東方Project  ―人生楽じゃなし―   作:ほりぃー

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あけましておめでとうございます。遅くなってすみません


22話 A

 犬走椛は普段は仏頂面である。

 それは親しい間柄である天狗との交流でもあまり変わりはない。幻想郷でも妖怪の山の見張りをしていたことも原因としてあるだろう。現代風に言うのであれば職業病である。

 

 そんな白髪の少女が鼻歌を歌いながらリラックスできる場所がある。風呂である。

 椛のマンションの浴室は狭い。それでも一人暮らしであるから、全く不足はない。文といい、はたてといい天狗は一人暮らしが多い。それでも椛はちょっと前、知り合いの河童と同居していた。

 

 鼻歌が反響する。窓のないマンションのバスルームである。

 小さな浴槽とタイルの敷き詰められた床。あるのは壁の吸盤に掛けられたボディスポンジとシャンプーなどのボトル。それに曇ったガラス。流石にまだ時間は昼、お湯は張っていない。

 

 椛はバスチェアーに座って、ボディソープを手に取る。すでに頭は濡れているから、洗った後だろう。彼女は壁に掛けてあった。丸いボディスポンジを手に取った。そしてボディソープをそれにかけてにぎにぎ、手で揉む。

 白い泡があふれるように出てくる。そしてこのスポンジには白い犬のキャラクターであるスヌーポーの絵柄が付いている。完全に趣味であった。

 

 ごしごし体を洗う。何故か腕を念入りにスポンジでこすり。手首、腰、胸、肩。あっちこっちスポンジを動かしていく。とりあえず気分に任せて擦るのは癖であろう。そして指に泡をつけて、両手を組んでにぎにぎと擦る。爪は大切である。その時スポンジは両腿を内また気味に組んでその上に載せている。床にスポンジを落とすとそれで洗う気がしなくなるのだ。

 

 椛はそうしてシャワーを手に取るとお湯を出す。ちょっと持ち上げて体の斜め上から胸元辺りに掛ける。泡が落ちていくと、汚れが落ちていくような気になる。気の生であろうが椛は清々しい気分になる。だから風呂は結構好きになっている。

 

「よし、と」

 

 きゅとシャワーのお湯を止めて。ふるふると頭を振る。ぱっぱっと飛んでいく水滴。まるで子犬が体から水気を払っているかの様だ。彼女は意味なく首をこきこきと動かす。彼女は一度息をはく、心なしか満足そうな顔をしている。

 

★☆★

 

 問題は服である。椛はデニムのショートパンツにキャミソールを着て、うむむと唸っていた。祭りに着ていく服が無い。というか、仕事に着ていく服以外は適当に格安で買ってきたものばかりで「Welcome Hell」と描かれた黒いとんちきなシャツくらいしかない

 

「仕事ばかりしていると服がないなぁ。幻想郷で着ていた服は……駄目だな。変人に見られかねない」

 

 彼女のいるのはベッドの上である。シーツにタオルケットくらいしか置いていない夏のベッド。そこに数枚のシャツを並べている。どれを着ていこうか悩んでいるのだが、どれもあまり変わり映えがしない。

 お洒落しようというのではない。単にみっともない服装が嫌なだけである。それには天狗衣装など言語道断である。椛は以前にアパートに住む巫女と教師、それにサトリ妖怪が幻想郷のままの服装で街を歩いているのを目撃したことがあったが、目に焼き付いて離れない。

 

 そもそも、現代にきて数日間は幻想郷の少女達皆が己の服装で過ごしていた。同じ天狗仲間である射命丸文やはたては運のよい方であるが、椛の服装は言い訳のしようがなかった。ある意味過去の悲劇だろう。

 それはともかくとして椛は適当に一枚、シャツを着こんだ。青いストライブのシャツだ。少し物足りない。彼女はふと思い立って、ベッドからジャンプして降りる。そして箪笥をごそごそし始めた。このあたり家に一人でいるときのテンションである。

 

 椛の出したのは明るいグレーのパーカーであった。薄手で夏でも着こめる。

 彼女はそれを着こんで前のファスナーを上げる。胸元からチラリと見える程度のシャツ。ちょっと長い袖に手首が隠れる。まあいいか、と椛は洗面台にスタスタ歩く、そして姿見まで来ると。

 

 くるりと回る。鏡に映っている自分の姿を確認しているのだ。

 椛は一人で顔の角度を変えたり服装に乱れが無いか確認する。とりあえず問題はなさそうだと彼女は思った。本人は地味な服装だと思っているが、どちらかというと短い髪型の彼女がショートパンツにパーカーを着ると「ボーイッシュ」と言っていいのかもしれない。

 

「これでいいか……後は財布と携帯……それに……あ、MOZUKUを予約録画しておくか」

 

 資金よし、連絡手段よし、見たいテレビ番組の録画もよしと椛は準備万端である。彼女は家を出てカギを締めてから。

 

「ガス止めたか……?」

 

 などとのたまいながらカギを開けて家に戻っていった。完全に現代に毒されている。

 

★☆★

 

 椛は道を歩く。照り付ける太陽にアスファルトが焼かれている。

 じりじりと身を焦がすような気温。椛はパーカーの襟を引っ張って少しでも涼しくしようとする。幻想郷ではこんな夏の暑い日には森で寝そべっていた。仕事だとしても幻想郷の山が仕事場だから、そこまで暑くはならない。

 

「この、こんくりーと、とかいうやつを全て剥がせばいいのに……な」

 

 黒い地面に恨み言を述べる。コンクリートで舗装された地面を全て地肌に戻せば、自然が帰ってくるかもしれない。そしてデコボコでガタガタなカーライフも現代人に提供できる。

 愚にもつかぬことを考えながら椛は腕で額の汗をぬぐう。

 みーんみーんと響く蝉の声。

 ちょっと歩いただけで感じる汗の感触。

 椛は部屋に今すぐ戻って、エアコンをつけて寝たいと思っている。存外、最近のエアコンの消費電力は少なく、一日中つけていてもそこまでの請求は来ない。

 

 商店街を抜けて、目指すのは目的の神社である。途中呉服屋のウインドウが眼に入ったが「浴衣か……」と少し羨ましそうにつぶやいただけで通り過ぎてしまった。今は道を急ぐし、財布は軽い。

 いつもは入っていく豪族の軽食屋も通り過ぎていく。

 道を曲がるとリサイクルショップ永江がある。もちろんそこも椛は通り過ぎていこうとしていたのだが、その店を伺う様に電柱の陰に佇む怪しい人影を見つけて思わず声を掛けた。知り合いである。

 

「あれはリサイクルショップの……何をしているんだ」

 

 声に反応して不審者、いや永江 衣玖が振り返った。涼しい顔で椛を見るが、先ほどまでの怪しい行動がうさんくささを醸し出している。そもそも自分の働く店を電柱から覗く行為が怪しい。

 

「おや、天狗の人ですね」

「……犬走 椛だ。それであなたは何をやっているんだ」

「いえ。店に帰ってきているとまずいので」

「誰が?」

「こどもたちと、こころさんが」

「こころ?」

 

 要領を得ない椛は首を傾げる。まさか衣玖がコンビニから逃亡を図っていたなどとは想像もつかないだろう。逃げたはいいが、よく考えれば帰ってくる場所が同じであるので待ち伏せを警戒しているのである。

 

「よくわからないが……私は今から神社にいかないといけないんだ。失礼する」

「ちょっと待ってください」

「うん?」

「私も行って宜しいでしょうか」

 

 そこで椛はちょっと考えたが、文の顔を思い浮かべて配慮する必要なしと結論付けた。数秒のことである。

 

「それは、構わないと思うが……」

「それではお願いします」

 

 するすると物事を進める衣玖に椛は苦笑する。衣玖としては店に帰るのは危険な為、どこかに行きたいだけである。特に神社ならば、木陰が多そうで休めるだろう。彼女のシャツには汗が滲んでいるから、焦げ付くような空の下にいたくはないのだった。

 

 さて、飛んで火に入る夏の衣玖とはこのことであろう。

 彼女達は何も知らずに神社への道を歩き出した。椛は元来は無口だから、黙ったまま並んで歩く。正直言えばそれが椛には「有り難い」。良く知らない相手と喋るような習慣は普通天狗にはない。だからこそ山での閉鎖的な社会を形成しているのだ。

 黒髪の鴉天狗のおかげで誤解されることもあるが、天狗の書く『新聞記事』は元来内輪で楽しむもので、外部に出すことを目的にしていない。つまり、他の種族と交流をするのは天狗の中でも「物好き」である。

 

 衣玖は黙々と歩いている。涼しげな表情を一切崩さない。椛が横顔を見ると素直に綺麗な顔立ちだと思う。この竜宮の使いは椛に合わせて何もしゃべらない。空気を読むのが染みついているのだろう。

 だから、椛が「しゃべりたくなって」しまった。

 

「それにしても暑いな……川で泳ぎたくなるくらいだ」

「それはよさそうですね。それならば、海に行かれてみては如何?」

「海か……テレビで連日見ているが……嫌だな。あんな水着とかいう破廉恥な格好をして泳ぐのは」

 

 寺と神社と教師と地底に椛は喧嘩を売る。もちろん気付かない。衣玖は肯定も否定もしない。

 

「ふふ、ではあなたは幻想郷の川でどんな格好で泳がれるのですか?」

「…………………秘密だ」

 

 ちょっと赤くなって椛は話題を変える。

 

「それにしても幻想郷か。もうまだ一年もたっていないのに、私も知り合いもこの社会になれてしまってきている……逆にそれが恐ろしくなってしまうことがある」

「恐ろしい?」

「帰りたいのは変わらないさ、でもたまに……なんとなく。帰れなくてもなんとでもなるのではないかと思ってしまう。生活は苦しいが、楽しいことも。うん」

 

 椛はそこまで言ってもう一度赤くなった。言うのが恥ずかしいのだろうが、そこで口を紡ぐのは不自然だからとりあえず言い捨てるように声にだした。

 

「ある」

「ふふ」

 

 衣玖は微笑で返す。

 

「住めば都というものかしら? きっとそれは素晴らしいことですわ。でも、それはつまり『住んでいた』場所も都だったことなのかもしれません。家に帰りたくなるのは当然のことでしょう」

「家に帰る……か。そう確かに私にとっては幻想郷が家だからな。問題は帰り方が分からないだけで。うーん」

「来れたのだから帰れますわ」

「……なんだかほっとする言葉だな。でも来た方法も分からないんじゃどうしようもない。気が付いたらここにいたんだ。あなたも同じだろう?」

「そうですね」

「そうですねって。いきなり投げやりになってる……」

 

 椛の口調が崩れてくる。いつも古武士のような言葉遣いをしているが、油断すると女言葉になる。だからこういってしまった。

 

「はあ。貴方みたいに飄々とできたら楽しそうね」

 

 おや、と衣玖は椛を見るが彼女は自分の変化に気がついていない。多少は心を許してくれたらしい。そこで竜宮の使いは以前テレビゲームをする秦こころが口にした言葉を思い出した。

 

――『ちょろい』

 

「ちょろいですわ」

「チョロイ? なにそれ。おかし?」

 

 ふるふると首を横に振る衣玖。彼女はこの言葉を追及されたらまずいと直感した。

 

「それでもこの外の世界に我々が来た理由はなんなのでしょうね?」

「黒幕がいるんだろう。今までの異変の様に」

「あら、断定的ですわね。なら、こちらに来たいと思ったその方は何を求めていたのでしょう」

「ほしいものがあった……?」

「とも限りませんわ。もしかしたら幻想郷を家というあなたとは逆の、そう」

 

 衣玖は空を見ながら、つぶやく。

 

「帰りたかった……? のかもしれません」

「なら、外から来た誰かが黒幕なのか!」

 

 椛ははっとした顔で言うが、衣玖の涼しい表情は、ゆるやかに、微笑に変わって行く。

 

「あくまで仮定の話ですわ。それに幻想郷が本格的に外界と遮断されたのは百年程度……みなさん容疑者といっていいでしょう? あなたも」

「わ、私はちがうぞ。そ、それにあなたも容疑者だろう!? その理屈なら」

「ばれましたか。実はわたくしが黒幕ですわ」

 

 口を開けて驚愕の顔をする椛をくすりとする衣玖。冗談なのだろう。それでからかわれたとわかった椛は憮然とする。それでずんずんと歩いていく。衣玖も一歩遅れて付いていく。大通りに出て、信号を渡って。小道に入る。

 住宅街といっていい場所。道は狭く、左右に家屋が立ち並ぶ。以前鬼の通った道とは少し違う。二人の少女はそこを通っていた。側道はない、前に進むか後ろに戻るかしかできない場所である。

 

 伏兵には格好の場所だった。

 椛は「うん?」と何かを疑問に思って立ち止まる。道の先で仁王立ちしている、青髪の少女が眼に入ったのだ。チルノである。

 いつもと違うのは青い髪を下ろして、花火柄の浴衣を着ていることと、右手に握られた拳銃型の水鉄砲。なぜか背筋が冷たくなるのを椛は感じた。後ろを向くと、無表情の衣玖がそこにいる。彼女はチルノと他の少女をつい数時間前に裏切った女性である。

 

「やられましたわ。まさか貴方がグルだったとは……追い込むことが目的だったようですね」

「な、なんの話だ。と、というかあいつはなんでこんなところにいるんだ」

 

 水分をたっぷりを含んだ濡れ衣をかぶせられて椛は困惑した。そもそもチルノ達とも殆ど面識がないのだから、グルも何もない。だが、目の前のチルノは大きな声で叫んだ。

 

「ここで会ったが百年目よモミジ! かずかずのあくぎょう、桜吹雪の印籠を目玉にいれても許せないわ」

「く、くそ。あいついろいろと勘違いしてる! どうせ文の差し金だろう!!」

「差し歯?」

「さ・し・が・ね!!」

「うるさい! わけわかんないわ! であえーであえー!」

「は、話が通じない……?」

 

 チルノは水鉄砲を片手に突っ込んでくる。言うまでもなくチルノは肚黒天狗の差し金である。椛に一瞬で見抜かれるあたり、普段の所業がわかる。それでも氷の妖精は自分で「であえ」と言っているのにセルフ突撃をしてくる。

 

「や、るしかないのか」

 

 椛VSチルノ。絶望的な戦いが幕を開ける。椛に有効な攻撃手段はない。衣玖は後ろに撤退する。三十六計逃げるに如かず。ただし椛は含まない。

 

「う、おおお! 冷符。瞬間冷凍ビーム」

 

 チルノはてきとうなスペルカード名を言うと同時に水鉄砲で射撃。水流が椛に迫る。

 

「ちい」

 

 流石に白狼天狗は身をかわす。この時点で子供と遊ぶお姉さんみたいになっているが、両方とも真剣である。濡れたくない。チルノは照準を椛に合わせる。椛の体が右に傾いた。

チルノは叫ぶ。

 

「もらったわ!」

 

 発射。椛はにやりとする。右足に力を入れて左にステップ。外れた水流は虚空を飛ぶ。攻撃誘導、からの回避。戦闘においては白狼天狗に一日の長がある。だが、

 

 遊びにはチルノに千日の長がある。

 氷の妖精は「左手」に水鉄砲をトスする。一瞬で銃を持つ手のチェンジ。考えていない。銃口が椛を追う。これには白狼天狗も面食らった。まだ姿勢が整っていない。やられる。直感した。

 

 チルノが引き金をひく。椛も体が勝手に動いた。ステップした勢いをそのままに、この狭い小路の特性を利用する。すぐ横は壁。彼女はその壁を手で押す。体が反対方向へ動く。

反動で椛は水流を交わす。直感すらも超えた動き。双方が培ってきたものを出し尽くす戦いである。こんなところで出してどうするのか、そんな細かいことはいい。

 

「やるわね……」

 

 チルノはじりじりと間合いをつめながら言った。残りの水量は多くない。

 

「お、おまえこそ」

 

 正直いえば左手からの右手へのチェンジ。迅速な攻撃に椛は驚いた。二人はこの勝負の場で笑い合う。勝つのは自分であると主張するかの様だった。

 

 それでも現実は非情であった。椛は背中に何かが当てられたことを感じた。次いで声がする。

 

「手を、あげろ」

「な、仲間がいたのか……」

 

 椛が両手を上げて、後ろを見ると。そこにいたのはルーミアだった。彼女も可愛らしい浴衣を着ている。しかし、手にしているのは大型の水鉄砲。それで撃たれれば椛の服は一巻の終わりである

 傍にはさらに大型の水鉄砲を持った、フランドールもいた。そしてシャツがびしょ濡れになった衣玖に銃口を突き付けている。逃げようとした末路である。つまりこの「道」は最初から封鎖されていたのだ。進もうが退こうが変わりはない。

 

「文め」

 

 両手を上げて文の顔を思い浮かべる。どうせどこかであざ笑っているに違いない。椛はあの「神社に集合メール」が罠だったと悟った。神社におびき寄せるメールだったのだ。標的が来る場所が分かっていれば襲撃ポイントは選び放題である。

いまさら後悔しても遅い。逃げようとすれば集中砲火を受けるだろう。

 逃げきれてもびしょ濡れで商店街を歩くなど、恥ずかしすぎる。

 

 そうやって観念した椛だったが、そのあたり理解していない氷の妖精が居た。彼女は銃口をゆっくりと彼女に合わせていた。やっと白狼天狗が気が付く。

 

「ま、まて。降参する。う、うつな」

「あたいのうしろにたつな」

「た、立ってないだろ! ぎゃあ」

 

 額に命中。チルノは水鉄砲をくるくると手で回して、口元に銃口を持ってきてふっと息を吹きかけた。

 

「やっぱりさいきょうね!」

 

★☆★

 

 椛と衣玖はそうやって連行された。椛は水鉄砲を突き付けられながら歩くのは言語に絶するほど恥ずかしかったが、通りすがる人間達は「遊んであげているのね」みたいな微笑ましい顔をして過ぎ去っていく。

 たまにフランが。

 

「印籠を目に入れ込むんだっけ?」

 

 と怖いことをいうと。

 

「や、やめてくれ」

 

 と本気で請願したりした。衣玖は基本的に口を開かない。ただ、逃げだしそうな場面が幾つかあった。実際今、神社に連れていかれているのであるが、そこには彼女に恨みを持っているであろう付喪神がいる。

 

 

 

「よくきたな」

 

 その付喪神、秦こころは鳥居の前で仁王立ちしていた。こころの前には衣玖と椛が並ばされている。そしてチルノ、フラン、ルーミアは彼女達二人の後ろから銃口を突き付けている。こころは桜柄の浴衣を着ている。衣玖には何故彼女はそんな恰好をしているのかは分からないが、こころが自分に何を思っているのかはよくわかった。

 襲撃に参加していないのは「おおもの」はどっしりと構えるべきだからだ。彼女の役目は尋問である。

 

「いいたいことがあればきくわ。じょーじょうしゃくりょうのよちもあるかもしれない」

 

 衣玖は言う。

 

「こころさ」

「いいたいことはそれだけか」

 

 衣玖も言いたいことはあまり言えていないのだが、もう問答は無用である。こころは怒りの無表情である。最初からあんまり話を聞く気はない。ミンミンと蝉の声を背景に両手を構える。

 

「このわざを使う時がきたようね」

 

 こころがボクシングのような構えをしながら、頭を「∞」をなぞりながら動かし始める。テレビで現役フェザー級のボクサーの試合を見てこころが習得した新必殺技である。まだ試したことはない。簡略に説明すると相手が倒れるまでフック(横殴りパンチ) を繰り出し続ける。

 チルノ達が「かっけぇ」と声援を送る。神社の静寂を破り、子供の明るい声が響き渡る。そんな中で衣玖は空気を読む。

 

「ここで死ぬわけにはいきません。椛さんバリアを破れますか?」

「え?」

 

 衣玖が椛の肩を持って盾にする。こころは頭を振りながら「ふっ」と口だけで笑い。

 

「うちやぶってみせるわ」

 

 と気概を見せる。はっきり言えばこころも衣玖もじゃれているだけなのだが、打ち破られる方はたまったものではない。椛の背中をぐいぐい押しながら衣玖がこころに近づいていく。

 

「おい、な、なにをするきなんだ。押すんじゃない!」

 

 悲鳴のような声をあげる哀れな白狼天狗。その瞬間だった。

 衣玖が椛の背中を押した。「うわっ」とよろけて椛がこころにとびかかる。無表情の付喪神もこれに慌てる。流石に本当に殴り倒すのは可哀想であった。だから椛はよろけたままここころに抱き付く。こけたくなかったのだ。

 

「うぉう」

 

 こころが変な声をあげている間に、衣玖が側面をダッシュで駆け抜けていく。神社の奥に走り去っていく。意外と乙女走りだった。無意識にチルノが追走する。追うというより、走っているものに反応しているだけであった。

 ただ、チルノも浴衣である。青地に花火の浴衣は元気な彼女に似合っている。こころは追いかけようとしても椛が邪魔である。代わりに銃を持ってフランとルーミアが追いかけていく。衣玖は逃げきれないことも半分わかっている。ある意味遊びに付き合っているのかもしれない。

白狼天狗はぱっと離れようとしてぱしゃりと音がする。

 

 シャッター音がした方向を椛とこころが見ると、茂みの中からごそごそと現れたのは文だった。その手にはデジタルカメラ。今の一瞬を撮られたのだろう。ろくなことに使わないのは椛にはわかった。

 文は黒い生地と袖や裾に白い羽をあしらった浴衣を着ている。顔はなんだかうれしそうである。いたずらが成功しているのが嬉しいのだろうか。

 

「いやー面白かったですよ椛!」

「貴様……ぬけぬけと。どうせあの小道での戦いみていたんだろ!」

「まあ、まあこの埋め合わせはいつかしますから。それにこれから大切な用事があるんじゃないですか」

 

 いつか、と日時は定めない。文はデジカメのデータを手元でいじくる。「大切な用事?」と椛は首をひねる。こころを見るが、こころは衣玖を追うかどうかを迷っている。走ると着物が崩れる、なんて気にしていないはずである。そんな可愛らしい女の子としての感性よりも「ボス」としての貫禄を大切にしている。はずである。

 

「もう忘れてたんですか。ほら椛」

 

 文はデジタルカメラを椛に見せる。写真をスクロールして、いくつかの少女のデータを見せた。

 

 赤い髪をした、ドラムの付喪神の写真。どこかのゲームセンターの写真だろう「ふるこんぼだどん」と画面に映ったゲームをしている。

 青い髪で大きな傘を持った付喪神の写真。普通にポーズを決めてピースをしている。輝くような笑顔である。

 ショートヘア―カチューシャの付喪神。神社の巫女服を付けて大きく欠伸をしている。足もとにはアマノジャクが首だけ出して地面に埋まっている。

 青紫色の長い髪を二つ結びした付喪神の写真。どこかのスーパーであろうか、食品売り場でウインナーを口にいれて幸せそうに食べている。

 桃色の髪をした無表情の付喪神の写真。チルノやルーミアとあそんでいる一場面を切り取ったものだった。

 

 文は椛を見て、なにか企んだ顔をする。

 

「この付喪神たちを今夜、お祭りにおびき寄せます。まあ、騒音を出す姉妹はいませんがあれはおいおい。一人一人物陰に誘い込んで尋問をしましょう。萃香さまのヒントを検証するんです!」

「……」

「どうしたんですか?」

「い、いや。だって」

 

 椛は眼でこころをみる。何故か汗を掻いてる「桃色の髪の付喪神」がいる。目の前で自分を「物陰に誘い込んで尋問する計画」を聞けば当然の反応である。文は「あやや」としまったとばかりに自分の額を叩く。わざとらしい。

 

「違うんですよ。こころさん。これは」

「お、おう」

「全部椛が計画したんです」

「おい! 嘘をつくな!」

 

 狼狽するこころを見て文はくすりとする。ああ、これが目的かと椛は思う。意味なんてないのだ。

 

 

 

★☆★

 

 衣玖は物陰に隠れていた。ちらりと神社の境内を伺うと血に飢えた獣の様にフランとルーミア、それにチルノがうろついている。手には凶器(みずでっぽう) を装備している。こまま出れば間違いなくヤラレル。

 

「どうしましょうか……」

 

 その場にしゃがんで考え込む衣玖。濡れたいとは思わない。かといって汗だくになりながらの逃走も嫌である。このまま物陰にいても埒は開かないが、かといっても何も方策はない。

 

 そんなときにふと、少女の声がした。

 境内にいた三人は声の主の方を見る。彼女は神社の社殿の中から出てくる。

 淡く、青みがかった生地。そこに美しく描かれた朝顔。社殿から出てきた少女はそんな浴衣を着ていた。

 

『みんな。住職さんが洋カンをきってくれるって』

 

 どうやら少女はチルノ達を呼びに来たらしい。彼女の声に歓声を上げる三人。

 その少女は「喜んでいるみんな」を見て、嬉しそうに微笑んでいる。さっき強制的に着物に着替えさせられたことはもう頭にない。忘れている。

 芳香だった。藤色の髪が日に輝いている。

 

 衣玖はこっそりそちらを覗き込む。

 

「あの、方はたしか……?」

 

 見たことがあるような気がする。そう思い、もう少し顔を出してみる。逆に芳香が衣玖に気が付いた。最初はきょとんとした顔だったが、次第にくすくすと愛らしい笑いを見せる。それに何でか手を振ってくれた。

 

 チルノ達もそれに気が付いて、物陰に隠れている衣玖を見つけた。戦闘準備。

 衣玖は考えることをやめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 













注意:次回から数回海側のみを行います。あちらを終わらせて、この芳香の話を終えたいと思います、勝手ですがよろしくお願いします。

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