東方Project  ―人生楽じゃなし―   作:ほりぃー

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30話 

 虎をモデルにした野球の帽子を被った地獄烏が一羽不敵に笑っていた。お空である。

 黒く潮風に揺れる髪。そこに被った白黒の縞帽子。それは彼女のものではない。彼女の恩人というべきだろうか、ともかく現代に迷い込んだ一人の閻魔大王の私物である。地獄の裁判官がそんなものを持っているなど、どこの誰が信じるだろう。とある死神なら笑い転げるかもしれない。

 彼女のいるのはこの浜辺を見下ろす駐車場の入り口。広がる大海原にこの地獄烏の少女は堂々と相対している。目前 に迫るような輝く太陽。それをお空はぎらぎらした眼光で真正面から見つめる。胸の前で両手を組んで、にやり、意味なく笑う。

 

「今の私が負けるわけはありません」

 

  挑戦するように太陽を指さしてお空は言う。意味は全くわからないが、なんとなく人を納得させる勢いくらいはある。彼女は指を天に向けて、大きく笑う。

 

「あーはっはっはっ!」

 

  なんで笑っているのか意味はない。ただ、彼女を見たものは、一緒に笑いたくなってしまうような屈託無い、いい声でだった。

  お空は頭の回りが悪いわけでは決してない。むしろ核融合の知識などは、河童ごときよりも存在する。いろんな大切な事柄を忘れてしまうことはあるが、好きなことには一直線。落ち込むのも、頑張るのもまっすぐなのである。言って仕舞えば性格にねじれがない。

 

「あはははは! げっほ、ごほ」

 

  一頻り笑い声をあげて咳き込む可愛らしい、地獄烏。どこかの幻想郷の烏天狗とは純真さで天と地以上の差がある。

  彼女の胸元に挟まれるように赤い石のペンダント。彼女の飼い主がなけなしのお金で買ってくれた、ものである。お空はそれを握りしめて。青空を見上げる。

 

  空という青いキャンバスに笑顔の「さとり様」を描いて。

 

「空から見守っててください……さとり様」

 

 つぶやくお空の瞳は陽光に輝く。彼女の目には空から優しく見下ろしてくれているさとり様が浮かんでいるのだろう。まるで死んでいるかのようである。それはともかくお空は後ろを振り向いた。

 そこにいるのは閻魔率いる少年野球チームの面々であった。それぞれ地味な紺の水着をつけている

 少年少女たちはよく焼けた顔をしている。首元や二の腕あたりでくっきりと「焼けた肌」と「白くわかい肌」の境目がはっきりしている。

 全員が帽子をしっかりと被っているあたり、教育が行き届いている。むろん緑の髪の少女がくどくどと言い含めているのだろう。

 

 むろんお空も水着を着ている。さっきまで太陽に向かっていた彼女が後ろを向いたから、背に光を受けている。そのくせひとなつっこい笑顔をしているから、少年たちの中でのちに監督とお空の「派閥」ができることになるが、それは蛇足であろう。

 

「よーし。いきましょうか」

 

 お空は腕を突き上げる。上下紺のビキニに薄い白い上着。胸元ににある企業のロゴマーク。スカートの横ついた小さなリボン。地味な水着ではあるが、彼女が着ると地味にはならない。

 子供達は勢いに負けて「はいっ」と野球チームらしい返事する。その瞬間彼らも笑顔になった。夏空の下で水遊びに心躍らせる子供達はたちはと地獄烏。微笑ましい光景だろう。

 

 ★★

 

 そのころとあるアイドルが白目をむいていた。

 白い髪のその魂魄妖夢と呼ばれる少女はなぜか、横で白い目をしている雲居一輪とともに解説席に座っていた。一回戦で使われたビーチバレーコートの横に置かれた、解説席。河童たちに囲まれてなりゆきで、なんとなくこのようになった。ちなみに実況は一輪である。一応一回戦の激戦を戦い抜いたはずだが、休む時間があればブラック企業失格である。ちなみに妖夢は先ほど閻魔に砂浜に正座で説教をされている。

 解説席にはビーチパラソルがあり、その上に「魂魄妖夢始めました」と冷やし中華のような謳い文句の下で、冷たい汗を流す半分霊の人と尼。

 さらにひとが増えてくる。口々に「ようむ」だ「こんぱくだ」やら言いながら、あつまってくるのだ。もちろん「さとり様」や「一輪」目当てのものもいる。すでに追っかけがいるとかんがえれば、彼女たちの魅力も大したものであろう。

 

「か、かいせつのようむさん」

「な、なんでしょう実況のいちりんさん」

 

 幻想郷でもほとんど喋ったことのない二人の初めての会話である。二人とも前を見ながら、一輪は純粋に肉体的疲れで妖夢は精神的な疲れでそれぞれが震えている。一応日陰にいることくらいが彼女たちの安らぎだろう。前には飲み物もある。経費削減のために水である。

 一輪はたまにテレビでみるように、少し気取った口調で妖夢に言った。

 

「きょ、きょうの試合はどうでしょう。ようむさん」

「ど、どうっていわれても。そもそもなんの試合をしているの……?」

「び、ビーチバレーです」

「な、なんで?」

 

 なんでと聞きたいのは一輪である。彼女は一度妖夢を見てから机に肘をかけて、はあとため息をついた。不覚にも一回戦は燃えてしまった。正直言えばネズミがあそこまでやる気を出すとはおもわなかったし。最後に勝負を決めたのは自分で痺れた。

 桃色の唇からため息を漏らす一輪。少し気だるげに机によりかかる。自然に流し目になりつつ、妖夢を見る。

 一輪はこの魂魄妖夢を好き好んでアイドルになった変な人と思ってはいるが、さっき全員の前で一輪が開会宣言ををした時には精神的な支えにはなった。あんなことをしている人もいるから、頑張らないとという気持ちである。まさか本人が傷心をいやすためにおとずれるとは夢にも思わなかった。

 そんなことは知らない妖夢は一輪の水着を見ながら思う。

 

(変なひとだなぁ……?)

 

 河童にむりやり選ばれた水着とは思わない妖夢は、大胆な格好の一輪をみて、自分が恥ずかしい気になった。よく着れるな、ということである。

 この世に天狗以上に邪悪な存在はいないだろう、と思う純粋な少女なのだ、河童という別のベクトルでの邪悪はわかりはしないだろう。まだ知らないだけではあるが、彼女が精神的に無事帰れる保証などするものはいない。

 そんなことを考えているとこれもこき使われているおかっぱ河童がはしりよってきた。手には一枚の紙。そこに書いてあるのは「GO」 の文字。開始の宣言をしろということだろう。

 

「英語……。これなんて読むんですか」

 

 妙なところで引っかかる妖夢は一輪にメモを渡す。彼女も首を傾げて、メモを見つめる。とある大妖怪たる狸もイングリッシュには苦戦している。しかし、一輪は河童はどうせはじめるように言っているのだろう、とあたりをつけた。

 

「はじめるようにと書いてあるのではないかしら」

 

  一輪がいう。妖夢もうなづく。たぶんそうだろうと妖夢も当たりくらいはつけていたらしい。そのまま、 お互いに見つめあう。一輪も妖夢もしばらく顔を眺めあって、不思議な顔をしている。

 

((早く開始の合図をすればいいのに))

 

  一輪も妖夢にも自分でやるという考え方はない。お互いになんで見られているのかわからない、謎の見つめ合いがしばらく続いた。おかっぱも首を傾げている。

 

 ★★

 

 熱気あふれるビーチバレーコートに青いにポニーテールな河童がいた。河城にとりである。後ろでは柔軟体操をしている一匹の赤い猫。派手な水着を着ているお燐ではあるが、起伏は薄い。

 にとりは両手を組んでわあわあとうるさい人間たちの歓声を聞いていた。幻想郷でもイベントを企画してきた彼女である。こういう雰囲気は嫌いというわけではない。しかし、かといって自分が見世物になる気は無かった。

 

「どうしてこうなったんだ。まあいいや。結構儲かってるみたいだしね」

 

 コートの真ん中で黒い笑みを漏らす河童。海の家の方を見れば、虎だとかネズミだとか巫女だとか船長だとかが、食べ物や飲み物を持って見物している。自分たちのブロマイドが売買されているとは気がつかず。

 

(けけ、最後に勝つのはどうせ私だしね)

 

 にとりは澄まし顔のまま、心の中で舌を出す。毘沙門天だとか幻想郷の巫女だとかも、ここでは河童の手のひらで踊る孫悟空みたいなものである。まさかにとりは自分の写真が売買されているとは気がつかない。しかも意外と売れている。

 敗北を知らずに勝ったつもりのにとりは、哀れな少女でもある。これは過信の報いというべきだろう。

 そこでにとりは思う。

 

(さて、どうしようか)

 

 にとりとしてこの試合勝とうが負けようがどうでもいい。はっきり言ってしまえば、負けてしまえば楽ではある。ただ、彼女にも小さな意地がある。にとりは河童である。

 彼らは人間ともっとも縁が深い妖怪と言っていいだろう。時には神として祭られることもある。天狗や鬼の下に甘んじてはいるが、知名度でも負けてはいない。古来から人間とお遊ぶ妖怪となれば、河童と相場が決まっている。

 そしてビーチバレーは人間の遊びである。

 相手は地の果てでふんぞり返っている冥界の裁判官。にとりはほんのわずかな、意地を思う。静かな瞳に燃える勝負の炎。別に知識や生命観で負けていようがどうでもいいが、遊びで負けるのは癪ではある。ただし利害関係などを考えても別に勝てなくても損はない。

 

「まー」

 

 わざとらしく口を開けてにとりはやれやれと首を振る。

 

「ちょっとはまじめにやってやろうかな」

 

 素直ではない。

 

 ★☆★

 

「遅い」

 

 上下別れたスポーティな水着を着た少女。緑の髪が片方だけ長い。

 澄んだ瞳に白い肌。道を歩けばハッと人を振り返らせる容姿。そんな彼女は海の家の前で呆れたように言った。

 彼女こそ地獄の裁判官である四季映姫。そして今はしがない少年野球団の監督である。

 苛立たし気に言う彼女はとある地獄烏を待っている。形としてはこうである。河童にエントリーするために映姫は先に来た、少年少女達はお空をボディーガードのようなものとして引率させて、あとで海に来るようにした。

 お空は決して保護者ではない。むしろ野球団の主将こそがお空を連れてくるように言い含めてある。

 それが来ない。試合の時間はもうすぐである。正確に言えば一輪と妖夢が謎の譲り合いをしていることで時間が伸びている。

 

「まあ、まあ。どこかで道草でもたべてるんでしょう」

 

 声を掛けたのはグリーンの水着を着た船幽霊である。片手にはラムネを持って、閻魔に進めている。だが、閻魔はじっとこの胡散臭い船幽霊こと村紗水蜜の顔を見て、断る。

 

「ありがとうござます。せっかくですが」

「……そうですか?」

「…………炭酸を運動する前の者に渡す行為はわかっててやるのはどうかと思いますが?」

 

 水蜜はちぇーと苦笑する。見透かされている。仕方ないので後ろでだらけている霊夢の背中にラムネを押し付けた。飛び起きた巫女は水蜜からラムネを取り上げて、肌に押し付ける。本気で怒っている顔をしている。

 そのあとラムネの瓶を逆手に持ち鈍器として霊夢は使おうとする。

 

『このぉ、なんどもなんども』

『れ、霊夢さんそれ。硬いですから!』

「…………」

 

 映姫は「楽しそうな」船幽霊を横目にみつつ、あたりを見る。海の家の河童達は普通だが、遠巻きにしているネズミや毘沙門天は冷ややかに閻魔を見ている。

 コートを見ればなんだかやる気で睨んでくる河童。と背景にネコ。

 解説席ではやっとわかったかマイクを押し付け合っている一輪と妖夢とこいし。

 そして何故か嬉しそうな船幽霊を追い回す霊夢。その彼女と一瞬目があうと、霊夢はあわてて眼をそらす。明らかに何かを聞きたそうにしている。

 四季映姫が来たことに一同は驚いたが、それでも素直に近寄るようなことはできなかった。

 

「ふう」

 

 異変解決の巫女。今回の異変では「このごろ」殆どやる気を失い、仕事に追われる日々に興じている。最初のころとは違う。映姫としてはだいたいその理由は理解できる。本人も無意識に感じているのだろう、異変の立役者なのだと。が、今は関係などない。

 

「おおーい」

 

 遠くから声がする。映姫がそちらを見れば大手を振って走って来る地獄烏。旅館から来れば駐車場の方向からくるべきなのに何故か浜辺から、海と太陽をバックに笑顔で向かってくる。

 虎の帽子を被り、肩に砂バケツ。後ろには野球の少年たち。一様に楽しそうな顔をしている。まるでひと遊びしてきたような顔である。

 近寄ってきたお空はまず一言。

 

「あさりとってきましたよ」

 

 差し出される砂バケツ。海水を吸った黒い砂。その中に「あさり」が居るのだろう。

 映姫はそれを冷たく見て。

 

「なんであさり取ってきたんですか?」

 

 長い閻魔の命でもこのセリフは初めて言った。潮干狩りをしたことを尋問した閻魔はおるまい。お空はきょとんとした顔で、後ろの少年たちを振り返る。ただ、振り返っただけなのだが、後ろの少年がどきりとした顔をしている。

 

「おみそしるにいれればおいしいじゃないですか? ねえ?」

『はい』

 

 はい。と少年は応える。映姫はこめかみに手のひらをあてて、もう一度ふうと息を吐く。いろいろと言いたいことはある。説教したくて仕方がない。当のお空は頭に「?」の文字を出している。なんで映姫が呆れているのか分からない彼女の顔は、眼を開いてぱちぱちと瞬きをしている。

 ただ、映姫は飲み込んだ。全体を考えれば説教するのは後である。彼女はその瞳で真っ直ぐお空をみる。それだけでお空は何故かうろたえながら一歩下がった。曇りのない閻魔の瞳は誰にでも恐ろしいのかもしれない。

 

「それでは今から試合です。準備はいいですか?」

「しあい……?」

「ビーチバレーです」

「ああ、そうでした! 大丈夫よ。監督」

「監督……相手はあそこのコートにいる二人です」

「にとり……河童が相手なのね。楽勝です! ネズミはまだ消し炭にできてないけど、まとめてだってやってやるわ」

 

 瞬間、にとりの近くで「ぷちん」という擬音がした。顔は変わらない。いきなり消し炭にするといわれたナズーリンは首を傾げている。横では毘沙門天がタブレットを扱っている。

 映姫はにとりの様子に気が付いている。しかし、当のお空はやる気満々。勢いよく手で胸を叩く。胸の間にあったペンダントが揺れる。

 

「任せといてください!」

 

 自信も十分。はちきれんばかりである。

 映姫ににこっと笑いかける地獄烏は別の意味で眩しい。だが、映姫は危うさも感じる。テンションが熱しやすいのであれば、冷めやすい。横目で見ればコート上でにとりが一人、砂を蹴っている。人間の遊びで「河童」に勝てると言えば十分な挑発だろうと、聡明な映姫にはわかる。

 しかし、過去は戻せない。一度聞かれたことは戻らない。それはそれで、前に進むことに変わりなどない。映姫はお空に軽く微笑みかける。こんな時彼女の表情は限りなく、優しい。

 

「それでは行きましょうか」

「はい!」

 

 珍しく説教をしない映姫を少年たちはひそひそと話す。それは後で説教すると映姫は思う。

 コートを囲む人々は「客寄せパンダ」ならぬ「客寄せ妖夢」に集まっている。さらに熱気高まる会場で開始宣言をするために立っている「おかっぱ河童」。涙目である。どう考えても一輪などに押し付けられている。

 

 閻魔はコートに入る。彼女を睨みつけている青い髪の河童が一人。

 

「かっぱなめんなよ」

 

 ぎりと歯ぎしりが聞こえてきそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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