東方Project  ―人生楽じゃなし―   作:ほりぃー

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更新速度はやめな……お空の丁寧口調が好きです。


32話

 試合は5分間の中断になった。それはアイドルこと魂魄妖夢が着替える時間を取るためである。

 逆に考えればこの哀れな半分霊の少女に「5分」しか与えないことで抵抗の暇を奪うということでもあるのだ。海の家の裏にある簡易的な更衣室(屋外) ににとりが水着と一着と一緒に彼女を閉じ込め、SPのように外に河童を二名配置するという手配も完璧である。逃がす気はない。

 一応嫌だだのなんだの往生際が悪い妖夢が抗議したが、人間達の大歓声に押し切られた形で涙目で承知した。

 それでも彼女は刀を振り回す危険人物である。SPもどきとして配置された河童とて少女。いつ切りかかられるかという恐怖に耐えながらの警備の為、ガタガタと震えている。時折中から衣擦れの音と共に「かっぱきる」とか物騒な声が聞こえてくる。

 

 そしてまた一人河童がやって来る。それはおかっぱの彼女である、にとりはこの子を便利に使っていた。数か月前に山童(河童とは違う) に転向しそうになったことの償いでもあるのだ。

 手に持っているのはデジカメ一つ。更衣室に侵入して写真を撮るのが目的である。いい写真が取れたら、キャッシュに替える為にいろいろと使う。しかし相手は辻斬り。おかっぱの心境はライオンの檻に飛び込む気持であった。

 ちなみに門番の河童は見て見ぬふりをしている。おかっぱがどうなろうと知ったことではない。このあたりドライである。河童とて己の身が一番かわいいのである。しかし、おかっぱがドアノブに手を掛けようとする前にドアが「切れた」。

 

 悲鳴をあげて転げるおかっぱ。慌てずにおかっぱを見捨てて逃げるSP河童。

 がたん、ごとん。美しく切り裂かれたドアが砂の地面に落ちる。見えているのは中に入ったアイドルのお腹から下、そして煌めく二振りの白刃。着替え終わってからたまらなくなって抜いたのだろう。辻斬りの面目は躍如といったところだ。

 

 閃光が奔る。

 更衣室に刻まれる「線」。一瞬遅れてそこからからりと壁も、ドアも切れる。斬撃に飛ばされた残骸が僅かに宙を舞ってから地面に落ちる。そして更衣室だったところから出てきたのは上下淡いグリーンのビキニを着た少女だった。トップスは深い緑に白い線で文様が描かれている。

 鍛えあげられたしなやかな身体はあられもなく肌を見せている。下に至っては側面でリボンのようになった紐で支えられたビキニである。

 そしてうっすらと笑った殺気に満ち溢れた顔。

 銀髪が一本彼女の口元にかかり、冷たい瞳で見下ろされると恐ろしい。それに普通に両手に持った日本刀が太陽の光に煌めている。黒塗りの柄を握りしめたまま。つかつかとおかっぱに近づく妖夢。おかっぱは手にもったデジカメを後ろに隠して今にも泣きそうな顔で首を横に振る。彼女の頭に流れるバトル漫画を読んだ時の記憶。まさか自分が似たようなことに陥るとは思っていなかった。

 

「かっぱぁ」

 

 首元に刃を突き付けられるおかっぱ。現代日本でこのようなことになるのはある意味珍しい。それに相手がアイドルというのであれば有史以来初めてかもしれない。おかっぱは正座して必死に身振り手振り、平身低頭で自分は悪くない。すべてはにとりが悪いのだと弁解した。

 事実妖夢がここまで可愛く、そして肌を魅せざるを得ない水着を着させたのはにとりである。

 妖夢は冷たく彼女を見おろしている。流石になますにするのは可愛そうだが、肩ひもくらい切って恥ずかしい目に合わせてもいいだろうか、と思った。最近温泉のロケやらで全国的に肌をさらすようなことをしてしまったのでストレス的にはかなりまずいことになっているのだろう。

 おかっぱとして必死である。こんなところでかっぱの刺身になりたくはないし恥辱を受けるのも嫌だ。彼女は震えながら妖夢の容姿を褒めた。水着姿が可愛いだとか、刀が良く似合っているだとかまるで宮本武蔵のようだと褒めて褒めちぎった。客観的に見れば女性にそのようなことをいう事が褒め言葉かはわからない。

 しかし、妖夢は刀を下ろして、顔をうつむけてしまった。前髪で隠れた目元、恥ずかしそうに引き結んだ口元。ほんのり赤い頬。握りしめる刀。ちゃりと、響く金属の音。

 だんだんと染まっていく耳元。尻尾の様な先っぽを振りながら右往左往する半霊。

 生と死の狭間でおかっぱは命乞いにも等しい褒め言葉を並べている。刀が少し揺れるたびにこの小さな少女はびくぅと体をそらせる。競泳水着で座っているとお尻に食い込んで来るが、気にする暇などない。

 

「に、にとりはどこにいるの?」

 

 たまらくなった妖夢は聞いた。ここで勝利を確信したおかっぱは指をさして、あっちですと案内した。妖夢は少し小走りで両手に刀を握りしめたまま去って行った。

 ふうと息を吐いたおかっぱはぺたりと姿勢を崩しておしりから座る。ちょっと肩ひもを引っ張って戻す。

 

★☆★

 

「そういうことだったんですね! おかしいと思ってたわ」

 

 お空はうんうんと頷く。臨時で建てられたビーチパラソルの下で少年野球の子供達に囲まれた状態で得意気首を上下させる彼女はふふんと何故か笑う。目の前には映姫が姿勢良く座り、先ほどのにとりがやった「無回転ボール」や「アウト」を誘う戦術について解説していた。

 それを聞いてお空はわかったとぱちんと指を鳴らす。笑顔でウインクする。ノリである。

 

「今度は外さないよ!」

「はあ……」

 

 映姫は困ったようにため息を吐く。だいたい何が言いたいのかはわかる。要するにどんなボールが来ても細かいことを考えずに叩き、相手がアウトを誘っていても「にとり」にぶち当てればそれでいいだろう、という事だ。

 

 

「一応彼女に当てれば点にはなります」

 

 特に否定せずに映姫は言う。にとりにダイレクトアタックしても得点にはなる。現状は1点負けている状況ではある。先ほどお燐がダウンした時に映姫チームに一点入ったのだ。リードされているとはいえ、まだ試合は始まったばかりである。

 などと思っているとパラソルににじりよる青い髪の少女。言うまでもなくにとりである。緑の帽子を被り、ポニーテールな幻想郷では殆ど見せない姿。

 青い上下の水着からこぼれる肌色。不敵な笑み。彼女は映姫を見下ろしている。

 映姫も上目遣いで彼女を見た。静かな瞳はどことなく威圧感がある。少年たちは口々に「相手の人だ」と名前ではなくそういう。お空は「あ、河童だ」とそのまま言った。この場合お空の方が正しい。

 

「なんでしょうか?」

 

 映姫が聞く。

 

「いやさ。どうせ勝負するならなんらかの罰ゲームもあっていいんじゃないかなと思ってさ」

「それは、どんなものかしら?」

「別に。ただ一枚写真を撮らせてもらいたいだけだよ。あんたの」

「……あなたが負けた場合は?」

「同じことをするだけだよ。それか浜辺をランニングしてきてもいいよ」

「なんでそうなるのかわかりませんが」

 

 映姫は立ち上がる。少しにとりより背が高いから見下すような目つきになる。整った顔立ちの彼女に見られるとにとりも「う」と少し下がる。要するに映姫のアップの写真をラインナップに入れて儲けたいだけである。試合中に撮ってもいいのだが、この閻魔は鋭いからばれる恐れが高い。

 映姫はそんなにとりの心を見透かすように、よどみなく声を出す。

 

「まず『おなじことをする』とは定義が明確ではありません。それでは勝っても負けても私の写真を撮るという意味にも取れます。最終的に自分だけは逃れようとしている」

「そ、そんなわけないじゃないか!」

「見え透いているわ。そう、貴女は少し小細工を弄しすぎる。嘘をついているわけではないけれど、相手を誤解させることを分かった上で言うなら、それは嘘をつくよりも罪が重い。あなたは今のうちに悔い改めなければ地獄に落ちることになる」

「ふ、ふん! なんだよ。どっかのほそきみたいなことをいってさ。それに私はそんなこと一言も言ってないぜ」

「……」

 

 映姫はふと、小さく微笑む。ある意味河童らしいとでも思ったのだろう。それににとりは調子が狂った。両手を組んで横を向いた。どうにもにとり程度の詐術であれば映姫は騙せそうにない。ことごとく見破られている。

 

「そこまでいうならいいよ。負けたら私はなんだってしてやるよ。でも金銭的なこととか犯罪的なこととかは無しだよ。文句ないだろ!」

「そうですね。特にありません。どちらせよ勝つのは私達ですから」

「な、なに!」

 

 にとりがずいと前にでて閻魔を睨みつける。河童が遊びで負けるわけにはいかないのである。それこそ相手が神だろうがなんだろうが関係ない。

 そんな彼女の首元に白刃がぴったりと突き付けられた。

 

「見つけたわ……」

 

 特に空気を読んだりせずに河童の首を狙う半分霊のアイドルがにとりの後ろに立っている。水着を着ているので愛らしいビキニについたリボンが揺れている。にとりはごくりと息をのみつつ、目の前で「ようむだ」「ヨームだ」とはしゃぐ子供達を見つめていた。一歩間違えれば戻される。

 刀がチャームポイントの新感覚アイドルである。子供にも有名なのだろう。

 一応お空も子供達に合わせて「ヨームだ」と言っているが、よくわかっていない。映姫はすすっと下がって。妖夢の間合いから外れる。また前に出ようとする子供達を体で押さえる。少し嬉しそうな少年がいる。

 にとりと妖夢の周りに空白の空間ができている。にとりは冷や汗を流しながら言う。

 

「あ、ああ。着替えたんだ。見えないけど。それじゃあ早速試合しようか」

「遺言はそれだけですか?」

 

 話が通じそうにない。

 にとりは眼で映姫に助けを求めるが、この閻魔は子供を守るのに忙しい。いや、この河童はここで気が付くべきことがあった。確かに河童は古来人間の傍にいて、共に生き、共に遊んできた。しかし四季映姫という存在が何故遊びに勝つなどと言っているのかの答えが其処にある。

 命かかっている状態でそんなことを気にする余裕もない。にとりの頭脳が生存に動き出している現状で無駄な思考は不可能だった。彼女の脳内に生まれたのは腹黒い天狗の顔。にとりの情報網には類まれな情報網がある。彼女はアイドルと鴉天狗の因縁程度は天狗本人から聞いて知っていた。情報網はあまり関係ない。

 

「ふ、ふふ。こ、この試合に勝てばあの天狗の恥ずかしい写真を売ってもいいよ」

「え?」

「二度はいわないよ。お安くしときますぜ」

 

 商売の基本であり最も難しいことは相手の欲しい時に欲しいものを出すことである。妖夢にとってそれは喉から手が出るほど欲しいものであった。だがここでも映姫は冷ややかに見ている。天狗とは言ったが腹黒い天狗お写真とは一言も言っていない。

 実際にとりの懐にあるのは白い頭をしたパフェをおいしそうに食べる天狗の写真である。人間に毒されている点で言えば確かに妖怪として恥ずかしい。普通にみればいとけない。

 

 ころりと騙された妖夢は刀を下ろして。深刻な表情をしている。天狗の写真を手に入れることができれば一矢報いることができるかもしれない。本当は一死くらい報いてやりたい。ただ、水着でビーチバレーは恥ずかしい。

 だが、現代に来て最もヘンテコな方向に成長したのは間違いなくこの魂魄妖夢である。既に全国デビューを果たしているこの売り出しアイドルの腹は決まった。

 

「いいわ。あの恨み積み重なる天狗を斬ることができるのなら……ちょっとくらいなら」

 

 覚悟をきめた表情は凛々しい。詐欺に会っていると知ればどうなるだろう。ちなみに写真があろうとも斬ることに変更はない。

 

★☆★

 

 アイドルが笑顔で両手を振りながら入場すると、歓声が沸き上がった。

 ビーチバレーのコートの周りにはさらに人だかりができている。口コミでアイドルの噂が流れてしまったのだろう。飛ぶように飲み物が売れており、河童達は忙しく立ち回っている。人手が足りないからだろう「敗北者」であるネズミを捕まえてきてクーラーボックスを担がせて商売させたりしている。

 このネズミ。デジタルカメラを首から下げている。明らかに河童側に雇われている。

 緑の水着を着た妖夢が腰に刀を布で巻き付け、両手を振りながら営業スマイルをしている。

 これが彼女の成長の一つである。四日ほど刀を研ぎ続けて、刀身に映った笑顔であった。重度のストレスなどから生まれた武術で言う開眼であろう。営業スマイルを開眼したと聞けば、彼女の主人であれば笑い転げてしまうだろう。

 

 それに笑い切れていない。ちょっとひきつっている。まじめな性格が災いしているのだろう。

 にとりは後ろで首を回したり、軽くジャンプしていたりと準備している。ちらりと妖夢を見る目は冷ややかで、光がない。

 

「それじゃあ、踊ってもらおうかな」

「え?」

 

 不穏な言葉に妖夢が振り返る。にとりはにっこりとプロの営業スマイルをして「いやいや」と意味のない言葉を言う。

 結局のところ機械類の助けの無いにとりの力など高がしている。映姫やお空を向こうに回して戦えば必ずと言っていいほどスタミナが持たないだろう。だからこそ策を弄して妖夢を引っ張り出した。

 今の状況では幻想郷での力関係は殆ど意味を持たない。

 それは幻想少女達が実感として感じていることである。ただ、体格や知力はそのまま反映される。そして巫女のように妙に力仕事をしているものは一歩抜きんでるのも自明の理である。

 

 翻って考えれば魂魄妖夢ほどの逸材はいない。四六時中重たい刀剣類を腰に差して、全国を行脚している。体力的に言えばトップクラスであろう。そして頗るにとりとしては「扱いやすい」。

 

「それじゃあ妖夢さん。とりあえずその凶器……刀を預かるよ」

「な、なんでですか?」

「いや、そんなの持ってスポーツとかできないだろ? 安心していいよ、責任もって預かるから」

「し、信用できないんだけど」

「あっそ……。傷つくなぁ。まあいいや」

 

 けろりとした顔で「傷つく」などというにとり。

 

「それなら誰かに預かっていてもらおう。霊夢さんでもいいし、船幽霊でもいいしね」

「……壊さないでくださいね」

 

 刀を壊すとはどうすればいいのだろうか、岩にでもたたきつけない限り折れも曲がりもしないだろう。妖夢としてもなんとなく言ってしまっただけである。にとりは二振りの刀を胸元で抱える。重い。それを外した妖夢の戦闘力は上がるだろうと頭の中で計算している。

 

「それじゃあこの試合。私が指示をするから」

「な、なん」

「ナンデと言われればあんた……いや妖夢さん素人だからね。ここだけさ、いいだろう?」

 

 不承不承妖夢は頷いた。にとりは余計なことをいわずくるりと後ろを向く。にやけた顔。うまくいったとほくそえんでいる。彼女は刀を霊夢に渡すために早足で歩く。いきなり渡された巫女が仮に刀を粗大ごみに出そうともそれはそれでいい。本当ならばこの二振りの刀は妖夢が大事にする価値などない。それはにとりが知っている。

 

(とりあえず、恥かかせてやるよ。えんまさま)

 

 にとりは勝つためにいろいろなプランを頭に描く。実行するのは妖夢である。

 

★☆

 

「ヨーム!」

「はひっ!?」

 

 いきなり呼ばれてびくんと妖夢が跳ねる。腰に重しがないと落ち着かない。彼女はくるりと振り向く。どことく手持無沙汰に小さな手のひらを、祈るときのように指を合わせて。無意識である。

 相手はビーチバレーコートの反対側。ネットの向こう側でにやにやとしている、白黒の帽子を被った少女。お空である。彼女は両手を組んで、太陽の下で艶やかに光る黒髪を潮風になびかせている。

 

「この勝負。私が勝ちます!」

「……そんなことやってみないとわからないわ」

 

 ムッとした妖夢がお空を睨む。お空は余裕の笑みを崩さずに続ける。

 

「貴方の方が小さいですから。楽勝ですね」

「………?…………!」

 

 妖夢は少し考えて、何かを思って、顔を赤くして。胸元を隠す。

 

「か、関係ないじゃないですか!」

「核エネルギーと一緒です! 大きくて熱いものに勝てるわけないわっ」

「……そ、そんなことを言うなら。貴女のパートナーだって同じような物じゃないですか!!」

 

 お空の少し後ろで考え事をしていた映姫が、ちらりと、冷たい目を、妖夢に向けて、直ぐ戻す。気にしているというほどではないだろうが、無関心というほどでもないらしい。

 しかし当のお空は首を傾げる。

 

「それはまあ、監督も私より背は小さいですが……」

「……背?……」

 

 途端に赤くなる妖夢。何か勘違いしていたとお空は合点がいった。自分と妖夢を見比べて、ああと思う。彼女は片目を閉じてから顎を上げる。両手のひらを上に向けて。ふっと息を吐く。

 

「器のことじゃないわよ」

「だ、誰もそんなことを気にしていないわっ!」

 

 勘違いしているお空に過剰に反応する妖夢がびしっとお空を指さす。リボンが揺れる。それを映姫は見ている。

 

 


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