東方Project  ―人生楽じゃなし―   作:ほりぃー

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39話

 少しだけ前のことである。

 お燐は駐車場で目覚めた。何故か一人で駐車場のスペースで寝ていた。横に王冠のマークのついた車や、オリンピックマークを少し減らしマークの車が駐車している中、彼女も駐車、いや駐猫していたのだ。白い枠線で囲まれたところに寝ころんだ猫は別に珍しくないが、水着を着て寝ころんでいるのは珍しいだろう。

 

「???」

 

 さっきまで浜辺でビーチバレーをしていたはずだ。そう思ってあたりを伺う。三つ編みが首の動きに合わせて左右に揺れている。

 

「ど、どうなっているんだ?」

 

 困惑した顔で彼女は腕を組んで胡坐をかいて、小首を傾げる。くっと「悩んでますよ」という感じで首を傾げる姿は愛らしい。駐車場の真ん中でなければ。

 彼女は覚えていない、というよりは気絶していたので知らないが、古明地こいしの担架に載せられて連行。医務室などという気の利いた場所でなく、駐車場に連れて来られた。お燐は膝を抱えて、その上に顎を載せる。

 

「なんだか、頭がずきずきする」

 

 急に目の前が真っ暗になってからあまり物事を覚えていない。しかし、ここにいても仕方がないからかお燐は立ち上がり、お尻の砂を払う。

 その時、車と車の陰から誰かが動く気配が下。お燐は猫よろしくばっと反射的にそちらを見る。しかし、誰もいない。ただ一枚の写真が落ちていた。それはお燐のパートナーこと「河城にとり」のプロマイドである。

 ニコニコ可愛い顔をさらした写真。腕を畳んだポーズで水着で少し胸が寄っているように見える。明らかに盗撮である。その写真のにとりの視線は下を向いているが、写真にはその視線の先に何が在るのかを写していない。

 巧みに見せない撮り方をしている。実は単に売り上げを数えていての俗物的笑みである。本来は視線の下に金庫か現金かがある。上半分だけを切り取ればスマイルな写真の出来上がりだ。

 

「これは」

 

 お燐はそれを手に取って頭をぼりぼりと掻く。その時、どこからか声がしてきた。

 

「アーシマッター、オトシテシマッター。タイセツナモノナノニ」

 

 片言の言葉。お燐はきょろきょろとするが相手は見えない。車の向こうから声がする。お燐は回り込むでもなく、かがんだ。膝をそろえてから車の下を覗き込むとその向こうにワンピースタイプの水着を誰がいた。あちらは気が付いていないのか、かがんだままお尻だけ地面と車の間に晒している。

 

「どこのネズミなんだい。あたいの前で隠れようなんて甘いわ」

 

 お燐はにやにやしながら言う。びくっと車の向こうの少女が震えた。だが声は続ける。

 

「なんのことかな。猫君。私はただここにいるだけだよ」

 

 正体不明のネズミは言う。お燐はくすくすしているが、駐車場で車の下を覗き込んでいる姿の方が滑稽であることには気が付いてない。猫として鈍感なのかもしれない。

 

「まあ。いいさ。君は河童君に裏切られたんだよ。まあ、浜辺に戻ってみればわかるさ」

「にゃ?」

「その写真は単なる武器。あいつはまだ自分のプロマイドが売られていることに気が付いていないみたいだからね。こっそり、おっと失礼。……『間違えて』彼女の目の前に落としてやれば楽しい反応をしそうじゃないか?」

 

 飛び上がるだろう。お燐はネズミがそうしろと示唆していることが分かった。そしてきっと楽しい反応を見せることもわかる。いたずら好きな猫は、ばっと飛び上がって花が咲くかのように笑った。

 

「あはは、それはよさそうだね。それで、なんであたいにそんなことを言うんだ?」

「別に。気まぐれだよ。君の境遇を哀れに思ってね」

「ネズミが猫に肩入れなんて、妙なことだねぇ」

 

 お燐が立ち上がる。

 

「そうそう、ネズミさんさ。お尻の所が破けてるよ」

「え!?」

 

 ナズーリンが飛び上がって手でお尻を隠す。顔が真っ赤だが、直ぐに苦虫を噛み潰したような顔になった。どこも破けてなどいない。

 

「やれやれ。まったく」

 

 ナズーリンが振り向くとすでにお燐は遠く、駐車場から出るところだった。ペロッと舌を出して、ウインクしながら走り去っていく。少なくともネズミはこれで一波乱起こるだろうとは思っている。

 

 ★☆

 

 犯行とはそう簡単に実行してはつまらない。お燐はにとりの下に戻り、おかっぱやそばかすを写真に撮るなどの雑用を務めた。報酬はチョコビである。アクション何とかのカードが入っていたがお燐はいらないので水蜜にあげた。

 

「ど、どうも。あ、あのそのお菓子の方はくれないですか?」

「え、あげないよ」

 

 ぼりぼりチョコビを食べながら水蜜に何らかのヒーローのカードを渡す。ちなみにチョコビとは小さな恐竜型のクッキー菓子である。中にチョコが入っている。お燐は口にそれを含んでいるからちょっとだけリスの様だった。

 

「大切にしておくれよ」

 

 とお燐は笑顔で言っておいた。水蜜はカードを持ったまま、どうしようかと悩んだがそんなことは猫には関係ない。彼女は満を持してにとりの写真をすっと海の家に「偶然」落とした。

 

 ★

 

 海の家に写真が落ちていた。

 そこに歩み寄るのは青い髪の少女である。いつものツインテールをポニーテールにして上下清涼なライトブルーな水着を着た河城にとりである。彼女は何気なしにその写真を撮ると、一秒程度凝視した。

 少しずつ開いていく瞳孔。

 開いていく口。

 ほのかに赤くなっていく頬。上がっていく肩。

 

「ぎゃあ」

 

 可愛くはない悲鳴を上げて自分のスペースへ戻っていく。それから物陰で頭を抱えてうずくまったり、何かをぶつぶつ喋ったり。聡明な彼女は既にこれが一枚だけでなく、海の家の周辺で売買されていること分かっている。

 

「これ、私じゃないか!! あいつらぁあ」

 

 などと「プロマイド売上表」を地面にたたきつけたのはこのころである。にとりのいう「私」とは売上表の中の「に」という文字のことである。

 狼狽するにとりを物陰から猫が見ていた。赤毛で三つ編みな彼女はお燐である。お燐は「にしし」と猫っぽく笑う。声を抑えて、頬をゆるめ、目じりが下がる。ちょっとだけ艶やかな表情をしているが、やっていることはいたずらである。胸にはチョコビを抱いている。

 

 彼女の目の前に出にとりは一人、膝をついて頭を抱えている。彼女の手元には一枚の写真があった。それにはキュウリを食べている水着の河城にとりが写っている。現在これが何枚流通しているかについては分からない。

 いや正確に言えば売上表を見ればわかる。だが、見たくなどない。

 

「くそぉ……」

 

 にとりは唸る。お燐はくすりとする。

 そもそもお燐には正当な復讐の理由がある。それは一緒に試合に出たのに後背からの奇襲で気絶させられて、強制的に退場することになった。しかも帰ってきてみれば見知らぬアイドルが居る。

 メラメラと復讐の炎が燃えがったことにして、お燐はこれを決行したのだ。今楽しくて仕方がない。姿を現して「どうしたんですか」と言ってやりたいが、にやけ顔になるのは必定なので無理だろう。

 

「こうなったら、あいつらも道ずれにしてやる……」

 

 恐ろしいことを言いながらにとりは立ち上がった。声が暗い。既に写真は出回っているので一輪や寅丸はにとりよりも恥ずかしい思いをしているのであるが、彼女はさらに恐ろしい計画を立てた。

 

「大会が終わったら、SNSにアップしてやるぞ……みなごろしだ……」

 

 ソーシャル・ネットワーキング・サービス。ある意味現代の処刑台である。

 とある天狗も知り合いが見ていることを知らずにブログ更新などをして恥ずかしい目に会った。大体腹の黒い天狗のせいではある。

 お燐は、とっさに思った。彼女は物陰から出る。

 

「お、おやぶん」

「わぁあ。いきなり出てくるな! てなんだ、ネコか」

「なんかその言い方心外だなぁ」

「なんだよ私は忙しいんだ」

「……ちっち。話は全部聞かせてもらいましたぜ」

 

 にとりはぎょろりと眼を向いた。明らかに「始末」を考えている目である。お燐はそんな眼圧にもものともせずに言う。お燐は逆にきらきらした純粋な目でにとりを見ている。彼女は明るい声で言った。

 

「ネットにアップするなら是非ともさとり様をトップに! これでさとり様の人気も上がるってもんさ。お手伝いしますよ~」

「…………」

 

 どうやら純粋な気持ちでお燐は出てきたらしい。ご主人様の為ならということだろう。本当にそれがさとりの為になっているかどうかは分からない。実際「さとり様」ポスターを張りまくり、彼女の知名度を上げることに一役買ったのは彼女である。ネットにあげるとなれば世界デビューと言っても過言ではない。

 その意図に気が付きにやにやしだす河童。利用を考えている。

 そしてニコニコしている猫。嚙み合っていない同盟が再度出来上がった。

 

 ★☆

 

 博麗霊夢は考えていた。

 目の前にはひいては寄せるさざなみ。白い泡を残して去っていくと、すぐに違う波がやってくる。それを無限に繰り返している。

 映姫との問答を頭で反芻しながら、難しい顔で腕を組んでいる。わかったようなわからないようなもやもやした感覚がある。しかし、あの様子であれば四季映姫は犯人までは教える気はないだろう。

 湿った砂を手で掻きだす霊夢。それを海に投げる。行為に意味などない。

 砂は海に溶け無数の粒になって海面に広がり、落ちる。目を凝らしても果てにはないも見えない広大な海原には何の影響もない。霊夢は指に着いた砂を波で洗う。ぱっぱと片手を振って水気を払った。

 

「まあ、勝たないと分かんないってことね」

 

 にとりから白状させる一番の近道はそれであろう。仮に問題があっても囲んで袋叩きにすればいい。SNSでの報復というよりは八つ当たりを計画している河童とどちらが野蛮であろうか。

 立ち上がった霊夢はうーんと腰に手をあてて伸びをした。別に心の中に迷いはない。いつも通りの異変解決なのだ。要は黒幕を捕まえてとっちめればいい。にとりなどその道中の一人にすぎない。

 

「さーてと。あの馬鹿船長はどこに行ったのかしら?」

 

 砂浜を踏みしめて歩き出す。口には悪態。少し不機嫌そうに見える表情場いつも通りだ。

 

 ★☆★

 

 一方、村紗水蜜はぶらぶらしていた。先ほどは天子たちの戦いを見学という名の偵察をしたりしたが、いつの間にか霊夢とはぐれている。彼女はやることもないので海の家に戻ってきた。

 

「うわぁ。なんか人が多いですね」

 

 中に入ろうとしたが、お客さんでごった返す店内に入る気が失せた。それによくよく見れば寅丸やナズーリンや一輪が働いているのが吹き抜けの海の家だから、外からわかる。

 手伝いたいわけではない。むしろ積極的にサボる方向で行きたい。しかし現実は甘くなかった。店の中から目ざとく彼女を見つけた少女が飛び出してきた。紫のビキニにエプロンをしたウエイトレスである。

 

「みなみつぅ」

 

 なんか呼んでいる。水蜜は「あーあーきこえない」などと言いながらダッシュで逃げ出した。するとそれに触発されたのか追っかけてきた。奇妙な構図での追いかけっこである。

 

「こら! あんたも手伝いなさい」

「一輪にお任せしておきますよ」

 

 追っているのは尼である。今の姿では誰も信じないだろう。もちろん雲居一輪だ。二人は何か言い合いながら砂浜を駆けまわる。無駄に体力があるから、中々終わらない。そんな二人を周りの海水浴客は見ている。偶にポスターの人と一輪が言われたりした。

 

「……ま、まってぇ」

「へえへえ、も、もうあきらめてくださいぃ」

 

 数分で汗だくになりながらよろよろと続ける二人。炎天下の中で砂浜での全力ダッシュである。ともすればボクシングなどのトレーニングと同じであった。傍から見れば可愛らしい少女の追いかけっこだが、実態は仕事の押し付けである。

 逃げる水蜜に苦戦した一輪だが、彼女には意地がある。足に力を入れて加速する。

 砂が舞いあがり、一歩一歩逃げる水蜜の背中が見える。後ろから見れば背中に紐の結び目が見える。一輪はエプロンを脱ぎ捨てて最後の力を振り絞る、どうでもいいことに二人は必死だった。

 一輪が水蜜に接近する。

 

(も、もう少し)

 

 息を止めて一輪は手を伸ばす。水蜜は気配を察した。これはやばいと本能で感じる。

 

「はっ!?」

 

 その場で体勢を崩してローリングする水蜜。明らかに珍妙な回避行動はとある恐怖から来ていた。手を伸ばす一輪に剝かれたことがある。もはやそんな辱めに会う気はない。だからこそ過剰ともいえる行動に出た。

 

「わ、わぉああぁ」

 

 しかし、一輪は止まらない。サッカーボールよろしく、水蜜に足が当たる。しかもそのまま跨ぐ。

 

「いったぁい!!?」

 

 ぱぁんと背中でいい音が鳴る。ナイスキックだ。一輪の会心の一撃に素の声が出る水蜜。

 さらに一輪は両手を一瞬だけばたばたさせて崩れ落ちる。むろん水蜜をまきこみながらだった。二人は絡み合いながら、もがき合い。ほっぺたを引っ張り合う。まさにこれが千年を生きた妖怪の戦いなのである。

 

「な、なんで逃げるのよ。手伝いなさいよ。海の家!」

「い、一輪こそことあるごとに人を脱がそうとしないでくださいよっ」

 

 膝立ちになり闘牛のように両の掌を掴みあったまま額で押す。歯を食いしばる二人の姿はどう表現すればいいのだろうか。

 

「だれがあんたを脱がそうとするのよ!」

「前科があるじゃないですかぁ!」

「ぐ、ぐぬぬ」

 

 一輪に言い返せる言葉がない。だが彼女の脳裏には様々な思いが突如として去来した。

 海の家に連行されてから露出の多い水着を着せられて今に至り。

 妙なポスターに印刷されて町中に張り出され、

 しかも河童にあらゆることで雑用を押し付けられている。それに比べて水蜜は飄々としている。やったことと言えばトウモロコシを焼いたことくらいだ。何故か一輪は泣けてきた。実際涙を目に湛えた。

 

 一輪は渾身の力を込めた。全ての怒りを込めるつもりだった。

 

「このぉお。なんで水蜜ばっかりが楽なことを」

 

 水蜜も負けじと力を籠める。細腕の二人がぐぐぐぐと押し合う。

 

「ぎぎぎ」

 

 水蜜は頭に血が上っていく感覚を覚えた。それから何故か力が湧いてくるような気がする。どこからか流れてくるような、そんな不思議な感覚である。

 

「わ、わわ」

 

 一輪が突如、乙女のような声を出して慌てだす。水蜜の力が不意に上がったのだ。

 このままでは押し負ける。そう思った瞬間であった。

 頭突きをくらわせたのだ。 

 一輪の頭が船幽霊に当たる。とっさの一撃。水蜜は何か叫びながら転がり、一輪は荒い息をつく。胸が上下する。息が切れ、汗が流れ落ちてくる。しかし勝利したのだ、苦しい戦いだった。

 

「か、勝った。やったぁ」

 

 よしと両手を胸の前でガッツポーズする。矮小な勝利に対して無邪気に喜ぶ一輪。その前で水蜜が鼻を抑えて起き上がる。

 

「いててて。ひどいですよ一輪」

「自業自得。働かざる者食う……えっと、ちょっと違うか。あれよ、働かざるものは働かせないとね」

 

 意味の分からないことを言う一輪に水蜜は苦笑する。

 

「わかりましたよ。全く暴力的なんですから」

「……船幽霊に言われたくないなぁ」

「やだなぁ。私達は柄杓でお水をいれたりしているだけですよ」

「いや、碇とか振り回しているじゃない」

「あれは……あれですよノーカン。ノーカウント。船幽霊としての装備かというと微妙ですし。柄杓でぶん殴ってたらアウトですけどね」

「基準がよくわからない……」

 

 柄杓で殴ってくる船幽霊。一輪は少し想像して笑った。だが、水蜜は何かを考えるかのように両の掌を見つめる。さっき感じたものが何なのかわかる気がする。だが、今は少しだけ疲労感がある。

 

「ああ、そういうことですか」

 

 何かわかったような顔で言う水蜜。その言葉が何を意味するのか分からないが、一輪は水蜜に手を差し出す。水蜜もその手をすぐに掴んだ。別に考えることも、迷うこともなくぶつかりあえるのは悪い関係ではないかもしれない。

 

「あんたらさっきから何やってるのよ?」

 

 そんな二人に声がかかる。見れば仁王立ちして胡散臭げに一輪と水蜜を見ている黒髪で白に水玉な水着な巫女。博麗霊夢がいた。

 

「あ、霊夢さん。お姉さんを探しに来たんですか?」

 

 水蜜が一輪の手を適当にぽいと離して言う。霊夢は「あぁ?」と威嚇するかのように答える。

 

「私に姉なんていないわよ。……あんたを探しにきたのよ」

「なんだ。やっぱりそうじゃないですか」

「だから! ……ってもういいわ。なんかさっきから砂浜で相撲してたけど恥ずかしくないの?」

「それは一輪がやろうっていったんで」

 

 驚いた一輪が何か言おうとする前に、水蜜が手で口をふさぎ後ろに回り込む。そのまま両手で口をふさぐ。

 

「へっへっへ。霊夢さんこいつどうせ倒すべき敵ですよ。今のうちにやっちまいましょう」

「んんん!???」

 

 霊夢はにやぁと悪い顔をする。水蜜に合わせるでもなく自然に呼吸が合った。

 

「ちゃんと海に捨ててくるのよ?」

「んんんんんぅ???」

 

 哀れな囚われ妖怪一輪は突如として訪れたピンチに困惑した。この二人のことである。縛り上げられて放置される可能性は十分にある。方や船幽霊、方や暴力巫女である。波打ち際に捨てられることも十分に考えられる。

 

「待ちなさい」

 

 それを止める誰かが言った。一輪達が見ればそこにいたのは白い上下ビキニの毘沙門天。字面だけ見れば落ちぶれているかのようだが、凛々しい顔つきでぎらぎらと瞳を光らせているのは寅丸 星である。

 一輪が帰ってくるのが遅いので逃げたと思い追ってきたのだ。相手を疑うことから武略は始まる。金髪が風に揺れて、腋に挟んだタブレッドが光る。

 

「巫女よそれに水蜜。そんなやり方で勝ってうれしいのですか?」

「はい」と水蜜。

「うん」と霊夢。

 

 かくりと肩を落とす寅丸。ちょっと考えていった。

 

「なげかわしい……しかし、一寸の虫にも五分の魂という言葉もあります。離してあげなさい」

 

 さらりと慈悲深い暴言を吐く毘沙門天。もとから冗談のつもりだった水蜜はぱっと一輪を離す。解放された一輪は凄い形相で寅丸を睨みつけながら、彼女の方へ歩いてきた。下から見上げつつ睨む一輪。妙な迫力がある。

 

「誰が虫ですか?」

 

 声が低い。相手が仏でなければ胸倉をつかんでいただろう。

 

「あ、こ、言葉の絢ですよ。一輪怒ってはいけません。怒りは禁物です」

 

 都合よく仏っぽいことを言い募る毘沙門天。そもそも全国の毘沙門天の像は怒った顔をしている者が多い。しかし今の寅丸はちょっと困り顔で一輪と眼を合わせることができない。情けない顔している。

 それに興味を示さずに水蜜は霊夢へ猫からもらったアクション何とかのカードを渡そうとしたが、いらないと突き返されている。しかし霊夢は少し考えて。

 

「チルノにでもあげようかしら」

 

 と更に誰かに渡すためにもらった。その氷の妖精が喜ぶところを考えると自然に口許がほころぶ。だがすぐにハッとして水蜜を見る。いつも通り笑顔である。彼女は霊夢の視線に首を傾げる。

 水蜜は思った、もしかして人からもらったものをさらに誰かにやることを気にしているのだろうか。単なる推測かも知れないが水蜜は言う。

 

「霊夢さんが好きなようにどうぞ使ってください。誰にあげてもいいですよ」

「そう。ありがと」

 

 そっけない返事をしてくる。水蜜としては使い道のないお菓子のおまけなのでどうでもよかったのだが、意外と細かいことを気にしてくることがよくわかった。少しずつ知っていけるのも、一興である。

 そこにひとり駆け寄ってくる影がある。見ればお燐である。手にはデジタルカメラを持っている。

 

「おーい。そこのみなさん。おやぶんがお呼びですよ、勝ち残ったチーム全員だよ」

 

 お燐が呼びに来てくれたことでほっとしたのは毘沙門天である。その手元にタブレットは既に、ない。

 

 

 


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