」と言っていた。ちなみにそれを見ているのは、それぞれ違う。

 

 霊夢はこきこきと首を鳴らす。それからぐうとお腹が鳴るのがわかった。昨日はずっと海の上で働いていて、まともに物を食べていない。ただ、河童が船上でこっそりと食べようとしていたキットカッツは食べた。というよりは奪った。

 

「お腹減ったなぁ」

 

 霊夢はそう言うと、さらにお腹が減った気がしてきた。言葉に出すと実際に体も反応してしまうものなのだろう。しかし、今から何かを作るのはめんどくさい。空腹で調理することはなかなかの拷問である。

 

「それじゃあ霊夢さん。私が作りましょうか?」

 

 霊夢はじろっと声のした方向を見た。直ぐ横である。

そこには痛みから復活した水蜜が畳の上で胡坐をかいて、にやっとしている。別に何か含むところがあるわけではないのだが、どことなく何かを企んでいるようにも見えた。

 霊夢は疑わしげに彼女を見たが、水蜜がどのようなつもりでもなにか作ってくれるのであればとは思った。最悪、何か悪事をするつもりならば埋めてしまえばいい。砂なら浜辺にたくさんある。しかし、霊夢にはそれ以上に心配なこともある。

 

「あんた。料理できるの?」

「あっ! 心外ですね。お寺ではみんないない時に私が作っているのですよ。小傘さんにも好評です!」

「誰よ。それ」

 

 聞いたことない名前を出されて霊夢は言う。ただ、どうやら水蜜には自信はあるらしい。

 

「それじゃあ、お願いしようかしら。早くね」

「は、はい。はきはきしてるなぁ」

 

 水蜜は苦笑しつつ、立ち上がる。

 

「それじゃあキャプテン村紗、特製の料理を持って来ますよ」

 

 自信満々に胸を張る。霊夢は胡散臭げだった。

 

 ★★★

 

 水蜜の料理は数分で終わった。彼女は厨房に行って、片っ端から戸棚や冷蔵庫を開け、とあるものを二つ見つけた。どうせ河童はもっているだろうと思っていたら、案の定である。

 彼女は「それ」をもってお湯を沸かす。これは電気ポッドがあるから楽である。文明の利器だ。ごぽごぽ、お湯を沸かして。ぷしゅーとポッドが蒸気を上げればしたごしらえは終了である。

 

 ぺりぺりーと水蜜は「それ」の蓋を開ける。そして中の「かやく」は入れて「ソース」「あおのり」を取り出して、脇に置く。それからお湯を注いて、三分待つだけだ。その間に水蜜は割り箸を口にくわえて、ぱきっと割る。自分の分である。

 

 カップメン焼きそばUFO(ウホォ) である。パッケージにゴリラの描かれたインスタント食品である。水蜜特製である点を除けば、そこらへんで買える。彼女はそれを二つ作って、霊夢のところまで持って行った。一応、持っていく前にソースで味付けして、箸で麺をほぐしてあげた。

 

「できましたよ。霊夢さん」

「………」

 

 作ってきたものを見て霊夢は胡散臭げな顔をする。何を作って来るのかわからない時にもしたが、今も水蜜は胡散臭い。しかし、当のキャプテンはニコニコとしながら、カップ焼きそばの片方を渡す。霊夢はそれをもらって一応礼を言う。

 

「あんた、これで料理なの?」

「まあまあ。美味しいからいいじゃないですか」

 

 水蜜も座って、手を合わせて「いただきます」という。おそらく白蓮から躾けられているのだろう。ただ、彼女はソースの絡んだ麺を豪快にすする。もぐもぐと頬を動かして、それを噛む。ごっくんと飲み込んで美味しそうに小さく声を出す。

 

 霊夢はお腹が減ってきた。それなので彼女もカップ焼きそばを食べ始めようとしたが、箸がない。それできょろきょろすると、水蜜が「あっ」と声を上げて厨房に行き、ととと戻ってくる。手には割り箸がある。

 

 存外面倒見がよいらしい。

 




おまけ

一方そのころ多々良 小傘は

「すみませーん、店員さーん。試食しているウインナーをくださいな」
「えっ? あなたも幻想郷のようか……ちがうの?」
「ご、ごめんなさい」


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