東方Project  ―人生楽じゃなし―   作:ほりぃー

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注意:本編の時系列とは別です。暗い話では全くないですが、トラウマがよみがえるかもしれません。


おまけ 人間社会の闇

 とある秋の午後。とあるおんぼろアパートのことである。

 丸い食卓を囲む三人がいた。

 一人はお茶碗を片手に黙々と食べている地霊殿の主こと古明地さとり。

 一人は全員でつつけるように大皿に盛られた一口餃子を一生懸命に食べているチルノ。

 そして最後の一人は金髪の髪をした少女ルーミアであった。

 

 別になんてことの無い日である。残りの住人は外に働きに出ている。みかん箱の上に乗った小さなテレビにはお昼のニュース番組。ミヤケ屋なるレポーターが大きな声で騒いでいる。それをこの三人は聞いているわけではない。

 食卓の上には二人のお茶碗、さとりは手に持っている。そしてその地霊殿の主、特性の一口餃子を載せた大皿。最近主婦が板についてしまい結構さとりは本気で悩んでいる。おかずはそれだけである。いたってシンプルなお昼ご飯。

 

「お代わり!」

 

 チルノは空になった茶碗をさとりに突きだす。眼はきらきら、叫んだ時に口から米粒。ルーミアはちらりとそれを見て、われ関せずとばかりにもぐもぐ小動物の様に口を動かす。ちゃっかりと彼女のお茶碗の中には白飯といくつかの餃子。チルノに取られる前に確保しているのだろう。

 やれやれとばかりにさとりは茶碗を受け取って立ち上がる。炊飯ジャーに残ったご飯をよそってから、

 

「霊夢達の分もあるから……これだけよ」

 

 と大盛のご飯を出す。そのあたり甘い。

 

「ええ!」

 

 元気に言うチルノはさらに餃子にがっつく。噛むたびに「うまいうまい」と素直な感想を漏らすのでさとりもつい口元が緩んでしまう。この狭いアパートの一室でも楽しめることはなんでもあるようだった。

 しかし、それは突然訪れた。

 

「いたっ」

 

 ルーミアがうめく。片目をつぶり、びくっと肩を震わす。チルノはナチュラルに無視して、さとりだけが顔を向けた。

 

「どうしたのかしら? ルーミア」

「うぅ? なんか歯が、いたいわ」

「歯? ちょっと見せてみて」

 

 さとりが膝をついたままにじり寄る。ルーミアは口の中に合った物をかみかみ、ごくりと慌てて飲み込む。その時も歯が少し痛む。

 

「んあ」

 

 大きく口を開けるルーミア。犬歯が鋭い。さとりは「ん」と言いながら覗き込んでみるが、やってみてわかったことは見てもよくわからない。

 

「もしかしたら虫歯かしら……」

「むひば」

 

 口を開けたまま言うルーミア。今までの妖怪生で虫歯などになった記憶はない。遠い昔にあったとしても覚えていない。一応知識としては知っているので彼女は口を閉じて言った。無論歯医者など無縁である。

 

「治るの?」

「そうね……自然に治癒はしないでしょうから……歯医者に行くしかないわね」

「はいしゃ? 人間の病院にいくの、めんどいなぁ」

 

 ちぇーとルーミアは特に深く考えない。歯が痛いのは困るので治したいが、それはそれで「歯医者」などという場所に行きたいとは思わない。それでも彼女はしぶしぶ行くことにした。

 チルノはぺろりとすべての一口餃子を完食している。

 

 ★☆★

 

 ルーミアとさとりは近くの歯医者に来た。それは最近できたのか真新しいビルクリニックの二階にある。入口をルーミアが開けるとからんからんと鈴の音がして、中からクラシックの緩やかな音楽が流れてくる。

 それよりもむわっとした独特な薬品の匂いにルーミアは顔をしかめた。彼女は黒のベストに赤いリボン。そして赤と黒のチェックのスカートを穿いている。

 

 受付はさとりがしてくれた。霊夢の扶養家族であるため健康保険は使える。そのあたりのからくりには河童がからんでくるが、それは別の話である。

 ルーミアは意外にお洒落な待合スペースをキョロキョロ。愛らしい少女そのままの仕草で見回す。ゆったりしたソファーが壁にそっておかれている。その色も明るいグリーンであった。壁には何なのか彼女にはわからないが表彰状などが飾られている。

 それはそうと本棚にある漫画を目ざとく見つけたルーミアは、数秒物色してからお好みの少女漫画を手に取り、ぼすりとソファーに座る。どうやって治るのか分からないが、これだけリラックスした空間だから、既に油断している。

 しばらくするとさとりが「問診票」なる物を持ってきた。

 

「てきとうにかいておいてー」

 

 と漫画から眼を離さず言うと、ぺしりと軽くさとりに叩かれた。

 

「いた」

 

 少し頬を膨らませたルーミアは痛くもないが叩かれた頭を撫でながら、問診票を書く。趣向品はなんですかなとどよくわからない項目には空白で答えにした。

 

 地獄の時が迫る。

 哀れにもこの少女。無知である。

 この「歯医者」はこの世の屈強な男でも嫌がる場所なのであるが、妖怪の彼女にはわからない。さとりは雑誌を開いてぱらぱらとめくっている。ルーミアも受付に問診票を返してからまたそそくさと漫画を読む体勢に入った。「もとっべ守護月天」と日焼けした表紙に書かれている。格闘家のヒロインが男子達を守るユニークな内容である。

 

『ルーミアさーん。お入りくださーい』

 

 遠くで「死神」の声がするがルーミアは気付かない。仕方なくさとりがぺしりと軽く頭を叩く。

 

 ★☆★

 

 診療室にもクラシックが流れている。

 ここには奇妙な形をした椅子がある。頭を載せるカバーのついた大きなそれにルーミアは座った。ちょっと大きくて足が付かないが、ちゃんとスカートのすそを手で押さえているあたりしっかりしている。

 担当してくれたのは優し気な看護婦であった。少しふくよかな彼女はルーミアの首にはエプロンのような物をかけてくれた。

 

「肌がきれいねー。外国から来たの?」

「ふふ、そーう?」

 

 素直に笑顔なルーミアはえへへとのんきしている。看護婦は椅子の後ろに回って「倒しますね」と一声、椅子ががくんと動いてからぐっと後ろへ倒れ込んだ。まるでベッドの様だとルーミアは思い、結構素直に動く椅子におおと驚く。

 横には壁掛けのテレビがあり、そこには猫とネズミが仲良く喧嘩しているアニメが映っている。ただし、無音だった。眼だけで楽しませるためにだろう。

 彼女の目の前に大きなライト、ちょっと眩しい。口の中を鮮明に映すためにライトをつけていると聡明な彼女にはわかる。そして看護婦も横に座って、ルーミアの耳元でカチャカチャと何かしらの金属を扱っているが、顔が横を向きにくいのでわからない。

 ちょっといやな予感がルーミアにする。

 

「ねえ」

「どうしたのルーミアちゃん」

「今からどんなことをするのかしら?」

「すぐ終わるわ」

 

 にっこり看護婦は抽象的なことを言う。何をするとかは言わない。ルーミアは経験が無いから「すぐ終わるのかー」と言う。そのつぶやきが可愛かったからか看護婦は微笑む。

 

 ★☆★

 

「それじゃあちょっと見ますから。お口を開けてくださいね」

 

 しばらくしてやってきたのは若そうな女医だった。大きなマスクをしているので顔立ちはよくわからない。最近では頭に「CD」のような額帯鏡をつけることは少ない。むろんルーミアには関係のない話だった。

 

「あぐ、あぐ」

 

 ルーミアはの口によくわからないががスプーンのような棒をいれたり、女医の手がゴム手袋をしているから気持ち悪い。それに女医は「かけ」だとか番号だとか意味の分からないことを後ろの看護婦に言っている。

 

(まだ、終わらないかしら)

 

 薬か何か塗るのだろう。その程度にしか認識していない。

 女医は少しして、言う。

 

「うーん奥歯にちょっと小さな虫歯が出来ていますね。とりあえず今日治療しておきましょうね」

「……」

 

 こくりと頷くルーミア。眩しいので眼はつぶっている。それから女医はブラシの様な物で妙な味のする液体を歯に塗りたくってきたが、ルーミアは「すぐ終わる」という迷信を信じて我慢した。

 そして女医の手には薄手のタオルが一枚。ルーミアの顔に載せる。それは口元だけが開いているものであった。彼女はそれから言う。

 

「それじゃあ削りますね」

「………………………?」

 

 ルーミアは今の言葉の意味が分からない。「けずる」とは何の事であろうか、いきなり目隠しされたことも驚いたが それ以上に驚いたのは。

 

 ――ウィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン

 

 突然耳元に響く金切り音。ルーミアは焦った。

 

「な、何の音よ!?」

「ドリルですよーはーいすぐ終わりますからね。お口を開けてください」

「ど、ドリル!???」

 

 ドリルを口の中に入れるのか。ルーミアは混乱した。それにさらに。

 

 ――しゅここおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!

 

 勢いよく空気を吸い込む音もする。要するに涎を吸い取る機械なのだが、ルーミアは知らない。しかし逃げようとしてもすでにルーミアはまな板の上のルーミアなのである。目隠しされて恐怖は倍加している。

 椅子の上で彼女の体がもぞもぞと動く、心配なのだろうが女医が上から体重を掛けて抑え込む。手慣れている。余談だがドリルと言っても細いものである。ただ目隠しされているルーミアの頭には岩盤を貫く用のドリルがイメージされている。

 震えるルーミアに女医はにこやかに言う。

 

「それじゃあ痛かったら右手を上げてくださいね」

「い、痛いの?」

「ダイジョウブですよ。右手をあげてくださいね」

 

 実際最近の歯医者は目覚ましい進歩を遂げている。古代から科学の発展には犠牲がつきものであるが、その過去の恩恵で現代人は快適な医療を受けることができる。ただ、幻想郷のような場所にいたルーミアに「ドリルで削ります」と言っても拷問にしか聞こえまい。

 ルーミアはごくりと息をのんだ。それから逃げようとする。

 

「せ、せっかくだけどまた今度に」

「はい口を開けてください」

 

 歯医者は治療中に患者の相手などしない。基本的に会話は片手間である。ルーミアは女医の言葉に負けて震えながら口を開けた。目の前はタオルで遮られているが、ドリルらしき影と空気を吸い込む何かのシルエットが見える。

 無論、音は全てクリアに聞こえる。金切音が近づくとルーミアは「あ、あぁ」と弱々しい声を上げる。逃げようとしても起き上がれない。

 

 その小さな口にドリルが入っていく。

 

 ――ウィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン

 ――きぃいイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイいいイイん

 ――しゅここおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!

 ――ガリガリがりぃ

 

 

 ルーミアの体が痙攣する。「んんんん」とくぐもった悲鳴を上げながら、膝を立てたり足をばたばたさせたりと抵抗するが、そこは歯医者も軽くいなす。スカートを気にしている余裕などない。タオルの下は涙目である。

 ばったばった動くルーミアを笑顔で抑え込む女医と看護婦。

 口の中で轟音が響くような錯覚があるが、事実はほんの小さな穴をあけているに過ぎない。それでもルーミアはまるで歯が底から削り取られるような恐ろしさを覚えた。事実、必死に右手を上げている。

 

「我慢してくださいねー?」

(ええええええ??? み、右手あげているのにっ?)

 

 右手を上げてアピールするルーミアだが、何一つくみ取ってはくれない。痛いというか凄まじく不愉快な高音が響く。彼女は最終手段として口を閉じようとしてたが、女医はうまく指を入れて閉めさせない。

 ドリルから水があふれ、それを吸い込む謎の機械をルーミアは咥えさせられている。たまにものすごい風を生み出す訳の分からない棒のような物を口に入れられては、ルーミアの混乱を深くしていく。何の役に立つのかわかりゃしない。

 

「はい。それじゃあうがいしてくださいね」

 

 そう女医が言うと口の中からドリルが抜かれた。ルーミアはだらしなく開けた口から涎を垂らしている。精神的に極限まで疲れている。目隠しを看護婦に取られると死んだ魚のように光の無い目で虚空を見ている。

 正直騙された気しかしない。ある意味人間社会の闇の一つを学んだと言える。

 

「う、うぁあ」

 

 当たり前であるが椅子が起き上がると、死んだ表情のままルーミアも起き上がる。中々にシュールであった。椅子の傍にはうがい用のコップと洗面台がある。彼女はやっと終わったと思い、ふらふらと立ち上がってうがいをする。

 

「それじゃあルーミアちゃん。もう一回寝てね」

 

 女医が言うとびくっとルーミアの肩が震える。しかし、彼女はにこやかである。

 

「大丈夫大丈夫、もうほとんど終わっているから」

 

 子供には簡単な嘘がいい。ルーミアは怯えつつそれを信じてしまった。どんな者でも都合のいいことを信じてしまうのだ。彼女はまた椅子に座って、横になった。その時ルーミアは女医の持っているスティックの様な物を見た、その先に尖ったドリルがある。

 予想よりはるかに小さいがそれよりも「なんでまだ持っているか」の方がルーミアには重要である。その答えが出る前に彼女の眼にあのタオルがかかり、また押さえつけられる。

 

「だ、だましたな」

「お口開けてねー」

 

 ――ヴィヴィヴィヴィイヴィイイイイイイイイイン!

 ルーミアの傍で新しい音がする、さっきよりも重量感のある音。ドリルは用途により先端を変えることができ、それによって「太く」なる。ルーミアは流石に逃げようとした。しかし、逃げられない。

 

 ばったばた。金髪の少女が哀れに治療される。

 待合室ではさとりが優雅に雑誌を読んでいる。

 

 ★☆★

 

 帰り道さとりの足は重い。

 その背にはいろいろと絶望を知ったルーミアがいた。つまりはおんぶをされているのだ。もちろんのことさとり達は車などという気の利いたものは持っていない。だから歩きなのだが、この状態のルーミアを歩かせるのは無理だった。

 

 さとりのポケットの中には診察券が一枚。そこには来週の「予約」が書かれていた。

 理由はよくわからないがもう一回来なければいけないらしい。それを聞いた瞬間、ルーミアはその場で膝をついて空を見上げた、そのままこの様である。

 

「……ふ、ふう」

 

 さとりは歩道を少女を背負ったまま歩いている。

 それだけ見るのならば微笑ましい光景なのかもしれない。

 


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