東方Project  ―人生楽じゃなし―   作:ほりぃー

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何もない日のになにかが起こる日


おまけ 異次元からの来訪者last

 ちゆりは逃げに逃げた。夢美という追っ手を撒くために小道に入り、烏帽子を被った豪族とぶつかり、謝り。さらには公園の滑り台の陰に隠れたりと縦横無尽に逃げ続けた。

 

 この炎天下の中である。

 

「ひぃ、ひぃ」

 

 岡崎夢美は暑苦しそうな恰好のまま街中を練り歩いている。目指すは自分を物理的に倒して逃亡した、助手の少女。捕まえてどうするかと言えば助走をつけて殴りつける気である。相手は人をパイプ椅子で殴りかかってきたのだから、比べれば可愛い。

 

「あ、あつい」

 

 その後ろをついていくのは汗だくの犬走椛。なんとなくついてきてしまったことを今は後悔している。さっきのカフェでお化けに半ば強引に借財をしてから、離れる機会はあったのだが成り行きじょうなんとなくついてきてしまった。少し犬の行動に似ている。

 

 それはそうと今は完全にちゆりのことを見失ってしまっている。リサイクルショップで騒いでいた彼女を走って追い詰めようとしたが、まさかちゆりの逃亡ルートが普通に民家に侵入して庭から壁を乗り越える破天荒の物だったことが災いした。

 

「そ、そもそもなんであいつを追っているんだ」

 

 椛に至っては何で追っているのかもわかっていない。本当に薄着してきてよかったと彼女は思っていた。あと、普通のシャツだったら透けていたと今は安心している。薄手のパーカーは汗でべとついても大丈夫である。

 

「あ、あの子は私の助手です」

 

 夢美が短く説明すると椛は「人望がないのか……」とぼそりと呟いた。

 

「いや、なんで逃げるんだ」

「さっき私をパイプ椅子で殴ったからじゃないですか?」

「……は!?」

 

 椛は混乱するしかない。何を言っているのか分からない。

 ★☆

 

 一方のちゆりはお腹を押さえていた。さっき食べそこなったサンマが恋しい。そして喉はからからである。彼女も汗にまみれているが、お腹の大きく空いた服装幸いした。少なくとも彼女のご主人様のように暑苦しい恰好に比べればましである。

 

「うう。のみたいぜ」

 

 どこを歩いても、どこに行っても自動販売機がある現代。ちゆりは幻想郷の少女達とは別の科学の世界の住民であるから、その機械が何なのかすぐにわかる。彼女は赤い自動販売機の前に立つ。

 そしてしゃがんで地面ほっぺたをつけて、自販機と地面の隙間を見る。

 

「……お、コイン見つけたぜ」

 

 やりぃと手を伸ばして自販機の下をまさぐるちゆり。手にとって見ればかなりさびたゲームセンターの「メダル」であった。

 だからその後ろを紙袋を胸に抱きしめ、日傘を差して歩く少女に気が付かなかった。緑の髪の涼やかな目元をした彼女は、ちゆりをちらりと見てから特に何も言わずに通り過ぎていく。

 

「これはいくらなんだぜ?」

 

 地面に胡坐をかいてメダルを眺める。黄色い髪がゆらゆら揺れているのは、メダルをいろんな角度から見ているからだろう。それはお金ではないと言ってくれるものはここにはいない。

 

「えーと、SEG……最後のアルファベットが読めないわ」

 

 どうやら擦り切れているらしい。メダルの表面の文字が見えない。ちゆりはまあいいかと自動販売機に投入してみるが、案の定おつりの出る穴からちゃりんと返って来る。ちゆりはがっくりと肩を落とした。

 

「どうやら足りないみたい」

 

 足りないのではないが、ちゆりはメダルを手の中でもてあそぶ。それにしても喉が渇いて仕方がないのである。唇をなんとなく嘗めても別に意味はない。

 

「仕方ない。ご主人様にそろそろ謝るか」

 

 頭に両手をやって身体を伸ばすちゆり。そろそろ戻る気になっていた。これ以上逃げることに意味はないだろう。そう思っていると声がした。

 

「見つけた。ちゆり!」

 

 少し離れたところに荒い息をついている赤い恰好の少女。岡崎夢美である。後ろには白髪の少女がついている。ちゆりはあれは誰だろうとのんきに思った。ちゆりは近寄って来る夢美にタイミングよく頭を下げようと両手をだらりと下げる。

 謝るというのは、先制攻撃でなければならない。後で謝るというのは下策である。ちゆりはいつでも来い、いつでも謝ってやるという気持ちなのである。

 

 夢美は少し頬を膨らませたような顔で三つ編みを揺らしながら歩いてくる。コンクリートの地面に足音高くならしながら、マントをばたばたと風に揺らしながらである。逆に言えばこの格好で街中を走り回っていたともいえる。

 

 向かい合う二人。教授と助手である。ちゆりの方が少し背が低いから見上げている。

 

「何か言うこ」

「ごめんなさーい。ご主人様ぁ」

 

 ちゆりの考え方は人の心の動きに乗っ取った物だったが、彼女自身が軽すぎて誠意が全く伝わらないという弱点があった。

 

 ★☆

 

 思いがけないことはいつも起こる。夢美の頬が赤くなり、少し目つきが鋭くなってしまう。ちゆりは慌てて流石に今のはフランク過ぎたと気が付いた。彼女は手に持ったメダルを後方へ投げ捨てて、身振り手振りで言い訳を始めた。

 

 メダルが飛んでいく。宙をきらきら、弧を描くように。

 とある少女が自動販売機の前に居た。さっきジュースを3本ほど「家の」ものに買おうとしたら不審者が小銭をあさくっていたので素通りしてから戻ってきたのだ。

 日傘を畳んだ彼女は財布を取り出すところだった。

 その頭に、メダルがささる。がちんと金属の痛そうな音がして、地面に落ちたメダルがチャリんと音を立てる。被害者の少女はそのメダルを指でつまんで後ろを見る。ゆったりとした動きである。

 顔は笑っている。紅い瞳でちゆりと夢美をじっとみている。

 身をひるがえせば白地に慎ましやかな花びらが彩られたスカート。少し体に張り付く無地で黒のカットソー。首元の肌色が少し目を引く。

 

 そんな彼女を見て犬走椛は戦慄していた。

 

「あ、あいつは」

 

 以前カツアゲされた記憶がある。それも射命丸文のくだらない何かに巻き込まれる形で初対面初カツアゲである。もっとも金銭を盗られたわけではない。ありったけの持ち金でお菓子を買わされたのだ。

 

「あ、あの」

 

 ちゆりの襟を掴んでいた夢美が近づいてくる「少女」に声を掛ける。メダルが当たるところを確認はしていないが、何か得も言われぬ恐ろしさを感じる。

 その少女は口角を少しづつ吊り上げる。右手に紙袋を抱えて左手に日傘。この場合、傘というよりはウェポンと言った方がいいのかもしれない。

 

「あなたたち。人に物を当てて詫びの一つもないのかしら?」

 

 風見幽香はにっこりとそういった。

 

 ★☆

 

「ぐ、ぐええ」

 

 教授と助手は仲良く並べて首を締めあげられていた。幽香はニコニコとしている。整った顔立ちは逆に恐ろしい者に見える。少なくとも夢美にはそう見えているだろう。ちゆりは反応していない。

 夢美は必死に弁解する。本来であればその力を遣い、なんとかできるかもしれないが幽香の妙な迫力と一日に何度も警察を呼ばれそうになった心理的ストッパーがその行動を選ばせなかった。

 

「な、なにを怒っているのかわかりませんが、め、迷惑をかけたのなら謝りますわ」

 

 夢美はメダルを確認していない。少し涙目である。だが、その言葉を聞いて幽香は首を少し傾けながら、ふふと小さく笑みを浮かべる。

 

「謝って済むのなら警察も崖もいらないじゃない」

「お、お金は持っていません……」

「あら、そんなものは求めていないわ。貴女も見たところただの人間には見えないから、少しくらい乱暴に扱っても大丈夫ね」

「い、いえ。一応普通の人間、ぐぇ」

 

 大学教授として出したことない声を出している。一応千年を生きた由緒正しい天狗も同じようなことになったことがあるので恥ずかしい事ではないかもしれない。

 その天狗の仲間である椛は電柱の陰にぴったりと張り付いていた。逃げることを考えたが逃げられない。夢美とちゆりをほっておくわけにはいかない、のではなく隠れていないと猛獣に見つかる可能性があるから。

 

「く、くそ。な、なんで私がこんな目に」

 

 そもそも最初は買ったおやつを公園で食べようとしただけなのである。それが妙な大学教授にからまれ、カフェで食い逃げをすることをすらも考え、今はこの街で最大の天敵に出会っている。

 

「そこにいるのはひじきのお仲間ね」

(ひ、ひじきってなんだ)

 

 髪の色で幽香が「ひじき」とあだ名している者がいる。ひどい様にも見えるが逆にひじきも「わかめ」などと言っている。椛はばくばくなる胸をパーカーの上から両手で抑える。自然と息が荒くなってくる。冷えた汗まででてきた。

 

「さっさと電柱の陰から出てこないとただじゃ置かないわよ」

「……くそ」

 

 両手を上げて投降する椛。観念している。どうせ狭い町であるから今日逃げても明日には捕まる。反撃をしようものなら、さらなる報復を食らいそうで怖い。それを見て幽香は笑顔まま、手元でのびている二人を掴んだままである。

 

「意外と素直に出てきたわね。出て来なければあなたの上司を責めようと思っていたのに」

「文のことか」

「そんな名前だったかしら。よく覚えていないわ。逃げてもいいのよ。全ての責任はあいつに取らせるから」

 

 椛はきっと目元を吊り上げる。そして幽香を強く見つめながら言う。

 

「なめるな。本人にいう事は絶対しないが、私にとって文は大事な奴だ」

 

 張りのある声で叫ぶ椛。両手は上げたままである。幽香は意外な答えを聞いたような顔をしている。しかし、椛の話には続きがある。

 

「だから、心苦しいが文も私の身代わりになってくれると思う」

 

 大切だからこそ身代りに仕立て上げる行為はメロスもやっている。要するに椛は相当遠まわしに見逃してくれと言っているのである。しかも「ひじき」を売っている。その答えにに何を満足したのかうんうんと頷いた幽香はばっさりと、

 

「だめよ」

 

 と一声。それにもう少し付け加える。

 

「あなたたち三人にはやってもらいたいことがあるの」

 

 ★☆

 

 どんどーん。

 

「お、おおあたりー!」

 

 黒いシャツの上に「おいでませ商店街」と襟に抱えた半被を着た少女が太鼓を鳴らす。赤く短い髪はちょっと癖がある。若いバイトである。

 ここは商店街の入り口。彼女の周りには商店街の人間であろう、年配で同じ格好をした人がいる。それ目の前には長机とでん、と置かれた抽選機。いや、「がらがら」の方が通りが良いかもしれない。

 どうやらがらがらを回して当てた者がいるらしい。机の前には年配の女性。バイトは自分も嬉しそうになって景品を手渡している。かき氷機らしい。大きな箱である。

 

 バイトの後ろには景品表が飾ってある。

 一等「温泉旅行」、二等「商品券3万円分」、三等「かき氷機」、などで後はお菓子や竹べらなどと妙な物が並んでいる。小さな商店街の福引としては頑張っている方かもしれない。バイトは楽しそうにしている。

 そのバイトを楽しそうに見ている周りの人間もいるのでそれだけで意義はあるかもしれない。まさかそのバイトの正体が太鼓の達人だとは思わないだろう。

 

「あれよ」

 

 物陰から幽香が言った。同じように物陰から顔出す、椛に夢美にちゆりにこいし。

 まず疑問に思ったのは椛であった。

 

「あ、あれよと言われても。もしかして福引をしてくるだけか?」

「そうよ。簡単でしょう。はい、あなたたちの一人一枚分チケットはあるわ」

 

 椛達にそれぞれ一枚づつチケットを手渡す幽香。こいしも両手を「頂戴」していたが、彼女の分はない。だからちぇーと一言たったか何処かに去って行った。

 

「はい!」

 

 ちゆりが学生のように手を上げる。幽香は「なにかしら」と聞く。

 

「わたしたちがあの中でいいもの当ててくればいいんだぜ?」

「言葉へんね」

「照れるぜ」

「……くす。そうよ。良いもの当ててくれば許してあげるわ。ちょうど買い物をしたチケットが手元にあったから使わないと損でしょう?」

 

 それを聞いて夢美が困ったような顔をする。

 

「それなら自分で行けばいいのではないかしら……」

「え? チケットを食べていいかって? いいわよ。手伝ってあげるわ」

「い、いえ! 行きますわ」

 

 幽香のフィルターを通ると恐ろしいことになる。いや、風見幽香に出会ったことでちゆりも夢美も争いをやめている。猛獣の前で仲たがいしている場合ではないとしても、それはそれで幽香は平和をもたらしているのかもしれない。

 ぱんと幽香は手を叩く。それから親指をたてて、くいっと福引の方向を指す。速くいけという事だろう。椛達はそれでのろのろと物陰から出ていく。こんな滑稽な姿は珍しいだろう。その後ろ姿に幽香は声を掛けた。

 

「ああ、そうだわ。もし大したものが取れなかったら道の真ん中で自己紹介をしてもらうわ。趣味とかいろいろと話すだけよ。簡単な罰」

「自己紹介?」

 

 夢美が振り返った。ちゆりと椛は首を傾げている。しかし、次の瞬間には三人はことの重大さがわかった。

 

 ――わたしは岡崎夢美です。大学教授をしており、専攻は魔法についてです

 

 これを大来で叫べということである。それは椛達も変わらない。やればほぼ確実に不審者として見られるだろう。

 

 ★☆

 

 抽選場の熱がほんのり上がっている。

 

「いい? ちゆり絶対なにかしら当てるのよっ!」

「そうだ。えっと、ちゆりとかいうの。私達の名誉がかかっているんだ」

 

 うるさいギャラリーをバックにちゆりはがらがらの取っ手を持っている。何故か目の前で赤毛のバイトがガッツポーズをしてくる。がんばれと言うことだろう。それにちゆり自身が小柄だからだろう、人が集まってきて彼女を見ている。

 がんばれよ。と周りに声。何を頑張れと言うのか。

 

「ふう。期待を一身に受けるのはつらいなぁ」

 

 金髪の彼女は人目を引きそうだが、真っ赤なギャラリーの方が目立つ。彼女はしっかりと取っ手を持って。少し動かす。がらがらと抽選機に入っている玉の音がする。彼女は精神を統一させるような気になりつつ、一度目を閉じる。

 それからカッと眼を見開いてからがらがらと勢いよくまわした。

 かつんと出てくるのは青い玉。バイトは「ああ~」とわざとらしい声を出して、手元にあった柿ピーの袋をちゆりに渡した。

 

「しまったぜ」

 

 受け取りつつ、滑らかに袋を開けて柿ピーを食べるちゆり。後ろでは教授と天狗がそれぞれどちらが先にいくのか「どうぞどうぞ」と手で促し合っている。ちゆりはぼりぼり食べながらてきとうに謝る。

 次に前に出てきたのは椛である。彼女もバイトにチケットを渡す。このバイトは一応顔見知りだったりするので「がんばるのよ」と声を掛けてくれた。

 

「よーし白いのが勝つぜ」

「きっとあたるわ! ……ちゆり、それちょっと頂戴」

 

 椛も取っ手を掴む。福引にここまで緊張したのは初めてである。正直に言えばもう何が当たろうとどうでもいい。あの幽香が納得する何かが出てくれればいい。

 

「……神に祈ったことなど殆どないが……」

 

 椛ははあと息を吸い、吐く。ゆっくりとがらがらを回す。鰯の頭も信心からというきっと福引でも信じれれば何かしらの返礼があるかもしれない。

 

(頼む、頼むぞ)

 

「気合が足りないぜ」

 

 はっと後ろを見る椛。ちゆりが強い目で彼女を見ている。

 

(気合? 関係あるのか? いや、もうやるしかない)

「うおおお!」

 

 言いながら勢いよくがらがらを回す椛。周りの人々も「おお」と何故か感心しているような声を出している。

 かつーんと出る白い球。バイトがそっと手渡してくるティッシュを椛は呆然と両手で受け取り、下がった。参加賞のようなものである。それを持ってずこずこと椛は後ろへ下がる。 

 

「ふふふ」

 

 ウザったい顔で顎を上げてる。そんな勝ち誇ったちゆりがむしゃむしゃと柿ピーを食べている。椛はかっとなっていった。

 

「な、なんだその顔は。ティッシュもそれも変わらないだろう!

 

 低次元の戦いである。二人とも殆どはずれのような物だったのだが、僅かな差が明暗を分けた。奴隷は鎖の重さを誇ると言うが、この二人は柿ピーとティッシュを比べている。

 

 それはそうととうとう残ったのは岡崎夢美一人である。椛もちゆりも彼女へ期待をかけるよりほかはない。当の夢美もどきどきしている胸に手をあてて、落ち着く。引けなければ人生でもかなり上位に入る恥辱を受けざるをえない。学会から追放されるというある意味すごいことをしたときと同じ気持ちである。

 

「ご主人様リラックスなんてせずに気合をいれるといいぜ」

「うっさいちゆり!」

 

 夢美はちゆりに対してだけ口調が少し違う。長年一緒に居ればそうなるのも当然と言っていいだろう。それに応援しているようでちゆりはピーナツツだけを選んで食べている。

 そもそもちゆりだけはのほほんとしているところがある。実際往来で大声で叫べと言われれば普通にやりかねない顔をしている。へそ出しルックなど夢美であれば、恥ずかしくてどうしてもできない。

 

 そんなことを思っていると夢美は頭の中でへそ出しのシャツを着た自分を想像してしまう。くだらない想像をしてしまったからか。眼を開いて顔をゆでだこのように赤くする。これで全身真っ赤に成れたのだ。

 そんな彼女に椛が声を掛ける。

 

「おいっ。さっきなんでも願いを叶えてくれるといっただろう。今いいものをひいてくれっ」

「そ、そんなぁ。プラズマなら用意できますけど」

「そ、そんなものいらん。私は恥ずかしい目に会いたくないっ」

 

 夢美もそこは同じ気持ちである。彼女はふと、空を見る。蒼穹、とはいかない。電信柱の顔が見える、そんな空。周りに響いてくるのは応援の声。

 

(いい、ところだなぁ)

 

 なんとなく、そう。なんとなくそう思った。視線を戻した夢美はきりっとした顔でと自信満々に口角を吊り上げる。吹っ切れたのだろう。

 

「当てるわ。それじゃあ、いくよっ」

 

 取っ手を掴む。それからがらがらがらと勢いよくまわす。固唾をのんで見守るみんなが、一瞬しんとなっている。それからかつんと音が鳴った。

 

 いつの間にか夢美は眼を閉じている。福引の玉はまだ見ていない。片目だけそっと開けて、ちらっと球を見る。見ればそこにあったのは、

 

 きらきら光る金色の玉だった。とたんに響き渡るバイトの太鼓の音。どどんと景気よく「おおあたりー」と声が響く。

 

「やったぁあ」

 

 ぴょんとジャンプして年相応な姿を見せる夢美。両手を組んで、眼をきらきら。心底嬉しそうな顔をしている。後ろではちゆりと椛が両手を取り合って喜んでいる。

 周りから聞こえる拍手。みんなが彼女を祝福している。夢美はなぜかちょっと目が潤んできてしまった。目の前のバイトも手に「商品券」の封筒を持っている。

 バイトは両手でそれを捧げ持って夢美に手渡す。夢美はそれを受け取ってから胸で抱きしめる。

 

「ありがとう」

 

 歯を見せて笑う彼女は、本当に可愛らしい。

 

 ★☆

 

 

「あれ、二等だったんだな」

 

 とある豪族が活躍する小料理屋の座敷で椛がいった。目の前で焼けているのはお好み焼き、いい匂いがする。対面にいるちゆりは皿に切り分けたお好み焼きにかじりついてはマヨネーズを付けている。

 店員は忙しく立ち回っているようである。いつものことながら子供が多い。

 

「まさか一等がレインボーの玉を用意しているとはおもわなかったわ」

 

 夢美もかっくり肩を落としている。少し仲が良くなっているのか椛にも口調が砕け始めている。

 

「まあ、もぐ。あの緑の髪も許してくれたし、いいぜ」

 

 結局風見幽香は二等で満足していた。ぼそりと服を三着買えるなどと言っていたが、自分で着る為かどうかはわからない。

 

 ――これはあげるわ。

 

 と一万円分の商品券をくれた。もとはと言えばチケットも彼女の物である。ただし、もらった商品券を見ると商店街専用であった。表面に描かれたのは聖徳太子の絵らしいが、ヘッドホンをしている妙な人物である。誰がデザインしたのだろう。

 ということで料理屋に来たのだ。今日は一万円分商店街で使い切らないといけない。明日は使えないのだ。ちゆりと夢美は明日にはいないかもしれないのだから。

 

「これが終わったらどこに行こうか?」

 

 椛がお好み焼きを食べながら言う。

 

「どこと言われても、なにか素敵な物があるところがいいわ」

 

 夢美は科学者の癖に抽象論を言う。

 

「わたしコンビニにいきたいぜ。こっちではどんなのなんだろう」

 

 ちゆりは口に物をつめながらも器用にしゃべる。

 

 かちゃかちゃと食器を鳴らしながら、遊びの計画を立てる三人。今日は楽しかったと分かれることができる、そんな予感が三人にはしている。

 


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