東方Project  ―人生楽じゃなし―   作:ほりぃー

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注意。短いです。キャラが喋りません。いつもと文章の雰囲気をわずかに変えています。


短話:カゲロウー・デイズ

 狼。それは古来より人々に恐れられていた、今は亡き獣。

 夜にその瞳を鈍く光らせ、行き交う旅人をその闇の底へ引きずりこむ。それは恐怖の対象でありつつも、その姿に人々は畏敬の念を覚えた。ゆえに時に神として祭る事すらもあったのだ。

 

 時は冬。雪の降る12月。これは現代に降り立った一匹の狼の観察き……物語である。

 

 ☆★

 

 雪が降っていた。白いそれが空から落ちていく。

 窓の向こうはほのかに明るい。夜だというのに雪がほんのりと光っているかのようだった。おそらく今年の冬は寒くなるだろう、野生の動物たちも必死に生き延びるためにあらゆる知恵を使うことになると、今泉影狼はこたつでぬくもりながら思った。

 狭い部屋に大きな炬燵がある。唐草模様の蒲団をつけたそれの上にみかんとだらけた影狼の頭が載っている。

 茶髪に赤い瞳。一目見るだけではっとさせるような整った顔をした彼女は、テレビをなんとなくつけて動物特集を見ている。番組名はダーウィンだがなんだかが来るとか来ないとか、影狼はよく覚えていない。

 

 狼は厚い毛皮に守られているからこそ冬を物ともしない。

 だからこそ影狼もちゃんと赤いちゃんちゃんこを着てぬくぬくしている。しかも手すらも出さずにこたつに入れている。

 雪がふっているというのに外に出るわけがない。

 

 影狼は何をするでもなくこたつに足を突っ込んだまま動ける範囲という「なわばり」を動く。昨日買ったクッションを枕代わりにしつつ、身体をすっぽりとこたつに入れてテレビを見たりする。

 しかし、彼女とて一匹の狼である。時に「肉」を食べたくなる時もある。

 影狼はふっと立ち上がり、早足で歩く。狩をする狼は鈍重な行動はしない。矢のような動きとこたつへの帰還を果たしたい心を軸に影狼は台所に行く。

 戸棚からビーフジャーキーを取り出す。赤い肉がパッケージされているそれをニコニコしながら持って帰ろうとする。狩は成功したのだ。

 だが、狼は強欲の象徴でもある。彼女はさらに冷蔵庫を開けてビール缶を取り出す。

 ふふふんという笑顔で巣(こたつ) に戻る影狼。滑り込むようにこたつにもぐりこみ、ぶるぶると震える。戻った時に外気がこたつの中に入ったらしい。しかし、強い狼である影狼はそんなことに負けはしない。

 果敢にビーフジャーキーの口を牙で開ける。狙った獲物の喉笛を食いちぎるための牙は健在なのだ。彼女は中に入っている塩気の強いビーフジャーキーを取り、噛み、ちぎる。口に広がる濃厚な味つけ。影狼は「くせになる」などと思う。

 そしてビール。ぷしゅと開けて、ぐいと飲む。喉を鳴らしながら冷たいビールを飲むのだ。

 これには秘策がある。影狼は冷蔵庫に入れる前に「外へ」放置していたのだ。雪の冷たさがビールを極上の冷たさへ誘ってくれている。寒くてもビールは冷たいほうがいい。これこそ外の世界の「厳しさ」を知る野生の知恵である。

 

 それからビーフジャーキーをカミカミしながら、ちびちびビールを飲み始める影狼。

 ちょうど歴史ものだがなんだかの赤い武士のドラマを見終わった影狼はふと思った。ぎらりとその赤い瞳で窓の外を睨む。その凛々しい横顔は絶滅したニホンオオカミのありし日を移しているかのようだ。

 

 ――おでんたべたい

 

 狩の目標は決まった。牛すじなんかを買えば一応肉食としての体面は保てる。

 しかし、影狼は難しい決断も同時に迫られている。安全な巣(こたつ) を離れて外に出るのはどうだろうか。しばらく考えた後やはり狩に行くことに決めた。非情に難しい判断だった。

 だが、決めた狼はすばやい。狩の道具である財布を持ち。

 ちゃんちゃんこを脱ぎ棄てる。こんなものは不要である。元々は狼は寒さに強い。外に出るにも影狼にはふさわしい恰好がある。

 下に履いていたショートパンツと黒のストッキングはそのまま、上はタンクトップである。健康的だった。さらにその上から洋服いれからシャツを取り出して着る。それからもこもこしたダウンジャケットを羽織り。フードを被る。それからリップクリームを取り出して、柔らかそうな唇に塗る。ちょこちょこ唇を動かして馴染ませる姿は微笑ましくはある。

 さらにホットカイロを出してきて、しゃかしゃかと手で振る。もちろん両手用に二つである。片方ずつポケットに入れておくのだ。

 玄関を出る影狼。ドアを開けると冷たい風が顔を叩いた。

 行くのを止めるか悩んだが、獣の食欲を抑えることはできない。彼女は一歩踏み出す。ちゃんと家の鍵を閉めてから――

 

 

 近くのコンビニエンスストアまで徒歩5分もかかる。長旅だ。

 影狼は冷たい風にも負けず、肩に積もる雪にもめげずに歩いた。野生の心あふれる彼女にはなんてことはない。ちょっと帰りたいだけだった。彼女は街灯の光を反射する雪がきれいだと心を紛らわせながら歩く。

 途中に自動販売機がある。いつもおしることコーンスープに目が行く。ずずっと鼻を鳴らしながら影狼は我慢した。

 いつかどんな旅も終わる。影狼の辛い旅もコンビニをその眼に見た時、全てが報われた気持ちだった。雪を蹴りながらはっはっと犬、いや狼のように走る影狼。乙女走りをしている。獣は時に自らの敵意を隠したりすることがあるのだ。おそらく狼としての凶暴性を擬態しているのだろう。

 

 明るい光の中に影狼は入っていく。

 黄緑の看板にガラス張りのコンビニ。外から見えるのは並べられた雑誌と、クリスマスの飾り。影狼が入り口をくぐると「とぅるるぅるるるー。るるーるぅーるーるぅー」と軽快な音楽が出迎えてくれた。

 入口を潜れば出迎えてくれるコーヒーサーバーと向かい合った栄養ドリンクの棚。影狼は眼もくれない。おでんに一直線。おでんの什器はたいていがレジの目の前にある。だから影狼は力強く歩いた。彼女を物理的に止められるものはいない。

 レジの前に他の客がいた。その横でおでんを物色するのは少し恥ずかしいので、影狼は右に90度カーブしておかしコーナーを抜けてしまう。抜けた先はドリンクコーナーである。

 気を取り直して何か買おうとする影狼。ビールでもいいのだが、高い。チューハイなどを物色しつつ。ワインなども飲んでみようかと思いつつも、つまみも物色したりしている。

 お酒コーナーで近くにあるお寺にいる一輪とかいう尼に会ったときは会釈する。狼は、いや強いものは礼儀正しいのである。彼女は入り口にいったん戻ってから買い物かごを手に取ると、いろいろと欲しいものを詰め込んでいく。

 

 冬は寒い。外に出た時にため込むのも野生の知恵である。これも一種の狩であろう。

 影狼はお酒やつまみや電池などが入った買い物かごを手にレジに向かった。什器に入った肉まんを見て

 

 ――よし

 

 と狙いを定める。獰猛な肉食動物の本能であろう。隠すことはできないのだ。

 影狼はそんなことを思いながらポケットに手を入れる。その瞬間、さあと血の気が引いていくのが分かった。影狼は買い物かごをその場に下ろして、あれあれと至る所のポケットをまさぐる。ショートパンツに両手を入れて探す。

 財布がない。家に置いてきた可能性が高かった。

 影狼は苦悩した。あの「長い」道のりを往復するのは辛い。偶に洗濯の時にポケットに千円が入っていたいりすることを期待してみたが、あいにく出てきたのは飴玉だけだった。影狼はむっとして飴玉を口に含んだ。ころころしながら、考える。

 

 手はない。戻るしかないのだ。狼はちゃんとお金を払う。

 影狼は泣く泣く買い物かごに入れていたものを一つ一つもとあった場所に戻していく。律義さが無ければ野生の世界では生きてはいけないということなのかもしれない。影狼は涙をのんで家へいったん帰る為に出口へ戻る。

 扉を潜るとあの妙な音がする。

 それを振り切って影狼はたたたっと雪の中に走っていく。空は厚い雲がかかり、吐く息は白く立ち上る。しゃくしゃくと雪を踏む音と感触と、肌を指すような冷たい空気。

 影狼は泣いている。冷たい風が眼に当たって涙が出てくる。

 雪の日は静かだ。影狼のアパートまでは誰とも会わない。彼女はアパートに着くとがたがた震えながら自分の部屋まで行き鍵を出す。だが、手がかじかんでうまくドアノブに鍵がささらない。

 ずずと寒さに鼻を鳴らす。涙目の狼。その時後ろで気配がした。

 

 影狼がはっと振り返るとそこには短く切った赤い髪に大きなリボン。それに首元がすっぽり隠れるくらい大きな黒いPコートを着た少女が立っていた。手にはコンビニの袋をぶら下げている。

 

 赤蛮奇という。近くで買ってきたコンビニおでんを食べるために持ってきたのだ。要するに遊びに来た。

 

 ☆★

 

 こたつを挟んで影狼と蛮奇の小さなパーティーが始まった。

 蛮奇が買ってきたおでんを中心にビーフジャーキーや残ったビールなどを分け合いながら、だらだらテレビを見る。

 影狼はおでんのこんにゃくにからしをつけてガブリ。もぐもぐ幸せそうに食べる。蛮奇はもらったビールをぐびぐび飲んでいる。Pコートの下には黒のインナーと何故かチョーカーを付けている。おしゃれのつもりだろうか。

 蛮奇は酔ったのだろうか、顔をほのかに赤くしながら思った。影狼を見つめながらだ。

 

 ――こいつ野生を失ってるなぁ

 

 口には出さない。それを聞けば影狼は烈火のごとく怒るだろう。ちゃんと肉食もしているのだ。最近はとんかつをうまく作れるようにもなった。

 テレビの音を聞きながら二人はこたつの中で話す。偶に影狼が蛮奇の足を蹴ると足相撲が始まったりもする。窓の外の雪は強くなっている。これは泊まるしかないだろうと蛮奇は思う。蒲団などいらない。

 こたつがある。

 

 

 

 

 

 

 


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