このお話は草案を造ったのが2か月前の為、現在の状況とかなり変わっています。
眠らせておくのはどうかと助言を頂いての公開となりますが、アプリがまだ配信されていない状況で作った話ということでお願いいたします。
吸血鬼とはかつて西洋諸国で恐れられた妖怪である。
無数の使い魔を使役し、
不死身の肉体を持ち、
人々の生き血をすする、理外の化け物。
その吸血鬼の中でも「破壊」の力を持つ少女が居る。これは彼女の恐怖が伝染していく物語である。
★☆★
人がダメになるソファーという物がある。とある白狼天狗が好んで使い、良く自宅で駄目な天狗になっているが大きなクッションでも代用することができる。
そのクッションは大きい。そして黄色い。ネズミの頭をかたどった奇妙なものだ。つぶらな瞳とほっぺたに電気袋と言われるまん丸の模様が描かれたふかふかの「ピカチュウクッション」であった。
フランドール・スカーレットはそれに背中を預けながら、寝そべったまま4DSでポケモンに興じていた。傍らには口の開いたポケモンのスナック菓子の包みと半分飲みかけの「ウー」のオレンジジュースのペッドボトル。
ハーフパンツで足を組み、細い足を組んだままだらしなく寝そべるフラン。吸血鬼は現代でここまで駄目になったと標本として使えそうなほどリラックスしている。たまに4DSを持ったまま、クッションの上でごろごろする。
ここは吸血鬼の巣窟である。要するにマンションの一室、リビングである。部屋にはフラン以外はいない。他は仕事に出ているか、私用で居ない。
『明日は晴れるでしょう』
誰も見ていないテレビが寂しく天気予報を流している。フランはそれをちらりと見て、またゲームに眼を戻す。最近は氷の少女やその「妹分」とあそびに出ることもあるが、一人の時間も彼女は多く持っている。数百年引きこもっていた実績があるのだ。
ちなみに氷の少女の「妹分」とはフランから見た主観であり。その本人は全く認めていない。むしろ自分の方が精神的に上と思い、いろいろと苦労している。
フランはしばらくぴこぴことゲームをしていたが、テレビの音が煩わしくなったのだろう。のそのそと起きて、テレビのリモコンを探す。目的は消すことである。
「あれ、ない……」
リモコンがない。どうでもいい時は普通にあるが、必要な時は大抵ない。彼女は気が付いていないがクッションの下にある。「りもこんかくし」という現代の妖怪の一種と言われるほどありふれた光景である。
仕方なくフランは立ち上がってテレビに近づく。主電源を直に消そうというのだろう。だが、彼女がそのモニターの前に立ったときこう、映像が流れていた。
『では次のニュースです。欧米ではスマートフォンを通してポケモンが出現するアプリが人気を博しています』
がっ、とテレビの枠を掴むフラン。眼が開かれている。
「な、何ですって」
小さな肩を震わせる。テレビを掴むために中腰になっているから、後ろから見れば可愛くお尻を突き出しているようにも見える。しかし、フランはそんなことを気にする余裕などない。
画面に映るのはスマートフォンを通して、道端でポケモンをゲットしている人々の映像である。シャカイモンダイだとか、アルキスマホだとか意味の分からないことをキャスターが喋るが、フランにはどうでもいい。
「ほしい」
ぽつりと言うフラン。片手に持った4DSが床に落ちそうになったのであわてて、足の甲で受け止める。痛い。壊さないようにとっさの行動だったが、フランはうずくまり足を抑えた。
だがしかし、そんなことを気にする余裕はない。
「ほしい、ほしい!」
きらきらと光るフランの瞳。一人ではしゃぐ吸血の少女。彼女の頭の中にはポケモンをゲットするために街を歩く自分が居る。それを見て羨ましがる氷の少女のイメージまで出来上がっている。
彼女はどたどたと家の電話まで走った。
★☆★
「はあ……? ポケモンのあぷりですか……?」
路地裏でメイド服を着た赤毛の彼女。紅美鈴という麗しい女性が首を傾げた。バイト中に電話がかかってきたので外に出たのだ。狭い路地で壁に寄りかかりながら話す。
彼女はスマートフォンを耳に当て、片足をちょっと上げて壁につける。そんな気取っているような恰好をしている。すらりとした太腿がスカートの間から見えている。別段本人は意識的にやっているわけではない。
電話の相手はフランドール・スカーレット。可愛い「ご主人様」である。眼に入れてもなんとか耐え抜いて見せるだろう。美鈴はくすりと笑う。
『今ニュースでやってたのよ! すまーとふぉんのあぷりとか言ってたわ。めーりん、あれが欲しいわ!』
「もう、妹様。この前ポケモンのオメガ何とかを買ったばかりじゃないですか。それにまた新作がでるらしいじゃないですか」
『う……まあ。うん』
「仕方ありませんね……」
ふうーと息を吐く美鈴だが、表情がまんざらでもない。じゃれつかれるのは嫌いではない。彼女はばんと胸を叩く。その場にいない吸血鬼の少女の為に。
「任せてください妹様。なんとかしてみます」
『……!……!』
フランは何も言っていないが、何故か美鈴には電話の向こうの彼女が笑顔になっている気がした。
「楽しみにしててください妹様!」
その一言が今日を憂いの一日にするとは美鈴は思っていなかった。電話の向こうから「うん」と元気よく聞こえてきたのを笑顔で聞いている彼女には、想像もできないことであった。
★☆★
さて、アプリとはなんぞや。美鈴はそこから解を始めなければならない。一応商品名くらいはフランも覚えていたらしく「ポケモンゴ」とかいうらしい。頭にアルファベットが浮かばないのか哀れな想像ではある。まるでネットスラングのようだ。
美鈴はスマホを持ってはいるが格安スマホであり。基本的に通話にしか使わない。
しかし、彼女には。いや正確には彼女の所属する「紅魔館」には頼りになる少女が居る。たいていの面倒ごとは彼女がなんとかヒントをくれる気がする、美鈴は仕事が終わってから、ジーンズとノースリーブの白シャツというラフな格好に着替えて、とあるカフェへ足を向けた。
そのカフェ、客がいるのかいないのか分からない。いるときはいるが、いないときはいない。経営が成り立っているのかよくわからない。オーナーは半分趣味で経営しているらしくほとんどいない。そのせいで単なるバイトである美鈴の会いに来た少女が店主のようになっている。
美鈴がカフェの入り口を開けると「カランカラン」と鈴の音がお出迎えしてくれる。ほのかコーヒーの香りが鼻をくすぐる。シックな照明に照らされたカウンター席には誰もいない。美鈴が其処に座ると目の前に「目的の少女」が居た。
「珍しいわね。ここに来るなんて」
短い銀髪が照明でにぶく光る。深い藍色のエプロン姿なメイド長。
十六夜咲夜は美鈴を見てそういった。
「いや、実は咲夜さんに頼みごとがありまして」
へへ、とどことなく卑屈な笑いをしながら美鈴は言った。何でかこの遥かに年下の少女に頭が上がらない。
「ふーん」
と咲夜もお手拭きを投げて渡す。それを美鈴が「どうも」と掴む。この二人だけの動作だろう。場合によってはクレームになりかねないが、瀟洒なメイドは相手を選ぶ。
美鈴は手を拭きつつ、簡単にコーヒーを注文する。別に飲みたいわけでもないのだが、一応頼んでいかないと咲夜はあまりいい顔はしない。
「咲夜さん。そこで早速なんですけど、ポケモンゴって知ってますか?」
「ポケモン……ゴ? ああ、また妹様のことね」
「そうなんですよー。テレビを見て欲しくなったらしくて、私も大変で」
「……へえ」
へえ、という言葉が冷たい。紅い瞳で咲夜は美鈴を見抜いている。大変などとほざいてはいるが、むしろ自分から安請け合いしたのだろう。そう咲夜は推測、いや確信した。
美鈴の満更でなさそうな顔が既に全てを語っている。
咲夜は手元でコーヒーカップなどを準備しながら、聞く。かちゃかちゃと音が静かに響く。「ポケモン=妹様」と見抜いた瞳が用意したコーヒーケトルに映る。
「それで私に何をさせたいのかしら?」
「実は妹様が欲しがられているのがスマフォのあぷりとかいうらしくて……それをどうやって手に入れればいいのか、と相談を……」
「……なんでそれを私に相談するのかしら?」
「いや、咲夜さんなら知っているかなと」
「何でも屋でもないんだけど……まあいいわ。そう難しいことじゃないし、ただダウンロードすればいいのね?」
「打雲老弩?」
「……とりあえずスマホを貸しなさい」
きょとんとした顔の美鈴から咲夜はスマホを預かる。それから手慣れた手つきで右手の親指だけで操作する。美鈴の場合「人差し指」で操作するから天と地と言っていい。何をしているかは美鈴もよくわからないが、多少安心している。咲夜に任せれば何とかなる気がする。
「ん?」
「どうしました?」
咲夜は眉間にしわを寄せて難しそうに画面を見ている。少し困惑しているようにも見えないことはない。彼女はしばらく操作して、美鈴に向き直る。
「確かポケモンゴとかいうアプリと言ったわね」
「はい」
「そんなものなかったのだけど、似ている名前の物はあったわ。でもまだこの国では配信されていないみたいね。カミングスーンって書いてあるわ」
「へ? それはどういうことですか?」
「……簡単に言えば入手不可能という事ね」
美鈴の口が、開く。何を言われているのか分からないというような呆けた顔。頭に浮かぶのはフランドールの姿。そして「入手不可能」の言葉が耳に響く。
ばんとカウンターを叩いて美鈴は立ち上がった。彼女はカウンター越しに咲夜のエプロンを掴んだ。
「な、何でですか!! 咲夜さん!!」
「いや、離して。そう言われても私にどうすることもできるわけでもないわ」
「そ、そこをなんとかしてくださいよ!」
「私は猫型ロボットじゃないのよ」
「意味わかんないこと言わないで下さいよ! こっちは真剣なのよ!!」
「…………」
サブカルチャーを冗談として使う時、相手も知っていないと空ぶる。しかも恥ずかしい。咲夜はそれを思い知ったが、美鈴の手を払い。代わりに腕を組んで堂々と立つ。
「安請け合いしたあなたが悪いわ。とにかくまた、妹様が不機嫌にならない様に謝る事ね」
「だって、でも」
「でもじゃないわ」
「た、楽しみにしててくださいって言ってしまったんですよ?」
「…………別に私もいじわるで言っているわけではないわ。手に入れることのできないものはどうしようもないでしょう?」
★☆★
「はあ?……ポケモン?」
レミリア・スカーレットは心底呆れた顔をしながら電話をしている。耳に当てたスマートフォンから聞こえてくるのは、仕事に真面目とはあまり言えない門番の声。彼女はメイドの
少女に突き離されてしまい、思い余って紅魔館のトップに相談を持ち掛けている。
世の中ではこういう行為を「乱心」と呼べる。
ここはとある高級マンションの踊り場。ネットオークションで稼ぐ人形遣いの住む場所である。彼女はそこでとある仕事をしているのだ。しかし、今回は関係がない。
レミリアは頭に帽子を被らずにブラウスと肩からまわしているサスペンダーが伸びて、支えられている黒の半ズボン。それにミニネクタイ。動きやすい恰好である。遠くから見れば少年のようにも見える。
『そうなんですよ……ど、どうしようか迷ってまして』
「……美鈴。私は猫型ロボットじゃないのよ?」
レミリアからすればそんなことを相談されても困るだけである。しかも彼女はこう考えている。まさか自分が自分の従者と同じことを言っているとは露とも知らない。
(アプリとは確かアレね。スマホにいれる。そんな程度のこと自分でやってほしいわね。美鈴にもフランにも困った物だわ)
聡明な吸血鬼の彼女は直ぐにそう見抜いた。現代で頭が良くてもこんなものなのかもしれない。
めんどうだとレミリアは思うが、反面これを解決しなければフランが駄々をこねる可能性があるともわかっている。少し前に肚黒い天狗をまきこんだ小さな事件のようなことになってもやはりめんどくさい。
深いため息をつき、彼女は唇を開く。
「いい? 美鈴」
『は、はい!』
「今回はこの私が直々に解決してあげるわ。今後、このような小事で私の手を煩わせないで欲しいわ。……あなたはフランを甘やかし過ぎよ」
『あ、ありがとうございます。す、すみません』
情けない声が向こう側から聞こえてくる。レミリアは思わず小さく笑ってしまい、牙がきらりと見えた。基本的に部下から上司に頼みごとをする場合、言葉足らずであり説明不足に陥ってしまう例が往々にしてある。今回はその典型であろう。
レミリアが聞いたのはアプリの名前とフランが頼んでいることだけだった。
★☆★
とあるカフェにレミリアがやってきた。まだ昼の時間である。普段なら朝方にふらふらと来て、新聞と紅茶を楽しんでからまた外に行く。今回は目的がある。
スマートフォンでアプリをなんたら、とレミリアはおぼろげな理解しかない。やればその聡明な頭脳は即座に理解するだろうが、今までそれを使う場面が無かった。だから彼女の従順な「従者」にそれを代行させようとしているのだ。要するに頼りに来た。
レミリアはカウンタ―席に座り、足を組む。そして肘をつき、顎を載せる。気取ったポーズで店員に声を掛ける。
「咲夜」
「はい。何になさいましょうか。お嬢様」
先ほどとは打って変わっての丁寧な物腰と柔らかな言葉。軽く会釈しながら、銀のお盆を胸にあてて、レミリアの傍に立つ咲夜。その姿がなんとも似合っている。
レミリアは眼をかるく閉じたまま、口を開く。
「紅茶をいれてちょうだい」
「かしこまりました」
また、小さく会釈をして離れる咲夜。しばらくしてこぽこぽとお湯を沸かす音が聞こえてくる。
「咲夜。頼みたいことがあるのだけど」
「はい、何なりとお嬢様」
手を止めずに澄んだ発音で咲夜は応える。レミリアはこのメイドの声が少し好きだ。
「フランのことよ」
「妹様の、ことですか?」
咲夜は嫌な予感がしたが顔には出さない。もちろんレミリアは知らない。
「そうよ、困ったことにまたゲームが欲しいと言い出したのよ。美鈴に頼んでいるみたいだけど」
「美鈴、ですか」
「そうよ。それでぽけもんご、とかいうアプリを手に入れて欲しいのだけど。いいかしら」
「………………」
いいかしら、と言われて咲夜はどう返していいか迷った。レミリアが美鈴から相談されたのか、フラン自身から言われたのかまでは分からないが、このメイドは既に答えを知っている。入手など不可能なのである
「お嬢様」
「何? 何か問題があるのかしら」
「その。申し上げにくいことなのですが」
本当に言いにくそうに手短に、そして簡潔に咲夜は先ほどあったことを伝えた。美鈴が来たことも相談されたこともレミリアに伝えた。この吸血鬼の少女は黙って聞き、涼しそうな顔を崩すことはなかった。
咲夜がより香りのする紅茶をいれたカップを彼女の前に置く。それを取ろうとしてかちゃ、レミリアは音を立てた。普段ならそうはならないだろう。手が震えている。
「なるほどね。既にあなたには相談済みということね」
「恐れ入りますわ」
「入手不可能……はあ、またフランが不機嫌になって飛び出ていかなければいいけれど」
「その時はまたあの天狗を付けますか? 前のように」
「ああ、アレね」
アレ、呼ばわりされるあれ。
レミリアはカップを持ち上げて、小さな唇につける。今回は良い味がする。前はドクダミで作った紅茶を飲まされた。吸血鬼だからと言ってなんでも飲ませていいわけではないだろう。彼女は続ける。
「それでもいいのだけど、フランがポケモンなんかでまた駄々をこねているなんてすれば沽券に……沽券にかかわるのかしら? ……仕方ないわね」
「どうされるのですか?」
「電話するのよ」
レミリアは半ズボンのポケットに入れているスマホを取り出してどこかに電話をかけ始める。耳にスマホを当てて、何故かそのクリッとした目で「電話を見ながら」、首を少し傾けている。癖だろう。
『はい』
気だるそうな声がする。咲夜にはもちろん誰か分からない。しかし、知らない魔法使いでは決してない。
「パチェ? 今いいかしら」
『いいわよ。なにかしら』
「実は……」
咲夜はこのあたりで相手がだれか完璧に分かった。だから特に詮索することもない、身内である。彼女はとりあえず。店の作業にもどった。レミリアは自分の親友に良い知恵を借りるつもりなのだろう。
カウンターからは事情を説明している声が聞こえる。しばらくするとレミリアも携帯を切り、優雅に紅茶を飲み始めている。何かいい案があったのだろうと咲夜はその顔を見て思った。
お尻が震える。咲夜は眼をぱちくりさせて、後ろポケットを見た。携帯が鳴っている。嫌な予感しかしない。着信を確認すれば「パチュリー様」である。二秒考えて、咲夜はため息とともに電話に出た。
「はい、どうされました?」
『ああ、今いいかしら』
「はい」
『ポケモンゴって知ってるかしら?』
どうやら紅魔館という物は、どこから入っても最終的にメイドに行きつくらしい。おそらくレミリアからの電話を貰ったパチュリーもそのまま十六夜 咲夜に丸投げしようとしているのだろう。美鈴もレミリアも思考回路は同一である。
つまり美鈴に相談しようが、レミリアに相談しようが、パチュリーに相談しようがメイドネットワークがつながってしまう。
咲夜は誰もいないところでにっこり笑う。
「ええ、知っていますわ。ポケモンということは妹様のことですか?」
『……わかっているなら話が早いわ。さっきレミィから電話があったのよ』
「え!? そうなのですか?」
『なんで私にそんなことを言うのか分からないのだけど、貴女になんとかしてほしいのだけど』
「そうですねぇ。今日は御夕飯の買い物などがありますので……」
『……なんでちょっと怒っているのよ』
「え? そんな事全然ありませんわ」
咲夜はニコニコしながら電話をしている。しかし、パチュリーは何かを感じ取っているらしい。しかし、大魔女として威厳たっぷりに言う。
『そう……怒っていないならいいわ。咲夜。レミィが言っていた物は手に入らないようなの。放置していたらまたトラブルになるかもしれない。だったら代わりに何か買って与えれば取り合えず落ち着く』
「なるほど、では何を妹様にご準備しましょうか?」
『そこは咲夜に任せるわ』
「ま、まかせるとおっしゃられましても」
『私は……電気ネズミには全く興味がないの』
「私も興味があるわけではないですし。あと御夕飯の……」
『買い物ついででいいわ』
「…………はあ。かしこまりました」
パチュリーはそれを聞くと「頼んだわよ」と一声残して電話を切る。どこで何をしているのかと言えばおそらく自宅で引きこもっているのだ。よくアマンゾからパチュリー宛ての代引きが来るので部屋で何をしているか少し咲夜には想像できる。
咲夜は少し目線を上げる。
「……ぽけもん……。はあ」
何を買えばいいのかわからない。一応「妹様」が欲しがっていたのはポケモンを捕まえるゲームだとは知っている。咲夜は少し考えて、ぱんと両手を合わせる。思いついたのかぱちっと眼を開く。
そうだ、と顔に書いてある。彼女の思い浮かべているのは行きつけのスーパーの衣類コーナーで見た「あれ」である。
それから一人でくすくすと笑う。いたずらっぽい顔が似合う少女である。咲夜はしばらくして携帯を取り出して、最初に相談してきた門番へ連絡した。彼女はこう伝えた。
「美鈴? 渡したいものがあるから一時間……いえ、二時間後にカフェに来て」
★☆★
フランは一人でごろごろしている。彼女は先ほど手に入れたついさっきテレビの情報で頭を抱えていた。美鈴に頼んだことである。どうやら「あれ」はまだ手に入れることができないらしい。とすれば美鈴に少し悪いことをしたような気もする。
「うー」
ピカチュウのぬいぐるみの首のあたりを抱きしめてうめく吸血鬼。もふもふのぬいぐるみの毛が顔に当たる。顎をそれにぐりぐりと押し付けている。特に意味はない。
彼女は単に美鈴の帰りを待っているだけである。まさか紅魔館を巻き込んだ話になっているとは夢にも思わない。
そんな風にしながら既に30分。彼女の周りには開かれたまま放置された4DSやお菓子、それにタオルケットなどがある。中々満喫した恰好である。当初、この世界に来たときは何もせずにうずくまっていたことを考えれば大きな「進歩?」であろう。
がちゃ、と遠くで音がする。玄関の開く音である。その音にフランはばっと飛び起きる。まるで本当に誰かの帰りを待つ子供のようであった。
「ただいま帰りました」
聞こえてくる声は美鈴の物である。フランはもう一度「うー」とうめくと立ち上がる。ピカチュウのぬいぐるみを抱いたまま。凛々しい顔つきなのが、ミスマッチで愛らしい。彼女は部屋のドアノブを開けようとして、ぬいぐるみが邪魔なので投げた。
がちゃりと開ければ、外からむわっとした空気。フランの部屋は常に冷房か除湿がされているのだ。
「めいりん」
「……あ、妹様」
ひょこり顔を出してフランは電気を付けていない廊下を伺う。美鈴の声はするが姿は見えない。フランはむぐ、と小さく口を動かすが声がでない。どういえばいいのだろうか。謝るべきなのだろうか。
しかし、その前に暗闇から声がする。美鈴の声である。
「申し訳ありません妹様……じ、実は頼まれていた物はまだ発売していなかったようで……手に入れることができませんでした」
あ、とフランは思った。美鈴の言葉に小さく首を振る彼女。いいのだ。そう伝えようとした。だが、美鈴は続ける。
「しかし、妹様。代わりにこれを」
ぱちっと電気を付ける音がする。廊下の照明が一斉につき、そこに立っている美鈴の姿が鮮やかに映し出された。
黄色いフードに突き出た二つの「耳」。体を包む黄色の布にぎざぎざの尻尾。それを着て真っ赤な顔をした赤毛の女性。紅美鈴がそこに、ピカチュウを模した全身パジャマを着て立っていた。
フランは眼を開けて。口を開けて。ふらふらと廊下から出てくる。それから徐々に口元が開いて、嬉しそうな顔をする。
「め、美鈴。そ、それなに!?」
「え、えっと。あの咲夜さんがあなたがポケモンになればいいということで……。渡されました」
くるりと回る美鈴の尻尾が揺れて、背中に茶色の2本線の模様。正直言えば恥ずかしい。フランの頭からゲームのことを一瞬で忘れさせる程度には印象的な姿。
そして、咲夜はこれを渡すときに美鈴に一言秘策を授けた。この姿であれば鳴かなければならない。美鈴はフランに向き直った。
「ぴ、ぴっかぁ……」
顔から火が出そうなほど恥ずかしい。何故か両手でピースしている。フランはそれを聞いて、ぷっと噴き出してからころころと笑った。お腹を押さえて心底楽しそうに笑う。
「ふふふ、あはは、ああははは!」
涙が出そうなほど笑うフラン。彼女は目元を腕で拭って、美鈴に近づく。
「な、なんでこうなるの? ふふ、あはは」
「さ、咲夜さんがぁ」
「いいの。美鈴」
優しく微笑みかけるフラン。綺麗に整った顔立ちな彼女、怪しく光る紅い瞳。人形の様だと美鈴は思った。フランは美鈴の服を引っ張りながら、美鈴を見上げる。
「これを買ってくれたなら少しくらい我慢するわ」
「……え。これ妹様のサイズにはあわないとおもい、ますけど」
「……え?」
「え?」
フランの顔から途端に表情が消える。彼女の頬が僅かに膨らんだ。よく見ないとわかりかねるくらいに少しだけである。彼女はそれから踵を返す。ぺたぺたと廊下を歩き、部屋に入ってばたんとドアを締める。それからガチャりと鍵まで閉めた。
一人残された美鈴はしばらく呆然と佇んでから、現実を理解する。慌ててドアに駆け寄り、縋りつくようにして声を掛ける。
「い、妹様ぁ!」
中から返事がない。ドアに張り付きながら美鈴が動くたびに、尻尾が揺れている。
捕獲画面
リビングで金髪の少女がピカチュウのパジャマを着た女性にじゃれついている写真