あけましておめでとうございます
元旦には近所の公民館で餅つきをする。そんなポスターが町内に張り出されていた。そのポスターはクレヨンで描いたのか、色鉛筆で描いたのかわからないがそれを見た者は「子供が書いた」とすぐにわかるデザインだった。
よれよれ耳の紫の髪をしたウサギが杵で餅をついている微笑ましい絵柄のポスター。
それに群がったのは子供だけではない。
むしろ砂糖にたかる蟻のように集まってきたのは、食い意地を人より数倍張った連中であった。
★☆★
公民館に掛け声が響く。夏には小さな祭りもできる広場を持つそこには大勢の人々と妖怪が集まっていた。広場にはブルーシートの張られたエリアが数か所ある。その上には一組の杵と臼。それにそれらを洗うためにお湯の張られたバケツが置いてある。
公民館の中には簡単な調理室もあるが、そんなものの生産力では足らない。
「店からもってきた」
などと言いながら売り物を私物化しているのは桃色の髪の付喪神。いつも不愛想ながら、この日の為に大八車を用意して。そこに詰め込んだのはステンレスでできた現代的なレジャー用の「カマド」や水を入れるバケツなどの道具である。
それらを手伝うのは青い髪の妖精や押しているふりをしながら大八車を押していない金髪に赤いリボンをした宵闇の妖怪。そして4DSをポケットに突っ込んだ吸血鬼の妹である。一応その後ろからぽてぽてと竜宮の使いを名乗る美人も煎餅を齧りながらついてきている。
それらの「道具」を見た食い意地の張った連中は自ら用意を手伝った。楽しそうにカマドを並べていく小さな鬼は酒を飲みながら、とある船長もニコニコしながら並べている。その横で青い髪の尼が小さな鬼の酒を飲みたそうに手伝っている。
しばらくしてまるで軍隊の野営地のように竈が立ち並ぶ公民館。リサイクルショップにあったものだからカマドは多少汚れているが関係ない。
「新聞紙大量に持ってきたぞ。あと木材も」
とある白狼天狗が燃やす用に「新聞紙」を持ってくる。木材はアイドル事務所のステージづくりなどで知り合った業者からもらった。袋に満載してまたまた大八車を使って持ってきた。燃料にするのだ。
「いや、これ私の新聞じゃないですか!?」
「燃やしてしまえばいい資源になるじゃないか」
白狼天狗に抗議している一人の天狗の少女に関心を持つ者はいない。そんなどうでもいいことよりももち米がしっかり入ったセイロをカマドに設置する方が忙しい。普段は人々をきょうふのどん底に陥れている青い髪でオッドアイな少女も三角巾にエプロンをして、セイロを近所のおばさんたちと共にうんしょうんしょと運んでいる。
セイロは三段。カマドの数を考えれば一度でかなりのもち米を炊くことができる。
かまどに火を入れているのは白髪で不死な少女。よれよれのスーツ姿の何でも屋である。白狼天狗の持ってきた「燃やせるゴミ」と木材を入れては火をつける。何故か、指をパチリとするとマッチもライターもないのにぼやっと明るい炎が上がる。
不愛想な彼女の周りには子供が何故か集まってくる。町内の少年少女に妙な人気があるのは、普段ぶらぶらしがてらに遊んであげるからだろう。三人の妖精なども彼女に懐いている。不死の少女は彼らににーとにーとと言われながら「ちがうちがう」と軽く返している。
元々町内会で用意していたもち米程度では足りないのか、勝手に買ってきたりもらってきたりする者も後を絶たない。主に人手が、いや河童手の力を借りることが多い。とあるキュウリを好きなツインテール河童の号令で河童達は各地のスーパーに向かう。
だがとあるスーパーに買い出しに行った数名は帰らぬ妖怪と成った。意気揚々と出かけた和太鼓の少女などは、どこかで泣いているかもしれない。
それぞれが勝手に持ち寄ったもち米を運ぶのは力のある者でなければならない。
そんなこんなでとある巫女と土蜘蛛が重労働をさせられていた。もちろん教師やピンク髪の旧地獄の地主も手伝ったが、単純労働者としてはやはり巫女たちが役に立った。もちろん近所の男手もある。
「こ、これぇ。鬼がやればいいじゃない……なんで私がやるのよぉ」
もち米の袋を抱えてうめく巫女。
「……しょくひがうく。しょくひがうく」
生活的な呪文を唱える土蜘蛛。モチを持って帰る計画がある。
それらを苦笑しながら見ていたとある僧侶がいた。比較的に他の少女よりも肉付きの良い彼女は、自信満々な顔をしながら袈裟を脱ぐともち米担ぎを手伝う。それを見てとある毘沙門天ももち米を持ってからこけた。ネズミはいない。食べる時まででてこないだろう。
湯気を立てて。もち米が炊けていく。不死の少女は炊けて居そうなセイロを開けてはもち米を摘まんで食べる。はむはむと噛んでからよさげなものは、杵と臼のエリアに運ばせる。妖精に持たせるのは怖いので近くにいた狼少女に持たせたりしていた。
忍び寄る影は一人の姫。不死の少女がセイロを開けた瞬間におかっぱで黒髪な彼女はしゃもじを突っ込む。それから手に持っていたお椀に入れて、さらに後ろにいたよれよれ耳ウサギに醤油を掛けさせて食べる。
もち米の炊き立ては粒が立っていて、醤油とよく合う。ぱくりと姫がおいしそうに食べるのを青筋を立てて怒る不死の少女。やくざのようなにらみ合いに発展している。
それはそうともちつきがやっと始まった。事前に数人がかりで杵を使いもち米を潰す。それからよく知られている杵で餅をたたき上げる作業に入る。
まず杵を持ったのは無意識な少女だった。するりと現れて、いつの間にか湯気の立つお餅の入った臼の前に立っている。それを見て、前に出たのはとある喫茶店で働く少女である。銀髪を三つ編みにして、店で使う「あんこ」などを大量に持ってきたメイド兼英雄であった。
「ほい! はい!」
と妙な掛け声をしながら無意識な少女は杵を打ち込む。そのタイミングを見ながら合いの手をするメイド。一瞬でもずれたら手が粉砕されるこの状況。無意識な少女の合わせにくいタイミングにもメイドは瀟洒な姿勢を崩さずに対応している。
「よーし。私も」
と言いながら別の場所で杵を撮ったのは、地獄烏である。大柄な少女はあたりを睥睨している。餅の前に仁王立ちする。自身に満ち溢れた顔は可愛らしいが、誰も合いの手をやりたがらない。
ツインテールの河童が近くにいた赤髪で三つ編みな猫に「行け」と親指を立てて示すと。猫は両手の掌をまあまあと出して、小刻みに首を横に振った。死にたくはないということだろう。
いつの前にか地獄烏のエリアから人々が数歩下がった。
だが、捨てる神あれば残る少女もいる。正確には周りの動きに気付かずに一人前に出る格好になった烏帽子をかぶった豪族の少女である。カシミアのコートなどを着こんでいるが、下はショートパンツという健康的な格好をした彼女。
「な、なぜ我の周りには誰もおらぬ!?? はっ?」
地獄烏と眼があった。不敵な顔で見てくる。
豪族の少女は「よ、よかろう」と腕まくり。彼女は泣きそうな顔で合いの手に向かう。いつもの小料理屋で働く相棒を目で探すがいない。仕方なく、臼の横でウルトラマンのように構える豪族。
「か、かかってくるがよい」
剥き出しの足が震えている。
実は遠くから嫉妬深い瞳が見ていた。深い緑の瞳をした美少女は三角巾をしている。さっき唐傘お化けに借りたのだ。そのお化けは今餅をついている。よろっとしながらも頑張る姿に応援の声が上がる。
翻って豪族の方は悲愴だ。「でぃやぁあああああ」と全力で打ち込む地獄烏に豪族の少女は全神経を研ぎ澄ませて対応している。
嫉妬深い少女のそれには憐れみを込めた目で見ているが、あれだけ元気なのは妬ましい。ちなみに彼女が何をやっているかというと、餅にいれるヨモギを絞っている。ぎゅうと手で丸めて水気を抜く。あとで餅に入れて付けば、緑色が鮮やかなヨモギ餅になる。
その横には小柄な吸血鬼がいた。青みがかった淡い銀の髪。赤い瞳に映っているのはやはりヨモギ。さらにその横には赤い髪で何故かメイド服を着こんだ中国拳法の達人がヨモギを丸めている。さらに横には携帯を扱うのが好きな天狗がヨモギを地面に落としておろおろしている。これほど豪華なヨモギ餅づくりもないだろう。
吸血鬼。拳法の達人。橋姫。天狗である。彼女達はぎゅっぎゅとヨモギを握り続ける。
一方、豪族は地獄烏との死闘を終えていた。臼にはきらきら光るかのような白い餠が湯気を立てている。口に含めばほのかに甘いだろう。そしてよく伸びるに違いない。豪族はその出来に涙を浮かべて感動した。命を懸けた甲斐があった。
その餅を丸めるためにとある朱鷺で読書好きな少女が公民館に熱がりながら持っていく。その様にほろりとする豪族だったが、彼女のクライシスはまだ続いていた。
「つぎはあたいね」
豪族は固まる。ぎぎぎと後ろを見れば杵を持った青い髪の少女。地獄烏に劣らずに自信に満ち溢れた顔である。豪族は生きた心地がしない。
★
出来上がったお餅はどんどん調理されていく。それに伴って公民館の至る所で座り込んで食事が始まっている。いつの間にかネズミもやってきた。
つきたてのお餅を大根おろしと醤油に付けて食べる船長。はむはむと食べては嚙み切る。彼女は巫女を見つけるとそちらに歩いていく。
その前に立ちはだかるのは青い髪をした美しい少女だった。天人たる彼女はじっとりとした目で船長を睨みつける。彼女も船長と同じく餅を食べているが、彼女の持っているのはきなこ餅である。
「な、なんでしょう」
「別に、なんでもありません」
といいながら互いに餅を食べ合う妙なにらみ合いが続く。船長が巫女の所に行こうとするとすすぅとスライドして邪魔してくる天人。
「あっUFO」
船長の妙なフェイントにどこどこと寄ってくる唐傘の少女。手にはヨモギ餅。天人は動かない。
公民館の入り口では何か「怖い目」にあったスーパー帰りの太鼓の少女が戻ってきた。彼女は近くにいた狼少女から餡子餅を貰っておいしいおいしいと食べ始める。つきたてのお餅は柔らかいのである。
豪族の少女などは生き残った感慨からか両手に餅つかんで食べている。その横には無表情で「ぐっじょぶ」などと親指を立ててくれている面霊気。小さな妖精たちや妖怪は気にせずにわいわいと食べている。
この喰いっぷりには町内会の人々も負けてはいなかった。公民館から出てきたのは年配の女性が「おしるこだよ」というと、きらきらとした目で妖怪達が集まっていく。百鬼夜行である。ただ、聖人たる僧侶も一人きらきらした目でお汁粉によっていった。
不死の少女も貰った餅をちびちび食べている。火の前にいたのが熱かったからか、汗を掻いてる。彼女はシャツの胸元を緩めて、手で扇ぐ。いろんな人間や妖怪が来ていることをなんとなく見ている。
近くの駐在所で働く警察官の青年とよれよれ耳のウサギが何かを喋っている。ウサギは言い訳をしているようである。天狗達は寄り集まって食べ比べをしているようだが、黒髪の天狗が白髪の天狗をなんらかの理由で怒らしている。
わいのわいのと餅を食べつつもまだまだもちつきは終わらない。
地霊殿の主などはどれだけ持って帰れるかを楽しみにしつつ、その横ではとある教師が重労働で疲れている巫女の肩を揉んでいる。土蜘蛛はお汁粉をずずずとニコニコしながら食べている。
巫女は思う。
「つかれた」
口に出てしまった。