東方Project  ―人生楽じゃなし―   作:ほりぃー

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あらすじ:お昼を超えて夕方に近づいたビーチ。にとりはコートを増設して一気に勝負をつけようとしていた。異変の秘密を掛けて負けられない巫女と姉気取りの船幽霊。そしていろいろと不幸な尼と毘沙門天は死闘が本格化しようとしていた。一方お空は見違えるように元気になったのだ。

注意:投稿遅れてすみません



42話

 

 過酷な環境は人の明暗を別つ。

 ある者は絶望し、ある者は先へ進むために「眼を覚ます」のだ。

 そして今、ビーチのちっぽけな海の家。いや、海の牢獄で一人奮闘するナズーリンの中で何かがはじけようとしていた。

 

 海の家は満員御礼。店員は一人。接客・料理・会計という全てをありとあらゆる雑務をこなしつつ行う。それが今の小さな賢者に課せられた使命であった。

 厨房に一人立つナズーリンの紅い目が動く。

 

(一番テーブル1650円あと数分で食べ終わる、あの様子ならしばらくいる)

 

 右手でかき氷機をくるくる回しながら、左手で熱い鉄板でじゅうじゅう音を立てる焼きそばをヘラでかき混ぜる。両手を同時に「同じ作業」に使う暇などない。

 

「そうだ、ラムネをさらに持ってきてくれ。大至急だ!」

 

さらに彼女は首で電話の子機を抑えてどこかに材料の注文をしている。

 

(三番テーブルの人間はそろそろ会計だ、2930円。3、2、1)

 

――0

「すみませーんお会計お願いしま~す」

「2930円になるよ!」

 

 カウントダウンともに振り向いたナズーリンの後ろでは財布に手を掛けたお客の姿。三番テーブルの女性グループだ。もちろん振り向いた時に片手にきらきらと光るかき氷を持っている。

 振り向くという一動作すら、惜しい。

 ナズーリンはその聡明な頭脳で全てを数式化している。どのテーブルで誰が座り、食事の進捗状況はどうか、雑談をしているかなど様々な情報が頭の中で数字に変わり、神のとでもいうべきタイムラインを作り出している。

 

 手早く会計を終わらせたナズーリンはかき氷のシロップを手に取り、掛けながら焼きそばの下へ戻る。戻った時の焼き加減が一番いいように歩幅を調節している。

 ナズーリンの額に汗が光る。労働の素晴らしさに泣いてしまいそうである。

 

「あ」

 

 くる。

 何かが来るとナズーリンは思った。彼女の紅い目がきらきらと星のように光る。彼女は焼きそばを皿に移すと「それ」が来る方向に体を向けた。

 

「すみません。席空いてますか?」

「いらっしゃい。三番テーブルを片付けるよ」

 

 子供連れのカップルが店に入ってくる。間髪入れずにナズーリンは無意識に言葉を出していた、いや右手には小さなおもちゃ。子供が来た時に渡すためににとりがなんとなく用意したものだ。小さくてカラフルなおもちゃの銃だ。

 

(なんで私はこれを持っているんだ?)

 

  子供が来ることなんてわかってはいなかった。なのにナズーリンの手にはおもちゃが握られている。いや、そもそも「来店」への強烈な予感があった。

 あまりに忙しすぎて、ナズーリンは未来予測までするようなっていたのだ。

彼女はテーブルを一瞬で片付け、掃除してナズーリンの水着を引っ張る子供におもちゃを渡す。もはや何も考えていない。

幼い子供が水着を引っ張ってくる手をクレームにならないぎりぎりのラインで払い。彼女は自問している。

 

(いやそんなことを考えている場合じゃない。やきそば……やきそばを焼かないと。私は焼きそばを焼くんだ……あれ、なんで私は……)

 

 ふと、頬に手をやると濡れている。汗だろうとナズーリンは手で振り払い仕事へ赴く。

ナズーリンの眼が光り輝いている。この仕事へのやる気が。とある小料理屋の少女の小さな諍いを起こす種がここで撒かれることになる。

 

 

 試合が始まってもう何分が立っただろうか、にとりはスマートフォンを取り出そうと思って自分が水着なことに気が付いた。時間を確かめるすべは時計を取りに行かなければない。

 手に巻くスマホでも買おうかなとにとりが思ったが、直ぐに「いらね」とやめた。彼女は汗で気持ち悪いの肩ひもを引っ張ったりしている。ちらっと見た海の家ではネズミが頑張っているようだ。

 

「よくやってくれているようだね。あれなら時給を10円、いや15円増やしてもいいよ」

 

にとりはナズーリンの働きぶりに昇給を決めた。普通にアルバイトをすれば10円の昇給を叶えるために半年は働かなければならないことを考えれば素晴らしいことだろう。

ただ仕事が終わるまでを考えればナズーリンの所得上昇は百円玉一枚に届くかどうかも分からないが、仕事の価値はお金ではないのだ。

 それよりも今は試合である。人の波にどれだけプロマイドと飲み物を売り込むかが最大の課題なのである。書き入れ時に別部署に人員など回さない。ナズーリンがとりあえず「店を回している」から大丈夫だ。多少疲れているかもしれないが、ちゃんと労働者も経営者視点で働いてもらわなければ困るというものだ。

 

 傾きかかった日の光に照らされた二面のビーチバレーコートで同時に行う試合。にとりもナズーリンほどではないが、売り上げを計算している。あの野望の為にはもう少しお金がいるのだ。

 

「決まったー!」

 

 がんばって実況をしているアイドルこと魂魄妖夢をみながらにとりは思っている。

 彼女に宵越しのお金を持つ気などない、この日が終わるまでにお金はぱあと使うのだ。せっかく幻想郷でたまたま鬼に、いや鬼っぽい少女に教えてもらった海に来たのだから派手にやりたいことがある。

 その時のことを考えてにとりはちょっと、微笑んだ。愛らしい笑いである。

 

 

 この試合は天覧試合の形式をとっている。

河童製謎の王座に座る地底の地主、こと古明地さとりは無表情の冷たい目でコートを見守っている。どういう表情をしていいのかわからないのである。

 後ろではその妹と赤毛の猫が花びらをまいている。どこから持ってきたのだろうか。さとりは既に王者の貫禄を身に着けている。今日は早く帰って寝たいと秦こころのような顔で思っている。それでも彼女とて、ひいきはある。

 彼女の眼は先ほどから勝負の一つに向けられている。博麗の巫女と船幽霊の珍妙なコンビと哀れな入道使いと毘沙門天のペアの試合である。

 

(霊夢がんばって……)

 

 たんぽぽの花が揺れる。

博麗の巫女が飛んだのだ。コート際すれすれの場所で落ちてくるボールを小気味よくスパイクする。一直線に相手のコートに突き刺さる。一瞬遅れて一輪が滑りこむ。尼は砂まみれになった体を「うえー」といいながら払い、立ち上がる。

 

「よし」

 

 汗のにじむ体でガッツポーズする霊夢。いつもの気取ったところはない、素の彼女がそこにいる。

 

「霊夢さんナイス!」

 

 たったか近づいてくるメロン色の水着を着た少女。水蜜は片手を上げる。霊夢はめんどくさげにぱんと思い切り弾く。痛がる水蜜。霊夢は腕を組んでふんと鼻を鳴らす。

 ちらりと見たそばかすの河童のつけているスコアボードは「8-10」、前者が霊夢達である。20点先取の試合は既に折り返し地点である。端的に言えば負けている。

 

「ちゃんとやりなさいよ。仲間だからって手を抜いてんじゃないわよ」

「べ、別に手を抜いているわけじゃないですけど……」

 

 いつも通りキツイ口調で霊夢が水蜜に言う。確かに相手コートを見れば青髪の尼も白い水着に身を包んだ毘沙門天も水蜜の仲間ではある。黒髪の船長はちらっと霊夢を見て言う。

 

「まあまあ、お姉ちゃんに任せていてください」

「誰がお姉ちゃんよ……」

「ほら、相手はあれですよ」

 

 水蜜が指さす。コートの反対側には雲居一輪と寅丸星がいる。

 

「入道のいない入道使いなんてカレーからルーとご飯を失くしたみたいなもんですよ」

「なにも残っていないじゃない」

「そうそう、いちりんなんてそんなもんですよ」

 

 ふはーとわざとらしくため息をつく水蜜。両手を天に向けて肩をすくめる。

 

「ちょっと聞こえてるわよ!?」

 

 そこに割り込んできたのはネットを掴んで睨みつけてくる一輪である。ネットに寄りかかる一輪の肌にそれが喰いこんでいる。

もちろん水蜜はわざと大きな声で言ったのである。

 

「あ、福神漬けだ」

「だ、誰が福神漬けだ! う、雲山がいなくたってあんたなんか楽勝だから。霊夢さんも覚悟してください!」

「霊夢さん。あんな生意気な入道使えないは得意の無想転生でやっちゃってください。ほらほら」

 

 水蜜は霊夢の後ろに回って、彼女をけしかける。

 

「ちょ、押すな。それになんかニュアンスが違う気がするんだけど。それにスペルカードなんて使えたらすでにあんたに使っているわよ!」

 

 力が使えるのならば水蜜は今頃ぴちゅんとなっているのかもしれない。だが現実の水蜜はわざとらしく「こわいこわい」とニコニコしながら言いつつ、霊夢の耳元で呟く。

 

「ほら、霊夢さん。一輪と寅丸はさっきのこいしさんとの試合で疲れていますから、チャンスですよ。多少苦戦するかもしれませんが、そこは気合で」

「……あんた。それでもいま、負けてんだけど」

「あらら」

「いや、あららじゃないわよ」

 

 確かに一輪と寅丸は様々なことで疲れているはずである。逆に霊夢と水蜜の疲労度はかなり薄い。それでも甘い相手ではないことは確かなはずである。現に今は押されているのだ。 

水蜜は霊夢が点を入れてくれたことによってサーブ権を手に入れた。彼女は手にボールをもって後ろに下がる。

 

(まあ、私が霊夢さんを勝たせたいのは本当ですよ)

 

 ボールを持って構える水蜜。周りの歓声よりも目に入るのは相手の顔。

 すました顔でたたずむ闘いの神。寅丸星。彼女の動きは一回戦でも見せたようにさながら獣ようである。だがしかし、さっきからちらちらと隣のコートを見ている。

 

(ああ。星。気にしていますね聖様の方を……力を抑えて決勝に温存しようといところね)

 

 横のコートでは彼女達の慕う「聖白蓮」がいた。黒い水着で動き回る姿に歓声が巻き起こっている。その姿を嬉しそうに見ているのが寅丸なのである。

 

(聖様が活躍しているのを見てうれしがっていますね、ああ、こう付き合いが長いとわかってしまいますわー)

 

 不意に思うのは霊夢とアパート組のことである。ほんのり羨ましい。

 水蜜ははあとため息をつく。それはともかく寅丸が真剣に「こちらを向いていない」ことは僥倖なのである。勝負の全体像を考えてこいしと張り合ったような全力を出さないようにしているのだろう。

 

「逆に全力で行かせてもらいますけどね」

 

 ぽつりとつぶやく。

 水蜜は大きく息を吸う。しゅっとわずかに前に投げたボール。彼女はゆったりと近づきながら右手を構える。

 彼女はずっと見ていた。今までの試合を一番真剣に見ていたのだ。

 にとりやナズーリンのやる細かな芸も、こいしや寅丸のアクロバティックな動きも。そして、四季映姫のやっていたことも。

 できるようになったのはついさっきなのだ、だが映姫が力を仕えるのならば水蜜にも――

 

 バンッと弾けるような音がした、

 水蜜の右手に当たったボールは鋼鉄でも打ち込んだかのようにくにゃりと変形してどっとすさまじい勢いで寅丸に向かう。

 

「!」

 

 超スピードのそれを寅丸は眼で追う。腰を落として、ネコ科の鋭い視線がぎょろりと動く。彼女は一歩前に出る。両手を前で組んでレシーブの構えだった、だが飛んできたサーブは手元で「曲がった」。

 

「くあっ」

 

 突然のことに寅丸は体を投げ出して反応しようとしたが、無理である。彼女の近くにボールが落ち、ぱあんと砂煙を上げる。

 しんとなる会場は、数秒後におおおと豪快な歓声が上がる。おかっぱの河童がぴーと笛を鳴らす。水蜜は「いえー」と軽いガッツポーズを霊夢に見せる。彼女は片手を上げて霊夢に近づく。

 霊夢は少し呆けたような顔で言う。

 

「あんた、今のは……」

「だから言ったじゃないですかー。私に任せておいてくださいってね」

 

 水蜜は上げた手を優しく霊夢のほっぺにやった。ぺちんと叩く。にこにこしている水蜜にそれ以上言えず霊夢は呆けている。

 

(あ、これ。思った以上にきついですね。流石は閻魔ですわー)

 

 くらりとする。どういう原理かは自分でもよくわからないが「幻想郷」での自分の力に戻そうとすると強烈な疲労感がある。彼女は手をさすりながら「霊夢さん。一気にいきましょう」と明るく言う。

 彼女は屈伸するふりをして膝に手をつく。はあと息を吐いて、自分の黒髪が煩わしいと指でつまむ。冷たい流し目であたりを見るが、この格好は真後ろから見ればお尻を強調するだけだといきなり直立した。

 傍から見ればヘンテコな動きをしている。

 

「寅丸……今のは」

 

 一輪がいぶかしげな顔で寅丸に近づいた。今の水蜜のサーブは異常である。

 速いなどという話ではない。サーブの一瞬に思い切りボールを叩くことで変形させ、寅丸までに届くまでに反発で戻る。むろんボールは変則的な動きをする。にとりのやった回転で曲げるやり方とは違う。完全な力技である。

 寅丸は頭に差した菖蒲の花かざりを整えた。その口元はゆるみ、うっすらと歯が光る。

 

「一輪、水蜜もこのような力を使うのであるならば覚悟があるのでしょう」

 

 かっこつけながら肩ひもをしっかりなおす毘沙門天。そんな彼女でも戦の神の代理なのである。彼女の眼はぎらりと輝き、その金色の光の中に闘志が湧きたっている。ぺろりと舌で口元を嘗めながら、ちゃんと水着の下をはきなおす。お尻のあたりの布をお指で整える。

 

「……一輪。毘沙門天が水着で戦う事ってあるのでしょうか?」

「…………な、なかったでしょうね、あ。で、でもほら。昔の武士はフンドシで戦っている人もいたらしいじゃないですか! その時地獄にいたからよく知らないんだけど……」

「……うう」

 

 なんの励みにもならないことを言われて寅丸は肩を落とした。武士がフンドシで戦っていたからなんだというのか。しかも大体そんなことをしているのは下っ端か賭け事にでも負けて具足を取られた輩である。

恰好つけたいのに恰好がすごくきになる。むしろ今の痴態を毘沙門天に知られたら代理を首になりかねないのではないかと心配にすらなる。それどころか毘沙門天の監視役は労働者に成り下がってもいる。

不安になり、ううと体を抱くように毘沙門手は震える。両手を胸の下で組む。

 

「なんかいらっとしますね」

 

 水蜜は次のサーブを撃つためにボールを握っている。視線を一瞬下にして、直ぐ戻す。彼女はすうと息を吸い込んだ。今日は倒れるくらいまではやってやる気ではある。

 

 

「メガ・フレアぁ~~!!」

 

 天空からお空が思いっきり叩きつけたスパイク。天子は両手を組んで受ける。

 

「うっ」

 

 天子がわずかに顔をしかめる。重い。それでもぽんと空に上げるのが彼女であった。落下地点に走るのは長い髪を後ろで纏めた聖人である。聖白蓮はジャンプする。髪に付けた桜の髪飾りがひらひらと揺れる。

 弓なりにした体がタメを作る。聖が打ち込もうとしたその一瞬。

 

「よっしゃー」

 

 目の前に現れた大きな壁。いやお空である。

 聖は「面白いですね」と一言。容赦なく、お空の構えた手にスパイクを打ち込む。

 

「!」

 

 お空は一瞬目をつぶった。それから手に衝撃が走る。押し込まれるような勢いに後ろへ飛ばされた。彼女は砂の上に倒れる。大の字に倒れた彼女の近くにボールが落ちる。

 

 ぴーと河童の笛が鳴る。桜を頭につけた聖がにっこりとして両手でガッツポーズ。それから「比那名居さんっ」と後ろを見たが、天子は霊夢の側を見ている。

 

「あはははー。次こそはやってやるわ」

 

 がばりと起き上がったお空は両手を腰に当てて高笑い。なんで笑っているのかはわからない。ただ、少なくともそんな彼女の姿を見ている少女。いや、閻魔こと四季映姫が優し気な顔をしている。

 

 

 

 

 

 


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