東方Project  ―人生楽じゃなし―   作:ほりぃー

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時系列は本編とは違います。
おまけと銘打っていますが、本筋に組み込めない話をです


おまけ とある日のお食事

 土蜘蛛。

 古来から人々に鬼と共に恐怖の対象とされていた妖怪である。その由緒は古く、各地に伝説を残している。また、病(やまい) をつかさどる妖怪ともされた。

 

 それが今、現代のぼろアパートに住み着いている。

 5畳半のがらりとした薄暗い部屋。その端っこに金髪の少女が寝ころんでいた。灰色の作業着を着て、ピクリとも動かない。大きなピカチュウのぬいぐるみを胸に抱いている。なぜそうしているとかいうと理由があるが、少なくともその表情は「無」である。

 このアパートはとある神社の巫女の物とは違う。昨今住宅の空き家化が進んでいる現代。特にえり好みしなければ住む場所は比較的簡単に手に入る。逆に考えれば空き家になるしかない部屋に入り込んでしまったともいえる。

 この金髪の少女の名を黒谷ヤマメという。恐怖の土蜘蛛である。

 頬を伝う涙。寝ころんだまま無表情で泣く哀れな「恐怖の土蜘蛛」。

 

「おなかへったなぁ……」

 

 ぬいぐるみを抱いておけば多少気がまぎれる。つまり少女としての可愛さの表現の為にぬいぐるみを使っているのではない。生存戦略の為に使っているのだ。

 とは言っても食料がないわけではない。台所に行けば山の様なミルクねじりパンが存在する。それは彼女の職場から持ってきたもので元手もかかっていない。

 黒谷ヤマメは工場勤務である。株式会社「アンクル・ジャム」のパートだ。

 朝早くから出勤して一日中ミルクなパンをねじる仕事に従事している。最初は簡単だと高をくくっていた土蜘蛛も8時間ねじるパンには考えを変えた。死んだ目をしながらパンをねじり続ける自分を、

 

「ふふ、ふふふふ」

 

 と意味なく笑ってしまい。やばいと思った。

 しかし、現代は世知辛い。仕事をしなければ生きてはいけないのだ。しかも単純労働をしていると工場に対して妙な義務感まで生まれてしまった。だから一時期パン工場で働いていた「巫女」が転職するときに一緒にやめる決断が付かなかった。

 給料は多少マシ、ということもある。精神的ダメージを換算してよく考えたら安いが一か月分は賄える。

 

 そんなヤマメも今日は楽しい休日。行くところなどない。作業着がそれを表している。

 外から聞こえてくる自動車音も遠い世界のことのようだ。明日仕事、という気持ちが強い。そろそろお昼だがミルクねじりパンを食べるくらいなら工場長の首をねじってから出頭するくらいの気持ちである。

 がんがんがん、彼女の部屋を叩く音。どうせ「放送協会」の輩だろうとヤマメは無視した。既にテレビは故障している「設定」なのだ。

 

「ヤマメ! いるんでしょ」

 

 だが、ドアを叩く声は聞き覚えがある。ヤマメはピカチュウをぞんざいに放り投げて、がバリと起き上がる。壁にぶち当たる電気ネズミがボインボインと畳の上で跳ねる。

 ヤマメはそんなことは気にせずいそいそと立ち上がりドアを開ける。

 

「おお? 霊夢じゃない。珍しい」

 

 ガチャリとドアを開ける。外から入ってきた光がヤマメの表情を明るく見せる。髪を結んだ黒いリボンが揺れる。

 案の定そこに立っていたのは仁王立ちしている博麗の巫女であり、ヤマメと同じく単純労働者である博麗霊夢であった。彼女はいつも通り、妖怪に見せるぶすっとした表情である。

 

「あんたお昼は?」

 

 不躾に言う霊夢。ヤマメはポケットに手を入れて中の布を引き出す。それから苦笑いして首を振る。金なんかないとジェスチャーをする。パンならあるが、あれは後で蟻にでも食わせる。

 霊夢も苦笑して。

 

「ちょうどいいわ、今日はあいつが」

 

 と霊夢は親指をたてて後ろを指す。そちらに二人の少女が居た。

 一人は黒のショートカット。紺の長袖チュニックを着ている。首輪周りに白い襟とボーダー。そして小さなネクタイには「⚓」のマーク。袖にも白いボーダーライン。海兵をモデルにしたような服装をしている、ちょっと困った顔したキャプテン。

 村紗水蜜だった。下はホットパンツを穿いている。ボーイッシュな格好である。

 もちろんのことヤマメは胡散臭げに見てしまう。見た目は若いがどうせ幻想郷の妖怪の一種だろう。

 もう一人は青い水色の髪をした最恐の忘れ傘。多々良小傘である。

 茄のような変な色の傘をかざして、白いワンピースには刺繍が入っている。その上から明るいブルーのカーディガンを羽織っている。その肩を水蜜に抑えられているのは、そうしなければヤマメを驚かせようと飛び出していこうとしていたからだ。とりあえず挨拶としてヤマメは彼女を胡散臭そうにみた。どこかで見たこともあるかもしれない。

 しかし、次の霊夢の言葉が彼女には福音に聞こえた。

 

「あいつらがお昼ご飯連れてってくれるらしいわ」

「…………? ………!」

 

 ヤマメは一瞬霊夢の顔を凝視して、眼をぱちくりさせてそれから口角が自然に上がる。

 

「な、なんだって!? 見ず知らずの私を連れてってくれるなんて……もしかしてあいつらまぞなの!?」

 

 褒めない。ヤマメはきらきらした目で水蜜を胡散臭がる。霊夢は苦笑する。この作業着の二人が並んでいると少し妙な「絵」になる。飾り気がないところが逆によいのかもしれない。

 ともかく霊夢は首をくいっと動かして「行くわよ」とジェスチャーする。ヤマメは元々仕事仲間とのこともあり気安い関係でもあるのだろう。このみょんな状況も外の世界でなければあり得ない。

 ヤマメは親指をたてて、部屋の中から軽い財布を持ってくる。それから鍵も閉めずに言う。

 

「行こう行こう」

 

 言った時にお腹が鳴る。どこに連れて行ってもらえるのかは知らないが、既にヤマメは水蜜に「たかる」気だった。そのあたり恐怖の土蜘蛛として容赦しない。遠くで水蜜は後ろを向いて自分の財布をこっそり覗いている。予想外に人が、いや妖怪が増えた。

 

 ★☆★

 

 ビュッフェ、というスタイルのレストランがこの街には一つだけある。

 メニューを見ながら注文していく従来の飲食店とは違い、和食、洋食、中華それにデザートなどを各々のテーブルに用意して、それを客自らが取りに行くスタイルである。大体は入場料のようなものを人数分払えば食べ放題である。比較的にしろ安く、いっぱい食べることができる。

 わかりやすく言えばバイキングである。

 水蜜は少し奮発して小傘と霊夢を連れていくつもりだったが、ヤマメという謎のイレギュラーが現れたことにより少々焦った。だがそこは「妹分」と勝手に思っている霊夢にかっこつける為。

 

「それじゃあいきますか!」

 

 と全員の前で言ってしまった。この瞬間全て彼女持ちになった。

 小傘は「おー!」とたっぷりの笑顔で答えてくれたが、霊夢はそっぽを向きながら拳をあげ。ヤマメは頭の後ろで手を組んでじっと水蜜を見ている。このあたりドライな面がある。

 しかし、そんな風にそっけない態度をとっていた霊夢やヤマメもレストランの前に来ると態度が変わった。

 

 まず駐車場が広い。別に車で来ていないが霊夢はそこでぎょっとした。

 それから外観が白い。真新しいレストランの建物に流石のヤマメも「な、なんだここ」と妙なうろたえを見せた。それに水蜜はくすりとする。内心いくらになるか不安だった。

 店の入り口にはイタリア語で書かれた店名。そこで小傘が「英語ね」とどや顔。霊夢とヤマメは「え、英語」とたじろぐ。普段豪族のいる小料理屋くらいしか行かないからだろう。

 ヤマメはもじもじと作業着を恥ずかしくなってきた。不安げにズボンを意味なく引っ張る。それは霊夢も変わらない。

 

 だが、色気よりもという言葉がある。

 入り口をくぐり、からんからんと鈴が鳴る。

 中に入れば聞こえるクラシック。明るい店内。

 がやがやと大勢の客。その笑い声。

 水蜜が受付しているのすらももう「三人」には見えていない。

 

 もう「料理」にしか目に行かない。

 

「おおー!」

「おおー!」

「おおー!」

 

 何故か真ん中に小傘。それに左右にヤマメと霊夢。

 それぞれ口を開けて眼をきらきらさせている。さっきまで恥ずかしがっていたり、そっけない態度をしていたのが嘘のように幼い顔をしている。

 

 並べられたテーブルには色とりどりのサラダ。緑、赤、黄色。いろんな見たことのない野菜達。そしてちょっと目を移せば並んだ大皿に盛られた料理。

 パスタは赤いケチャップで味付けしたナポリタンも白いソースを絡めたカルボナーラも何でもある。その横にはこんがり焼けたピザ。ふらふら近づいていくヤマメの鼻をいい匂いがくすぐる。

 スライスされた大きなお肉。新鮮な生ハム。それにデミグラスソースのかかった小さなハンバーグ。霊夢達は目移りしてしまいそうになる。いや、目移りしても「追いつかない」ほどの種類の豊富さだった。

 それに中華も和食もある。ドリンクサーバーやスープバー、さらにデザートコーナー。豪族の店では絶対に出来ないだろう。更に奥にはガラス張りの厨房がある。そこは霊夢達からは良く見えないが客が並んでいる。

 受付を終わらせた水蜜が呆然としている三人の前に立つ。ちょっと得意気な顔をしている。背景には料理。彼女の真上に小さくて瀟洒なシャンデリア。

 

「ふふふ。今から一時間。これは全て食べ放題です」

 

 手を広げて、ウインクする。芝居がかったその仕草に横を通った一般客が胡散臭そうにしている。

 しかし、霊夢はふるふると震え、ともすれば目がほんのり湿っている。彼女は水蜜に近づきながら言う。

 

「これ全部食べていいの?」

 

 水蜜はちょっと考えて、両手を組んで鼻を鳴らす。何故か得意気である。お姉さんぶっていると言えば、多少微笑ましい。

 

「おかわりもいいわよ。遠慮せずに今まで分も食べなさい……カレーもありますよ」

「あ、あんた」

 

 普段と違う口調で何故かカレーを進めてくる水蜜。霊夢は自分の口元を手で押さえて言う。

 

「あ、あたまおかしいの?」

 

 感動すると人はたまに変なことをいう。これでも一応褒める気持ちが根底にあるのだろう。水蜜はかくと肩を落として苦笑する。頭を掻いてそれから三人に簡単なビュッフェの説明をしようとした。

 すでにヤマメがいない。

 小傘もいない。

 霊夢もどこかに行こうとしているので水蜜があわてて抱きとめる。

 

「ちょ、ちょっとみ、皆はどこに行ったんですか?」

「は、離しなさいよ。あんたの連れてきた奴はあそこよ」

 

 見れば小傘は既にお盆とお皿を手にサラダを物色している。一人だけお洒落しているので人目を引いているが、本人は「何食べようかしら」とご機嫌で目を輝かせている。

 水蜜は抱きとめた霊夢に暴れられながらヤマメを探す。完全に問題児の保護者のようになっている。本来は彼女も奔放な性格だが、この面子では仕方がない。

 

 水蜜が見れば作業着の上を腰に巻いて、細身のラインが浮かぶ黒いインナー姿のヤマメが片っ端から料理を手元の皿に積んでいく姿があった。顔はほくほくしている。肉類が多い。

 

「……うーん。あの妖怪はなんの妖怪なんでしょうか……大食い……もしかしてネズミの妖怪」

 

 頭に一人の少女を思い浮かべながらヤマメを見る水蜜。推論は完全に外れている。その彼女の手元で暴れる巫女。霊夢は「離せ」と抗議している。それは水蜜に抱き付かれている状況が気に食わないだけだろうが、キャプテンから見れば子供が暴れているようで微笑ましい。

 そんなことを思っていると水蜜は手を抓られる。

 

「いたっ! ひ、ひどい」

「ふん。さっさと離さないからよ。あと、ヤマメは土蜘蛛よ」

「へえ。そうなんですか、往年の大妖怪もおちぶ……そんなことよりも霊夢さん。一緒に料理を取りに行きましょう」

「なんであんたと取りにいくのよ」

「ちっちっち」

 

 水蜜は一指し指を立てて左右に振る。

 

「実はルールがあるんですよ。いろいろと」

「あいつらは……それを知っているの?」

「まあ、妖怪はノーカンということで」

「なによそれ、ならあんたもじゃない」

「でも霊夢さんはだめっすわー。ほら、こっち」

 

 しぶしぶ霊夢は水蜜の後ろについていく。とことこ歩いていく場所は食器、つまりは取り皿が置かれた場所。そこで水蜜がひょいひょいとお盆やらお箸やらを取る。それを霊夢も横目で見ながら真似る。

 実はこの船幽霊はビュッフェに来たことなどない。地底の底にそんなものはなかった。しかし現代はインターネットという便利なツールがある。つまり、事前にこのような場所を調べてきているのだ。

 

「いいですか霊夢さん」

 

 その程度の知識だがくるりと霊夢を振り返ってにやりとする。

 

「基本的に料理は食べきれる量を取ってください。無駄に多くを取ってはだめですよ」

「あれは?」

 

 霊夢はヤマメを見る。今はチャーハンをこんもりよそっている。水蜜は首を振り。

 

「妖怪はノーカンですから」

「…………」

「ま、まあとりあえず行きましょう」

 

 水蜜は気を取りなおしてサラダバーの前に行く。そこで適当にサラダをとりつつ、置かれていたドレッシングをかける。霊夢も同じようにする。

 以外にスーパーで買う野菜は高い。ゆえに霊夢をはじめアパートの住民はもやしなどを主に食べている。ドレッシングもひさびさに巫女は使った。逆に水蜜は一応は仏教徒なので野菜を主に食べている。

 それが今日は仇になる。

 水蜜は照り焼きハンバーグの前にやってきた。ソースのついた小さなハンバーグはいい匂いがする。

 

「むむぅ」

 

 唸りながら素通りするしかない。霊夢はハンバーグを取って皿に置く。

 

 

 

 次は海産物。

 バターでいためたムール貝。

 赤々とゆであがったエビ。

 塩焼きの鮭。

 お刺身もお寿司も水蜜は取れない。

 

「ううぅ」

 

 ちょっと悲しそうに水蜜は素通りする。彼女はたまにキノコなどの炒め物や純粋に白飯、それにお味噌汁だけをとる。霊夢は美味しそうと直感的に思った物は取る。これが宗教の違いと言っていいだろう。

 

 ★★★

 

 窓際の席が取れた。ちょうど他の客が帰ってすぐだったのだろう。運がよかったと言える。霊夢と水蜜、ヤマメと小傘が向かい合うように座っている。

 ヤマメは肉の積まれた皿、パスタが山盛りの皿、チャーハンの皿、スープ。それにピザだとかのいろんなものが重なった皿。

 野菜などない。

 スプーンで大きなステーキを指して、もぐもぐ食べるヤマメ。眼が蕩けるようで心底幸せそうである。昨日のご飯は「どんべい」であった。一人すするカップうどんの寂しさといったらない。

 小傘はとりどりのお寿司を綺麗に並べている。イカやイクラ、マグロ、エビ、たまごお皿の上で二列に並んだそれらはちょっと斜めに置いてある。小傘のこだわりである。彼女は赤い舌をちょっとだけ出して、にっこり微笑むながら両手を合わせる。

 

「うまくできたわ! それじゃあいただきま」

「えびもらい」

 

 ヤマメが「エビ」と言いながら両手でエビとイクラを持っていく。ああ、と小傘は悲鳴を上げるが既にヤマメの口の中に奪われた寿司は入っている。

 

「ひ、ひどいぃ」

「……」

 

 ヤマメは話など聞かずにさらにたまごとマグロを奪い、喰らう。殆ど初対面の相手にも容赦などしない。

 

「うまひ、うまひ」

「う、うう。私もあなたのたべてやるー」

 

 小傘はヤマメのピザ取って怒りのまま齧る。

 

「ひ!」

 

 タバスコを付けていたらしい。涙目で口を押える小傘。慣れていないとキツイのだろう。彼女は水を取ってぐぐっと飲む。その間にヤマメは小傘の寿司をペロリ。最終的に哀れな忘れ傘は一貫も食べられない。

 霊夢は御飯にお味噌汁。それにハンバーグやサラダ。適度なおかず。

 元々幻想郷では自炊していた彼女である。ヤマメのように手あたり次第には手を出していない。

 いただきますと静かに手を合わせて、ヤマメと小傘の騒がしさに眉をひそめつつ、器用に箸でハンバーグを等分。一切れずつ口に運ぶ。

 それを水蜜は意外そうな目でみている。もっと粗く食べるかと思っていた。今度は彼女が霊夢を真似て、いただきます。黒い漆塗りのお椀を手に取る。白米である。さらに彼女の皿は一言でいえば地味である。

 サラダ以外はゴボウの和え物やキノコの炒め物、それに卵焼きなどの無難な物。肉、魚の類は全くない。代わりに漬物が小皿に山を作っている。おかずであろう。

 

「ふむふむ。アキタヒカリですね」

 

 おコメの品種らしきものを言いながら、よく白米を噛み、ゆっくりと食べる水蜜。

 霊夢は彼女をちらりと見て、ハンバーグを食べる。

 横ではヤマメがナポリタンを食べ口周りを赤くしている。それを小傘は笑って新しいお手拭きを持ってきてあげる。その間にヤマメは小傘の皿からエビチリを奪う。土蜘蛛は恐ろしい。

 それを横目で見る霊夢。どことなく表情は沈んでいる。彼女は味噌汁をすすりながら、ヤマメ達に苦笑している水蜜を見る。くせっ毛の彼女は困ったような表情でくすくすとしている。

 

「…………」

 

 霊夢にはわかっている。妖怪とは仮面をかぶっている。

 妖怪は人に恐れられなければ存在できない。仮に妖怪の所業が「人間」に解明されてしまえば、それでなくても人々が妖怪を忘れてしまったらもう、そこにはいない。

 だから常に妖怪は恐れられる為に何かをしている。人間よりも強者であることを強いられている。それが実体としてどうであれ、人間と交わり続けることはできない。

 水蜜の瞳。明るい笑顔を振りまく彼女の青緑色の瞳、その奥は暗い。

 薄い膜を張った様な水蜜の外面の奥底を一度だけ霊夢は見た。別に驚くことはない、本来妖怪とは「そういうもの」なのだ。それはヤマメも変わらないはずだ。本来は恐るべきものなのだ。有体に言えば人間と妖怪は「敵」である。

 

「霊夢さん帰りはケーキ屋さんによりましょう」

「あ?」

 

 そんな恐るべき船幽霊がニコニコしながら言うから霊夢は口を開けて呆けてしまう。

 

「ケーキ?」

「そうです。どうせ私も寺のみんなに買っていきたいですしね」

「ほんと!」と小傘。

 

 急に眼を光らせる小傘に水蜜と霊夢はたじろぐ。だが、直ぐに小さな笑みに変わる。ヤマメはあれだけあった料理を平らげて、お腹を撫でている。変な風に平和な光景である。

 それをみて霊夢は小さくつぶやく。

 

「これが、続くのかしら……?」

 

 小傘とヤマメが霊夢を見る。二人とも「?」という顔をしている。巫女はあわてて打ち消す。

 

「な、なんでもない」

 

 ぷいと顔を背けて白飯をかきこむ。急いで食べたからか、せき込んだ。

 それを水蜜の青緑色の瞳が見つめている。彼女も味噌汁をすする。やはりレストランに来たにしては味気ない。美味しくないわけでもない。

 

 ★☆★

 

「それじゃあデザートを取って来るわ!」

 

 謎のやる気をみなぎらせた小傘が立ち上がった。ヤマメもゆっくり立ち上がる。食後のデザートを楽しむために少し時間を空けたのだ。二人はいそいそとデザートコーナーへ向かう。

 その時には水蜜と霊夢も食べ終わっている。だから船幽霊から言う。

 

「よし! 霊夢さん私達もとりにいきましょう」

「なんでそんなに元気なのよ……」

「まあまあ、いいじゃないですか。アイスが食べたいんですよ。付いてきてください」

「ま、まあ仕方ないわね」

 

 食べたいし、と本音は隠して霊夢は立ち上がる。にやにやとする水蜜がその背中を押すようにデザートコーナーとは少し違う場所に向かう。

 何故ならアイスはソフトクリームサーバーという機械がある。だからドリンクサーバーに隣接しておかれている。ヤマメと小傘とは少し離れる。

 

「ちょ、ちょっと押さないでよ」

「まあまあまあ」

 

 にこにこと水蜜はソフトクリームサーバーの前に来る。そこには専用のアイスをいれる小さなガラス容器とトッピング用の細かくカラフルなチョコ。サーバーには口が二つ付いていてそれぞれ「バニラ」と「チョコ」が出る仕組みになっている。

 水蜜は自分の容器を取ってバニラを入れて、それからチョコをいれる。二つの色がからんだアイスが簡単にできる。

 

「これ、欲しいわね」

 

 霊夢が言う。アパートにこれが置かれていればシュールだろう。

 水蜜はくすりとして自分の分を脇に置き、霊夢の容器を受け取る。

 

「作ってあげますよ」

「あ……そう」

 

 あまりうまく作れる自信のなかった霊夢は素直に渡す。水蜜はサーバーに向き合ってアイスを出す。目線は合わせずに呟く。

 

「続かないでしょうね」

「え?」

 

 二人は視線を合わせていない。静かに船幽霊は言う。

 

「独り言ですよ。……私達と貴方たちでは居れる場所がちがうから、交わってる時は続かないだろうなぁって」

「あんた……」

「でも!」

 

 水蜜は勢いよく振り向く。これは独り言ではない。彼女の手にバニラのソフトクリームが入った容器。

 

「霊夢さん。アイス食べましょう?」

「……は?」

「今はね、一緒に、アイス食べましょう? ……ね?」

 

 優しく笑みを浮かべる水蜜がアイスを霊夢に差し出す。それだけのこと。

 霊夢は一度水蜜の顔と眼を合わせてから、ゆっくりと両手で受け取る。冷たい。彼女はそれをじっと見つめる それからバツが悪そうに横を向く。

 

「あ、あー。えーと」

「どうしました? 霊夢さん」

 

 何事もなかったように水蜜は自分のアイスを片手にスプーンを二つ取っている。霊夢はさっきから言いたくても、喉から出てこなかった言葉を横を向きながら言う。

 

「その、まあ。今日は、連れてきてくれて、あ、ありがと」

「…………………おやおやぁ」

 

 急にわざと「うざい」笑顔を見せる水蜜。

 

「どうしたんですかいきなり。急に素直になって」

「ああ、もううるさい! 二度と言わないからね! 言って損したわ!」

「ふっふふ。私は得しました」

 

 にやにやする船幽霊と苦虫を噛み潰したような巫女。二人は席に戻ろうとする。

 だが、小走りに寄ってくる金髪の土蜘蛛が一匹。

 

「霊夢霊夢! あっちにマシュマロにチョコつける機械があるわ」

「何よそれ」

「それだけの為に無限にチョコが湧き出てくるわ」

「ほんとに何よそれ。それよりもう一人のやつはどうしたのよ」

「あいつ? なんかプリンを探してこけてた」

「なんでそうなんのよ……」

 

 はあ、と霊夢はため息をつく。このどうでもいい一瞬を少しだけ意識的に記憶する。なんでそうしたくなった。

 ちょっと後ろで水蜜がアイスを透明なスプーンですくってぱくり。甘さに微笑む。

 

 

 

 

 

 


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