東方Project  ―人生楽じゃなし―   作:ほりぃー

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41話

 

 ブラックな海の家は忙しい。

 来る決戦の時に向けて、臨時でビーチバレーコートを簡易的に作る仕事も合わさって、もはや通常の生物の回せる状況ではなくなっていた。

 

「店番? とりあえず一人はいてよ」

 

 オーナーである河城にとりの凄まじい一言によってミッション・ワンオペレーションも発動されている。

そこで稼働しているのは一人のネズミである。

 

「か、カレーライスふたつ、やきそばひとつ……。ビール、びーる、びーる」

 

 死にそうな顔をして動く聡明なナズーリン。片手にはメモを握りしめ、片手には常にお玉であるとか、菜箸であるとかを持っている。彼女は戦いの神である毘沙門天の使いである。

 戦いとは常に物資との兼ね合いがある。つまりは兵站だ。その物流の回し方がまずくては戦争などできはしない。それをネズミはよくわかっている。

 

「お、おかしいだろ……河童共はどこにいったんだ……」

 

 ひいひい言いながら自分で作った料理を自分で持っていきつつ、注文を取りつつ、会計をする。むろん洗い物も欠かさない。すべて同時並行だった。

例えば火にかけている料理を何秒放置していいのか、店で次に注文しそうなのはだれかを計算しつくしているのだ。彼女はおそらくコンマ数秒の無駄のない動きで仕事をしている。

つまり奇跡的なワンオペを支えているのはこの赤い瞳をした少女の能力にある。ぎらりとネズミの鋭い眼光が海の家を見通す。

 

「ひい、ひい」

 

ネズミはちょっと泣いている。もはや自分が泣いていることを認識する頭のキャパシティも惜しい。なんだかよくわからないが次の仕事のことしか頭にない。

それでもこんな可愛らしい少女が切り盛りしているということで、店に客が入ってくる。

 

 

「回っているようだね。とりあえずあいつに任せておこう」

 

 にとりは海の家をちらりとみて冷たく言う。

 ナズーリンはその優秀さによって店を回してしまっている。だから大丈夫。という邪悪な理論において放置されることになった。破たんしなければ問題は「存在しない」のだ。よって増員もいらない。

 

 彼女はとりあえず目の前に出来上がっている二面のビーチバレーのコートを見ている。一方は先ほどからずっと使っているものである。もう一方はありあわせの廃材などをそれっぽく見せて作ったポールなどである。

 それぞれ河童を中心に作られている。意外と見た目だけは良い。これから残り三試合のビーチバレーを休むことなく行おうというのである。

 

 そしてコートとコートの間に近くにあった朝礼台を持ってきて設置した。上にはこの試合を両方とも審判をさせる予定のアイドルを載せる。

 刀がどうなるんだろうね、とささやかな疑問をにとりが口にするだけでアイドルこと魂魄妖夢はおれた。膝から。

 にとりは足もとにあるボストンバッグを手に取った。中には花のついた髪飾りがいっぱい入っている。さっき雲居一輪に預けた物が帰ってきたのだ。

 結局一輪は水着を着替えていた。当然と言えば当然である。

 

「せめて、身体に巻くものがあれば……」

 

 などと言っていたのでにとりは快く体のすっぽり包める大きなタオルを貸してやった。それを警戒しつつ受け取り、身体に巻いた一輪だったが、にとりは思う。

 

――なんで自分を恥ずかしい方向にもっていくんだろう。

 

 よくわかっていないタオルの意味を一輪を生暖かい目でみやり、ふっと憐みの眼を向ける。ただし一輪がにとりに視線を移すころにはしっかりと営業スマイルをしている。一輪の髪留めにはヒマワリが明るく咲いている。

 

 にとりはさらに考えるのは、この観衆を呼び寄せたのは元々ポスターと垂れ幕なのである。一輪がアップで映っていたものであり、さらに「さとり様もくるよ」とのフレーズも効果があったかもしれない。

 よってそのさとり様を観客席のVIP席っぽいところに座らせることにした。頭にはおもちゃのぴかぴか王冠を載せてもらう。まるでさとり観覧の試合のようになる。こいしにはさとりが目立ちそうなときに花びらをまいてあげるようにアドバイスした。特に意味はないのであるが、さとりに報酬として米を渡すというと、苦虫を噛み潰したような顔で苦悩して、数分後に了承した。

 

 あとは慧音などは会場の設置が終われば海の家で働いてもらうのである。にとりはそして残りの選手たちに花飾りを配ることをした。

 

 

 かくしてきらきらの王冠を被った古明地さとりが足を組んだ状態で見守るなか、最終決戦の火ぶたが落とされようとしていた。詰めかけた観衆も静かに待っている。

 

 衆目の集まる中。

コートの中央にある朝礼台に上るのは、一人のアイドル。

 小さな足に、小さなサンダルを履いて。とんとんと錆びた朝礼台を軽やかに駆け上がる。

細身の体を淡い緑の水着で包む。銀髪につけたのはいつもの黒いリボンではない。カチューシャに咲いているのは赤いコスモスの花。

 両手にマイクを持ったまま、にっこりとアイドルスマイルをすると観衆が騒ぐ。

 人前でこの「あいどるすまいる」をするためにこの魂魄妖夢は数十日の特訓を鏡の前でしたのだ。そんな過去を思わせない、愛らしい笑顔。

 

「さあ、皆さん。今日はこれだけの人にあつまってもらってありがとうございます」

 

 静かで、透き通った声である。発声練習は妖夢は現代に来て、何度もしている。

 

「これからこのビーチバレー大会の決戦を行いたいと思います。まずは一気に二試合を行い、それから休むことなく決勝戦を行います。ぜひみなさまの温かいご声援をお願いいたします」

 

 すうと空を妖夢が見れば、嘲笑っている天狗の顔が見える。にこりとして、帰ったら覚えてろ。その純粋な笑顔に観衆からは「かわいー」などと聞こえてくる。いつもなら妖夢も恥ずかしがるが、今は無になっているのだ。

 

「それでは選手の入場です。まずは、一回戦でこいしチームと激戦を繰り広げた毘沙門天チームの入場です」

 

 妖夢はその試合を見ていないので完全に伝聞から想像している。

 そして姿を現したのは、金髪の美少女である。まるで虎の美しい毛並みを連想させるような髪には紫の菖蒲の花。ゆったりと歩く彼女は戦いの神らしく、泰然自若としている。その長いまつげ、涼やかな目元であたりを見回している。

 ちょっと手が汗ばんでいる何てことはこれっぽっちも感じさせない。

 着ているのは上下白のビキニ。下にはスカートも履いているのだった。

 

 その後ろからやってくるのは青い髪の尼。体をタオルで包みながらに入場である。彼女は心底しまったと思っている。顔を赤くして、ちょっと下を向きながら髪を一本にまとめている。その髪留めに光る元気なひまわりの花。

 

 彼女がタオルをそっと脱ぐと、中からはトロピカルな水着が明るく、太陽に照らされる。構造自体は先ほどまできていた紫の水着とほとんど変わらない。細い腰回り、しなやかな肢体が健康的である。

 トップスの胸元を支えているのは胸の間にある、小さなリングである。幻想郷でリングを使っていたから大丈夫とにとりは言ったが、リングの中に肌色が見える。

 ざわめきが生まれるが、一輪は空を何かを悟ったように見上げている。顔が多少赤いし、下手にタオルなど着てきたからパフォーマンス性が上がってしまっている。タオルが砂浜にひらひらと落ちることも、まるで映画のワンシーンの様。

 

 一瞬だけ壇上のアイドルと一輪の眼があった。お互いにいつくしむような目で見合う。妙な絆が生まれていた。

 

「さて、次はあのさとり様に勝った! 巫女と船長のチームの登場です」

 

 さとり様に何故か視線が集まるが、さとりが右手を上げると静まる。既に王の貫禄がある。後ろではこいしが花びらをまいている。

 

「ったく。なんでこんなもの付けないといけないのよ」

「まあまあ、霊夢さん。楽しんで逝きましょう」

「? なんか、違和感があるんだけど」

 

 仲良さそうに話しながら出てきたのは片方は黒い髪に赤いリボン。そしてちょっと大きなタンポポの花をつけた巫女である。

 物怖じせず無表情でのしのし歩く貫禄ある姿。それをさとりが小さな声で「がんばれ」と応援している。しかし、さとりが応援すれば観衆もそれに同調されかねない。

 だから慧音が遠くから応援している。霊夢は水玉模様の少女らしい水着を来て、下にはホットパンツを履いている。

 

「なんでここまで来てタンポポなのよ……」

 

 何か不満がありそうな彼女の背中をまあまあ、と押しているのはにこやかな船幽霊である。ちょっと癖のある黒髪に大きくて淡い藍のあじさいの花。

 着ているのはメロン色な上下別れた水着。幽霊の癖にこんがり焼けた肌は、トウモロコシを焼いた時の残り。彼女は観客にサービスで両手を振る。なかなかの人気である。

 両手にはシュッシュを付けていたりもした。

 それを見て妖夢もすうと息を吸う。既に彼女は仕事モードである。数か月の練磨により個人的な感情を置いておいて仕事に専念できるスキルを彼女は身に着けている。もちろん夜はベッドの中で悶え苦しんでいる。

 

「さあ、次は地獄からのやってきた地獄烏と閻魔大王の登場です」

 

 その瞬間である。

 わああと大きくて幼い声がした。見れば小さな子供達が並んで「えいきかんとく」やら「おくうねえちゃん」などと叫んでいる。彼らはとある町のとある少年野球団である。閻魔が監督を代行しているという稀有なことを除けば、純粋な子供達である。

 

「あっはっはっは。もう優勝したかな?」

 

 その歓声の中、微妙に意味の分からないことを突き抜けるような笑い声と笑顔でやってきたのは、黒いビキニをつけた比較的に恵体な少女、お空である。彼女は両手を組んで、白い歯を店ながら大口を開けて、足高く堂々と行く。

 

 今朝までの彼女はどこにもいない。自信を取り戻した輝いた笑顔。

 さっきの試合までつけていた白黒縞々の野球帽はかぶっていない。

 そのかわりに大き目の黄色のパンジーが咲いている。

 お燐の後ろからついてくるのは、艶やかな緑の髪。そして太陽に光るハイビスカス。涼やかな顔立ちをした少女である。四季映姫だった。

 

「油断してはいけませんよ」

 

 穏やかな声でお空をたしなめる彼女。お空は「はい。監督!」といい返事をする。映姫はちょっとこめかみに手をやってから、ふうと息を吐く。彼女のよく知る死神よりも素直だが、それはそれで問題なのかもしれない。

 彼女の着ているのは上下別れたスポーティな水着である。体に張り付いたそれは、彼女の細身のラインを表している。派手さもないが、佇んでいるだけでなんとなく美しい。無駄がないからだろう。

 おへそのあたりが少し出ているが、映姫はなんとなく隠している。思考がさとりに似ているところもあるかもしれない。

 当のさとりはいつの間にかこいしが持ってきたソーダをストローで飲んでいる。

 本当はフロートだったのだが、上についていたアイスはどこにいったのかわからない。ただ、後ろで待機しているこいしのほっぺたがもぐもぐ動いている。

 

 妖夢はさらにマイクを両手握りしめる。この程度コンサートに比べればなんでもないのだ。

 

「さあ、それでは最後に登場してもらいます。圧倒的な力で河童を」

 

 と言ったところで観客が「河童?」と小首を傾げる。妖夢は気が付かない。

 

「やっつけた二人。比那名居天子と聖白蓮さんです」

 

 ★

 

 この入場の少し前である。河童がそれぞれに花の付いた髪飾りを渡し終わってからのわずかな時間。霊夢は天子に呼び止められていた。

 

「霊夢。今回は悪いけど、私が勝たせてもらうわ」

 

 天子は霊夢を見ずに言った。遠くの海を見ている彼女。霊夢は「はあ?」と口を開ける。何を当たり前のことを言っているのかと思う。

 それは自分が負けるのがあたりまえと言っているのではない。天子の言いぐさではまるで「勝ちを譲ってくれるつもり」があったかのようではないか。天子たちが本気でやるかはともかく、勝ちを狙うなど当たり前である。

 

「いまさらなによ。わるいけど、私も今回は本気でやらせてもらうわ。前の異変みたいにならないから」

 

 天子がすっと眼を閉じる。

 今朝のことを思い出す。

 チームを作るように河童にいわれてから、あたりを探し回ってみた。

 目的の「人物」はおらず。

 やっとみつけたら、なんかなれなれしい幽霊に取りつかれていた。天子はそれをどう思うでもなく離れていった。

 

 天子の表情は全く変わらない。その冷淡とも入れる無表情のまま、霊夢に向き直る。

 

「それはむりね。貴女は私には勝てません」

 

 何故かいきなり丁寧な言葉使いになる天子。その瞳の美しさはまるで一枚の鏡のよう。彼女は霊夢を真っ直ぐに見つめている。少し感情の読み取りにくい顔である。

 

 

 

「それでは入場でーす」

 

 アイドルスマイルとあとあと胃が痛くなることと引き換えの可愛らしい声で、妖夢が叫ぶ。頭がいいので細部まで覚えていることは、ふとんで足を何回バタバタさせればいいのか、本人にもわからない。

 

 それでも会場に歩いてくる天子の姿に、観衆は息をのんだ。

 透き通るような白い肌、浜風に揺れる結んだ蒼い髪。そこに咲いた淡くはかなげな桃の花。花柄の水着に起伏は薄いが彼女の赤い瞳がちらりとみると、その視線の先にいる人々がのけぞりそうになる。

 

「おお、れいむさん。みんなびびってますね」

 

 一瞬、声が聞こえた方に天子が視線を移す。そちらにはとあるキャプテンが霊夢に親し気に耳打ちしている。天子はうっすらと笑う。スパイクの餌食にしてあげようと、なんとなく思った。

 

「そんなに殺気立たなくてもいいんですよ」

 

 柔らかな声は身を黒のビキニに身を包んだ聖人である。

 ポニーテールにした髪留めに桃色の桜が二つ付いている。聖白蓮は何故か楽しそうにしている。天子とは違い、にこにこと笑顔でひらひらとスカートを揺らしている。体がうずうずして仕方ないかもしれない。

 それでいて天子を見つめる目には優しさがある。天子はそれを無表情に見る。それから言った。

 

「とりあえず、足を引っ張らないでくださいね。聖」

「はい!」

 

 お空のような返事をする聖人。ちっさく右手を上げている姿は茶目っ気がある。彼女達、桃と桜の揺れる二人はそれから、くすくすと笑い合う。

 

「これで全チームがそろいました!」

 

 妖夢の声が響く。見びり手ぶり。全身で表現するプロ。刀を持っていないのを残念がっている観客もいる。

彼女は汗を煌めかせながら、お仕事をしている。ある意味現代にきて一番修行になったのかもしれないだろう。

 

「今から、この四つのチームで同時に戦ってもらいます。対戦カードはトーナメント通り!」

 

 霊夢と水蜜が、一輪と寅丸のペアと眼を合わせる。

 天子はそっぽをむきつつ、聖はにこにこ。お空は空を見上げて高笑い、映姫は地面を向いてため息。

 

「この試合から頭にお花の髪飾りを付けてもらっています」

 

 妖夢が自分の頭につけた、赤いコスモスを指さす。深い赤には品がある。観客席から「かわいい」「かわいい」などと聞こえてくる。

 

「か、かわ……。はい! そんなことよりも勝ったチームは負けたチームの髪飾りを頭に付けてもらいます。そして最後にはお花のできるようにしてもらいますっ!」

 

 にとりの発案である。最終的な勝者の頭がお花畑になる。妖夢はかわいいと言われたからか、顔を赤くしつつもじもじしている。だがきらりと眼を煌めかせた。

 

「さあ、試合開始しましょう。終わったら私の刀を返してくださいっ!」

 

 割れんばかりの拍手が起こる。その中で互いににらみ合う四チーム。

 その中で霊夢が両手を組んでいる。彼女は水蜜に言う。

 

「とりあえず、あんたの同僚をけちらすわよ」

「あいあいさー」

 

 おーと右手を太陽に、水蜜は振り上げた。

 

 

 

 

 





物語を加速していきます。ストレイト・クーガーのように!

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