東方Project  ―人生楽じゃなし―   作:ほりぃー

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注意:能力の解釈は恣意的です。寛大な心で命だけは。


34話

 鴉は飛ぶ。

 灼熱の太陽の元に元気いっぱい、両足に力を込めてできるだけ高く。その顔は自信に満ち溢れて、輝いてるかのよう。

 お空は刹那の浮遊感に妙な心地よさを覚えながら、宙に浮いているボールをスパイクする。バシッと小気味よく音が響いて、相手のコートに角度厳しく打ち込む。

 

「っ!」

 

 砂を蹴るのは白髪の少女。緑の水着のリボンが揺れているが、顔は真剣そのもの。妖夢は全身全霊かつ最速のでボールを追いかける。腰をかがめて、砂に着く前のボールを右手ではじく。よろけて砂浜にばしゃっと倒れる。

 

「河童!」

 

 宙に浮くボール。そこに走り寄る青い髪の河童が一匹。

 わずかに低く張ったネットのおかげで彼女でも問題なく敵陣へ攻撃できる。きらりと瞳を輝き、汗が飛ぶ。彼女は飛んだ。ネット際。

 お空も飛ぶ。大柄な彼女は両手をあげて、ブロックの構え。一秒にもみたないにとりと彼女の対峙。その瞬間ににとりは体をあえて傾けて、にやりと微笑む。

 

「うえだよ」

 

 にとりは軽くボールを上にあげるようにはじく。

 

「わっ?」

 

 お空が宙で手を伸ばしても届かない。その上を超えていく。観衆の驚くような声。しかし、にとりは落ちていく数秒間にそれを見た。彼女の撃ちだしたボールは柔らかく相手のコートに落ちるはず、だった。

 その落下地点に既にいるのは緑の髪の閻魔。髪を片方だけ邪魔にならない様に結んでいる、おさげな彼女。四季映姫は涼しげな顔のまま、下打ちする。手を握って振った。

 弧を描くきながらにとりと妖夢の上を飛んでいくボール。その的確な弾道ににとりは無駄と知りつつも手を伸ばす。だが、現実は無常である。その手がボールを拾うには数メートル以上も足りない。

 ぱぁんとコートの最奥。ライン上に落ちるボール。これ以上ない程のカウンターである。必要以上に力まず、無駄なく。精度も高く。にとりは両手を膝につきながら、得点の笛が鳴るのを聞く。

 これで「16-12」。もちろん閻魔たちは前者である。お空は監督に抱き付いて、喜びを表そうとして避けられている。

 

 

 無駄がない。とにかく四季映姫にはゆさぶりも小細工も通用しない。

 にとりと妖夢はコートの後ろで短いミーティングをしながら、細かいルールは観客も審判もにとりも誰もしらないので、タイムアウトは結構適当である。にとりはアーク・エリアースのペットボトルをごきゅごきゅと飲む。

 

「ぷはぁ。まったく。なんだあいつ……」

 

 前衛に出てくるお空を超えること自体は簡単である。彼女のレシーブもスパイクも強力ではあるが、魂魄妖夢の身体能力の前には通用しない。だからこそ殆ど無茶なことをしてにとりは引きずり出したのである。

 妖夢は胸に手をあてて息を整えている。激しい動きをしているからか体がほんのり赤い。はっきり言って彼女が居なければ既に負けていた可能性が高い。

 

「弾幕ごっこなら引けを取らないんですが」

「ある意味これも弾幕ごっこみたいなものじゃないの? 妖夢さん」

 

 ふたりはちょっと眼を合わせてくすりとする。ほんのちょっと体から力が抜けた気がした。にとりはそれでもいい策は思いつかない。映姫はまるで自分たちの動きを先読みしたかのようにお空をフォローしてくる。自分はあまり前に出ないとしても。

 

「データ的な分析をしてるのかな?」

 

 と思ってみたが、先ほどの攻防でもお空の上を超えるボールの落下点に既に彼女はいた。確かにあの状況で言えば軽く上げるボールも選択肢から言って予想できるかもしれないが、的確すぎるような気がにとりにはしている。

 

(……)

 

 四季映姫は閻魔である。それを証明するように彼女は聡明である。しかし、現状では力の大半は使えないはずであることはにとりにはわかる。ただ、知能的には別であるから、その予測を予知にまで昇華させている、ととりあえず結論付けた。

 妖夢の息も整ったらしい。彼女の胸のあたりがリズムよく動いている。だが、にとりは現状を打開する策がまだ見えない。

 

 

 その四季映姫のサーブである。コートの一番奥でボールを片手に静かに構える。

 それだけで少し威圧感を妖夢は感じた。彼女は腰を下げて、目の前の状況にだけ集中している。相手のコートでお空が「アーコイシサマ」などと言っているのは耳に入らない。

 映姫はすっと手の載せたボールを上げる。何故だろうか、その動きがあまりに自然すぎて美しい。一瞬妖夢は意識が映姫自身に奪われてしまった。ぱんと音がしてからはっとする。

 

 妖夢に迫る青と黄色の混ざったバレーボール。殆ど回転の無い。綺麗なサーブ。

 

「くっ」

 

 両手を組んで受ける。ボールの反発を腕で感じつつ、妖夢はにとりの受けやすい前方へボールを弾いた、つもりだった。勢いよく飛んでいくボールは観客席へ吸い込まれていく。しまったと妖夢が思った時には笛が鳴っていた。

 これで「17-12」である。妖夢は申し訳なさそうににとりに言う。

 

「すみません。少しぼおっとしてました」

「いや、うん」

 

 にとりはうわの空で答える。今少し気になる物を見た。彼女は映姫と妖夢を交互に視ながら、状況を観察していたのだ。映姫がサーブを撃った後も少しの間だけ見ていた。

 わざとらしく構えを解き、じっとにとりを見る映姫が其処に居た。まるで妖夢が取れないことを知っているかのような動きだと、にとりは思ってしまう。正直言えば彼女は混乱している。

 映姫の視線と動きの意味。にとりは考えた。クイズにヒントを与えられているかのような妙な感覚。ぞくりとするような予感。にとりは顔に手をあてて俯いた。

 

「ど、どうしたんですか」

 

 妖夢が気遣うのをにとりは手を振って大丈夫とジャスチャーする。逆にくくくとにとりは笑う。

 

「くく。ああ、そうか。そりゃあ反則だよね」

「え? は、反則をしているんですか?」

「厳密には違うかな……妖夢さん」

「はい?」

 

 にとりは妖夢を見る。不敵に笑うその顔はちょっと小悪魔のよう。

 

「この勝負負けたらあんたの写真をばらまくから。水着のやつ」

 

 にっこり、とてもいい笑顔でにとりは脅しをかける。彼女なりの激励である。相手は顔を白黒させて、赤くしたり青くしたりとても面白い反応をしてくれた。

 

★☆

 

 何かもめている。映姫は相手のコートを冷ややかに見ている。彼女は息を大きく吸って、静かに吐く。だんだんと体に倦怠感が広がっていくのを抑えきれなくなってきた。体を遣っているというよりは、全てを遣っていると言っていい。

 

「監督っ。このまま勝ちましょうっ」

「そうですね」

 

 きらきらと瞳を輝かせるお空にさらりと返す映姫。少しめまいもする。熱中症などではない。使い過ぎているのである。汗が出ない。むしろ体が冷えてきた気すらもする。

 

「とにかく勝ちましょう。貴女もこのままお願いします」

「ふふふ。任せてください」

 

 つらそうなそぶり一つ見せずに映姫はお空に言う。お空が顔に自信をにじませながら。右手で胸を叩く。どんと任せておけという事であろう。映姫はこくりと頷いて、審判からボールを受け取る。サーブ権はまだ彼女の物である。

 

「……」

 

 映姫は空を見る。穏やかに広がる青い世界。彼女はさらに深く息を吸う。

 太陽が黒く染まっていく。そこから滲むように空が白くなっていく。世界が黒と白に染まっていく。ただ、それだけの世界。

 

 ――白黒つける程度の能力

 

 四季映姫の前に「ゆらぎ」はない。全ては完全にはっきりとした色に分けられる。本来であればもっと強力な能力かも知れないが、ここで使うだけならば「事象に白黒結果をつけられる程度の能力」と言っていいだろう。

 アウトになるボールも、得点も、その状況での最善手も映姫にはわかる。状況やデータを元に判断するよりも数段、いや次元の違う能力である。代償として今の映姫には凄まじい負担となって体に降りかかってくる。

 だるい。映姫でなければ倒れているかもしれない。

 

(今の私なら仕方ありません)

 

 映姫は思う。本来的に言えば、自分の能力で疲れたりすることなど殆どないはずである。しかし、今は状況が違う。一応他の少女達も能力は使える。事実、古明地さとりはその気になれば心を読めるし本人も気が付いている。ただ、最大限に集中すればの話ではある。

 

「霊烏路空。もう少し前へ」

「はい!」

 

 サーブをする前に映姫はお空の位置を調整する。どうでもいいことであるが、お空の返事はとても良い。聞いているものの心を明るくさせるような、そんな声である。映姫も思わずくすりとする。

 彼女は少なくとも今日は閻魔のつもりではない。周りがそう見ようとも、今日だけは昔に戻っているつもりなのだ。無邪気な願いはできるだけ助けてあげる、そんな存在であった昔にである。

 映姫は桃色の唇を薄く開いて、小さく唇を嘗める。彼女それからいつものように涼しげな顔で相手のコートを見た。

 

 そこにいたのは、さっきまでとは比べものにならないほど闘志に満ち溢れた少女であった。潮風に揺れているのは銀髪だけではない。その額に巻いた長い緑の鉢巻きがたなびいている。いつの間に付けたのだろうか。

 足を開いて、腕を組んで。ぎらぎら光る眼で映姫とお空を見ている少女の肩にはいつも連れている半分こされた霊。そう、彼女こそ退路を断たれた魂魄妖夢の姿である。この勝負に負けたらこの観衆にプロマイドをばらまかれると聞いて、闘志があふれてきたのだ。

 刀を持っていたら途端に危険人物になっていただろう。

 

 

 にとりにはわかっている。映姫が予知をしているわけでも運命を操るようなことをしているわけでもないことは。この幻想郷から外に出たからくりの一部を造った河童は能力の使用自体は無理ではないという事もわかる。ただ、かなり無茶なだけ。

 

「どうせ、あいつは入る確率が高い場所が分かる程度だろ。ただ、こざ……私の技術とかが効かないのがうっとうしいけどね」

 

 にとりは一人で喋る。彼女はコートの後衛。前衛には闘志燃やすアイドル。

 

(無理してなんかしているのなら、スタミナもたないはずだからね。それにあいつはきっとこっちの攻撃とかが始まってからしか判断できてないはず)

 

 さっきから映姫自身が攻撃に積極的ではないのは、単純に体が動かないからかもしれない。そうにとりは思う。それにこの試合の結果のような「未来の事象」の白黒も今はつけられないはずである。付けられるなら勝ち目はない。

 どんなまやかしも四季映姫には通用しない。なら使わなければいい。映姫が後ろでお空をフォローし続けるのであれば、にとりはアイドルを支援する。アタックとフォローを明確に分ける。

 そう映姫自身がいくらこの場での最適解を分かっていようと、

 

「あっははははは」

 

 何故か笑っている霊烏路空には全部は伝えられない。

だからこそ多少なりともにとり達は得点できたのだ。にとりはコートの一番後ろで構えて、ぺろりと唇を嘗める。汗で前髪が少し濡れている。この河童は不敵な面構えの時が一番輝いている。

 

(ここからが勝負さ、私の考えが正しいって)

 

 四季映姫が向かいでサーブする。にとりにめがけて弧を描く、美しい軌道。

 

(証明してやるよ!)

 

 にとりは熱意とは裏腹に軽やかに落下地点に来て。ぽーんとボールを上げる。無造作に上げているように見えてにとりはしっかりとネット際に落ちるように上げている。

 鉢巻をはためかせながら、妖夢が動く。彼女はちらりとネットの向こうで構えているお空を見た。

 

「なに? 勝負?」

 

 無邪気に何か言っているお空。彼女は受けて立ったと言わんばかりにネット際で構える。妖夢との一騎打ちである。比較的大柄なお空と細身な妖夢の間には一枚のネットと落ちてくるボール。

 両者が同時に飛ぶ。

 妖夢の瞳はボールを見ていない。ただお空を見ている。

 もう一つ、見ている「眼」がある。にとりはお空の後衛である映姫がどこにいるのかを見つめていた。頭でどう攻撃すれば入るか組み立てて、声にする。

 

「そこだよ、右側に撃って!」

 

 にとりの声がする。妖夢は空中で腰を捻り。角度を付けて右側にボールを撃ちだす。殆ど反射的である。お空も慌てて腕を伸ばすが間に合わない。ぱしんと砂に突きささったボールが砂煙を上げた。

 

「ああぁ」

 

 残念そうに地面に着地したお空。それとは逆にアイドルが得点して盛り上がる会場。わあわあ、ざわざわと観客が囃す。それは審判の笛の音も聞こえなくなくるほどの歓声であった。

 これで「17-13」。

 妖夢はその場で両手でガッツポーズをする。そこににとりがきて、二人はハイタッチする。薄暗い脅し脅されの関係とは思えないほど微笑ましい。

 

「やりましたっ」

「うん。この調子だよ」

「写真ばらまいたら斬りますね?」

「あはは」

 

 恐ろしい会話を明るくする二人、実際ニコニコしている。

 にとりの策など単純である。映姫が白黒つけようとつけまいと、自分たちのできる「最高」のパフォーマンスは決まっているのだ。最短最速でアタックまで持っていき、にとりの指示に反応した妖夢が最高の一撃を相手のコートに穿つ。

 小細工や他を一切抜いて、相手に「点を取られる」と白黒つけさせてしまうくらい協力すればいい。常に全力で当たらざるを得ないが、妖夢はうってつけである。

 

「よし。反撃するぞっ」

 

 にとりは両手を組んで相手を睨む。視線の先にはお空に何か説教をしている映姫がいる。

 

★☆

 

 

 わあわあと遠くから歓声が聞こえてくる。

 その女性は浜辺の片隅でぽんぽんとトスの練習をしていた手を止めた。その柔和な笑みはいろんなものを包み込んでくれそうな、そんな優しさにあふれた物である。まさか数か月後にバイクを乗り回しす女性とは思えない。

 髪を後ろで結んでいる。紫色の髪が毛先になるほど薄色になりやがて茶髪になっている。それでいて肌色がまぶしい。黒いビキニを付けて、その上からやはり黒く短いスカートをはいている。

 聖白蓮であった。彼女はビーチバレー大会の横断幕を作ってから、チーム造りに「余ったもの同士」で隠れて練習をしていた。

 

「盛り上がっているようですね」

「どうでもいいわ」

 

 白蓮の相手はそっけない。頭に小さな麦わら帽子を被っていて、蒼い髪をしている。帽子には桃の飾りがついている。

 着ている水着のトップスは白地に華やかなフラワーの模様。下はショートパンツを穿いているが、腰のあたりから中に穿いているのだろう、トップスと同じ柄のビキニが見える。お腹には小さなおへそが開いていて、無駄な物のついていない腰回り。

 

「どうせ私が勝つから」

 

 比那名居天子は少し不機嫌そうに言った。いろいろとあって、いろいろ間に合わずにいろいろとたまっているのだ。

 白蓮はそれを聞いて頼もし気ににっこりと頷く。彼女もビーチバレーはやったことがない。だからこそやってみたいという気持ちが強い。まるで少女のような屈託のない顔で、彼女は楽しみにしている。

 

 

 

 


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